転生したらラプラス・ダークネスだった件 作:飽和水溶液_pixiv
さて、前回は『掃除屋VS狂犬』と銘打って彼女たちの戦いという名の言い合いが白熱していましたね。終始口数の少なかったあくたんが、あそこまで言葉を連ねていたことに感動しました。クロヱにとってこの戦いは総帥への想いなどを込めた大切なものであるように、彼女にとってもここでクロヱと対峙することには大きな意味があったようです。彼女たちの決着は近いようですし、今後どうなるか必見です。
また、るしあの下へと向かったラプ様のことも気になります。今回は終始そちらの場面になりますが、果してラプ様は容疑を晴らしるしあを説得できるのか……。
【追記】
今回の深堀シリーズはお休みです。次話もすぐに公開しますので、本編をお楽しみください。
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人気の無い廊下に、静かに木霊する足音。
一定の感覚でタンッ、タンッと小刻みに揺れる様子を見れば、その主の歩幅が小さいかつとても急いでいることが窺えた。
「ハァ、ハァ……まったく……この船に来てから、ッハァ、走ってばっかりだな…本当……」
乱れる呼吸にも構わず、一人船内を駆ける少女はそんな言葉を漏らした。
湊あくあと対峙した三階の連絡通路を後にしたラプラスは、彼女の”助言”を頼りにその船の『操舵室』を目指していた。
そう、助言。ラプラスは敵であるはずの彼女から”助言と結託”という形である支援を受けていた。それは渡り廊下で両者が交わした会話から始まり、ラプラスが廊下を渡りきるその瞬間にまで続いていた。彼女、【湊あくあ】は初めからラプラスたちの邪魔をするつもりなど全くなかったのだ。
ラプラスが最初にそのことに気が付いたのは、あくあとの最初のやり取りの中で違和感を感じた時だった。その時のあくあは口では『ラプラスよりもるしあの言うことを信じる』というようなことを言っていたのだが、その端々で妙な言い回しをしていた。例えばラプラスからの追及に対し『とってもいい提案だと”まだ"思ってる』だとか、わざわざ言及する必要など無いのに『この先の"操舵室"に居るるしあちゃんの所には行かせない』とるしあの現在地についてを話したりしていた。それらの会話は一見自然なやり取りのように思えるが、事情やそれを言っている本人の人柄を知るラプラスからすれば何か別の意図があるように感じられた。その不自然な言い回しの正体、つまりは『未だにラプラスの提案を受ける気がある』だとか、『本来は船長室での待ち合わせのはずだったが、現在潤羽るしあは操舵室に居るためそちらに行った方がいい』ということを伝えていたのだった。また『この先には”ぞんび”が一人もいない』というあくあの発言についても、『ここから先はラプラス一人でも目的地に辿り着ける』ということを教えてくれていたのかもしれない。
だからこそ、その結論に至ったラプラスはそんな彼女に対し『信じる』という返答を口にしたのだった。
……ただ、終始わからなかったのは先輩が何故自分にそこまでしてくれたのかということ。るしあ先輩にホロベーダーの進行に我々が関係しているかもしれないという疑いの件を聞いたのは明らかで、そうとなれば本人の発言通り出会ったばかりの自分たちの言うことを仲間の言うこと以上に信じる理由が無い。だが、彼女の素振りからは仲間の言うことを信じたという訳でも、逆にこちらの発言を信じたという風でもなかった。言うなれば、”どっちの言い分も信じた”というところだろうか。るしあ先輩の言うことを欠片も否定したりせず、その事実があるかもしれないという上で行動する。