転生したらラプラス・ダークネスだった件 作:飽和水溶液_pixiv
最後の更新が気が付けば半月前、読者の方々を大変お待たせしてしまっていることと思います。誠に申し訳ございません。ですがようやく少しだけお休みを頂けたので、近いうちに31話の方も更新できればと思います。
さて今回は、第二章の前編部分が終わった頃ということで一旦休憩を挟みたいと思います(中編、後編と続きますが……)。よって、この22.5話では本編第22話の続きとしてholoXとフレンズ王国の絡みをご褒美回っぽく書いてみました。お遊び8割シリアス2割です。本編の方は今後かなりのシリアス展開を予定していますので、今のうちに心の安らぎを得ておいてください(?)。
ただ今話はいきなりホロフレ同盟の会食の場面から始まりますので、出来れば22話辺りを読み返してからこの回を読むことをお勧めします。またあくまで番外編ですので一応読まなくても物語にはついて行けますが、最後の方に伏線も残しているので出来れば一読していただけると嬉しいです。それでは内容の方滅茶苦茶長いですが、ぜひお楽しみください。
【追記】
ラプ様~~~!!YouTubeチャンネル登録者100万人おめでとぉぉぉ!!!!
はい、めちゃめちゃおめでたいですね。今後もラプ様にはたくさんアイドルとして活動して頂きたい所存です。最近体調崩しがちみたいですが、無理せず頑張ってくださいっ!!
「あ!そう言えば、ラプちゃんにお土産用意してきてたんだよね」
holoXとフレンズ王国による会食も佳境を迎え、もう間もなくお開きになるだろうという頃。
突然、白上フブキがそんなことを言い出した。
「お土産?」
いきなりそんなことを言われ、予想だにしていなかったとラプラスは驚きとともに首を傾げる。フブキ先輩たちから吾輩たちに対しての贈り物ってことなのだろうけど、わざわざそんなことしてくれなくていいのに……。
「うん。本当はここに来て、最初に渡す予定だったんだけどね。ちょっと高いところが怖くて……じゃ、じゃなくて、色々バタバタしてたからさっ!」
「そんな……こっちの都合で呼び出したんだから、気を使ってくれなくていいんだぞ?それに、フブキには吾輩も世話になったんだ。だから、土産なんて受け取れない」
今回の会談はいずれ両軍の為に必要になることだったとしても、今日の日時と場所を指定したのはあくまで吾輩なのだ。宇宙というフブキ先輩たちにとって不慣れな場所に連れて来て、しかも元敵陣である我々holoXのアジトに招待している。それはきっと、彼女たちにとっても相当の不安感を抱かせたはずだ。だから、そんなに気を使ってくれなくてもいいのに……。
ラプラスは内心そう思い、お土産など貰えないと主張する。しかし、そう言ったラプラスに対し白上フブキはふるふると首を横に振った。
「ダメだよラプちゃん、形だけでも受け取ってもらわないと。……私たちの星では、国のお偉いさんが他国に公式で訪問するときには何か手土産を持っていくのが礼儀なの。それはこちらが相手側を友好的だと思っている事を表すとともに、相手もそれを受け取ることでこっちのことを友好的に捉えているってことを示す意味もあるの。だから、ラプちゃんが私たちのことを少しでもそう思ってくれてるなら貰ってほしいな…………それに、きっと喜んでもらえる”モノ”のはずだから」
なるほど、そういうことなのか。
つまりそのお土産とは、フブキ先輩たちなりの『友好の証』という事なのだ。そう言えば、吾輩たちが密会をし同盟を結んだあの晩にも先輩はそんなことを言っていたっけ。確か、『こちらからは友好の証と、資源・人材を提供しましょう』的な感じだったはずだ。その”友好の証”というのが直接的な現物を指していたかは定かではないが、少なくともその一つであることは変わり無いだろう。ならば、吾輩はそれを素直に受け取るべきなのだ。
「わかった……ありがたく、貰うとする」
「うん、そうして。……おーい黒ちゃん、ちょっといい?」
白上フブキからの申し出を、ラプラスは喜んで受け入れる。
そして、その発言を受けて先輩が近くに立っていた黒様を呼びつけた。するとそれに気が付いたらしい黒い狐型の獣人が、話していた相手との会話を中断してこちらを振り返る。ちなみに、その会話の相手とは吾輩が黒様の世話係を任せていた例の女眷属だ。
「あ?わかったフブキ、ちょっと待ってろ!……おい、私ちょっと呼ばれたからまた後で…って、だからお前いい加減にしろって!私さっきから食べてばっかりなんだよ!!」
フブキ先輩に呼ばれて、返事を返した黒様がそう叫びだした。よく見てみると、数時間前に会食を始めた頃と変わらず黒様の前には山盛りの料理の乗ったお皿が並んでいた。最初から何となくは気にしていたのだが、どうやらあの世話係の眷属は黒様のことをえらく気に入ってしまったらしい。その結果、頼まれてもいない食事の配膳をつきっきりでずっと行っていた。しかもそこに、あの子のちょっとした”天然さ”と黒様の”お人好し”なところも相まって半永久的に食を進めていたのだ。
「えー、まだ三週目ですよ?それにデザートだってあるんですから、まだまだよそりますよ!」
「いや、もう本当に食えねーから……とにかく、もうメシはいらん!それに私はフブキと話してくるから、これでしまいだ」
黒様が去り際にそう言うと、端に置いてあったケーキの乗った皿を一つ手に取った。それ自体も小さ目ながらに半ホール程の量があったようだが、彼女はそれをデザートとして最後にするらしい。ずっと食べ続けている割にはまだ入るのかと、元々小食であるラプラスは内心感心する。
「はぁ、やっと解放された……」
手元のケーキをつまみながら、ようやく自由の身となった黒様がそう言いながらこちらに近寄ってきた。その姿を見て、ラプラスは若干の申し訳なさを抱く。
「悪いな黒、うちの部下が迷惑かけたみたいで……」
「んぁ?いや、別にラプラスが謝る事じゃないだろ。……それに、悪気が無いのはわかってる。味自体は全部美味かったからな」
黒様はそう言いながら、世話係が盛ったらしいケーキを再度口へと運んだ。
実は、黒様の持っているそれを含めた『洋菓子』というものを吾輩はこの日の為に料理部門に頼んで用意してもらっていたのだ。しかも、その味や素材に関してはほとんどが吾輩のリクエストしたものなのである。というのも、元々似たようなお菓子自体はこのholoXにも存在していた。特に、幹部や侍あたりが趣味でよく作っていたらしい。
しかし、その規格や使われている材料・フルーツ等にはちょっとした違いがあったのだ。そこで、詳しい作り方も知らない吾輩が好き勝手に入れて欲しい物や乗せて欲しい果物についてリクエストを出したのである。今考えてみればかなり無謀なことを料理部門の連中には頼んだと思うが、彼らは見事吾輩の要望に応えてくれた。最初こそ何度か試行錯誤を繰り返したものの、今となってはその見た目から味に至るまで吾輩の想像する洋菓子たちそのものであった。
そんな吾輩と、holoX自慢の料理部門たちの努力の結晶がこのデザートたちなのである。見たところあやめ先輩なんかも美味しそうに食べてくれてたみたいだし、思っていたよりもフレンズ王国陣営には好評だったようだ。恐らく文明レベルや様式的に、フブキ先輩たちの国にはあったとしても簡単なお菓子や『和菓子』の原型となるものぐらいだろう。だからこそ、口に合うかと少しだけ心配もしたのだが……どうやら、杞憂に終わったようだ。やはりどんな国で生きてこようとも、先輩たちもれっきとした女の子ということだな。
「そうか。そう言ってもらえると助かるよ」
「気にすんな。……で、フブキ。何か用か?」
部下の黒様に対する”余計なお世話”をラプラスは謝罪する。しかし、当の本人は特段気にしてはいないと返答した。そして、これでこの話はおしまいだと言うように黒様は白上フブキに向き直る。するとそれを見ていた先輩もまた、彼女に呼び出した用件を伝えだした。
「黒ちゃん、例のラプちゃん達への”贈り物”を持ってきてくれる?」
「あー……そういえば、まだ渡してなかったな。わかった、直ぐに用意する」
親友である一国の王様からそう言われた彼女は、自分も忘れていたというようにハッとする。どうやら、黒様もうっかりしていたようだ。しかし、その表情もすぐに取り下げた黒様はフブキ先輩たちが連れて来ていた従者たちのところへと走っていく。そして、何やらそこで指示を出してから彼女たちは”とあるモノ”を持ってこちらに戻ってきた。
「ほら、持ってきたぞ。受け取ってくれラプラス」
黒様にそう言われ、ラプラスの前に設置されているテーブルの空いたところに置かれたのは幾つかの植物と何かの種、また”白い粒”がたくさん入った蓋の無い木製の箱の様なものだった。そして、それらは本来であればここholoXの総本部には存在しておらずこの世界のラプラス・ダークネスが見たことの無いはずの代物であった。
「おい、もしかしてこれって……」
しかし、他の世界線を生きた経験のある今のラプラスにとってそれは見覚えのあるモノであった。いや、もはや馴染み深いといっても過言ではない。実際に自分で作って、育てるなんて経験はないものの少なくともその『完成形』と思われる白い粒たちは日常生活でもよくお世話になっていたものだった。
「これ……これって、もしかして”お米”か?!えっいいのか、これ貰って!!」
それらの正体に知見があったラプラスが、隠し切れない嬉しさとかなりの興奮色交じりにそう言った。すると、その吾輩の反応をよく見てからフブキ先輩が答える。
「うん、勿論だよ。……むしろ、こんなものしか渡せなくてごめんね」
そう言ったフブキ先輩は、若干の後ろめたさがあるようだった。しかし、その様子をラプラスは何故そんな感じなのかと疑問に思う。吾輩はこんなにも嬉しく思っているのに、そんな不安そうな顔をする必要は全くないんだぞ!
