転生したらラプラス・ダークネスだった件 作:飽和水溶液_pixiv
前話では宝鐘海賊団の二番船の元船長や、ふぁんでっとの生態について明らかになりました。そして前回の最後で、ラプ様がクロヱを助けに行くと言っていましたね。果たして、この先この宇宙船の中で何が起こっていくのか……お楽しみに!
【追記】
今回の深堀シリーズはお休みです。
ただちゃんとした追記として、実は数話前からこの『転ラプ』シリーズの説明欄を更新しておりました。よく考えてみれば、初期構想の段階からストーリーがかなり変わっていたので大きく書き直した次第です。もしよろしければ、再度目を通してみてくださいませ。
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「シャチの奴を助けに……?」
突然部下を助けると言い出したラプラスに、烏が不思議そうな顔をしながら聞いてくる。それに対し、ラプラスも手に持ったるしあ先輩のノートを懐に入れながら答えた。
「ああ。……今吾輩たちがすべきことは、るしあさんと『対等な』立場で話し合える状況を作り出すことだ。その為に必要なのは、ゾンビども含めたこの宝鐘海賊艦隊二番船に負けないだけの戦力を集めること……つまり、捕まった暗殺部門とラプツナズの連中を助け出すのが手っ取り早いってワケだ」
烏の問いにそう答えたラプラスには、既に事態を終結させるための作戦案があった。
今回の一件で、一番の問題だったのはマリン先輩率いる宝鐘海賊団の目的が不明瞭であった事。事の発端であるholoX管轄の惑星で事件を起こした訳も、潜入した暗殺部門の半数を捕らえもう半数をわざと逃がした理由が分からなかったことである。そして、ラプラス率いるラプツナズはそれらの問題を解決するためにこの船に潜入した。
しかし、今回の事件の全貌が明らかになった今、自分たちholoXと宝鐘海賊団がやり合う必要など全くないとわかった。我々は本来干渉し合わなかった集団であり、この小競り合いは”偶然”起きてしまったことだったのだ。であれば、もはやこれ以上ことを大きくする必要はない。あちらにだって、本当は仇でも何でもない吾輩たちと必要以上に事を構える余裕はないはずだ。だからこそ、最初はholoXと『交渉』をしそれで今回の件を済まそうとしていたらしいのだから。
だが、そこで問題になるのはるしあ先輩から掛けられている『疑い』だ。烏の発言からもわかる通り、彼女たちの故郷を襲い先輩が恨みを抱いている【ホロベーダー】と秘密結社holoXは全くの無関係だ。しかしどういう訳か、るしあ先輩はそれを吾輩たちが仕向けたものだと思い込んでいるらしい。それを先程連絡通路で説明しようとしても、あちらはこっちの話を聞く気は無いみたいであった。
ならば、無理やりにでもこっちの話を聞いてもらえばいい。聞くしかない、嫌でも耳を傾けなければならない状況を作り出せば自然と誤解も解けることだろう。何故なら、吾輩たちには本当に身に覚えのない容疑なのだから。
「なるほど、一理あるな。あいつらもただ見つからないように逃げ隠れするのと、上官から明確な指示が出てるのじゃその動きの精度も変わってくる。……だが、肝心のシャチの奴が捕まってる場所はわかってるのか?」
「取り敢えずの目星は付いてるぞ。お前は寝てたかもしれんが、実は通信の途絶えたラプツナズの隊員が最後にそれっぽいことを言っててな……”クロヱ様が、A棟の地下に”ってな。行ってみる価値はありそうじゃないか?」
B棟の2階にあった客室の中で、ラプラスと護衛の女は逃げ隠れしている最中であったラプツナズの隊員と連絡を取っていた。その途中で通信妨害にでもあったのか無線は切れてしまったのだが、彼は最後に『クロヱ様が……A棟の、地下に……』という言葉を残していた。それは、恐らくそいつが他のラプツナズと一度集まって情報交換をしたという際に新人の捕まっている場所についての情報を得ていて、それをせめて吾輩たちに伝えようとしてくれたものだろう。その時はそれよりも隊員たちの安否が心配で、深くは触れなかったが……今となっては、その判断が非常にありがたかった。