宝鐘海賊団の一番船副船長であるという立場も手伝って、表向きは船内でのさばっていた我々holoXを止めようと働いていた。しかし、その裏では”吾輩の言っていた事も信じる”とし、事の結末を両陣営の代表者に委ねることにしたのだろう。戦力図が偏らないようクロヱだけをその場に留めさせ、代わりに吾輩だけはわざとらしく追及を躱させた。わざとでなければあのあくあ先輩が弾を何度も外すなど早々あるはずもないし、弾数の見逃しだって起こるはずも無い。だが結果的には副船長という立場を通し、その上で敢え無く敵を逃がしたという状況を作りだせた。勿論、傍から見てまあ仕方ないと言えるくらいには吾輩も奮闘したつもりなのだが。
しかし結局のところ、あくあ先輩がどうして吾輩のことも信じてくれたのかはわからなかった。どちらを信じるべきかを選べずどっちも信じるという発想は彼女らしさそのものだが、長年仲間であったるしあ先輩と自分が同格として扱われた理由がわからない。少なくともこの世界での吾輩たちは出会ったばかりであり、先輩にそこまでの信頼を抱かせるようなことをした覚えはない。正直、あのやり取りが彼女の口下手のせいという可能性だって十分にあり得たのだ。
「……いや、流石にそれは無いか。あの時のあくあさん、滅茶苦茶真剣な顔してたし……」
あの廊下で自分と彼女が言葉を交わしていた時、先輩はいつにもまして真剣な表情を浮かべていた。それは例えるなら、大切なライブステージの前。これから起こることに対し何かしらの覚悟を持った時の彼女のようだった。そんな先輩の様子を見て、吾輩もその賭けに乗ろうと決心できたのだ。そして、彼女を信じきった結果今こうしてるしあ先輩の下へと向かえている。当然、先輩の発言通りここまでたった一人のゾンビとも出くわしていない。
「本当に誰も居ない……まるで、ここに初めて来たときみたいだな。なんだか感慨深い……」
などと、置かれている状況にも関わらずそんな呑気な言葉を漏らしていた。
現状、ラプラスは今詳細な位置までは把握していない宝鐘海賊団二番船の操舵室を目指している。ただその船長室については数時間前に一度だけ訪れており、その際に部下から『船長室は操舵室の近くにある』という知識も得ている為おおよそその辺りを当たって行けば辿り着けるだろうと踏んでいる。A棟の地下牢でラプツナズと通信を取ってから既に三十分以上が経過しており、この船に迫っているという”黒い何か”との遭遇が刻一刻と迫っていた。
「ハァ、ハァ、ハァ……もしかして、ここか……?」
連絡通路から走り続け、船長室を少し通り過ぎた辺りでラプラスは足を止める。そこは船内の雰囲気からはあまりにもかけ離れ、近未来的かつ重厚感のある扉だった。位置的にもるしあ先輩を最初に見かけた船長室から数メートル行ったところということで、恐らくこの部屋がこの船の『操舵室』であろうことが予測される。
「ハァ……ハァ…………ふぅー……ここに、るしあさんが……」
あくあの攻撃を避ける時から走り通しで、乱れた呼吸をゆっくりと整える。そして、改めてその扉の前に立っている自分を客観的に見つめ直した。
(まずは……何を、話そう……)
静かに、焦る心拍を感じながらラプラスは考える。ここに至るまで、ラプラスはずっと『まずは先輩に会って話をする』ということばかりを考えていた。その為に自分たちの邪魔をするふぁんでっとに対抗する為の戦力を集め、思わぬあくあさんの協力もあってようやくここまでたどり着くことが出来た。しかし、その道中も困難を極めたことから辿り着いたその後のことを疎かにしてしまっていた。ここに来た目的は勿論、潤羽るしあの自分たちに対する容疑を晴らしかつholoXと宝鐘海賊団との協力関係を築くことにある。だがその為に、自分は彼女に何を話し何を訴えればいいのかとラプラスは悩んでいた。今まさにこの船にホロベーダーが迫りつつあるかもしれないという時に、自分はたった一人で先輩を説得しきるほどの材料を用意できるのかと。