「何言ってるんだ!吾輩、今めちゃくちゃ喜んでるぞ!ありがとなフブキ、大切にする……いや、それはちょっと変か?とにかく、ありがたく受け取らせてもらうぞっ!」
「そ、そっか……それなら、よかったよ。正直、あのholoXに対する贈り物としてはどうかとも思ったんだけど……ラプちゃんが好きって言ってたから、これにしたんだ。喜んでもらえたようで白上も安心したよ」
心の内を話してくれたフブキ先輩は、吾輩のその言葉を聞いてあからさまにホッとしている様子だった。確かに圧倒的な科学力と技術力、軍事力を持つ我々holoXに対して用意する物としては相応しくないだろうというのが傍から見た意見かもしれない。しかし、そこで肝心なのは”相応しいか”ではなく受け取る相手側のトップ……つまり、吾輩自身が喜ぶかどうかなのだ。そして、その結果は言うまでもない。あの晩にちょっと好きだと言っただけのものを、フブキ先輩は覚えていてこれを送ってくれた。そのことも含めて、吾輩はこれ以上無く嬉しいのだ。
「ほらな、大丈夫だって言っただろ?ラプラスは最初っからこういう奴なんだから」
そう言った黒様は、何故か変に自慢げであった。彼女とも、考えてみればかなり仲を深められたものだとラプラスは改めて思う。初めて会ったときは今とは比べ物にならないほど、それはもう酷い関係性だった。それが今となっては、こうして会食という場ではありながらも同じ食卓を囲んでいる。そのこともまた、ラプラスは心の底から嬉しいと感じていた。
「それは、褒め言葉として受け取っておくぞ黒。…………それよりも、米だ米!早速増産してもらって、吾輩も食べてみたい……博士!ちょっと来てくれっ!」
目の前に置かれた先輩からの贈り物を見て、ラプラスは再度たった今手に入れたお米に対しての想いを馳せる。それらはよく見てみると、苗から始まりイネ科の茎が数本、また脱穀前の籾米(もみごめ)や木製の升(ます)に入った完成形と大方のお米の成長と生産の過程が順に並んでいた。
しかし正直な話、吾輩自身がこれを受け取ったところで出来ることといえば精々小山に盛られた白米たちを炊いてちびちび食べるくらいなものなのだ。だが、それではあまりにも勿体ないし何よりこれを送ってくれたフブキ先輩たちに申し訳ない。よって、ここはこれら全てを『サンプル』として博士に量産してもらうのが得策だろう。その方が半永久的にお米を楽しむことが出来るし、今後holoXの食卓に並ぶ主食が一つ増えることになるのだ。
ラプラスはそう思い、少し離れたところで部下たちと話していた博士を呼び出す。すると、総帥からの声掛けに気が付いた彼女がパタパタと走りながらこちらに近寄ってきてくれた。
「呼んだ?ラプちゃん」
「ああ呼んだぞ、お前に頼みたいことがあるんだ。……ほら、見てくれよこれっ!」
総帥からのご指名を受けて来てくれた博士に対し、ラプラスは目の前の物を指をさす。そして、言われるがままにそれを見たこよりは不思議そうな顔をして首を傾げた。
「これは……何かの植物と種だよね?それに、この白い粒……こっちは実?なのかな…………これが、どうかしたの?」
それらを一目見た博士が、その物の概要を概ね理解し答えを導き出しているようだった。脱穀後の白米を『実』と表現するのかは吾輩も詳しく知らないが、可食部位という意味で言えば大方間違いではないと思われる。流石は科学者だな。
「いいか博士、これは『米』といって吾輩が大好きな穀物の一種なんだ。それを、さっきフレンズ王国から”友好の証”として受け取った。……そこで博士には、この米の栽培と増産を頼みたい」
畑仕事や農業という言い方から考えれば、米の栽培を博士に任せるのは若干間違っている気がしなくもない。本来であれば、ここholoXにも農業部門というものが存在しておりそこに依頼するのが適切だ。しかし、それが見慣れぬ穀物でありかつ総帥のお気に入りで友好国からの贈り物となれば彼女に一任する方が得策だといえるだろう。昔何かの本か動画で見たのだが、農業というものは”科学的一面”を多分に含んでいるらしい。その植物を育てるのに適している気候や肥料、品種改良なんかを考えても博士以上に相応しい人物はいないだろうな。
ラプラスはそう考え、最も信頼のおける科学者に自分の大切なお米を託すと言い放つ。そして、それを受けた博士もまた吾輩の要望に応えようとしてくれていた。
「ラプちゃんの……大好きな……」
「ああそうだ、吾輩の大好物の一つといっても過言じゃないぞ。……あの晩、おかゆさんが握ってくれたおにぎりを吾輩は忘れられないんだ。確かに今までholoXには無かったもので、最初は色々と苦労するかもしれないが……だからこそ、信頼と実績のある博士にしか頼めない」
「信頼と実績……僕、にしか……!」
若干大げさかもしれないが、それでも何一つ嘘は言っていない。フレンズ王国に捕らえられていた時に城の敷地内にある離れでおかゆ先輩がご馳走してくれたあのおにぎりたち、空腹も相まって吾輩はその時の白米の味を忘れられないでいた。新しいことを始めようとするとき最初は何かと忙しくなるものだが、それでも博士ならきっとやってくれると吾輩は信じている。
「頼めるか、こより」
そう言ったラプラスは、正面から真っすぐに博士の顔を見つめる。すると、彼女にも吾輩の情熱が伝わったのかハッキリと頷いてくれた。
「わかったよ……こよ、必ずラプちゃんの要望に応えてみせるからっ!」
「ああ、ありがとな……”期待してるぞ”」
「っ!……うん、任せて。」
吾輩からのお願いを、博士は快く引き受けてくれた。しかも、最後に誰にも聞こえないような声で「頑張らなくちゃ…」と呟いておりそこには確かな熱意が感じられる。きっと、博士も吾輩が大好物と言っている米の味が気になっているのだろう。安心しろこより、お前も絶対気に入るはずだからなっ!
