転生したらラプラス・ダークネスだった件 作:飽和水溶液_pixiv
さて、前回は少し微妙な切り方で終わっていましたね。ですが52話では激闘の末、ラプ様が何とか連絡通路を抜けられたところまで戦況は進みました。また一方その頃、るーちゃんが何やら意味深な話をした後『悲惨な現場』とやらを目撃したそうです。恐らくそれは海賊船の動力室付近のことだと思うのですが、果たして何があったのでしょうか?確かその部屋には、”あの人物”が向かっていたような……。
【追記】
今回の深堀はストーリーに直接関係あるわけでは無いのですが、このパラレル世界の狂犬あくたんの小ネタについて話したいと思っていたのでそれを話します。尚狂犬あくたんの元ネタである某FPSゲームの話を多分に含みますので、興味の無い方はここを飛ばして本編までお進みください。
皆さんはholoXが誇る最強チーム、『Startend』が出場した某FPSゲームのことをご存知でしょうか?(実名を出していいのかわからないので何となくぼかしていきます。)そのゲームは今尚大流行りしているのですが、その中で一人で高みを目指してプレイする『ソロランク』という文化があります。また、その中でも一般人の最高到達点とされる『マスターランク』を目指すことを『ソロマス』なんて呼んだりします。これはこのゲームをある程度知っている人ならどれだけの苦行かを理解していると思うのですが、Startend最強火力のあくたんはこれを過去二度に渡って成功させています。そのプレイングは鮮やかなもので、一応このゲームを遊んだことのある筆者からしても圧巻の強さと言えます。結果、某FPSと彼女の強さに対するリスペクトのあまりこの作品に狂犬あくたんを出すきっかけになったわけです。
ちなみに、このゲームを遊んだことのある人からすれば割とあからさまな小ネタがあったりします。例えばあくたんが戦闘の最中見せてくれた『壁ジャンプ』ですが、これもこのゲーム内で実際にあるテクニックだったりします。ただ使いこなすには相当量の練習が必要で、それをあくたんが簡単に使っているところからも彼女の努力が伺えます。またあくたんの武器としてはしっくりこない人もいたであろう大型のスナイパーライフルですが、これも原作再現で実際にあくたんがスナイパーライフルを使って無双しているシーンがあったりします。(気になる人は『湊あくあ クレーバー キル集』とかで調べてみてください。)つまり、前回のラプ様を”敢えて撃たなかった”シーンをゲームが分かる人に分かりやすく説明すると、『振り向き壁ジャンからの腰うちヘッドショットクレーバー』ってことです。言わずもがな、初心者には到底無理な芸当ですね。(実際にあくたんはそれと似たようなことを配信内でやっている。)
と、まあこのような感じで筆者個人的に狂犬あくたんには物凄い思い入れがあります。他にも細かい小ネタが幾つかありますので見つけてみてください。また、元ネタを全く知らないという方がいれば是非あくたんのソロマス企画の配信アーカイブを観てみてください。FPSは初心者さんにとってはかなり難しいゲームかもしれませんが見るだけならとっつきやすいですし、あくたんは滅茶苦茶上手いので見ていて面白いですよ!
