転生したらラプラス・ダークネスだった件   作:飽和水溶液_pixiv

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第55話です。昨日に引き続きの投稿、今回はクロヱとあくあの戦いにひと段落がつきそうです。尚、予定通りなら56話も明日投稿します。

前回はラプ様の必死な行動により、何とかるしあとの会話の機会を設けることに成功しました。しかし、彼女はラプラスの想像以上に拗らせており、説得及び誤解を解くのは困難を極めそうです。一応会話という会話は成り立っていますが、この先あれだけの発言に対しそれでも手を取ってくれなかったるしあを説得する為にラプラスの悪魔は何を見せてくれるのでしょうか。ただし、忘れてはいけないのが、るしあにとって『信じろ』とは酷く重い言葉であるということ……。


【追記】
今回の深堀シリーズは、宝鐘海賊団二番船の操舵室についてのおさらいです。ここまでのお話の中で、幾つか本来のコックピットとは違う点が判明しているのでそれを復習しておきます。

宝鐘海賊団、二番船。その中でも重要視される場所が計三か所ほど存在する。一つは船の動力全てを司る動力室、そしてもう一つが乙女の秘密の部屋でありふぁんでっとを作りだしている潤羽るしあの死体保管庫兼研究室、そして最後が船の行き先やその他機械的機能を操作することのできる操舵室である。これらは船の中でも警戒レベルが高く、一般的な死体ふぁんでっとは近づくことすら禁止されている。また、霊体のふぁんでっとにいたっても操舵室以外に出入りが出来ないルールがあった。
しかし、逆に何故霊体であり知性を持つはずの彼らが操舵室への出入りを許可されているのかというと、この船の操作盤は潤羽るしあの特製であり彼らにしか操縦できない仕様になっているからである。二番船には現在、生きている正式な乗組員がるしあ以外に存在しない。だが彼女一人では、船の操縦や整備などをこなすのは難しい。そこで、”生前に”船の操縦などを担当していた霊体達にそれらの仕事を任せているのだ。当然、霊体である彼らは物理的接触は出来ない。しかし、操作盤等に彼らの主であるるしあの魔力を施せばそれも可能なのである。結果ラプラスの訪れた操舵室の操作パネル等は彼女の魔力の色である薄紫色に光り、るしあがその場に居なければ船を操作できないということなのである。

もっとも、今回の場合その面倒な仕様のせいで彼女は有事の際もその場を離れられなかったのであった。


↓作者:飽和水溶液のXアカウント。主に執筆状況や気に入ったホロ関連のリポストしてます。
飽和水溶液(@Suiyoueki_suba) https://twitter.com/Suiyoueki_suba



第55話 同僚

 

 

「はぁー……もう、いろはちゃん強すぎぃ……」

 

 

任務の途中で立ち寄った、とある惑星の広大な草原。青々とした草花が地表を覆うその場所で、地べたに座り込んでいる少女がそんな言葉を漏らした。

それに対し、文句を言われたもう一人の少女は特段気にした様子もなく元気に口を開く。

 

 

「そんなことないでござるよ!クロヱちゃんだって、十分強いでござるっ!」

 

 

悪びれる様子もなくそんなことを言う少女は、私の”同僚”というものにあたる【風真いろは】だった。少し形の崩した”和服”と呼ばれる装いに身を包み、その上から羽織を着て背中に”刀”を掛けている。また彼女は底抜けに明るく、まるで太陽のような子であった。しかし、その強さに関しては見た目に反しあまりにも強靭で、訓練だからと模擬刀を用いた戦闘かつこちらは何でもありという条件ですら全く歯が立たなかった。結果、手も足も出ずに新調した服も汚し擦り傷等を負いながら座り込んでいたのがこの私……沙花叉クロヱであった。

 

 

「…いろはちゃんに言われても、イヤミにしかきこえないっての……」

 

 

