転生したらラプラス・ダークネスだった件 作:飽和水溶液_pixiv
さて、今回も一部を除き終始クロヱ視点となっております。前回同様、41話辺りからのこの時クロヱは何を考えていたのかを知ることが出来るので少し見比べながら読むことをお勧めします。また次回からはラプ様視点に戻る予定ですので、今のうちに沙花叉を楽しんでおいてください。といっても、正直今の彼女は読んでいて苦しいですよね。まあ、今回はもっと苦しいですけど……お願いラプ様、クロたんを救って!!
㊗、そして感謝。
皆様、日頃よりこの『転ラプ』シリーズをお読みいただきありがとうございます。実は先日、皆様のおかげで遂に合計UAが30000を突破いたしました。こういった文章を書く等の創作活動で、こんなにも多くの方に知ってもらえるとは当初の私には全く想像できなかったので大変恐縮です。最近ではコメントやお気に入り等反応をくれる方も増えてきて、とても嬉しいです。これからも少しずつ成長しながら頑張っていきますので、どうか最後までお付き合いくださいませ。
【追記】
今回も本編に対する深堀シリーズはお休みです。なんか、最近あんまりやれてない気がしますが……。
ということで、本編とは直接関係ない所での深堀を少しだけします。皆様はこの作品をお読みいただけるときに、各話の『タイトル』にはどれくらいご注目頂けているでしょうか。実は、個人的には結構秀逸な題名を付けられたなと思うものが幾つかあります。また、本編と関連付けて伏線or別の意味も持たせているなんていうなんちゃって隠し要素みたいなものもやっていて楽しいです。最初の方こそかなり適当ですけど、簡単なものを例であげると8話や14話、28話と36話辺りもお気に入りです。もしよろしければ、今後もこういった意味深タイトルにも注目頂けると嬉しいです。
尚、今回の題名にはトリプルミーニングがあるつもりです。(使い方あってるかはわからないですけど……)
↓作者:飽和水溶液のXアカウント。主に執筆状況や気に入ったホロ関連のリポストしてます。
飽和水溶液(@Suiyoueki_suba) https://twitter.com/Suiyoueki_suba
思い出したくも無い。
今尚消えぬ傷を自分のすべてに刻んだ”あの地獄”。私は、そこでただ『番号』で呼ばれていた。数ある”被験者たち”に含まれる、何の意味も思い入れも無いただの【0968】番。
『おいッ!貴様何を休んでいる!!死にたいのか!!』
物心ついた時から、私はこの場所に居た。どこで生まれ、両親がどんな人たちだったのか……そんなことすら、この時の私は知る由もなかった。きっと、他の子たちも皆そうだったんだと思う。帰る場所すらない子が大半で、この世界からいなくなったとしても誰も困らない……そんな、”要らない子”たち。
『ねぇねぇ、968番ちゃんきいた?……前きたばっかりの子、もう死んじゃったんだって……”からだがたえきれなくなったから”って大人の人たちが言ってた……』
毎日。朝も、昼も夜も、休む暇も無く実験と訓練だけを強いられた。どんなに痛くても、怖くても、泣く事すら許されず行われる”じんたいかいぞう”とかいう実験。ただ苦しくて、辛くて、それでも少しでも遅れたり休んだりしたらもっと酷いことをされる”ヒトを殺す”為の訓練。それを起きてから、ほんの少しだけ眠ることのできる”夜の時間”までひたすらやらされていた。
『……お前達に自由は無い。死にたくなければ、我々の言われた通りに黙って働き敵を殺せ。……それが、お前らの”価値”だ』
そんな場所では、人が死ぬことなんて珍しくなかった。私に優しくしてくれた374番のお姉さんも、よく一緒に訓練をした同い年くらいの952番のあの子も、昨日来たばっかりの1202番の男の子も……もう、全員いなくなってしまった。原因は実験か、訓練中の事故か、それとも……いや、そんなことを気にする余裕はなかった。ただ、この地獄から解放されたい……私たちの考えていることは、ただそれだけだった。
『ほう、これは良好な反応ですな。生まれつき力が強いと思っていたが、まさか【オルキヌス・オルカ】の細胞がここまで適合するとは…』
しかし、私は不幸なことに『死』という救済すら与えられることは無かった。まだ幼かった私には詳しいことはわからなかったが、0968番は”どうぶつさいぼういしょく”という実験が成功した希少な被検体という事らしい。それが理由で、他の子以上に多くの”仕事”を強要された。勿論、その間も絶え間なく実験と訓練は続けられていた。
