転生したらラプラス・ダークネスだった件   作:飽和水溶液_pixiv

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第56話です。一日空いてしまいましたが一先ずここまで更新しておきます。次はまた書き終えたら投稿しますので、今しばらくお待ちくださいませ。


前回は54話から一変、クロヱVSあくあの戦いに決着が付きました。しかし、どうにもクロヱの反応がおかしかったですね。一体何があったのでしょうか……事態の解明は本編の方で!
また、前話は全体的にいろクロの青春ストーリー?をお送りしました。この二人は組織内でも似たような役回りですので自然と接する時間が多くなります。結果、他のメンバーよりも早い段階から打ち解けることが出来ていたんですね。ただしクロヱの嫉妬心を含めた黒い感情は今も健在です。それが完全に解消され切ることは今後も無いでしょうが、それでも組織の為ご主人様の為、クロヱは努め続けるのでしょう。これは現在の時間軸のいろクロの絡みも気になってきますね!


【追記】
今回の深堀シリーズは、更新日の調整等の関係でお休みにします。このまま本編へお進みください!

↓作者:飽和水溶液のXアカウント。主に執筆状況や気に入ったホロ関連のリポストしてます。
飽和水溶液(@Suiyoueki_suba) https://twitter.com/Suiyoueki_suba



第56話 魂を断ち切れ

 

信じろなどと、気安く言ってくれる。

 

 

 

 

救うなどと、無責任にもほどがある。

 

 

 

 

私が今まで、どれだけ多くのものを失ってきたか知らないだろうに。そんな言葉は、信用も信頼もしていた信じられる仲間達から何度も言われた。星の奪還の為にと戦いを挑んだ者達から、『必ず故郷を取り戻してくる』と何度言われたことだろう。

 

そして……その度に、私は何度も失望させられた。

 

そう言ってくれたほとんどの者達が帰らぬ人となり、ただ美しく冷たい死体と成り果てた。そんな中でも特別なマリンやぺこらですら、未だその言葉と約束を果たしきれていないというのに。

それなのに、一体何故どうトチ狂えばこの悪魔を信じるしあ達の運命を預けられるというのだろうか。

 

 

 

……言葉だけでは、もう足りない。るしあに淡い希望を抱かせるだけの、叶うはずもない願いを想わせるだけの言葉だけなんてもういらない。欲しいのは、それを絶対に実現させてみせるという確たる証拠。最後にもう一度だけ、るしあに望みを叶えられるかもしれないという夢を見させてくれるような言葉に準じた行動だけだ。

 

だからもし、仮にこの悪魔がそれを証明できるというのならるしあの持つ全てを託そう。『必ず救う』という言葉をるしあに信じさせるために自分の命をもってその覚悟を証明できるというのなら、るしあは自分から頭を下げて助けを求めよう。私をこの苦しみから救ってくれるというのなら、お願いだからその覚悟と確固たる証拠を見せて欲しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……まあそんなこと、この身勝手な悪魔に出来るわけがないけど。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「吾輩を信じろ、潤羽るしあッ!!その苦しみから、お前を必ず救ってやるからッ!!!」

 

 

片手を前に差し出し、ラプラスはるしあに対して言葉を放つ。しかし、その手を未だ彼女が取ることは無かった。

 

 

「……るしあに、お前を信じろだなんて……そんなの残酷過ぎる……」

 

 

ラプラスの渾身の誘いに、それでもるしあは乗ってくる様子が無かった。代わりに、聞き取れないほど小さな声で何かを呟いただけであった。静かな操舵室内においてもそれを聞きとることは叶わず、ラプラスはただ静かに彼女の返答を待つ。すると、少しだけ俯いていたるしあが顔を上げそしてとても不思議な表情を浮かべながらポツリポツリと口を開いた。

 

 

「……お前は、とても勝手なことを言ってるのです。るしあ達の境遇を知った上で、淡い期待を持つような言葉を掛けて……そんなに私達に惨めな思いをさせたいの?……」

 

