転生したらラプラス・ダークネスだった件   作:飽和水溶液_pixiv

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第43話です。大変長らくお待たせいたしました。今話はかなり前から構想していた展開だったにも関わらず、クロヱの細かな心情変化を表現するのに大変苦労致しました。既に今回だけで3回ほどボツって書き直してます。一体、どうしてこうなったのか……。

しかし、その甲斐あってかかなり満足のいく仕上がりになりました。皆さんが気になっているであろう次の展開を早くお見せするためにも、既に44話の執筆にも取り掛かっています。まだ暫くは本編では苦しい状況が続きますが、ぜひ楽しんでくださいませ。


【追記】
今回の深堀シリーズはお休みです。
ですが、今回のこの43話では40話から続いたラプラスとクロヱの出会いをクロヱ視点で追っていくことになります。更新期間も空いてしまいましたので、もしよろしければその辺りと見比べながら読んでいただくといかに二人の想いが行き違っていたのかが分かります……おっと、これ以上はネタバレですね。
それでは、気になる続きは本編を読んでご確認くださいませ。


↓作者:飽和水溶液のXアカウント。主に執筆状況や気に入ったホロ関連のリポストしてます。
飽和水溶液(@Suiyoueki_suba) https://twitter.com/Suiyoueki_suba


第43話 不信感

 

……最初は、そんなこと考えもしなかった。

だってその人を疑うことは、今の私のすべてを否定することと同じだったから。

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーヱッ!…………クロヱッ!!!」

 

 

 

誰かに執拗に自分の名を呼ばれ、泥海に彷徨うが如き眠りから目を覚ます。その声は鈴の音の様な透き通った美しさを孕んでいて、それでいて力強く自分の心に作用するみたいだった。

私は、この鈴の持ち主を知っている。

 

 

本能的に、”あなた”を求めていた彼女は大きな期待と僅かな焦燥感の中意識を覚醒させる。そして、瞼を開いたその先で……

 

 

 

 

「クロヱッ!よかった、無事みたいだな……」

 

 

 

 

(うっほ。何この可愛い生物、天使かよ)

 

……目覚めたカノジョは、やはり壊れていた。

 

 

 

現実世界へと意識を戻した沙花叉クロヱは、目覚めて早々この世界で最も可愛いんじゃないかと思われる少女と出会っていた。しかしそれは見ず知らずの彼女などでは無く、良く見知った我らが秘密結社holoXの総帥であった。その事を刹那の中理解したクロヱは、一瞬のうちに脳内をただ不安と恐怖だけが支配する。ここに至るまでの数々の自分の行いを思い返し、総帥との約束を未だ果たせていないことをひたすらに後悔した。

 

 

「…………そう…すい……?」

 

 

何故、どうしてここに総帥がいるのだろうか、そんな疑問符が浮かんだ。今は……今だけは、あなたに会いたくなかった。いつも私が娯楽施設に入り浸っていたのも、任務をサボって本部内を適当にぶらついていたのも、全ては同じく公務から抜け出していたあなたに”偶然を装って”出会う為だった。それでも……今この全てにおいてただ失態を晒しているだけの沙花叉を、ラプラスだけには知られたくなかった。いずれバレてしまうことだったとしても、せめて結果だけは残したと言い訳できるようになるまでは……。

 

 

「クロヱ、”吾輩がわかるか”?助けに来たんだぞ、大丈夫か?」

 

 

え、今なんて……”わがはい”??

……いや、何その一人称。めっちゃ可愛いんだけど///なになに、”また”イメチェンでもしたのっ?話し方も何だか前の大人っぽく見せてる子供みたいな感じに戻ってるし、益々可愛くなってんじゃん!!

