転生したらラプラス・ダークネスだった件 作:飽和水溶液_pixiv
というのも、実はこの38話に関しては途中まで書いていたのですが……清書の作業中に、執筆データを誤って全削除してしまったのです。それ故、一から書き直したというのも今回の更新が遅れてしまった理由です。いやーあの時は、本当に泣きそうでしたね……。
さて、泣き言はそろそろこの辺りにして今話のお話をさせていただきます。読んでくださっている皆様は、前回の内容を覚えているでしょうか?前回の37話の最後では、邂逅した湊あくあ先輩から何やら意味深なことを言われて終わりましたね。今回は、その続きから一気に進んでいきます。結構長めに書き込みましたので、ボリュームたっぷりでお楽しみいただけると嬉しいです。
【追記】
今回の深堀シリーズはお休みです。一応次話の執筆も既に始めており、そちらでは深堀していくつもりです。ですので、今回は本編をお楽しみください。
ただし!今回の最後の方には、皆さんお待ちかね?のあのシーンを書いております。深く触れるとネタバレになってしまうので自重しますが、出来れば『第28話 "片鱗"と勘違い』を一度読み返してから38話を読むことを"強く"お勧めします。(※若干のキャラ崩壊あり)
↓作者:飽和水溶液のXアカウント。主に執筆状況や気に入ったホロ関連のリポストしてます。
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「holoXの総帥ってことは……もしかして、あの子のこと助けに来てくれたの……?」
そう言った湊あくあの言葉には、驚愕と歓喜、そして僅かな悲嘆が込められていた。
しかし、その反応を見たラプラスは自分の想像していたものとは全く違うものだったと困惑する。てっきり、恨み節の一つでも言われるものと思っていた。それに、『あの子』っていったい誰のことを言ってるんだ……?
「あの、えーっと……あくあさんは、吾輩のこと怒ってないんですか……?」
「え、なんで…?……あっ…も、もしかして、この船に居ること?……そ、それなら怒ってないっていうか…あてぃしの管轄じゃないから……」
「いや、そうじゃなくって……まあ、それもですけど……」
自分が訪ねたことに対し、あくあ先輩は勘違いしたまま答えているようだった。
ラプラスの聞いたことの本質は、自分たちが『先輩方の故郷を襲った犯人という疑いに対し怒っているのではないか』ということであった。しかし、あくあ先輩が口にしたのはこの船に無断で侵入したことに対する返答というお門違いなものである。そこからわかることは、もしかしてあくあ先輩はその疑いに関する件を”何も知らない”んじゃないだろうか。第一、数時間前にるしあ先輩と話していた時は彼女も吾輩たちholoXを敵と認識はしていても、特段恨んだりしている様子はなかった。その後何かしらの理由でるしあ先輩は吾輩たちを仇敵として扱い始めていたが、その件にあくあ先輩は関与していないのかもしれない。だとしたら、その部分に限ってだけはこちらにとって都合がいいと言えた。
「そ、そうじゃなくて……?」
「あっ、いや……えっと……」
現状、あくあ先輩から不当な疑いを掛けられている様子はない。であれば、わざわざこちらから誤解を招くようなことを言うことも無いだろう。どちらにせよ、こちらにとっては全く身に覚えのない容疑なのだから。
それよりも吾輩は、先程先輩の言った『あの子』という発言の方が気になっていた。それに、”助けに来てくれた”という言い方も引っかかる。それではまるで、あくあ先輩が"それを望んでいる"かのような言い回しだ。
そう思ったラプラスは、微妙に話を逸らしつつ湊あくあに疑問をぶつけることにした。
「……そ、その!さっきあくあさんの言ってた、『あの子』って誰のことなんですかっ?!それに、”助けに来てくれた”って言うのも……」
我ながら、雑な話の逸らし方だとは思った。しかし、あくあ先輩もまたそちらの話の方が重要だと思ったのか、どうやらラプラスの話題に乗っかってくれるようだ。
「えっ……こ、この船に来たってことは…捕まってる人達を、助けに来たんでしょ…?」
「はい。それは、まあそうなんですけど……この場合、”助けに来てくれた”って言い方はおかしくありませんか?吾輩たちって、一応敵っていうか……対立してる状態じゃないですか」
「そ、そうかもしれないけど……あの子、全然言うこと聞いてくれなくて……見て、られなくて……」
