転生したらラプラス・ダークネスだった件   作:飽和水溶液_pixiv

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第70話です。とうとうここまで来ましたか……という感じです。筆者的に、今回とその次がこの第二章で絶対に書きたかったもう一つのシーンとなります。是非楽しんでくださいませ。


さて、前回は長い報告を終えそれに対しラプ様が命令を残すというところまで行きました。自分達の犯してしまった失態により、ルイ姉らは酷い自責の念に囚われていたようです。しかし、肝心のラプラス本人はその結果をさほど問題視していなかったらしく、むしろそんな危機的状況でよくやってくれたと言っていました。またそんな彼女たちに対し『宝鐘海賊団と和解するつもりである』という旨を伝え、気にする必要はないと部下たちを労いました。
……ところが、そこでいつものすれ違いが発生。自分達の失態に対し全くの怒りも、失望感も抱かない総帥に鷹嶺ルイは『初めからそうするつもりであったから、わざわざ命令を下さなかった』と誤認。そして今回生れてしまった損害についても、全ては総帥の”最善の道”に添えず”最低な道”にしか辿り着けなかった自分たちの責任だと認識してしまったようです。結果、博衣こより及び風真いろはを含め”自分達は使い捨てられる駒”として総帥に仕えることを宣言してしまいました。……相変わらず、ラプ様は言葉足らずで険しい道を活かされますね。
そして、そんな最中長い昏睡状態であったるーちゃんが遂に目を覚ましました。そんな彼女が真っ先に口にするのは、意識を失っている間に離れてしまった悪魔の名前。果たして、その声色に彼女のどんな気持ちが隠れているのか……次回が最終話です。


【追記】
今回の深堀シリーズはお休みです。切り所を失ってしまった為に、今話が今までの中で最も文章量の多い回となってしまいました。むしろ、題数の数字をキリよくするために最初この70話と71話をくっつけようとしていた自分の神経を疑っています。やっぱり第一章に比べて文章量増えちゃってるよ……。


↓作者:飽和水溶液のXアカウント。主に執筆状況や気に入ったホロ関連のリポストしてます。
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第70話 転生したら・・・

 

乾いた風が吹き抜ける台地に、少女の声が木霊していた。

ここは生物の体を形成する殆どに”岩石”が含まれる、通称『岩の星』。

 

 

 

 

 

「おーーーいっ!!かーらーすぅー!!!」

 

 

 

 

 

僅かに突起した丘の上で、悪魔ラプラス・ダークネスは長年付き添った相棒の名を叫んでいた。

 

 

「おーい烏っ!!どこ行ったんだぁーーーっ?!」

 

 

自分の口の周りに広げた手を添えて、声がより大きく拡散するように努める。しかし、それでも何故か”数時間ほど前から忽然と姿を消してしまった”小動物の所在を掴めないでいた。

 

 

「……ったく、アイツどこまで行ったんだよ」

 

 

彼の姿を見つけることも出来ず、周囲にはただ静けさを纏う岩肌が佇んでいるだけであった。まったく烏のやつ、こんな時に何処をほっつき歩いてるんだか……。

 

 

 

 

「――ちょっとラプラス、あんまり私から離れないでよ。何か変な生物でも居たらどうするの?」

 

 

 

 

烏の捜索という名目の下惑星内を闊歩する悪魔に対し、数歩後ろをついて歩く彼女……【沙花叉クロヱ】がそう言った。この掃除屋は総帥が相棒を探す為周囲の探索に行くと言い出すと『付いて行く』と聞かず、結果護衛としてラプラスに同行していたのだった。

 

 

「なぁクロヱ、本当に吾輩は烏のことをこの惑星まで連れて来てたんだよな?海賊船を出るところからの記憶が無くて、あんまり定かじゃないんだが……」

 

 

「うん、ちゃんとは気にしてなかったけど……確かにラプラスが連れて来てたよ。それにあの性悪魔法使いを沙花叉に手渡した時には近くを飛んでたと思うし」

 

 

クロヱの言う”性悪魔法使い”とは、恐らくあの船より吾輩が連れ帰った【潤羽るしあ】のことだろう。彼女の身柄は宇宙空間に投げ出されそうになっていたところを”もう一人の吾輩”によって拾い上げられ、そしてこの惑星へと降り立った時に沙花叉に手渡していたらしい。その後、現在は我々の乗ってきた宇宙船内で昏睡中という話だが、特段命に別状は無いとのことだった。

まあともかく、クロヱはその間にも確実に烏の姿があったと断言しているのだ。であれば、やはりこの惑星内のどこかに一人羽根を延ばしに行っているのであろう。この世界に来てから今まで、吾輩に黙ってどっかに行くことなんて無かったのになぁ……。

 

 

 

 

ラプラスはそんなことを思いつつ、更に歩を進めていた。気が付けば少しの山肌を登り上げ、惑星内の広範囲を見渡せる台地の上に立っていた。距離的に言えば少しずつ捜索範囲を広めている関係上仮拠点としている小型の宇宙船からさほど離れてはいなかったが、それでもちょっと高いところに上るだけで見える景色もガラッと変わっていた。

 

 

「スゥー……フゥー…………茶色ばっかりの退屈な星だと思ったが、何故か空気だけは妙に澄んでるんだよな。気持ちのいい星だ」

 

 

眼下の遠くに映る大きな湖を尻目に、ラプラスは落ちていた丁度いい大きさの岩に腰かける。時間にしてみればさほど長くは無かったものの、やはりこうも足場が悪いと多少の移動でも疲労を感じてしまうらしい。そんな中、眺めのいい席で足を伸ばしながら休めるというのは中々贅沢な気持ちであった。そういえば、吾輩潜入の時からずっと働き通しだったんだよな……今はまだ色んな気持ちや考えのお陰で身体が動いてるが、その内ドッと疲れが出ちゃうんだろうか……。