「新人の捕まってる場所に他の連中もいるのかまではわからんが、少なくともあいつが居れば戦力的にもかなり楽になるだろ。この船に全員乗ってるのは確かなんだし……そう言えば、クロヱに会うのはかなり久しぶりな気がするな」
前の世界に居た時は、クロヱとも毎日のように顔を合わせていた。しかしこちらの世界に来てからは、会うどころか何度か話に出ていたくらいで久しく顔を合わせていなかった。またこっちの世界の新人があちらの世界の彼女と同じだという保証はないけど……まあ、幹部や博士があの調子だったのなら恐らく大丈夫だろうと思う。
「はぁ……おい、あるじ様。大好きな部下との感動的な再開を想像するのは結構だが……俺が”初日に言った事”、忘れてないよな?」
ラプラスは、まだ見ぬholoXの掃除屋に懐かしみを込めた思いを馳せていた。すると、その姿を見た烏が呆れた様子でそんなことを言い出す。初日に言った事って……あぁ、そうだ。確か『シャチの奴には気を付けろ』だったか。
「わかってるよ。……新人に、吾輩の正体がバレないようにしろって話だろ?」
それは、今のラプラスがこの世界に来た最初の日に烏から注意されたことだった。
現在の吾輩は、この世界のラプラス・ダークネス本人ではない。その中身に、別次元の自分が憑依してしまっているのだ。そして、それを吾輩たちは他の部下たちには隠すことにしている。これだけ大きな組織の総帥が、万が一にも偽物だなんてバレたら大事になるからだ。だから、今のところ元の世界に戻るための協力を得られそうな者にしか明かさないという話だったのだが……その中で、沙花叉クロヱは要注意人物であった。彼女は掃除屋という役職上、そういった事にはめっぽう鋭いのだ。観察眼に優れていて、勘もいい新人はもしかしたら吾輩と会っただけでその正体に気が付いてしまうかもしれない。
本来の〖ラプラス・ダークネス〗ではない、偽物の吾輩に。
「吾輩のことは、一先ず誰にもバレないようにする。その上で、勘のいいクロヱには特に気を付ける……ちゃんと覚えてるよ」
「……そうか、まあわかってるならいいんだ。今あるじ様の正体についてあいつにバレたら、事態をややこしくするだけだからな」
「そりゃそうだ。今から新人の力を借りたいって時に、更に余計な疑いを掛けられるのはごめんだ」
ただでさえこれから戦力を集めてるしあ先輩からの疑いを解消しようとしているのに、そこに更なる問題を持ち込みたくない。ここからは、言動や行動には更に注意して挑むことにしよう。
そう思ったラプラスは、机の上に乗っていた烏を再度服の胸元に忍ばせる。ここなら隙間から顔を出せるだろうし、ヘッドギアの範囲内なのでいざって時に邪魔にならないだろう。そして、早速新人が捕まっていると思われるA棟の地下を目指そうと部屋の扉を開いた。
「今いる場所をいまいち把握してないが……まあ、取り敢えず下に向かってみれば大丈夫だろ。ヘッドギアの充電もあるし、何とかなるか」
「おまけに、”いいもん”も持ってるみたいだしな。それ、シャチの奴のだろ?」
部屋の出入り口をくぐり廊下に出ると、取り敢えず見える範囲にはゾンビの姿は無かった。
また外の安全を確認していると、胸元の烏が吾輩の持っていた”新人の銃”を見ながらそんなことを言ってくる。こいつとは短い付き合いだが、正真正銘この船で吾輩を守ってくれたもう一つの相棒であった。
「ああ、いいだろこれ。新人から勝手に借りてるんだが、なかなか使い心地いいn…「”きゃぁぁぁぁぁああ!!!”」」
烏が銃に触れたことに対し、ラプラスが自分のものでもないのに自慢げに答えようとした。
しかし、それを言い切る前に誰かの『悲鳴』によって遮られてしまう。
