転生したらラプラス・ダークネスだった件 作:飽和水溶液_pixiv
【”もしも”、転生したのが『エデンの星』を本気で侵略しに来ていた世界線のラプラス・ダークネスだったなら。】
この世界でのラプラスは当然【ホロライブ】というアイドルグループのことなど知らず、人として生きる上で大切な事を教えてくれた優しい先輩方とも出会っていない。秘密結社holoXを結成し、先日入った新人を含めようやく五人の小組織の総帥。しかしラプラスは彼女ら以外には大した興味が無く、基本的に自分にとって有益であるかどうかでその存在価値を計っている。また、障害となる相手には容赦がなくまさしく『ラプラスの悪魔』として相応しい人物であった。
そんなある日、彼女は見知らぬ部屋で目を覚ます。確かに昨日まで、征服対象である『エデンの星』を目指していたはずなのに……気が付けば、そこには巨大に成長したholoXの姿があった―――。
※この作品には過度なキャラ崩壊、及び独自の解釈が多分に含まれています。
※また、ストーリーの構成上本編の31話辺りまでを先に呼んでおくことをお勧めします。
それでは参りましょう。
↓作者:飽和水溶液のXアカウント。主に執筆状況や気に入ったホロ関連のリポストしてます。
飽和水溶液(@Suiyoueki_suba) https://twitter.com/Suiyoueki_suba
目が覚めると、そこには真っ白な天井が広がっていた。
しかし、その見覚えのない光景に彼女は直ぐ自分の身に何か異常性が起きていることを理解する。
「……知らない天井だな」
一言、そう呟いた少女は手探りで今置かれている状況の確認を始める。どうやら自分はベッドのような何かに横たわっているようで、そこに放り出された両手で地を弄るとふかふかとした羽毛の感覚が返ってきた。また、頭部が体より少し高い位置にあることからその下には枕が挟まれていることもわかる。つまり、今自分は見覚えのない真っ白な部屋の、見知らぬ誰かのベッドの上で寝ているということだろう。
は?いや、意味わからないが。
もしかして、まだ自分は寝ぼけているのだろうか。
そう思った彼女は重たげな上体をゆっくりと起こし、改めて室内を確認する。しかしそこは、やはり今までに見たことの無い場所であった。天井に限らず壁や床まで真っ白な四角い空間。窓は無く、今が朝なのか夜なのかもわからない。だが、その部屋には確かに誰かが生活していたような痕跡があった。ベッドの他にも壁に埋め込まれたディスプレイやそれに向かう為のテーブルにイス、更にその上には飲みかけのコップが一つ置かれている。中々、センスのいいグラスだ。
「……どうなってるんだ……?」
朝起きたら、知らない場所に居た。それは超常現象的な何かなのか、それとも人為的なものなのか……それは未だ定かではない。が、少なくともその両方を可能とする人物には一人だけ心当たりがあった。”彼女”であれば、そんな摩訶不思議な現象を引き起こすことも可能だろう。
「―――おぉ、起きたのか。主様っ!」
ベッドに座り込み、思考を巡らせていたところで突然誰かが言葉を発した。しかし、またしても彼女にはその声の主についての心当たりが無かった。
主様だと?一体誰が、”私”にそんなことを……。
言葉の意味と、その持ち主が気になった彼女は声の発生源と思われる枕元へと視線を落とす。すると、そこには一匹の【鴉】が佇んでいた。真っ黒な体に漆黒の嘴、お腹の辺りには十字の模様がある大変見覚えのあるソイツだ。
「……って、なんだお前か」
見知らぬ声の正体を知り、酷く落胆した様子の彼女はため息交じりにそう言った。何故なら、先程の言葉の意味についてはともかく彼女には今目の前に居る”彼”についての知見があったからである。また、本来”喋るはずの無い”彼が話しかけてきたことで大体の事情を察してしまった。
「まったく、何を考えているんだか……それで、これはどういう訳なんだ?”博士”」
心底呆れた様子で、彼女……【ラプラス・ダークネス】は口を開いた。
朧げな記憶の中、ラプラスは昨晩の出来事を思い出す。
確か、昨日の私は【エデンの星】と呼ばれる惑星を侵略する為宇宙船に乗り込み現地へと向かっている最中だったはずだ。先日新しくメンバーとして加えた”新人”を伴い、我々新生【秘密結社holoX】としての初の征服任務。しかしその星の技術力自体は大したことはなく、予定ではほんの数日で終わるはずの仕事であった。
ただ、まあ新人にとっての初陣にはちょうどいいだろうし、なにより私はその惑星の景観が気に入っていた。青々とした木々の集合体に、地表の七割を占める広大な塩の湖。最初にこの星を見つけてくれた”幹部”はそれを『青い惑星』と称していたが、言い得て妙だとこの時の私は思っていた。
そんな任務の最中、突然メンバーの一人が珍しい提案をしてきた。
昨晩のことだ。私達から【博士】と呼ばれる彼女が突然、惑星の征服開始を記念して祝賀会をやろうと言い出した。しかも、奴の用意した酒樽を伴ってだ。無論、その時の私は彼女の普段からの行いなどを考慮した結果警戒し、止めさせるつもりであった。だが、普段からおかしな実験をしまくり私達を実験台として扱うことも多々あった彼女も……一応、科学者としての腕前は確かだった。それに自分に対する忠誠心の高さも信用に値するもので、結局私は二つ返事とはいかずともそれを承諾してしまったのだ。……もっとも、何だかんだ言いつつ私も仲間たちとの飲み会を楽しんでいたわけだが……。
しかし、やはりこの様だ。
昨日の夜の記憶が、ある所からすっぽりと抜けている。そして目が覚めたら見知らぬ場所に放り込まれており、挙句の果てには喋らぬはずの小動物が自分に話しかけてくる始末。きっと、昨日呑んだあの酒には何かが入っていたに違いない。そして気を失った私を担ぎこみ、おかしな実験でも始めようとしているのだろう。まったく、あの”コヨーテ”は……。
だがともかく、これで大まかな事態を把握することできた。ここがどこで、これから何を始めようとしているのか……あるいは、何かが起きた結果なのかはわからない。が、少なくともこうして生きている以上大抵のことはさしたる問題では無いだろう。取り敢えず他の実験に巻き込まれているだろう部下たちを探し出し、元凶である彼女をとっちめてやらなくては。
そう思った私は、今唯一彼女へと繋がる手掛かりになるだろう小動物に再度声をかける。コイツがどういう仕組みで喋っているのかは知らないが、どうせスピーカーでも取り付けて遠隔でこちらを覗き見ているに違いない。
「おい博士、聞こえてるのはわかってるんだぞ。総帥である私にこんなことするなんて、ちゃんとした説明をしてもらえるんだろうな」
未だ枕元に立つ、長年付き添った黒い鴉。彼はいつの間にやら私の側に居座り、最初は鬱陶しく思いながらも気が付けばそこにいるのが当たり前の存在となっていた。しかし、そんな彼が言葉を発したことなど一度も無く、当然『会話』というものが成り立った覚えも無い。だが時折、独り言のように私が話しかけるとこちらの言ってることを理解しているのかしていないのかよく分からない反応を見せていた。
しかし、こんな形でコイツとの会話を試みるとは思わなかった。もっともこの場合、会話の相手は鴉自体ではなくその先にいる博士になるのだろうが。
……だが残念なことに、この時の私は自分の置かれている状況を正しく理解していた訳では無かった。
「は?『博士』だと?……おいあるじ様、とうとう小動物と獣人の見分けもつかなくなったのか?俺があの”コヨーテのやつ”に見えるっていうなら、あるじ様の脳みそもいよいよお終いだな」
「……はぁ?」
擬似的であれペットとの初の会話の試み。しかしそれは、悲しくも相手からの罵倒という形であった。ていうか、なんでコイツこんなふてぶてしいんだよ。私は一応『ラプラスの悪魔』で、holoXの総帥なんだが?仮に鴉が喋ってるのが博士の仕業なら、後でアイツには話があるぞ。
「おい……それは、私が”馬鹿”だって言いたいのかァ?折角少しくらいならお前のふざけた実験にも付き合ってやろうと思ってたのに……いくら"温厚"な私でも、流石に怒るぞ。博士」
「聞こえなかったのかよ、バカあるじ様。俺はコヨーテのやつじゃないって言ってるだろ。実験?一体何の話だ」
小動物を通し博士を問い詰める私。だが、相手はあくまでシラを切るつもりの様だ。この期に及んで白々しい奴だな。まさか本当に、博士と無関係なんてことはあるまいし……。
ラプラスはここに至るまでの状況と、自分の記憶を頼りに『この現象は博士の仕業である』という結論を出した。しかし、それに関係するであろう”異変”ともいえる鴉はそれについて何も知らないと言い切っている。その反応にそんな訳が無いだろうと思う自分がいる半面、彼が本心でそう言っているようにも私には見えていた。
一体、どうなっているんだ……。
もしかしたら、私の理解や認識というものは間違っているのかもしれない。これが博士による実験などでは無く、例えば何かの事故や事件に巻き込まれてしまった結果という線も無くは無いのだろうか。
―――――ビー、ビー、ビー。
真っ白な部屋のベッドの上、彼女は現状理解への再検討が必要であると考えていた。その時、ふと部屋の出入り口と思われる扉の横に付いていたモニターから一定の機会音が鳴り響いた。それは扉の横に付いているということと、その形状などからインターホンのようなものだと思われる。またそれから音が発せられているということは、誰かがこの部屋へと訪ねてきたのかもしれない。
「……博士、か……?……あるいは、第一村人発見か」
とにかく今は、少しでも多くの情報が必要だ。それが敵や何かの罠である可能性も無くは無いが、まあラプラトン星人である私なら大抵のことは何とかなるだろう。
音が鳴ったことを理解してから、そんな楽観的な結論を即座に出したラプラス。そのままの足取りで扉の前へと向かい、そしてインターホンと思われるモニターの下にあったボタンを適当に押していく。するともっとも目に付いたそれ押し込んだところで両側の扉がスライドし、その隔たりが一瞬にして解き放たれた。
「――――これはラプラス様、起きていらっしゃいましたか」
開かれたその先に立っていたのは、見知らぬ男であった。紫色の執事服に身を包み、その上から似た色のマントを羽織っている。また頭部には、何故か自分のものと似たような模様の大きな二本の角が天へ向かって伸びていた。傍から見ればおかしな恰好をしている男に間違いないのだが、自分と似通った見た目というところに変に好感を持てた。
「誰だお前は。私に何か用か?」
しかし、その者が自分の状況を知るための二つ目の手掛かりであることに変わりはない。そう判断したラプラスは目の前の見知らぬ男とのコミュニケーションを試みる。言葉は通じるようだし、さっき”私の名前を呼んでいた”からには何かを知っているのかもしれない。
「……おっと、これは大変失礼いたしました。私としたことが、まさか主人の部屋に訪問した際に自身の身分を明かすことを疎かにしてしまうとは…………コホン。改めまして、おはようございますラプラス様。私はあなた様に絶対の忠誠を誓った、従順なる眷属【ぷらすめいと】にございます。この度は主様の朝食の準備が整いましたことをお伝えするため、参上した次第です。差し支えありませんでしたら食堂の方へお越しください」
「……ほぉ……」
私の問いかけに対し、その男は突然膝をつき頭を垂れた。また、そのままの姿勢で丁寧に自分の正体と用件を明かしていく。その様子からは、私に対する明らかな忠誠心が見て取れた。
うむ、悪くない気分だ。この部屋から出ればここが何処かとか、他にもいろいろ情報が手にはいるかもしれない。それに何より、寝起きということで私はお腹が空いていたのだった。
「そうかそうか、苦しゅうない。……まあそう言うことなら、丁度お腹も空いてたしついて行ってやってもいいぞ。案内しろ」
「御意。」
ラプラスが彼の提案に乗ることを明言すると、その”眷属”はそれを承諾しながら顔を上げ立ち上がった。……しかし、何故かその場から動こうとはせず、代わりに数秒考えるような仕草をする。そして、何かを思い立ったかのように口を開いた。
「……ところでラプラス様、少々髪の方が乱れておいでです。本日は【ルイ様】も朝食を取ると思われますので、身なりを整えてから食堂へ向かった方がよろしいかと。……直ぐに着付けの者を呼んできますので、少々お待ちいただけますか?」
「なに……”るいさま”、だと……?」
眷属を名乗る男が放ったその言葉に、ラプラスは疑問符を浮かべていた。
********************
真っ白な部屋を後にし、正確に整備された何で作られているのかもわからない廊下を二人と一匹で歩いていた。その内訳は私と先程の眷属の男。……そして、頭部の上に居座っている図体のデカいコイツだ。