 

彼女のその表情は、もはや怒りでは無かった。悲しみというか、諦めというか、そう言った負の感情が溢れ出し同時に今にも涙を溢してしまいそうだった。その様子に、ラプラスは息を呑みつつも言葉を返す。

 

 

「そんなわけないだろ。吾輩はずっと真面目で本音で話してる。お前も吾輩たちの噂とやらを知ってるなら、holoXの持つ力も理解してるはずだ。それをあの憎い奴らを倒すために使ってやるから、お前も吾輩達を恨んでる暇があるなら故郷を取り戻すために協力しろ」

 

 

「そんなの……信じ、られない……今までだって、るしあに優しくしてくれたいろんな人達がホロベーダーに挑んで……そして、負けた。みんな帰ってこなくて、るしあの抱いていた希望や願いは儚く散っていった。……それなのに、今更どうしてお前を信じられると思う……?」

 

 

「それでもだ。吾輩は、お前が必ずこの手を取ってくれると信じてる。潤羽るしあを吾輩は信用してるし信頼してる。お前と吾輩が居れば絶対に故郷を取り戻せるから。……だからお前も、吾輩を信じてくれ」

 

 

どうしても自分の言葉に応えてくれない彼女に、ラプラスはただひたすらに声を投げかける。自分の本音を、本心からるしあにぶつける。彼女と自分を隔てる壁をぶち壊すように、ラプラスは手を伸ばし続けた。

 

 

「……口では、何とでも言える……」

 

 

だが、それでも彼女は悪魔の手を取らない。今までの経験が、過去が、その道を歩むことを踏みとどまらせる。ただの言葉のみではもう満足できないネクロマンサーは、更にその先を要求するのだ。

 

 

「……わかったのです、ラプラス・ダークネス。……でも、悪いけどあなたはまだるしあが信じるに値しない。言葉だけなのは、もうたくさん…………だから、今ここで”証明して”」

 

 

ここに来て、るしあが初めてラプラスに死ぬ以外のことを要求してきた。ただそれだけでも嬉しくなってしまったラプラスは、上げていた手を一度下ろし彼女の言葉を待つ。そして、再び疑いの影を見せたるしあはゆっくりと話し始めた。

 

 

「……まずはさ、るしあを信じてるって言うなら……その手に持ってる”モノ”は何?それは人を殺める為のものでしょ?……そんなもの、るしあを本当に信じてるなら必要ないはずなのです」

 

 

そう言ったるしあ先輩は、吾輩がこの部屋に入る時からずっと手に持っていた『クロヱの銃』を指差した。確かに、これは本来人を殺す為の道具であり吾輩は万が一先輩に襲われてしまった時の保険としてこれを取り出していた。だが彼女の言う通り、真に先輩を信じているというのならこれをずっと持っているのはおかしい。それでは未だ敵対心があることになってしまうし、協力関係になろうとしている相手にも失礼だ。

 

 

「……まあ、あなたも所詮口だけ。敵であるるしあの前でみすみす武器を手放すようなまね出来るわけが……」

 

 

「あぁ確かに。お前の言う通りだな、悪かったよ」

 

 

るしあの言っていた言葉を遮るように、ラプラスは彼女に詫びを入れる。またそれと同時に、ここまで自分を守ってくれた大切な相棒をいとも容易く手放して見せた。自分よりは明らかに遠く、それでもるしあに近すぎない位置に銃を放り投げる。すると床を滑って行った得物はある程度進んだところでくるくると回転し、そして静かにその場に停止した。

 

 

「これでいいよな。……それで、何をすれば吾輩を信じてくれるんだ?」

 

 

一瞬の躊躇もなく、ラプラスは彼女の指摘通り即座に武器を捨てた。それはラプラスのるしあに対する敵対心がないことを示しており、更に続けてそんなことを言う悪魔にネクロマンサーは面食らう。