「ん?今のなんだ……って、何だあれっ!?」
突然聞こえてきた”女性”の悲鳴により、ラプラスはその声の出所であろう方を振り向く。すると向いた方向の奥、廊下の先から『メイド服を着た少女』が何故か何体かのゾンビに”追われながら”こちらに走ってくるのが見えた。
「なんでっ!!なんであてぃしのこと追っかけてくるのぉぉぉ!!」
そう叫びながら、ほうきを片手にゾンビから逃げ回る【湊あくあ】先輩の姿がそこにはあった。
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【宝鐘海賊艦隊二番船 操舵室】
「……それで、あのキッズは捕まったの?」
「×××……」
「そう……まだなのね……」
海賊船の操舵室。そこで潤羽るしあは、先程逃げたラプラス・ダークネスの捜索状況について”霊体の”ふぁんでっとに聞いていた。しかし、現状は未だ捜索中とのことだった。
「はぁ~……まったく、しっかりしてほしいのです」
「ーー……~~~!」
「……まあ、確かにあの死体さん達じゃ意思疎通が出来なくて難しいのはわかるけど……」
私が幽霊さんのその仕事ぶりに文句を言うと、彼曰く『死体さんのせい』とのことだった。確かに彼の言う通り、この船で徘徊している死体さん達は基本的に私の命令しか聞かないのだ。その上生物としての欲望の方が強く、よくサボったり自由行動を取ったりする。それに、命令を聞くといっても知能が低すぎて細かな指示は届かない。精々『ついて来い』、『待て』、『襲え』程度のことしか理解してくれないのだ。よって、一応力の源が魂同士である彼らは意識の共有は出来るものの、そこには正確性も秩序も存在していなかった。そんな中で、お互い協力し合って敵を捕まえろなんて難しい話だったかな。
「……でも、生憎るしあは”こっちのこと”で忙しいのです。悪いけど、そっちのことはそっちで解決してね?」
「……〇〇〇」
無茶ぶりだとわかりつつも、るしあはふぁんでっとの幽霊さんにそう指示を下した。確かに彼の苦労は理解できるものの、今の私には他にやらなければならないことがあったのだ。
実は小一時間ほど前に連絡通路でラプラス・ダークネスと対峙した後、自室に戻った私のところに一人のふぁんでっとが焦った様子で訪ねてきた。その”彼女”に話を聞くと、どうやらこの船の進路上に『何か』が現れたというのだ。その『何か』との衝突はまだかなり先のことになりそうとのことだが、この船が実際には宇宙船であるという事から容易に進路を変えることは憚られた。というのも、この船は現在るしあ達の本部がある衛星【コメット】を目指しているのだが、急いでいるということと単純にとれる航路の兼ね合いで簡単には進路を変えられないのだ。加えてその『何か』が居る付近には地表のある惑星があり、周りには隕石などが漂っていて衝突の危険もある。
よって、ギリギリになってからその障害物をどう対処するかを判断するために私はここに居た。
「今は侵入してきたholoXの連絡手段を断つ為に”通信妨害の電波を出してる”から、死体さん達に無線機を持たせて指示を出すとかも難しいし……そう言えば、あくあさんはどうしたのです?さっき死体さんに手紙を持たせたけど……」
数時間前に私の船長室で話して以降、あくあさんとは連絡を取れていなかった。というのも、この船には現在潜入してきたholoX達の連絡手段を奪う為に船全体に通信妨害の電波を発しているのだ。しかし、逆にそれのせいで折角マリンが貸してくれたあくあさんとの連絡を取れないという事態を招いてしまっている。加えてこの船にはふぁんでっと以外の船員がおらず、私以外と会話できない幽霊さんでは連絡手段に足り得なかった。よって先程、『ラプラス・ダークネス率いるholoXがこの船に潜入しており、更にるしあ達の惑星を襲うよう仕向けた張本人である』という旨を書いた手紙をあくあさんに届けるように死体さんに頼んだのだ。そして、その後どうなったのかについても未だ音沙汰がなかった。