「???」
ラプラスの質問に対し、あくあ先輩が人見知りながらも必死に説明しようとしてくれていた。しかし、その口下手さも相まってかいまいち事の要点を理解できない。思えば、吾輩とあくあ先輩は元の世界でも決して関わりが多い方とは言えなかった。吾輩自身もあまり他の先輩方と積極的に関わることが少なく、ホロメン全体で集まるとき以外にサシで話した記憶がない。というか、あくあ先輩が誰かと一対一で話すこと自体もかなり珍しいことだしな。
そんな中、この世界では初対面の我々がここで会話に花を咲かせることなど起きるはずもなかった。むしろ、ちゃんと話せているだけ凄いと言わざるを得ない。それが出来ている理由は、恐らく吾輩の中にある『彼女はホロライブの先輩で大変お世話になった相手』という記憶と、あくあ先輩自身があちらの世界よりいくらか窮地を経験しているところにあるのだろう。長年侵略者ホロベーダーの被害を受けているのは彼女も同様のことだろうし、この海賊団の中でも一番船の副船長を任される身なのだから。
「一回、落ち着いてください。……とりあえず、あくあさんの言う『あの子』について教えてください」
上手く話のまとめられないあくあ先輩に対し、ラプラスは一先ず1番の疑問点について言及する。彼女の口ぶりから、少なくともこの船に捕まっている誰かのことだとは思うんだが……。
そして、ラプラスのその問いかけに対し湊あくあは小さい声ながらもハッキリと答えた。
「あ、あの子って言うのは……あなた達のトモダチの、”クロヱちゃん”のことだよ……」
「なっ……!?」
あくあ先輩から告げられたその名に、ラプラスは驚愕する。
だって、えっ……確か、あくあさんは『助けに来てくれたの?』って言ってて……。
「え……それって、うちの部下の沙花叉クロヱのことですよね?銀髪で赤い目で、見るからに可愛らs……憎たらしそうな……」
「う、うん、憎たらしいかは分からないけど……その、クロエちゃんだよ。…………実は、クロヱちゃんが捕まった時にいっぱい怪我しちゃってて……一応、手当はしてあげたんだけど…勝手に包帯取っちゃうし、ご飯も食べてくれなくて……」
そう言ったあくあ先輩からは、ただ純粋に新人の身を案じているように感じられた。
またその説明を聞き、ラプラスはようやく先輩の言っていたことの本質を理解する。潜入任務の途中、へまをし捕まってしまった部下を助けるために救出作戦を決行した新人。その際に、宝鐘海賊団の船長たちによって返り討ちにされてしまった。ただし、それもあのクロヱが大人しく捕まったとは思えない。あいつが先輩たちのことをあくまでも敵と定めている間は、可能な限り抵抗するはずだ。そうなれば、両者ともただでは済むまい。もっとも、事実上負けている新人の方がよっぽど深手を負ってはいるだろうけど。
その上で、敵から施しを受けることを新人は嫌ったのかもしれない。あいつはああ見えて、変にプライドが高いところがある。敵に負けた上に、更に傷の治療や食事面で面倒を見られるなど戦士の恥だとでも思っているんだろうな。
……そして、だからこそのあくあ先輩の『助けに来てくれた』発言か。
「そう、だったんですね……」
「うん……本当は、いけないことだってわかってる。一見ただの女の子でも、クロヱちゃんは敵で……必要以上に、情を持っちゃいけないって…………でも、やっぱり見過ごせなかった。眠ってる間も時折うなされてるみたいだったし……凄く、苦しそうだった」
そこまで言って、あくあ先輩は俯いてしまった。一瞬のことではっきりと見えたわけではないが、その瞳に大粒の涙を溜めながら。
「……」
……しかし、その彼女の姿を見たラプラスは場違いにも少しだけ喜びを感じてしまっていた。
本来、捕らえた敵の捕虜に不必要な情けを掛けてはいけない。しかし、それが傷ついた女の子であれば多少なりとも可哀想だと、何とかしてやりたいと思うのが常人の感性だと思う。吾輩だって、本部に囚われていた痛ましい姿の黒様を見て驚きの次にどうにかしなければと思った。そして、それはきっとあくあ先輩も同じだったのだろう。いくら敵だったとしても、無断で侵入してきた侵略者だったとしても、あくあ先輩は見過ごせなかったのだ。
ーーこの人は、とても”やさしい人”だから。
「あくあさん……ありがとうございます」
「…………えっ?」