男の提案により、私の身なりを整えてから食堂へと向かう事になった。まあ確かに寝巻?のような軽装ではあったし、寝ていた?のだから当然髪も乱れていた。しかしだからと言って、10人近くの女共にいきなり囲まれてあーだこーだと身支度をされるとは思わなかった。男は『ラプラス様の髪が乱れているので梳かして差し上げろ』と言っただけなのに、それにとどまらず服装や髪やスキンケアに至るまでやり過ぎだろうというレベルで手入れを施されてしまった。しかも信じられない程手際がよく、ものの数十分でそれは完了してしまった。しかしあまりに突然の出来事で、情報だのなんだのと言っている余裕は殆どなかった。
だがまあ、寝起きの身支度を誰かにされるのも悪くはない。お陰で頭の中を整理できたし、身なりが整えば気分もあがる。それに今から食事という話だし、博士を探して叱るのは後でも構わないだろう。それまでは適当にこの状況を楽しみつつ、更に情報を探ればいいだけのことだ。
「……なあお前、少し聞きたいんだが」
「はい。何でしょうか、ラプラス様」
そう思ったラプラスは、早速数歩前を歩く眷属の男に声をかけた。奴は着付け係に指示を出していたようだし、少なくともここでの立場は彼女たちより上なのだろう。ならば、この場所についても良く知っているのかもしれない。
何より、初対面であるはずの私にそれだけの忠誠心を抱いていることが気になっていた。
「まず、ここは何処だ。さっきの部屋には窓も時計も無かったし、私は今自分が置かれている状況を理解していないんだが」
「……あぁなるほど、そういえば昨晩はかなり羽目を外されていましたね。現在の”母艦内”時刻は7.19am。昨夜のラプラス様は娯楽街にて遊戯に勤しんだ後、上官用のバーにてお一人で晩酌を楽しまれていました。その後、酔いつぶれたあなた様を僭越ながら私が”アジト内”の寝室までお運びしたのです」
「!……そうか……」
私の問いに、男はそのように答えた。それは、私が今知りたかった幾つかの疑問を解消してくれる内容であった。
まず、この男の発言が正しいのであれば『私の持つ記憶』と『実際の昨日の私』には齟齬が生じていることになる。私は昨晩仲間たちと征服開始祝いの飲み会をしており、奴の言うように決して一人寂しく飲んでいたわけでは無い。また昨日は一日中エデンの星を目指し宇宙船で航海をしていたはずだ。その為、当然娯楽街とやらで遊んでいた覚えもない。勿論この目の前の男が全くの嘘を言っている可能性も無くは無いが、少なくとも私にはそのような素振りがあるようには見えなかった。
また、もう一つ注目するべき点が『ここが何処なのか』ということだ。奴は言った、ここは『アジト内』であると。それが何のアジトなのかは定かではないが、この場所が母艦内時刻とやらに該当する地域であれば……此処は”何かの巨大な乗り物の中にある、とある組織のアジト内”ということになる。
そして、その『ある組織』というのは……。
「……なあお前、もう一つ聞くぞ。……お前の言うそのアジトってのは、つまりはお前達の組織のアジトっていう意味か?」
「いえ、そうではございません。この組織の主はあなた様である故、”私達の”ものなどではありません。……此処は、崇高なるラプラス・ダークネス様がお創りになられた巨大組織、【秘密結社holoX】の総本部内アジトにございます」
「ッ!」
その言葉に、流石の私も息を呑んだ。
秘密結社holoX、それは私にとっては馴染みのある言葉であった。それも当然のはず、holoXを創ったのは何を隠そうこの私なのだから。しかし、それでも理解できないことがある。秘密結社holoXは結成してからまだ数年の小組織であり、その構成員は総帥である私を含めても僅か五名しか居ない。つまり、コイツの言う”巨大組織”というものには全く当てはまらないのだ。おまけに、こんなご立派なアジトを持っているわけもない。これは、どういうことだ……。
「……ラプラス様、食堂に到着しました」
ラプラスは新しく得たその事実の数々に、内心非常に混乱していた。しかし、それらの情報を処理するよりも先に目的地に着いてしまったことを眷属の男は報せる。
「既にルイ様もご到着のようです。ラプラス様のお食事もすぐにご用意しますので、席に着いてお待ちください」
彼はそう言うと、スライド式の自動扉を開け放つ。するとその部屋の中の様子が明らかとなり、そこは言葉通りの『食堂』としての役割を果たしているようだった。決して豪華すぎない装飾の施された室内に、中央に置かれた長テーブルには真っ白なクロスがかけられている。更には左右対称で一定の距離にイスが置かれており、最奥には所謂議長席と呼ばれるものが用意されていた。
そして、その中でも一際目立つ存在が一つ。上座から数えて二番目、議長席の右側に”彼女”は座っていた。
「―――ルイ」
食堂に一歩足を踏み入れ、良く見知った彼女の姿を認めた悪魔はただそう呟く。昨日の本人より少し大人びたような雰囲気の彼女は、朝食と思われるものを口へと運びそして黒い飲み物を嗜んでいた。
しかし、それも彼女が私の存在に気が付いたことにより中断されることになる。
「あらラプ、おはよう。今日は珍しく早いのね」
代り映えのしない、もう聞きなれてしまったその声音。昨日まで当たり前のように聞いていたその声のありがたみを、まさかこんな形で知ることになるとは思いもしなかった。私も大概、彼女達にのめり込み過ぎているのだろう。
「……あぁ、おはようルイ」
私は彼女……【鷹嶺ルイ】からの言葉に、そう返事を返した。
********************
食堂に辿り着いた私は、眷属の案内で一番奥側の席に案内された。それに言われるがままに従い、暫く待っているとたちまち朝食とは思えない程豪華な食事が並び始める。最初は”見たことも無い”食事達に警戒心も持っていたが、それらから発せられる美味しそうな香りに私は瞬く間に手を出し始めてしまっていた。所詮私も生物である。一度覚えてしまった食という魅力には逆らえないのだ。
「……そういえばラプ、この間言ってた惑星の征服がほとんど完了したわよ。これまで通り星の住民たちは捕虜でいいのよね?あと、利用価値のありそうな人材も何人か引き抜いておいたから」
私が目の前の食事に舌鼓を打っていると、隣の席で優雅に寛いでいた彼女が突然そんなことを言い出した。”この間言ってた惑星”?……それって、私達がこれから征服しようとしていたエデンの星のことだろうか。……もしそうだとしたら、その征服が既に完了しているだと??
「ルイ、星の征服が完了したって……それって、『青い惑星』の話か?」
「青い惑星?……あぁ、あなたが”昔私に話してくれた”星のこと?いえ違うわ。今回手中に収めたのは獣人達の住まう星のこと」
ラプラスはルイの言葉に驚愕してしまった。
それは、彼女が話題に出した惑星がエデンの星のことでは無かった、ことにではない。彼女の言った、『昔私に話してくれた』という部分についてである。それはつまり、我々holoXがエデンの星の征服に赴いたのが『過去の話』であるということを示している。即ち、今私の置かれている状況とは……。
「……なあルイ、一つ聞いていいか?……現時点で、holoXを結成してからどれくらいだ?」
そう聞いたラプラスには、現状について一つの仮説があった。にわかには信じがたいことではあるが、ここまでに得た情報や信頼に至る部下の発言を鑑みるにそれ以外では辻褄が合わない。それに何より、この状況が”彼女の仕業”ともなればそれすらも実現させる可能性があった。
そして、そんな突拍子もない仮説を裏付けるように私の『右腕』は口を開く。
「holoXを結成してから?……そうね、あなたと出会ってからももうかなり経つし…………holoX自体が出来たのは、”20年前”ぐらいじゃないかしら?」
「なッ……!」
それは信じ難い事実であった。現実でそんなことが起こるはずもなく、その可能性を思いついた時点では滑稽すぎて自分で嘲笑いたくなるほどだった。
しかし、そんな仮説ももはや事実であると言わざるを得ない。
私がholoXを創ったのは、今から数年前のこと……少なくとも、自分はそう記憶している。当初は私とルイだけの二人で始めた、まだ組織と呼べない程小さな集団だった。しかし少しずつ、一年二年と経過するうちに気が付けば五人の小隊くらいの規模にまで成長していた。勿論それでも組織というにはほど遠かったが、それでもメンバーの優秀さも相まって星一つくらいなら問題なく征服できるくらいの力を持っていた。
……だが、それはあくまで昨晩までの出来事。
今朝目が覚めてから、私の身には明らかな異変が起きていた。いや、私の身にというよりこの世界自体……周りの全てが、と言うべきだろう。本来結成してからわずか数年であるはずのholoX、しかしそれをルイは20年も前の話だと言った。更にそれを裏付けるように、私の為に用意されたであろう寝室。そして豪華な食事に、数十名の眷属たちによる高貴な扱い。極めつけは、忠誠心の高いあの男から言われた『holoXは今や巨大組織である』という事実……これらを総合した結果、とある結論が私の中に浮かんだ。
―――――この世界は、私が記憶した昨日より遥か未来の時間軸に存在している。
ここがもし『未来の世界』ということであれば、全ての話に筋が通る。昨晩のエデンの星の征服を開始しようとしていた日、仮に今日がその日から十数年後の未来だとすれば……そこには、大きな発展を遂げたholoXが存在していてもおかしくは無い。無論、人が過去や未来へ行くなんてことは通常ではありえない。だが、それでも私にはあり得るかもしれない話であった。否、全宇宙一ともいえる頭脳を持つ彼女であれば、例えばタイムマシンのような物を作ることも可能なのだ。それにより、私は何かの実験の結果未来に飛ばされてしまった……それこそが、今自分の身に起きている不可思議な現象の正体に違いない。
「なるほどな……」
現状を改めて、真に理解したラプラスは意外にも落ち着いていた。
というより、実感が湧かないという方が正しいのかもしれない。またその上で、さしたる問題でもないだろうと思っていた。悠久の時を生きる私にとって数年だろうが数十年だろうが、それらにさほど大きな違いは無い。確かに、気に入っていた部下たちとの大切な時間を失ってしまったと考えれば少し残念であるように感じられるが……それ以上に、得たものも大きいだろう。それは勿論、この巨大に成長した組織のことだ。何人もの眷属たちに囲まれ、敬われる生活というのは決して悪いものではない。直属の部下も数名いるようだし、何より未だこの組織の総帥は私であるという事実。まるで、王様か権力者かにでもなった気分だ。
―――それに最悪、どうしても帰りたくなった時にはまた同じようにして彼女に頼めばいいだけなのだから。
「そうかそうか、そういうことだったのか」
そうとなれば、この現状を最大限楽しんでやろうではないか。むしろ博士には感謝しなければならない。なんたって、私をこんな”最高な世界”へと招待してくれたのだから。
「あら……どうしたのラプ、そんな嬉しそうな顔をして」
「ん?そう見えるか?……まあ、否定はしない。今朝は思いがけない良事が舞い込んできたからな」
「へぇー……ラプがそんな風に喜ぶコトなんて、私興味あるわ」
事態を理解し、一瞬心の喜びが表情に漏れてしまったラプラスに対しルイがそう言った。だが、それに彼女は答えるでもなくただ手元のコップに口を付ける。真っ黒でいい香りのするそれを舌の上に溢すと、匂いからは想像もできなかった苦みが口の中を襲った。熱いのもそうだったが、これ思ったより苦いな。あんまり美味しくないぞ。
「……時にルイ……いや、”幹部”。さっきも話題に出した、昔話してたエデンの星についてはその後どうなったんだ?確かお前が征服したいって言い出したんだよな、進展してるのか?」
「えっ……あなたまだ、”あの時の『約束』を覚えて”…………いえ、まだその星の征服は……」
私からの質問に、彼女は何故か驚きの反応を示す。しかしそれは徐々に変わっていき、気が付けば酷く思いつめたような表情を浮かべていた。あの時の約束?……はて、何のことだろうか。
しかし、肝心のエデンの星の征服は未だ終わっていないらしい。いや、彼女の口ぶりからそもそもそれを実行すらしていないのか?確か当時の私達でも問題なく征服できる規模の星だったはずだが……もしかして、進行にあたり何か問題でもあったのだろうか。
「なんだ、まだだったのか。……なら、これから今すぐにでも始めるか?」
「えっ……」
私の創ったholoXが十年以上征服できていない星があるなど恥でしかない。どんな事情があってそれを後回しにしているのかは知らないが、まだということならこれからすぐにでも実行してしまえばいいだろう。
そう思ったラプラスは、彼女にエデンの星への侵略を再度目指そうと提案した。
しかし、それを聞いたルイは再び悲痛とも取れる表情を浮かべる。
「……ラプ……あなたが、あの話を未だに覚えていてくれたのはとっても嬉しい。……でも大丈夫。今はそんなことよりも、あなたのことが最優先でしょ?まだ”例のアレ”だって見つかっていないのに……」
なんだよ、その顔は。例のアレって?