 

 

「ッ……と、当然のことなのです。るしあを信じてるって言うなら、それくらいは当たり前……」

 

 

しかし、ラプラスの行動に驚いていたるしあもすぐそう自分に言い聞かせ冷静になっていた。自らの発言通り、自分を信じているというラプラスにならこれくらいは当然のことだと。

 

そして、彼女は本命とでも言いたげな様子で自身の持っていた"ぬいぐるみの中"からそっと1本の短剣を取りだした。それは刃より柄の部分の方が長く、一見果物ナイフのようであった。しかし、その形状から察するに料理等に用いるにしても人に対して使うにしても役不足なように感じられる。当然、この局面で彼女が徐に取り出したものなのだから普通のナイフではないことは想像できるが……。

 

というか、一体なぜそんなところにしまわれていたのだろうか。

 

 

「えぇ……潤羽るしあ、何でそんなところからナイフが出てくるんだよ……」

 

 

「別に。ただの趣味なのです」

 

 

疑問を持ったラプラスに対し、彼女はサラッとそう言った。まあ確かに、”あの”先輩ならナイフや包丁くらい隠し持っていてもおかしくないような気はするが……普通に危なくないか?一応カバーはしてあるみたいだけど……護身用にしたって、隠し場所も含めて物騒過ぎる。

 

 

「……それで、それが一体何だって?」

 

 

るしあの趣味とやらは一先ず置いておき、彼女がそのナイフを取り出した理由についてラプラスは尋ねた。最初は納刀場所の衝撃で気にならなかったが、改めてそのナイフをよく見てみると通常のものとは違う点が幾つか見受けられる。その一つがこれも持ち主の趣味であろうかなり豪華な装飾と、蝶や花のあしらわれた彫刻だ。色味は黒や緑を基調としており、まさにるしあ先輩にぴったりな一品と言える。また、もう一つ決定的に違うかつ”異様”な点が『”刃自体がぼんやりと透けている”』ことだ。帯の様な包装から解き放たれた刃先は、先程の彼女の魔力同様薄紫色に光っている。またその上で、まるで影や蜃気楼のような透明感があった。

そんな一目見ただけで魅了されてしまいそうなそれを、彼女が持ち出した理由は一体何なのだろうか。

 

 

 

 

「……これは、見ての通りただの可愛らしいナイフじゃない。……これはるしあの創った、『魂を切ることのできる短剣』」

 

 

 

 

「…ッ……」

 

 

魂を切る、その言葉にラプラスは息を呑んだ。

 

 

「通常、刃物はどんなに深く突き刺そうともその対象の肉体以上に損傷を与えることは出来ない。精神的なものはともかく、ただのナイフでは物理的損傷以外の結果は得られない。……でも、この短剣は違うのです。これはいくら生物を切りつけようともその身に傷跡は残らず、代わりに全ての生命が生まれた瞬間から持っている『魂』を傷つけることが出来る。傷が出来れば当然普通の傷跡同様に燃えるような痛みを感じるし、魂の核を突き刺せばその相手を殺すことも可能」

 

 

淡々と、凄腕の降霊術師はその短剣についての説明を読み上げる。肉体ではなく魂を直接傷つけられるなどにわかには信じがたいことだが、彼女がこの世界においても屈指のネクロマンサーであることを知るラプラスがその事実を疑うことはない。潤羽るしあがそう言うのであれば、そのナイフは間違いなく魂を切ることのできる短剣なのだろう。

 

 

「……更に、それだけじゃない。本来生物には自己治癒能力が備わっていて、傷ついてしまった身体をある程度は自分で修復することが出来る。また優秀な医師の手に掛かれば、時に欠損してしまった四肢すら繋ぎ直すことが可能なのです。……でも、魂はその限りじゃない。魂とは文字通り生き物の生きる力の源そのもので、そもそもそう簡単に物理的干渉ができるものじゃ無い。加えて、干渉できないのだから当然傷つくという概念自体が無いわけで修復などもってのほか」

