転生したらラプラス・ダークネスだった件   作:飽和水溶液_pixiv

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第62話です。今回で大方二章の本編は終了になります。まだ章自体はしばらく続きますが、思っていたよりも相当長い戦いでした。ですが、ぶっちゃけ今回の最後のシーンを書きたくてここまで頑張った感あります。是非お楽しみください。


前回は、久しぶりに力を解放した『覚醒ラプ様』が登場しました。更にあの脅威であったホロベーダーをたった一瞬で消し去ってしまうという活躍っぷり。流石は我らの総帥ですね。しかし、”昔のラプラス”が終始何やら意味深な言葉を並べていました。どうやらホロベーダーのことを前から知っていたようですね。一体どのような経緯でその存在を知っていたのでしょうか。また、最後に元の世界のラプ様に対して言った言葉の意味とは……?


【追記】
今回の深堀シリーズは、パラレル世界における覚醒ラプ様の認知度についてです。この辺あんまり深く触れていなかったうえ、本編でも出しにくくなってしまったので一応ここに記しておきます。

覚醒ラプ様、それは『ラプラスの悪魔』の力を封印する五つの枷のいずれかを外した状態のラプラス・ダークネスのことを指します。それは、その昔何者かと交わした契約を破ることに始まり、結果封印していた『昔のラプラス』を開放することと同義になります。また契約を破る毎にその封印が弱まり、最終的には大悪魔がこの世界に解き放たれることになります。その予兆としてこの世界のラプラス及び元の世界のラプラスは枷を外すたびに、昔のラプラスの干渉という精神汚染のような状態に陥ります。それは本人たち曰く『混ざる』ようであり、考えたくも無い思考や言いたくも無い言動が次々に流れ込んでくるようです。
そして、その秘密や事実について知る者は組織の中では大幹部鷹嶺ルイ、研究部門代表博衣こより、戦闘斥候部門代表風真いろは、暗殺部門代表沙花叉クロヱの四名だけです。彼女らは総帥の本当の力は勿論、その契約を破る代償についてやそのリスクについて理解しています。更にこより氏の推測によると、ラプラトン星人の弱点である『ラプラトナイト』があればより封印性の高い枷を作ることが出来るらしいです。
そんな覚醒ラプ様についてですが、秘密結社holoX内では『ラプラス様には秘められた力がある』というのが一般的な認識のようです。勿論今回の様に極稀にその力を解放したラプラスの戦闘なんかを目撃する者もいますが、大抵の場合それにより生じた結果やこれまでの功績を知るだけの者が殆どです。しかしそれを信じる者は圧倒的に多く、またそれらの事実の信憑性は今回のような目撃者の証言が相まって確かなものとなっています。更にこれらの件について、参謀鷹嶺ルイは敢えて箝口令を布かないことにより総帥ラプラス・ダークネスの威厳とその強さを知らしめる効果に繋げているようです。結果、勿論その覚醒の代償については報せずに、偉大な総帥の御力を構成員達に浸透させているようですね。(だから、あの時覚醒ラプ様を目の当たりにした暗殺部門の方たちは興奮気味だったわけです)


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第62話 『笑顔』という名の刃物

 

 

 

(……もういいだろ。さっさと吾輩の中に戻れ、”馬鹿なラプラス”)

 

 

 

 

混濁する意識の中、彼女は藻掻きながらも自身を取り戻そうと努めていた。まるでのしかかるような微睡みを跳ね除け、現実の世界へと手を伸ばす。疲労も恐怖も不安も受け入れ、それでも帰るべき場所があると彼女は強く願ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あっ。起きたの?ラプラス♪」

 

 

 

パチリと目を開いた矢先、最初に飛び込んできたのは新人の可愛らしい笑顔だった。その眩しさといえば例えるなら何か嬉しいことがあった無邪気な子供のようで、酷い悪夢を見て荒んだ自分の心を澄み渡るように癒してくれていた。

 

しかし、吾輩は一体……あれからホロベーダーは、るしあさんは……みんなは、どうなったのだろうか。

 

 

「……クロヱ…?……こ、こは……?」

 

 

「ん~?ここはあんたの指示で避難してきたどっかの惑星だよ。覚えてない?……あんたのお陰で、沙花叉たちみんな生きてるんだよ」

 

 

そっと吾輩の頭を撫でつつ、彼女は微笑みながらそう言った。その時、自分の体勢やクロヱを見上げる角度から彼女に”膝枕をされている”事実に気が付く。今更恥ずかしがったりするような仲でもないが、目が覚めて早々クロヱに看病されているとは何とも不思議な光景だ。