―――しかし、心から望んでいた『救済』はある日突然訪れた。
その日は、珍しく実験も訓練も無い日だった。
ただ静かに、部屋で待っているようにと大人たちに言われていた。そんな中、突然何かが爆発するような大きな音がしたんだ。
『敵襲ッ!敵襲ゥ――――!!動ける者達を総動員せy――――』
施設中に鳴り響いたその放送を皮切りに、あちこちで誰かの悲鳴や建物が崩れるような音が聞こえてきた。かくいう私の部屋にもその被害は及んでいて、あれだけ叩いてもピクリともしなかった冷たく硬かった扉はいとも容易く破壊されていた。
……特に、何か考えがあったわけでは無い。ただこの時の私は、この機会を逃すべきではないと思った。この地獄から抜け出すことのできる、たった一度きりのチャンスだと。
だから私は、歪んだ扉の隙間をくぐり廊下に出た。部屋の外に出ると施設の一部は火災に見舞われていたようで、頭上に真っ黒い煙が立ち込めているのが分かった。ここに居たらまずい、そう本能が判断した私はとにかく走った。瓦礫の散らばるその道を、素足のまま怪我をすることも厭わずただ走ったのだ。この時、転んで切ってしまった額の傷は今も薄っすらと残っている。
―――そして、私はそこで運命の相手である”あなた”と出会ったのだ。
「フゥーー………ここは、見てるだけで反吐が出そうだ」
”ソレ”は、憎たらしいほど綺麗に輝く星空を背景に、長い髪をたなびかせながら美しくも雄大に佇んでいた。その全身には菫色の稲妻が走り、頭部の左右から天に向かって伸びる二本の角がその者の異様さを助長する。
……それでも、この時の私は彼女に見惚れていた。とても綺麗で、繊細で、それでいてこの世の全てを掌握しているような存在に見えたから。
「この場所には、あまり長いしたくないな。……なぁ?お前も、そう思うだろ?」
彼女は、瓦礫の山から現れた私に話しかけているようだった。しかし私はその問いに対し、何と答えたらいいのかわからなかった。自分の意見を持つことは、ここでは禁止されていたから。ただ静かに、何も言えずあなたの姿を見据える。
「は?おいおい、無視すんなよ……てか、お前名前は?」
その質問に対する答えだけは知っていた。名を聞かれたら、決まった自分の”番号”を答えるのだ。ここに居た大人たちに最初に教えられたことは、それだった。
……でも、この時の私はあなたの問いに応えることが出来なかった。気を付けてはいたものの火事の煙を少し吸ってしまったらしく、また切れた額から流れる血で意識が朦朧としてしまっていた。
「ハァ……まったく、これも無視か?いい加減にしないと、私もあんまり優しくできなi……って、おい大丈夫か?」
あなたが話してる途中で、私は遂に倒れこんでしまった。じんわりと滲む血が、否が応にも嫌な想像をさせられる。私はこれから、きっと死ぬんだ……私達にとって日常であった、死の順番が自分にも訪れたのだと。
「…………たす…………け、て……」
―――最後に、消えてしまいそうな声で彼女は助けを求めたように……”私には”、聞こえた。
色々と、こいつを助けた方がいい口実を考えたものの……思いついたのは、本当に適当に導き出した答えだった。
「はぁ~……まったく、何なんだよこのガキ。…………もう、”早く帰ってゲームやりたい”……」
そう言った彼女は、目の前で気を失ってしまった少女を抱きかかえた。それは只の気まぐれで、何の意味も無い。
しかし、この出会いが後に全宇宙に影響を及ぼすことになることは、今の彼女には知る由も無かった。
―――こうして、その『悪魔』はたった一晩にして【人間兵器製造工場】を破壊し尽し、一人の女の子だけを残してその地から文明を消し去ったのであった。
********************
誰かの、話し声が聞こえる。
硬くて、ひんやりとしたその台の上で……私は、未だ朦朧とする意識の中その話声を聞いていた。
「ちょ、ちょっと”ラプ”!私なにも惑星の表面ごと破壊しろなんて言ってないわよ?!」
誰かが、誰かを怒っていた。私より少し年上くらいの、まるで自分に優しくしてくれたあのお姉さんみたいな声。
その声を聞いてると、ちょっと安心するなぁ……。
「あ―?うるさいなルイ。いいだろ別に、気色悪かったんだよあそこ」
「だ、だからって勝手なことしないで!……ハァ~、あの工場には色々と今後のholoXに使えそうなものがあったのに……」
何の、話だろう。”ほろっくす”……?