 

(……ま、敵地の中で堂々と居眠りコケていた吾輩と違って、他のラプツナズなんかは一度も休まず働き続けてくれてるわけなんだが……)

 

自分達の仕事に勤勉に従事する部下たちに対し、頭の上がらぬ悪魔は内心で改めて彼らへのありがたみを感じていた。今しているこの小休憩の瞬間にすら、部下たちはせっせと手を動かし働いてくれているのだろう。……その全ては、総帥ラプラス・ダークネスの為に―――。

 

 

「……大丈夫?ラプラス」

 

 

また余計なことに思考を奪われようとしていた矢先、再び背後から声をかけられたことでラプラスはハッとする。”コレ”はもはや、今の吾輩がいくら考えたところで解決できるような問題では無い。この世界における悪魔〖ラプラス・ダークネス〗とその部下たちとの関係性、それは長い時間と確かな実績の上に成り立つ嘘偽りのない現実なのだ。……ただ一つ、【吾輩】という嘘を除いて。そんな真実しかないカノジョ達との関りを、嘘でしかない吾輩がどうこうすることなど不可能だ。……だからせめて、ゆっくり心と体を休めてから改めてカノジョたちとの付き合い方を模索しようと思っていたのに……。

 

 

「……あぁ、大丈夫だクロヱ。……流石に働き通しで、ちょっと疲れただけだ」

 

 

「本当?それならいいんだけど……なんか、ルイ姉たちと話した後から元気がないように見えたからさ。なんでも無いならいいけど、しんどいなら言ってね?」

 

 

「―――ああ、何かあったら……言うようにする」

 

 

どうせ言わない、言えないくせに。

そんな自己を責めるような言葉が悪魔の心に湧いていた。

 

 

「……あ。それとさ、ラプラス?ずっと気になってたんだけど…………その”右手”、どうしたの?」

 

 

「ッ……」

 

 

彼女のその言葉に、ラプラスは心臓が跳ね上がる思いであった。クロヱの言う吾輩の『右手』の異変、それは宝鐘海賊団二番船船長潤羽るしあからの信頼を勝ち取る為に払った小さな代償である。現在、吾輩はその右手首の先を自分の意思で動かすことは叶わなかった。その理由は高位のネクロマンサーであるるしあ先輩の作りだした『魂を切ることが出来る短剣』の影響により、その繋がりを魂ごと断絶したからであった。……今更ながら、痛みが怖い自分がよく頑張ったものだと思う。

 

 

「沙花叉の膝の上で目を覚ましてからさ、なんでかずっと右手を庇ってたよね?さっきだって石の段差を登るとき左手しか使ってなかったし」

 

 

吾輩の右手が不自由な状態であること、それは傍からパッと見ただけで分かるようなものでは無かった。しかしこれだけ長い間一緒に居て、更に護衛対象として吾輩の一挙手一投足に気を配っていた彼女が気が付かないはずが無い。もっと言えば、プロの掃除屋である彼女であれば吾輩の僅かな体重の偏り具合なんかで一目で察知していたのかもしれないな。

 

 

「あっ…いや、えっと……こ、これは何でもないぞっ!ただちょっと、捻っちゃっただけで……」

 

 

分かりやすく動揺して、嘘だと知られ切っている嘘をラプラスは口にする。この手の代償はるしあ先輩との友好関係、信頼関係を作り出す足掛かりとしては必須なものであった。しかし、吾輩はそれ相応の結果は得られたと思っている。holoXを完全な敵と見なしていた彼女が吾輩の手を取るあと一歩のところまで説得できていたんだ。その結果を得るために払われた代償であるならば吾輩は十分満足しているし、その行動に後悔は無い。

 

 

「……いや、明らかに嘘じゃん。あのラプラスが手を負傷?この世界にあるどんな爆弾でもケガ一つ負わなそうなあんたが?」

 

 

こよりとは違い、吾輩の隠し事を許してくれない彼女がそう言って詰め寄ってきた。しかしこの手の状態、そしてこうなってしまった経緯についてクロヱに正直に話すのは少々気が引ける。例え吾輩が望んでいたことで、そしてその結果を十分に出しているとはいえ、あれだけ敵視していたるしあ先輩に総帥が害されたとクロヱが知れば……何をしでかすか分かったものじゃない。

 

 

「ねぇ、ちゃんと見せてよ。もし何か取り返しのつかないことにでもなってたら……てかさ、嘘ついて隠すってことは沙花叉に知られたらまずい理由でそうなってるってこと…?……あ!もしかして、海賊船の中で潤羽るしあに会った時に何かされた?!」

 

 

またしても、ラプラスは心の内でビクッと鼓動を跳ね上がらせていた。本当に鋭いやつだな。ラプラスダークネスを心酔しているとはいえ、本人の話も聞かずにこのグイグイ来る感じ。更には心酔故の盲目性か、吾輩の言うことを聞かずに先走る癖がある。ちゃんと見ておかないと、その内本当に厄介なことをやりかねないぞ……。

 

 

「い、いやホント、大丈夫だから……お前が気にすることじゃない……」

 

 

「なんで?なんで所有物である沙花叉が、飼い主の状態を気に掛けることが”すること”じゃないの?…………ねぇラプラス、私はただあんたが心配なだけだよ。さっきのこともそうだけど、もし何か困ってることがあるなら言ってよ。勿論こんな沙花叉じゃ出来ることなんて限られてるかもしれないけどさ……それでも、私はあんたの命令なら何でもするから」

 

 

動かