転生したらラプラス・ダークネスだった件   作:飽和水溶液_pixiv

62 / 92
第60話です。二話同時投稿ですが、遂に60話まで来てしまいました。ようやく二章の終わりが見えてきましたが、まだまだ物語自体の終わりが見えません。この先も想定している展開がたくさんあるのですが、それをお披露目できるのはいつになる事やら……。


前回は、総帥ラプラス・ダークネスにより宝鐘海賊団二番船船長の協力の下『撤退命令』が下されました。それにより、船内に散っていた構成員達は徐々にB棟地下の倉庫に集まりつつあります。彼ら彼女らが無事逃げられるかどうかは両陣営のトップの二人次第です。果たして、この海賊船の運命やいかに……。

【追記】
今回も深堀シリーズはお休みです。速やかに本編をお楽しみください。


↓作者:飽和水溶液のXアカウント。主に執筆状況や気に入ったホロ関連のリポストしてます。
飽和水溶液(@Suiyoueki_suba) https://twitter.com/Suiyoueki_suba



第60話 撤退完了。そして・・・

 

 

 

 

 

―――――彼は、ある者を探していた。

 

 

 

 

 

 

『何か』によって侵された魂が肥大化し、もはや自意識というものは存在しない。

 

 

生前の記憶も消え失せ、ただ”生みの親”の意思を引き継ぎ放浪だけを続ける。誰かによって導かれた暗く静かなその場所でも、無理矢理植え付けられたその『生存目的』だけは確かに残っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……寒い。

もはや自分のものでは無くなってしまったそのカラダが、まるで氷の礫の様に冷え切っていた。しかし、悴むその身を擦ることすら今は叶わない。混濁した、まるで夢を見ているようなその感覚の中では、その思考を持つことすら許されてはいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――誰か……そこに、いるのか……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突然、光があった。

ハッキリしない自己意識の中、ひと際大きく輝く存在があった。この広大な世界の中で、ずっと求め、探し続けていた存在。どんな暗闇にあっても見失わない程に眩しい、”ワレワレ”の有る理由の全部。同胞、悪魔の使いであるワレワレ全ての主。あぁ……やっと、見つけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――今、御許に参ります。……我らの創造神たる、〖”魔王様”〗。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

秘密結社holoX所属の小型宇宙船。

それを守る使命を持つ優秀な者達は、焦燥感に煽られていた。

 

「あれが……ラプラス様の言っていた、外敵生命体……!!」

 

鳴りを潜める船内から、モニター越しに外界の様子を確認する構成員たち。その中でも隊長格とされる彼が、眼前で繰り広げられるある海賊船と"黒い影"との交戦を見守っていた。

否、交戦などと言えるような代物ではない。体当たりを続ける影に対し、その船はただ急旋回や船首を軸に相手をいなしているだけのようだった。海賊船内の状況が分からないため理由は定かでは無いものの、どうやらその船の迎撃機構は現在使用が不能な状態のようだ。

 

 

「……おい!昇降管の開通はまだか!?急がないと、あの海賊船は長く持たないぞ!」

 

「や、やってるって!ただ、船が動き回るせいで上手く繋がらないんだよ!!」

 

「隊長!間もなく船の燃料が残り20%を切りますっ!!」

 

 

数時間前より、この船はたった三人の乗員で運用されていた。しかし、それでも船内は今少人数しかいないとは思えない程人の声が飛び交っている。狭いコックピットであるということと、これ以上ないほど急を要する緊急事態であるということが合わさり、その場所はまさに血の流れない戦場と化していた。

 

だがそれこそが彼らの使命であり、眼下で奮闘している船に乗る仲間たちの唯一の希望であった。このたった三人の、勇敢で、優秀な構成員達の働きが組織の今後を左右するといっても過言ではない。総帥を含めた彼女らの命綱として、この子型船及びラプツナズという精鋭の彼らに失敗は許されない。

 

 

「……二人とも、落ち着け。あの化け物は幸いこちらにはまだ気が付いていないようだ。無駄に燃料を吹かすこと無く、ゆっくりと海賊船に船体を近づけろ。そして手早く、確実に仲間たちの逃げ道を作るのだ」

 

「「了解!」」

 

 