 

 

「そうか、よかった……あ、その皆ってのは勿論るしあやあくあさんのことも含まれてるんだよな?」

 

 

「んもう。ラプラスったら、またあの二人のことばっかり気にして……うん、ちゃんとどっちも生きてるよ。潤羽るしあはあんたが連れて来た時から気絶してて、まだ目が覚めてないけどね。取り敢えずはウチの宇宙船の中で他の負傷者たちと寝かしてる」

 

 

不満そうにぷくっとほっぺを膨らませる彼女は、少しばかり不貞腐れているようであった。しかし、それでも自分からの質問にはしっかりと答えつつ、その指先を少し離れたところに停めてあった宇宙船へと向ける。またそれにつられて視線を横に移してみれば、その周辺で何やら作業をしているらしい部下たちの姿が見て取れた。どうやらクロヱの言う通り、皆無事なようだ。

 

 

「はぁ~、なんかホッとしたぞ。部下たちのことは正直、お前が居るからそんなに心配してなかったが……るしあ達の方は下手したら吾輩が寝てる間にお前が何かするんじゃないかって気が気じゃなかった」

 

 

「……まあ、今のうちに……ってのは思わなかったわけじゃないケド。でもあんたが『持ってろ』って命令したし、”必要だ”って言ってたからさ。少なくともラプラスが目を覚ますまで待ってようと思って。……流石に、もう沙花叉の判断だけで勝手なことはしないよ」

 

 

そう言った彼女の表情は少しだけ曇り、その口調は何かを酷く後悔しているようであった。折角助かったというのに、こいつは今更何をそんなに思い詰めているんだ。確かに今回は色々なことがあったが……それでも、今こうして皆が生きていることが全てだろう

に。

 

だが、彼女にとっての不安はそれだけに留まってはいなかった。

 

 

 

「……ねぇ、ラプラス?……その”枷”さ、外したん……だよね?」

 

 

 

恐る恐る、起こってしまった事実を確認するように彼女は問う。

 

 

「……まあな。生憎、あの時はこれ以外に方法が思いつかなくてさ。もうすぐそこまでホロベーダーが来てたし、吾輩だけは宇宙人だから何とかなったとしてもるしあの方は助からなかったかもしれないし……ただ、今回はどうやら詰めが甘かったらしくてな。どうにも力が上手く制御できなくて、途中から完全に意識を失ってた」

 

 

ラプラスは自分の身に起こったことを何とか思い出しつつ、ゆっくりと言葉を繋げる。吾輩が覚えている最後の記憶は、るしあ先輩を崩壊しつつあった海賊船から担ぎ出し、そのまま新人たちの下へと向かおうとした所までだ。ただその途中でホロベーダーとすれ違ったような気がして、その辺りから『昔の自分』が強く出てしまっていた。また最後の結末を夢の出来事の様に観ていたような気もするが……残念なことに、何ら詳細なことは吾輩の中に残ってはいなかった。

 

 

「クロヱ、聞かせてくれ。お前らが海賊船を撤退した後、何があったんだ?」

 

 

「ホントに覚えてないんだ。……うん、わかった。ちゃんと説明するね」

 

 

そう言ったクロヱは、ぽつりぽつりとここまでにあった出来事を話し始めた。吾輩への撤退完了報告をした後、指示通りにこの惑星へと移動し不時着したこと。そこで生存者の安否の確認をしつつ周囲の探索をしようとしたところに吾輩が現れ、同時にるしあ先輩にヘッドギアを被せたまま運んで来ていたこと。更にはその後を追い、崩壊した海賊船と共にホロベーダーがこの荒野に飛来したこと。そして、その脅威的であったホロベーダーを吾輩がほんの一瞬で葬ってしまったことを。

 

 

「……それを、私達は皆で見てた。その時のラプラスが見てろって言ったから。……飼育員やラプツナズ達が『流石はラプラス様っ!』ってはしゃいでたよ」

 

 

重苦しく話す彼女も、その部分だけは少しだけ楽しそうに話していた。

 

 

「それで、ラプラスが辺りを吹っ飛ばしてから暫くして沙花叉たちの所に帰ってきたの。そん時のあんたは……少しだけ、怖い顔してたかな。でも私だけはその事情を知ってるから……で、ラプラスは戻ってきて地面に降りた後自分から枷を嵌めてた。そしたら、そのまま気絶しちゃってさ……びっくりしたんだよ?ラプラスがいきなり倒れるから」

 

 

そう説明する彼女からは、その時の心の不安が見て取れた。その場には他の部下たちも居ただろうし、恐らくは大騒ぎになったはずだ。総帥が急に倒れるなんて、それが仮に本部内での出来事だったならそれこそ大事件扱いになってしまう。それはありがたいような気もするが、少し大袈裟でとても申し訳ない気持ちになってしまう。それに今回の場合、表に出ていた『昔の吾輩』が再び封印されて引っ込んだ時、今の吾輩が気を失っていた為に”出てくるラプラス”が居なかったのが原因だろうしな。

……でも、『自分から枷を嵌めた』っていうのが……少しだけ、引っかかるな。”あのラプラス”が、果たして素直に吾輩に主導権を返してくれるものだろうか……。

 

 

「そうだったのか。……それは、迷惑かけたし心配かけたな」

 

 

「ううん、そんなことないよ……あんたが沙花叉たちの為に頑張ってくれてたことは、ちゃんとわかってるから。ていうか、そもそも総帥のあんたが現場に来てるの自体おかしいんだよ?確かに私達の失態でこんな事になっちゃわけだけどさ、だからってラプラスが出張ってくること無かったのに……」

 

 

「なんだ、またその話か?だから、今回のことは吾輩が勝手に宝鐘海賊団に興味を持ったからって言っただろ。ホロベーダーにも今回の件の落とし前を付けさせなきゃいけないし、他にも気になることが出来た。……それに、本当にお前らのことが心配だったんだ。特に、お前のな。言ったかもしれないが、任務に出てた暗殺部門が半分しか帰ってこなくて、更にその中にお前が居ないと聞いた時は本当に肝を冷やしたぞ」

 

 

「…………そっか……」

 

 

彼女の膝を頭の下に敷き、地べたに寝ころびながら腕を組むラプラスは語る。少しだけ偉そうに、誇るように、だからこそ彼女を安心させようと、ラプラスは部下想いで仲間思いな総帥を本心から演じた。……結果、それは自分の顔に何かが零れるところまで続いていた。

 

 

「……クロヱ……?」

 

 

「ッ……ごめん、何でも無いよ…」

 

 

それが彼女の”涙”だと気がつき、ラプラスは驚愕する。同時に、引き続きその目に大粒の宝石を浮かべるクロヱを励まそうと言葉を並べた。

 

 

「お、おいっ、大丈夫かクロヱ?!どっか痛いのかっ?それとも、またお腹でも空いたのかっ?!た、確かうちの船にまだ食べ物が残ってたはず……」

 

 

力を使った反動か、酷く気怠い上体を無理矢理にでも起こし新人に寄り添うラプラス。しかし、それでもクロヱの涙が止まる様子は無かった。

 

 

「ごめん、ごめんね……すぐに、泣き止むから…」

 

 

「い、いや、泣くのはいいんだが……その、何で泣いてるんだ?吾輩、何かお前を傷つけるようなこと言っちゃったか……?」

 

 

一度溢れ出してしまった涙を止めることが出来ず、ボロボロと泣き出すクロヱ。目元を徐々に赤く染めていき、ぐちゃぐちゃな感情を吐き出すように嗚咽を漏らす。そんな彼女に対し、ラプラスはただ背中をさすってやることしか出来なかった。

 

 

「ちがう……ラプラスは、なんにも…悪くないから……ッ……沙花叉が、”勝手なことした”せいで……ラプラスを苦しめちゃっただけだからァ……」

 

 

その言葉を聞き、ラプラスは何となく……彼女が泣いている理由を察した。

 

今回の騒動について、その発端がどこかと言われれば解答に悩まされる。我々holoXが宝鐘海賊団の調査の為クロヱ達を派遣したのが始まりとも言えれば、そうなった理由はそもそも宝鐘海賊団がウチにちょっかいをかけてきたからだとも思える。だが、そうなってしまったのも全てはホロベーダーという外敵が先輩方の故郷の惑星を襲ったからで……と、起源の話をすればキリがない。この一件は、それだけ根が深い問題だと言える。

 