 

……そんなことよりも、今私を助けに来たと言ったか。こんな、あなたの期待に沿えなかった私を。組織にとって大切な任務だとわかった上で私情を挟み、挙句の果てに総帥の手を煩わせてしまったこんな私を。

 

 

「……キッズ……何で、ここに……?」

 

 

せめて、沙花叉を助けに来たのがいろはちゃん辺りだったら良かったのに。そうすれば、あるいは過程くらいは誤魔化せたかもしれない。鷹嶺ルイにはとやかく言われたかもしれないが、少なくともこの不始末な結果をラプラスに目の当たりにされるようなことはなかっただろう。というか、本当に何故総帥自らがこんな場所に訪れているのだろうか。沙花叉は確か、宝鐘海賊団管轄の牢屋に捕まってたはず……そんな場所に、わざわざ総帥が来るなんて絶対におかしい。

 

 

「何でって……お前が捕まったって聞いたから、吾輩自ら助けに来てやったんだろ。まったく、心配かけやがって……取り敢えず、まずはここから出ような。いま錠のカギを外してやるから」

 

 

やっば♡待って待って、えもしかして沙花叉のこと心配してくれてたってコトぉ?!ヤバいヤバい、嬉しすぎるんだけど!!なんだよラプラス、やっぱり沙花叉のこと好きなんじゃ~ん!!!

 

……いや、ちょっと待て。これは明らかにおかしい。あの”冷酷”で、全ての事象を計算し尽しているらしい天下の〖ラプラス・ダークネス〗ともあろうコイツが、任務を失敗した私に優しくしてくれる理由がない。

そう、これは……何かの罠だ。そうだ、冷静になれ沙花叉クロヱ。今の私は心配されるどころか、総帥から直接処分が下されてもおかしくない立場なんだ。にも関わらずこのキッズ自ら沙花叉を助けに来ることなんてありえない。ということは、さっきコイツの言ってた”助けに来た”という言葉にも何か裏があるという事になる…………あ。も、もしかして……沙花叉のことを処分する気とか!?

 

 

 

 

秘密結社holoXの暗殺部門、掃除屋沙花叉クロヱにとってラプラス・ダークネスという人物はただ『自分の所属する組織のトップ』という存在だけではなかった。この一見角が生えただけの幼い少女のように見える彼女こそ、クロヱにとっての唯一無二の恩人であり自らの生涯を使い果たしてでも仕えたいと思える相手だった。

『ラプラスが望むなら、沙花叉は何者にでもなりたい』……それが、彼女の信念だった。

 

しかし、それは同時にクロヱが彼女に対して”望んでいること”でもあった。私を”あの地獄”から救い出してくれただけではなく、holoXの四天王の末席に加えてくれたこと……それすなわち、彼女もまた私という存在を必要としてくれているのだと。今まで誰にも自分自身を求められず、その無理矢理植え付けられた『利用価値』だけが自分の存在理由だとクロヱは思っていた。しかしそれを全て打ち破り、真に自分を必要としてくれる本当のご主人様に……彼女は出会ってしまった。ともすれば、この悪魔に”求められること”こそが彼女の今の存在理由となり得ている。

 

総帥ラプラス・ダークネスに必要とされ、彼女に望まれること”こそを”沙花叉クロヱは望んでいる。

 

 

 

 

如何にコイツの役に立てるか……それが私の定めた、今の私自身の『価値』だった。しかし、それもたった一度任務に私情を挟んでしまった結果地に落ちてしまっている。そんな沙花叉を、いつまでも総帥が必要としてくれるはずもない。つまり今ここにラプラスがいるのは、組織の内部事情を色々と知ってしまっている”使えなかった道具”を処分する為……。

 

……でも、それなら何で直ぐに沙花叉を殺さないの?仕事をしくじった内部の人間の処理方法なんて、相場が決まってる。しかも今は疲労と空腹でまだ本調子じゃないし、手足も繋がれた状態……え、何でそのまま錠を外すの?待って待って、おかしいじゃん。何で一言も怒ってくれないの?どうしてそんな優しい顔で、温かい手で、沙花叉に触れてくれるの?どうして?どうして、どうして……

 

 

 

 

「……どうして……」

 

 

 

 

思わず瞳から涙を流しながら、クロヱは本音のほんの一部を溢してしまった。その表情には自分のやり場のないな不甲斐なさと、総帥の理解しがたい行動に対する圧倒的不安が入り乱れている。その結果、それを一番近くで見ていたラプラスは一気に血の気が引いていた。

 

 

「どっ、どうした沙花叉?!どっか痛いのかっ??」

 

 

勿論、ラプラスはクロヱの心情を理解s…えっっ?!待って待ってっ!!やっぱりラプラスってば、沙花叉のこと心配してくれてる?!だってそうだよ、あのめんどくさがり屋な総帥様がわざわざ自分の手で組織のお荷物を殺しに来るなんておかしかったんだ!そういう汚れ仕事は沙花叉の役目だし、第一本気で興味を失った相手にラプラスがどんな態度を取るかなんて容易に想像できるしね。やっぱり……この悪魔は沙花叉を必要としてくれてるんだ♪