模擬戦により溜まった程よい疲労を消化しつつ、クロヱはボソッと悪態が零れる。だが実際、この時の私は自分の強さというものには自信があった。否、それこそが当時の私の存在価値でありどれだけ相手を殺せるかということに自分の運命そのものが懸かっていた。弱いものは生きていることすら許されない。そして、私には弱くなる事すら許されなかった。少し前まで毎日のように行われていた『人体実験』により、私は生来の腕力の強さも相まってまあそこそこの実力を持っていた。それは無理矢理に私を傷つけつつ埋め込まれたものではあったが、結果的に私を拾ってくれた”あいつ”の役に立つのならと私は内心浮かれていた。

 

……だがこの時、私は初めて上には上がいるのだと知った。

 

 

「ん?なにか言ったでござるか?クロヱちゃん」

 

 

沙花叉がそんな残酷な現実を知ったのは、このあっけらかんとした顔で聞いてくる同僚のせいだった。望んではいなかったものの何も持たない私が唯一持つことの許されていた暗殺の技術、それに付随した戦闘能力、それらが全く通じない相手が居るなど考えたことも無かった。しかも、それがこんな間近かつ沙花叉が今最も必要としてほしい相手の部下に居たなんて……。

 

 

「……べつにー、なにも言ってないよ。次こそはいろはちゃんに勝ちたいなーって言っただけ」

 

 

「おっ!まだまだやる気まんまんでござるなっ!いくらでも付き合うでござるよ!」

 

 

バツの悪い独り言を誤魔化すように、クロヱは適当な返答を口にする。だが、彼女は端から後ろめたさなど無いようでこちらの言葉を素直に受け取っていた。こういう嫌味とか、小さな悪意が全く効かない子も珍しい気がする。きっと、相当自分に自信があるのだろう。まあ確かに、彼女の戦闘能力は逸材だ。見た目はまだ幼い子供で、それ相応の無邪気さを持っているはずなのに、いざ戦闘となれば誰よりも冷静で強靭である。任務などで時折見せる彼女の真剣なその表情は、普段の純真無垢で天真爛漫な様子からは想像できない。だがその実力は本物で、現に今の私では手も足も出ない。きっと、その太陽のような性格の裏にはとてつもない努力の道があったのだろう。

 

しかしだからこそ、最初から性格も最悪で対して強くも無く悲しい過去を持っている自分と比べて苦しくなってしまった。勿論私だって、その時その時で生きるために精一杯のことをしてきたつもりだ。何度も死んでしまいたいと思った私の人生も、今こうして生きているからにはその困難を耐え忍んで来たという実績があるはず。加えて、日々の苦しみの代償として人外的な力すらも私は持っている。だが、それら全てを合わせた上でも私は彼女には敵わない。そんな理不尽なことがあっていいのだろうか。

 

いや、それは言い訳だ。私はこの世界に理不尽が満ちていることを知っている。普通に生まれ、普通に生きる少女と比べ私の人生はどんなに血と泥にまみれていることだろう。そんな耐えがたい理不尽が当たり前のように起きるのであれば、そんなただ生きてきただけの子が私より強いなんて現実ぐらい……いくらでも起きるだろうに。

 

 

「はぁ……」

 

 

この世の理不尽を嘆き、膝を抱えた少女は深いため息を吐き出す。この行為は私があの場所に居た頃からの癖で、未だに抜けない何かを諦めようとしている時の姿勢であった。自分に降りかかる不条理に対し、私はただ涙を流しながら耐えることしか知らない。holoXに入ってから早数年、しかし私は未だあの小さな檻の中に囚われているのだろうか。

 

 

「……クロヱちゃん?どうしたでござるか?……あっ!もしかして風真やり過ぎちゃった?!どこか怪我しちゃってたり……」

 

 

座り込んだまま立ち上らず、更には体育座りのまま俯いてしまった私を心配しいろはちゃんが声をかけてくれた。沙花叉のこの黒い感情は、完全に私の嫉妬ややるせない気持ちから生まれてしまっているものだ。いろはちゃんが直接私に酷いことを言ったりしたことなど一度も無く、こんなめんどくさい私にいくらでも付き合ってくれる。本当に優しくて、どこまでもお人好しな友達であり同僚なのだ。そんな彼女に、自分のこのドロドロとした感情をぶつけたくはない。確かにいろはちゃんの強さには感服するし、嫉妬もするけど……それでも、彼女のそんな全てに支えられている私もいるのだから。

 

 

「ううん、大丈夫。ちょっと疲れちゃっただけだから。……ゴメンね、心配させちゃって」

 

 

「そ、そうでござるか?それならいいけど……もし何かあるなら、いつでも言って!風真、クロヱちゃんの話ならいくらでも聞くから!」

 

 

私の気など知らず、またしても彼女は優しく笑いかけてくれた。まったくもう、ホントに憎たらしいなぁ……。いろはちゃんは、他のholoXのメンバーにもいつもこんな感じなのだろうか。

 

(……そういえば、仕事を覚えたりあの総帥の役に立つことばっかり考えてて……いろはちゃんや、他の皆が何でholoXに居るのかとか聞いたこと無かったな)

 

誰かから『沙花叉クロヱ』と呼ばれることにもとうに慣れ、私一人でもなんとか任務をこなせるようになってきた。またその過程で、総帥以外のholoXのメンバーとも普通に会話できるぐらいには関係を深められている。皆のお母さんと評判の”ルイ姉”は、その呼び名の通り時に優しく時に厳しく私達を見守ってくれている。最初は私をあくまで『部外者』として扱っていたためにかなり冷たい態度に感じたが、正式に組織に加入してからはそれが一変し本当の母や姉のように接してくれるようになった。まあもっとも、沙花叉には元々どっちも居ないんだけど。また肝心の"いろはちゃん"とも、組織内の役回り上同じ任務に赴くことが多く必然的に接する時間が長くなる。結果、どんなに沙花叉が嫌な奴でも彼女がいい子過ぎるが故に直ぐに打ち解けられた……と、私は思っている。彼女からすれば私はまだ頼りないのだろうけど、少なくとも沙花叉はいろはちゃんが居る任務はかなり安心感を持って臨めるものだった。

最後に、"こよりちゃん"だが……正直なところ、彼女のことが一番よくわからない。決して仲が悪いという訳ではないのだが、どうにも彼女のオドオドとした態度が沙花叉の癪に触ってしまうようなのだ。それは恐らく、色々なものに怯えていた昔の自分を無意識に重ねてしまっている結果なのだろう。その為、会話自体は出来るものの二人きりにされるとどうしてもぎこちない感じになってしまう。せめてもう少し、彼女の方から積極的に来てくれればこちらもやりようはあるのに……。

 

だが、その点を除けば私は生まれて初めての組織活動をそこそこうまくやれていたと思う。総帥とは言わずもがな、彼女の自由奔放かつ身勝手なところに私はウンザリするどころか惚れ込んでしまっているほどの心酔っぷりだった。またそんなところをルイ姉に怒られている姿すらも、可愛らしいと思ってしまう始末。しかし、そんな一応楽しくやれているholoXのメンバーの『過去』というものを私はほとんど知らなかった。それは、自分の過去があまりも悲惨で今はまだ思い返したくないという気持ちもあったのだと思う。それにこよりちゃんを見るに、中には隠しているだけで私と似たような境遇の人も居るのかもしれない。それらの理由で、私は皆で食卓を囲むような時間でも皆の『昔話』を話題に出したことは無かった。

 

 

ただ、そのメンツの中でもいろはちゃんは比較的暗い過去などは持っていないように思えた。彼女の明るさや優しさが昔からのもので、ここまで人に気遣える心の余裕があるならばあるいはこの組織に居ること自体に対した理由は無いのかもしれない。

 

 

「……そういえば、いろはちゃん。……いろはちゃんはさ、どうしてholoXに入ったの?」

 

 

訓練の休憩がてら、クロヱはふと気になった疑問をいろはに投げかけてみた。もし、仮に彼女が一瞬でも嫌そうな顔をすれば直ぐにでも取り下げる心構えもしながら。

しかし、一応の備えをしていたクロヱに返って来たのはこの組織内においては意外に思える解答であった。

 

 

 

「ん?風真がholoXに居る理由?……それは勿論、風真がラプ殿に入れて欲しいってお願いしたからでござる!」

 

 

 

彼女のその答えは、自分の中にあったとある固定概念を崩すものであった。現在沙花叉は組織内の一番の新人であり、他のメンバーが加入してきたときの状況を詳しく知らない。だが、自分の場合が総帥に拾われてからのある意味『スカウト』という形を取っていた為に、てっきりほとんどの者がそうであると思い込んでいた。しかし、少なくともいろはちゃんはその限りでは無いようだった。

 

 

「えっ、そうなの?いろはちゃんも総帥に誘われたとかじゃなかったんだ」

 

 

「違うでござるよ。風真の場合は正真正銘、『この人について行きたい!』って思って風真の方から申し出たでござる」

 

 

いろはちゃんのその話を聞き、私は更に彼女と自分との差を実感させられた。沙花叉は、あの総帥にholoXに誘ってもらえるまでずっと空っぽだった。自分の意思を持つことを禁じられ、自分で考えて行動するなんてことは出来なかった。しかし彼女は違う。この運命と悪魔による救いの結果手に入れた私の大切な居場所を、いろはちゃんは自分から進んで望んで手に入れていたのだ。そんなことから、沙花叉はいろはちゃんには敵わないのだった。

 

 

「……そうなんだ……じゃあもしかして、総帥にスカウトされて入ったのなんて沙花叉だけなのかな……」

 

 

自分から持ち出した話だったのに、やはりクロヱは彼女との差を感じることしかなかった。その結果、またしても誰に向けたでもない悪態が口から零れてしまう。

 

……しかし、今回の場合に限りその『差』は必ずしも相手が優位という訳では無かった。

 

 

「いや、確かクロヱちゃんだけじゃなくてこよちゃんもスカウト組だったはず。自分から入りたいって言ったのは風真ぐらいで、ルイ姉も確か成り行きだとか言ってたような?……二人とも、凄いでござるよ。こよちゃんも、クロヱちゃんも、あのラプ殿から直々にholoXに誘われるなんて」

 

 

そう言ったいろはちゃんは、少しだけ寂しそうな表情を浮かべていた。そんな顔は、彼女と出会ってから初めて見たものだった。

 

 

「凄い?……沙花叉とこよりちゃんが?」

 

 

「そうでござるよ。二人とも、ラプ殿に”必要とされたから”ここに居る。ルイ姉も、最初はきっとそうだったんだと思う。……風真だけでござるよ。ラプ殿が風真を必要だと思ってくれるよりも先に、自分にとってラプ殿が必要だと思ってしまってここに居るのは……」

 

 

その言葉には、今まで見せることの無かった彼女の持つ僅かな影が潜んでいた。この組織において、総帥といろはちゃんの関係性を知っている者からすればあの悪魔が彼女を必要としていることは疑う余地も無いことだ。しかし、それはあくまで現在での話であり、その始まりは意外なことにいろはちゃんの方から持ち掛けたものだったらしい。そのことを、もしかしたら彼女は密かにコンプレックスのように感じているのかもしれない。例えば、この組織に所属する理由が”自分だけが自己利益の為なのではないだろうか”、とか。

 

 

「……意外、だった。いろはちゃんがそんなこと気にしてるなんて思わなかった……」

 

 

「気にしてるというか……そういう事実がある、っていうだけのことでござるよ。どんな人でも、これからを変えることは出来ても過去を無かったことにはできない。風真とラプ殿の始まりは、これから幾ら関係を深めようとも決して曲がることはない。……ラプ殿がどう思ってくれてるのかはわからないでござるけど、少なくとも風真がここに居る理由は”風真にとってラプ殿が必要だった”から……」

 

 

この時、私は初めて知った。あのいろはちゃんでさえ、自分の気持ちや処遇、これまでやこれからのことに囚われていたのだと。いくら明るく元気であろうと、いくら幼くして強かろうと、彼女の心は何処まで行っても『普通の女の子』なのだ。……汚い気持ちを消化しきれず、昔に囚われ続ける私と同じ。

 

 

「……クロヱちゃん、本当は何かあったんでしょ?嫌な事とか、悩み事とか……風真もまだまだ未熟だから必ず力になってあげられるとは言えないけど……それでも、仲間として、友達として、力になってあげたいとは思うでござるよ」

 

 

彼女のその言葉を受け、私の心にはある既視感が芽生えていた。

いや、そんな言い方は彼女に失礼だ。私に初めてあの温もりをくれた、尊敬し仕えるべき相手【ラプラス・ダークネス】。あの人の言葉は私に無限の温かみと優しさを与えてくれる。そして、それに似たような感覚を今のいろはちゃんの言葉からも感じた。だが、あくまで彼女たちは別人だ。それなのに、折角私の為を思って言ってくれた言葉をラプラスとはいえ他の人と同じだと思うのは失礼だろう。

ただ、それと同類の言葉であることは事実だ。優しさ、親切心、慈悲、慈愛……その温もりの正体は定かではないけれど、少なくとも私にとってそれは余りにも大きなものだった。あの頃から考えれば想像もできない、私にそれをくれる人が他にもいてくれただなんて。

 

 

「あはっ……いろはちゃんは、本当に優しいね」

 

 

否、彼女だけではない。思い返せば、holoXの皆が私に優しくしてくれた。ラプラスも、ルイ姉も、いろはちゃんも、こよりちゃんでさえも、私と寄り添ってくれようと努めてくれる。こんな幸せなことが、あっていいのだろうか。

 

 

「べ、別に優しいとかじゃないでござるよっ!ただ風真は、クロヱちゃんのことが心配だっただけで……」

 

 

「うん、そうだね。……じゃあ少しだけ、沙花叉の話聞いてくれる?」

 

 

そう思った私は、holoXに入ってから抱いてしまっていたこの感情を少しだけ正直に話してみようと思えた。どうしても自分を拾ってくれた総帥の役に立ちたかったこと。しかし自分は弱く、まだまだその力が及ばないこと。更にはそれだけに飽き足らず、自分よりも強く輝いて見えたいろはちゃん本人に対し嫉妬してしまっていたことを。

 

そんなここまで溜め込んでしまった私の心の中に潜んでいる真っ黒な感情を全て、彼女に晒した。しかし、優しいいろはちゃんは終始にこやかな笑顔で沙花叉の話を聞いてくれたのだった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

宝鐘海賊団二番船、三階連絡通路の戦い。

掃除屋によって照明が破壊されたために訪れた薄暗さの中、彼女とその相手狂犬【湊あくあ】は譲れぬものの為ぶつかり合っていた。

 

 

「……ッ!?」

 

 

地を蹴り、壁を繋いであくあへと迫ったクロヱ。しかしそれに対し、狂犬は懐に収めていた第二の刃を取り出す。それは彼女の愛用する、”実弾入り”の『リボルバー拳銃』であった。

 

 

 

「――――まだ付き合ってもらうよ、クロヱちゃん」

 

 

 

そう言った彼女は、未だ空中に居たクロヱ目掛けトリガーを引いた。

 

(マズいッ!!撃たれ――――)

 

一瞬の油断。判断の遅れ。思い込み。

戦場では決して囚われ過ぎてはいけない『固定概念』という悪魔に、私は殺されようとしていた。

 

 

 

―――――ズバンッ!!

 

 

 

シリンダーを抜け、解き放たれた銃弾は真っ直ぐにクロヱの脳天を目指す。だが、対する彼女も生き残るため必死に身を捩った。まだ死ねない、まだあの恩人に何も返せていない、そんな強い意志に囚われて。

結果、一発目の弾丸はクロヱの右頬を掠めるだけに留まっていた。

 

 

「あーあ、また外した。今日エイム悪いのかな?」

 

 

咄嗟のことで着地のことまで手が回らず、弾を無理矢理避けたクロヱが床に転がった。

 

(―――ッぶな……今のは、流石に殺す気だったでしょ……)

 

不思議と、奴から殺意というものは感じなかった。だからこそだろうか、彼女が持っていると知っていたはずのもう一つの武器を警戒できなかったのは。

 

本来、沙花叉は常日頃から命のやり取りをしているせいで相手から向けられる『殺意』というものに人一倍敏感だった。どんなに取り繕おうとも、大抵の場合人が人を殺そうとする時にはそれが滲み出てしまうものだ。故に、相手が自分を殺そうとしている時その気配を察知し攻撃を躱したりすることが出来る。

しかし、こいつは違う。いや、この場合相手の目的によってそれが”無い”というのが妥当だろう。ずっと言っていた通り、奴には私を殺す気が無いのだ。ただし、殺す気は無いにも関わらず殺すつもりの攻撃を仕掛けてくる。

 

(どういうこと……今更沙花叉を殺す気なったにしては、追撃はしてこないし。やる気を出したにしては殺意がない……もしかして、本気で当てるつもりだったうえで”沙花叉が躱せるとわかっていた”とか……?)

 

もしそうだとしたら、ようやくこのメイド擬きが沙花叉を『強者である』と認めたことになる。自分の本気の攻撃を、死なずに躱せるだろうという算段がコイツにはあったのかもしれない。……まあそんなの、嬉しくもなんともないんだけど。

 

(でも、どうする……”コレ”を使うには、少なくとも手が届くギリギリの範囲くらいまでは接近しないと……)

 

そう思ったクロヱは、未だ仄暗い暗闇の支配する中そっと自分の手元に視線だけを移した。先程、決して相手を見失わない程度に明かりを奪い、その土壇場で手元に仕込んだその武器。暗殺において、決して大きくも無く目立ちづらいそれを奴に括ってやるにはあと一歩の工夫が必要だった。

 

 

「……まあでも、次は流石に避けられないでしょ」

 

 

思考の最中、相手がリボルバーのハンマーを下げたのがわかった。カチッという金属音の後、その銃口が自分に向けられているのがわかる。さっきの音と匂いから、間違いなくそれは実弾を伴った銃だ。つまり当たれば致命傷は免れないし、どのみち何度も避けられるような代物ではない。

 

(次が来る……もう、避けられない…………それなら、一か八かやるしか……)

 

着地の際に崩した態勢を、クロヱは即座に整える。だが恐らく、沙花叉は次の攻撃を避けることは出来ないだろう。

……それならば、限りなく低いこの可能性に賭けてみるしかない。

 

 

「スゥー……ハァー……」

 

 

覚悟を決めたクロヱは、低くした態勢を崩さぬまま相手を真っ直ぐに見据える。そして、敵から自分の視線を悟られぬようにと敢えて付けていた白黒のマスクを”外した”。

 

 

「……」

 

 

その様子を、相手が確認したことを確認する。あいつは夜目が利く方だと言っていたし、きっと私の”誘導”にも気が付くだろう。

そう思ったクロヱは、相手の目を鋭く見つめたままに思いっきり地を蹴った。それは、もはや回避など考えておらずもし撃たれれば確実に死んでしまうという勢い。奴からすれば、沙花叉は照準の目の前に飛び出してきた恰好の獲物であった。

 

 

 

 

「……ッ!!」

 

 

 

 

――だが、何故かあくあはその銃を発砲することは無かった。

それどころか、硬直してしまったその一瞬の隙によりクロヱの接近を許してしまう。

 

 

「しまッt……!」

 

 

あくあが正気を取り戻した時には、既に手遅れだった。構えた銃と自分の身体との間に生まれる無防備な間合い、そこに滑り込んだ掃除屋によって自身の『負け』を理解させられる。

 

 

 

 

「―――舐めすぎでしょ、ホント」

 

 

 

そう呟いたクロヱは、一度あくあに接近した後即座に彼女の背後に回った。ただし、その手には隠し持っていた『金属製のワイヤー』が張られており、後ろ手にクロスすれば完全に相手の首を絞めることが出来る。

 

 

「う˝っ……」

 

 

たった一度、攻撃を躊躇ってしまったが為にあくあはクロヱの接近を許してしまった。結果銃でもナイフでもなく、明かりの少なくなった空間では極端に見えずらく警戒のできない細いワイヤ―により彼女は絡めとられてしまったのだ。

 

 

「……やっと、捕まえた。抵抗しないでね、動くとワイヤーが締まっちゃって本当に殺しちゃうから。……取り敢えず、その手に持ってる武器その辺に投げて」

 

 

彼女の耳元でクロヱはそう言い、相手に武器を捨てさせる。他に得物を隠し持っていないことは戦闘の最中に確認しているし、力ではこいつに負けない。つまりは、湊あくあの完全な無力化に成功という訳だ。

 

「……はぁ。全然納得いかない……これじゃ、同僚の前で胸張れないよ……」

 

 

しかし、そこには相手の明らかな手心があった。その事を理解していたクロヱは、結果に限らず酷い敗北感を覚える。それはまるで、試合には勝ったが勝負では負けていた……そんな気分であった。

 

 

かくして、三階連絡通路での戦いは沙花叉クロヱによる湊あくあの『捕縛』により幕を閉じた。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「……風真のこと、そんな風に思ってたんでござるか……」

 

 

沙花叉がしまい込んでいた胸の内を全て話した後、いろはちゃんは初めにそう言った。しかしそれは悲しみなどを込めた言葉ではなく、どちらかといえば”関心”に近かったのだと思う。

 

 

「ごめん……沙花叉、嫌な子でしょ」

 

 

「えっ?全然っ!そんなこと思ってないでござるよ?」

 

 

ただ、この時の私には彼女の反応が自分を責めているもののように感じた。自分の気持ちの後ろめたさと、それをどうしても抱いてしまう自分に嫌気がさしていたからだ。しかし、そんな沙花叉に対し彼女は全くもってそんなことは考えていなかったという反応を見せる。それどころか、私を気遣いその考えを大袈裟なまでに否定してくれていた。

 

 

「風間はただ……風真にとって、クロヱちゃんはとっても凄いし頼りになる仲間だと思ってたんでござるよ。風真には出来ないことが出来て、考え方があって、辛かった過去を背負ってでも今を生きていて……実は、こっそり尊敬してた」

 

 

「えっ……?」

 

 

いろはちゃんの言葉に、私は驚愕させられた。まさか、あの誰よりも優しくそして強い彼女が沙花叉なんかのことをそんな風に思っていたなんて知りもしなかったから。

 

 

「クロヱちゃん。……クロヱちゃんは、凄い人でござるよ。自分で気が付かないだけで、この組織においてもクロヱちゃんは誰にもできないお仕事をちゃんとこなしてる。確かに強さで言えば風真の方がほんのちょっぴり強いかもしれないけど……代わりに、クロヱちゃんは戦いの中だけでも色んなことが出来る」

 

 

そう言ったいろはちゃんは、自分の背負っていた刀を下ろしその鞘をそっと撫でた。また彼女は、自分にとっての相棒と私が先程放り投げ転がっていた訓練用の”銃やナイフ”とを見比べる。それは、私達の使う……否、”使うことのできる”武器の違いを示唆していた。

 

 

「……風真には、これしかないでござる。子供の頃からずっと訓練して来て、ようやくクロヱちゃんより少し強いくらいのこの子しか……でも、クロヱちゃんは違う。銃だけでも ぴすとる に らいふる 、近接用の武器だって さばいばるないふ や わいやー? とか色々なものを使いこなしてる。火器の扱いも、暗殺の技術も、体術も、ただ敵に迫って切ることしか出来ない風真よりずっと上手で優れてる」

 

 

話をする彼女は、本気でそう思っているようだった。いろはちゃんにとって、沙花叉クロヱは『自分よりも多くのことが出来る人』だったらしい。どんなに強くとも、自分には剣術とそれに付随する筋力しかないのだと。それは小手先の通じぬ強さではあれど、逆に繊細なことは何もできない。戦いにおいて、必ずしも相手を倒すことが重要ではない場合もある。何かを守ったり、奪ったり、留めたり。そんな搦め手が必要な戦場だってあるのだ。

……だからこその、私達の組織内での役職は『用心棒』と『掃除屋』なのだろう。

 

 

「クロヱちゃん。確かに掃除屋としてはある程度の強さは必要でござる。……でも、多分ラプ殿はクロヱちゃんに『強さ』は求めてないと思うよ。そんなこと言い出したら、クロヱちゃんよりも風真よりもずっと強いラプ殿には風真たちは必要なくなっちゃうでござるから」

 

 

「……確かに……」

 

 

「……それでも、ラプ殿はクロヱちゃんを”選んで”、風真を”受け入れて”くれた。それはきっとこの組織にとって、ラプ殿にとって、風真たちが必要だったからでござる」

 

 

その彼女の言葉を聞き、私はようやく気付かされた。私がここに居る理由、それはあの総帥……ラプラス・ダークネスに必要とされたからだ。でもそれは私の力だとか、能力だとか過去だとか、そういうものを求めたんじゃない。ラプラスが求めてくれたもの……それはきっと、沙花叉自身だ。だから総帥は最初、『私と来い』と言ってくれたのだろう。

 

 

「そう……だったんだ……」

 

 

「うん。きっと、そうでござるよ。……だから、クロヱちゃんも『今の自分にできること』で精一杯応えるのが大事だと思う。風真には出来ない沢山の手段で、ラプ殿の野望をサポート出来ればいいんでござるよ。……風真も、クロヱちゃんを頼りにしてるでござるから」

 

 

頼りにしている。そんな言葉を掛けられたのだって生れて初めてだった。私が誰かの役に立つなんて、今の自分の持つ全てを捧げてもまだまだ届かないものだと思っていたから。

 

でも、それはきっと私の思い込みなのだろう。沙花叉はまだ知らない。どうして私がここに居て、生きているのか。どうして総帥が私を必要としてくれて、求めてくれているのか。

 

 

どうしてラプラスは、私を望んでくれるのか。

 

 

その答えは、恐らく本人に聞いたところで教えてはくれないだろう。あの人は普段おちゃらけているように見えて、その実全てのことに思惑を広げるとんでもない策士なのだから。もしかしたら、私を含めたholoX自体も彼女の大きな目的のたった一コマにしかなり得ていないのかもしれない。

 

だが、それでもいい。あの日誓った通り、私のすべきはあなたに貰った全てを使ってあなたの物になること。そんなラプラスが『私と来い』、『お前の力は、私と私の望むモノの為に使え』とそう言うなら……私は、どんな手段を使ってでもそれに尽くすだけだ。

 

 

「……ありがとう、いろはちゃん」

 

 

「別に、これくらい構わないでござるよ。風真たちは仲間で、同僚だからっ」

 

 

私は自然と、話を聞き相談に乗ってくれた彼女にお礼の言葉が出た。またそれに対し、いろはちゃんも笑顔で答えてくれた。

 

 

 

この先、彼女たちに対する嫉妬心が私の心から消えることはないだろう。自分より優れ、ラプラスの役に大いに立っている彼女らを私はどうしても疎ましく思ってしまうから。……でも、それは仕方のないことだ。私は弱くて、何も持たなくて、彼女たちと張り合えるものなど何もない。

だが、そんな私をあの悪魔は必要としてくれている。なら、私は自分への嫌な感情も仲間への嫉妬心も全て呑み込んで強くなろう。他の誰にもできないことで、組織の掃除屋として力を奮おう。同じ土俵ではなく、今度は私だけの戦場で。

 

 

 

 

 

 

「……そういえばさ、いろはちゃんは何で沙花叉のことは”クロヱちゃん”呼びなの?他の皆はあだ名だったり崩した呼び方してるのに」

 

 

「えっ?……い、いや、特別深い意味はないけど……ただ、まだクロヱちゃんが本当は風真と仲良くしたくないんじゃないかとか思っちゃって…………ていうか、クロヱちゃんだって風真のこと”いろはちゃん”呼びじゃんっ!」

 

 

「それは親しみと愛情を込めてそう呼んでるだけ。沙花叉の場合、友達を”ちゃんと名前で呼べる”ってこと自体が嬉しいから」

 

 

「ッ……そ、その言い方はズルいでござるよ……」

 

 

「あはは、ごめんごめん。……じゃあ、お詫びの印しに『沙花叉のことを呼び捨てできる権利』をあげる。沙花叉も時々”いろは”とか”ござる”って呼ぶからさ」

 

 

「ござるは風真の名前じゃないでござるーっ!!」

 

 

私の言った冗談に、彼女は大袈裟に声を荒げてぷりぷりと怒った。その顔が、なんだかとっても面白くって。気が付けば、私達は二人して顔を見合わせながら笑っていた。

 

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