 

 

「……つまり?」

 

 

「”一度傷ついてしまった魂は、決して元に戻ることはない”ってこと。……優秀なネクロマンサーの手でも入らない限りは」

 

 

最後にそう言ったるしあは、スッとその短剣の刃先をこちらへと向けた。

一度傷ついた魂は元に戻らない、それはまるで人の心のようだとこの時のラプラスは思った。人が人を傷つけるとき、場合によって傷つけられた側に限らず傷つけた側も傷を負ってしまうことがある。それは主に精神的なもので、望まずに人を貶めた者は物理的怪我は被らなかったものの自身の心に傷跡を残してしまった……なんて話はよく聞くものだ。

だが、そのナイフは被害者に対し魂という肉体の内側に損傷を与えることが出来るらしい。その時、被害者は肉体の時同様痛みを感じると同時に、もう二度とその傷が治らないという恐怖や絶望感を味わう事になる。それは明らかに、通常のナイフよりもより残酷な代物であった。

 

 

「……そんな物を、お前が作ったって?流石は”優秀なネクロマンサー”だな。……それで、そんな凄いものを使ってお前はなにをしようって言うんだ?」

 

 

短剣の性質を詳しく聞いたラプラスは、その背に冷たい汗が流れていた。しかし、それを相手に気取られぬようにと必死に平然を装う。自分を恨み、自分に怒っている相手がいきなりそんな物を取り出すなんて、心底嫌な予感しかしなかった。

 

そして、その予感はとある形で現実となる。

 

 

「するのはるしあじゃなくて、あなた。……今からラプラスには、さっきの自分の発言が本当であることを証明してもらう」

 

 

彼女はそう言うとこちらを見ながらフッと笑った。そして、表情はそのままに相手の足元目掛け短剣を放り投げる。僅かな放物線を描き転がったそれは、ラプラスの足にコツンと当たった。

 

 

「あなたは言った、るしあを『信用してるし信頼してる』と。そして、『必ず救ってやるから、自分を信じろ』と。……だから、ラプラスはその言葉が真実であることを証明して」

 

 

「…………どうすればいい?」

 

 

証明しろと言うるしあに対し、ラプラスは言葉を返す。

それを受け、彼女は一拍置いてから口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

「その短剣で、”自分の右手”を切り落として」

 

 

 

 

 

 

 

ハッキリと、確かに彼女はそう言った。

 

 

「なッ……!?」

 

 

当然、その言葉の意味を理解したラプラスは驚きの声を上げた。しかし、それに構わずるしあは続ける。

 

 

「さっきも説明した通り、このナイフで切られた人は普通の刃物で切られたのと同等以上の痛みを感じることになる。ただし、外見上は何も起きてないように見えるし血も出ない」

 

 

「……だが、魂は傷つくんだろ…?……というか、右腕を切ったところで魂は傷つくのか?普通心臓付近とか、胸のあたりに魂はあるもんじゃ……」

 

 

「何その迷信。人の心臓部位にあるのは魂の核だし、そこをそれで刺したら普通に死ぬよ?……魂とは、その持ち主がこの世界で自分を最大限主張することのできる領域と同じ体積を持っている。つまり、現世にある限り魂の『形』はその持ち主と同じものになる。あなたの場合、あなたの魂もあなたみたいにちんちくりんな形をしてるってこと」

 

 

未だるしあの要求に動揺するラプラスは彼女の説明を聞き、その話を半分だけ理解した。つまり事実上、そのナイフで右手を切り落とすという行為自体は可能なのだ。しかも切った後もその見た目は変わらず、身体から実際に切り離されるなんてことも無い。……ただひたすらに、痛く苦しいだけということだ。

 

 

「……切った後、吾輩の手はどうなる」

 

