転生したらラプラス・ダークネスだった件 作:飽和水溶液_pixiv
さて、前回では終始沙花叉クロヱ関係のお話となっておりました。そして、なんと今回もクロヱ関係のお話です。というかここからはもうずっといます。しかも、40話の後半からはようやくラプ様視点でのちゃんとした絡みも見ることが出来ます。是非楽しんでお読みください!(……まあ、かなりシリアスな感じではありますが)
【追記】
今回も、深堀シリーズの題材を考えてまいりました。本日はズバリ……『沙花叉クロヱの生態について』です。前回の39話で、彼女の生態について飼育員の彼が若干説明してくれていましたね。読者の皆様も気になっているところだと思いますので、ここでも少しだけ触れておきたいと思います。
沙花叉クロヱ、彼女はその昔とある組織に所属していた経歴がありました。そこで彼女は幼い頃から、『ある目的』を持って複数人の子供たちと共に育てられていました。しかし、その環境はとても良いものとは言えず……そこで暮らしていた子供たちは、半奴隷兼実験用モルモットとして扱われていたようです。そんな中で、クロヱはその『ある目的』の為の実験で成功した"被検体"となってしまってしまいました。それは不幸な事なのか、それとも不幸中の幸いなのかは測ることは出来ず……ただ一つ、確かなことは沙花叉クロヱが自由になる事を求め続けていたという事だけです。
しかし、そんな地獄での暮らしからこの世界のラプラス・ダークネスは彼女を救い出してくれました。それ以降、表向きには不真面目ながらも彼女は総帥のことを慕っています。ちなみに、その実験の副産物としてクロヱの体組織の構造は【オルキヌス・オルカ】……つまりシャチとかなり酷似しています。(オルキヌス・オルカはシャチの学名)その気になれば、組織を組み替えてシャチの姿になることも出来ます。しかも、沙花叉自身もその能力自体は悪くないと思っているみたいですね。
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その日、私は大きな過ちを犯してしまった。
「あはっ☆これが噂に聞いてた、秘密結社holoXの戦闘員~?ぜーんぜん大したこと無いじゃん、すいちゃんがっかりなんだけどぉ~」
耳障りで、小馬鹿にしたような笑い声が船内に響く。
先程まで好き放題に痛めつけられていた全身が酷く痛んで、そこから生じる鈍い熱が罪を犯した私を蝕んでいた。
「……無抵抗な相手をいたぶっておいて、よく言うのです。あなたの方こそ、”人質を盾にする”なんて戦士として恥ずかしくなの?」
戦士……そう、私も昔は戦士になりたかった。
自らの力を、自らの望むモノの為に使い戦うことのできる戦士に。
「……は?何それ、私に喧嘩売ってる?すいちゃん別に戦士になったつもりないんですけど」
……でも、今は少しだけ違った。
何の為に戦うのか、何の為に刃を振るうのか……そんなことを考えるのは、大変面倒なことだと気付いたから。自分の目指すべき目標を、進みたいと思う道を、自分で選ぶことはとてもめんどくさいことだと知ったのはあの人……いや、”あいつ”に助けてもらってからだったっけ。
「はぁ……二人とも、相変わらずだにぇ。少しは仲良くしたら?」
「「 無理(なのです)ッ! 」」
だから、私は戦士になるのをやめた。ただ楽な方に、面倒事をなるべく避けて、自分が今やりたいことだけをしていく生活に。何者にも縛られず、何物にも執着しない。そんなことを私の生きる『目標』にした。
ーーーもう、痛いのも苦しいのも辛いのも怖いのも散々だったから。
「……で、『コレ』どうする?取り敢えず殺しちゃっていいの?」
「いいわけないやろ。……一旦マリンに報告するのです。曲がりなりにもあのholoXの一味……勝手に処分したら、何かしらの”報復”があるかも」
けど、そんな今の私にも……たった一つだけ、”自らの意思”で固執したいと思える存在があった。あいつの為なら……〖”ラプラス”〗が沙花叉を必要としてくれるなら、もう一度だけ誰かの『道具』に成り下がっても構わない。私が望まずに手に入れたこの能力(ちから)を、私ごと望んでくれるというのならば……沙花叉は喜んで、戦士でも兵士でも、あいつの望む『モノ』になろう。いや、なりたかったんだ。