どうやら、あの星の征服をやめたことには私の知らない大きな理由があるようだった。まあ、そう言うことなら仕方ないか。ぶっちゃけ綺麗なだけの惑星ならいくらでもあるだろうし、あの”アース”と呼ばれていた星に大した思い入れがあるわけでもない。そもそも、今のholoXはたった一つの星に固執するほどちんけな集団でもないだろう。
「そうか。まあ元々はお前が言い出したことだったしな。幹部が後回しでいいって言うならそれでもいいだろ。…………ところで、さっき『獣人の星』を征服したとかって言ってたよな?それがどんな星なんだ?」
「どんな星?……別に、特段変わったところは無いわよ。地表のある惑星で、知的生命体がいるのを確認しているわ。その中でもヒエラルキーの頂点に立っているのが『獣人族』。彼らは高い運動能力を持っていて、更に『霊力』と呼ばれるあの星固有の力を持っているとか。今回の侵略においても所謂強者に分類される捕虜を何名か捕まえてるわ」
「あーいや、その星に住んでる奴らには興味無い。むしろ無用な有象無象は居ない方がいいくらいだ。……それよりも景観はどうだ?その星は見た目が綺麗だったりしないのか?」
「それについては征服に向かった構成員達からの評判はかなりいいみたい。何でも”精霊”というのが星全体に住み着いているらしくて、それが惑星の環境にいい影響を与えてるみたいなの」
なるほど、それはいいことを聞いた。
最強の生物であり、『ラプラスの悪魔』とも称される私にとっての”星の価値”とはそれが『どれだけ美しいものであるか』というのが大部分を占めていると言える。正直その他大勢に分類される知的生命体にはさして興味は無いし、その星の資源なんかについても私一人では有効活用できないため重要なものでも無い。大事なのは、私の美的センスを刺激し雄大な自然を感じさせてくれるような偉大な星であるかどうかである。
そして、彼女の話によればその獣人の星とやらもそれに該当する可能性があるのだとか。それが本当ならこの巨大組織となったholoXの総本部に続き、非常に私の興味をそそられるものであった。
「……さて、そろそろ私は行くわ。次の征服先の惑星を検討しなくちゃいけないし、近いうちにholoXの各部門の幹部たちを集めて首脳会議をしようと思ってるからその準備もしないと」
朝食卓での会話も程々に、未だ食事を続けていたラプラスの横でルイがそう言って席を立ち上った。相も変わらず、今も尚彼女は組織の為働き詰めのようだ。だがその首脳会議とかいう退屈そうなものには興味は無いが、次の征服先候補の惑星には大変関心があった。
「ラプは?今日は何かする予定なの?」
「私か?うーん、そうだな……少し組織のことを見直してみようかと思ってる。今まで疎かにしてた事とかもあるだろうしな」
「えっ……珍しいわね。一体どういう風の吹き回し……?……いや、あなたのことだからまた何か考えているのね」
そう言った彼女は、浮かんだ疑問符を勝手に解消しているようだった。
別に、私はただ未来のholoXのことをちゃんと知っといた方が何かと便利だろうと思っただけなんだけどな。まあ、それをわざわざ言葉にする必要もないか。元々私はやりたいことをやりたいようにやっていただけだし、これからもそのスタンスを崩すつもりは無いのだから。
こうして、鷹嶺ルイは食堂を後にした。またラプラスもそれに続き、出された朝食を綺麗に平らげた後眷属の男に案内された『執務室』へと赴いたのだった。
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「なるほど……これは、思ったよりも大事になってるな……」
執務室にて、ラプラスは手に持っていた”紙の束”を机の上に投げ出しながらそう言った。その紙の束とは、主に現在のholoXに関連する『資料』の数々であり、そのほとんどが目眩のするような活字でびっしりと並んでいた。
「まあ、あれから10年以上経ってるんだからこうもなるのもわかるが……組織内にある別の機関や、施設についての説明だけでもこれ程の量とは……」
ラプラスが欲していたのはずばり、現在の秘密結社holoXに関する『情報』だ。図らずして、突然巨大に成長した組織の総帥と成ってしまった私。そこで総帥として、それに相応しい態度や運営を……なんてことを思い立って眷属の男にこれらの資料を用意させた。しかし、その行いを私は今心底後悔している。せめて、この母艦内にある設備やどんな組織構造をしているのかくらいは把握しておきたかったんだがな……。
「最低限、アジト内と母艦内の見取り図は何となくわかるようになったが……それでもまだまだよくわからないところがある。なんだこの自然エリアだの農業エリアだのってのは。そんなものを宇宙船の中に作るなよ……てか作れるなよ」
最初、秘密結社holoX総本部の見取り図を見た時私は目を疑った。それは私が想像していたものよりも遥かに規模が大きく、かつ信じられないような構造をしていたからだ。もはやここは宇宙船内などでは無い。この箱舟は言わば人工の小惑星と言って差し支えない。こんなものを作れるだろう奴などウチには一人しかいないだろうが、まさしくこの船は”彼女の科学力の集大成”と言えるものだった。
「流石は、ラプラス様のお選びになられた至高の御四方ですね。特に”こより様”はここholoXで生み出される全ての発明に携わっており、真の意味で組織を支えておられます」
そう言ったのは、朝食の時から引き続き私に着いて回る眷属の男であった。どうやらこいつは私の『側近』というものらしく、私が寝室等のプライベート空間に居るとき以外はほぼずっと側で仕えているらしい。正直、常に誰かに付きまとわれるのは鬱陶しいことこの上ないが、それ以上に私の命令には全く逆らう様子が無いのでまあ良しとしている。それに、敬われたり崇められたりするのは全くもって嫌な気分では無かった。
しかし、そうは言ってもそれで眼前の問題が解決するわけでは無かった。この先、この世界でどんなことが起きるかわからない。加えて、未だこの身を蝕み力を封じる枷たちは健在なのだ。つまり、今の私は事態を理解した上で危うい状況になる危険性があると言える。いつ組織の支配者であるこの立場を追われるかもわからないし、最悪holoXと敵対関係になる可能性だってゼロではない。ならば、少なくとも現在のholoXについてだけでも詳しく知っておかなければ。いざという時の保険は多いに越したことはないのだから。
そう思ったラプラスは、先程自分が放り投げた資料を再度拾い上げた。一先ず、この『部門』と呼ばれる組織内で更に区分されている機関についてだけでも理解しておこう。あいつ等が代表を務めるこの集団のことを知っておけば、何かと使えるかもしれないからな。
―――そんな矢先、突然ピーピーという機会音が室内に響いた。
「……通せ」
それが誰かの訪問を報せるものだとわかると、眷属の男がチラッとこちらに視線を向けてきた。恐らく『その者をどうするか?』という意図があったのだと思う。
そして、それに答えた私の言葉を受け男は扉を開け放ちその訪問者を部屋へと向かい入れた。
「ら、ラプラス様っ!お忙しい所申し訳ないのですが、緊急でお伝えしなければいけないことが……!!」
すると、招かれた者は部屋に入ってくるやいなや大声でそう言った。どうやらその”彼女”も私の眷属というものらしく、息が上がっており酷く慌てた様子であった。そんなに急いで、一体何の用だ。
「どうした」
「じ、実は先程、先日捕らえた獣人の捕虜が脱走を図ったようでして……」
獣人の捕虜?……あぁ、そういえば今朝幹部がそんなこと言ってたっけか。確か既に征服の完了した獣人の星から強者認定の有る捕虜を何人か捕まえてきたとか。そして、その内の誰かが脱走しようとしたと……。
「ふーん……それで?」
「えっ……あ、え、えっと、それでですね……現在はルイ様により再度の捕縛が完了しておりまして、その者の処遇などについてラプラス様からのご意見を伺いたいとのことです!」
上官から頼まれ、急ぎ早で総帥の下へと言伝をしに来た彼女。しかし、肝心のラプラスはそれをさほど重く捉えていないようであった。結果、事態に対する重きの温度差に眷属の女は少々動揺の色を見せる。
だが、ラプラスからしてみれば逆にこの者は何故ここまで慌てているのだろうかと疑問を持つほどであった。というのも、既にその脱走を図った捕虜は捕まっているという話だ。そして、そんな反抗的な捕虜をわざわざ生かしておく必要も無いだろう。ならばその後に取るべき行動は明らかであるし、それをあの鷹嶺ルイが理解していないはずもない。だから利用価値の無い捕虜の処分の許可を取りに来たならまだしも、その処遇について自分に意見を求める理由が理解できなかった。
(或いは……処分を躊躇う程度には、そいつに利用価値がある、とか……)
今朝の幹部の話では、現在捕えている捕虜たちはある程度の実力を持つ者ということらしい。それがどの程度で、holoXに対してどれくらいの価値があるのかは知識不足である今の私では測り切れないが、少なくともルイは即処分に踏み切ってはいない。だからこそ、私に意見を訪ねているのだろう。
「あ、あの、ラプラス様……いかがしましょうか……」
ラプラスが脳内で情報を整理していると、眷属の女が催促の言葉を投げかけた。いかがも何も、より詳しい話を聞かなければこちらとしても判断など出来ないだろう。
「はぁ……その捕虜はもう捕まえたんだろ?なら幹部を呼んで来い。直接話を聞く」
「は、はいっ!わかりました!」
ラプラスがそう命令を下すと、彼女はそれを直ぐに了承し部屋を出た。その際、扉に手を掛ける直前で盛大に転んでいたのが妙に印象に残っていた。……なんで何にもない所でコケるんだよ。
********************
数十分後、幹部とその秘書らしき女が部屋を訪ねてきた。
「―――ということだから、あなたの意見を聞きたいの」
そこで私は、今朝の朝食後に起きた一連の出来事について詳しい説明を受けた。
まず、食堂にてルイからの話にもあった通り我々holoXは先日とある獣人の住まう星を征服した。またそれ自体は殆ど完了しており、唯一”とある大国”のみ最低限の利用価値と影響力があるということで侵略の進行を先延ばしにしている。だが、その牽制状況に至るまでに一度大きな戦いが起きた。いや、結果的に見れば戦いというより我々holoXによる一方的な攻撃行為と言った方が正しい。またその時に軍の指揮を執ったのが、秘密結社holoXの内部にある機関『戦闘斥候部門』の代表、【風真いろは】であった。
そして、彼女はその際にある捕虜を一名捕獲してきた。その者は相当の訓練を受けているらしい、”黒い狐型の獣人”であった。また捕らえてきた侍本人曰く、『強い戦士だった』とのこと。それを組織の誇る一大戦力である彼女が言っていたが為に、一応は有能な捕虜として幹部により本部に運び込まれていたのだ。
だが、そんな捕虜が今朝『脱走』を試みたらしい。なんでも治療中であったヤツを別の部屋へと移送しようとした際、注意不足で枷を外してしまい意識のあった捕虜が暴れ出したとのこと。しかし何の偶然か、そこに偶々居合わせた幹部によって再度捕えることに成功した。だがその時、若干二名程の負傷者を出してしまったらしい。
……まあ、その怪我をした二人というのは捕虜の枷を外してしまった愚か者たちだったようで、それは自分の失態による当然の結果であると言えた。
「なるほどな」
事件の概要を聞き、ラプラスは理解の意を示す。私が信頼の置く数少ない内の一人、用心棒風真いろはが『有能である』と称した獣人の捕虜。そう言うことなら確かに、例えいくら反抗的であったとしても幹部の自己判断で処分してしまうことは躊躇われるかもしれない。だからこそ手間を取らせてまで、総帥である私の意見を聞きに来たという訳か。
「一先ず、その捕虜は完全拘束状態で監視室に入れているわ。それと、捕虜を逃がして負傷した構成員達なんだけど……処分はどうする?二名とも今は医務室棟で治療を受けてるんだけど」
「怪我した奴らは自業自得だろ、処遇はお前に任せる。……それよりも、その獣人の捕虜ってのは本当に使えるのか?」
自分達の落ち度で失敗し、勝手に傷を負ったらしい顔も知らない部下になど私は興味が無かった。それよりも気になるのが、あの侍をもってして『強い』と言わせる捕虜の存在だ。奴がどの程度の実力を持っていて、どれくらいの利用価値があるのか。その辺りを知らなければ生かすか殺すかの選択を私は下せない。
「使えるかどうか……は、私では判断できないわ。どんなに有能な人材であろうと、逆に何の力も持たず取るに足らない存在であっても、此処で求められるのはあなたにとって”必要であるかどうか”。だからあなたが『要る』と言えば何としてでも従えるし、『要らない』と言えば即刻処分するだけのこと。……ただ、私個人の意見とすれば”彼女”は有望だと思う。強さで言えば一人でウチの構成員数百人と対峙できるレベルだし、獣人族の中ではまだ年若いから今後の成長も見込める。なにより、彼女の素質はいろはが認めてるしね」
ルイはそう言って、捕虜の有用性を説明してくれた。
彼女……どうやら、その黒い狐型の獣人とやらは雌だったらしい。強さが売りという話だったのでてっきり屈強で猛獣の様なやつを想像していた。まあこの際、その捕虜の容姿などどうでもいいだろう。今考えるべきはヤツがholoXに対してどんな影響を及ぼすのかということ。それが全てを含めた結果プラスに働くのであれば、私としても生かしておいて損はないと思われる。
それに、私の可愛い部下たちが折角捕まえて来てくれた”動物”を、活かしもせず殺してしまうのは勿体無いというものだろう。
「……幹部、お前に二つ質問する」
そう言ったラプラスは、偉そうにイスでふんぞり返りながら彼女の方に視線を向けた。此度の一件は侍が持ち込んだ捕虜のことであり、そして脱走を図ったそいつを捕まえたのは幹部の功績だ。ならば、今回は奴の処遇を彼女たちに委ねてしまっても構わないだろう。
「何?」
「一つ、この件に関して私がどんな結論を出してもお前は文句は無いのか?それこそその捕虜を可能な限り痛めつけ、吊るし上げた挙句晒し首にしろと言ってもお前はその通りにするのか?」
「勿論。私はあなたの判断に従う」
私の質問に、ルイは一切の迷いもなく瞬時にそう答えた。それは私に対する忠誠心……いや、彼女の場合は尊重や敬意があることを示していた。きっと真の意味で、私がどんな決断を下そうとも彼女は従ってくれるのだろう。ならば、こちらとしても予定通り好き勝手に事を進めることが出来そうだ。
「そうか。……ならもう一つ。仮にその捕虜が”従順”になったとしたら、我々の命令に問題なく従う駒として使役できるとすれば、お前はコイツを使いたいと思うか?」
「?……私が、使いたいと思うか?」
私が放ったもう一つの質問に、彼女は先程とは違い困惑しているようだった。だが、一体何を不思議がる必要がある。幹部だって優秀で適切な判断を下せる有能な指揮官だ。そうでなければ自分の側になど置かないし、私はちゃんと彼女を買っている。
「そうだ。もしその捕虜をウチで使うとすれば、お前に管理を任せようと思ってる。戦闘力の高さを評価して侵略戦線の最前に送ってもいいし、護衛兼奴隷としてお前の側に置いてもいい。そいつが命令を聞くように従えるのは私がやるから、お前が使いたいって言うならその捕虜を生かすことを許してやる」
「あの捕虜を、私が……」
「ああ、お前の自由にしていいぞ」
『自由にしていい』という言葉を受け、彼女は少し考えるような仕草をしていた。しかし私としてはこの判断が最良であったと思っている。まだこの世界に来て時間の浅い私では、その捕虜を今のholoXにとって最も有効的な方法で運用するのは難しい。組織の構造すら把握できていないのに、いきなり捕虜を渡されて自由に使っていいと言われても正直困るのだ。ならば、現在の組織構造や状態について一番詳しいかつ私が信頼を置いている彼女にその用途を任せてしまうのが最善手であろう。
そして、沈黙が流れた数秒の後幹部はゆっくりと口を開いた。
「……あの捕虜は、生かすことにするわ。使える人材が増えるに越したことはないもの」
彼女の回答を受け、ラプラスは了承と納得の意味を込め軽く頷いた。幹部がそういうのであれば、今回はその線で行くとしよう。
「よし。ならその捕虜の脱走の件は不問とし、生かして使うことを”許可する”」
組織の最高指揮官である私と、その右腕であり組織の参謀を務める幹部の話し合いの末そういう結論に至った。それを私の口から公言することで、その捕虜の処遇と今後の意向は決まったのだ。また私達の会話には参加してこないが、この場には眷属の男と幹部の秘書、ついでに先程事態を報せに来た抜けてる女の眷属がいる。これだけ聞いている者達がいればこの決定が周知されるのも時間の問題だろう。
「了解。……でも、アレを従えるってどうするつもりなのラプ。彼女はかなり凶暴だし、とても言うことを聞かせられるとは思えないんだけど……」
「何言ってるんだ幹部。獣と言えどそいつには知能があるんだろ?なら家畜を従えるよりよっぽどやりやすいってもんだ」
人を強制的に従わせる方法などいくらでもある。ましてや私の方が存在も立場も上で、相手がただの捕虜となれば尚の事だ。……それに、まあどうせならこの世界に来て初めての『悪の組織』としての行為を働こうじゃないか。
「幹部。その捕虜についてと、征服した獣人の星とやらについての情報を出来るだけ集めてくれ。……それと、この箱舟の進路をその星に向けるんだ」
「!……それは、私達が直接現地に出向くってこと?」
「ああ。ついでだから、私自らその惑星の征服を完了させてやろうじゃないか」
ニヤッと口角を上げ、そう言ったラプラスによって『惑星型宇宙母艦』は獣人の星へと向かうことになったのであった。
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捕虜脱走の一件から、三日後。
秘密結社holoXの総本部は現在、獣人族の惑星の重力場へと差し掛かろうとしていた。
また私は、その数日間を情報収集に充てていた。それは主にこの世界の発展を遂げたholoXについてと、件の捕虜……【黒上フブキ】と名乗る狐型の獣人や、そいつの故郷の惑星についてである。前者は特に言うことも無いが、想像以上にしっかりとした組織構造をしているという印象は受けた。それは私の考えつかぬ構想も取り組まれており、明らかにラプラス・ダークネス以外の誰かの手が加えられている。それが有能な幹部なのか、博識な博士なのか、あるいは他の何かを真似てそうしたのかは定かでは無いが……少なくとも、今の私にとっては非常に使いやすいかつ都合のいい代物と言えた。
また、後者については主に星の征服に赴いた構成員達や”捕虜の尋問”によって情報を得た。なんでもその星は、文明レベルは高くないものの言語能力や読解力がありうんたらかんたら……更に鉱物、木材、食糧品等の有用な資源が多くetc……つまりは、実に征服しがいのある惑星だったということが分かった。
だが、その中で一つ問題となったのが未だ我々の手中に収まっていないらしい唯一の大国。現在も現地で引き続き征服活動をしている者達によると、その国は『全ての種族を分け隔てなく受け入れる』という方針を掲げる他と比べても稀な大国であり、名を【フレンズ王国】というらしい。更に、今回侍の持ち帰った例の捕虜もその国の出とのことだ。私はそこに、奴を従わせるためのヒントがあるだろうと確信していた。
『ラプ。捕虜の尋問の結果だけど……残念ながら、敵対心剥き出しで会話すら成り立たない状態みたい。ただひたすらに私達holoXへの恨み言と、後は”王に合わせろ”とだけ……』
幹部を通し上って来たその報告に、成果は無かったと思っているらしい彼女に対して私は『上出来だ』と返した。私が知り得たかったその捕虜の行動原理、それに例の大国についての情報を合わせれば十分奴を服従させることが出来るだろう。それどころか、思わぬ”玩具”が手にはいるかもしれない。
そして現在、私の指示により我々holoXは”本部ごと”その惑星へと到着していた。最初は必要な人材だけを乗せた他の宇宙船で……とか思ったが、まあ何日かかるかもわからない窮屈な宇宙航行など私はごめんだ。それにいざとなればその星を破壊する結果になるかもしれないし、私の怠惰と効率重視故の行動である。
また、一つ私にとっての朗報があった。それは、現地に建設されているholoXの支部拠点に資源調査等の任務で【”彼女”】が赴いているという話だ。それはこの組織を『科学』の面から支え、そして私をこの世界へと招いたと思われる容疑者の第一人者でもある人物。
「やっほーラプちゃん、よく来たねぇ!ルイ姉もこないだぶり、話は聞いてるよ~」
彼女……【博衣こより】は、にこやかな口調でそう言った。
此処は獣人の惑星内にあるholoXの支部拠点。その発着場にて、本部より大型の宇宙船を使って降りてきた私と幹部は彼女と再会を果たしていた。見覚えのある白衣に身を包み、ふわふわで可愛らしいピンクの耳と尻尾を携えた、コヨーテのそれだ。
「相変わらずね、こより。地質調査の方は進んでる?」
「勿論!ちゃんとお仕事してるよ~」
ルイからの問いに、またしてもこよりは明るくそう答えていた。
……しかし、実質ともに久しぶりに出会う彼女にラプラスはある違和感を覚える。それは年月がそうしてしまったのか、それとも私の思い違いか……はて、彼女はこんなにも”周りの様子を窺いながら”笑うやつだっただろうか。
「……あら、ごめんなさいねラプ。私が先に話し始めてしまったわ」
この世界に来て、初めての博士との邂逅。しかしその再会を喜ぶでもなく、彼女を観察するように見つめながらラプラスは黙り込む。結果、それを自分が先に話し始めてしまったせいだと思ったらしい幹部がお詫びを口にした。
「あぁ、いや……別に気にしてないぞ。好きに話しててくれ」
「えーそういうワケにもいかないよぉ。僕もラプちゃんと会うの久しぶりだし、色々話したいことあるんだよ!」
「……」
自分を気遣うように、周りからの視線を気にするように、彼女は明るく良い人であろうと振舞っているようにラプラスには見えていた。そんな博士を見て、悪魔は心の中にモヤモヤとした感情が浮かんでいることに気が付く。
何だろうこれは、不快なような嫌な感じ……嫌悪感とでもいうべきなのだろうか。今の彼女を見ていると……酷く、距離を置きたくなる。私の知る博士は、もっと普通に笑える女の子だったはずなのに。
ラプラスの抱くその感情の正体は、自分の中にある『博衣こより』と現在の彼女との差異によって生まれるたものであった。ラプラスがこの世界で最も信頼している人物の一人であり、言葉では言い尽くせない程優秀な科学者、それがこの博衣こよりという人物である。そんな彼女と久しぶりに再会できたと思えば、どこか別人のように感じてしまった。その原因は恐らく、私が読み飛ばしてしまった十数年の歴史の中にあるのだろう。本来であれば、彼女たちと共に歩むことのできたはずのその時間の中に。
「……どうしたのラプちゃん、なんか元気ない?……こよ、なんか悪いことしちゃったかな…?」
彼女にそう問われるラプラスは、この時初めて元の世界に戻りたいかもしれないと思ってしまっていた。本当なら、手元にあったはずの時間や記憶。それを図らずして手放してしまったことを、悪魔は酷く後悔した。
……だが、それもほんの少しの間だけ。失われてしまった時は戻らずとも、ならばまたその関係性を作っていけばいいだけのこと。彼女達となら出来るはずだし、彼女達とならまた私はそうしたいと思える。
―――最悪、嫌になったら帰ればいいだけなのだから。
「いや、何でも無いぞ。ちょっと船酔いしただけだ。……ほら、宇宙船って結構揺れるだろ?」
「…………ふーん……まあ、総帥がそう言うなら。……こよはラプちゃんが船酔いするなんて聞いたこと無いけど」
ジト目でこちらを見る表情は、私が自分の気持ちを誤魔化したのを見透かしているようだった。またその反応は、私の隠し事に気づきつつもそれを見逃してくれているようだった。相手のそういうところに目聡く気が付く辺りは、いつも通りの彼女だな。
「今日は朝食を食べ過ぎたんだ、私にだってそういう日もある。……それよりも、今後の動きについて説明するから中に入るぞ。いつまで私をこんな風通しのいい場所に立たせておくつもりだ?」
「はぁ……わかったよラプちゃん、そう言うことにしておいてあげる。…………でも、何かあったらいつでも言ってね。こよは何があってもラプちゃんの味方だから」
そっとこちらに近づき、こよりは私の耳元でそう囁いた。またその時一瞬だけ、自分の良く知る彼女がそこに居たように感じられた。
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圧倒的な喪失感と、怒号に塗れた晴天の日。
今日も私は、かくも雄大で誇り高き我が国の、ダメな王様として執務に従事していた。
「ハァ……もう、どうすればいいのかわからないよ……」
彼女は、ここ一カ月ほどで溜め込んだやるせない気持ちをため息とともに吐き出した。日に日に増える避難民、戦地に向かったっきり帰らない親友、そして”昨夜起こしてしまった”友人との口喧嘩……もう、何もかもが限界だった。
「”黒ちゃん”……会いたいよ……」
未だ遺体すら見つからない、あの日から居なくなってしまった親友……『家族』の名を、彼女は口にする。この国には今、辛くて、苦しくて、悲しんでいる人達ばかりのはずなのに、彼女にはまるでこの世の全ての不幸が自分に降り注いでいるような感覚であった。きっと、今この世界で最も不幸なのは自分なのだろうと、そんな傲慢な考えすら運命を抱えきれなくなった少女の脳内には浮かんでしまう。もう全てを諦め、投げ出してしまいたいと何度思った事か。
……そんな矢先、私の臣下にあたる『獣人部隊の隊長』が部屋を訪れる。慌ただしい足音を響かせ、ノックも忘れて扉を解き放つ。そして、切らした息もそのままにこう言った。
「”フブキ”ッ!!holoXが……城内にッ!!王を連れて来いって!!!」
あぁ……遂に、この日が来てしまったのか。私達が滅ぼされる、その日が。
―――しかし、この時の私は知らなかった。この日、私の中の『最悪』が更新されることになろうとは。
********************
暖かくなりつつある季節、清々しく晴れ渡った青空。その下に儚くも健気に栄えた獣たちの街。その中でも一際大きく、所謂『城』と定義される建造物。その敷地内にある中庭にて、私ラプラス・ダークネスとフレンズ王国の国王は邂逅しようとしていた。
微かな草木と、広々とした土地。その上空を無数の鉄の塊が飛び交い、それらから剥き出る矛先は城本体、街中、そして中庭へと向けられる。つまりは完全武装かつ、臨戦態勢を取った飛行物体がフレンズ王国の城を取り囲んでいた。
また、そんな彼らの長が地に降臨なされるが為に、それに相応しい場が用意される。
城内と中庭を繋ぐ玄関口に対して、その反対側に彼らは陣を形成。中心には大層立派な、派手な装飾を施された紫基調の玉座を配置。更に、それを左右後方から囲むようにして武装した兵を何人も整列させる。重ねて、その外側に大型小型含め三台の飛行物体を着陸させれば、そこには即席の要塞が出来上がっていた。
「……総帥、どうぞこちらへ。」
「ああ、わかった」
そして、そんな鉄壁の守りに宛がわれる少女が一人。隣には信頼に至る上層構成員が二人立ち、彼女達に導かれるがままに悪魔はその座に憑く。彼女こそが、彼らを束ねこの組織を牛耳る支配者であった。
「―――――刮目せよ。私は、秘密結社holoXの総帥。ラプラス・ダークネスだ。……はじめまして、獣の国の者達よ」
悪魔の呼び出しに応じ、城内から姿を現した白い狐型の獣人。その獣に向かって、悪魔は偉そうに足を組み片肘を突きながらにそう言い放った。
昨日、私達はこの星に到着した。その後仕事が早いに越したことはないと、主要人物に用件を伝え今日のことを準備させた。しかし流石は優秀な二人と言うべきか、私の突然の要望にも幹部と博士は即座に対応してくれた。兵器の準備や戦闘員の配置、更にはこんな豪華で大変雰囲気のある席まで用意してくれた。少々大袈裟な気もするが私個人としては大変満足であり、誰がどう見ても今の私はまさに悪の組織の親玉である。
そして、そんな部下たちに苦労をさせてまでこの場を設けた理由。それは先の捕虜、黒上フブキを従属させ更にはこの星の征服を完了させる為であった。ここに至るまでに多少の面倒は被ったものの、こうした征服活動も決して悪く無いものだな。
そう思ったラプラスは視線を上げ、城内から出てきた数名の獣人たちに目を向けた。話によれば、この国の王は白い狐の獣人という話だ。また獣人部隊を束ねる隊長は、黒い狼型の獣人と聞いている。つまり、今目の前に居る彼女たちがこの国の代表ということだろう。
「……あれが、holoXの支配者……ラプラス・ダークネス……」
「フブキ……」
未だ少し離れたところで、王らしき獣人とその取り巻きはこちらを見つめていた。しかし、周りの連中に反し何故か王からは敵意というものを感じない。はて、状況を鑑みるにこの国の王ならば私を大層恨んでいるだろうと思っていたんだがな。
まあ、そんなことはどうでもいいだろう。それより、両者がいつまでもこんなに離れていたら話も出来ないじゃないか。
「おい、お前達。もっと近くに寄れ。私からこの国の王に話がある」
「ッ……わかりました、”ラプラス・ダークネス様”」
そう言った狐の獣人が、即座に私の命令に従った。周りに居た従者たちを連れ、私の目下まで近づいてくる。そしてある程度距離が縮まったところで取り巻きたちは足を止め、王と思われるその者だけが一歩前に出て私を見上げた。
「お前がこの国の”愚かな王”か?もしそうであれば名を名乗り、その場に座って私の前に存在することを許す」
私は彼女に対し、本人の足下にある地べたを指差しながらそう言った。私とこの者の立場は対等ではない。ならば、まずは形だけでもそうあってもらわなければ困るのだ。
……だが、私のその発言に対し獣たちが当たり前のように抗議を口にした。
「ッ!……ちょ、ちょっと、フブキに何てこと言うのッ!!」
「”ミオ”……!!」
そう言ったのは、恐らく獣人部隊の隊長であると思われる黒い狼型の獣人であった。しかしその発言は、今の私に対してはあまりにも不敬である。
「なんだお前は。私は王以外に発言を許可した覚えはないぞ」
「なっ、なんで話すだけであなたの許可がいるの!?……いやそれよりも、フブキに謝ってよ!」
「やめてミオ、私は気にしてないからっ!」
悪魔の看過できないところで、彼女たちは勝手に話し始めていた。その様子を見たラプラスは、呆れた様子で空いていた片手を軽く持ち上げる。それは『攻撃準備』の合図であり、自分達の立場を理解していないらしい彼女らには無理やりにでも分からせてやる必要があった。
「っ……も、申し訳ありませんラプラス様!うちの者が、無礼なことを……私はここにいます!抵抗もしませんし、あなた様の命には何でも従います!……ですのでどうか、今の失態は見逃していただけないでしょうか……!!」
しかし、私が合図を下すより先に狐の獣人はそう言ってその場に座り込み頭を下げた。後ろの奴らはともかく、どうやらこいつは自分の立場というものをよく理解しているらしい。
「ふん、今回だけだ。……お前がこの国の王か?名を名乗れ」
「はい……私はフレンズ王国初代国王、【白上フブキ】でございます……」
地に直接座り込み、頭を下げたまま彼女……白上フブキはそう名乗った。
(白上フブキ、か……なるほど、そういうことか)
また、その場で初めてフレンズ王国の王の名前を聞きラプラスは納得する。その名は例の捕虜、黒上フブキと同じものだ。恐らく彼女たちは、互いにとってかけがえのない存在なのだろう。ともすれば、私の考えた『取引』は更に効果的なものとなるだろうな。
「フブキ王、顔を上げ私と会話することを許す。……今日、私がここに来たのはお前に話があったからだ」
そう言った私の言葉に反応するように、フブキ王は上体を起こし顔をこちらへと向ける。その表情は少しやつれているように見え、お世辞にも一刻を担う王としての威厳など感じられなかった。
「……お話とは、何でしょうか」
「無論。私達の配下に下るかどうかの『降伏宣言』を保留にしている件だ。それを、現時刻をもって解除することにした。……フブキ王、今すぐにお前の答えを聞かせてもらうぞ。我々holoXに隷属するか、それとも報復か…………ただし、隷属を選んだ場合答えを渋った罰として”今この国に居る者達の半数”の命を差し出してもらう」
「なっ……!?」
その場にいた、フブキ王を含めた獣人たちが驚きの声を上げた。それは、ラプラスの提示した条件があまりにも残酷過ぎるものだったからだ。
しかし、この悪魔からすればそれはむしろ譲歩している方だと言えた。そもそもの話、自分達に圧倒的に負けた国に『人権』など必要ない。勝者であるholoXには、この国にある人を含めたその全てを自由に使う権利がある。それを、今からでも自分たちに従うならば最低限その半数は”命だけは保証をされる”『捕虜兵』にすると言っているのだ。本来ならば予告も警告も無くこの地を平らにしたところで、我々には全く問題が無いというのに。
「どうする?お前の好きにしていいんだぞ。この国の民たちと心中を迫るか、あるいはその半数だけを生かしもう半数を切り捨てる選択か……ちなみに、差し出す命はこちらが無造作に選びその大体を人体実験に利用するつもりだ。後は危険地域の出征や、過酷な環境下での強制労働……最悪、家畜のエサかな」
「―――。」
絶句。
彼女が浮かべていたのは、まさしくその言葉が似合う表情であった。
「はぁ…?……そんなこと、選べるはずないでしょ……ッフブキ!そいつの言うことなんか、聞く必要ないよ!!」
再度、フブキ王の後ろで控えていた狼の獣人が口を開いた。まったく、こいつは何度言えば自分の置かれている立場を理解できるんだ。
「ハァ~……おいフブキ王、あいつはなんだんだ。目障りなことこの上ないぞ。……お前が黙らせないのなら、私が代わりを務めてやってもいいんだがな」
私の言葉に、呆然としていた彼女の白い耳がピクっと反応していた。そして、こちらに向けた視線は動かさずに背後に立つ臣下へと彼女は命令を下す。
「……獣人部隊隊長【大神ミオ】。この場において、あなたには発言権がありません。勝手に口を開かないでください。……どうか、お願いします」
「ッ……フブキ……」
静かに、冷たく下された命令。だが、それを言った本人の気持ちを汲んでか彼女……大神ミオには、黙る以外の選択肢が無かった。
そして、その中庭では人の数に似合わぬ静けさを生み出す。獣人部隊の隊長、大神ミオが口を閉ざした今待たれるのはラプラスからの問いに対するフブキ王の回答のみだ。まあもっとも、彼女が未だ健常で正常な判断を下せる王であれば答えを渋るのは同然なのだろうが。
―――しかし、それでも彼女は結論を出していた。
「……”隷属”で、お願いいたします」
無力さと、不甲斐なさを噛みしめ、その王は絞り出すようにそう答えた。『隷属』……つまり、この国に生きる半数を切り捨ててでも残りの半数を生かす結論を出したということだ。
「ほう……知性ある生物としての尊厳を捨ててでも、お前は少しでも多くの民を生かす選択をするんだな?……ただ生かされるだけの人生は、死ぬより残酷かもしれないんだぞ」
「……私は、この国の王です。民を守り、民の為に生きる者です。……ならば、私がすべきはこの命が尽きるまで私の尊重できる限りの命を救うことです。…………ただ、今の私の小さな手ではその半分を救うので精一杯だったというだけのことです……」
それは、ラプラスにとっては意外な回答であった。調査報告や話に聞く獣人族とは、種族としての誇りを持ちプライドの高い生物であるされている。そんな集団を束ねる一国の王であれば、この星で最初に降伏宣言を出した『鬼の国』の王同様に”堕ちるくらいならば死を”みたいな反応を見せると思っていた。結局、その国の王も侍によって半強制的に降伏させたわけではあるが……。
だが、どうやらこの王はこちらが実力行使に出る前に降伏を宣言するらしい。皆で死に滅びるくらいなら、半数を切り捨ててでも生かす選択を。それはラプラスからしてみればあまりにも圧倒的『弱者』の考えではあったが、国の王としては一番堅実な回答であるのかもしれない。
「私、フレンズ王国国王白上フブキは、あなた様への隷属という要求を受け入れます。…………ただ、私の命も捧げます故……どうか、一人でも多くの民を生かしてください。お願い致します……」
そう言った彼女は地面に座ったまま手を付き、そして深々と頭を下げた。額がその土に触れるまで、姿勢を低くし自分に救いを請う。そんな彼女の姿に、ラプラスは得も言われぬ支配欲と加虐心を擽られた。
公の場にて、多くの目が集まる中での王族の土下座。それを強要できる者が、果たしてこの世界にどれだけいることだろうか。またそれを可能とする立場に居ることに大変満足した悪魔は、ここでようやく”わざわざこの場を設けた”『本題』について語り出していた。
「ははっ。無様だな、白上フブキ。……だが、私はお前のその献身的な態度は嫌いじゃないぞ。お前は、自分を犠牲にしてでも民を守ろうとする王族にとって必要な資質の一つを持っているようだ。…………そんなお前に、私からもう一つの選択肢をくれてやる」
隷属か、報復か、それが嫌ならもう一つの選択を。
そう言った悪魔は玉座に坐したまま、片手を前に突き出した。健気な白き狐の王に対し、その手を悪魔的『救い』として彼女に差し出してみせる。
「頭を上げろ、白上フブキ。お前に自分が犠牲になることも厭わず、民を救う気があるというのなら…………”私の物になれ”。お前の全てを生涯、私に捧げるというなら……私は、お前以外のこの国に住む全ての民に手を出さないと約束してやる」
その言葉こそが、悪魔の真意であった。
ラプラスがこの星に来た、本来の目的。それは此度の惑星の征服を完了させると共に、例の”黒上フブキを従わせること”である。その為に必要な要素を手に入れるため、ラプラスはこの星へと足を運んだのだ。そして、そのキーこそが……彼女と同じ名を持つ、白上フブキ本人なのである。
「……私が……あなた様の、ものに……?」
「ああそうだ。お前が従順なペットとして私に飼われるなら、この国に属する者達は全て我々の侵略対象から除外してやる。…………だが、お前のは全て貰うぞ。尊厳、権利、あらゆる自由、思想や命に至るまで……お前はこの先、自ら産み落とした我が子ですら私に捧げることになる」
ラプラスの提示した、もう一つの選択肢。それは民を救える代わりに白上フブキ個人のありとあらゆる全ての『自由権』をこの悪魔に差し出すというものであった。実質的に留まらず、完全なるラプラス・ダークネスの所有物へと堕ちる。……代わりに、その選択が最も多くの命を救えるものであった。
「……ッ!!!!!」
だが、本来正常な判断ができる者ならばそんな運命を受け入れることなど出来ない。ましてやそれを選ぶ権利は王自身にあり、かつ捧げられるのは本人の自由だからだ。
しかし、その条件を提示された際に最もラプラスへの怒りを露わにしていたのは王本人ではなく、その側近である大神の獣であった。
「……何だその目は。まるで猛獣だな」
地に座る王の背後。黙れと命じられ、話すことを許されぬ彼女は只怒りだけを纏っていた。ぎりぎりと肉食動物特有の牙を噛み合わせ、全身の毛は逆立ち今にもこちらに飛び掛かってきそうである。……しかし彼女は、それを理性と大切な友人の為に僅か一歩手前のところで踏みとどまっていた。
「……ねぇラプ。私、あの狼が気に入らないんだけど。何様のつもりかしら」
「ホントだよねぇ。誰に対して殺気向けてんの?って感じ。……やっぱり自分たちの立場をわからせた方がいいんじゃない?」
ただし、それが眼前の悪魔に対する圧倒的な『敵意』であることに違いは無かった。そして、それを良しとしない者が二人。ラプラスの両脇に立ち、事の成り行きを見守っていた彼女たちが流石に我慢ならないと口を開く。
「いや、まだその必要はない。全ては王の再回答を待ってからだ。……それまではお前らも勝手に動くなよ?」
「…了解。」
「はぁーい、総帥」
しかしそれを、ラプラスは放って置くようにと釘を刺す。確かに奴の態度は頂けないが、それもこれも全ては王の回答次第だ。それによっては、あの狼も”この国に属する者”になるため手出しはできないのだから。
……そして、悪魔は再度王に問う。
「さて、もう一度聞こうかフブキ王。お前はどうしたい?……変わらず、我々に隷属し国の半分を捧げるか。もしくは、私の『玩具』へと成り果てるかだ。……後者を選ぶ場合、それがお前にとって最後の選択の自由となる」
真っ直ぐに、玉座の上から彼女を見下す。その瞳には、もはや”何の思い入れも無い”一匹の白い狐が浮かんでいるだけであった。
―――だが、それでも白上フブキの在り方は変わらない。
「……ありがとうございます、ラプラス・ダークネス様」
突然、彼女が口を開き放った言葉は”感謝”であった。
「……は?」
何故、何に対する謝意なのか。それを理解できぬラプラスは困惑の色を見せる。
「フブキ王。それは何に対する言葉だ。私はお前に礼を言われるようなことはしていない」
「いえ、あなた様のその慈悲深い御心遣いには感謝しかありません。……たかが、私のような小娘一人でこの国を見逃していただけるなんて」
その言葉が、既に彼女の答えであった。だが一体どいう感情で、何を思ってその言葉を発しているのかラプラスにはわからない。悲しみなのか、喜びなのか、恨みなのか……涙すら見せぬ彼女は、続けてその『答え』を口にする。
「―――――ラプラス・ダークネス様。私は……あなた様に、今生の全てを捧げます。……代わりに、この国の民だけにはどうか手を出さないでください」
それが、彼女の選んだ道であった。
誰よりも、何よりも多くの命を。それを信念に掲げる彼女にとって、この悪魔から提示された第三の選択肢は願ってもないことであった。この星のほとんどを支配され、もう滅びゆくしかないと思っていたところに『民の命の保証』などという希望をぶら下げられれば、それに食い付かないわけにはいかない。例えそれが自分の身を犠牲にする結果になろうとも、彼女……白上フブキには、それだけの覚悟があった。
―――ただし、それをこの【悪魔】は知っていた。彼女と交わした数度の会話の中で、ラプラスは既に白上フブキの考慮する勘定の中に自分が含まれていないことを見抜いていた。
結果、その時から既にこういう結末になる事を彼女は理解していたのだ。
「フッ」
思わず、予定通り事が進んでいることに彼女は笑みが溢れる。ニヤッと上がった口角を隠しもせず、その不敵に微笑む悪魔は立ち上った。
「いいだろう、フブキ王。……いや、”私のフブキ”。お前の選択を私は受け入れる」
そう言った彼女は、立ち上った玉座から一歩前に足を踏み出す。そして、その場にいた全ての部下たちや獣人族に伝えるようにしてラプラスは高らかに声を上げた。
「では今後、ラプラス・ダークネスの名の下このフレンズ王国に属する全ての民に対する一切の攻撃行為を禁ずる。……また、現時点をもってこの獣人の惑星の征服を完了したことをここに宣言するッ!」
「「「!!! YES MY DARK !!!」」」
私の公言に合わせ、holoXの構成員達が一斉に声を上げた。
……なんだ、その掛け声。何かの決まり文句なのか?