 

「それもさっき説明した通り。魂は一度傷つけば二度と治ることはない。あなたがもし本当に右手を切り落とすことが出来たなら、痛みと共にもう二度と自分の意思では動かすことのできないただの肉の塊が出来上がる。……あぁ、でも安心してほしいのです。ここに丁度とっても天才で優秀なネクロマンサーがいるから、気が向いたら治してあげるかも」

 

 

まるで他人事の様に、るしあは軽い口調でそう言った。

だが、その様子もすぐに消え去り彼女は改めて悪魔を真っ直ぐに見つめ直す。その瞳からは、確たる意思と本気で言っているということが窺えた。

 

 

 

「ラプラス・ダークネス。あなたの言葉が真実で、るしあにラプラスを信じろと言うなら……それを、行動をもって証明して。もしあなたがそれを示せたなら、るしあはラプラスを信じると約束する。ホロベーダーとの件ももう疑わないし、これからの為に私はいくらでも協力する。だから、るしあを信じさせてみせて。……るしあを”信じてる”なら、出来るはずなのです」

 

 

 

その言葉が、彼女なりの精一杯の譲歩であった。痛みを伴い、身の潔白と自分は信じるに値する人物であるという事を証明する。それが『ラプラス及びholoXは敵であり、ホロベーダーを仕向けた張本人でもある』という疑いを晴らすために提示された条件であった。それは実際には口だけの相手を振るい落とすものであり、また目的も不明瞭のまま自己利益の為に自分に近づいてくる輩を弾く為のフィルターでもあった。るしあからしてみれば、わざわざ敵船のコックピットにまで赴き危険を冒してまで自分を懐柔しようとするラプラスの目的が理解できない。そこまでしてホロベーダーを滅ぼそうとする理由も、宝鐘海賊団と手を組みたい訳も未だ聞いてはいなかった。だが、それもこれもこの儀式染みた行為を彼女がやり遂げられるかどうかで真意がわかる。どんな理由であれ、自分の口から発した言葉とそれを証明するだけの行動を示せる相手ならばるしあはその人を信じることが出来る。彼女の言うその不確かで、淡い幻想の様な夢物語をもう一度だけ見ることが出来るから。

……だからこそ、この悪魔はそれを証明しなければならない。

 

 

「さっ……時間もないし、とっとと始めて欲しいのです。……それとも、やっぱりさっきの言葉は嘘で、ラプラスはるしあの敵だからそんなことは出来ない?」

 

 

そう言われたラプラスは、足元に投げられ落ちていたナイフを見つめた。

もし、彼女の言う通りにコレを使ってしまったら……果たして、自分はどうなってしまうのだろう。この世に生まれた瞬間から自分の右腕の先に付いていた、五指の生える大切な手。それを繋ぐ線を断ち切ったとして、本当に元に戻すことなど出来るのだろうか。それ以前に、そんな痛みを伴う状況になり自分は正気を保てるのだろうか。またその上で、この行動により本当に彼女の信頼を勝ち得ることだが出来るのだろうか……そんな様々な考えが、ラプラスの頭をよぎった。

 

 

「……まぁ……でも、これも贖罪みたいなもんか。この世界で奪われ続けた先輩方の痛みに比べれば、これくらい…………なんてことは、ないだろう」

 

 

しかし、どうにもラプラス本人はこれから自分に起こることに対し随分と楽観的であった。というより、こんな提案をしてくる彼女がとんだ”勘違い”をしていることに気が付いていた。この吾輩を試す行為には端から大きな欠陥がある。恐らくるしあ先輩は自分を利用しようとしている吾輩の本心を暴くため、あるいは口では色々言いつつも結局敵対していた自分を信じられないだろうと思い込んだうえで、それを露わにするためにんなことを言ってきたのだろう。だが、それはこちらにとっては既に過ぎた問題なのだ。吾輩がるしあを信じているのか、holoXを支配する吾輩が宝鐘海賊団などを使って何をしようとしているのか、そんなことはこの船を目指した時から既に答えは出ていた。