「……とにかく、今後はもっと考えてから行動してよね。今の私達に必要なのは資金と人材、そして宇宙侵略に必要な後ろ盾。使えるものは何でも使わないと……」
「あとは、”私達”の拠点だろ!いい加減、この随分前に奪ったおんぼろ宇宙船も限界だ。私の見立てじゃ、こよりがもう少し大きくなったら超凄いアジトを作ってくれると思ってるんだがなぁ」
「うぇ?!こ、こよが!?……ぼ、ぼくにはムリだよ……」
他の二人に比べ、明らかに幼い声が私のすぐそばから聞こえてきた。そういえば、さっきから私の身体が色々と触られてる気がする……あぁ、そっか。今は今日の実験の時間なのか…………あれ?でも、痛くも苦しくも無いような……?
「……確かに、私もこよりには期待してるし、ゆくゆくは活動拠点も必要だとは思ってるけど……そもそもの話、その資金もどうやって稼ぐのよ」
「それは、まああれだ。流れで何とかなるだろ……そんなことよりもいろは!私はお茶が飲みたいぞ」
「は―いラプどの!今いれるでござる~!」
「……はぁ……たまに、本気でこの人についてきて良かったのかって不安になるわ……」
また、別の少女の声が会話に加わってきた。今度は少し離れたところから、聞くだけで元気になりそうな明るい声。新しく、施設に来た子なのかな……?
「――――それでラプ、あなたが連れてきた”このコ”だけど……一体何なの?」
微睡みに包まれながらも少しだけ時間が経ち、何かを啜る音が聞こえてきた頃には私の意識はハッキリしてきていた。そして、意識が戻っていることを隠しつつ周りの状況を確認する。しかし、どうやら私が今いるこの場所はあの辛くて苦しい施設のどの部屋でもないようだった。それに、周りにいる人たちからも決して怖い雰囲気を感じない。
でも、だとしたら……ここは、一体何処なのだろうか。
「ス˝ス˝ッ……何なのも何も、見た通りだ。あの工場の被検体とやらの一人だろ」
「それで……まさか助けたワケ?言ったでしょ、あそこで”造られてた”のは人工の人間兵器だって!しかも遺伝子操作もされてて、よく訓練された子達……むやみに連れ回したら、私達の障害になるかもしれないのよ?」
……あぁ、そうだ。思い出した……この何かを啜ってる人は確か、私が施設から逃げようとしたときに会った人の声だ。長くて綺麗な薄紫色の髪で、大きな角が生えてた人……ということは、もしかして私その人に攫われたってことなのかな……。
「あぁ、それはまあわかってるんだが……そいつが、”私の質問に答えなかった”んだよ。……だからその、生意気だったから……連れてきたというか……」
「・・・で、それがコレを助けた”口実”ってわけ?…………必要なの?このコ」
「さぁ…それは、コイツ次第だな。…………つーわけだから、いい加減寝たフリなんかしてないで私の質問に答えろよ”キッズ”」
「……ッ!」
その言葉は、明らかに自分に対して向けられたものだった。どうやらこの人には、私が既に意識を取り戻していたことがバレていたらしい。
そう思った彼女は観念して、ゆっくりと瞼を開いた。すると何故か自分に向けられていた照明に視界がチカチカしながらも、その向こう側に三人の少女と一人のお姉さんが座っているのが見える。ただし、部屋自体は薄暗かったが為にここが何処なのかまではわからない。
「……あなた、起きてたの?一体いつから……」
「ルイが私に怒鳴った辺りからだな。私の前で狸寝入りとは、お前の言う通り随分と訓練されたガキらしい」
そう言ったのは、恐らく私を攫ったか……あるいは、”助けてくれたらしい”女の人……いや、女の子?なんだか、さっき会った時よりも背が縮んでるような気がする。それに、あの時は目とか雰囲気が少し怖かったけど……今は、一見すると角が生えてるだけの子供みたい。
「おぉ~!目がさめたでござるか!今お茶をいれてくるからまってるでござる!」