「何、ビビってんの?wそっちこそ、天才ネクロマンサーが聞いて呆れるね。…………あーあ、なんだかすいちゃん冷めちゃった。もうコレに興味ないから、るしあちゃんが何とかしといてよ」
それなのに……一体、何がどうしてこんな事になってしまったのだろうか。
「……絶対、許さないからな…………お前らッ……」
酷く傷ついた少女から発せられたその言葉は、動けぬ彼女の精一杯の抵抗であった。
私、沙花叉クロヱは大きな過ちを犯してしまった。それは、最も優先されるべき組織としての規則を破ってしまったこと。組織内のルールは考案こそ鷹嶺ルイによってされたものであるが、それを『規則』として定めたのは紛れもないうちの総帥……ラプラス・ダークネスによるものだ。よって、これらの決まりを守ることは組織に所属する上で必要不可欠な事項であり、かつこれを破ろうものならそれは最高指揮官である総帥の命令に背くことと同義である。そんなことは、ここ秘密結社holoXでは絶対に許されることでは無い。
しかし、今の私はそれを破ってしまったのだ。しかも、その理由についても至極私情が絡んだ理由で。
私は、私の率いる暗殺部門の構成員たちと共に敵性組織【宝鐘海賊団】の調査任務に赴いていた。任務遂行自体は至って順調であり、沙花叉たちは宝鐘海賊団を仕切っている船長及び副船長、またそこに所属している船員たちについての情報にすらたどり着けていた。
だが、そこで思わぬ事件が発生してしまったのである。それは少人数での直接潜入任務に当たっていた部下たちが、突如として敵に発見され捕獲されてしまったのだ。これは部隊の重きを『隠密』に割いていた沙花叉たちにとって、かなりの由々しき事態であった。
本来ならば、その事実が発覚した時点で『本部に連絡し指示を仰ぐ』というのが沙花叉たちがとるべき最善手であった。組織のルールに則るのであれば、作戦地域で問題が起こった際にはまず本部に報告するべきだったのである。しかし、私はそうするべきだと主張する部下の意見も取り下げ、あまつさえ”作戦を完遂しなければご褒美が貰えないから”という至極私情交じりの理由でそれを拒否してしまった。結果、捕らわれた部下を助けるどころかそれらを”人質にされ”手出しもできぬ状況で返り討ちに合ってしまったのである。
いつもの沙花叉だったら、どうしても任務を成功させなければならないとき躊躇わず仲間を切り捨てたことだろう。彼らも組織の為ならそれは覚悟の上であるだろうし、私自身もそれぐらいの自覚と責任は持っているつもりだ。『何よりも組織の”為”を最優先に、ひいてはそれが総帥の”為”となる』。これは私達に直接指示をすることが多いルイ姉大幹部が、他の部下たちを前によく言っている言葉だ。今のholoXに所属する一構成員が掲げる公約としては、これ以上に相応しいものは無いだろう。全ては総帥ラプラス・ダークネスの為に。私を含め、holoXの理念は”結成当初から変わらず”構成員たち全員に強く根付いている。
だから……だから今回も、決してその理念を無下にしようと思ったわけでは無い。ただちょっと魔が差しただけで、本部を出る前にあいつにあんなことを言われなければ、いつも通りの沙花叉でいられたんだ。
『もし、今回の任務を無事成功した暁には……私から、クロヱに”ご褒美”をあげよう』
そんなことを、あのキッズから言われたら……とても我慢できなかった。最も優先すべき事をほっぽりだし、自分の気持ちや欲望を選んでしまうことはもはや必然であった。その結果、立場や信頼を失おうとも……この任務だけは、誰も欠けずに『完全遂行』をしなければならなかったんだ。だから捕まった部下も切り捨てず、そしてあわよくば本部にもそのことは内緒にしたうえで状況を立て直したかった。
……しかし、結末は最も悲惨なものであった。
どうやら沙花叉には、”不可能を可能にする才能”とやらが生前後問わず備わっていなかったらしい。
嘆きの中、クロヱは必死に負け惜しみともとれる恨み言を溢す。しかし、それを傍で聞いていた”彗星の魔人”が聞き捨てならないと近寄ってきた。
「”許さない”??私たち、別にお前に許してほしいとか思ってないんだけど。てか、許しを請うべきは普通そっちじゃない?w…………何その目、生意気でウケる……ねッ!!」