冷静に、極秘特殊部隊の隊長であるその者は部下達に指示を出す。失敗は当然許されないものの、外界が宇宙である以上これらの作業には精密さと正確さがどうしても求められる。時間も無いが、事を急いたせいで昇降管の開通に不備があってもそれはそれで大問題だ。我らの主が身を挺して時間を稼ぎ、そして部下たちを逃がすことを選ばれた以上……我々も同じ覚悟を持ち、それに準じなければならない。

 

「ラプラス様……必ず、ご期待に応えてみせます」

 

そう言った彼もまた、崇高なるラプラス・ダークネスに仕えそして役に立ちたいと願う眷属の一人であった。

 

********************

 

 

 

「―――次左ッ!取舵いっぱい!」

 

 

 

「○○〇!」

 

 

船長である少女の声掛けにより、船体が大きく左側に傾く。急旋回による圧力が船体全域にかかり、同じく乗り込んでいた自分達にもそれは降りかかっていた。

 

 

「な、何とか避けられ…………ッ!次くるよ!幽霊さん、今度は右右っ!!」

 

 

「〇……△△ッ!」

 

 

ようやく揺れが収まったかと思えば、今度は逆方向に更なる重力がかかる。もはや、何かに掴まっていなければまともに立ってすらいられない。それでも、今はそうやって時間を稼ぐことが何よりも重要で最優先すべき事であった。

 

 

「はぁ、はぁ、揺れ過ぎだろ……ちょっと、気持ち悪くなってきた……」

 

 

「なに、今更弱音?さっきまでの威勢は何処に行ったのです、ラプラス」

 

 

波風とは比べ物にならないほど揺れる船体に、流石のラプラスにも船酔いのような不快感が襲い掛かっていた。しかしここに残ると部下やるしあ先輩に啖呵を切った以上、そんな弱音を吐いてる余裕は無いだろう。正直吾輩がここに居ても何も出来ることは無さそうであるが、それでも最低限総帥としての威厳は保たなくては。

 

 

「べ、別にそんなんじゃないぞっ!……ただ、こんなに船が動いてたらうちの部下が逃げ道を作るのに苦戦しそうだと思ってな」

 

 

それは、咄嗟に出た強がりにしては的を得た懸念点であった。

現在吾輩たちの乗って来た小型の宇宙船の中では、総帥の指示により部下全員を撤退させるための逃げ道を作ることに勤しんでいることだろう。博士の作ったそのホース状の管は、仮に宇宙空間であったとしても簡易的に船同士を行き来できるようになる潜入任務に欠かせない一品であった。しかし、それは安全面を考慮する為開通自体にはそこそこの時間とそれを可能とする作業員が最低でも一人は必要なのだ。また物理的な管の長さにも限界があるため、開通先の宇宙船との数分間の平行飛行が絶対条件となっている。

だが、今この開通先である海賊船はホロベーダーとの交戦によって激しく動き回っている。それは奴との接触や衝突を避ける為ではあるが、そのせいで開通作業に手間取ってしまっている可能性はあるだろう。

 

 

「一応、向こうがどうなってるか確認しておくか。…………ラプツナズ?」

 

 

自主的に度々揺れる船に注意しつつ、ラプラスは再び無線機を使って帰還船との連絡を試みる。すると、即座に彼らからの応答があった。

 

 

『はいっ、ラプラス様!聞こえております』

 

 

「ああ、こっちの船が随分と動き回ってるんだが……開通作業は順調か?」

 

 

『……ッ、申し訳ありません、ラプラス様。現在海賊船の軌道を読むのに手間取り開通に少々時間がかかっております』

 

 

総帥からの質問に、彼は不甲斐なさそうにそう答えていた。やはり吾輩の睨んだ通り、彼らはホロベーダーとの衝突を避けるため右往左往する船を捉えるのに苦労しているようだった。

 

(どうする。今優先すべきは部下たちを船に乗せてこの場から逃がすことだが、それをする為には現在進行形で襲われているこの船をしばらくの間動きを停止させておかなきゃならない。……この程度の鉄の塊なら簡単に壊せるというホロベーダーからの猛攻に耐えながら)

 

そんなことは不可能だと思いつつも、それを可能にするための手段をラプラスは模索する。要は攻撃を避けなくても構わない状況を作りだせればいいわけなのだが、省電力航行に移行しているせいで多くの機構を使えないこの船ではそれも難しいだろう。せめて、少しでもホロベーダーに反撃する手段があればいいんだがな……。

 

 

 

 

「……一発だけなら、あるのです」

 

 

 

 