だから、まずはそれに対して礼を言わねばならない。吾輩の大切な部下を、無下に扱わず施しを与えてくれたこの人に。この世界では何の関係もない、見ず知らずの"後輩"に優しくしてくれた"先輩"に。
「敵と分かっていながら、うちの部下を世話してくれて……本当に、ありがとうございます。あくあさんには、感謝の言葉も無いです」
そう言って、ラプラスは湊あくあを前に深々と頭を下げ感謝を述べた。ただ純粋に、真っすぐ気持ちを伝えるために。
「えっ……あ、いや、そんな……あてぃしは、ただ船長に言われたことをしただけだから……」
「それでも、反発するあいt……クロヱに、真摯に向き合ってくれたのはあくあさんです。そのことに対して、吾輩は礼を言いたいんです」
「う、う~~~ん……スゥー……そ、そんなに頭を下げられると……照れちゃうっていうか……///」
大したことはしていないと、自らの行動を謙遜する彼女にラプラスは再度礼を述べた。すると、未だに少し困りつつも、顔を赤くしながら満更でもなさそうにあくあ先輩は笑ってくれていた。どうやら、否定しつつもありがとうと言われたこと自体は嬉しかったらしい。本当に、可愛らしい先輩だな。
「あっ、でもね、まだ安心はできないっていうか……ここに来てからの数日間、ずっと何も食べてなくって……傷の方は、毎日こっそりお薬を塗ったから大丈夫だとは思うんだけど……」
礼を言われた嬉しさから気を取り直しつつ、あくあ先輩が新人の状態について教えてくれた。確かに、いくらあいつが戦いになれているといっても、傷を負ったうえで食事もとっていないのであればかなり危うい状況だと言わざるを得ない。食べなければ治る怪我も治らないし、何より新人にはこれからやってもらわなければならないこともあるのだ。
「……ということは、結構急いだほうがいいかもですよね。なら直ぐに牢に向かわないと……って、あれ?結局あくあさんは、吾輩が捕虜を助けるのを止めない……んですよね?」
「う、うん。……本当は、船長たちに知られたら怒られちゃうんだけど……あの子、あてぃしじゃ話も聞いてくれないし……せめて、あなたから何か食べるように言ってほしい……」
「わかりました。あいつも、流石に吾輩が渡すものなら食べると思うんで……あ、そーなると食糧も必要なのか……」
単に助けるといっても、問題が山積みだ。新人の力が必要と思い立っておきながら、そもそもあいつが捕まっている牢の場所も大雑把にしかわかっていない。それに、捕虜を捕らえておく牢なのだから当然鍵の様なものも必要なはずだ。あとはまだ怪我が完治していない可能性もあるので適当な医療道具と、何か食べるものを……ダメだ、吾輩今新人の荷物の入った風呂敷と胸元に居る烏しか持ってない。
「くそっ、どうしたもんか……」
事態を解決の方へ導く道を思いつきつつも、たった一人になってしまった今の自分ではできることが限られていることにラプラスは歯痒い思いをする。こんな時、幹部たちが居てくれればな……。
「あ、あの……よかったら、あてぃしが食糧庫に案内しようか……?」
「…………えっ?」
隣で頭を悩ませていたラプラスを見て、あくあ先輩が突然そんなことを言ってきた。確かに、この船の住人であるあくあ先輩に手伝ってもらえるなら、ありがたいことこの上ないけど……。
「えっと、その……いいんですか?吾輩達、まだ会ったばかりだし……」
「だ、大丈夫。さっき、助けてくれたし……それに、あなたは何だか”噂”で聞いた程の悪い人には見えないから……クロヱちゃんが捕まってる場所も、案内できるよ……」
そう言ったあくあ先輩は、既に覚悟が決まっているようだった。それに、もし彼女が自ら進んで協力してくれるというなら願ってもない話だ。この船の構造にだって詳しいはずだし、何よりこの後るしあ先輩と再び対峙する際にも彼女が力になってくれるかもしれない。
そう思ったラプラスは、あくあ先輩からの申し出をありがたく受け入れることにした。
「……そういうことなら、吾輩に力を貸してください。あくあさん」
「う、うん……任せて…………”ラプラスちゃん”…」
ーーこうして、宝鐘海賊団二番船の船底にある動力室内で行われた少女たち二人の密会が終了したのだった。
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「……誰も、居ないよな?」
金属製で、見るからに重く頑丈な扉を少しだけゆっくりと開く。そして、外に誰もいないことを確認してから隣に立っている少女に声をかけた。