「ーーー~~~」
「そう。さっきあくあさんを見かけたから、死体さんに場所を伝えたのね……なら、ここに居れば多分向こうが見つけてくれるのです」
こちらに関しては、どうやらことが進んでいたようだ。るしあの持たせた手紙をあくあさんが読んでくれれば、少なくとも船長室かここ操舵室に彼女から顔を出してくれることだろう。ならば、もう少し私はここで待っていることにするのです。どちらにせよ、手動でこの船を動かすには”るしあがここに居なければならない”のだから。
そう思ったるしあは、持ってきていた真っ白なうさぎのぬいぐるみを強く抱きしめた。そして、これを贈ってくれた”仲間”のことを思いながら故郷の光景を思い出す。
「……”あのキッズを殺せれば”……この苦しみも、ようやく終わるのかな……」
その言葉には、長年にわたり闘いに身を投じた少女の切なる願いが込められていた。
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一方その頃、宝鐘海賊艦隊二番船内のA棟廊下。
そこには、ギャーギャーと喚きながら群がる死体に追いかけ回されている”二人の”少女たちが居た。
「「「ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ア!!!」」」
「なんで追っかけてくるのー!!あてぃし何もしてないじゃんっ!!」
「ちょっと、ふざけないでくださいよ!!何で吾輩まで巻き込まれてるんですか!!」
遡ること数分前。二番船のA棟内にあった死体保管庫兼潤羽るしあの研究室から出てきたラプラスの前に、何故かゾンビに追われている湊あくあが現れた。しかもその走ってくる廊下が一方通路だったことと、単純に侵入者であり捜索され中の身であるラプラスもまた彼女に巻き込まれる形で追われる結果となっていた。
「ごめんなさいごめんなさいっ!お仕事サボって昼寝してたことは謝るから、許してよぉー!!」
「いや、サボってんじゃないすか!てか、あれそっちの仲間でしょ?!何とかしてくださいよ!!」
「「「マ゛、エ゛エ゛ェ゛ェ゛ェ゛!!!」」」
宇宙船内の長い廊下を、二人の少女と腐った大男達が大爆走。本人たちは至極真面目であったが、傍から見れば何とも不可思議で意味不明な光景が広がっていた。
しかし、暫く走ったところでこのままでは埒が明かないとラプラスは冷静になる。そして、体力も無いはずなのに必死に隣を走っている玉ねぎヘアーの先輩に再度声をかけた。
「ちょっとあくあさん!本当に!!一体、何がどうなって追いかけられてるんですか!!」
「ご飯も好き嫌いせずに食べるし、お掃除もするからっ!…………って、あ、あなた誰…?」
未だ自分の行った行動に対し反省していると訴えていたあくあが、気づかぬ間に隣を走っていた謎の少女に大声で名前を呼ばれたことでようやくその存在を認める。しかし、この船どころか今まで会ったことも無い見知らぬ相手を前に、状況も鑑みず極度の人見知りな部分が発動してしまう。
「あ、あの……スゥー…なんで、あてぃしの名前……」
「いや、すみませんけど今その感じで来られると困るんで!いいから、あれ何とかしてください!!」
「ヒッ……あの、いや…あてぃしも、何で追いかけられてるのかわからなくて……」
走りながらも、途切れ途切れの消え入りそうな声であくあ先輩はそう言った。どういう訳か知らないが、どうやら彼女にもこの現状を理解できていないらしい。だがあくあ先輩は言わずもがな、吾輩自身も逃げてばかりで息が上がってきた。
(くそっ、この船に来てから逃げてばっかりだ……取り敢えず、一旦どこかに隠れないと……)
そう考えながら、ラプラスは必死に逃げ道を探す。すると、少し進んだ廊下の先に『この⇩【動力室】』と書かれているプレートとその横に下の階へと続く階段を発見した。
(ッ!あそこなら……!!)