「それじゃあ……行こうか?フブキ。ここでの私の要件は全て済んだ」
征服完遂の宣言も終えたラプラスは、たった今自分の物になった『ソレ』に近づく。今後一切彼女は自分で選ぶことは許されず、その全てはラプラスの思い通りであった。
「……はい、仰せのままに……」
「はぁ?誰が発言を許可した。私はまだ、お前に呼吸をする権利すら与えた覚えはないぞ?……まあ、今回だけは見逃してやる。それに生命活動に必要な最低限の行動についてもだ。何故なら私は、今非常に気分がいい。正直別にお前みたいなペットは欲しくも無かったんだが、自由に遊んでもいいというなら悪い気はしない。まるで新しい玩具を与えられた子供みたいにはしゃぎ出したい気分だよ」
そう言った悪魔は、未だ地面にへたり込む彼女の頭をそっと撫でた。また、ヘタっと折り曲げられた耳を無理矢理に立てて触ってみれば、フワフワとした毛並みが自分の触覚を刺激した。思ったよりもくすぐったいが、意外と悪くないな。
「……まあそういうわけだから、お前達フレンズ王国の民は今後も自由に繁栄し生きてくれたまえ。この”元王様”一人の犠牲の下成り立つ国家がどこまで保てるのか、私には少し興味がある。……えーっと、なんだっけか…………あぁそうそう、獣人部隊隊長の大神ミオ?」
自分の玩具に触っているだけの私に、突き刺すような視線を向ける一匹の黒い獣。またその名を私が口にしたことで、より一層の怒りを露わにする。結果、堪えきれなくなった本能に彼女は支配されていた。
「……フブキが、お前の物になるなら……ウチが、もうさっきの命令を守る必要も無い……」
「さっきの命令?……ああ、飼い主から『待て』をされたやつか。確かに、今のお前にはもう何のしがらみもないかもな」
大神ミオは、自身にとって大切な人達がとにかく無事であって欲しいと願っている。また、王であったフブキの意見を最大限尊重したいという気持ちも持ち合わせていた。……だが、大切な友達が傷つけられようとしている今、彼女が止まる理由など無い。
「……はっ。いいのか?確かに私はもうお前達には手を出さないと約束した。……が、そっちから仕掛けてくるならその限りとは言えないぞ。折角お前達の元王が身を挺して救った命を、お前は無駄にするのか?」
「ッ……うるさい。フブキが犠牲になる選択なんて、ウチは到底受け入れられない。……フブキだけが不幸になるくらいなら、例え敵わずとも戦って…………ウチは、最後までフブキと一緒に居たいッ!!」
そう言った彼女は、真っ赤に燃える炎のような何かを右手に顕現させる。それは魔力に似た不思議な力で、可視化し威力を発揮するものであった。
「―――勿論だ余ッ!ミオちゃん!!」
突如、城の方から少女のような声が響く。大神ミオのその叫びに当てられたように、彼女は二本の太刀を構えこちらに飛び出してきた。
「はぁ……今度は誰だ」
自分の下に一直線に駆けてくる彼女に対し、ラプラスはうんざりした様子でそう言った。よく見ると、その少女は頭部から天に向かって二本の白い角が生えた『鬼族』であった。またその手に持つ大型の刀を見れば、私に対する明らかな攻撃の意思があることがわかる。
「ッ!……待ってあやめちゃん!戦っちゃダメっ!!」
「大丈夫だ余、フブキちゃんッ!余が助けるから!!!」
鬼の少女はそう言うと、あろうことかフブキのすぐ傍に居た私目掛け刀を振り下ろそうとしてきた。その事を瞬時に理解した悪魔は、そっと一言言葉を囁く。
「―――ラプツナズ。」
「御意」
主君の呼びかけに応じ、どこからともなく一人の眷属が姿を現す。そして飛び込んできた少女とラプラスとの間に割って入り、その攻撃を手元の刀で防いで見せた。
「はぁ!?誰だ余ッ!!」
「名乗る程の者ではありません。ただの、敬愛するラプラス様の一眷属です」
鬼の少女からの攻撃をいなし、ぶつかり合った剣同士を払いのけ両者は距離を取る。”彼女”は、この世界において私のボディーガード兼私有部隊である【ラプツナズ】という特殊部隊の一員であった。その剣の腕は確かなもので、あの幹部にも実力は認められているらしい。
「よくやった。そのまま引き続き、私をそいつから守れ」
「お褒めに預かり光栄です。了解しました、お任せください」
ラプラスはそう言い彼女にこの場を託すと、足元に座っていた玩具の方に視線を移す。そして、丁度手の高さにあったそれの髪を引っ張り彼女を立ち上らせた。
「お前が立つことを許す。そのまま私について来い」
「……ッ……」
私にされるがままに、それはゆっくりと立ち上る。そのまま膝についた土を払うことも許されず、踵を返したラプラスに続いた。
「フブキッ!待ってよッ!!」
「そうだ余!待ってよフブキちゃんッ!!」
自分達の本部へと帰還するため、帰りの宇宙船に向かい歩く私の背後から惨めな敗者たちの声が鳴る。まったく、嫌になるな。どうしてこうもこいつらは聞き訳が悪いのか。
「はぁ……おい、話すことを許す。一体あいつは何なんだ。あれもお前の元臣下か?」
「…………いえ……あの子は、”隣国”の『鬼の国』の王の娘で……私の……元、友達です……」
私の問いに、それはそう答えた。
「!……あぁ、なるほど……そうか」
しかし、その言葉を聞きラプラスは再度笑みを浮かべた。先程同様、自分の思い通りに事が進んでいるという不気味な笑い。この眼前で鬱陶しくも声を上げる鬼の少女の正体が”そういうこと”であれば、私にとっては何よりも都合がいいと言えた。
「おい幹部、私は帰る。船の用意をしろ」
「ええ分かったわ。他の構成員達も撤退させて構わない?」
「勿論だ。こいつとはそういう約束だからな。…………あ。だがその前に、ここに居るやつら全員にやってもらいたいことがある」
玩具を引き連れたままラプラスは幹部たちの所まで戻り、そして自分たちの周りを囲っている部下たちを見渡す。続けて、彼らに聞こえるような声でこう言った。
「この場に居る全holoX構成員諸君、秘密結社holoXの総帥ラプラス・ダークネスより”攻撃命令”だ。……対象は、ここより隣国にある『鬼の国』。また、先程私に対し攻撃行為に及んだそこの小娘だ。それらをこの地より消滅させ、私に背いた報いを受けさせてやれッ!」
最高指揮官からのその命令に、先程の『応答』の言葉が怒号の様に飛び交った。
「なっ……!?ちょ、ちょっと待ってくださいっ!それでは話が……!」
「どうした?あぁ安心しろ、ちゃんとこの国の民には手を出さないように言っておくから。……まあ、”隣国の住人”であるあの鬼の娘は例外だがな」
ラプラスのその言葉に、彼女は唖然としていた。眼の光が徐々に失われ、まるで絶望という名の闇に落ちたようである。
……実に、悪くない表情だ。
「はあッ?!ちょっと待て、ふざけるな余ッ!!……絶対に、そんなことさせるかッ!!!」
「いや、それを決めるのはお前じゃない。私はさっき言ったはずだ。『この惑星の征服は完了した』と。なら、この星にある何をどうしようと私の勝手だ。…………”ずっと、ただ縮こまりながら成り行きを見ていた”だけのお前も聞いていたはずだ」
「ッ!!」
そう、彼女はずっと城内の中庭へと続く玄関口の近くにて、ラプラスとフブキ王の会話を聞いていたのだ。しかし恐怖からか、いつまで経っても出ていかずただ王たちの奮闘を見ているだけであった。それでも大神ミオの叫びに当てられようやく表舞台に姿を現したものの、最初からラプラスは彼女の存在に気が付いていたのだ。
「……ただ泣いて、震えてるだけのお前には何もできない。お前じゃ私のフブキとは違って、国も、家族も、友達も……自分自身でさえも、何一つ救うことは出来ない。…………じゃあな。お前とはもう、二度と会うことも無い」
最後にそう言ったラプラスは、準備が整い近づいてきた飛行物体へと乗り込む。手に入れた玩具と、愛する部下二人に眷属たちを何人か。もう間もなく、ここはたった一人の鬼の少女を対象とした攻撃が始まる。それに巻き込まれぬようにと、直ぐにその場から離れるように努めた。
「――――ラプラス……ダークネスゥゥゥァァ!!!!」
宇宙船の搭乗口か閉じきる最中、微かに少女の叫び声が聞こえたような気がした。
……が、それも船のエンジン音によってかき消されてしまったせいか、ラプラスの印象にはあまり残らなかった。
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薄暗く、広々とした四角い部屋。
光源と呼べるものは殆どなく、目を凝らさなければその全貌すら掴むことは出来ない。
キーンという不快な耳鳴りがして、たいして気温が低いわけでもないのに嫌に肌寒いように感じる。
そんな鳥籠の中央で、”それ”は身体の自由を奪われていた。
「……おう、”昨日ぶり”だな。新しい部屋は気に入ってもらえたか……私のフブキ?」
闇を割くように、その部屋の扉が開かれる。だが、その時差し込む光は希望の光などでは無かった。
「……あ?なんだよ。折角飼い主が構いに来てやったのに、無視なんていい度胸だな」
悪魔はそう言うと、連れていた眷属の一人に視線を移した。それを受け、その者は手に持っていた”水入りバケツ”をそれ目掛けてぶちまける。バシャッという水音共に、両手を吊るされ両足を繋がれるその『玩具』はずぶ濡れになるのをただ受け入れるしかなかった。
「あぁ……そういえば、お前には”五感”を使うことを禁止していたな。それなら私の声が聞こえないのも無理はないし、泥水を掛けられたところで匂いも冷たさも気にならないというわけだ」
なんの悪びれる様子もなく、そう言って悪魔は静かに嗤う。
そして、ひとしきりの虐めを楽しんだところで彼女はそれに声をかけた。
「私のフブキ。私の方を見て、私の話だけを聞くことを許す。……私を見ろ」
悪魔は、吊るされた腕に逆らうように項垂れるそれの頭を掴み上げる。飼い主の訪問にいつまでも目すら合わせないその無礼な獣に、まるで躾でもするように口を開いた。
「聞け。今日は、お前に念のため伝えておこうと思った事があったから来たんだ」
無理矢理頭を持ち上げられ、昨夜から開くことを許されなかった瞼をそれはゆっくりと開く。チカチカと、定まらぬ視界の中目の前の悪魔を見つめた。
「なんだ。もうそんなに元気が無いのか?これからも長い付き合いになるというのに……まあ、だからこそこれを伝えに来てよかった。…………いいか?お前がどんなつもりで、何を考えて私の物になる事を選んだのかは知らん。だがな、私はお前が約束を守り続けぬ限りこちらも約束を守るつもりは無い。……この意味が分かるか?」
悪魔からの問いに、それは肯定とも否定とも取れぬ反応を示す。否、身動ぎ一つせず完全な無反応を貫く。それはこの質疑において、それにはどんな反応をする許可も出ていなかったから。
「いいか?私のフブキ。……私はお前が、”老衰”以外の何かで死んだ場合即座にあの国を滅ぼすつもりでいるからな」
ほんの僅かに、開かれたそれの瞳が揺れていた。
「当然だ。私とお前との約束は、『お前が私の物になるならあの国の民には一切手は出さない』というものだ。だが、仮にお前が自死の道を選ぼうものならそれは”私の物ではなくなった”ことを意味する。それは約束が違うだろ?少なくともお前には、私の物であり続けようとする必死の努力が必要なはずだ」
淡々と、悪魔一人だけが言葉を口にする。それを、それは只聞いていることしか許されていない。
「だから、お前は何としてでも長生きしなければならない。唯一、老衰にてのみ私はお前が役目を終えたと判断する。自死や病死や衰弱死なんて絶対に認めないからな」
悪魔はそこまで言うと、掴んでいたそれの頭を振り払う。そして、用件は以上だというように踵を返し入ってきた扉の方へと歩き出した。
「……それじゃあ、引き続き目と耳を閉じ大人しくしていろ。これからもよろしくな……白上フブキ」
そうして、ラプラス・ダークネスは『監視室』を後にしたのであった。
********************
「……さて、本題はここからだ」
監視室を後にし、その部屋を”監視する為の部屋”へとラプラスは足を踏み入れる。そこは先程の部屋を上部より一望できる位置にあり、こちら側から一方的に監視室の中を覗き見ることが出来る場所であった。またそこでは監視室内の温度や湿度の操作、更には入れられている観察対象の状態までを把握できる機構が備わっている。つまり、よほどのことでもなければあれは脱走どころか暴れることすらできないのであった。