「あくあさん、大丈夫そうです。行きましょうか」
「う、うん……」
ラプラスがそう呼びかけると、彼女……湊あくあ先輩が、恐る恐るそれに従ってくれた。
吾輩達は現在、何故かゾンビ達に追われていたあくあ先輩と共にこの船に囚われている沙花叉クロヱの元へと向かおうとしていた。食事の件や、るしあ先輩の誤解を解くことなどいろいろ問題はあるが、一先ずは新人の安否を確認しに行こうということになったのだ。というのも、どうやらここの動力室と彼女の捕まっている牢まではかなり近いとのことらしい。
「それにしても……まさか、必死に逃げ回ってるうちに気がついたらA棟の地下に入り込んでたとはな……」
無線機で聞いた、沙花叉クロヱが宝鐘海賊団の二番船A棟地下に居るらしいという情報。それを元に、吾輩と烏は散々走り回った末に辿り着いた死体保管庫兼潤羽るしあの研究室からそこに向かおうとしていた。しかし、各棟を繋ぐ一階の連絡通路でるしあ先輩から逃げた時から大量のゾンビ達に追われてもいた。途中で連絡通路さえ使わなかったものの階段を上ったり、長い廊下を渡ったりと、A棟内を縦横無尽に駆け回っていた。その結果、自分たちの現在地を完全に見失ってしまっていたのだ。
だが、それも何の巡り合わせか目的地である船の地下へと続く階段のすぐそばまでたどり着けていたらしい。しかも、研究室から出た際にあくあ先輩と遭遇したことによって”牢屋と同階にある”動力室にまで入り込めていた。
「まあ……それもこれも、吾輩の普段の行いがいいからかなっ」
「……いや。侵略者たちの親玉が何言ってるんだよ、あるじ様……」
幸運だと言えるこの現状に、ラプラスは自分の行いが良かったのだと満足げに独り言を溢した。しかし、それを顔のすぐ下で聞いていたらしい烏が何を言っているんだとツッコミを入れてくる。普段はいやに静かな癖に、烏がこんな独り言に口を挟むなんて珍しいこともあるもんだな。
「あくあさん、クロヱのいる牢まではどれくらいですか?」
しかし、珍しいと思いつつも烏の言葉はラプラス以外には届いていない。よって、彼の言葉はそっと無視しつつ数歩先を一生懸命に歩くあくあ先輩に声をかけた。
「え、えっとねぇ……ハァ……もう少し、かな。この先の角を曲がったところの、扉の奥……フゥー……」
彼女の歩幅に合わせ、かなりゆっくりとした足取りでラプラスたちはA棟地下の廊下を歩いていた。だが、それでも既に少し息のあがっているあくあ先輩を見て、流石に体力が無さすぎないかとラプラスは心配になる。さっきゾンビ達から逃げてた時は、あんなに走れていたのに……あれは、火事場の馬鹿力と言うやつだったのだろうか。
……そんなことを考えながら、ラプラスたちは特に会話も無く目的地を目指していた。静かな船内に、微かに揺れる機体の軋み音だけが聞こえてくる。すると、そこでふとラプラスは先程あくあ先輩の言っていた”ある事”について疑問を持ったことを思いだした。その時は特段気にはしなかったが、ただ歩いているだけの今なら雑談代わりに訪ねても構わないだろう。
「……そう言えばあくあさん、ちょっと聞きたいことがあったんですけど……」
暫く会話の無かった二人の間に、突然他愛もない話題が降って湧く。そして、いきなり後ろから声をかけられたことに驚きつつも、あくあ先輩が歩きながら少し後ろを振り返って答えてくれた。
「っ!……な、なに…?」
「あ、いきなり声かけちゃってすみません。…………さっき、あくあさんの言っていた『噂』について聞いてもいいですか?」
それは、先程までの会話の中であくあ先輩が言っていたことだった。吾輩が先輩にこちらに協力してもいいのかと尋ねた時、彼女はそれを了承すると共に『ーーそれに、あなたは何だか”噂”で聞いた程の悪い人には見えないから……』とも言っていたのだ。仮にそれがこの世界におけるラプラス・ダークネス本人、またはholoXに関する『噂』ならば、吾輩にとっても無視できない情報に感じられた。
「確か、”噂で聞いた程の悪い人には見ない”って言ってましたよね?それって、もしかして吾輩に関係ある事だったりしますか?」
「あ…えっと……う、噂っていうか……あなたたちholoXの、『評判』かな……」
「評判…?」
それを聞いたラプラスは、ふと自分の抱いていたこの世界における【秘密結社holoX】のイメージを思い返していた。