……彼女の真意とは全くの見当違いではあるものの、ラプラスはそのようにこよりの反応の理由を結論付ける。すると、そのやり取りを傍で見ていた白上フブキと黒様が小声で会話を始めていた。
「あ、やっぱりラプちゃん自分たちで作るつもりなんだ……」
「そりゃそうだろうな。こいつらなら、育て方を教えなくても勝手に色々改造を加えて栽培しそうだぜ」
「うぅ……折角、唯一”私達だけが作れる”かつラプちゃんの喜ぶ交易品になると思ってたのに……」
そう言った彼女には、とある想いがあった。
それは白上フブキが初めてholoXの脅威を目の当たりにした時、そしてラプラスから同盟を持ち掛けられた時にも抱いた気持ち……『彼女たちと、自分たちではあまりにも不釣り合いである』ということ。策士であるラプちゃんがどうして私達と”対等な”同盟を結びたいと申し出てきたのかはわからないが、少なくともその力関係はとても同等であるとは言い難いものであった。
しかし、だからこそ彼女は少しでもholoXに対して優位に立てる場が欲しかったのだ。技術力でも、科学力でも、軍事力でも彼女達に劣る白上は、一体何を差し出せばholoXと同じ立場に立てるのだろうかとずっと考えていた。勿論それは、決してラプちゃん達を見返してやりたいとかいう気持ちではない。白上たちと対等な関係で構わないと言ってくれているラプちゃんは、きっと人との関係性を『力』などというもので測っている人では無いから。そうでなければ、何もかもが足りない白上たちを同じなどとのたまうはずが無い。
だからこれは、単なる私の我儘だ。彼女たちに少しでも近づきたい、ラプちゃんには出来るだけ私達と同盟を結んだことを後悔させたくないという一国の王様としてはとても口にできない白上の子供じみた戯言だ。その為に、たかがありふれた主食を”一品多く作れる”という事すら白上たちにとっては大事なステータスに成りえた……本当に、大人げないことだと自分でも思う。
「ま、そう簡単にはいかないわな。……でも、その辺のことでこいつらと比べても仕方ないだろ?」
「そうだけどさぁ……はぁ~、国の復興が終わったら白上たちも特産品とかに手だしてみようかな……」
「……お前って、実は人の命が懸かってないところでは結構負けず嫌いだよな。そう思うのも、ラプラスたちへの対抗心だろ?」
白上の落ち込んだような反応に対し、黒様が少し呆れつつそう言った。
……どうやら、彼女には私の心の内などお見通しなようだ。流石は、私の大親友兼唯一の家族だね。
白上フブキは再度、自分にとってのかけがえのない存在というものの凄さとありがたみを噛みしめていた。
一方、そんなやり取りがあったことなど露知らずに目の前にあるものに対して優秀な部下との会話を広げている総帥の姿もあった。
「それでラプちゃん、この”おこめ”っていうのが大好きって言ってたけど……これ、どうやって食べるの?なんか、この白い粒とか見るからに硬そうだけど……」
「いやいや博士、これはそのまま食べるんじゃないぞ。お米は炊飯器……じゃなくて、鍋なんかに水と一緒に入れて火にかけるんだ。『炊く』っていう調理方法なんだが、それでこの粒をふっくら柔らかくさせてから食べるんだぞ」
「へぇー、調理が必要なんだ……うーん、こよ料理だけはちょっとなぁ……」
こういった分野にも精通していそうな博士が、珍しく自信の無さそうな声でそう言った。
実は意外なことに、博衣こよりの料理の腕前というのは素人と同程度のものなのである。こと”科学”という分野では広い知見と技術力のある彼女だが、『料理』に限っては人並みかそれ以下の実力であると言わざるを得ない。その代表的な例として、元の世界の博士は配信でオムライスを作った際にプラスチック製のしゃもじを溶かしてしまうという失態を犯している。本来科学者であるはずの博士がそんな初歩的なことにすら気付かないとは、下手とは言わないまでも”得意ではない”というには十分な要素であった。
しかも、博士はその事件があったことを踏まえた上で「こよは別に料理できるよ~」と言い出す始末なのだ。だが、その話を聞いた時に吾輩たちは少なくともこよりをアジトのキッチンには立たせてはいけないというルールを作ったほどだった。『料理は科学』という言葉があるが、この場合博士にはどうやら適応されないことだったようだな。
(……って言っても、こっちの世界の博士は自分が料理下手だと認めてる分いくらかはマシか)
そう思ったラプラスは、博士の料理の腕前についてはもうこれ以上言及しないことにした。そもそもの話、吾輩自身も料理に関しては全くもって自信がない。いやむしろ、作らないことがholoXと世界の為になると言えるぐらいだ。そんな吾輩が、自らの不出来さを認めてる博士をとやかく言える筋合いは無いな。
「まあ、その辺は米が実際にできてから調理班にでも任せよう。……お前も絶対びっくりするぞ、なんたって滅茶苦茶美味いんだからな!」
「そうなんだぁ、ラプちゃんがそこまで言うならよっぽどなんだね」
この場合、実際に美味しいのはお米自体というよりは周りのおかずや付け合わせによる相乗効果な気はしなくもない。流石の吾輩でも、いくら好きだからって夕飯にご飯が単体で出てきたらしょんぼりしてしまうだろう。おにぎりで食べるにしても、お茶碗によそって食べるにしても、そこには必ずメインとなるものが必要なのだ。吾輩的にはお肉料理……もっと具体的に言うならハンバーグなんかがあると大変嬉しい限りだな。
だが、それでもそれらのポテンシャルを最大限引き出してくれるのが白米というものの存在だ。パンでも悪くは無いのだが、やはり米も食べたいと思ってしまうのが日本で少なからず生きた者の定めだろう。
「ただのご飯でそこまで興奮するなんて……ラプちゃんて、ホント変わってるよね」
ラプラスが米に対する自分なりの解釈に思いを巡らせていると、それを傍から見ていたらしいフブキ先輩がそう言って声をかけてきた。……そう言えば、まだこの件に対して先輩方にまだ”お礼”を返してなかったな。
「そうか?でも吾輩もずっと食べたいと思ってたし、他のものと合わせたり炒めたりするのも楽しみなんだ」
「え、お米を炒めるの?何それ、白上も食べてみたいっ」
「ん?フブキの国にはそういう料理はないのか?色々あるんだぞ!」
日本には”米の食べ方”というものがいくつか存在する。極端な話、お寿司に使う『酢飯』にしたって普通に食べるのとは違った味わいがあるだろう。その他にも先例のオムライス、後はチャーハンや炊き込みご飯など様々な食べ方が存在するのだ。単にオカズと合わせるのが主かもしれないが、米がメインの料理というのも少なくはない。
「へー詳しいんだねラプちゃん……そういえば、おかゆがおにぎりを”作ってあげてた時”も大好きだって言ってたもんね」
「え」
そう言ったフブキ先輩に対し、ラプラスは「そうなんだよ」と答えようとしていた。
しかし、何故かこよりがそれよりも先に小さくも確かな声を上げる。何か、気になる事でもあったのだろうか。
「あれ……博士、どうかしたか?」
「……??…」
突然悲鳴ともとれる囁きを発した博士に対し、ラプラスは心配も相まって声をかける。だが、話しかけたこよりは何やらぼーっとしていて吾輩に気が付いていない様子だった。仕方が無いので、再度大きな声で彼女に呼び掛ける。
「おーい博士、何かあったかー?」
「えっ…………あ…………な、何でも無いよっ!」
二度目の呼びかけでようやく我に返ったらしい博士が、取り繕うようにそう言った。んん?博士、どうしたんだ……?