「かはっ、ぁ……」
思わず反抗的な目を向けてしまったらしいクロヱの腹に、金斧を持った水色の髪の女が一発蹴りを入れる。彼女は咄嗟のことでガードもままならず、爪先が直撃した腹部を抱きかかえた。
まったく……ズルいものだ。コイツも一対一だったならば、どうとでもなっただろうに。相手が他にも二人ほどいるうえに、こっちは部下を盾に使われていたので迂闊に手出しできなかった。こんなことならば、焦って救出作戦など起こさずに敵の戦力図をしっかり把握してから乗り込むべきだったなぁ……。
「それにしても……よかったにぇるしあちゃん。みこたちがたまたま、荷物の運び込みで二番船に来てる時にこんなことが起きて!」
「……まあ、それについては感謝してるのです。流石のるしあでも、holoXの一部隊を一人で相手にするのは危なかったかもしれないので」
実は当初の予定では、私が無理矢理決行した救出作戦にも少なからず成功の可能性というものはあった。それは捕まった彼らが訪れていたのが宝鐘海賊団の二番船であり、事前の調査の段階では”極端に船員の数が少ない”という話だったからである。その為、単純な頭数に難のある私達にも勝機があるように思えた。
だが、それも先程のこいつらの話の通り……タイミングの悪いことに、三番船の船長及び副船長である【星街すいせい】と【さくらみこ】が二番船に訪れている時に作戦を実行してしまったのだ。これは、明らかな沙花叉の再三なる判断ミスである。多少時間を取られてでも、相手の状況をもう少し慎重に調査していればこんなことにはならなかった。
「ーーーさて、じゃあこの子も一先ず牢屋に入れておくのです。それと、残りのそっちに倒れてる”お仲間たち”も運んで……はぁ、全部倒しちゃうから連れて行くのが大変」
そう言ってため息をついたるしあの視線の先には、クロヱと同じく仲間の救出作戦に参加した暗殺部門の構成員たちが横たわっていた。彼らもまた、クロヱと共に潤羽るしあたちに挑みそして負けたのだ。holoXに所属する戦闘員が聞いて呆れるが、それも”彼女たち”が相手では仕方のないことだった。
「はぁー?半分はるしあがやったんでしょ。何でもかんでもすいちゃんのせいにしないでくれるー?」
「すいちゃん、いちいち刺のある言い方しないでよ……いいから、この人たち運ぶの手伝おうよ」
「えー、そんなの【35P】にやらせてよ。すいちゃんペンより重いもの持てなーい」
「……でっかい斧持ってるやろがい」
沙花叉たちの状況とは裏腹に、彼女らは何てことは無い日常会話に花を咲かせ始めているようだった。既に私たちには興味がないのか、はたまたふざけているのか……どっちにしたって、腹立たしいことには変わりなかった。
(う˝……痛った……傷、思ったより深いかも……)
目の前で余裕ぶっている彼女らを尻目に、沙花叉は負わされた傷をいたわるように身動ぎをした。しかしその口は思っていたよりも深いようで、じんわりと熱を感じたかと思うとそこからゆっくりと血が流れだす。
(あっ……これ、まずい……や、つ……)
出血多量、怪我による痛み、その他疲労等の要因でクロヱはだんだんと意識を奪われていく。その身体から生きる力が奪われていき、視界がぼやけて前が見えない。
(…………ごめ、ん…………ラプ……らす……)
近くで倒れている部下のことも忘れ、気を失う直前の彼女が想うのはただ一人の相手のみ。自分の失敗で、失態で、その人の望みを叶えられないことをただひたすらに悔やんだ。
「…………私の…………”ご主人様”…………」
うわ言のように、クロエは呟く。
しかし完全に意識を失ってしまう前にと、彼女は最後の力を振り絞って首に掛けてあったドッグタグを取り出し口に含んだ。
(……これ、で……)
手元のそれが、ほんの僅かに震えたのを感じてクロヱは安堵する。そして、そのまま目を瞑った拍子に静かに意識を暗闇と手放していった。
彼女が気を失う直前、最後に呟いた言葉を聞いていた者がいた。それはこの中で最もプライドが高く、そして目の前の人物を大変見下してもいた。
「……くっだらな……。」
そう言った”彼女”は、酷い侮蔑の感情を持ったままに踵を返して部屋を後にしたのだった。