↓作者:飽和水溶液のXアカウント。主に執筆状況や気に入ったホロ関連のリポストしてます。
飽和水溶液(@Suiyoueki_suba) https://twitter.com/Suiyoueki_suba
「……えっ……なに、これ……」
自分のファン達の視界を通し、彼女が目にした光景は余りにも悲惨な現場だった。
妨害電波再使用の為A棟地下の動力室に向かわせたふぁんでっと数名。彼らは魂と空の肉体を降霊術により結び付けた存在であり、その性質上仮に身体がバラバラに砕け散ったとしても物理的死には至らない。ただし『魂の形』は私が肉体と結び付けた時のものが維持される為、欠けた手足などはまるで糸で繋がっているかのようにその場に這い回ることになる。だがそれでも生物学的には元々死んでいる上、通常魂への直接干渉は不可能なので彼らは実質的に不死であるはずなのだ。
……にも関わらず、動力室へと続く廊下には”魂すら事切れた”肉塊が散乱していた。
魂の仮宿として機能していた体はバラバラになるだけに留まらず、僅かに残った水分が漏れ出しぐちゃぐちゃに潰されてる。また唯一形を保っていた彼らの『腕』も、魂そのものが消滅した結果もはやただの肉の枝と化していた。
「何で……誰が、こんなことを……」
その惨状を見て、るしはは思わず言葉を失った。
ただし、この場合問題なのはふぁんでっとに危害を加えられたことではなく彼らが”殺されている”ことにある。るしあの力によって生み出されたふぁんでっとを力で倒したり、一時的に戦闘不能にさせることはある程度の実力を持ったものなら可能だろう。だが、彼らを『殺す』となれば話は別だ。それはつまり彼らの性質をきちんと理解しつつその『殺し方』を知っており、尚且つそれを実行する手段を持っているという事になる。そして、それが可能であろう者がこの船には潤羽るしあ以外存在しないのだ。
「……仮に、あのキッズの仕業だったとしても……何故あの場に限ってだけそうしたのか、という疑問がある……」
ここに至るまでるしあは幾度かラプラスたちの動向を窺っていた。その中では当然死体達と渡り合っているところも確認したが、その際彼女は銃などの武器を用いた物理的対策を取っていた。つまり仮にあの悪魔が何かしらの手段でふぁんでっとの性質を知り、かつ殺す手段を持っていたとしてもそれをこの現場に限ってだけ使ったのは不自然なのだ。そんな手段を持っているなら最初からそうすべきだし、例え容易に扱えぬ代物ならそもそも別の方法を取っていただろう。
「……もしくは、容易に扱えなくともあの場所ではそうしなければならない理由があったとか……?」
数時間前の一階渡り廊下にて初めてラプラス・ダークネスと遭遇した際、ハッキリ言って彼女からは脅威というものを感じなかった。噂の様な膨大な魔力を感じることも無ければ、そもそもの見て呉れだって少女そのものだったからだ。一応彼女の嵌めていた手足の枷?からは微弱な力を感じたが、あれはきっと魔具の一種だろうし危険性は無い。あとは”魂の個数”がおかしくて何か特別な存在であることは分かったけど……ともかく、奴は総評的に恐るるに足らないという結論が私の中にはあった。
しかし、それも目測だけで実際には私の誤りだったという可能性はある。彼女の見た目や実力はともかく、holoXという組織が行ってきた所業とその結果だけは事実として残っているからだ。そして、それらを率いているのがあのラプラス・ダークネスという少女らしい。ならば、例えば外見を”幼く無害な少女のように見せる”ことだって出来るのかもしれない。
「……扉が、開いてる……」
もしかしたら、ラプラス・ダークネスは自分が思っているほど小さい存在ではないのかもしれない。圧倒的策士という噂もあるようだし、その全ての行動には理由があるのかも……。
などと、るしあがラプラスの実態について考え直しているとその惨状の先にある『動力室』の戸が開いていることに気が付く。それには通常鍵がかけられており、またふぁんでっと達にも許可なく近づくなとキツく言いつけていたはずだった。
るしあはその事実が気になり、確認の為幽霊さんを動力室の方へと進ませる。飛び散る濁った液体や、もはや何人分のものかもわからなくなった肉の山を尻目に。そして、本来はとても固く重い扉をすり抜け室内の様子を露わにした。
「えっ…………どうして……”あなた”が……」
薄暗い部屋の中、中央でぼんやりと光を放つこの海賊船の核エンジンの横に『彼女』は立っていた。見覚えのある左右非対称な角に、特徴的な悪魔の尻尾。彼女と青春時代を共にしたるしあには仮に後ろ姿であろうと一目でわかる。彼女が、一体誰であるのか。