だが、今回の件に『ラプラス・ダークネスが自ら赴くことになった発端』と言われれば、それは”任務に出ていた暗殺部門の連中が捕らえられてしまったから”というのが第一かもしれない。勿論、吾輩自身が元の世界で聞き馴染みのあった【宝鐘海賊団】に興味を持ったからというのもある。だが、少なくともクロヱにとってはそれよりも前者の要因が圧倒的に大きいと思うことだろう。”自分が失敗してしまったせいで総帥の手を煩わせてしまった”、なんて今の彼女は考えているのかもしれない。

それに、四天王の一人であるクロヱだけが知る事実がある。それは我が身を縛るこの枷とその秘密、そして強大なリスクについて。吾輩が力を解放すれば、契約を破った代償としてその封印の力が徐々に弱まっていく。それは即ち太古の悪魔である『ラプラスの悪魔』をこの世に放つことになり、そうなれば全宇宙すらも簡単に破滅させられるとのことだ。また、そうでなくともこの枷を外すこと自体本体の吾輩にも精神的に大きなダメージを受けることになる。その事を知っている新人は、吾輩がこの枷を外すことが如何に重大で……そして、ラプラス・ダークネスを苦しめることかを理解しているのだ。だからこそ、自分のせいで総帥を苦しめてしまったと自責の念に捕らわれているのだろう。

 

 

……だが、それはあくまで彼女の中での話。当の本人である吾輩にとって、過程はどうあれ部下たちや先輩方が無事であるというこの『結果』が全てなのだ。その為に多少自分の労力を割いたり、不快感満載の契約破りだって大した問題ではない。いや、勿論全世界を巻き込む大事なことではあるのだが、それを目の前で失ってしまうかもしれない仲間より優先する決断を今の吾輩では下せない。その苦しみも、罪も、業も、吾輩は全てを背負う覚悟を既に決めている。故に、その道選んだのは吾輩であり、それをクロヱが勝手に重荷に感じることは無いのだ。

 

 

「……クロヱ。」

 

 

未だに泣きじゃくる彼女の名を、ラプラスは口にする。与えられた立場と、その責任に押しつぶされそうになる掃除屋に『総帥としての言葉』を与える為に。

 

 

「クロヱ、いいか?…………吾輩は、今からお前を”叱る”。理由はお前が勝手な行動をし、組織の規則を破ったからだ。またそれについていくつか質問もするから、正直に答えるように。いいな?」

 

 

そう言った自分の声に彼女は耳を傾け、俯いていた顔をゆっくりと上げる。その時、目が合ったクロヱは目元を腫らしながらも真っ直ぐにこちらを見つめていた。

 

 

「…………はい…総帥……」

 

 

「よし。……まず、事の始まりから話そうか。話は大体聞いてるが、お前は今回の潜入先で部下が宝鐘海賊団に捕まった後、本部に一度も報告せず救出作戦を強行したそうだな。本来なら不測の事態が起きた際、必ず連絡をしなければならなかったのに。……それは何故だ?」

 

 

「……今回の任務が、あんたにとってとても大事なものだと思ってたから…です。だから、絶対失敗できないと思って……勝手に、救出作戦を実行しました…」

 

 

怒られる子供の様に縮こまる彼女は、正座をしたままそう答えた。

しかし、それを聞いたラプラスはその内容がどうにもおかしいように感じられた。

 

 

「……クロヱ、吾輩は”正直に答えろ”って言ったんだぞ。今のがお前の本心か?……お前が本当に吾輩の為を想いこれを大事な任務なのだと思っていたのなら、自分勝手な行動をしその結果事態がさらに悪化することを恐れたはずだ。お前が本当に、本心から、『任務の成功』だけを案じていたなら例え自分の部下の失態を晒してでも本部に報告し吾輩か幹部に指示を仰ぐべきだっただろ。絶対に失敗できないと思っていたなら尚更な。……もう一度だけ聞く。お前が独断で部下たちを助けようとしたのは何故だ?」

 

 

この時自分が思った事を、あたかもそれらしく悪魔は語る。だが、それを言われる彼女からすれば、それはまるで”自身の心を見透かされている”ような気分であった。

 

 

 

 

「………………ラプラスに……褒められたかったから…です……」

 

 

 

 

その言葉に、【ラプラス】は内心首を傾げていた。

しかし、この人にはやはり嘘は通じぬと観念した彼女はゆっくりと本心を語りだした。

 

 

「……任務に行く前に…あんたが、沙花叉に言ったことが……ずっと、引っかかってて……ちゃんと、自分の力だけで任務を成功させないと…………”ご褒美が貰えない”と思って……」

 

 