部下との通信を受け、考え込んでいたラプラスに対し突然るしあがそう言った。

 

 

「……え?」

 

 

「なに、そのアホ面。……さっきの会話、聞いてたのです。あくあさんを逃がすためにはその”かいつうさぎょう”とかっていうのをしないといけないんでしょ?で、その為にはこの船を暫く動かないようにしておかなきゃいけない」

 

 

いきなり意味の分からない言葉をかけられたラプラスは困惑していた。しかし、その様子を見て悪びれも無く罵るるしあは賢くもこちらの問題を即座に理解しているようだった。

 

 

「そ、それはそうなんだが……一発だけっていうのは?」

 

 

「だから、今のこの海賊船にも一発だけなら攻撃手段があるって言ってんの。予備電源の残量をほとんど使うことになっちゃうけど、それで時間が稼げるなら構わないのです。……ただ問題なのは、自動追尾機能が使えないから手動で発射しなくちゃいけない事」

 

 

るしあはそう言うと操舵室前方の一角にあるモニターの前まで移動し、そこにあった操作盤を少し触ってからこちらを手招いた。ラプラスはそれに素直に従い彼女に近づくと、そこには一本のレバーのようなものと何か黒い塊を映し出す小さな画面が備えてあった。

 

 

「時間が無いから手短に説明するのです。これは、要は”電磁力”を使って砲撃する大砲のようなもの。出力は使える電力に依存するから少し抑え気味にしてあるけど、ホロベーダーにも直撃させられれば多少怯んで時間を稼げる。使い方はここのモニターを見ながらレバーを握って、狙いを定めながら射出ボタンを押し込めば発射できるのです。……ラプラス、”エイム”に自信はある?」

 

 

淡々とその機構について説明をし、最後にそう問うてきたるしあにラプラスは再び困惑する。先輩の説明によれば、それは宇宙空間でも使用可能な今唯一の攻撃手段のようだった。しかしそのリスクは飛行の為の電力確保のために一発分しか撃てないことと、その砲撃を手動で行わなければならない事であった。……え、待って。それって吾輩がやるのか??

 

 

「エイムに自信って……お前がやるんじゃないのか?」

 

 

「るしあはこの船の操縦があるから同時になんてできない。ラプラスがあの子達と話せるって言うなら代わってあげてもいいけど、どっちにしたって操縦できないあなたじゃ意味がない。……だから、もしそれを使いたいならラプラスが撃つしかないのです」

 

 

「な……」

 

 

るしあはそう言うと、こちらにモニター前の席を明け渡してきた。しかし、例えこんな状況であろうとラプラスはそこに着くことを戸惑っていた。確かに先輩の言う通り、仮にそれをホロベーダーに当てることが出来れば管開通までの時間を稼げるかもしれない。またどれくらいの威力かはわからないが、うまくいけば奴を退けることだってできるかも……。

だが、そんなこと言われたって吾輩にそんな重要な役回りがこなせるとは到底思えない。敵を狙って撃つなんて行為はあっちの”電子世界”で散々やって来たが、ここは現実の世界だ。ましてや、これを外せば部下全員の命が失われるリスクがさらに上がることになる。そんな大仕事を、あの星でただ自堕落な生活をしていた吾輩にこなせるとは……。

 

潤羽るしあにより砲撃主として抜擢されようとするラプラスは、内心葛藤していた。果たして、自分にそんな大役が務まるのかと。そんな時、再び無線機のランプが光り連絡が入った。

 

 

『ラプラス、聞こえる?!沙花叉だけど、こっちは大体B棟地下の倉庫に集合したよッ。残りのメンバーもこっちに向かってきてて、今B棟への連絡通路辺りだって。……ただ、まだ帰還船の方が時間かかってるみたいで撤退できてないのッ!どうしたらいい?!』

 

 

多少息を切らしつつ、そう言ったクロヱは焦っているようであった。彼女からしてみれば、自分達がこの船から脱出するのに時間をかければかける程総帥の身が危険に晒されることになる。よって、その手筈が違っている状況に焦燥感を覚えるのも当然であった。

 

(……)

 

組織の総帥として、自分がやらなければならない事。この任務に来ると決めた時から、心に誓っていた絶対の事項。部下を守ることが吾輩の仕事であり、その為には腹を決めるしかなかった。ここを生きて切り抜けられる可能性が少しでもあるなら、それをこなさない訳にはいかない。

 

 