「何で……魔乃ちゃんが、そこに……ッ」
るしあがそう呟いた瞬間、いきなりバチンと視界が真っ暗になった。
しかも、視界が途切れる間際彼女が笑いながらこちらに振り返ったような気がした。
部下との視界の共有が行えなくなったるしあは、操舵室で一人呆然とする。あの部屋は、この船の全ての機能を司る重要な場所。そこへと続く道はたった一つしか存在せず、後にも先にもあそこに辿り着くためには必ず”彼らが果てていたあの廊下”を通らなければならない。つまり、今動力室内に居る者は誰であろうと何かしら彼らの死と関係があるという事になる。
「……」
正直、言葉が出なかった。まさか、私の大切な子供たちを手に掛けたのが”元親友”だなんて……。
でも確かに、彼女にならあの子たちを殺すことが出来るかもしれない。私の得意とするネクロマンシーを使いこなせはせずとも理解し、ふぁんでっとの性質も知っている彼女になら『死体からその魂を引き剥がす』ことも可能だろう。生きている物同様、魂を失えば彼らも死ぬのだから。
「でも……だとしたら、それは何の為に……?」
もし動力室の確認に向かわせた死体さんたちを魔乃ちゃんが殺したのだとすれば、その目的は一体なんだというのだ。しかも動力室にいつから居たのかは知らないが、仮に少し前から潜んでいたのだとすれば『妨害電波の件』も彼女の仕業という事になる。この操舵室でその機能を操作できない以上、動力室の電源を一部落とす以外に電波を止める手段が無いのだから。
「……まさか……魔乃ちゃんがholoXと手を組んでる、とか……?」
確証など無く、ただの勘違いという線も十分にあった。偶々あの辺りを歩いていた魔乃ちゃんが、久しぶりに訪ねてきてくれた私の船長室で偶然動力室のカギを手に入れ、何となく闊歩していた船内で運の悪いことに死体さん達の亡き骸を見つけてしまった現場を私が目撃してしまっただけとか……。
(……でも、それなら私の”存在”に気づいた上でわざわざ笑いかけてきた説明がつかないか)
そんな不自然すぎる予測を立てるよりは、魔乃ちゃんがholoXと繋がっていると考える方がよっぽど自然だった。ただ、それでも結局疑問が幾つか残ることになる。例えば、holoXと仲間であった場合どうしてホロベーダーの話を私なんかにしたのか……とか。
「……何が起きてるの……今、この船の中で」
操舵室を離れられず立ち尽くすことしか出来ないるしあは、ただただ困惑する。こんなことになるなら、捕虜の護送など引き受けなければよかったと後悔するほどに。
―――だが、困難は畳みかけるもので、今全ての元凶である【彼女】が姿を現した。
「ッ!」
暗がりが照らす操舵室内に、突如として一筋の光が差し込む。それは後方の、部屋の出入り口の方から入り込みそれが扉が開いたことによる現象だと理解させられる。そして、振り返った降霊術師の前に奴は立っていた。
「…………また会ったな、潤羽るしあ」
明かりにその姿が晒されながら、銃を構えた悪魔的少女がそう言った。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
長い廊下の中央、金属同士がぶつかり合う音と何度目かの発砲音が響いていた。
「ッハァ……ほんっと、気にくわない……さっきから私とはまともに会話しないし、妙に手抜いてるみたいだしさァ……」
「スゥー……フゥー……」
ラプラスをまんまと逃がしてやってから数分。沙花叉たちは互いに”敢えて”決定打を打たず、拮抗した状態が続いていた。
だが、それは本来私からすれば大変理解のできない状況であった。その理由は相手が”あからさまに手を抜いている”ことにある。体躯に見合わない大型のライフルをまるで自分の手足のように扱い、その身のこなしだって凡人のそれではない。ハッキリ言って、こんな相手に有利過ぎる立地かつ十分な装備を持たない沙花叉では勝ち切ることは出来ない。精々相打ちか、時間稼ぎぐらいが関の山だろう。しかもそれだって、相手にその気が無ければ無理な話だ。そして、今の湊あくあにはそんな私にわざわざ付き合ってやる理由が無い。
……しかし、何故かコイツには私と戦う気はあっても殺すという気概は無いようだった。殺意が無いのは勿論のこと、わざとこっちが隙を作って攻撃を誘っても気付かぬふりをするか、逆に大袈裟なまでに乗ってくる。さっきのラプラスを狙った跳躍の時もそうだ。普段使い慣れているであろう銃の残弾数を見落とすことなどあるわけが無い。
(一体何のつもり?本気では戦わない癖に、私達の邪魔はしてくる……いや、正確には沙花叉の邪魔か。なんかラプラスのこともわざと見逃したっぽいし……罠?それとも他に目的が?)