「い、いしきがもどってよかったぁ……ケガしてたところは手当したけど、痛いところとかなぁい?……」
続いて、私と同じ歳くらいの子達が私の側に駆け寄ってくる。1人はさっきの元気そうな声の持ち主の不思議な格好をしてる子で、もう1人はなんだかオドオドしてるというか……何かに怯えてるみたいな動物の耳が生えた子。しかも、やはりどちらもあの施設では見た事がなかった。
「おい。いろは、こより、そいつには私が先に話があるんだ。余計な口を挟むなよ。…………おいキッズ。早速だが、数時間前に私がした質問を覚えてるか?」
角の生えたその人にそう言われた私は、他の面々からも注目を浴びていた。それが何故だか妙に緊張してしまい、思うように言葉が出ない。その上、角の人が私にした質問とは……果たして、なんだっただろうか。
何を聞かれ、何を求められているのか、この時の彼女には理解できなかった。それゆえか、何かを答えるでもなく何故か1番気になっていたことを尋ねてしまった。
「……その……”きっず”って……なに……?」
自分でもどうしてそんなことを聞いたのか分からなかった。本当は、もっと知らなきゃいけないことがあるはずなのに……何故か、一番最初に私の口から出た言葉はそれだった。
「……ほぉ、私の質問に対して質問で返すとは……いや、それとも私のした質問の内容を覚えてないのか?……どっちにしても、いい度胸だな」
一瞬、鋭い視線を感じて私はまた痛いことをされると思った。その証拠に、さっきまでソファに座っていた角の人が静かに立ち上がりこちらに歩み寄って来るのが見える。きっと、勝手に口答えをしたから怒られるんだ。
そう思った少女は、それがたまらなく怖くなって直ぐにギュッと目を瞑った。
―――しかし、そんな私に与えられたのは生まれて初めて感じた”温かさ”であった。
「……そんなに怯えなくても私は何もしないぞ。私は、ただ知りたいだけなんだ……お前が何者なのか、な」
そう言ったあなたは、ただ優しく私の頭を撫でてくれた。するすると私の乱れた髪の隙間をあなたの指が通り抜け、肌を通してとても温かな熱を感じる。こんな感覚は、生まれてから一度だって感じたことは無かった。
「な……に、を……」
初めての感覚に、少女はただ困惑する。誰かに触られることは、基本的に痛いことばかりだったから。他の子達に触れた時だって、今みたいな熱を感じたことは無い。これの正体は、一体何なのだろう。
「それで?まだ私の質問に答えてくれないのか?……あぁ、それとも先に自分の質問に答えろってか。まったく、本当に生意気な奴だな…………いいか?”キッズ”って言うのはある星で使われる言葉で、『子供』を意味するんだ……つまり、今のお前のことだ」
ニヤッと笑ったあなたは、私には少しだけ楽しそうに見えた。本当に、不思議な人だ。こんな私を見て、そんな風に笑ってくれる人は今まで誰一人としていなかった。皆冷たい視線を向けるか、そうでなければ怒るかのどちらかだ。それなのに、この人は痛いこともしないし……こんなにも、”気持ちよく”触ってくれる。
「……で、そろそろこっちの質問にも答えて欲しいところだな。お前のにはちゃんと答えたぞ?次は私の番だ。…………”お前は、誰だ”?」
絶えず私を撫でてくれていたあなたは、再度私にそう尋ねてきた。
……でも、この時の私はもはや何者でもなかった。
それが故に、私はあなたの求める『答え』をちゃんと応えることが出来なかったんだ―――。
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今は深く考えないようにしようと決めたクロヱだったが、それは長くは続かなかった。どうしても【彼女】の行動一つ一つが不可解で、気になりだしてしまっていたのだ。
『盗品についても、一か所にまとめておいた方が色々と楽でしょうに……何でこんなややこしい作りしてるんですか?』