(考えてみれば……吾輩は、未だにholoXがこの世界でどれほどの影響力を持ってるのかよくわかってないんだよな……)
今のラプラスにとって、この世界のholoXへの認識は『幾つかの星々を征服している巨大な悪の組織』というものであった。しかし、それらの話は全て烏や部下等の『身内』から聞いた内容を総合しただけなのである。他にもフブキ先輩達からもいくらか評判は聞いたものの、それも全ては”事態に関わった被害者たち”の意見であった。よって、現在のラプラスには自分が所属する秘密結社holoXが”第三者”、つまり対外的にどのような評価を受けているのかを理解していないのである。
「その、評判って……どういうものなんですか?」
湊あくあの話を聞いて、ラプラスはその密かに囁かれているらしいholoXの噂について興味が湧く。身内や被害者等の関係者ではなく、外から傍聴している部外者たちが我々のことをどう見ているのかと。
「あ、えっと……これは、船長が言ってたことなんだけど……この宇宙で、”holoXだけには手を出しちゃいけない”って……」
「船長……宝鐘海賊団船長の、【宝鐘マリン】のことですか?」
「う、うん。他にも、色んな所で聞いたの……holoXは血も涙も無くて、最悪で災厄な侵略者たちだって……」
この広大な宇宙の片隅で、ひっそりと囁かれている共通認識。『秘密結社holoXは絶対悪である』という世評。それは、"未だ語られていない過去"に行われた〖ラプラス・ダークネス〗の所業に由来するものであった。また現在、その歴史と伝説は『不変の悪行』として秘密結社holoXの名を広めたきっかけともなっている。
「……」
あくあ先輩から語られた話によって、ラプラスは言葉を失ってしまう。それはまるで、過去の〖自分たち〗が行ってしまった悪行を責められたような気がしてしまって。
しかし、そんなことは露知らず湊あくあは話を続ける。
「……今まであてぃし達が寄ってきた惑星の中にも、直接的間接的問わずholoXの被害にあった人たちも居た。……みんな揃って、奴らは”悪魔”だって言ってたよ……」
今のラプラスが知っているのは、ごく僅かな世界だけ。ここに来る前に訪れた、フレンズ王国が存在するあの星で起こった事だけ。しかし、自分たちが行っている侵略行為の余波はもっと遠く、広くまで及んでいるようだった。
「……耳の痛い話だな」
返す言葉も、弁明する余地も無い。自分自身がしてしまった行いでは無かったとしても、”この世界の吾輩が”、”この世界の部下たちが”、犯してしまった過ち。それは今のラプラスにとって、とても受け入れ難い……しかし、償うと誓ったものであった。
……ただし、それを『この世界の先輩たち』に知られてしまっているということだけが、今の自分には本当に受け止めきれない現実でもあった。
「あっ…え、えっと……で、でも、今のラプラスちゃんからはそれを感じられないっていうか……あてぃしたちも、規模は違うけど似たようなことをしちゃってるというか……」
ラプラスは、あくあ先輩によって話された『自分たちの評価』を聞いて少しだけ気分が沈んでしまった。それが傍からでもわかってしまったのか、吾輩を見た先輩が慌ててフォローを入れてくれる。確かに、この世界の宝鐘海賊団が噂通りの者達なら、似たようなものなのかもしれない。もっとも、彼女の言う通り本当に規模が違い過ぎるわけだが。
「……すみません、気を遣わせてしまって。……でも、自分たちの過ちについてはわかってますから……」
吾輩の様子を見て、気遣いの言葉をかけてくれたあくあ先輩に素直にお礼を言う。言うなれば彼女たちも被害者の一人の様なものなのに、優しいことだな。
「……”過ち”…………やっぱり、聞いてた話と違う…………」
「えっ?何か言いましたか?」
ラプラスがあくあ先輩による優しさを感じていると、ふと彼女は何かを呟いたようだった。しかし、閑散とした船内の廊下であっても先輩の声は小さく、上手く聞き取れなかった。
そして、そんなラプラスの指摘を湊あくあは何事も無かったように取り繕う。
「え、あっ……なっ、何でもないよっ!……スゥー……そ、そう言えばholoXには凄い人たちも居るって聞いたことあるよ……確か、”未来視が出来る人”とか、”生身で大陸を割れる戦士”とか……あとは、”星を創れる科学者”が居るって……」
あくあ先輩が慌てながら誤魔化しつつ、そんなことを言い出してきた。何か、バツの悪いことでも口をついてしまったのだろうか……?