思えば、コイツは最初からよくわからないヤツではあった。沙花叉が捕まった時からいやに同情染みた視線をこちらに向けきて、捕らわれた後も敵でありながら頼んでもいない私の介護を執拗にしてきた。お陰で嘘みたいに傷は回復するし、ラプラスへの不信という間違いを犯す理由の一端となった。おまけに、本人には私と話す気が無いのか妙に口数が少ないこともムカつく。ビビっているのか、臆病なのか、そんな昔の”どっかの誰かさん”みたいな演技にも心底ウンザリさせられる。
本当に、何を考えてるんだろうか。
「……お前さ、マジでなんなわ…けッ!!」
引き続きあくあにくっつき、無理やり距離を詰める沙花叉が右足で蹴りを入れる。当然、それも有効打とはならず衝撃を受け流す為軽く跳躍したあくあは何事も無かったように着地した。現在あくあのライフルはラプラスを逃がした時に弾切れ、リロードを挟み再度四発を撃ち切った状態だ。
なんとクロヱは、あれから一対一の状況になったにも関わらず既に四度の攻撃をやり過ごしていた。
「……スゥー……別、に……」
「あ゛ぁ?声小さくて聞こえないっつーのッ!……ハァ、ハァ……」
偶に、こうして何かをボソッと呟いたりはする。だが声が細すぎて何と言っているのかほとんどわからない。まあ口を開いてる時間も短いし、どうせ大した意味は無いんだろうけど。
「つーか、武器を一本しか使わないのも意味わからないんですケド。その”懐にしまってるやつ”は飾り?それとも沙花叉相手には必要無いって?」
観察眼に優れているクロヱは、あくあの隠し持つ『もう一つの得物』に気が付いていた。またそれは服の膨らみや大きさから拳銃か何かだと推測される。しかし、何故か彼女はそれすらも使う気配が無かった。それさえあれば距離を詰めてくるクロヱに対しガンファイトを仕掛けることができ、少なくとも不利を被ることもなくなるはずなのに。
「とことん舐められてる気がしてさァ……鬱陶しいんだよ。大体、敵である沙花叉を介抱したり気に掛けたりするなんておかしいでしょ。同情のつもり?私に手当てが必要になったのはそっちのせいなのに」
本来命を取り合うべき戦場で、相手を尊重するどころか侮辱とまで取れる態度をし続けるあくあに沙花叉は腹を立てる。結果、この船に来てから積り続けていた鬱憤が爆発してしまった。もはや罵倒レベルである言葉を、目の前の『敵』へとぶつける。
「……お前の自己満の優しさなんかに付き合ってらんないんだよ。ていうか、それ優しさですらないから。『自分の過去の行いに対する贖罪』だっけ?そんなこと知るか。お前が罪の意識を払拭する為の口実に、沙花叉を使うなよ」
湊あくあの理解不能な行動の原理、それを奴は旧食堂でのラプラスとの会話で『只の自分のしてきた行いに対する贖罪』だと言っていた。その言葉の意味は知らないし興味も無いが、そんな自己満足な行為に私を巻き込まないで欲しい。恐らく過去にあった”何か”が原因で『誰にでも優しく』とかやっているのだろうが、それに付き合わされる私の身にもなれよ。
「今もそう。そんな普段からライフル撃ちまくってるみたいな腕前しといて、わざと手を抜いて沙花叉をバカにしてんのかって。……あぁ、もしかしてそういうこと?確かに、お前の罪ってのがもし”人殺し”だとしたらその罪滅ぼしの為に奉公とかしてるってこと?」
「…ッ」
私の言葉に、湊あくあが初めて強く反応したのが分かった。
言葉は発さずとも、一瞬身体がピクっと反応したのが傍から見ていてもわかる。その様子から察するに、適当に言ったその私の言葉は的を得ているらしい。……ふざけるな。人殺しが”罪”だとか、そんな腑抜けたことを言っている奴に沙花叉は苦戦しているのか。
「人を殺すっていう悪いことをしたから、その贖罪の為に人助け?笑えないよ。……じゃあ、そうし続けなければ生きていけないような”ヤツ”は生きてる価値無いってか。それしか生きる術を知らなくて、そうすることでしか存在価値も理由も与えられないヤツは死んだほうがいいって思ってんの?」