「……考えても、答えは出ない」
数秒の思考の後、結局ラプラスは答えを出せなかった。そもそもの話、この世界でもあちらの世界でもるしあ先輩との付き合いが特別長い訳では無い。吾輩はきっと、潤羽るしあという人物のことをほとんど知らないのだろう。だから、本気で怒っているあの人に正直どんな言葉をかければいいのか分からなかった。もしかしたら、会話をする余地すら吾輩と先輩の間には無いのかもしれない。
……けど、それでも吾輩は先輩たちの力になりたい。例え望まれなくても、いくら嫌われようとも、それはこの世界でもう一人の自分とholoXがしてしまったことの報いだと受け入れて、吾輩は恩着せがましくも余計なお世話をあの人たちにしてあげたい。それこそが、この世界で悪行だけを働く〖ラプラス・ダークネス〗としての贖罪であり……先輩達への【吾輩】の恩返しだから。
「成るように成れ。……罪を償う覚悟は、もうとっくに出来てるんだ……!!」
誰に聞かせるでもなく、そう言い放ったラプラスはそっと扉に手をかけた。念のため、自分の愛する部下から借りた”相棒”をお守り代わりに携える。そして、大きく息を吸ってからそのままの勢いで目の前の隔たりをぶち破った。
「…………また会ったな、潤羽るしあ」
露わになった、操舵室の中央。そこに彼女……潤羽るしあは立っていた。
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薄暗く、何かの機会音が静かに響く室内。他と比べ明らかに無機質かつ機械的なこの場所は、この船の中枢を担うコントロールルームであった。前面に設置された巨大なモニターには外界の眩く光る星々の海が映し出されており、そのサイドには外部の情報や宇宙船内における幾多のプログラムを操作するパネルが置かれている。更にはそれらの操作機構が”ぼんやりと紫色に光っている”ところに注目してみれば、何故か薄っすらと透けていてまるで蜃気楼のような不確かなものに感じられた。holoXで見た中枢指令室とはまた違った、より神秘的かつ超自然的な様態をその部屋は孕んでいた。
そして、その中心に佇む妖艶な少女が一人。彼女は蝶の刺繍をあしらった碧いレースのドレスに漆黒のマントを羽織っている。またその手元には真っ白なうさぎのぬいぐるみが抱かれており、本人の実年齢に反しその見た目はとても幼稚なものに感じられる。しかしそれも、こちらに向けてくる鋭く血の様に赤い瞳が彼女がただの少女ではないことを物語っていた。
それはまるで、魂を司る『魔女』のようだとこの時のラプラスは思っていた。
「…………ラプラス……ダークネス……ッ!!」
ゆっくりと、艶のある唇が震え自分の名を呼ばれた。静まり返った室内に確かに響くその声を聞けば、誰だって相手が”とても怒っている”ということがわかる。だが、今更そんなことに怖気づくラプラスではない。……そう、自分に言い聞かせ構えていた銃の先を下ろしながらに彼女に応えた。
「あぁ、そうだ。吾輩だ。お前が恨んでやまない、秘密結社holoXの総帥ラプラス・ダークネスだ。……お前ともう一度話をする為に、わざわざ会いに来てやったぞ」
偉そうに、それでも堂々とラプラスは口上を述べる。まずはここに来た目的を、相手にちゃんと伝える。その時に必要なのは誠実さでも謙虚さでもなく、大組織のトップとしての重く確かな言葉だった。
「話?今更、話をする為だけにここへ来たの?……理解に苦しむのです。折角お仲間を助け出せたのなら、さっさと船を出ればいいのに」