「……どうするの?ラプラス。やらずに全滅するか、やった上で失敗して全滅するか。…………あるいは、あなたの『何も諦めない』って言葉を証明する為に”行動”でそれを示すか。これを成功さえすれば、あなたが諦めないと言った全員が助かることになる。……ラプラスはどっち?」

 

 

再度悪魔を試すように、疑いとほんの少しの”期待”を込めた視線を彼女は送る。先程言葉だけではない、それを真実だと行動を伴い示したこの憎たらしい悪魔であれば、また同じように淡い希望を見せてくれるだろうと。例えこんな絶望的な状況であろうと、故郷を取り戻すと誓ってくれた彼女であればきっと実現してくれるはずだ。

……そして、それに全力で応えようとするのが我らがラプラス・ダークネスであった。

 

 

 

「―――わかった。絶対当ててやるから、任せろ」

 

 

 

額に冷や汗を浮かべつつ、無理矢理作った笑顔で悪魔はそう言った。

 

********************

 

 

「ラプラス、タイミングはホロベーダーとこの船が一番離れた時。合図するから準備しておいて」

 

 

「あ、あぁ、わかった……!!」

 

 

上部の一番大きなモニターを注視し、迫りくる黒い影との防戦を続けつつ指示を出するしあ。それに対し、ただ目の前の一点だけを見つめながらラプラスはそう答えた。

 

無線機を使い、クロヱ達やラプツナズにはこれから砲撃をすることを事前に伝えてある。同時に、海賊船の動きが止まった瞬間から作業を始めるようにと指示を出した。つまり、彼らが昇降管を射出した瞬間からもう後戻りはできないということ。船体の後部に張り付き数分間平行飛行を強いられる彼らを守るためには、ラプラスのそのたった一発を絶対に外せないのであった。

 

 

「……」

 

 

決して失敗は許されない。その重圧が、少女の小さな体にのしかかっていた。神経網が魂ごと絶たれている右手は使用できず、その為残った左手だけで一本のレバーにしがみつく。しかしその手は緊張のあまり震えが止まらず、嫌な汗が噴き出していた。

 

(絶対に、外せない……!!……大丈夫。いつもゲームでやってるみたいに、ただ大きな的を狙って撃つだけ……)

 

これまでに培ったFPSゲームでのエイム練習、その全てを思い出す。今握っているのはマウスやコントローラーではなく自動車にあるシフトレバーのようなものではあるが、それでも勝手は同じはずだ。

 

 

「大丈夫、大丈夫……吾輩は、holoXの総帥ラプラス・ダークネスだ……!!」

 

 

自分にそう言い聞かせ、ラプラスは自分を落ち着かせていた。

その時、再び迫る影を避けるため船が大きく揺れる。

 

 

「幽霊さん、面舵きって!ぶつかるよ!」

 

 

「~~~!!」

 

 

急激に速度を上げこちらに突っ込んで来たホロベーダー。その衝撃を少しでも緩和する為船を無理やり傾けると、またしても地面から浮くほどの揺れが生じた。

 

 

「うぉっ!!?」

 

 

船の中にあったモノが一瞬浮き上がり、そして重力に従って流れていく。それはラプラス自身も例外ではなく、ましてや右手が使えないうえに左手でレバーを握っていたせいで態勢を大きく崩す。また万が一にもそれを壊してはならないと咄嗟に手を放した結果、受け身もまともに取れないまま壁の方に転がっていった。

 

(マズいッ!ぶつかっ……!!)

 

流れに逆らえず落ちていくラプラス。間違っても唯一使える左側が下にならないようにと努めはするが、それでも直ぐに強い衝撃と共に鈍い痛みが襲って……。

 

 

 

 

 

「―――しっかりしてよ、ラプラス」

 

 

 

 

 

……が、それが自分に訪れることは無かった。どうやら、壁に激突する直前で近くに居た彼女が体を受け止めてくれたらしい。

だが、その事実にラプラスは困惑する。

 

 

「えっ……あ、あぁ…悪い……」

 

 

「…………別に。」

 

 

震える船の動きに堪えきれず態勢を崩したラプラス。それを片手で自分の体を、もう一手で悪魔の体をるしあは支えていた。その際彼女の持っていたぬいぐるみを地面に落としてしまっていたものの、それに構わずラプラスを助けてくれてたのだ。それは今までの潤羽るしあではありえない、何か大きな心の変化でもあったような行動であった。

 

 

「……ちんちくりんなあんたをるしあが支えてあげるから、ちゃんと狙って。……ラプラス」

 

 

「わ、わかった」

 

 

揺れの収まった操舵室、そこで吾輩は初めてるしあ先輩に触れられた。吾輩の肩を掴み、耳元でそう囁かれて少しだけドキッとする。鈴のようなその声音は、緊張し強張っていた自分の身体をゆっくりと解していった。

 

それは本人にとっては何気ない、しかし焦燥感に支配されていたラプラスにとってはこれ以上ない程の励みとなっていた。そして、その心持ちのままに悪魔は再び主砲を支配するレバーの前に立つ。……その際、右手を使えない代わりに彼女に体を預けていた。

 

 

「ありがとな、るしあ。これなら良く狙えそうだ」

 

 

そう言ったラプラスは、ゆっくりと左手を前に出しレバーを強く握りこむ。るしあ先輩が合図をくれたその時に、間違いなく奴を撃ち抜けるよう目の前の十字線の映るモニターを凝視した。

 

 

「ラプラス、次避けた後を狙って。合図するから」

 

 

「了解だ。……そっちもいいな?ラプツナズ」

 

 

『はい、用意しておきます』

 

 

吾輩の肩を持ちつつ、前方のモニターを見上げながらるしあは次のホロベーダーの突進に備えていた。また、腰元に吊るした無線機越しに帰還船に居たラプツナズにもその旨を伝える。出来るだけ長く時間を使えるように、攻撃を避けたその瞬間から作業を始めるために。

 

 

 

 

「……ねぇ、ラプラス?…………もし、ここを生き残れたらさ……その時は、ちゃんとあんたの手治してあげるから」

 

 

 

 

突然、彼女はそんなことを言い出した。

その視線は目の前の悪魔の右側の手に向けられており、憐みと償いの感情を孕んでいた。

 

 

「え?……るしあ……お前、それって……」

 

 

「ッ!!…ラプラス!来るよ!!」

 

 

ラプラスの疑問を遮り、彼女は叫ぶ。そして、それを聞いたと同時に幾何目かの揺れが船を襲った。正面から勢いよく迫る影を避けるため船が進行方向より体を逸らし、大きく旋回しながら標的との距離を取る。

 

 

 

 

「――――今ッ!!」

 

 

 

 

目標との間合いが最も離れた時、ネクロマンサーが合図を口にする。

その指令を脳神経が受けとり、信号を伝って悪魔の左手の人差し指を動かす。真っ直ぐ、ただひたすらに成功を祈りながら。

 

 

 

 

 

 

 

「――――――当っ…たれぇぇぇぇええッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

狙いを定めながら、ラプラスは遂に引き金を押し込む。それに従い、電磁力により大きな力を宿した”それ”が影の塊に撃ち込まれた。

 

 

 

 

 

――――――キィ―――ン―――。

 

 

 

 

 

静寂に包まれた星々の世界に、一筋の光の線が伝う。それは大口を開け迫る闇の化け物目掛けて進み、寸でのところで本能的危機感を覚えたそれは光線を避けようと努めていた。

 

……だが、結果としてその電磁砲はホロベーダーの右翼に直撃していた。

 

 

「ッ!……なっ、外したッ!?」

 

 

「いや、十分なのです!ラプラスっ!!」

 

 

目標の脳天を狙ったはずが、惜しくもその着弾地点は少し左側に逸れてしまっていた。しかし、それでも相手を怯ませるには十分な一撃であり現にその悪魔の使いは失速しながら船体に体を預ける形となっていた。

 

 

「悪くない腕なのです、ラプラス。お陰でホロベーダーの動きが止まった」

 

 

「えっ…?……あ、あぁ……そうか、当たったのか……」

 

 

素直にそのエイム力を褒めてくれたるしあに対し、ラプラスは未だ実感が湧かずにいた。

だが、何はともあれこれで少しは時間を稼げることだろう。

 

 

『ラプラス様!こちらでも目標への着弾を確認しました、流石でございます!こちらの状況ですが、問題なく開通作業を進められております。クロヱ様の方も全員集まっているようです!』

 

 

「ああわかった、その後のことも任せるぞ」

 

 

『了解しました!』

 

 