そうとなれば、早く沙花叉の方からごめんなさいしてーーー

 

 

……勿論、ラプラスはクロヱの心情を理解してなどいない。むしろここでの読み違いが、今後の二人の関係に更なる軋轢を生むことになる。

そして、その第一歩となってしまう存在をクロヱは視界の端に確かに捉えていた。

 

 

 

「……スゥー……」

 

 

 

その場に自分と、従事すべき総帥の他に”邪魔者”が居ることにクロヱは今更ながらに気が付く。それは今最も憎んでいる連中の一人であり、かつ個人的にも実に気にくわない相手であった。

 

(……は?何でこいつが一緒に居るの?いや意味わかんないんだけど。何を馴れ馴れしく、白々しく、キッズの後ろをこんなやつが歩いてるワケ?!ラプラスの歩みを邪魔した宝鐘海賊団の一味のくせして、何で私達の総帥と一緒に居ることが許されてんだよっ!!)

 

湊あくあがこの場に居る理由がどうしても理解できなかったクロヱは、訳も聞かずそのまま彼女に飛びかかろうとしていた。しかし、奴の映るその視界の中に同じく総帥の姿も捉えていたクロヱは、寸でのところで何とか自分の衝動を制する。武器も持たず、心身も万全ではないこの状況で、果たしてこのメイド擬きから総帥を守れるのだろうか……そんな、冷静な思考が走った。

 

 

「……別に何でも無い」

 

 

……まだだ。まだ、その時じゃない。

私にはわかる。このメイド擬きはその見た目に反して、絶対に”何か”を隠してる。あの金斧を振り回していた星街すいせいにも似た、底知れぬ何かを感じるのだ。そんな手の内もわからない相手に、無為無策に挑むなどバカのやること……ここは、もう少し様子を見るべきだ。

 

 

「ほ、本当に大丈夫か?痛い所とかあるなら、直ぐに言った方がいいぞ……?」

 

 

「……本当に、何にもないって。…………それよりもラプラス、もしかしてあんた一人なの?他に護衛とかは?」

 

 

大丈夫、未だこの現状に何も納得できてないけど……少なくとも、ラプラスがこの状況に対して焦っている様子はない。いや、若干何かを急いているようには見える……かな?ともかく、一体何がどうなっているのかを説明してもらわないと。

 

 

「あ、あぁ……今は一人だ。一応ラプツナズの連中も連れて来てたんだが……生憎、皆捕まっちまってな」

 

 

”らぷつなず”?……あぁ、そういえば鷹嶺ルイがキッズの護衛の為にって組織させた部隊だったっけ。うわ、懐ッ。確かその話が四天王会議の議題に持ち上がってきたときは、こんこよといろはちゃんが一緒になって絶対に部隊に入れて欲しいって駄々こねてたっけ……まあ、私もその口だったんだけど。

でも、結局その人たち捕まっちゃってるじゃん。ルイ姉のあの時の説明だと、少人数で各分野の精鋭を集めたって言ってたけど……”コイツを一人にするとか、ホントに使えない”。

 

 

「……holoXの精鋭部隊の癖に、捕まるとか聞いて呆れるね。…………それに、コイツを一人にするとか……」

 

 

あの時は結局、四天王のメンバーが参加したら実働部隊としての意味が無いと言ってダメ出しされてしまった。この部隊の理念と存在意義は、『総帥の護衛兼手足としていつでも即時作戦行動に移ることが可能』というもの。しかし沙花叉を含めた各部門の代表者たちは、別の役割とそれに準じた仕事があるためその条件を満たせていないのだ。

……てか、あの話って本当に進行してたんだ。肝心のラプラスが全ッ然外出任務に就かないから、その存在自体今の今まで忘れてたわ。

 

 

「いやお前がそれ言える立場か?それに、ラプツナズは吾輩の指示で動いてて潤羽るしあに発見されたんだ。それは吾輩の判断ミスってだけで、あいつらが悪いわけじゃないぞ」

 

 