 

 

「……どうしたの、キッズ。早くそれを拾いなよ。……もしかして、今更怖気づいた?」

 

 

「ん?あぁ、いや……お前がちょっとした勘違いをしてると思ってな」

 

 

るしあの問いかけに、ラプラスは平然とそう答える。そして、自分の足元に転がっていた短剣をそっと左手で持ち上げた。間近で見てみるとよりその美しさと儚さを感じることが出来る。透き通る刀身に、ほんのり光る魔力が宿り神秘的な雰囲気を醸し出している。またその刃先に少しだけ指を押し付けてみれば、触れているかも定かではないのに通常の刃物同様の痛みを感じた。どうやら、切れ味は本物らしい。

 

 

「勘違い?……るしあが、一体何を勘違いしてるっていうの」

 

 

「そりゃあ勿論、”吾輩が今何を問題としているか”をな。あとついでに、お前の想像するこの提案に対し吾輩がこういう反応するだろうって予想も、多分外れてるぞ。……お前も吾輩と同じで、ラプラス・ダークネスというものを何もわかってないんだな」

 

 

ラプラスはそこまでを話すと、左手で持った短剣の刃先をまるで突き立てるようにして右手首へと近づけた。標的となっている今のこの世界における吾輩の手は、吾輩の記憶の中には無い肉を抉ったような傷の跡が残っている。恐らくは右手の枷を無理矢理外そうとしたときに出来たであろう傷跡に、吾輩はさらに傷を負わせようとしていた。

 

 

「……さぁ、ラプラス。るしあを信じさせてみて」

 

 

右の手の平を開き、構えた左手を少し振りかぶったラプラスに再度るしあが声をかける。だが、その言葉を聞いてやはり彼女は理解していないのだなと思った。吾輩の願いが、目的が、覚悟が、もはやそんな次元には無いことを。

 

 

 

「あぁ、わかった。よく見とけ。……吾輩がどれだけ、お前を信じてるかな」

 

 

 

そう言ったラプラスは短剣を持った左手をそのまま天に掲げる。そして、全てを断ち切るが如く自分の右手首を目掛け力一杯にそれを振り下ろしたのだった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「……最後、なんで沙花叉を撃たなかったの」

 

 

戦いに決着の着いた、三階連絡通路……のB棟側階段前。クロヱは自分が照明を破壊したがためにうまれた暗闇を避け、まだ明かりの残っているところまで拘束した湊あくあを移動させていた。彼女には後ろ手で手首の上に布を掛け、金属製のワイヤーで左右の親指と腕同士を縛っている。いくら超人であるあくあでさえ、両手を抑えてしまえばそうそう抵抗は出来なかった。

 

それを理解していたクロヱは、先程彼女が取った”不可解な行動”の真意について尋ねていた。

 

 

「正直、沙花叉じゃあんたの銃は避けられないと思った。でも、お前は私を確実に撃てる状況下にも関わらずその引き金を引かなかった……なんで?」

 

 

先程まで繰り広げられていた組織の『掃除屋』と海賊団の『狂犬』との戦闘。その閉幕はクロヱによるあくあの捕縛という形であった。しかし、その事に関しクロヱにはどうしても納得できないことがあった。それはある程度の算段はあったものの、”真っ直ぐに突っ込んで来た”クロヱをあくあが何故かその銃で撃たなかったことにある。相手からすれば例え暗がりでも格好の的であったはずなのに、一体何が起きたのであろうか。

 

 

「……クロヱちゃん、が……次は…避けないって、言ってた……から……」

 

 

「は?沙花叉そんなこと言ってないんですけど」

 

 

「うそ……”目”で、言ってた……」

 

 

「……」

 

 