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冷たい廊下を歩き、聞こえてくるのは少女二人分の足音だけ。
耳鳴りのしそうな闇が包む先に、小さな灯りを見つけた彼女が小さく声を発した。
「あっ、あそこ……あの檻に、あなたのおトモダチが……」
少し先を歩くメイド服の少女が、灯りとほうきを持ったまま廊下の奥を指差す。すると、そこには鉄格子の嵌められた『地下牢』が存在していた。
「あそこに、アイツが……」
ここまで案内してくれた先輩をよそに、悪魔の少女は内心期待と不安を募らせていた。思えば、”彼女”と面と向かって会うのは本当に久しぶりな気がする。元いたあの世界では毎日のように顔を合わせていたのに、気づけば彼女に会うのが少し恐ろしく感じられた。
湊あくあの案内で、ラプラスは宝鐘海賊団二番船のA棟地下にある地下牢に来ていた。目的は、そこに囚われている愛すべき部下【沙花叉クロヱ】の救出の為である。話によると、彼女はここに捕らえられた際にかなりの傷を負ってしまっているらしい。加えて、捕まってからの数日間戦士としてのプライドからか食事を一切取っていないのだとか。そんなアイツを、本来敵側であるあくあ先輩の協力と願いのもと介抱してやろうということになっていた。
あくあ先輩が言葉を発して少し進んだ後、牢屋の扉の前で足を止める。ラプラスもそれに連れて鉄格子の前で立ち止まると、その中には全身に包帯を巻かれた大変見覚えのある『彼女』の姿があった。どうやら、あくあ先輩の言っていた通り傷の方に関しては無理矢理ではあるもののきちんと手当されているようだ。
「や、やっぱりまた寝てる……ここに来てからは、基本的にずっと寝てるみたい……」
「……まあ、元々よく寝る奴だったんで」
沙花叉クロヱと言えば、かなりのロングスリーパーとしても知られている。過去には、ただひたすらに寝るだけの配信なんかもしていたほどだ。しかし今回の場合に限っては、体調の回復と体力の温存という意味合いの方が大きいと思われれる。敵地であること、いつ救助があるかわからないこと、そもそも自身が重症であることを考えると当然の行動と言えた。ただし、それもあくあ先輩の気遣いが無ければどこまでもったかわからない訳だが……。
「そ、それじゃあ開けるね……」
先輩はそう言うと、ポケットの中からこの牢のものと思われるカギを取り出す。そして、それをカギ穴に差し込みガチャリという音とともに扉を開け放った。
「……クロヱ……」
開かれた扉から鉄格子をくぐり、牢の中へと侵入する。すると、手足を大の字に放りだして深い眠りについている部下の姿が視界に映った。やはり、手錠等はされているものの包帯の汚れ具合から傷の方はもうほとんど問題なさそうであった。
「ラ、ラプラスちゃんが、この子に呼び掛けてあげて?……いっつも、触っても揺さぶっても全然起きないから……」
確かに、あくあ先輩の言う通り吾輩たちが牢の中に入ってこうして話していても、肝心の新人は全くもって起きる気配がなかった。よく眠れるのは結構なことだが、人が近づいてきてもピクリとも動かないのは掃除屋として如何なものなのか……。
そんなことを思いつつ、ラプラスはそっと寝そべっているクロヱの横にしゃがみ込む。そして少し体を揺さぶりながら、声をかけた。
「おーい、クロヱー」
反応はない。
それどころか、身動ぎ一つしない。寝息も立てずに、静かに寝るものだなと若干感心する。
「クロヱ起きろー、助けに来てやったぞー」
再度、体を揺すりながらに声をかける。
しかし、起きるどころか何の反応も無かった。ていうかこいつ、こっちの世界でもめっちゃ可愛いんだな。まつ毛とかこんなに長いし、黙ってさえいれば物凄い美少女だ。
「クロヱ―!いい加減起きろー!いつまで寝てるんだー!」
だが、見惚れている場合ではない。そう自分を律して、三度彼女に呼び掛けた。さっきよりも強めに体を揺らし、声も数倍に張る。
しかし、それでも彼女は起きる様子が無かった。
「お…起きないね……」
「あれ~?おっかしいなぁ……流石のこいつも、こんだけ呼べば起きるはずなのに……」
いくら傷付き疲れているとはいえ、常人がここまでされて起きないというのはおかしな話だ。
も、もしかして、クロヱの身に何かあったのだろうか……?