「本当は今すぐにでもそうしたいところだが、生憎まだこの船に来た一番の目的を達成できてないんでな」
皮肉の効いた言葉を彼女、【潤羽るしあ】はラプラスにぶつける。しかし本人はそれを特段気にした様子もなく、むしろるしあがまともに会話をしてくれていることに感動しているほどだった。
そして、そんな涼しい顔をしているラプラスに彼女はさらに苛立ちを覚える。
「この船に来た、一番の目的……?」
訝しんだように、されど興味はあるようにるしあは口を開いた。吾輩を恨んでいるのはもっともで、その怒りが言動の端々から感じられる。だが、それはそれとしてこちらの思惑自体には関心があるようだった。というよりは、敵の考えを探ろうとしている感じか。相手からしてみれば、捕らわれた仲間を救出できた時点でこちらの目的は完遂してると思うことだろう。しかし、それを達した上で危険を顧みず吾輩はたった一人でここまで来た。そんなことをする理由が、今のるしあ先輩では想像もつかないのだ。
しかし、吾輩がここに来た理由は最初からこれに尽きている。
「あぁ。総帥自ら部下の救出作戦に赴き、この船に潜入した本当の目的……それは、お前達宝鐘海賊団と”協力関係を築く”ことだ」
そう言ったラプラスは、片方の口角をニッと上げまるで何かを企んでいるような顔つきを見せた。
「……は?……何を、言って……」
しかし案の定、るしあはラプラスの言っていることを理解できずにいた。本来抱いていたはずの怒りを通り越し、開いた口が塞がらない。だが、そんな彼女に構わずラプラスは続ける。
「ん?聞こえなかったのか?お前達と吾輩達とで手を組んで、憎い”あいつ等”を倒す為にここへ来たって言ったんだ」
突拍子もなさすぎる考えを披露したラプラスには、ある思惑があった。
連絡通路から操舵室にたどり着くまでの数分、ラプラスはるしあをどう説得しようかと頭を必死に回していた。しかし、結局それらしい理由も相手を納得させる為の材料も思いつくことは出来なかった。それならばと、ラプラスは自分の要求を素直に話してしまうことにしたのだ。ただし、そうしたい理由やその為の手段だけはこの船内で得た情報を元にでっち上げる。それでも、彼女たちの事情を知った今となっては連絡通路で最初に対峙した時よりは交渉の余地を生み出せるだろうと踏んでいた。
「……その、『あいつ等』って?」
「決まってるだろ。お前達の仇でもある、例の害蟲……【ホロベーダー】だ」
「……ッ!!」
ラプラスが彼らの名を口にした瞬間、るしあの目付きが変わったのが分かった。彼女にとって、ホロベーダーとは心の底から恨めしく思っている存在だ。そして、そんな彼らの名前を諸悪の根源であると思い込んでいる本人から聞くだけで正気すら失いそうになってしまう。自分たちを傷つけ、傷つけ続けた奴らをあの星に仕向けたお前が何を言っているのかとるしあはこれ以上ないほどの憤りを抱いた。
「はぁっ!?!?お前は、一体何を言ってるんだッ!!……お前が!お前達がッ!!るしあ達の故郷を襲った張本人なんだろッ!!!それなのに、今更協力してアイツ等を倒すって?!ふざけるのも大概にしろよッ!!!」
突然声を荒げたるしあに、ラプラスは内心で心底驚いていた。たが、それは状況を考えれば当然のことであり仕方のないことだとラプラスは受け入れる。その上で、その驚きを顔に出さないよう注意を払いながら更に口を開いた。
「ッ……ふざけてなんかいないぞ。吾輩は最初から至極真面目だ。……さっき渡り廊下で会ったときも言ったが、吾輩たちholoXとお前が恨むホロベーダーとは全くの無関係だ。誰から何を聞いてそんな疑いを持ったのか知らないが、これっぽっちも身に覚えのない容疑で罵倒される筋合いはない」