それを言われたクロヱは、ぐうの音も出なかった。たった今、過去に自分が受け入れられなかった経緯と現在の惨状を見てまだ見ぬラプツナズとやらを貶したクロヱであったが、それ以前に自分は人のことを言えない程の失態を犯しているのだ。しかも、その結果総帥を含む彼らをこの件に巻き込んでしまっている。

加えて、ラプラスの最後に言った言葉が今のクロヱには大きく響いていた。

 

 

(”吾輩の判断ミスってだけで、あいつらが悪いわけじゃない”、か……それ、”私にも”言ってくれないかなぁ……)

 

 

ラプラスの何気なく添えた一言、ラプツナズを責めるクロヱを宥める為に使われたその言葉は今のクロヱにとって大きな意味を持っていた。この世界のラプラス・ダークネスは基本的に、自分勝手で我儘かつ面倒な事には関わりたがらない性格である。しかしそれは裏を返せば、部下の失態などに対し些細な事には怒るどころか興味すら示さない様子であった。それらの結果に部下の命等が懸かっているなら話は別だが、それ以外の細かいことに対しては圧倒的にルイ姉の方が厳格である。

 

 

沙花叉は当初、今回の任務は総帥本人の口から『重要である』と告げられた通り失敗など許されないものであると思っていた。でも、今のラプラスのラプツナズに対する態度を見る限り……もしかして、総帥にとって今回の任務に対する『成否』は実はあまり重要じゃなかったんじゃないだろうか。私達が宝鐘海賊団の情報を持ち帰るかどうかよりも、もっと他に狙いがあったとか……。

 

でも、それを私の口から聞くことなど到底できることじゃない。それではまるで、沙花叉が自分の失敗から逃れるために言い訳をしているようなものじゃないか。そんなこと、コイツの前で出来るわけがない。

 

 

「…………あっそ。」

 

 

なら、やはりここで彼らラプツナズを責めることは余りにもお門違いだ。自分の失態を棚に上げ、彼らに当たるなんてカッコ悪すぎる。それに、例え総帥に何か別の狙いがあったとしても私が自分勝手な行動をとってしまった事実は消えない。だから……沙花叉は、余計な言い訳とか罪を擦り付けるような発言をするべきじゃない。私はただ、総帥から言い渡されることを静かに受け取ればいいだけなんだ……出来れば、捨てないで欲しいけど。

 

 

そう思ったクロヱは、これ以上自分の方からこの件に対して口を出すのは止そうと判断する。そして、罪の意識を感じつつもラプラスの方から話し始めるのを待つことにした。

……しかし、そこでふと未だ自分に嵌められている枷とにらめっこしていた総帥の”背にあった物”に目が留まった。

 

 

「ラプラス、それ……」

 

 

ラプラスの背負っていたそれは、沙花叉が何かと愛用していた黒い生地に赤色の印字の入った風呂敷包みであった。またそれは主に自分が任務に赴く際に使用していた物なので、自然とその中身についてもある程度の予測が立つ。

 

 

「よし、全部外れた!…………ん?あぁ、これか?これは幹部がお前に渡してくれって言ってた荷物だ。中身はお前の仕事道具みたいだぞ」

 

 

「やっぱり……ねえキッズ、それ貸して」

 

 

「ん」

 

 

クロヱの予想していた通り、やはりそれは鷹嶺ルイによって用意された彼女の仕事道具だったようだ。しかも思わず貸してと言ってしまったが、キッズは”ソレら”を何の抵抗も無く私に手渡してくれた。もし本当に任務をしくじった自分のことを処分しに来たのなら、普通武器なんて渡さないと思うけど……ラプラスってば、マジに沙花叉のこと怒ってないの……?