ラプラスは、その少し焦った様子のこよりの反応がどうにも引っかかった。しかし、本人が何でもないという以上何度も聞き返すのはやめておいた方がいいだろうと自分を納得させる。博士のことだから何か気になることや問題があったら真っ先に言ってくれるだろうし、吾輩も皆に隠し事があるわけだから必要以上に言及することはないか。
「ふーん、そうか……まあ、大丈夫ならいいぞ。ただ、何か気になる事があったらいつでも言ってくれよ?」
「うん、ありがとう…………ごめんね、話を遮っちゃって」
未だに若干意識が上の空な博士が、吾輩とフブキ先輩の会話を止めてしまったことを謝罪してくる。だがそれを済ませてしまった博士には、もうこれ以上口を開くつもりは無さそうだった。ならば、軽い謝罪もあったことだしこれでこの話はおしまいだ。別に、こよりも恐らく何か気なる事があって思わず声が漏れてしまっただけなのだろう。ただ、それはまだ自分の中に留めておきたいことなんだ。なら吾輩は彼女の上司として、本人から行ってくるのを待つことにしよう。
そう思ったラプラスは、再度会話の続きをしようと白上フブキに向き直る。そして、先程思い立ったことに関して目の前の彼女たちに話を始めた。
「……ところでフブキ、黒。まだこの”贈り物”に対するお礼を返してなかったよな」
『お礼の言葉』に関しては先程贈り物をもらった際にも少し言ったのだが、それに対する現物的なお礼というものをラプラスはまだしていなかった。本来『招いてくれてありがとう』という意味で持参したはずのお土産に対し、再度礼の品を返すなんて少しおかしい話な気もする。ただ、それでも吾輩はこうして気を使ってくれたフブキ先輩の心遣いが本当に嬉しかったのだ。だから、その気持ちには正直に答えたいと思ってしまった。
「おいおいラプラス、普通手土産っつーのは受け取ったらとっとと懐に収めてそれで終わりってもんだぜ?それに、単なる社交辞令なんだからそこまで気にする必要はない」
「……黒ちゃん、仮にそうだったとしてもそれはこっちが言うことじゃないよ……」
黒様の発言に関してフブキ先輩が的確なツッコミを挟んでいた。まあ、本当に社交辞令だったとしてもそれを渡した本人側が言うことでは無いよな。……だが、そういうハッキリとした物言いをするところも吾輩は黒様のいいところだと思っている。間違ったことを言ってるわけではないしな、ちょっと失礼だけど。
「いいや黒、本当にただの社交辞令だったらわざわざ吾輩の好みなモノを選んで送るなんてせず無難な物で済ますもんだぞ。でも、お前達はそうせず多少場に適していなくても吾輩の喜んでくれるだろうものを選んでくれた。だから、吾輩は二人のその気遣いに対して礼がしたいんだ」
そう言ったラプラスの心には、既にその”礼の品”として返すものを決めていた。といっても、実際に”物”を渡すんじゃなくちょっとした『体験』をして貰おうと思うのだ。恐らく彼女たちが生まれてから一度も経験したことの無いこと、かつここholoXの本部でしか出来ないことを。
「ラプちゃん、黒ちゃんみたいなこと言うつもりは無いんだけど……本当に、気にしなくていいんだよ?ほんの気持ちなんだから」
「まあまあそう言わずに、ちょっと付き合ってくれよ……食後の”余興”にな」
申し訳なさそうに言う白上フブキに対し、ラプラスはニヤリと笑いながらそう答えた。そして、彼女は直ぐに近くにいた眷属に声をかけて少し離れたところにいる幹部にある伝言を頼む。
「おいお前、ちょっと幹部に伝えて欲しいことがあるんだが……」
そう声をかけたラプラスは、近寄ってきてくれた眷属に対し誰にも聞こえないような小声でそっと命令を下す。すると、それを受けた者が直ぐにルイの元へと駆けて行った。またその様子を終始不思議そうな顔で眺めていた白上フブキたちだったが、なんだか楽しそうにしている彼女を見て取り敢えず言われた通りにしようと思うのであった。
「ーーーラプちゃん、元々お米が好きだったって言ってたけど……それ、一体”いつの話”なんだろう……」
そう呟いた一匹のコヨーテの言葉は、誰にも届かず静かにパーティー会場の喧騒に消えていくのであった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
今や第二……いや、第三の故郷とも呼べる宇宙空間を漂う巨大な『惑星型宇宙母艦』。そこに建造された数々の施設やビル群を総称して【holoXの総本部】と呼ばれていた。そして、それらの内容に関しては組織として欠かせないものが大半を占めている。中枢機関と呼べるholoXのアジト、その隣に設けられている本部内で最も大きな施設こよりーずラボラトリー、holoX内最大の軍事施設である戦闘斥候軍駐屯地、今や総勢数百万人にも上るholoXの構成員たちが寝泊まりするための居住区、またそれらの活動や生活に必要な栄養源や研究材料・資源を確保するための広大な敷地を使った農場エリアや農業エリア、自然エリアなどが区分けされていた。
また、それらholoXの活動に必須な施設以外にも士気上げや生活を豊かにする目的で作られたエリアが存在している。それは、先代ラプラス・ダークネスの強い要望により建造された大規模な『娯楽エリア』であった。必要に応じて好きな競技が楽しめる運動場に、私生活等に使える雑貨や私物を購入できるショッピングモール、本部内にあるありとあらゆる料理を注文できる食事処、また地球で言うところの近未来的なゲームセンターや屋内レジャーの楽しめる施設などが完備されていた。その他にも映画館やお酒が飲めるお店などもあるのだが、とにかくそうした娯楽施設はholoXに所属する中級~下級構成員たちを中心に親しまれていた。
ただし、それは上層部の役員メンバーがそれらの施設を使用していないという訳ではなく、研究部門の構成員なんかを含める”多忙を極めた者達”に十分な休暇が与えられていないことが原因であった。よって数少ない休日の際には普通に出入りするし、特に”沙花叉クロヱ”などはカジノ等によく入り浸って鷹嶺ルイに怒られたりもしていた。……もっとも、ご察しの通り一番これらの施設を利用していたのは何を隠そうこの組織の総帥である【ラプラス・ダークネス】な訳だが……。
しかし、それも今は昔の話。現在こちらの世界に紛れ込んでしまっているラプラスはというと、実はこれらの施設をほとんど利用していないのである。というよりは、こっちに来てからの日が浅すぎてそんな暇がなかったというのが正しい。ただ生活するだけならばアジト内だけで全てが事済むし、ラプラス本人もそれらの施設に関してフレンズ王国から帰ってきてからちょっと話に聞いただけであった。よって、本来ならばラプラスが飛びついて一日中遊んでいられそうなこれらの場所も想像していただけで実感が湧かなかったのである。
ただ、その中でも一部既に利用していたものもあった。それは必要に応じてのみ稼働させ、組織内でも上層部メンバーしか使う事の許されない施設……博衣こよりお手製の『人工温泉』であった。
「見てくれ、ここが博士の作ってくれたうち自慢の温泉施設だ!」
まるで自分が作ったかのように自慢げな様子のラプラスは、既に衣服を脱いでお風呂に入る準備を整えたholoX陣営及びフレンズ王国陣営の女性メンバー全員を見ながらそう言った。
先程、初めてのホロフレ同盟の会食にて吾輩はフブキ先輩たちから『贈り物』としてお米のサンプルを頂戴した。そして、本来ただの手土産であったそれを受け取った吾輩はあまりの嬉しさからそのお返しとしてこのholoX自慢の温泉を堪能してほしいと提案したのだ。最初こそ黒様辺りは拒否していたのだが、一番乗り気であったフブキ先輩の説得により結局両陣営全員の参加が決定したのだった。