『あ…えっとね……この船が造られた時、元々は荷物を運んだりする用に使うつもりじゃなかったんだって……船長が言ってたような……』
あなたが、誰かに対してそんな謙った態度を取ることなんて無い。敬語すら使うことは稀なのに、明らかにあなたより劣った存在である相手に敬称を付けるなんておかしい。そんなのは、いつもの総帥じゃない。
『え、えっと~……と、取り敢えず座るかっ?その辺に前は使われてたっぽい机とかイスがあるし、そっち行かないか?……』
ラプラスが、こんなに沙花叉の顔色を窺いながら言葉を選ぶなんて異常なことだ。だって総帥の言うことは全て正しくて、私を支えてくれて、間違いだらけで至らない沙花叉をいつも導いてくれる。だからこそ、総帥の言葉は私の心に強く作用するのだ。
……でも、今は何も感じない。自信が無さそうで、沙花叉のことをまっすぐ見てくれないあなたの言葉は……すごく、軽い。
『……ねぇ、キッズ……』
『な、なんだっ?』
いつもなら、そう呼ぶなって沙花叉のことを怒ってくれるのに。私が昔の総帥をマネして使ったこの言葉を、ラプラスはいつも口では怒りながら笑って用件を聞いてくれた。……なのに、今はまるで沙花叉に怯えてるみたい。
『どうしたんだクロヱ、何か気になる事でもあったのか?』
『……ラプラス……あのさーー『お、お待たせ……!』』
だから……少しだけ、あなたに聞いてみようとした。沙花叉だって怖かったけど、ラプラスを私の中から失ってしまう事の方がずっと怖かったから。勇気を出して、総帥に”どういう考えがあるのか”を訪ねようとした。
『ご、ごめんね…結構種類が多くて、選ぶのに時間かかっちゃった…………って、あれ?…も、もしかして何か話してる途中だった……?』
『……いえ、大丈夫ですよ。……あ、あくあさん食糧ありがとうございます!運ぶの手伝いますね』
……でも、ラプラスは沙花叉の話を聞く前に憎いあいつのところに駆けて行ってしまった。偶然だとはわかっていても、まるでタイミングを見計らっていたような気がして私の心中は穏やかではなかった。
―――やっぱり、おかしい。
『さっ、クロヱ”食べていい”ぞ。吾輩も若干小腹が空いてたし、摘まむとするか』
おかしい。
『ん?……それは、好き嫌いって意味か?毒とかは今自分で開けた缶なんだから大丈夫だろうし……匂い的にも食べられそうだったぞ?』
おかしい。
『ああ、本来はそうなんだが……実はいろはのやつ、今別の任務で本部に居ないだよ。で、あの優秀な暗殺部門が敵わなかった宝鐘海賊団相手に他の奴を向かわせるのも不安でな』
絶対、おかしい。
『まぁ確かに、吾輩が行くって言いだしたときは幹部にも博士にも随分と反対されたぞ。……でも、お前らが心配だったんだ。それに宝鐘海賊団とやらにも興味があったしな』
明らかにおかしい。
『いや、正確には知らないぞ。ただ、潤羽るしあの使う力によく似た『降霊術』って言うのがあってな。それをネクロマンシー、扱える人間をネクロマンサーって呼ぶんだ。だから”あの人”もそうなんじゃないかって思ってな』
おかしいよ。
『あくあさんとは地下牢に行く直前に会ったんだ。そこで、まあ色々とあって……簡単に言えば、お前を助けたいって意見が一致してな。この飯を食ってるのもその一環なんだぞ?』
……なにそれ、おかしいって。
一見、正しいように見えても今の”コイツ”の言っていることは全てが根本的におかしい。話をする時の視線も、息遣いも、仕草や言動さえも、その全てが本来の〖ラプラス・ダークネス〗とは本質的に違っている。それは、例えるなら本物に大変よく似た『偽物』が本物を真似しているみたいだった。いや、もはや真似る努力すらしていない。コイツの話していることの一つ一つが、私には本心から言っているように見える。だからこそ、この目の前に居る”ラプラスのような形をした何か”が異質であることを結論付けていた。
――そして、そんな私の中に渦巻く『疑惑』を確信に変え、とある一つの”解”を導き出したのはコイツとのこのやり取りであった。