「クロヱッ!!おい起きろクロヱッ!…………クロヱッ!!!」
万が一を想像してしまい、ラプラスは必死な様子で大声を上げた。さっきよりもさらに強く体を揺さぶり、新人の意識を取り戻そうと呼びかける。
ーーーすると、ようやくラプラスの声が届いたのか静かに眠っていた彼女の瞼がゆっくりと開いた。
「クロヱッ!よかった、無事みたいだな……」
ラプラスはクロヱの目覚めを確認すると、安堵して胸を撫でおろした。よかった、どうやらまだ大事には至っていないみたいだな……。
「…………そう…すい……?」
……久しぶりに、彼女の声を聞いた。
時間にして僅か数日、こっちの世界に来てからは初めての沙花叉クロヱとの邂逅。その嬉しさを心の奥で噛みしめつつ、未だ意識のはっきりしていないらしい新人に寄り添った。
「クロヱ、吾輩がわかるか?助けに来たんだぞ、大丈夫か?」
「……キッズ……何で、ここに……?」
出会いがしらにいきなりキッズと呼ばれた怒りよりも、流石に今は彼女と再会できたことへの喜びが勝っていた。それにこいつが吾輩に聞きたいことがあるように、吾輩も沙花叉に話したいことがたくさんあるんだ。
……だがまずは、ここを出てお腹を空かせているだろうこいつにご飯を食べさせてやるところからだよな。
「何でって……お前が捕まったって聞いたから、吾輩自ら助けに来てやったんだろ。まったく、心配かけやがって……取り敢えず、まずはここから出ような。いま錠のカギを外してやるから」
ラプラスはそう言うと、自分の後ろに立っていたあくあ先輩の方を振り返った。すると、話を察してくれたように先輩が沙花叉の手足に嵌められている錠のものと思われるカギを手渡してくれる。またラプラスはそれを受け取り、右手から順に鍵穴へと差し込んでいった。
「……どうして……」
しかしそんなラプラスを他所に、必死に絞り出すようにクロヱが口を開いた。その声に嫌に湿り気を感じ、ラプラスは直ぐに顔を上げる。すると、そこには瞳に大粒の涙を溜めた新人の姿があった。
「どっ、どうした沙花叉?!どっか痛いのかっ??」
その様子を見たラプラスは、いきなりの出来事に驚愕の声あげる。今までにクロエの泣いている所なんて殆ど見たことがないし、もしかして空腹状態の他に体に異常があるのでは無いかと。
「……スゥー……」
……しかしそんなお門違いな考えのラプラスを他所に、クロエはその場に”自分と総帥以外の他人”が居ると知り直ぐにいつもの自分へと態度を戻した。
「……別に何でも無い」
頬を伝っていた涙を即座に拭い、何事も無かったというように彼女は平然を取り繕う。そして、目覚めたばかりの脳を必死に動かし現状の把握に努めいているようだった。
だが、何もないと言われたって突然目の前で泣かれたら流石にびっくりする。それに、状況が状況なので単純に心配にもなってしまうのだ。
「ほ、本当に大丈夫か?痛い所とかあるなら、直ぐに言った方がいいぞ……?」
「……本当に、何にもないって。…………それよりもラプラス、もしかしてあんた一人なの?他に護衛とかは?」
だが、そんな気遣いなど無用だというようにクロヱはラプラスの心配をばっさりと切り捨てる。そして、今はそれどころではないと総帥の現状について質問を投げかけてきた。
「あ、あぁ……今は一人だ。一応ラプツナズの連中も連れて来てたんだが……生憎、皆捕まっちまってな」
クロヱからの問いに対し、ラプラスは引き続き彼女の錠を外しながらに答えた。両手の枷を外し終え、続いて足の方にも取り掛かろうとする。すると、先程まで繋がれていた手首をさすりながらに沙花叉が上体を起こしてきた。
「……holoXの精鋭部隊の癖に、捕まるとか聞いて呆れるね。…………それに、”コイツ”を一人にするとか……」
そう言ったクロエは何かを悲観し、そして吾輩自身に訴えかけているようだった。しかし、それが一体何を意味しているのかは今のラプラスにはわからない。それに呆れるとか文句を垂れてはいるが、お前も似たようなものだろう。
「いやお前がそれ言える立場か?それに、ラプツナズは吾輩の指示で動いてて潤羽るしあに発見されたんだ。それは吾輩の判断ミスってだけで、あいつらが悪いわけじゃないぞ」
部下の失敗の責任取るのが上司の仕事。いつかのホロぐらで、先輩にそんなことを言われたっけ。