それが、今回の彼女の行動の全てであった。

総帥より賜った、激励の言葉。得体の知れない”悪い予感”により後ろ向きだった潜入任務、それに赴く前にご主人様が与えてくれたもの。それは自分の心に甘く甘く浸透し、それを得るためだけに彼女は頑張っていた。しかしそれが行き過ぎてしまった結果、起きてしまった失敗を隠しつつそれを帳消しにする為に何としても『任務の成功』という事実が必要になってしまった。……それが、更なる失態を招くリスクがあると理解していたとしても。

 

 

「……ラプラス……本当に、ごめんなさい。……沙花叉が勝手に組織のことも、仲間のことも、ラプラスのことよりも、自分の気持ちを優先しちゃったせいで…………みんなを巻き込んだ。苦しめた、傷つけた……取り返しのつかないことを、してしまった……」

 

 

これ以上ないほどの反省を、彼女は吐き出す。ここまで溜め込んでいた自分を責める気持ちが決壊し、ダラダラと罪の意識が漏れ出す。頭を抱え、全ては自己の責任であると後悔の海に溺れていた。しかし、いくらそうしたところで起きてしまった事実が揺らぐことはない。

 

 

「……そうか」

 

 

……だが、そんな彼女の言葉を悪魔は『自身の失態』として聞いていた。

沙花叉クロヱにそれだけの罪の意識を抱かせる結果になったのは、明らかに彼女のせいなどでは無く〖ラプラス・ダークネス〗という存在が原因だ。吾輩では無い吾輩が彼女に掛けた言葉により、新人は葛藤の末作戦を強行した。そしてそれを今の吾輩が一切触れることも責めることもせず、それがより一層クロヱを苦しめた。きっと、彼女には得も言えぬ不安が襲い掛かっていたことだろう。慕っている相手の期待を裏切り、しかもそれについて触れもされないなど怖い以外の何ものでもない。

それに、彼女が自分の想いのせいで皆を巻き込み苦しめたと言うのならば……それは、吾輩だって全く同じことをしているのだ。

 

 

「クロヱ、お前が何故自分勝手な行動をしたのかについては分かった。お前は吾輩からの『褒美』が欲しくて、その為に規則を破ってでも任務を続行したんだな?」

 

 

「……はい」

 

 

吾輩がこの世界にくる以前に起きた出来事、この世界のラプラスが”もし任務を成功できたなら与える”と言った『ご褒美』とやら。それ欲しさの為にクロヱは今回の失態を犯してしまったらしい。それが具体的に何を示しているのか今の吾輩ではわからないものの、『総帥に褒められたかったから頑張った』という部分だけを見れば今回のクロヱの動機は随分と可愛いらしいものだったんだな。

 

 

「なるほど、分かった。……そういうことなら、この件について”吾輩から言うことは特にない”」

 

 

「…………えっ…」

 

 

突然、お咎めなしだと言い出すラプラスにクロヱは思わず声を漏らした。

 

 

「まあ、多少は少し冷静になれとか思わない訳でもないが……まあ、お前にもまだ可愛らしい所があったんだなって許容できるレベルだ。むしろ動機が理解できてよかった」

 

 

「え……えっ、ちょっと、待って…言うことは無いって……それって、沙花叉には失望したから……もう、用は無いってこと……?」

 

 

「バカ、何でそうなるんだよ。さっきのは今回の件に関して、吾輩からお前に対して怒ることは無いって意味だ。今の話を聞く限り、少なくとも吾輩はお前に対して怒る必要性を感じなかったからな」

 

 

一瞬、総帥から『要らない』宣言をされたのかと焦る彼女に、ラプラスは真意を正しく伝えるため言葉を掛ける。今回の事件について、自分の気持ちとその全貌を理解する吾輩の視点から見れば、どうにもクロヱには責められる理由が無いように感じられた。

 

 

「で、でも……さっき、叱るって……」

 

 

「それはその必要があればそうするって話だ。いいか?『お叱り』っていうのはいきなり怒るんじゃなくて、まず何が起きてどうしてそうしたのかを聞く必要がある。そして、その上で本人に何か間違いがあればそれを咎め正すのが叱るって行為だ。……だが、今回の件についてお前が何か間違ったことをしてしまったと吾輩は思ってない」

 

 

涙は少し収まったものの、ズルっと鼻をすする彼女は総帥からの言葉を聞いていた。

 

 

「確かに、お前は組織の規則を破り勝手なことをしてしまった。……だが、お前はそれを精一杯反省しそしてそれを挽回しようと懸命に行動していた。お前が居なかったら吾輩はるしあとの話のテーブルに着く事さえできなかったし、他の部下たちを助けることも出来なかった。勿論そうなったのはお前が原因なのかもしれないが、それでも吾輩は今の結果に満足してるんだ。過程はどうあれ、吾輩はこうなることを望んでたからな」

 

 

間違いを犯してしまうことは誰にだってあることだ。だからこそ、大事なのはその後何を考えどう行動をするか。その点を考えれば、失態を犯してしまった彼女はよく働いてくれた。

 

 

「今のお前からはちゃんとした反省の色が見えるし、もしまた同じようなことがあったとしてもお前はもう間違わない。……だから、言うことは無いって言ったんだ。子供じみた理由の失敗でも、お前はちゃんと大人としての行動が出来てるからな。自分の失敗を挽回しようと努め、そしてこの結果をもたらした。……吾輩にとっては、それで十分だ」

 

 

そう言ったラプラスは、目を真っ赤に腫らした彼女の頭をそっと撫でる。そして、それと同時にクロヱの一度収まっていたものが再び決壊し溢れ出ていた。この悪魔にすべてを与えてもらった、この温かさを教えて貰った少女にとって……その言葉と、その行為こそが何よりもの『ご褒美』であったから。

 

 

「あっ………あぁ…………うぅ……」

 

 

「よしよし、クロヱは頑張ったな。流石はウチの自慢の掃除屋だ」

 

 

子供の様に、またしても泣き出す彼女の頭をラプラスは只々優しく撫でてやる。そっと指の隙間を通るクロヱの髪は柔らかく、そしてとても心地の良いものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

再び泣きじゃくる新人を慰めること暫々、ようやく泣き止んだ彼女は何かを言いたげにこちらを見ていた。

 

 

「……ねぇ、ラプラス?」

 

 

「ん?なんだ?」

 

 

涙を流した影響か、少ししゃくり上げている彼女はゆっくりと言葉を選ぶように口を開く。どうやら、まだ吾輩に言いたいことがあるようだった。

 

 

「その……もう一つ、謝らなきゃいけないことがあって……食堂でさ、あんたを疑って……銃を、向けたこと……」

 

 

「……あぁ、その事か。…………ま、まあ、それについてはあの時も言った通り吾輩にも非があったからな……」

 

 

沙花叉クロヱがラプラス・ダークネスのことを疑った件について。これについては正直、100%吾輩が悪いと言えた。

いや、むしろ未だ許されていることではない。彼女が今の吾輩を見て『ラプラスの偽物』だと言ったのは、”紛れもな事実”なのだから。その結果銃を向けた掃除屋としての判断は正しかった訳で、それをこっちの都合で彼女を騙していることに何ら変わりはない。だから、それについてはより一層吾輩に沙花叉を責める権利など無かった。

 

 

「で、でもっ……沙花叉は、あんたのこと疑っちゃったんだよ…?……あの時は、あんたが本当にラプラス本人じゃないって思った。前みたいな話し方にいきなり戻ってるし、自分のこと変な呼び方してるし、ずっとあんたらしくない事ばっかり言ってたから……ラプラスを、信じられなかった……」

 

 

そう言われ、ラプラスは何ら反論が出来ずにいた。

この世界のラプラス・ダークネスとして、吾輩は普段通りに振舞っているつもりだった。それは相棒によって、この世界のラプラス・ダークネスと今の吾輩に大した違いはないと言われていたから。しかしよく考えてみれば、いくら吾輩とこの世界の自分が同じだとしてそれが相手に対する態度まで同じとは限らないのだ。この世界でも一定の関係を持つ部下たち相手ならともかく、自分にしか知り得ない先輩方との関係の上に成り立つ信頼というのは吾輩自身の中にしかないもので、それをこの世界でも同様に持って接していれば多少なりの違和感が目立つことになる。それを目聡いクロヱが見れば、当然異様な光景に見えたことだろう。本来敵同士であるはずの、尊敬や信頼なんてあるはずもない相手を”さん付けで呼ぶ”などおかしいにもほどがある。そういった小さな差異が積み重なった結果、クロヱの中にあるラプラス像との違いに不信感を抱いたのだ。……そして、それは正しく彼女の睨んだ通りなのである。

 

 

「……でも、やっぱりそれは吾輩の説明不足だったって話だ。何もお前に事情を話さず、勝手に事を進めちゃって悪かったと思ってる。敵に捕まって、ずっと不安な思いをしてたはずのクロヱの気持ちを察せなくてすまなかったな」

 

 

「なっ、なんでラプラスが謝るのっ……沙花叉が、悪いだけなのに……」

 

 

「なら、お互い悪かったってことでいいだろ。この件について吾輩は特に気にしてないし、お前ももう気に病む必要はない。……それならどうだ?」

 

 

そう言った【悪魔】は、内心自分の言動に吐き気がしていた。

何を偉そうに、お前が彼女を騙しているだけだろ。クロヱの優しさに付け込んで、自分に都合のいい落としどころを見つけているだけだ。全部が全部お前が悪いのに、そんな奴に沙花叉クロヱを一ミリでも攻める権利なんてない。……”偽物”のくせに。

 

 

誰にも明かせぬ事情故、ラプラスは只々何処にも漏らせぬ自責の念を膨らませる。しかし、そんなことを全く知らぬ彼女はようやく少しだけ元気を取り戻してくれたようだった。

 

 

「……うん、わかった。……あんたがそう言いうなら、沙花叉ももう気にしないことにする」

 

 

鼻水を軽く啜りながら、自分の膝を抱える掃除屋。だがその瞳にもう涙は無く、代わりに何よりも美しい笑顔の花がささやかに咲いていた。

 

 

「――ああ、そうしろ」

 

 

その彼女の表情を見て、ラプラスはほんの僅かだけ心が洗われたような気がした。この世界で生きる上で吾輩が背負うべきもう一つの業。それは誰にも明かすことが出来ない自身の秘密であり、それを他者に話せばどんな言葉が返ってくるかわからない。人によってはラプラス・ダークネスという存在に失望し、また或いは偽物の吾輩を排除しようと試みるかもしれない。そうなっては、吾輩はもう元の世界に帰るどころではなくなってしまうだろう。……だからこそ、誰にも言えない『真実』なのだ。

 

 

「……まあ、でも流石にあの時はちょっとびっくりしたけどな。お前の眼がマジだったし、正直ビビったぞ」

 

 

「もう、嘘ばっかり。あんたが本物のラプラス・ダークネスならあんな銃で死ぬわけないじゃん。例え力を封印されててもさ。そうでしょ?」

 

 

……でも、”もしかしたら彼女たちなら”……そう思わなかったわけじゃない。

 

どの世界においてもラプラス・ダークネスとの信頼関係を築き、こんな吾輩と一緒に居てくれた彼女たちなら……もしかしたら、この本物ではない自分を受け入れてくれるかもしれない。更にみんなの優しさに付け込むことになるかもしれないが、それでもルイやこよりやいろはやクロヱならわかってくれるかも……なんて期待を、どうしても抱いてしまうのだ。

 

 

「あ~確かに、よくよく考えてみればそうだな。吾輩宇宙最強のラプラトン星人だったわ」

 

 

「そうだよ。あんたは強くてかっこいい、沙花叉たちみんなの最強の総帥でしょ♡」

 

 

そんな心の気まぐれが、ラプラスを突き動かす。

もしかしたら、優しい彼女なら……そう思った【悪魔】は一歩、恐怖へと足を踏み出した。

 

 

 

「……なあ、クロヱ。その……もしも、の話なんだけどさ……」

 

 

 

先程までとは打って変わり、立場が逆転したようにラプラスは言葉を選ぶ。決して踏み外さぬようにと、失言に最大限の注意をもって彼女に近づく。……願わくば、吾輩の望む答えを彼女の口から聞きたい。

 

 

「ん?な~に?ラプラス♪」

 

 

意を決して言葉を発するラプラスに対し、クロヱは笑って応えてくれた。その笑顔の温かさが、更に自分に勇気を与えてくれる。

 

―――そして、悪魔は遂にもう一歩踏み出す。

 

 

 

 

 

 

 

「も、もしも……吾輩が、実は”本物のラプラス・ダークネスじゃない”って言ったら……どうする?」

 

 

 

 

 

 

 

覚悟を決め、【ラプラス】は彼女に問う。

自分の正体については未だ隠したままに、真実へと乗り出す。その先に、何か救いがあると信じて。

 

 

 

 

 

総帥のその言葉を聞いても、掃除屋はもう一瞬たりとも不信感を抱くことは無かった。ここまでのことで、目の前の人物が本物のご主人様なのだということは分かっていたから。

 

 

 