「……はぁ~、まあいいや。それで?ラプラス、コイツは”利用”できんの?」
「おい!利用って言い方は辞めろ。……さっきも言ったが、あくあさんは敵であるお前を介抱してくれた恩人だろ。それに、ここで吾輩も一緒にご飯を食べさせてもらったんだ。あんまり失礼な言葉が目立つと、流石の吾輩でも怒るぞ」
それは、私の発言に対しキッズが少し怒った口調でそう言った事から始まった。
これまでの話の内容的に、コイツが宝鐘海賊団に対し何かを求めているということはわかっていた。沙花叉の手から湊あくあを体を張って守り、そして既に遭遇していたらしい潤羽るしあに対しても何故か”敬意”の様なものを抱いていたことからそれは明白だ。その上、この船の構造についても質問していたみたいだしこのキッズなりの『企み』があるのだろう。
……しかし、それは余りにも秘密結社holoXの総帥ラプラス・ダークネスとしては”らしくない”やり方だった。ただでさえここまでのやり取りの中で総帥に対して『不信感』を抱いてしまっていた沙花叉からすれば、それらの行いは更にその疑いを助長する結果となってしまう。それがどうしても受け入れられなくて、気が付けば私は本人のいる前で軽はずみに『湊あくあは本当に使えるのか?』などと総帥に問いただしてしまった。我ながら、その時は流石にしゃべり過ぎだったと自覚している。
―――だがその発言によって、目の前に居る総帥の……いや、『ラプラスの偽物』の化けの皮を剥がすことに成功してしまったのだ。
「はぁ?なんであんたが怒ってんの?チビ総帥がわざわざこの船に来たのも、興味を持った理由も全部こいつら宝鐘海賊団が”使える”って思ったからでしょ!!……”いつものラプラスなら”そう言って……」
「沙花叉ッ!!」ーーードンッ。
私が思わず口をついて出てしまったその言葉を聞き、"奴"は即座に立ち上がって机の上を掌で叩いていた。それにびっくりした沙花叉が恐る恐る上を見上げると、ソイツは酷く感情的で、強い怒りを感じる、とても悪魔と呼ばれた彼女には相応しくない表情をしていた。
「”新人”、お前いい加減にしろよッ!助けてもらった立場で何言ってるんだ!!」
「い、いきなり何なの?!沙花叉別に助けてなんて頼んでないし!コイツが勝手に恩着せがましく介抱してきただけでしょっ!!」
「お前なぁ……!!」
私は、この言い合いの中で確信した。
コイツは……【”本物のラプラスじゃない”】。
そう心の中で結論を出した私は、妙に安心していた。だってそうだ、このいつものラプラスとは明らかに違うコイツが”偽物”ということならば、もうこれ以上私の大切な〖本物の総帥〗に不信感を抱かなくてよくなるのだから。これまでの、キッズとしてはおかしな言動や行動、沙花叉にとって”総帥に言われると最も辛い”とわかっていることを言ってくるコイツが本人でないのなら、もうこれ以上傷つく必要も無い。
その昔総帥にあの場所から救い出してもらった私に対して、”助けてもらった立場で”などと行ってくるコイツを、もう総帥だと思わなくてもいいのだ。
……そして、そういうことなら私にはまず真っ先やらなければならないことがある。それは、この『ラプラスの偽物』をこの世界から消すこと。軽々しくも私達の総帥として振舞いながら沙花叉の前に現れ、その身分を偽りながらこの場に居ることに対する落とし前を付けてもらわなければならない。どういうつもりだったかは知らないが幸いなことに今の沙花叉はコイツのお陰で自由の身であり、その為の手段も持っている。加えて、食事と休息を取った私は何よりも冷静に仕事をこなせる自信があった。
そう思ったクロヱは、先程湊あくあに対して行ったように即座に行動へと移していた。自分とその者が二人だけになったところを見計らい、彼女によって渡された得物を彼女に対して突き付ける。……昔、私が本物の総帥から言われたあの言葉を使って。