しかし、あからさまに話題を逸らしてきた辺りもうその事については話すつもりが無いのだろう。それに、吾輩はそれよりもholoXの他の評判についても興味があった。あくあ先輩の言っている者達は恐らく、ルイやいろは、こより達のことだろう。この広い宇宙の中で、先輩たちの耳に入る程噂されてるとは……流石、優秀な幹部たちだな。
「そう聞くと、どれもこれもとんだ超人達のエピソードに感じられるな。まあ確かに、あいつ等ならそれくらい出来そうなものだが……」
実際のところ、あくあ先輩の言ったそれらの噂はかなり信頼できるものだと思われる。鷹嶺ルイの持つホークアイは少し先の未来が見えるというし、話に聞くholoX最強の戦士である風真いろはの圧倒的な身体能力なら大陸はともかく山一つくらいなら割れそうなものだ。それに、今尚お世話になっているholoXを文字通り基盤から支えている博衣こよりの科学力。今の吾輩達の家と言えるholoXの総本部も、博士が作った『惑星型宇宙母艦』も言い方によれば一種の”星”と呼べるだろう。
「え…こ、この話って、本当のことなの……?……あてぃしも噂で聞いただけだから、どこまで本当なのか分かってないんだけど……」
「ん?それはまあ、概ねって感じですかね……あいつら、結構凄いんですよ。自分で言うのもなんですが、かなり優秀で…………羨ましいもんです」
正直な話、吾輩は元の世界ではともかくこの世界の部下たちのことを誇らしいと思っている。優秀で、気が利いて、頭も回る。仕事も出来て、理解が早くて、対処も的確。まだ幹部と博士にしか会えていないが、ルイは何故かPONをしでかさないし、博士は頭がピンクになる事も今のところ無い。きっと、いろはのやつも元の世界とは違って欠点が補われているんだろうな。
そして、吾輩は彼女たちのことを誇らしいと思いつつ……少しだけ、羨ましいとも思ってしまうのだ。嫉妬心とまではいかないが、あいつらは吾輩の出来ないことをいとも容易く行ってしまう。その事に、酷くモヤモヤとした気持ちにさせられてしまうのだ。勿論、幹部たちはその力を吾輩の為に惜しみなく使ってくれている。それはこの上なくありがたいことだし、それがきっと吾輩が妬む気持ちにまでたどり着かない要因なのだろう。
だが、ふとした瞬間に圧倒的な”疎外感”を感じているのもまた事実。幹部と博士が難しい大事な話をしている時に、そこに吾輩が入る余地はない。部下たちがそれぞれの専門分野に取り掛かっている時、そこでも吾輩にできることは無い。ここに来る前だって、宇宙船の手配や整備も、何一つ吾輩はやっていない。そんな組織内での実績や功績の差が、今の吾輩をほんの少しだけ蝕んでいた。
「…………ラプラスちゃんの方が、よっぽど優秀だと思うけど……」
……しかし、ラプラスは理解していない。彼女が優秀で誇らしく、また羨ましいと思っている『者達』が真に心を寄せているのが”一体誰なのか”ということを。彼女達の持つ『力』、その全てがラプラスというたった一人に注がれていて、また本人たちも使われることを心から望んでいることを。
そして、ラプラスは知らない。holoX全体のではなく、この世界における〖ラプラス・ダークネス〗という人物の本当の評価と評判を。彼女一人の発言と行動が、この世界にどれだけの影響力があるのかという事を。
ーーー悪行轟くholoXを組織し、それらを束ね導いている者こそがラプラス自身なのだ。
「えっ?また何か言いましたか?」
「……ううん、何も……」
……だが、そんなことを今のラプラスは知る由もない。
そして、そんな人物を目の当たりにし終始片隅に”僅かな恐怖心を抱いている”少女は、ただ自分の認識と事実との差に困惑するだけであった。
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『ーーもし、今回の任務を無事成功した暁には……私から、クロヱに”ご褒美”をあげよう』