そして、そんな場所に玩具を幽閉し、わざわざ先程の話を聞かせてやったのには理由があった。それは玩具本人にではなく、さっきの話を含め”フレンズ王国で起きた一連の出来事”を眼前で拘束されている『捕虜』に見せつける為であった。
「……直接会うのは初めてだな、捕虜”黒上フブキ”。話は色々聞いてるぞ」
両手両足に限らず、体のあちこちをガチガチに拘束される捕虜……黒上フブキに対しラプラスは口を開く。また案の定、本人はそんな状況下でも構わず全力で身体を揺らしていた。
「ン˝ンー!!ン˝ン˝ン˝ーッ!!!」
嵌められた猿轡にその上から布を巻き付け、舌先すら動かせはしない。しかし、それでもその獣は血走った眼を浮かべながら何かを必死に叫んでいた。
「はぁ、まったく……獣人ってのはどいつもこいつもこんなんばっかりなのか?ウチに居る部下はもう少し可愛げがあって優秀なんだがな」
「あら、私をそれと一緒にするのは心外だわ。同じ獣人と言えど生まれが違がければ起源も違う。構造すら全くの別物なんだけど」
騒々しくてかなわないその捕虜に、ラプラスは頭を抱え文句と共にため息を吐き出す。すると、それを側で聞いていた私の右腕が異議を申し立てる。確かに、今の発言は幹部たちにとっては失礼な話か。
「冗談だ、悪かったな。お前らだけは特別だよ」
「ええ知ってるわ。……あなたが誰よりも、私達のことを想ってくれているのは」
そう言った幹部は、抗議していた割にはそれを微塵も気にしている様子は無かった。それどころか、私の『特別』という言葉に喜んでいたようだった。しかし実際の所、他の有象無象たちに比べれば彼女たちの価値は私の中であまりにも高い。幹部、博士、用心棒……ついでに新人も。彼女らの誰か一人でも欠けようものなら、私は正気を保っていられないかもしれない。……それこそ、この全宇宙を本気で滅ぼすくらいには。
「……ねぇねぇラプちゃん。そろそろ話を始めない?じゃないとあの捕虜、本当に口の中にあるものを噛み千切りそうなんだけど」
私がそんなことを考えていると、本題を切り出さない自分にこれまた同室してくれていた博士が催促の言葉を投げ掛けた。念のためここで決まることを共有しておこうと思い呼んでいたのだが、確かにこれ以上彼女らの時間を無駄にするわけにはいかないな。
「ああ、そうだな博士。直ぐに本題を始めるよ」
「うん、その方がいいかもね。…………あと!僕もラプちゃんがこよたちのことを大切にしてくれてるってわかってるんだからね!それに、こよの毛並みはコレみたいにこんなボサボサじゃないよ!どんなに忙しくたって毎日ちゃんとお手入れしてて……あっ!何なら試してみる?僕の自慢の尻尾もラプちゃんなら触ってもいいよ~!」
「えっ?……あー、いやー……そ、それはまた今度にするよ」
脈絡もなく、突然自分の毛並み自慢をする彼女にラプラスは若干気圧される。確かに彼女の言う通り。その尻尾や耳は大変ふかふかで触り心地が良さそうではあるが……少なくとも、今この場でそれを堪能するべきでは無いだろうな。一先ず頭でも撫でておいてやるか。
そうして、迫る彼女の頭を撫でラプラスはこよりを落ち着かせる。また気を取り直し、再度拘束されている捕虜の方へと向き直った。
「……それじゃあ改めて、始めまして黒上フブキ。まず、最初に確認なんだが……お前は、今自分や祖国の置かれている状況を理解しているな?」
ハッキリとした言葉は表せないものの、グルグルと猛獣の様に唸る喉を鳴らしその捕虜は身構える。しかし、そんな彼女構わずにラプラスは続けた。
「まあ、お前がよっぽどの馬鹿でもなければ理解しているだろ。何故この場に私のペットであるフブキがいて、今お前が生かされているのか……わかってるよな?お前も”観ていたんだから”」
変わらず、その獣は唸り声をあげていた。
昨日に起きた、獣人の星のフレンズ王国での出来事。我々holoXが揃って城へと赴き、白上フブキに話を持ち掛けたこと。またその結果彼女は私の所有物となる事を選択し、私はそれを受け入れた。そして、その事実をもって獣人の星を完全に征服し終えたことを公言した。
……しかしその裏で、私は部下達に指示を出しそれらの出来事を最初から『中継』させていたのだ。その理由は勿論、私がこの世界に来て初めての悪の組織としての仕事を終えた記録を残す為と共に、捕えていた捕虜黒上フブキにそれらを”視聴させる”為であった。故に、彼女は拘束されていた部屋に用意されたモニターにて一連の事件をリアルタイムで見ていたのだ。嫌でも目に入るだろう巨大なスクリーンに、その時どうしても知りたかったであろう祖国の様子を映してみせた。
そして、それを彼女が血眼になって見ていたという報告も既に受けている。
つまり、この獣がよほど理解力に乏しい者でも無ければ今自分の置かれている状況を理解しているはずである。またそうであれば、”大切な相手”の運命を握る私に反抗など出来るはずもない。
「いいか?黒上フブキ。お前をここに呼んだのは、私からある”取引”を持ち掛けようと思ったからだ」
そう言ったラプラスは、未だ唸る獣へとゆっくり近づく。途中制止を促してくる部下たちに構うなと指示を出し、拘束された彼女に触れられるぐらいの距離までラプラスは迫った。
「……よく聞け、黒上フブキ。私は今から、自分の部下にお前の口元の布と猿轡を外すように命令する。だがそれはお前が自害をしたり、無駄口や暴言をべらべらと並べさせる為じゃない。まずは私の話を聞け。そして、その受け答えについてのみお前の発言を許す。……だが、忘れるな。白上フブキの命運を握っているのはこの私だ。お前がたった一言でも余計なことを口走れば、そこで話は終わりだ」
冷たく、静かな口調で悪魔は口を開く。だが、その言葉はあまりにもはっきりとしていて、そして心の臓に突き刺さるようであった。
……それが作用した結果か、そこで彼女はようやく大人しくなっていた。
「よし。……おい眷属、こいつの口の拘束を外せ」
「了解しました、ラプラス様」
静かになった捕虜の様子を確認し、問題ないと判断したラプラスは部下に指示を出し彼女の言葉を開放させる。その際相も変わらずギラギラとした殺意の籠る視線をこちらに向けては来るものの、一応彼女は口に溜まった唾液を吐き出し荒れた息遣いを整えるだけに収まっていた。
「聞き訳が良くて助かる。……昨日会った大神ミオとかいうやつは、私がいくら言ってもまったく聞かなかったからな」
「……ッ!!……」
一瞬、私の『大神ミオ』という言葉に反応し彼女は反射的に言葉を発そうとしていた。しかし、それを寸でのところで踏みとどまり再び口を紡ぐ。どうやら本当に聞き訳がいいようだ。そんなに理性的な方には見えなかったんだがな……あるいは、それだけこいつの中で”白上フブキ”の存在が大きいということなのか。
「……状況をよくわかってるな、思ったよりも期待できそうだ。…………さて、本題に入ろうか黒上フブキ。さっきも言ったように、私はお前と取引がしたい。お前が私を今すぐにでも殺したいのはよくわかるが、お前の行動次第では”白上フブキを開放できるかもしれない”話だ。……興味が湧いてきただろ?」
「ッ!」
私のその言葉に、彼女の耳がピクリと反応していた。恐らくは、次に私から発せられるであろう言葉を一語一句聞き逃さぬようにしているのだろう。健気なことだ。
「黒上フブキ。私はお前のことをよく知らないが、お前をここに連れ帰った”ある侍”が『この獣人は強い戦士だった』と評価していた。またそこに居る幹部が、お前は有望であり見込みがあると言っている。私はそんな部下たちの行動や発言を汲んでやりたいと思ってるんだ。より手短に言うなら、私はお前を”私の駒”として欲しいってことだ」
これはフレンズ王国の一件のような一方的な宣言や要求ではなく、有り体に言えば一種の『勧誘』であった。勿論その相手は今だガチガチの拘束中であるし、彼女にとって大切な人物を人質に取ってもいる。しかし、それでもこれはラプラスにとって紛れもない交渉であった。
「……確か、この話に関する受け答えはしてもいいんだよな?」
話を持ち掛けたラプラスに対し、そこで初めて彼女は口を開いた。しかし、その声音を聞き悪魔は首を傾げる。それは先程まで聞いた唸り声ではわからなかった、彼女のその声色が”白上フブキと酷似していた”からであった。
「……ああ、いいぞ。これは一方的な要求や命令ではなく、私とお前の取引であり交渉だからな。お前に私と会話をする意思がある限り大抵の発言は許す」
「ッ……そう言うことなら言わせてもらうが、これのどこが交渉だって?明らかに、お前が自由勝手に設けた条件を一方的に呑めって言ってるようなもんだろうがッ!」
「話を急くなよ黒上フブキ。これはちゃんとした取引だぞ?……確かに、私はお前をこちらに引き込みたいと思ってるしそれが半強制的でも構わないと思ってる。だが、それじゃお前は素直に言うことも聞かないし従えるどころじゃないだろ?……だから、お前が私の配下に加わるメリットを提示しようって言うんだ」
内に秘める荒ぶる怒りを押さえつけ、私と言葉を交わす彼女はギリギリのところで自分を保っているようだった。しかし、そんなことは最初から承知であるラプラスにとって何ら問題はない。むしろそれだけ白上フブキのことを想っているなら、こいつは私の話に乗らざるを得ないのだから。
「黒上フブキ、これは私とお前の『取引』だ。……今日から『”20年”』。お前が素直かつ従順に私の命令を聞き、ここで働き切ることが出来れば……私はお前と白上フブキを解放してやる」
そう言った悪魔は、またしても嗤っていた。
「……はぁ…?」
しかし、何を言われたのか理解の及んでいないらしい捕虜はそんな言葉を漏らすことしか出来なかった。
「何を困惑してるんだ。至極分かりやすい話だろ?お前が必死に汗水垂らしながらこの組織で20年働けば、お前とお前の大切な白上フブキを自由の身にしてやるって言ってるんだ。勿論、そうなっても私は本来の約束通りフレンズ王国を再び攻めたりはしない。……悪い話じゃないと思うが?少なくとも、ここで二人仲良く生涯を終えるよりは幾らかマシだろ」
だが、止まらず悪魔は言葉を続ける。それは浪費される時間と、労力に比べればあまりにも釣り合いの取れない条件。それでも、今の彼女にはその条件を呑む以外に選択肢など無かった。
「ふざけろよ。……ここの連中は、皆そうやって無理矢理従えたやつばっかりなのかッ?脅して、奪って、力で従えることしか出来ないって!?……てめぇは最悪最低のクソだ」
「獣のお前に言われたくない。弱肉強食は、自然の摂理だろが。……あぁ一応言っておくが、この刑期はお前が私の配下に加わると宣言したその瞬間から始まる。また、お前が我々上官に口答えをしたり反抗的な態度を取る度その刑期を一年延ばす。結果、お前が答えを渋り我々を敵視し続ける限り白上フブキが自由になれるまでの時間が伸びるという訳だ。……果たして、あの状態のフブキがいつまで生きていられるかな」
「ッ!!……てめぇッ……!!!」
悪魔の言葉に、鎖で繋がれ無力な獣はただ吠えることしか出来ない。またその吠えることすら、度が過ぎればより自分の首を絞める結果となる。だが、それでも彼女は怒りを吐き出さぬよう自分を抑えるのに必死であった。
「おい、言葉には気をつけろ。私がお前から受けた言葉による苛立ちのせいで、うっかり自分のペットにあたり散らしたらどうするつもりなんだ。…………それと、最後にこれも条件に加えておこうか」
そう言った悪魔は、また一歩黒上フブキの下へと近寄る。もはや、両者の視界には互いの姿しか写されていない。二人の世界には、天に伸びる二本の大きな角の生えた少女と、黒い耳と尻尾を携える狐の獣だけ。
そして、そんな獣に対し悪魔は囁く。
「―――仮に、お前がこの提案を受け入れたとして……私は、その一切をフブキに報せるつもりは無い。お前はあいつのあずかり知らぬところで時間と労力を浪し、20年経ったその時初めてあいつとの本当の再会を果たせる」
邪悪なそれは、醜悪で最上悪の笑みを浮かべていた。
「……そ…ん、な……」