砲撃に成功した安堵からラプラスは脱力し、ふーっと息を吐きだした。勿論まだ安心できるわけでは無いが、それでも一先ずはこの結果に喜んでも構わないだろう。

そう思ったラプラスはそっと後ろを振り返り、るしあ先輩と目を合わせた。

 

 

「どうだ?るしあ。無理言ってここに残った吾輩も、案外役に立っただろ?」

 

 

「……何その自慢げな顔。秘密結社holoXの総帥様ならこれぐらい当たり前なんじゃないの?……まあ、今回だけはお礼を言っておくのです。ラプラス」

 

 

何だかんだ言いつつ、満更でもなさそうにるしあは礼を口にする。それを受け、ラプラスはどうしようもない嬉しさが込み上げた。この先輩が元々人を素直に褒めない所謂”ツンデレ”みたいなところがあるのはよく知っているし、元々敵と見定めていた吾輩に対しかけてくれた言葉としてはこれ以上ないほど好感を持ったものだろう。あぁ……なんか、ここまで頑張ってきてよかったな。

 

 

そう思ったラプラスは、ここまでの自分の行動がようやく報われたような気になり更に安堵の息を吐き出す。このまま何事も無ければ、直ぐにでも部下たちを逃がせるだろうと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――ビー、ビー、ビー、ビー!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……だが、そう上手くはいかないのが世の常であった。

 

 

『―――警告、警告。船体の一部”損傷”を確認。船内が外気に触れる恐れがあるため、自動的に密閉用シャッターが作動します』

 

 

もう何度聞いたかわからない不快な警告音と共に、そのような放送が流れた。それを聞き、さっきまで少しばかりの安心感に包まれていたラプラスは顔を青くする。まだ、脅威は去ってはいなかったのだと思い知らされていた。

 

 

「そ、損壊って……うおッ!?」

 

 

再び船体が前方側に傾き、角度の着いた床を滑り落ちる。しかも、それは先程の傾きとは違い今度はその態勢がずっと続いていた。つまり、”ナニ”か大きく重いものが船首にのしかかり船全体を前側に落ち込ませていた。

 

 

『損傷を確認、損傷を確認。緊急酸素循環装置を起動します。乗組員は即座にB棟へ移動してください』

 

 

「こ、今度は何だッ?!またホロベーダーの仕業か!?」

 

 

「それ以外に、今は考えられないでしょっ!!……恐らく墜ちたホロベーダーが船の前側に引っかかって、そこで暴れてるのですッ!」

 

 

一度の衝撃自体は先程までとはいかないが、継続する揺れや船の壁や甲板を破壊する振動は比べ物にならない程ラプラスにまで響いていた。船体に絡み付いたその悪魔の使いは、さっきの砲撃の仕返しとも言いたげに触手を伸ばし海賊船を犯していく。モニターに映る館内マップを観てみれば、既にA棟は人が踏み入ってはいけない場所となっているようだった。

そして、その魔の手は次第に吾輩達の居るB棟へと伸びて来ている。

 

 

「もうっ!!何でコイツ、さっきからるしあ達の居るB棟ばっかり狙ってくるのッ!?」

 

 

フラつきながらも立ち上がり、湧き上がる苛立ちをるしあは吐き出していた。彼女の言う通り、数十分前から続くホロベーダーとの防戦の際何故か奴は執拗に操舵室のあるこのB棟を狙ってきているらしかった。それを理解してからはるしあとそのファン達の連携により上手くいなせていたが、船体に張り付かれた今となってはそれも叶わずにいた。

 

 

「マズいのです、ラプラス!!このままじゃ、ホロベーダーがここに到達するのに数分も掛からない!」

 

 

そう言ったるしあの言葉に反応するように、何かが迫るような地鳴りと破壊音が気体の充満する船内に響いていた。けたたましく叫ぶ警告音とひっきりなしに続く鈍い揺れ。それら全てが、少女たちの恐怖心を煽っていた。

 

 

「はぁあ!?おいふざけんなっ!!さっきのちゃんと”当たってた”だろーがホロベーダー!!!もう大人しくしてろって!!」

 

 

「くっ…!……幽霊さん!とにかく舵を取って!!せめて態勢だけでも戻さないと……最悪、A棟は捨てていいからッ!」

 

 

『損傷を確認、損傷を確認、損傷ヲ確認n。一階、三階連絡通路のシャッターを閉扉しマす。乗組員は即座にB棟に移動しテくだサい……』

 

 

ノイズ音が交じりだした放送を聞き、ラプラスはより一層の焦燥感を抱く。未だ傾いた船の中、るしあ先輩が必死に霊体ふぁんでっと達に指示を出し状況の改善を試みてはいるようだが、それだっていつまで保つかわからない。というか、既にほとんどの電力を使い尽し今尚崩壊を続けるこの海賊船ではもはや脅威を払うことなど出来はしない。

 

(どうするどうするどうする……ッ!?せめて、”あいつ等”が船で逃げ切るまでの時間は………!!)