震えてしまいそうな声音を、気力で抑え込む。怒鳴りつけてくるるしあ先輩は正直滅茶苦茶怖かったが、それでも強い口調と態度を崩さない。怒りに任せ疑いをかけてくる先輩相手には、こちらも本気でそれを否定しなければ真意が伝わらないから。
しかし、そんな彼女もまた拗れて捻じ切れてしまった感情により後戻りできなくなってしまっていた。
「白々しい……ッ!!……お前達holoXは、惑星の侵略を生業とする組織。るしあ達の故郷の星を手に入れるために、あの化け物たちを送り込んだんだろ」
「それのどこに、吾輩とホロベーダーを結びつける証拠がある?我々holoXが惑星を侵略するのはその星にある資源に興味があるからだ。それには人材も含まれているし、人が生きられるような星ならその環境自体も奪う対象になる。……それなのに、その惑星の環境すら壊してしまうホロベーダーとやらを送り込むわけがないだろ」
「……そんな事情、るしあには関係ないのです。holoXは悪で、私達の敵。それだけは変わらない事実」
「悪だから敵?それもイコールじゃないぞ。そんなことを言うなら、仮に生きる為だったとしても略奪行為をするお前達宝鐘海賊団だって立派な『悪』じゃないか。……考えることを放棄するな、潤羽るしあ。お前がホロベーダーを恨んでいて、それでもどうにも出来ない現状に苦しんでるのは知ってる。……だが、だからといって吾輩たちに当たり散らすのはお門違いだろうが」
「……わかったような、口を……ッ!!」
るしあの抱える問題に、ラプラスが土足でづけづけと踏み込む。だが、そうして接しなければ相手に呑み込まれてしまう。こちらの考えも、真実も伝わることなくまた同じことを繰り返すだけだ。それならば、多少先輩を傷つけるとわかっていても渡り合うしかない。こんな言い合いですら、先程は叶わなかった話し合いに他ならないのだから。
(わかったような口、か……)
確かに、吾輩はこの世界のるしあ先輩のことをほとんど知らない。否、潤羽るしあという人物のことを吾輩はまだ何も知らないのだ。好きな食べ物や仲のいい友人、趣味や特技を用いた職業などをいくら知ったところで彼女の全てを理解することなど出来ないだろう。ましてや、どの世界でも付き合いの短い先輩なら尚の事だ。
……だが、それでも彼女を推し量ることくらいはできる。全てはわからなくとも、彼女が何に苦しみ何を求めているのか知ろうとすることは出来るはずだ。そして、それを共に苦しみ共に打開する為尽力することを吾輩は望む。先輩のことを深く理解しておらずとも、少なくとも吾輩は先輩方の陥っている状況やその悲しみを知ってしまった。あの優しくて、吾輩を大切にしてくれた彼女たちが今救いを求めているのだと知ってしまったのだから。
「確かに……吾輩はまだ、お前らの全てを理解しているわけじゃない。この船の研究室でお前のノートを読んで粗方の事情を知ったが、そうだ。吾輩はお前のことを……まだ何も知らない」
そう言ったラプラスは、服の中に隠し持っていた一冊のノートを取り出す。それはこの宝鐘海賊団二番船内にある死体保管庫兼潤羽るしあの研究室にて入手した、彼女のホロベーダーとの奮闘記を印した手記であった。
「ッ!…それは、るしあの日記……」
「ああ、情報収集兼証拠品として持ち出させてもらった。勝手に読んだことは悪かったと思ってるが、お陰で宝鐘海賊団のことやホロベーダーのこと、後はお前の作りだしたふぁんでっとについてとか色々知りたかったことが知れたよ」
「……最低」
ギラギラと唸る眼光を向けたるしあが、酷く軽蔑したような口調でそう言った。本来、乙女の秘密ともいえる少女の胸の内に秘めた想いを綴った日記など他人がおいそれと読んでいいものでは無い。しかし、悪いと思いつつもそれを読み込んだおかげでラプラスは今回の事態の概要を知ることが出来た。また非常に厄介な存在であったふぁんでっとの秘密も、彼女たちがホロベーダーという『侵略者たち』にどんな目に合わされていたのかも。