「ひっろーーーい!綺麗っ!すごぉーーーーい!」
「ころさーん、あんまりはしゃぐと転んじゃうよー?少しはあやめちゃんを見習って大人しくしたらぁ?」
「……別に、余は落ち着いてるわけじゃない余。……どっちかというと、困惑してる」
「そうなの?……でも、ラプちゃん達はもう僕たちに悪いことしなって約束してくれたんでしょ?なら、素直に受け入れても大丈夫なんじゃない?……ほら、あやめちゃんも上見てみなよ」
そう言ったおかゆ先輩に連れられ、あやめ先輩は室内の上部に設置されている巨大なガラス張りの天井を見上げていた。
この温泉施設はラプラスがholoXの自慢と豪語する通り、幾つかのここでしか味わえない特色がある。その一つが、この場所が宇宙空間に存在する巨大な宇宙船の内部にあるという立地を活かした『宇宙から覗き見れる天然のプラネタリウム』であった。安全面を考慮したうえで、限界まで透明度を上げたそのガラス面は下から見る限り本当にそこには何もないと思えるほど綺麗に向こう側の星空を一望できるのだ。それは地上に居ては絶対に見ることのできない景色であり、未だ敵視の拭えない面々ですらわざわざ見納める程のものである。かく言う吾輩も、初めて見た時はそれはもう見惚れたほどだ……勿論、素っ裸でな。
「けっ、何で私が敵陣で風呂なんか……」
「こーら黒ちゃん、ここはもう敵陣じゃないんだよ?それに、折角の機会なんだから楽しまなきゃ!ね、ミオ?」
「うーん、ウチもどっちかと言えば黒ちゃんの意見に賛成なんだけどね……でも、フブキやおかゆところねが楽しそうだしいいかなって。ウチも温泉自体は嫌いじゃないからね」
「そうだよ!ただでさえ黒ちゃんはお風呂嫌いなんだから、こういう時にしっかり入っておかないと。……ほら、背中流してあげるからさっ」
こちらも右から黒様、フブキ先輩、ミオ先輩の順に並んでそんな会話を広げていた。おかころ先輩たちはともかく、意外にもミオ先輩はこのことに反対はしていない様子だった。しかもあやめ先輩も言わずもがな乗り気では無さそうだったのだが、表向きだけでも否定せずに参加してくれている。
ちなみに、この場には今吾輩・幹部・博士・お手伝いとして黒様の世話係の女眷属、フブキ・黒様・ミオ・あやめ・おかゆ・ころね先輩たちがいる。一応他にも吾輩たちの護衛やフレンズ王国の大臣や宰相なんかもいたのだが、折角の”裸の付き合い”ということで今回は男子禁制ということになっている。まあ、普段からこの温泉施設はいわゆる混浴という扱い……というより、上層部のメンバーしか利用できない性質上必然的に女性の利用がほとんどだったのである。
「急にラプがお願いがあるって言うから何かと思ったけど……まさか、こんなことを言い出すなんて……」
「あはは……流石はラプちゃんだね。いっつも言い出すことが突拍子もなさ過ぎて、僕たちじゃついて行けないよ」
「それがラプラス様の素晴らしいところです!それにこんな私のようなただの雑用係も入室を許可してくださるなんて、光栄なことこの上ないです!」
「……あなた、本当にラプに気に入られてるのね。その調子で今後も精進なさい」
「はいっ!」
こちらの陣営に関しても、唯一一緒に入ってきた眷属を交えて部下たちが会話をしていた。幹部が吾輩たち以外の誰かを直接褒めるなんて、珍しいこともあるものだなとラプラスは内心思う。
しかし、そんなことは直ぐに流れていき目の前の光景とこの雰囲気を全力で楽しもうと思考を切り替えた。この施設の目玉である『温泉』に使われているのは、先程も述べた通り人工のものである。ただし、それを作ったのはそこらの科学者では無く不可能を可能とする天才科学者の博衣こよりなのだ。よって、人工とは必ずしも現物に劣るものでは無く、むしろ効能や香り等全てにおいて上位互換であると呼べる代物であった。ここまでくればもはや天然かどうかはさして重要では無く、ここの温泉に浸かってどれだけ気持ちいかが大切であった。そして、その答えは実際に入ってみればすぐにわかることである。
「……の前に、先に体を流すのがマナーだよな」
そう思ったラプラスは、既に何人かが使用しているシャワー台の方へと移動する。すると、丁度フブキ先輩と黒様が使っている場所の隣が空いておりそこで女の眷属が吾輩を手招きしていた。
「ラプラス様、こちらへどうぞ。お体洗わせていただきますよ」
「ああ、わかった」
本当なら体くらい自分で洗うのだが、こちらの世界に来てからは毎回必ず眷属の誰かに洗われていた。しかしそれも立場上仕方のないことであり、また総帥の特権であるともいえるので今では素直に施しを受けているのである。
「それじゃあ、こちらにお座りいただいて……髪の方から洗っていきますね~」
眷属に言われるがままに椅子に座り、シャンプーを出して泡立てた両手によって長い髪が洗われていく。ラプラスの髪はそのままだと地面に付きそうなほど長く、確かに自分一人で洗おうとしたらかなり大変な作業だ。それを、誰かに勝手にしてもらえるのなら案外悪くないのかもしれない。それにこの眷属、少し抜けてるところがあると思いきや手先の方は結構器用なのだ。お陰で、マッサージも含めた洗髪はかなり気持ちのいいものとなっている。
そんなことを思いながら、ラプラスは大人しく目を瞑っていた。しかし、隣から何やら騒がしめなフブキ先輩と黒様の話声が聞こえてきたのでそちらをチラッとを覗き見る。
「お、おいフブキ、まだ終わんねーのか……?」
「黒ちゃんが暴れるからでしょ?ほら、ちゃんと目瞑ってないと石鹸染みちゃうよー」
「くそっ、何で私が風呂なんか……」
「黒ちゃんは相変わらず水が苦手なんだねぇ。お湯に入るのは大丈夫なのに……猫ちゃんかな?」
「うるせぇ……」
ほう、それは初耳だ。どうやら黒様は、見かけによらず顔に水がかかるのが得意では無いらしい。まあ、そういう人は一定数居るし気持ちがわからないでもない。湯舟などには普通に浸かれるのだろうが、獣人族なら特に水を怖がるやつもいるのだろう。
だが、それが黒様となれば話は別だ。ここは一つ、普段の失礼な態度に対する仕返しをしてやるとしよう。さてさて、どんな反応が見れるかな……。
そう思ったラプラスは、企てた悪戯を実行しようと近くのシャワーから出ていた水を両手でこっそりすくい上げる。そして、本人に気が付かれないように注意しながらおもいっきり黒様の顔目掛けてお湯をかけてやった。
「きゃっ」
……すると、思ってたよりも可愛らしい悲鳴が彼女から発せられた。
てっきり怒鳴り声でもあげるかと思っていたのだが、案外黒様もただの女の子なのかもしれない。
「~~~~ッ!……おい、ふざけんなっ!誰だ今の!!」
思わず小さな悲鳴を上げてしまった黒様だったが、直ぐに我に返ったようでそう叫びだしていた。しかしまだ水が顔に掛かっているせいか、さっきよりもギュッと強く目は閉じたままである。なんだこいつ、可愛いところあるじゃないか。
「あちゃ~、してやられたねぇ黒ちゃん」
「はぁ!?何がしてやられただよっ!!!……つーか、マジ絶対許さねぇ。おいフブキ、今のやったの誰だ」
お、怒ってる怒ってる……でも、いくら怒鳴ったってそんなにしっかり目を瞑ってたら誰かなんて特定できないぞ。ふふん、出会ってからずっと悪態を付かれていたのだからこれくらいのイタズラは甘んじて受けてもらって……
「ラプちゃんだよ」
「ちょっ!フブキさん!?」
折角完全犯罪が成立しようとしていたにも関わらず、フブキ先輩があっさりと犯人を暴露してしまった。そして肝心のラプラスも、その即答っぷりに思わず声を上げてしまう。
「よし殺す」
物騒だなっ!?