現在捕まってしまっているラプツナズは、元々吾輩の指示により情報を得るために散っていた。それを各個発見され、拘束されてしまったのは何を隠そう吾輩自身の見誤りが原因なのだ。この船に先に潜入していた暗殺部門の連中が捕まった理由についてを疎かにし、不用意に彼らを孤立させてしまった。またその後も特に対策もせず船内を歩き回り、護衛の彼女すら犠牲にしてしまったのだ。その全ての責任は指揮官である吾輩にあって、彼らが責められる道理はない。
「…………あっそ。」
自分の為に働き捕まってしまった彼らを責めたクロエに対し、ラプツナズは悪くないとラプラスは擁護する。しかし、それでも彼女は何かを言いたげであった。
だが、彼らがこの場にいないのでこれ以上この件に言及しても仕方が無いとクロエは頭を切替える。すると、丁度全ての錠を外し終えたらしい総帥が背負っていた”風呂敷包み”が目に入ったようだった。
「ラプラス、それ……」
その包みには見覚えがあり、またこのキッズが今持っているということは中身についても大方の予想かできる。きっと、鷹嶺ルイあたりが用意してくれたものなのだろうと。
「よし、全部外れた!…………ん?あぁ、これか?これは幹部がお前に渡してくれって言ってた荷物だ。中身はお前の仕事道具みたいだぞ」
「やっぱり……ねえキッズ、それ貸して」
「ん」
首元で端を結び、背負うように持っていた風呂敷包みをラプラスはその身から下ろす。そして、中身が飛び出さないようにしながら彼女に手渡した。
「ルイ姉が用意してくれたってことは、間違いないと思うけど……よかった、ちゃんと武器も入ってる。……あ!マスクもあるじゃん!」
総帥から包みを受け取ったクロエが、徐にそれを広げ中身を確認する。すると、中にはサバイバルナイフや銃、それに細い金属製の紐?みたいなものやクロエが普段からよく着けている目元を覆える白黒のマスク等が入っていた。
「やっぱ、これがないと落ち着かないよね。前のは捕まった時のどさくさでどっかに落っことしちゃったし……ここから出るのにも、丸腰って訳には行かないからね」
先程までに比べ、若干元気そうな声で言いつつクロエはマスクを嵌める。いつもの定位置にいつものマスクを装着した沙花叉は、それにより更にテンションが上がっているようだった。
また、それに続いて数々の『仕事道具』たちを懐へと忍ばせていく。これらは我らが鷹嶺ルイ大幹部が、クロエが救出された後諸々の作戦に直ぐに参加できるようにと用意してくれたものだ。その気配りはとても的確だったし、現に今吾輩が持っているこの銃も先程大いに役立ったところだ。
「あ、そういえばクロエ。”コレ”もその中に入ってたもんだ。勝手に使って悪いと思ったんだが、状況が状況だったんでな。コレも返しとくぞ」
ラプラスはそう言って、逃走および鍵の破壊に活用した相棒銃を取り出しクロエへと返却する。その際にトリガーに指は掛けていないし、安全装置も掛かっている状態だ。
「……いいよ別に、まだ持ってなよ。この先あんたも素手より何か身を守るものが必要でしょ」
しかし、自分の得物を返却しようとしたラプラスを彼女はつっぱねてしまった。確かにこれには大変お世話になったし、今後ももしかしたら必要に場面があるかもしれないが……本当にいいのだろうか。
「えっ、いいのか?これお前のだろ?」
「いいってば、持ってな。沙花叉の分もあと二つあるし」
クロエはそう言うと、懐にしまっていた銃をサッと取りだし両手の人差し指にかけてクルクルと回して見せた。確かに、肝心なクロエの分については問題なさそうだな。というか、あの小さな風呂敷包みに三丁も銃が入っていたのはもしかして幹部が気を利かせてくれたりしたのだろうか。だとしたら有能すぎだろ。
「……さぁーて、準備も終わったし色々聞きかないといけないこともあるけど……その前に、早速やらなきゃいけないことがあるよね」
風呂敷包みの中身をその体に仕込み終え、ようやく拘束からも解放されたクロエが徐に立ち上がる。またラプラスもそれに連られて立ち上がり、彼女を見据えた。
「ん?やること……?」
突然クロエが『先にやることがある』などと言い出し、ラプラスはそれを疑問に思う。はて、何かここでやり残したことでもあるのだろうかと。
……しかし、それを口にしたクロエは既にそれを済ます行動に出ていた。
「決まってるじゃん。………勿論、”掃除”だよ」
そう言った直後、クロエは数歩地下牢の出口の方へと歩み寄る。そして、先程からずっと気になっていたこの場に居る”ある邪魔者”の正面で立ち止まった。
「ーーーーじゃ、チビ総帥のここまでの案内兼お守りご苦労さま。もう死んでいいよ」
掃除屋はそう言うと即座に発砲準備の整った銃を取り出し、目の前の”メイド服を着た少女”にその口を突き付けたのだった。