落書きの様な動物の仮面を外されたあくあは、途切れ途切れの聴き取りづらい口調でそう言った。しかし、その彼女の言葉に確信を突かれていたクロヱは何も言い返すことは出来なかった。

 

 

それは、クロヱが戦いの最中愛用していたマスクを外したことに始まる。あくあの攻撃を回避不可だと悟ったクロヱには、"コレ"以外に作戦が思いつかなかった。それは『回避が無理なら、相手に撃たせない』というものである。彼女が狙いを外す可能性も無くはなかったが、真剣に戦う気のあったあくあがそんな失態を犯す可能性は低いだろう。ならば、そもそもの話相手に撃たせなければ自分が弾を躱したりする必要もないだろうというのがクロヱの狙いだった。

 

だが、ここで問題となるのは一体どうやって相手が自分を撃てない状況を作りだすのかという事。もしそんなことが出来る可能性があるとすれば、彼女の戦いに対する目的の中に『相手を殺す』ということが含まれていない必要があった。またその上で、相手が次の攻撃を"もしかしたら避けないかもしれない"という揺さぶりが必要だったのだ。結果、そのために一役買ったのがマスクを外したことで顕となったクロヱの『視線』であった。

 

 

「クロヱちゃんが…マスクを、外した時、に……真っ直ぐこっちを、見てるのが見えたから……もう、避けないんだと思った……」

 

 

戦略的揺さぶりのため、敢えてマスクを外したことによりクロヱは自分の視線を相手に見せた。そうすることで、相手に対し”自分の次の行動を予測させた”のだ。明らかな手練れであろう湊あくあなら、自分の視線にすら気を配っているだろうから。

 

(こいつは……湊あくあは、本気で沙花叉に当てるつもりで一度発砲した。ただし、同時に私ならばそれを避けられるだろうという予想も持ちながら……なら、それと同じことを私はしただけだ)

 

銃の扱いにおいて、私はこいつには敵わない。それだけ強敵で、戦いの勘というものに優れている。しかし、だからこそ私が咄嗟にした『視線誘導』にも確実に乗ってくるだろうと思った。いや、誘導などと呼べる代物ではないだろう。相手が『どーせ自分を殺すような攻撃はしてこない』などと高を括り、ただ真っ直ぐ見つめただけで『突進以外に考えていない』と思わせただけなのだから。

 

……ただし、この作戦には一つ大きな問題があった。

 

 

「ふーん……あの状況下で、沙花叉の瞳の動きが見えてたんだ。……私の”隠し持ってたワイヤーには気が付かなかった”のに?」

 

 

「……ッ」

 

 

クロヱがこの結果に納得いかなかった最大の理由。それは照明の無い薄暗い廊下で、湊あくあが自分の視線には気が付いたにも関わらずそれより見えやすいだろう金属の線一本に気が付かなかった点にある。クロヱが自ら作りだした暗闇。しかし相手は本人の自白通り、想定以上に夜目が利いていた。それこそ短い時間の中で目を慣らせ、迫りくる人間の瞳に注視できる程に。だが、そんな彼女が両手に伝わせた1本のワイヤーに気が付かないなど不自然なのだ。そこには、明らかな相手の手心があった。

 

 

「……わかってんだよ、お前が最後の最後で手を抜いたことは。…………でも、それはもう沙花叉を舐めてるとかじゃないことはわかってる。あんたは強くて、その気があれば沙花叉をいつでも殺せてた。……だからこそ、聞いてんの。…………ねぇ、なんで沙花叉を撃たなかったの?」

 

 

最初はともかく、戦いの最中自身の言葉で会話を交わした際私達は互いをほんの少しだけ理解し合えていた。だからこそ沙花叉も、こいつも、相手ならやれるだろうとそう判断したのだから。……だから、これはあくまで純粋な疑問だ。こいつにだって、ここで私と戦わなければならない理由があると言っていた。にも関わらず、それを捨て私に負けてくれたのは一体何故なのか。