自分の体験に基づいた、希望的観測に任せラプラスは打開策を見つける。そして、思いついたからには即行動に移すべきとラプラスは隣を走る彼女の手を引いた。
「あくあさん、こっちです!」
「えっ?いきなり何……って、ちょっとぉ!」
いきなり手を掴まれたことも、そのまま強引に引っ張られたことにも驚いたあくあは声を荒げた。しかし、当のラプラスはそんなことお構いなしに急ぎ早で階段を駆け下りる。そのまま踊り場で180度方向転換し、下りきった先でお目当ての【動力室】らしき部屋の扉を見つける。
「よしっ!ここなら……って、おい!鍵掛かってるじゃないか!!」
折角辿り着いた部屋には、あろうことかドアノブの部分に南京錠が掛かっていた。しかも扉の造りも頑丈で、とても蹴破ったり出来るようなものでは無い。
「ちょ、ちょっと!後ろ後ろ、来てるってっ!」
ラプラスが鍵の掛かった扉の前でもたもたしていると、焦りすぎてキャラも忘れたあくあ先輩がそう急いてきた。またその隙間からチラッと後ろを振り返ると、階段を下りる合間に少しだけ引き離したゾンビ達がもうすぐそこまで来ているのが見える。
「くそっ、一か八かやるしかないな……あくあさん、少し離れてください!」
自分のすぐ後ろで騒ぐ彼女を壁際に寄せ、ラプラスは聞き手に握っていた”銃”を構える。そのまま安全装置が外れていることを確認してからトリガーに指をかけ、扉を封じている南京錠目掛けて発砲した。
ーーーバァンッ!!……ガシャン。
銃口から解き放たれた弾丸が、見事物体の急所を捕らえる。そして思惑通りにフックの弾けたそれは、本来の鍵としての役割を果たせなくなっていた。何かの映画かドラマで観たものを見よう見まねでやってみたが、どうやら上手くいったようだ。
「いけたっ!あくあさん来てください!」
扉が開くことを確認し、再度あくあの手を掴んだラプラスは直ぐに部屋の中へと駆けこむ。するとその先は真っ暗であったが、お構いなしに重い扉を閉じてゾンビ達の侵入経路を遮断した。
ーーーガチャーーーーバタン。
扉を閉めた後、あくあ先輩と共にその場にしゃがみ込み壁の向こう側の様子に耳を傾ける。勿論今の吾輩たちはただ室内に入り、そのドアを抑えているだけの状態だ。よって仮にあのままゾンビ達が進行を続けた場合、ただの少女二人の力だけではここを守ることなどできないだろう。
……しかし、そのままいつまで経っても部屋の中までゾンビ達が入り込んでくることは無かった。それどころか、つい先程まで聞こえていたゾンビのうめき声までもが暫くしないうちに遠のいていったようであった。その様子を見て、ラプラスは自分の『予想』が正しかったことに安堵する。
「やっぱりな、思った通りだ。……あいつら、船の”重要な部屋”には出入りできないんだろ」
彼らはネクロマンサーであるるしあ先輩によってつくられた屍の兵隊。よって映画などに出てくるゾンビ達と違って、ある程度の決まりや制限が存在するのである。またるしあ先輩の手記にもある通り奴らは頭が悪く、その為この船の根幹にかかわる場所や重要な部屋には近づけないというルールが存在するのだろう。そのことは、さっきまで居た先輩の研究室の件ですでに検証済みだ。もっとも、”霊体の方”に関してはその限りではないかもしれないが。
「あ、あの……」
一先ず身の安全が確保できたと、ラプラスは走ったことで乱れた呼吸を整えていた。すると、一早く落ち着いていたらしいあくあ先輩がおずおずと声をかけて来てくれる。そのことに妙に感動したラプラスは、その興奮をひた隠しにしながら彼女の方を振り返り答えた。
「どうしました?……あっ、さっきはいきなり手引っ張っちゃってすみません。ケガとかしてませんか?」
「えっ?…あ、うん、それは大丈夫なんだけど…………え、えっと、あの……助けてくれて、ありがとう…」
緊急事態だったとはいえ、ひ弱な先輩を強引に引っ張ってしまってもし仮に怪我でも負わせていたら大変だとラプラスは心配する。しかしそれはラプラスの杞憂だったようで、それどころかゾンビ達から守ってくれたことに対するお礼をされてしまった。
「いやいや、気にしなくて大丈夫です。お互い無事でなによりですよ……ところで、なんで”ゾンビ”に追われてたんですか?」
お礼を言ってくれた先輩に対し、ラプラスは大したことはしていないと謙遜の様子を見せる。実際はかなり危なかったし、半ば強引にあくあ先輩を引っ張ってきて助けたのは”自分の為”でもあった。しかし結果として、どちらも怪我等していなかったのでお互い様ということにしよう。
それよりも、どうしてあんな状況になっていたのだろうか。それが気になり、ラプラスはあくあ先輩に問う。すると、彼女はモジモジとしながら小さな声で答え始めた。
「ぞん、び…?……そ、それが…あてぃしにも、何でなのかわからなくて……スゥー……部屋で休んでて、起きたらいきなり目の前に居て…びっくりして、逃げてた……」
なるほど。さっきも言っていたが、やはりあくあ先輩にも何故あんな事になっていたのかわからないようだ。しかし、吾輩はともかくあくあ先輩は宝鐘海賊団側の人なんだよなぁ。だとしたら、ひょっとして普通に寝てた先輩を起こしに来ただけって可能性ないか……?