 

(うへっ♡今キッズの手が少しだけ沙花叉の手に触った///…………じゃ、じゃなくて……えっと、どれどれ……)

 

総帥の自分に対する一つ一つの仕草に”注意深く”警戒しつつ、彼女から渡された風呂敷をクロヱは受け取る。そして、恐る恐る封を開くと中には何の変哲もない彼女の『仕事道具』たちが入っていた。

 

 

「ルイ姉が用意してくれたってことは、間違いないと思うけど……よかった、ちゃんと武器も入ってる。……あ!マスクもあるじゃん!」

 

 

予想通りの品と、思わぬルイ姉からのプレゼントにクロヱは歓喜する。暗殺業を生業とする掃除屋たるもの、クロヱにはクロヱなりのポリシーやこだわりがあるのだ。このマスクはその一つであり、これがあるのとないのでは仕事のハリに大きな差が生まれる。

 

 

「やっぱ、これがないと落ち着かないよね。前のは捕まった時のどさくさでどっかに落っことしちゃったし……ここから出るのにも、丸腰って訳には行かないからね」

 

 

クロヱはそう言いながら、愛用の白黒マスクを装着した。そして、数々の仕事道具たちの調子を確かめつつそれらを懐へと忍ばせる。その間、ラプラスが私を止めるような素振りは全くなかった。

 

 

(……一体、どういうことなの?沙花叉が武装しても、ラプラスの奴何にも言ってこないし…………ハッ!もしかして……”そういうこと”なの?総帥…)

 

 

心の内で、彼女は不可解な総帥の行動の理由に対して一つの答えを導き出していた。組織の任務をしくじり、その上敵に捕まってしまった部下に対し……もし仮に、総帥が”慈悲”を与えてくれているとしたら?加えて言えば、本業を暗殺部門の『掃除屋』としているこの私に”その手段”を渡しているとするならば……自然と、自分が今何をすべきなのかも見えてくる。

 

(なァーんだ、そういうことね。総帥♪)

 

思い込みが激しく、それ以外に総帥から”求められていること”を知らなかった彼女にはそれ以外の答えが見つからなかった。しかもそれをこれっぽっちも疑うことも無く、ただソレを今すぐにでも果たし自分のご主人様の役に立つことだけを考えていた。

 

 

 

 

 

「……さぁーて、準備も終わったし色々聞きかないといけないこともあるけど……その前に、早速やらなきゃいけないことがあるよね」

 

 

そう言ったクロヱは、徐に立ち上がり『仕事』に取り掛かろうとしていた。

ちょっと待っててね、総帥♡いつも通りちゃちゃっと済ませるからさ。

 

 

「ん?やること……?」

 

 

ラプラスは自分の横をスッと通り過ぎ、牢の出口へと向かうクロヱの方を見る。

えへへ……首をちょこんと傾げてる総帥も、すっごく可愛いよ。大丈夫、沙花叉……次は上手くやるから。

 

 

「決まってるじゃん。………勿論、”掃除”だよ」

 

 

もう、白々しいなぁ総帥は♪あ、なるほど敵を油断させる為ね!……けど、そんなことしなくてもこの距離なら”絶対外さない”。

内心浮かれていたクロヱは慣れた手つきで銃弾を装填し、安全装置の外れた銃を”敵”に向けトリガーに指を掛けた。

 

 

 

「ーーーーじゃ、チビ総帥のここまでの案内兼お守りご苦労さま。もう死んでいいよ」

 

 

 

……こういうことだよね、総帥。

私が招いてしまった結果なら、その尻拭いは自分でやれってこと。任務をしくじった私なんかに武器を渡したのは、もう一度だけやり直すチャンスをあげるから今度は上手くやれっていうご主人様からの啓示。コイツのことは個人的にもものすっごく気に入らなかったし、丁度よかったよ。

 

 

そう思ったクロヱには、明確な殺意があった。欲しくも無い施しを自分に与え、仕えるべき総帥の前で私に恥をかかせた。その罪を償わせようと、彼女の引き金は随分と軽いものになっていた―――。

 

 

********************

 

 

宝鐘海賊団一番船副船長、湊あくあ。

私は、こいつを一目見た時から本当に気にくわなかった。得体の知れない不快感と、底知れぬ何かを持っている気がして心の底から鬱陶しく思っていた。

 

 

「ヒッ……あ、あのっ!……か、勝手に手当てしたのは悪かったと思ってるっていうか……と、とりあえずあ、危ないから一旦それ下してよっっっ……」

 

 

ほら、また怯えた”フリ”してる。

なにが”危ないから”だよ、嘘をつけ。微塵もそんなこと思ってないくせに、ホント白々しいんだよ。

 

 

「……私、言ったよね?そういうお節介みたいなのウザいからやめてって。なのにあんたときたら毎日毎日甲斐甲斐しく介抱なんかしてくれちゃってさ……総帥の前なんだから、恥かかせないでよ」