その上で、彼女が何故そんなことを聞いてくるのかわからなかった。ほんの些細な興味話なのか、それとも遠回しに私の失敗をいじる冗談なのか、そのどちらともわからない。

 

 

 

 

……それでも、沙花叉クロヱの答えは決まっていた。

端からずっと、答えは同じ。この悪魔と出会ったときから彼女はずっとラプラス・ダークネスを心の底から信じている。自分を救ってこれたこの恩人を、間違いはあれどずっと望み続けている。故に、『掃除屋』は喜びの表情を崩さぬままにこう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――そんなの、許せるわけないじゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

変わらず、カノジョは笑っていた。

 

 

「え……」

 

 

「……だって、そうでしょ?沙花叉の大切な恩人を名乗る偽物なんて……そんなの、絶対に許せないよ」

 

 

そう言ってこちらに向けられる彼女の眼が、突然酷く恐ろしいものに感じられた。

 

 

「もしあんたが偽物なら、沙花叉は今すぐにでもラプラスを殺してる。私やみんなの前で総帥ラプラス・ダークネスを名乗って、あんたにしか許されない総帥の特権を使った……それって、要は沙花叉たちを騙して利用したってことでしょ?それなら、それ相応の報いを受けさせなきゃ。……私達を使っていいのは、この世界でたった一人だけなんだから」

 

 

何の悪意も無い純粋な忠誠心が、チクチクと悪魔の心を突き刺す。否、そのまま心を抉られるような感覚をラプラスは感じていた。喜びを表すその顔はこちらを覗き見て、自分の罪を決して赦さない。

 

……つまるところ、例えカノジョ達であっても【ラプラス・ダークネス】を受け入れることはできないと。

 

 

「でも、何でそんなこと聞くの?……も、もしかして、やっぱりまだ沙花叉が銃を向けたこと怒ってるの…?……ご、ごめんってば!もう二度とそんなことしないし、すっごく反省してるからさぁ……」

 

 

無邪気なラプラスを想う気持ちが、無意識に悪魔を詰っていく。もしかしたら彼女たちなら、自分を受け入れてくれるかもしれない……そんな淡い期待は消え失せ、この世界で生きるためにはこの先もずっとカノジョたちを騙し続けなければならないと理解させられた。

 

―――吾輩は、元の世界に戻るまで大切な仲間にすら心を許してはいけない。

 

 

「……別に、何となく気になっただけだ。……本当に怒ってないし、気にすること無いぞ」

 

 

思ってもいない、乾いた言葉が口をつく。総帥がまだ怒っているのではないかと不安になる彼女を慰めるように、出来るだけそれらしい文句を並べて。

 

 

「ほ、本当に?本当に怒ってない?」

 

 

「あぁ、本当だ。……嘘じゃない」

 

 

「……わかった。あんたがそう言うなら、信じる。…………でも、ラプラス。これだけは忘れないで」

 

 

相手の気持ちも知らずに、彼女は再び何かを決心する。今日からまた主人の役に立つ為にと、彼女は誓いを口にした。

 

 

「ラプラス……私は、あんたに使って欲しくてここに居る。最初は助けてもらったあんたに恩返しする為とか、報いるためとか、色々考えてたんだけど……でも今は、自分自身の意思でここに居るの」

 

 

元道具、兵器として育てられた少女の願い。それは、自分を見つけてくれた相手の為になれる自分で居たいということ。不甲斐なさも、不出来さも、不真面目さも、その全てを受け入れてくれるこの悪魔に仕え、望まれることが彼女の望み。

 

 

「沙花叉は、あんたの役に立ちたい。沙花叉はルイ姉みたいに優秀じゃないし、こんこよみたいに頭がいいわけでもないし、いろはちゃんみたいに強くも無い……でも、それでも私は自分の全部をあんたの為に使う。使いたいの。今回みたいにいっぱい間違えたり、失敗したりもするかもしれないけど……それでも頑張って、ラプラスの為に働きたい。それが私の願いだから」

 

 

そう言った彼女は立ち上り、こちらの顔を覗き込む。その眼は嫌になるほど真っすぐで、見ているこっちが耐えられない。されど、沙花叉クロヱは心からの『自分の意思』をハッキリと口にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――だから……これからも沙花叉のこと、い~~っぱいこき使ってね♡……ご主人さまっ♡♡」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まるで恋をしている少女の様に。

頬を赤らめ、屈託のない笑顔を浮かべながら……”カノジョ”はそう言っていた。

 

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