 

部下たちを想い、彼ら彼女らの静止を振り切ってまでここに残った意義。特段大きなことが出来たとは言えないが、それでもるしあ先輩が必死に稼いでくれた僅かな時間。それを、ここに来て無駄にすることなど許されないし許せない。だから、少なくともあくあ先輩を連れた部下たちだけは逃がしてやらなければならないのだ。

 

 

「……もう、これしかないか」

 

 

ラプラスの持つ、本当の本当に追い込まれた時の最後の手段。結局問題を先送りにするだけであって、本来ならば取らない方がいい選択。最終的に、この宇宙を滅ぼすかもしれないその力。

 

……それでも、部下や先輩方の命が奪われるくらいなら……今はただ、この忌々しい契約の楔に抗うことも止む無しだろう。

 

 

「―――るしあ!こっちに来てくれ!」

 

 

自分だけで決めるにはあまりにも大きい……それでも、自分の大切なものを救う為なら一瞬の痛みや苦悩など厭わない。そう心を決めたラプラスは、少し離れた場所で必死に奮闘するるしあの名を呼んだ。また、その声に気づいた彼女は何かを決心したような悪魔の表情を見て全てを察する。焦燥感に駆られ、絶体絶命なこの状況においても彼女は『何も諦めてなどいない』と。

 

 

「ラプツナズ、そっちの状況は……」

 

 

自分の要望通りに近づいてきたるしあの手を、ラプラスはバッと握りこむ。少しひんやりとした、自分と同じか少し大きいくらいのその手は何だか震えているようだった。……もしかしたら、彼女もまた同様の恐怖と戦っていたのかもしれない。

 

 

『ら、ラプラス様ッ!ふ、船が!!…海賊船が、外敵生命体の攻撃を受けて……ボロボロに……』

 

 

「わかってるってッ!だから、そっちの状況は!?もう全員船に乗り込んでるのかっ?!!」

 

 

無線機越しに聞こえる部下の慌てふためくような声。それから察するに、外から見てもこの船は酷い有様のようだった。破壊衝動に駆られた悪魔が創り出したらしい害蟲。それが張り付き暴れているのなら、もう間もなくこの鉄の塊は文字通り宇宙の塵になるだろう。……だからこそ、彼らの”撤退完了”の報告を待っていた。

 

 

―――そして、その瞬間はまもなく訪れる。

 

 

 

 

 

 

 

『―――――ラプラスっ!!お待たせっ!!!……護衛対象を含めた21名、撤退完了したよ!!!』

 

 

 

 

 

 

 

そう言った新人の言葉に、ラプラスは冷や汗を浮かべながらもニヤッと笑った。

 

 

「上出来だ。……クロヱ、みんな……後のことは、頼んだぞ」

 

 

悪魔は最後にそう言うと、持っていた無線機を投げ捨てた。アイツ等は皆優秀で、きっと吾輩が居なくても後は何とかしてくれるだろう。

……だから、吾輩はここに残してしまった彼女と自分の身だけを案じていればいい。何一つ諦めない、全部全部を拾って、皆で『家』に帰る為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

軋む音が、もうすぐそこまで迫っている。

 

 

 

 

 

あらゆる障害を破壊し、掘り進み、ここへ至らんとする害悪の影。

 

外と内とを隔てる壁は無くなり、ここも間もなく生命の存在できない『真空』という名の無の空間になり果てる。多くの生物は、空気が無いというただそれだけの理由でそこに存在することすら許されない。

 

 

 

 

 

 

 

……だが、それはあくまで一般的な生き物に限った話。この宇宙の、極限られた選ばれし者はそんな制限をものともしない。むしろ、その空間こそが【彼女】の有るべき場所と言えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――烏……契約だ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ポツリと、崩れ行く船の中でそんな言葉が零れる。

そして直後、暗闇と星々の輝きだけが支配する世界に眩い”菫色の彗星”が顕現していた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。