 

 

その上、本性を隠しながら私に情けを掛けてどういうつもり?恩でも売って、沙花叉を取り込もうとでもしてるの?……お生憎様、私を使っていい相手はもうずっと前から決まってるんだよ。

 

そう思ったクロヱは、必死に助けを乞い怯えるあくあを今にも打ち抜こうとしていた。

……しかし、何故かそれを寸でのところで二人の間に割って入っていったラプラスによって止められることになる。

 

 

 

「お、おいちょっと待てクロヱ!お前いきなり何してんだよっ!!」

 

 

 

その総帥の行動を見て、クロヱはその真剣な表情に反して内心驚愕していた。それに、状況に対する理解が及ばず酷く動揺する。何故、どうしてこの期に及んで、ラプラスがこのメイド擬きを庇うような事をするのだろうかと。

 

(え……ちょっと待ってよ、何でラプラスがそいつのことを庇うの……?沙花叉に武器を渡したのは、自分で始末を付けろって意味だったんじゃ……)

 

自分では正しいと、良かれと思ってやったことを総帥自らの手で必死に止められていた。その事実を理解したクロヱの脳内には、ただただ困惑の色だけが浮かび上がる。

しかしその直後、またしても湊あくあがクロヱにとって絶対に許し難い行動に出ていた。

 

 

「クロヱ、お前何考えてるんだ!あくあさんはお前を介抱して、気に掛けてくれた恩人なんだろうが。その恩を仇で返すような奴に育てた覚えはないぞっ!」

 

 

「ら、ラプラスちゃん……」

 

 

クロヱに銃口を向けられ、怯えたあくあは自分を庇ってくれたラプラスの背中にしがみつく。総帥の両肩に手を置いて、ギュッと拳を握りこんでいた。

 

 

 

 

「チッ……気安く触んなよ……」

(は?はぁ?はぁぁぁあ?!……おいッ!こいつマジでいい加減にしろよ!!!!沙花叉だって滅多にラプラスに触れられないのに、そのきったない手でうちらの総帥に触んな!!!)

 

 

 

 

誰にも聞こえない程小さな声で放たれたそれは、彼女の内側を荒らすには十分であった。

本来総帥に”直接触れる”ことなどholoXの上層構成員ですら恐れ多く、たった四人しかいない四天王のクロヱですらそんな機会には滅多に巡り合えない。その要因は主に彼女を取り巻く優秀な護衛たちと、彼女の高位な立場にある。特にラプラスの身を守る取り巻き筆頭の鷹嶺ルイは、一定以上の信用を持つ者以外が総帥に近づく事すら許さないレベルだ。もっとも、当の〖ラプラス〗本人はそういった警戒心があまりにも薄く、自衛の意思が殆どないが故に仕方ないことでもあった。

 

しかし、それも本来総帥を守るはずの壁がなくなってしまっているこの状況により、ラプラス自身のガードが甘くなってしまっていた。彼女の護衛を任されているはずのラプツナズは捕らえられ、今唯一総帥を守ることのできるクロヱの射線すら何故か【ラプラス】本人に遮られている始末だ。

 

 

「な、なあ沙花叉、確かにお前の気持ちもわからなくはないぞ。敵に捕まった挙句、施しを受けるなんて嫌だったんだよな?……で、でも今は争ってる場合じゃないんだ!お前には手伝ってもらいたいこともあるし……いや、その前にお前”お腹空いてる”だろ!あくあさんに聞いたぞ、ここに来てからずっと何も食べてないって。だからお前を助けた後は、あくあさんの案内で食糧庫に連れてってもらえることになってるんだ!…………だ、だから一旦落ち着けって、な?」

 

 

そう言った総帥の態度、姿勢、言葉遣い、そして内容……その全てが、クロヱの知る彼女の印象と掛け離れていた。それは説明無しにはとても無視できるものでは無く、否が応でもその”違和感”はただ受け身でいるだけでは無いクロヱにとある『疑い』を持たせることになる。

 

 

なんで……なんでよ、総帥。意味わかんない……だってラプラスが言い出したんだよ?”私の邪魔をするものは全て敵、その敵を『掃除』することがお前の役目だ”って…………だから、沙花叉はーーーーー。

 

 

 

 