「……お前達宝鐘海賊団が……いや、惑星『ふぁんたじあ』に住んでいた全ての者達がホロベーダ-をこれ以上ないほど恨んでいることを知った。holoXの拠点から物資を盗み、吾輩の部下を傷つけ捕虜としたこちらにとっての加害者であるはずのお前らが、本当は人生を奪われ、運命を狂わされた”被害者”であることを理解した。……お前の気持ちが分かるなんて無責任なことは言わないが、他人である吾輩でもその苦しみは察するに余りある」
約80年、彼女たちは長い戦いを続けていた。それは一般的な人間が生まれ、老人になるまでの時間に値する。悠久の時を生きる吾輩にはその永さ、重さ、儚さを寄り添って理解することは出来ない。だが、少なくとも吾輩たちが地球侵略に乗り出してからの期間に比べればその何十倍にも相当している。そう言われれば、流石の時間間隔に疎い吾輩でもそれがどれだけ途方もない時間なのかを理解できた。そして、その間彼女たちは……戦い続けてきたんだ。
「……そう。るしあたちは……ずっと、闘ってきた。いつか私たちの故郷に帰れる日を夢見て、失われるモノの方が多いことを理解しながらも闘った。……まあ、最近では闘いにすらならない程総力に差が出ちゃってたんだけど」
苛立ちに支配されつつも、ラプラスの言葉を聞くるしあはほんの少しだけ冷静になっていた。哀愁漂うその様子からは、彼女の経験した壮絶な過去を物語っている。手元に抱いた白いうさぎのぬいぐるみを更に自分の身に引き寄せ、俯いているはずの彼女は酷く遠い先を眺めているようだった。
……しかし、それも目の前に立つ悪魔の存在によって一瞬にして影を潜めてしまう。
「だから……だからっ!るしあはお前を殺さなくちゃいけない。ホロベーダ―を仕向けたお前を、全ての元凶である悪魔を……るしあはるしあの『家族』の為に、ラプラス・ダークネスを滅ぼすッ!!!」
再び叫ぶ彼女は、その言葉と口調に反し悲痛な表情を浮かべていた。
また、そんな先輩を見てラプラスは理解する。彼女は、想像以上に追い込まれていたのだ。ネクロマンサーであるるしあ先輩ですら、失い続ける戦いに身を投じ続けることはとても耐えられなかった。”いつかきっと”、”もしかしたら誰かが”、そんな淡い希望を心のどこかで願っていたことだろう。そんな時、ほんの些細なきっかけでも現状を打開出来るかもしれない『鍵』を見つけたとしたら……果たして、人はどうするだろうか。恐らく多くの者は、例えどんなに非道な手段を用いてでもそれを手に入れようとするだろう。それは今回で言えば全ての元凶である吾輩の命であり、例に洩れないるしあ先輩もそれを死に物狂いで奪いに来る。吾輩を殺すことで、もしかしたらこの苦しみから解放されるかもしれないという希望を抱きながら。
(るしあさんにはきっと、恨む対象が必要なんだ。例え根拠の希薄なものだったとしても、縋ることで自分を保つための支えが必要なんだろう)
何かに追い詰められた人が欲するもの、それは救いだ。自分を支えてくれる仲間、家族。助かるかもしれないという一縷の希望。あるいは、自分の抱えきれなくなった気持ちを遠慮なくぶつけることのできる対象。るしあ先輩を含め、その星の全ての民がそんな『救済』を求めている。
……だからこそ、吾輩はその救いとなりたいのだ。恨まれる敵ではなく、支える仲間として。彼女を含むその星に住む先輩方全員の希望に、吾輩はなりたい。どれだけ拒否されようとも、どれだけ疎まれようとも、吾輩はおこがましく『助けてやる』と言ってやるのだ。