「何を驚いたような顔をしている。……ん?それ驚いてるのか?よくわからないが、まあいいか。……ともかく、私の話は以上だ。それで?どうする黒上フブキ。ちなみにこれは余談なんだが、恐らくフブキはお前が生きていることすら知らないと思うぞ?我々との戦いに出向き、そのまま行方不明となってしまった大切な友人。普通は死んでると思うだろうな。……しかし、お前は生きている。そして、今あの捕らわれの姫を救える可能性を持っているのはお前だけだ。感動的で泣ける話だろ?…………まあ流石に、20年は待たせ過ぎだけどな。”王子様”?」
驚愕、唖然、もしくは悲痛か苦痛か、そんなよくわからない顔をする捕虜にラプラスは言葉を続ける。つらつらと、ただ悪意と嘲りだけを込めたそれが、彼女の身に降りかかった。それは、あの黒上フブキをも絶望足らしめるには十分なものであり、彼女はただ無意志の下強制的に従属させられる。
「…………てめぇは……”悪魔”かよ……」
「……悪魔……?」
無気力に、全てを諦めたように彼女はそう漏らした。しかしそれによって、ラプラスは気付かされる。否、自分はそうであったと思い出させられた。この私こそが、『ラプラスの―――。
「……あぁ、そうだ。私は『悪魔』だ。……黒上フブキ。生涯、この名を忘れるな」
思えば、私は昔からそうだった。私は悪魔で、悪の限りを尽くす存在。それは過去でも未来でも、例え”他の世界”であっても私は変わらない。
「――――私は……いや、”我が輩”は、悪の組織秘密結社holoXの総帥――――”ラプラス・ダークネス様”だ。」
私は、いついかなる時代においても変わらない。
変わらず、組織の総帥として、悪魔として、ただやりたいことをやっていくだけなのだ。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「……ラプ。ようやく、黒上フブキが首を縦に振ったわ」
フレンズ王国での一件より二日後。昨日の黒上フブキとの”交渉”を経て、ようやく彼女は私の配下に加わる決断をしたらしい。だが、その決まりきった答えを出すのに随分と時間を浪したようだ。その分だけ、自分の大切な者を苦しめるというのに。
「そうか。まあ、それ以外の道を用意してないからな。拒否すれば最悪、あいつの目の前でフブキの身体の一部分でも切り落としてやるつもりだったし」
秘密結社holoXの総本部。そのアジト内にある中枢指令室にて、私と幹部は話をしていた。
「あら、そこまで考えていたの?流石は『ラプラスの悪魔』ね。お慕いする相手ながら、幾つもの可能性とその為の策を用意しているあなたは末恐ろしいわ。……けどあの捕虜、未だに少し反抗的なところが残っているんだけど。あなたの条件を呑んだ時も、『何でもするから、約束は絶対に守れ』って言っていたわ。本当に生意気ね。早速雇用期間を延ばしてやろうかしら」
「別に構わないぞ?管理はもうお前に任してる。生かすも殺すもお前の自由だ。うんと使い古して、反抗の気概を絶やしてやるといい」
前方に並んだ無数のモニターを意味も無く眺めつつ、ラプラスはそんなことを口にする。黒上フブキの管理、および所有権は当初の予定通り全て幹部に一任している。つまり彼女は私の配下には加わったものの管轄的に言えば鷹嶺ルイの支配下に入ったことになり、またその先の仕事次第では直属の上司はさらに別の者になる。下手をすれば、私から直接出向きでもしない限り20年の間で彼女とはもう顔を合わせないのかもしれない。まあそうなったところで、私にとってはどうでもいい話なのだが。
「あ、それとラプ?もう一つ報せておかないといけないことがあるの。例の鬼の娘と、鬼の国への攻撃指令の件なんだけど……”任務が完了した”そうよ」
幹部から上がってきたその報告に対し、私は特に大きな反応を示さなかった。
「そうか、思ったよりも掛ったな。報告書によれば鬼の国は侍が最初に落とした国で、国政なんかもズタズタだと聞いたが」
「あぁ…いえ、鬼の国の制圧は『天雷』数発で終わったから一昨日の段階で済んでいたのだけど……あの鬼の娘、【百鬼あやめ】が想像以上に抵抗したみたいなの」
彼女の言う天雷とは、母艦に備え付けられた主砲から放たれる砲撃の一種のことだ。これもあの博衣こより氏自慢の一品であり、地上から見ればまるで雷の矢が降り注いだように見えることからそう名付けられたらしい。またその威力は絶大で、たったの一発で山岳を削り取れるほどだという。それほどの代物であれば、あの程度の文明の国などあっという間に滅ぼしてしまえるだろうな。
「更には、あの獣人部隊の隊長……大神ミオと、その部下や白上フブキの持っていた兵士たちが百鬼あやめに加勢したそうよ。……けど、それももう鎮圧済み。あなたの許可があったから抵抗してきたフレンズ王国の者も含めて”全員処分してしまった”らしいけど……別に構わなかったわよね?」
組織への抵抗をした一派、そして攻撃命令の出ていた鬼の娘。それらの鎮圧が完了した、それはつまり彼女たちを全員”この世から消し去った”ことを意味する。愚かにもラプラス・ダークネスという悪魔に歯向かい、弱くもその眷属たちに敗れた彼女たちはその存在を世界から否定されてしまったのだ。
「ああ、問題ない。その辺は適当にやっといてくれ」
「わかったわ。……あと、あの星の今後の運用方法はどうする?一応の知的生命体もいるわけだし、今まで通り植民地として使おうと思ってるんだけど……」
惑星の運営。それが星を征服した後に得られる我々の最大のメリットであり、更なる”面倒事”であった。本来、コミュニケーションの取れる生命体の住まう星を手にした場合、それらを従え運用するのが我々の通例業務となっている。労働力、使い捨ての兵士、あるいは実験体と……その用途はある程度決まっているものの、全ては替えの利く便利な道具として使っているのだ。
……だがしかし、今回ばかりはあの星の獣人たちに随分と手間を取らされた。
「……いや、あの星は”超大規模な工場地帯”にしろ。その監督は博士に任せる。環境汚染も、環境破壊も厭わず、資源を取りつくし兵器や我々holoXに必要な製品を開発する為の惑星にするんだ。……結果、そこに住むどんな生命が死滅しようと構わない。大気や土壌を汚染するような実験なんてそうそうできないだろうし、あいつも喜ぶんじゃないか?博士の好きなように使っていいって伝えてくれ。ああ勿論、フレンズ王国の住民には”直接”手は出すなよ?」
それが、総帥ラプラス・ダークネスからの指示であった。
白上フブキと交わした約束は、『フレンズ王国の民にholoXは手を出さない』というものであった。であれば、我々はそれを彼女が従順であり続ける限り守る義務が発生する。流石の私もそれくらいの情は持ち合わせているつもりだ。……しかし、例えばその星のフレンズ王国以外の全ての土地を生命が住めぬ場所にしたとすれば、少なからず彼らにも悪影響が及ぶだろう。だが、それはあくまで間接的事案であり、そうなった場合果たして我々がフレンズ王国に手を出したということに該当するのだろうか……などと、そんなことを考える余地は必要ない。それを約束したフブキは既に私の手の中であり、私は大勢の部下の前で『きちんと約束を守っている姿勢』が見せられればいいだけの話なのだから。
「……あ、ルイ。念のため忘れない内にお前に言っとくことがある。たぶん我が輩じゃ数年もすれば白上フブキのことも、黒上フブキのことも、もう頭の片隅にも残ってないだろうからな」
ふと、思い出したように悪魔は言う。仮に、本当にあの黒上フブキが約束を果たしここで役目を終えたとしても、自分はきっとその事をすら覚えていないだろうから。
「仮に20年、あいつがholoXで働き続け晴れて白上フブキとの再会を果たせた暁には……二人を、その場で即刻母艦の外に放り出せ」
悪魔の所業は、最後まで決して終わらない。
「あいつとの約束は『期限の間働き切れば解放してやる』というものだ。……だからこそ、感動的な再開の後お望み通り我々の監視下にあるこの箱舟から降ろしてやるといい。…………まあ、その後どうなるかまでは我が輩の知ったことじゃないがな」
彼女らの解放。それ即ち我々holoXとの関わりを完全に絶つということであり、当然私の家であるこの母艦からも降りてもらうことになる。結果再会した直後の二人が何もない宇宙空間に生身のまま放り出されようとも、その時には既に私達には関係のないことだ。
ただ必要なのは、『ラプラス・ダークネスは約束を守る悪魔である』という事実のみ。
「…………ホント、容赦ないのねラプ。彼女たちに同情するわ」
「最初から素直に我が輩の物にならないのが悪い。我が輩とその他とじゃまさに生物としての格が違うんだ。……頼もしいだろ?我が輩がお前の上司で」
「えぇ、その通りね。……あなたが私達の総帥で、これ以上ないほど頼もしい」
ラプラスの言葉に、幹部はただ頷いていた。
自分の慕う総帥が誰よりも偉大で、この世を統べるべき御方であると心から信じているから。
「ねぇラプ?そういえば、その一人称は……?」
「ん?これか?……まあ、総帥っぽいだろ?『我が輩』って。結構気に入ったから暫くはこれで行こうと思ってるんだが……変かな?」
「ふふっ。……いえ、あなたらしくてとってもいいと思うわ。”また”イメチェンってやつ?」
「”いめちぇん”?……よくわからないが、そういうことだ。我が輩はこれまでも、これからも我が輩ってな」
「そうね。…………あ!そういえば、ようやく一仕事終えたところで申し訳ないんだけど……もう一つ、あなたに伝えなきゃいけないことがあったの。実は少し前から、『宝鐘海賊団』っていうのがウチにちょっかい掛けて来てるらしくて……」
「宝鐘海賊団?何だそれ」
「詳しいことはまだわかってないわ。でもその調査に”クロヱ”を向かわせているんだけど……興味あったりする?」
「新人を……?うーん、そうだな……まっ、暇潰しくらいにはなるか。何か続報があったら報せてくれ」
「了解、総帥。」
変わらず、holoXは発展を続ける。
広大な宇宙を小さな船で漂いながら、彼女たちは今日もまた悪事を行う。全ては、偉大なるラプラス・ダークネス様の為に―――。
「―――これは……参ったなぁ……。」
悪魔の頭上にて、一匹の鴉は項垂れる。
そして、彼は彼女に対し”期待外れだ”とでも言いたげにそう吐き捨てたのであった。
『第一章 転生したら【ラプラス・ダークネス様】 だった件』~終~
【あとがき】
ご無沙汰しております、飽和水溶液と申します。この度は『第一章 転生したら【ラプラス・ダークネス様】 だった件』をお読みいただきありがとうございました。過度なキャラ崩壊や残酷な描写等多数あったかと思いますが、最後まで楽しんで頂けたなら幸いです。
さて、今回のこの『転ラプ様』についてなのですが実は兼ねてより構想自体は思い浮かんでおりました。本編では皆さんもご存じホロライブ所属のラプ様が別世界に来てしまうというストーリーなのですが、では逆に”ホロライブを全く知らない残忍な悪魔的ラプ様があの世界に行ったらどうなるのか”と思い設定を考えた次第です。しかし書いてみると中々に筆が進み、何となくで始めたものが気が付けばかなり大事になってしまっていました。ホロライブを知らないラプ様は当然そこに所属している先輩方のことも全く知らず、また彼女たちから良い影響を受けていない彼女は本当に悪魔的でしたね。読まれた皆様がどのような感想を抱いたのかはわかりませんが、書き終えた後に読み返してみると今話のラプ様はかなりえげつなかったなと思っています。
しかし、書いてる最中の私はというと意外にも楽しんで書いておりました。温厚で優しく、先輩方を重んじる平和思考のラプ様もいいですが、悪魔という名に相応しく悪の組織の総帥として振舞う彼女もまた魅力的であると感じています。あくまでこれらの話はフィクションであり二次創作ですが、いつか残忍なラプ様も観てみたいような……?
また、この話ではIFストーリーであったにも関わらず本編でまだ触れられていない話や伏線をほんのり出してしまいました。ラプ様の口にした『青い惑星』という言葉に対し、『あの約束……』と反応する鷹嶺ルイ。またお話の最後でがっかりした様子を見せる”烏”の意図とは……?細かい所にも少しありますが、この辺は今後本編でも触れるつもりなのでお楽しみに!
それでは、長くなりましたがこれにて閉幕とさせていただきます。この『転ラプ様』の続き等に関しましては、好評であればその内何かの機会に書くかもしれません。(どのみち先に二章を終わらせますが……)