「そうだったんですね……でも、あくあさんってこの船の船員ですよね?なら、普通に用があってあなたを探しに来てただけって可能性ありませんか……?」
「えっ…………あっ……うん、そ、そうかも…………怖くて、逃げてきちゃった……」
「あはは…まあ、気持ちはわからなくも無いですよ。起きて目の前にあんなのが居たら、誰だってびっくりしますよね」
どうやら、あくあ先輩もうっかりしていたようだ。自分が指名されているという可能性を忘れ、ただ寝起きの自分の前に現れた死体の姿に驚き逃げ回っていたらしい。その気持ちもわからなくはないし、それで大慌てで走り回る彼女もまた愛らしいと思った。
ラプラスはそこまで話して、会話がひと段落したと判断する。そして、再度扉に耳を近づけて向こう側に人の気配がないことを確かめようとした。すると、そのラプラスに対し意を決した様子で隣に座っていたあくあ先輩が口を開く。
「あ、あの……ところで、あなた誰…?……あの怖いるしあちゃんのファンの人達じゃないよね、見た目綺麗だし……」
先程からずっと疑問に思っていたらしいことを、彼女はやっとの思いで本人に問いただす。自分が船員たちから逃げていたら、いきなり現れた見慣れぬ少女。しかも見た目も綺麗で、とてもこの船に滞在しているあの『死体達』の同類には見えない。更に加えれば、現在ここには自分とるしあちゃんの二人しかまともな人は居ないはず……その上で、目の前に居るこの大きな角の生えた謎の少女は一体誰なのかと。
相手からすれば当たり前のように感じる当然の疑問に、ラプラスは思わず口を噤んでしまう。果たして、この質問に自分はどう答えるのが正しいのだろうかと。
しかし少し考えてから、これから向こうの誤解を解こうというのにわざわざ嘘をつく必要もないだろうという結論を出した。
「吾輩は……吾輩の名は、【秘密結社holoX】の総帥”ラプラス・ダークネス”だ」
ラプラスはその場で、堂々と自分の名を名乗る。その手には汗が握られていて、仮に自分の正体を知った先輩が態度を豹変させないかと心配しながら。
そして案の定、その名を聞いた彼女が明らかに驚愕したような表情で声を漏らす。
「っ!……ホロ…ックス……」
目の前の人物の正体を知り、あくあ先輩が明らかに警戒したようにラプラスには見えた。
まあ、当然のことだ。吾輩は今先輩方から、自分たちの故郷を襲った張本人であるという疑いを持たれている。そして、折角さっき自分を助けてくれた相手が恨み積もる仇敵だと知れば心優しいあくあ先輩でも吾輩を敵視するだろう。
そう思ったラプラスは、ただ何も言わず彼女のことを見つめていた。果たして、眼前の少女が悪魔だと知ってあくあ先輩が次に何と言葉を残すのだろうと。
ーーしかし、湊あくあから紡がれた言葉はラプラスの想像しえないものだった。
「holoXの…総帥ってことは、もしかして……”あの子”のこと、助けに来てくれたの……?」
その瞳には驚きと嬉しさ……そして、少しの”悲しみ”が含まれていた。