あくあの行動の理由を知り、クロヱは更に苛立ちを覚える。思わず今関係のない論点にまで話を発展させてしまったが、この時のクロヱは言わずにいられなかった。あの時、ラプラスが見つけてくれたから今の私がある。だがもし、その救いが訪れなければ私はずっと使い物にならなくなるまで兵器として扱われていただろう。人を殺し、人を殺し続けるための道具として。罪を罪とも知らず、生きるために罪を犯し続けていた。
だが、今のコイツは自ら望んでこの場に居る。ある程度自由に生きているようだし、その銃の腕で外の世界のことも知っているならあの時の沙花叉よりはいくらでも選択肢があるはずだ。……そんな恵まれた環境に居るコイツに、自己利益の為に同情されるなんて腸が煮えくり返りそうになる。
「……罪を背負う覚悟が無いなら、戦場になんか立つな。私を殺す気概も無いくせに、沙花叉に銃を向けるな。…………碌に自分の意思も意見も言えない奴が、ラプラスと私の邪魔をするなよッ!!!」
意思も無く、殺意も無く、覚悟も無いあくあが自分の前に立ち塞がることがクロヱには許せなかった。必死に生きて、何も持たない中出来る限りのものをかき集めて、捻りだして、それで何とか恩人の為にやっている私を邪魔することなど許容できない。自分より恵まれ環境に生まれたやつを、今更羨むことは無い。感謝など微塵も無いが、あの場所があったお陰でラプラスと出会えたことは事実だから。私は、今の居場所と環境に満足している。だからこれまでの自分を卑下することも無いし、昔はどうあれこれからも引き続きholoXとしてやっていきたいと私自身が自分の意思でそれを願っている。
……でも、それを沙花叉より恵まれている奴に邪魔をされることだけは許せない。特に、私のことなんかよりもラプラスの進む道を邪魔する奴だけは。
クロヱは、言葉に言い表せない程の怒りを覚えていた。
しかし、それは何も事情を知らぬ者からすれば本人の気持ちを理解し難いのもまた事実である。彼女の生い立ちも、彼女が大切に思うholoXとの関係性も、何も知らぬ者からすればその怒りの理由を真に理解することなど出来はしない。だが、そんな怒りに満ちた彼女を見ればそれにはきっと何か『悲しい過去』があったのではないかと推測することは出来る。今の彼女を形作り、こうして戦いに身を投じなければならなくなったのっぴきならない理由があるのだと。それは怒りながらも、悲痛な顔で叫ぶクロヱを見ていれば誰にでもわかる事だった。
……だから、優しすぎる【彼女】は”怖い気持ち”を必死に抑え勇気を出して口を開いたのだった。
「……あなただって、私を殺すつもりないじゃん」
先程まで弱々しく、全く聞き取れなかった湊あくあの声がこの時だけは何よりもはっきりと聞こえた。
「……あなただって、私を殺そうとしてない。ここは戦場なんでしょ?そして私は敵。……なのに、どうしてクロヱちゃんは私を殺そうとしてないの?」
さっきまでが嘘のように、あくあはスラスラと言葉を綴る。それは意外にもクロヱの核心をついていて、言われた本人は内心少し戸惑ってしまっていた。
「はぁ?何でそんなことお前に話さなきゃいけないんだよ。……こっちにも、いろいろ事情があるんだよ」
「そう、事情がある。きっとラプラスちゃんにそう命令されたんでしょ?……私にもそう、こうしなければいけない事情がある。そして、少なくとも私はクロヱちゃんに殺されるかもしれないっていう覚悟は持ってこの場に立ってる。確かに私はあなたを殺そうとしてないかもしれないけど、それでもここで戦わないといけない理由があるんだよ」
初めて会ったときからずっと自信が無さそうで、目も碌に会わせなかった奴とは思えない。沙花叉の言葉に堂々と意見し、自分の考えを話す彼女は見違えるようだった。