その言葉は、怠惰な私に”意欲”と”活力”を与えた。
『……ああクロヱ、これから任務かい?精が出るじゃないか』
そうただ声をかけられただけなのに、本当は私の心の奥底で喜びを感じていた。
『そうか、頑張りたまえよ。……ところで、クロヱは随分と機嫌が悪そうだね。何か、嫌なことでもあったのかい?』
確かに、機嫌が悪かったような気もしたけど……”あなた”に気遣って貰えたというだけで、それはもう些細な問題になってしまっていた。
『ふむ、なるほど……しかし、ルイからの任務なら重要なことは間違いないだろう?それなら、まじめに取り組んでもらわないと困るな』
あなたの、その賢そうなところが好き。背は小さいくせに、言葉の一つ一つに重みがあって心を揺さぶられる。実物よりも、圧倒的に大きく見えるその姿が愛おしい。
『……じゃあ、こういうのはどうだい?』
そう言って私を手招いてくれた時は、此処こそが私の真に帰るべき場所だと確信させられた。そして、そのチョイチョイと動かしている小さな手のひらすらも、この私を生まれながらの本当の姿に変えてくれるとても”気持ちのいい”ものだった。
ーーーあぁ……本当に、なんて素晴らしい方だろう。
あなたの声を聞いているだけで、私は……【”沙花叉”】は、どうにかなってしまいそうだ。
『ーー私と来い。お前の力は、私と私の望むモノの為に使え』
あなたにそうholoXに誘われて、沙花叉の中の世界は大きく変わった。私は本当に、今までどれだけ狭い中で生きていたのだろうと思い知らされた。
『新人、お前は”人殺し”の才能がある。いや……”掃除”か?なら、お前は今日から『掃除屋』だな』
holoXに所属してから、私が始めて任務をこなした時にあなたはそう言った。その時の沙花叉は口ではとやかく言ったものの、内心では褒めてもらえたことがたまらなく嬉しかった。それからは、私はこの『掃除屋』としての肩書に誇りを持っている。
『……沙花叉、よくやった。……私は、君が誇らしいよ』
いつからかな。あなたが、沙花叉をよく褒めてくれるようになったのは。確か、”なんとなく口調を変えてみた”ってあなたが言い出してからだったような……まあ、そんなことはどうでもいい。あなたがこのholoXの支配者〖ラプラスダークネス〗であり、そして、私の……『----』であることに変わりは無いのだから。
『ーーーーークロヱ、お前は凄いな』
『ーーーーークロヱ、お前の力が必要だ』
『ーーーークロヱ、お前を大切に思ってる』
『ーーーークロヱ、お前はよくやってくれてる』
『ーーークロヱ、お前が誇らしい』
『ーーークロヱ、お前はかけがえのない存在だ』
『ーーークロヱ、お前のことが……好きだ』
『ーーークロヱ、』
『ーーークロヱ、』
『ーーークロヱ、』
『ーークロヱ』
『ーークロヱ』
『ーークロヱ』
『クロヱ』
『クロヱ』
『クロヱ』
『クロヱ』
『クロヱ』
『クロヱ』
『クロヱ』
『クロヱ』
『クロヱ』
『クロヱ』
『クロヱ』
『クロヱ』
『クロヱ』
『クロヱ』
『クロヱ』
『沙花叉』
『新人』
『クロヱ』
『お前』
『サカマタ』
『クロヱ』
『シャチの奴』
『君』
『クロヱ』
『クロヱ』
『掃除屋』
『インターン』
『おまえ』
『沙花叉クロヱ』
…………。
…………。
…………。
…………。
…………。
…………。
…………。
…………。
…………。
…………。
…………。
…………。
「ーーーヱッ!…………クロヱッ!!!」
……ようやく、自分の名前を呼ばれていたことに彼女は気が付く。そして、ゆっくりと目を開けた先に……求めていた、『あなた』の姿を確認した。
「クロヱッ!よかった、無事みたいだな……」
「…………そう…すい……?」
静かな牢の中。眠っていた沙花叉を起こしたのは、あの紛れもない……私の、『”ご主人様”』であった。