 

 

「…スゥー…」

 

 

ここで初めて、クロヱはあくあに対し”怒りの感情の無い”言葉を掛けた。それは時に訴えかけるように、ただただ相手の行動を思っての発言。それに対し、彼女の勢いやオーラに”終始怯えていた”あくあが応える。

 

 

 

「……クロヱちゃんが…必死、だったから……」

 

 

 

 

彼女は、確かにそう言った。

私が必死だったから、私の想いの重さを知ったから、彼女は折れてしまったのだと。

 

 

「あてぃしは、本当は戦いの勝ち負けはどうでもよかった……ただ、ラプラスちゃんとるしあちゃんが二人でお話しできる時間を稼げればそれで……」

 

 

「……は?……なにそれ、どういう……」

 

 

「……あてぃしも、”ラプラスちゃんを信じてる”ってこと。……クロヱちゃんと一緒で」

 

 

あくあの『信じる』という言葉に、クロヱはようやく気付かされる。あの時、自分と総帥、あくあが対峙した際何もわかっていなかったのは私だけだったのだと。二人は、最初からずっと通じ合っていた。否、そうなるようにあの総帥が仕向けていたに違いない。旧食堂であくあと話をしていた時から、全てはラプラスの想定通りだった。ここでこいつに襲われることも、その対処の為に私が必要なことも、その上で結果は両者がどちらも大した傷も負わずに終わることも。だからラプラスは、敵と命を奪い合うはずの戦闘に置いても『殺傷に及ぶ攻撃は禁ずる』と私に命令したのだ。総帥にとってこいつ……いや、手練れである”あくあ”は必要な存在なのだ。それを沙花叉が誤っても殺してしまわないように、かつ私も死なせないように。あくあの信頼を得た上で、自分とあの潤羽るしあとやらが二人っきりになる状況を作りだすために。

 

 

「はっ……ホント、あの総帥は……」

 

 

ここまでして、彼女がこの海賊団に……いや、この作戦の中で得ようとしている『モノ』は何なのだろうか。彼女は何を狙い、一体何の為にこんなことをしているのか。わざわざ危険を冒してまで、潤羽るしあと話をしたいというその真意とは……。

 

 

 

 

 

 

 

「クロヱ様ーッ!ご無事ですかッ!?」

 

 

「あれ?あんた達、どうしてここに……捕虜は回収できたの?」

 

 

闘いの最中に生まれた疑問も解消され、一先ず成り行きを見守るため待機を決め込んでいたクロヱ。そこに、本来であれば別々の場所に捕まっているらしい【ラプツナズ】の回収に向かっていたはずの部下たちが数名下の階へと続く階段から上がって来た。ここは連絡通路から少し移動したために、確かB棟の三階に位置するはず。つまり、彼らはB棟の二階以降の探索に出ていたのだろうか。

 

 

「い、いえ、捕虜は現在三名まで保護が完了しておりまして……残りの一名も、B棟に居ると連絡を取り合ったのですが……」

 

 

「まだ全員見つかってないんじゃん、持ち場を勝手に離れないでよ」

 

 

「し、しかし、急ぎご報告しなければならないことが……」

 

 

クロヱは勝手な行動をとった部下たちを叱りつつ、しかしそう言っている彼らが冷や汗を浮かべていたことに気が付いた。少し息もあがっているようだし、何か問題でもあったのだろうか。

 

 

「何、どうしたの?」

 

 

「先程、回収船に乗っているラプツナズから例の”黒い影”について報告がありまして……」

 

 

そこまでを話し、彼は一度息を呑む。そして、満を持してこの船に訪れていようとしている危険性について訴えた。

 

 

 

 

「それまでその場に滞在していたはずの”ソレ”が……現在、この船に向かって急接近しているようですッ!!」

 

 

 

 

その言葉に、一番大きな反応を見せたのは湊あくあであった。

 

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