そう思ったラプラスに対し、黒様がまだ若干水が残っている恐怖をひた隠しにしながら薄っすらと目を開いてこちらを睨みつけていた。そこには確かな殺気が混じっており、彼女の手元には既に黒色の霊力が集まっているようだった。
「お、落ち着けって黒!ちょっとかかっちゃっただけじゃないかっ……そ、それにここは風呂場だぞ?折角裸の付き合いをしてるのに、そんな物騒なこと言い出すなって……」
「は?お前から吹っ掛けてきたんだろ?……この代償は高くつくぞ、holoXのクソ総帥」
静かに言い放たれたその言葉とともに、黒様が怒りを露わにする。そして、今にも飛びつきそうな勢いでこちらに手を伸ばそうとしてきた。
「ーーーはいはい、そういうことはもう無しって言ってるでしょー?泡流すから目瞑ってね~」
……しかし、寸でのところでフブキ先輩が黒様にシャワーをかけ始めてくれた。そして、その行為により黒様の動きも同時に止まる。
「わぶっ……ちょ!お、おいフブキ!水かけるならかけるって言えよ!」
「今言ったでしょ?それに、喋ってると口の中に石鹸入っちゃうよ?……まったく、黒ちゃんも少しはラプちゃんを見習って大人になったら?見なよ、あのラプちゃんでもちゃんと怖がらずに洗われてるんだよ?」
「私はれっきとした大人だっ!それに、お前だって偉そうなこと言って高いところ苦手だったろ!」
「白上はちゃんと我慢してましたー、黒ちゃんとは違いますー」
などと、二人はがみがみと軽い喧嘩のような言い争いをしていた。しかし、それは傍から見れば仲睦まじい夫婦の会話に聞こえなくもない。これは会食の際にフブキ先輩から聞いた話なのだが、どうやらこの世界の二人は幼い頃に出会ってずっと一緒に暮らしてきた義理の家族なのだとか。ただ、義理というのは名ばかりでその絆は実際の血縁の家族より深いものに吾輩は感じている。そして、それは恐らく本人たちも同じなんだろうな。
……だが、そんな見ていて微笑ましい会話内容で一点だけ気になった事がある。それは、まるで吾輩が子供みたいに扱われていたところだ。吾輩も見た目に反してちゃんとした大人のレディなんだが?
そう思ったラプラスは、眷属に引き続き体を洗われながら二人に対して文句を垂れる。
「おいフブキ、吾輩もちゃんと大人だぞ」
「うん、わかってるよ。ラプちゃん考えもしっかりしてて”大人っぽい”もんね」
「いや、ぽいじゃなくて実年齢もちゃんと大人だ。ていうか、多分お前らよりもずぅっっっ……っと年上だぞ」
「はっ、そんなナリでか?」
事実を述べたラプラスに対し、まさかそんな訳はないと黒様が鼻で笑っていた。しかし、彼女の言うことは事実でありこの見た目からは想像できないほどの歳を重ねているのだ。
「悪かったな、子供みたいな見た目で。……けど、本当のことだぞ?吾輩はラプラトン星ってところの生まれで、その中でもかなり長寿な方だ。大体、お前らの星と同じくらいの年齢か?……まあ、今は色々あってこんなだけどな」
「うそでしょー、まさかぁ。…………え、本当なの?」
ラプラスの発言に対し、フブキ先輩ですらこれっぽっちも信じていない様子であった。
しかし、話した吾輩がそれ以降真面目な顔を崩さなかったことから徐々に真実だと思い始めたらしい。
「ああ。本当はあんまりぺらぺら喋っていいことじゃないんだが……まあ、二人にならいいだろ」
「あっ……ご、ごめんね。白上てっきりラプちゃんはまだ子どm……み、未成年!だと思ってて……」
「いやそんな訳ないだろ。流石に、ただの少女にはholoXの総帥なんて務まらないぞ」
まさかの、フブキ先輩たちは吾輩のことを本気で子供だと思っていたようだ。確かにこんな少女のような見た目の吾輩だが、もし本当にただの幼子だったとしたらこんなに大勢のholoXer達が後に続いてきたりしないだろう。勿論今のholoXは吾輩が作ったものでは無いのだが、それでもこの世界のラプラスもまた見た目に反してきちんとした大人であったはずだ。
ていうか、吾輩のことを子供だと思ってフブキ先輩は同盟の件を了承してくれたのか?中々に、肝の座ったこをするんだな……。
「……ラプラス、お前マジに私達より年上なのか?そんなんなのに……?」
「おい、本当に失礼だぞ。吾輩じゃなかったら、普通に国際問題に発展するくらいな。……たった一言で、戦争に発展するなんてない話じゃないんだぞ?そしたらお前、自分一人で責任とれるのかー?……吾輩、フブキに聞いて知ってるんだぞ。お前の国内での立場をな。…………なあ?フレンズ王国の居候殿?w」
「っ!……このっ、てめぇなぁ……!!」
これも先程の会食中に聞いたことなのだが、現在黒様の役職は名目上『王の相談役兼護衛』という事になっているらしい。しかし、その実は平和な国に寄生する『居候』なのだ。勿論フブキ先輩の事実上の家族であり、また心の拠り所でもある黒様は城内でも邪魔者呼ばわりされるようなことはない。だが、吾輩たちとの戦いが始まる前までは正しくニートという言葉がふさわしい立場であった。
「ま、そうはいっても吾輩は昔のことをほとんど覚えてないんだけどな。思い出せるのはこのholoXが出来る少し前位なもんだ」
ラプラスはかなり重要なことをサラッとそう言うと、先程から自分を洗ってくれていた眷属に最後の仕上げだと体にお湯をかけられる。そして、「終わりました」という言葉を聞いてから椅子から立ち上がった。長い髪も綺麗に上の方でまとめられており、このままお湯に浸かることが出来るだろう。
「じゃ、吾輩は先に行くぞ」
「えっ、もう行っちゃうの?……話の続きは……?」
「それはまた今度な」
吾輩の発言を受けて、まだ話の続きを聞きたそうにしていたフブキ先輩がそう答える。恐らくは、吾輩の生い立ちなんかについてもう少し詳しく聞きたかったのだろう。しかし、本来はこの世界のラプラス・ダークネスではない吾輩ではそのうちボロが出てしまいそうだ。それに、折角の温泉なんだから他の連中とも話したいしな。
そう思ったラプラスは、フブキ先輩たちの傍を後にし湯舟へと向かう。すると、既に湯を楽しみながら話をしていた幹部たちの姿が目に入った。しかも、一緒にいるのは意外なことにあのミオ先輩とおかゆ先輩だ。あのメンツで、一体どんな会話をしているのだろうか。
「ーーーなので、そうした問題には適材適所で対応しています。普段から彼らの能力を把握しておけばいざという時に慌てずに済みますから」
「なるほど……勉強になります。私たちの国でも、早速部隊編成に利用してみますね」
「二人とも、こんな時なのに難しい話してるんだねぇ~。僕にはさっぱりだよぉ」
遠巻きから見ていた限り、主に幹部とミオ先輩が話しておりそれを傍でおかゆ先輩がなんとなく聞いているだけのようだった。本来大変珍しい光景で邪魔しがたいのだが、今は吾輩も混ぜて欲しいので遠慮なくその輪に入ろうとする。
「幹部、お前が進んで外部の人間と話をするなんて珍しいな。よっぽどミオさんと気があったか?」
「あらラプ、フブキ王との話はもういいの?」