「人を殺めることは悪いこと。もしそれを強いられている人がいるならそれはとても悲しいことだと思うけど、それでもその現状を打開できる可能性を模索する努力はし続けるべきだと私は思う。……それに、相手を殺す気概が無くたって戦う時はあるよ。私が今この場に立ってるのは、”守りたいもの”があるから」
そう言ったあくあは懐から取り出した新しいマガジンを片手に持つ。そしてそれ軽く放り上げ、ライフルで叩きつけるようにして空中で装填を完了させる。先程のゆっくりと時間をかけ、両手で丁寧にリロードした時とは違い迅速に戦闘準備を整えていた。
「クロヱちゃんには?……クロヱちゃんにだって、ラプラスちゃんの言いつけとか自分の居場所とかいろいろ守りたいものがあるんじゃないの?昔のことはともかく、今はその為に戦場に立っているように私には見えるから」
「……」
これまでとは逆で、クロヱはあくあの言うことに返す言葉が見つからなかった。ただ代わりに、相手に合わせ自分も持っていたハンドガンに弾を込める。きっと、次の攻撃からは奴も本気になる。本気で、よくわからない『事情』とやらの為に私と戦うのだろう。そんな覚悟を、クロヱは抱く。
―――そして、両者はその銃口を相手へと向けた。
「クロヱちゃん、”あてぃし”を殺せないならあなたの言うその自己満足には最後まで付き合ってもらうから。……嫌なら、自分の守りたいモノを捨てる覚悟をして」
「はぁ?沙花叉にラプラスの命令に背けって言ってんの?絶対無理。……だから、お前を殺してでもお前を殺さずに無力化するからなっ!!」
そう言い放ち、クロヱは再び湊あくあ本体を目掛け発砲する。ただし、今度は急所を外すなどと言う生易しいことなどせず当たれば確実に死ぬだろう脳天を狙った。
「ッ!……言った途端ヘッド狙ってくるじゃん」
しかし、それをあくあは驚異的反射神経で躱して見せる。どうやらこいつも弾丸の発射を見てから避けることが出来るらしい。力が強いとかそういうことは無いが、弾避けだけならうちの組織最強のいろはちゃんに匹敵するかもしれない。
(コイツも超人かよ。相手のライフルが非殺傷銃だから何とかなってるけど、流石の実弾は沙花叉でも避けられないってのに……)
組織内における戦力図は、暗殺部門としての沙花叉と戦闘斥候軍元帥【風真いろは】に大きく偏っている。だが、個人の単純な戦闘力で比べれば私はいろはちゃんの足元にも及ばない。holoXの四天王の末席で、暗殺部門の代表である優秀な戦闘員みたいな顔して、その実私は最強のいろはちゃんを下から仰ぎ見るその他大勢の一員でしかないのだ。彼女は本当に強い、私の嫉妬や羨む心をかき消すほどに強すぎる。その実力は一部の力を解放した総帥に匹敵するほどで、そんないろはちゃんに掛かれば飛んでくる弾丸を避けるどころかその剣先で優しく弾く事すら容易だろう。
だが、そんな化け物に比べ圧倒的一般人である沙花叉には備えでもない限り発射された後の弾丸を避けることなど出来ない。勿論銃口さえ見えればその射線を理解し避けられる可能性は上がるが、それも確実ではなかった。
「……なのに、おたくは随分余裕そうに避けますねぇ。沙花叉は一発一発捌くのに必死だってのに」
「弾避けの基本は左右に動く事だよ」
「へーそう、勉強になるなぁ!!」
随分と口が軽くなってきたらしく、こちらを挑発までしてくるようになったあくあにクロヱは逆にやりやすさを覚えた。また回避を含め銃の扱いに限ってのみ自分より格上である彼女に対し、妙な対抗意識を燃やす。
(銃を使った戦闘で勝つ方法は、銃を撃つだけじゃないっての)
そう思ったクロヱは、どうせ相手に向けて撃ったところで躱されるだけだろうとやり方を変えることにした。
「次はこっちの番だよ。頑張って避けてね」
思考の最中、あくあがライフルを構えたのが見えた。ただし、相手の一挙手一投足を警戒しつつ非殺傷銃であるその弾を避けることぐらいなら造作も無い。特殊な銃でもない限り、弾丸は構えたその銃身から一直線にしか発射されないのだから。
―――――ズドンッ!