「―――お前、誰?」
あの時の沙花叉はまだ未熟で、何者でもない私だったから……ラプラスの望む答えを、導き出すことは叶わなかった。それが本当にやるせなくて、悔しかったのを覚えている。
でも……今のあんたなら、答えてくれるんでしょ?おこがましくも総帥の皮を被り、沙花叉の前に沙花叉の恩人として現れたからには……少なくとも、それらしい言い訳は用意してるんでしょうね。
「……おい、これは一体……何のつもりだ?”クロヱ”」
クロヱに殺意を向けられた彼女は、いやに冷静であった。少しの静寂の後、ただ静かにその行動の意図をこちらに問いてくる。その態度が、クロヱには酷く腹正しいものに感じられた。
(偽物の、お前なんかに……沙花叉の名前を呼んでほしくない。この名前は”総帥が付けてくれた”大切なものなんだ。それを、アイツの存在に泥を塗るお前なんかに……)
ラプラス・ダークネスの偽物。そんなものが存在するならば、少なくとも私達は即座に気が付かなければならなかった。いくら空腹と疲労を患っていたとしても、自分の主を間違えることなどあるはずが無い。影武者、そっくりさん、なりすまし……そんな者が何百人集まろうとも、本物を必ず探し当てる自信があった。それはきっと、四天王の皆なら絶対に出来ると断言することだろう。
……しかし、こいつはそんな生易しいものでは無い。見た目は勿論のこと、体温や匂いまでもが本人と遜色がなかった。またその上で、あからさまなほどに本物に似せる気が無いそれらの行動が……いかにも、”本物っぽい”。ラプラスがやりそうなことを真似るのではなく、普段から総帥がよくやる”沙花叉たちですら想像できない行動”を想定通りにやってくる。
けど……今回だけは、どうしても理解ができない。納得いかない、どうして『黙って見ていろ』とすら言ってくれないの。沙花叉が総帥の言葉一つで直ぐ心が揺らいでしまうのを知っているくせに、否定すらしてくれないのは……やっぱり、あなたが【偽物】だから?
「何のつもりも何も、見ての通りだよ。らしくないあんたを疑ってる。本物の総帥なら、沙花叉の言ってるこの意味わかるよね?」
もし、仮にこれが沙花叉の勘違いならそれでいい。今邪魔者がいなくなり二人っきりになったこの状況で、初めてラプラスが自分の考えを私に話してくれるつもりだったという事ならそれでいいんだ。勿論総帥に対してこんな不敬を働いたことに対する罰はいくらでも受けるし、これまでのことも含め組織の為処分されるというならそれも致し方ないと思う。
―――しかし、それだけの覚悟を持つほどに……『偽物のラプラス』という存在は、絶対に許されないものなのだ。
「さぁ、部下にこうされて……”ラプラスなら”、なんて答えんの?教えてよ」
そう言ったクロヱは、万が一にでも的を外さないようにと目の前の彼女の一挙手一投足に注意する。次に奴が何と答えようとも、それが自身を『本物のラプラス・ダークネスである』ということを証明するもので無ければ……私は、迷わずこの引き金を引くと決意していた。
「……」
……答えられない、か。
そっかそっか、やっぱりそうなんだね……偽物。
相手が何も応えなかったことこそが、クロヱは『答え』であったと捉える。目の前のコイツが黙り込んでいた時に、こんな状況にも関わらず一瞬視線を自分から逸らしたような気もしたが……特にいきなり飛び掛かってくるなどの抵抗をする素振りも無く、奴はただ静かに佇んでいた。
(無言は肯定、つまりは本人の自白……覚悟が決まってんなら、話は早いよ)
そう判断したクロヱは、少し折り曲げていた人差し指の角度を即座に深く縮めようとした。
―――――が、それを完全に折り曲げることは無かった。
『「……はぁ、まったく……”君には失望したよ”。…………【0968】番」』
ようやく口を開いた【悪魔】は、その名に相応しい表情を浮かべながら確かにそう言った。