ラプラスがそう声をかけると、三人ともこちらを振り返り会話を中断してくれた。そして、幹部がそのように答えつつ吾輩の入るスペースを空けてくれる。
「ん?別に特別重要な話はしてないぞ。ただの雑談の類だ。……そっちは?」
幹部からの質問に答えつつ、ラプラスは空けてくれた場所に入り込む。博士お手製の温泉の熱が体中にじんわりと伝わっていき、何とも言えぬ心地良さがラプラスを襲う。
「こっちも大したことは話してないわ。ただ、聞かれたことに答えられる範囲で答えてただけよ」
「……実は、ルイさんに主に内政の仕方についてご教授頂いていたんです。私はただの獣人部隊の隊長で内政官ではありませんが、時折王の公務を手伝っているので何かわが国でも活かせることはないかと思いまして」
なるほど、そういうことな。だからさっき適材適所がどうのこうの言ってたのか。確かに、幹部とミオ先輩は一見すると似たような立場にいると言えなくもない。吾輩やフブキ先輩というトップが居て、それを一番近くで支えているいわば”組織の副官”なのだ。しかし組織の運営という面で言えばミオ先輩は本職ではない。よって、普段からこの巨大組織を実質的に仕切っている幹部から色々と教わっているのだろう。
「ほーん、こんな時まで勤勉なことだな。……吾輩は、あんまり頭を使ったりするのは得意じゃないから素直に尊敬するぞ」
「……何を、ご冗談を」
半分戯言程度のつもりでラプラスはそう言い捨て、ふぅーと肩まで湯に浸かる。全身から余計な力が抜けていき、本当の意味でリラックスできていた。
一方、ラプラスの発言を受けて「この人は一体、何を言っているんだ」と思う副官が二人。鷹嶺ルイにとって、目の前で寛いでいるこの御方こそ自らのすべてを差し出しても構わないと思える全宇宙一の計略家なのだ。また大神ミオにとっても、眼前の悪魔はあの一代で大国を築き上げた白上フブキを持ってすら『絶対に敵わない策士』と豪語する人物なのである。よって、もしこのラプラスという者が『頭を使うのは得意ではない』などと言い出すのであれば、もはやこの世界に”賢い者”など存在しない事になってしまう。それくらい、この組織を陰から支える右腕たちはこの総帥を高く評価しているのだ。
……しかしそんなことは露知らず、ほのかに紅葉してきた頬を湯に浮かべている他称賢者もまた一人。そして、この場にいたとある人物にお願いがあったことを思い出して彼女は口を開いた。
「あ、そう言えばおかゆさん。実は、ちょっと折り入ってお願いしたいことがあったんですけど……」
「ん~?どうしたのラプちゃん」
自分の問いに対し、そう答えてくれたおかゆ先輩にラプラスは起き上がり向き直る。
「さっきフブキに聞いたんですけど、おかゆさんっておにぎり屋の娘さんなんですよね?……だったら、もしかしてお米の作り方について詳しかったりしませんか?」
この話もまた、先程の会食でフブキ先輩に聞いたことだった。
実はフブキ先輩たちから『お米』を贈り物として貰った吾輩たちだったのだが、そこには大きな問題が生じていた。それは、肝心の”米の栽培方法”について吾輩に全く知識が無かったことである。あれだけお米が大好きだと豪語し、博士に量産を頼んだ手前実際に育てる時に勝手がわからずダメにしてしまうなんてことはあってはならない。そこでこちらの世界のおかゆ先輩もおにぎり屋の娘のようだし、その方法についてご教授頂こうというのだ。
「うん、勿論知ってるよ~。小さい頃はよく田んぼの手伝いとかもしてたからね」
「本当ですかっ!?……あの、出来ればその方法を教えてもらったりできませんか……?」
「別にいいよー、ラプちゃん達には今日ご馳走になったからねぇ」
そう言って、おかゆ先輩はラプラスからの申し出を快く受け入れてくれた。本来ならおにぎり屋の米の栽培方法など下手したら”秘伝”と呼ばれる類なのかもしれないが、今回は食事のお礼として教えてくれるそうだ。心優しいことだな。
「ありがとうございます、おかゆさん!」
「んーん、気にしないで。あとでメモに書いてあげるから、それでやってみてよ~」
よし、何はともあれこれでようやく米の栽培に手を出せる。温泉から出たら、早速博士にそのメモを渡しに行くとしよう。
そう思ったラプラスは、内心ウキウキしていた。
……その為に、彼女を見つめるある人物からの視線に気が付けない。
「…」
彼女は先程ラプラスから発せられた言葉の中に、幾つかの違和感を感じていた。
しかし、それをこの場でわざわざ指摘する必要はないと言葉を呑み込む。
そして、またしても何も知らないラプラスは直ぐに別の話題を始めていた。
「そう言えば、ころねさんやあやめは?」
「ころさん達なら、さっき向こう側のお風呂に入るって言ってたよ」
実はこの温泉施設には、今吾輩たちが入っている大型の温泉以外にもいくらか種類があるのだ。まあ、日本で言うところの銭湯って感じだな。よって、浴場内の奥の方にも風呂場が広がっている。恐らく二人は、そっちの方に行っているのだろう。
「そうか。……あ、なら皆でそっちの方にも行ってみないか?ここ結構広くて色々あるんだぞ」
「お、いいねぇ。なら僕はフブキちゃん達にも声かけてくるよ。ミオちゃんも行くよね?」
「えっ……うーん、まあフブキたちも行くなら……」
吾輩の提案に、おかゆ先輩が快く賛同してくれた。そして、誘ったミオ先輩も渋々ながらついてきてくれるそうだ。
「……ってことだが、幹部はどうする?一緒に来るか?」
「私は……んーん、遠慮しとくわ。こよりがさっきまで私のことを洗ってくれてて、まだ戻ってきてないみたいだからここで待ってる」
「わかった、じゃあ吾輩行ってくるから」
そう言ったラプラスは、既に先輩方と温泉を楽しめると浮かれ始めていた。そして丁度洗い終えて戻ってきたフブキ先輩たちと合流を果たし、ころね先輩とあやめ先輩を探すという名目で温泉巡りを楽しむのであった。
……ちなみに、その間に何度か黒様に水をかけた結果キレた彼女に水中に沈められたのはまた別の話である。
********************
フレンズ王国陣営の人達と、総帥が出て行った後の湯の中。そこで鷹嶺ルイは一人寂しく遠くではしゃいでいる愛らしいラプラスの姿を眺めていた。
「ラプ……ラプラス・ダークネス様…………それもまた、あなたの作戦の内ですか……?」
誰にも聞こえないように注意を払いつつ、彼女は静かにそう呟いた。
先程の会話内容から、私は一つ疑問に思っている事があった。それは、あの子が猫又おかゆに対し”何故あそこまで下手に出ていたのか”ということである。いつものあの子なら、一介の田舎国の給仕係になどわざわざ敬語を使ったりしない。そうでなくともラプは普段誰に対しても高圧的というか、高飛車な言い回しをすることが多いのだ。でもそれはあの子の立場と実績を考えると当然の権利であり、それを咎めることが出来る人なんていない。
……あれ?でもそういえば、最近ラプが自分を呼ぶときに『吾輩』って言葉を使うようになったわね。確か前までは”わたし”だったのに……もしかして、何か心境の変化でもあったのかしら?