「…………ラプラスが、それを言うの?……私がどんな思いで、痛いのも苦しいのもお腹が空いたのも我慢してたか……」

 

 

 

 

あなたが、そう言ったから。

私の力を、自分の為に使えとあなたがそう言った。だから沙花叉はどんなに痛くても、苦しくても、敵に屈することだけはしなかった。だって、もし奴らの手に堕ちてしまったら……それはあなたの為に”戦うこと”を、放棄してしまう事と同義だったから。だから本当に、戦士の誇りだとかholoXの四天王としての矜持なんてものは沙花叉にはどうでもよかった。私が大切にしていることはだた一つ、『ラプラスの役に立つ』こと。つまり、あなたが沙花叉を自ら助けに来ているこの状況すら、私にとってはあってはならないことだった。その上、総帥の足を引っ張るだけにとどまらず敵から施しを受けるなんてとても許容できるものじゃない。そう思ったから、沙花叉はあの地獄を思い出させられるこの状況にすら立ち向かうことが出来た。

 

 

……なのに、ラプラスのその言い方はまるで私が”自分の為に”やったみたいじゃないか。この期に及んで、私が自分の誇りだのなんだのというちっぽけな強がりの為に行動していたとでも思っているの?……私はとっくの昔に、あなたに仕え全てを捧げると誓ってるのに……にも関わらず、あなたは私の誓いを”忘れてしまった”とでもいうの?

 

 

「はぁ……もういいや、バカらしい」

 

 

沙花叉には、ラプラスが”もしかしたら本気で私がこの引き金を引くのではないか”と思っていたように見えた。総帥がたった一言、私に『やめろ』といえば済むものを……自分の身を使ってまで、沙花叉の行いを止めた。その小さな綻びすらも、私にはとても異様なものに感じられた。

 

 

「く、クロヱ……?」

 

 

もう……何が何だか、沙花叉にはわからないよ。”コイツ”に会ってから、頭の中がめちゃくちゃだ。どうしてこんな状況になってるのかも、何故キッズがこんなことを言うのかもわからない。口調もそうだけど、今のラプラスはまるで本当に人が変わったみたいじゃん。いつもの自分勝手で、無責任で……それでいて常に冷静で、物事の数手先まで見通していて…………あの時、私を救ってくれたあなたは何処に行ったの?

 

 

 

―――いっそのこと、目の前のコイツが『偽物』とかだったなら……少しは、納得できたかもしれないのに。

 

 

 

 

 

「……あんたが気にしてないなら、もういいよ。…………それよりもキッズ、これから一体何をするって?」

 

 

……きっと、疲れてるんだ。そうに違いない。

空腹と疲労で、悲観的になってるだけなんだ。気分が落ち込んでるのは確かだし、そういう時は決まって余計なことまで考え過ぎてしまう。

 

 

「あぁ……さっきも言ったんだが、お前には他の捕まってる部下たちを助けるのに協力してほしい。それと、もう一つやらなきゃいけないこともあるんだが……その前に、まずはお前に飯を食わせるぞ。詳しい話は、その間にでもゆっくり話す」

 

 

そうだ。総帥の言う通り、考えるのはお腹を満たしてからでも遅くはない。いやそもそも、ただの一兵卒である沙花叉がコイツの考えを読み取る事なんていくら考えても無理な話だったんだ。あのholoXを実質的に仕切っているルイ姉ですら、”総帥の考える策略に自分が口を出したら成功率が落ちる”と言っていたくらいなんだから。

……だから、キッズが私に対して『命令』では無く”協力”を仰ぐのだって……きっと、沙花叉には想像すらできない考えがあるはず。

 

 

「……”協力”、か…………はぁーい、ご飯食べるのはさんせーい。沙花叉もうずっとお腹ぺこぺこなんだよ」

 

 

必死に、自分にそう言い聞かせたクロヱはいつもの〖総帥〗と今の【ラプラス】との差異を無理やりに飲み込もうとしていた。きっと、理由があるはず。彼女のことだから、また何か凄いことをしようとしているんだ。そう思い込むことによって自分の大切で大好きな”あなた”を疑わないようにしようと、クロヱ努めていた。

 

 

 

 

―――しかし、この時から既に……彼女の心の中には、【総帥】に対する”不信感”が芽生え始めていた……。

 

 

 

 

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