不器用な吾輩には、そんなやり方しかできないから。
「……潤羽るしあ、お前の言いたいことは分かった。根拠もなく、証拠もない……それでも要は怪しいから、holoXが元凶かもしれないから、吾輩を倒せば万が一にも救われるかもしれないから、吾輩達と敵対すると言いたいんだな」
激しい感情に揺られる相手に対し、ラプラスはいやに穏やかであった。静寂に包まれる船内に、悪魔から発せられる言葉が確かに紡がれる。
「違う……殺すって言ったの。悪魔であるお前を殺す、それがるしあの望みであり救い」
「あーわかったわかった、お前の言いたいことはよーく分かったって。……けどな、そうやって現実から逃げていても何も問題は解決しないぞ」
「……っ!」
そう言ったラプラスは、こちらを睨むるしあに一歩近づいた。その行動により彼女が身構えたのを感じつつも、ラプラスは言葉を続ける。
「現実から目を逸らすなよ。何度でも言うぞ、吾輩はホロベーダーとは無関係だ。吾輩は……いやholoXは、お前達の星に手を出したことも足を踏み入れたことも無い。仮に吾輩や組織を滅ぼせたところで、お前がその苦しみから解放されることはない」
「……」
傷付いた彼女に、更に突き刺すようにラプラスは口を開く。ハッキリと、今この誰もいない二人っきりとなった空間で、ラプラスはずっと潤羽るしあに対し言いたかったことを訴える。それが大切な先輩の心を抉るとわかっていても、まずは現実を見なければ何も始まらないから。……我ながら、自分の運命から目を逸らし続けているくせにどの口が言っているのだと思う。
「……お前の望みは、本当にそれか?吾輩に滅んで貰うことが故郷を取り戻すことより大事だっていうのか?……違うだろ。お前の本当の望みは、願いは、奪われてしまった故郷を取り戻し奴らを根絶やしにすることだろうがっ!」
また一歩、ラプラスはるしあとの距離を詰める。徐々に近づく両者の間にはピリピリとした空気感が漂い、万が一の為にと取り出していた銃を握る手に汗が伝った。そして、緊張感が高まりつつも声を荒げるラプラスに対しるしあもまた負けじと言葉を重ねる。
「……そうだよ……そう、その通り。るしあの望みはホロベーダーの根絶。……そして、るしあ達のおうちに帰ること。…………だから、その為にお前を殺すッ!お前を殺して、るしあはこの苦しみから……ッ!!」
「潤羽るしあッ!!!」
近づいてくるラプラスに対抗するため、片足を踏み出し同じくこちらに迫ろうとするネクロマンサー。それを悪魔は本人の名を呼ぶことで留まらせる。るしあのぬいぐるみから離れたその手には薄紫色に眩く”魔力”が顕現しており、今まさにそれを自分目掛け放とうとしているところだった。しかし、そんな一触即発な状況下でもラプラスはるしあの説得を続ける。
「聞けっ!潤羽るしあっ!!…………吾輩を殺しても、お前は救われない。仮にholoXを滅ぼせたとしても、お前らは誰も助からない。……だがな、お前が今ここで吾輩の手を取るなら話は別だ。吾輩はお前の事情を知っていて、”お前を知ってるから”、吾輩はお前達を信用できる。だからお前も吾輩を信じろ。信頼はしなくていいし、身をゆだねる必要もない。ただholoXがホロベーダーを倒すためだけに、お前達の手を貸せっ!!」
空いている手の平を上に向け、前に突き出す。怒りにまみれ、悲しみに呑まれてしまった彼女を引き上げる為に、ラプラスは手を伸ばした。
「吾輩を信じろ、潤羽るしあッ!!その苦しみから、お前を必ず救ってやるからッ!!!」
真っ直ぐに相手を見つめ、悪魔は声を上げる。『必ず助ける』と豪語し、差し出した手を下ろさない。きっと、彼女がその手を取ってくれると信じて。
―――しかし、未だるしあがその手を取ることは無かった。