そんな小さな違和感が、彼女の心の内にふっと湧いてくる。すると、まるで見計らったようなタイミングでようやく自分を洗い終えたらしいこよりが戻ってきていた。しかし、その彼女はどこか浮かないような表情しており私はそれを疑問に思う。
「こより、何かあったの?」
「えっ……まあ、うん。そうかも…………となり、ちょっと座ってもいい?」
まさか私に言い当てられるとは思っていなかった様子のこよりが、正直に白状し近くに来ていいかと問いてきた。それを私は「いいわよ」と答えて、彼女を入ってくるように促す。すると、それに素直に従って私たちは湯に浸かった。浴場を移動中に奪われた熱を、温泉に浸かることで再び蘇らせる。そして、体全体を巡る暖かな刺激を噛みしめるようにこよりはふぅ~……と息を吐きだしていた。
「……ラプちゃん、なんだか楽しそうだね。ついこの間まで敵同士だった人たちと、あんなにすぐに打ち解けられて凄いよ」
「そうね。……でも、ラプが”欲しい”って言った人達だから尚更なんじゃないかしら。事情はよく分からないけど、中にはお世話になったっていう人もいるみたいよ」
「……そっか……」
部下と二人で温まりながら、遠くではしゃいでいる総帥の様子を再び観察する。
ラプの話によると、先日の一件は主に大神ミオと百鬼あやめによる仕業だったらしい。しかし、それらは白上フブキ王の許可なく勝手に行われたことであり、それらを止めるために白上フブキ、黒上フブキ、猫又おかゆ、戌神ころねには全面的に協力して貰ったとのことだった。元々あちらの事情でラプが危険に晒されるなんて事態に陥ったわけだが、それでも少なくともフブキ王にはこちらと争う意思は最初からなかったそうだ。
「……それで?一体何があったのよ」
前置きもほどほどに、思いつめた様子のこよりに私は声をかける。
すると、彼女はチラッとこちらを一瞥してから不安そうな声で語りだした。
「あのさ…………最近のラプちゃん、ちょっと変だと思わない?」
「変?」
確かに、ハッキリとそう言った彼女には確信めいた何かがあったのだと思う。しかし、その内容がどうにも私にはピンとこなかった。だが、そんな私の様子を確認してからこよりがまた言葉を続ける。
「ルイ姉はさ……”おこめ”っていう食べ物があるってこと、知ってた?」
「おこめって、さっきラプがフレンズ王国からの贈り物として貰ったって言ってたやつ?……いえ、私はさっきその名前を初めて聞いたわ」
「そう……実はさ、さっきラプちゃんからその”こめ”の量産を指示されたの。とっても美味しいから、僕もきっと気に入るだろうって……」
ふむ、ラプの話じゃ例のこめとは穀物の一種という話だった。そして、それは主に白上フブキたちの惑星で主食として親しまれている食べ物である。ただラプはそれをフレンズ王国の城で食べたと言っていたし、特段おかしなところはないと思うけど……。
「確かラプが、猫又おかゆにそのこめを使った料理……”おにぎり”、だっけ?を作ってもらったって言ってたわよね。それが?」
「……さっき、白上フブキが言ってたんだけどさ……ラプちゃん、そのおにぎりを”食べる前”からお米が大好きだって言ってたんだって。……でも、ここholoXの本部にそんな食べ物は存在しない。それに、holoXが出来る以前のことだったとしてもずっと一緒にいたはずのルイ姉が知らないのはおかしくない……?」
「!」
こよりの思わぬ指摘に対し、ルイはわずかな驚きを覚えた。こよりの言っていることが本当ならば、確かに少しおかしな気もしてくる。holoX結成以前から一緒にいたはずの私が知らなくて、ラプだけが知っている食べ物……果たして、そんな物がこんな偏狭な星に存在しているものだろうか。
「それにさ、最近のラプちゃんの『話し方』も変だよっ!自分のことを”吾輩”なんて呼んでるしさ……前は、絶対あんな喋り方じゃなかったよ」
それは丁度、先程私自身も思っていたことだった。
言われてみれば、確かに最近のラプは少し前とは明らかに違うところがあった気もする。前までは自分から任務の現地に行きたいなどと言い出すことは無かったし、私に一緒についてきてほしそうなそぶりを見せることも無かった。確かに意識してみると、幾つかの違和感が私の中に浮かんだことを実感する。
……しかし、それが何だというのだ。ラプがちょっとした思い付きで口調やキャラを変えるなんて、”かなり前にも一度あったこと”だ。それに、自らに課せられた”業”の為任務に積極に参加すること自体は決して悪いことじゃない。きっとラプにはまた何か考えがあるのだ。私では想像だにできない、物凄いことをきっと……。
「……考え過ぎよ。こより、あなた最近忙しかったから疲れてるんだわ。この仕事が終わったら、少しだけ休みなさい」
彼女は頭脳面で優秀過ぎるばかりに、必要以上に杞憂を生み出してしまうことがある。だが、今回の場合はきっと日々の疲れやストレスからきているものだろう。だから、今は深く考えない方がいいと私は促した。
「で、でも……やっぱり、変って言うか…………例えば、今のラプちゃんが偽m…「こよりっ!」」
しかし、彼女は未だ不安が拭えないようだった。
それどころか、ラプに対し不信を抱くような発言をしかけたので流石に止めに入る。
「……博衣こより。あなた、その先を口にするのは勝手だけれどそれを私は総帥に対する不敬罪と捉えるわよ。……よく考えてから発言することね」
「っ!……ま、待ってよっ!こよは別に、そんなつもりは無くって……ただ、ラプちゃんが何か困ってるなら力になってあげたいってだけで……」
思わず語気を強めた言い方になってしまったが、その甲斐もあってこよりが慌てて自分の発言を撤回した。この会話をどこで誰が聞いているかわからないし、何より私自身がラプを陥れるような発言を許せなかった。私も別にこよりが本気でそう思って言かけたわけじゃないと理解しているが、それでも言っていいことと悪いことがある。彼女の真意はどうあれ、あの子に不信感を抱くことなどあってはならない。
「こより……本当に、ラプを疑ってないのね?」
「ほ、本当だよ!こよの命を懸けてもいいっ!…………今の僕があるのは、ラプちゃんのお陰なんだ。死にたかった、消えてしまいたかった僕を拾ってくれたラプちゃんには本当に感謝してるし尊敬してる。……だから、ごめん、僕の言い方が悪かったよ。……こよが言いたかったのはね、どうにか総帥の力になれないかなってこと。なんだか最近のラプちゃん、何かにすっごい苦しんでるっていうか……悩んでるように見えたからさ。それで……」
取り繕うように、紡ぐように彼女はそう捲し立てた。しかし、その訴えはこよりの様子を見ていれば流石に本心ではないと疑う余地はない。よって、ここはholoXの大幹部として彼女の失言の撤回を認めることにした。
それよりも考えるべきは、こよりの言っていたラプの様子だ。そう言えば確かに、あの子が黒上フブキと初めて対面した際なんかには酷く思いつめたような顔をしていたような気がするけど……はて、その時には既に吾輩呼びだったんだっけ。
「……確かに、私にも思い当たる節が無いわけじゃないわね」
「や、やっぱり!……実はラプちゃんに久しぶりに会ったときにもさ、僕聞いたんだよね。ラプちゃん、なんか変わったよねって……でも、はぐらかされちゃって答えてくれなかったの。だから、それからラプちゃんのことが気になっちゃって……」
「そうだったの。……でも、あの子が言わなかったってことはその方がいいと判断したからよね」
ラプは、私達に必要以上のことを説明してはくれない。まるで、私や四天王の皆が自分の行動に対しどう反応するかを確かめているかのように……でも、それであの子は全てを自分のものにしてきた。それに私達にも信用と信頼を置いてくれているようだし、必要ともしてくれている。だから仮に総帥が何か大きな問題を抱えていたとしても、私達に相談してくれるまでは静かに待つしかないし待つべきなのだろうと思う。
ーーーだから私は、彼女の折角の”気付き”を地に埋めてしまった。
「……とにかく、私達は今まで通りあの子の指示に従いましょう。それで今後、もしラプ自身に本人でもどうしようも出来ないような問題が起こったら……今度は、私達が力になるの。その為に、今はもっと組織を大きくして”来るべき時”に備えましょう」
「うん、そうだね。……僕も、もっと頑張るよ」
ルイの発言に対し、こよりもそれに心から同意する。
こうして、私達もまたここに新たな誓いを立てたのであった。
ーーーその決断が、今後自らの総帥の首を絞めるとも知らずに。