あくあが引き金を引いたのと同時、クロヱは低い姿勢のまま壁際の方に走る。そして、弾が自分の横を通過したのを確認してから今度はこちらが銃を構えた。ただし、その矛先はあくあ自身にではなく”自分たちの頭上”へと向いている。
「?……どこを狙って……」――――ガシャンッ!!
あくあがその言葉を言い終わるより早く、クロヱが解き放った弾丸が頭上にある”照明”へと到達する。結果、暗がりな渡り廊下の一部が暗闇に包まれた。
―――――ガシャン……ガシャン、ガシャン……ガシャンガシャン……バチバチ……。
続けて五発、彼女の立つ位置から確実に狙うことが出来る明かりを破壊していく。だが、ここは広く長い連絡通路である為光源を完全に消し去るには至らない。また離れた場所にある光が届くので相手の目を眩ませるほどの効果も無い。故に、あくあはそのクロヱの行動の理由が分からずにいた。
「……電気なんか消してもあてぃしはクロヱちゃんを見失わないよ?夜目も効く方だし、ただの弾の無駄なんじゃ……」
相手の細かい所作なんかを見るならともかく、銃の弾を当てるだけならこの程度の暗闇でも目を凝らせば可能だろう。……だが、自分の思惑通りの現象が起きているクロヱはニヤリと笑みを浮かべていた。
「うんそうそう、そうだよ。ただの弾の無駄だし、手元が滑っただけだから特別警戒する必要も無いって。今まで通りふつーに沙花叉を狙いなよ」
明らかな嘘をクロヱは軽々しく口にする。だがそれをあくあも理解しているため、今のやり取りに深い意味は無い。しかし、その会話の最中暗がりをつくり”自分の手元を隠す”という目的を達したクロヱはこっそりと懐を弄った。そして銃からナイフに持ち替えつつ、ラプラスから受け取っていたもう一つの『武器』を取り出す。
「……」スッ
光を失った廊下で、輪郭もはっきりとしない中相手の手が動いたのをあくあは見逃さない。また、恐らくそれが再び距離を詰め近接戦闘に切り替える動きだと予測し、それを防ぐためライフルを構える。……ただし、こちらもその状況を利用しようと自分の身体で後ろの廊下の先から照らす明かりを遮り銃口の先を隠した。
「よくわからないけど、暗いのはクロヱちゃんにとっても不利になるんじゃない?あてぃしとライフルが真っ直ぐなるように立てば、銃の射線が見えなくなるでしょ」
「……そう思うなら良く狙いなよ」
そう言ったクロヱは、あくあの読み通り相手と接近する為走り出した。その距離僅か10m程で、ライフル弾を一発でも避けられれば十分に接触できる間合い。
しかし、クロヱはもはや一発だってライフルを受ける気は無いようだった。
「……うそ……ッ!!」
薄暗い視界の中、走っていたクロヱは突如方向を変え壁に向かって鋭角に跳び込んだ。その事実をあくあが理解するのも束の間、先程彼女が見せた”壁を経由し数歩先の地点まで瞬間的に移動する”『壁蹴りジャンプ』を掃除屋はして見せる。しかも暗闇を背景に黒色のジャケットを翻し、空中で身を捩りながらあくあへと迫った。
「弾避けはともかく、これくらいなら沙花叉にも出来るってのっ!!!」
ナイフを片手に構え、跳ねるクロヱはそう叫ぶ。またもう一方の手に忍ばせた”それ”を握りしめ、あくあの驚きの瞬間に生じるであろう隙を狙った。
「……ッ!?」
――だが、相手もまた一筋縄ではいかない。
跳躍し迫ってくるクロヱに対し、あくあはすかさず懐から第二の刃を取り出す。それは彼女が得意とするもう一つの武器で、今度のは直撃すれば”死は免れない”『リボルバー拳銃』であった。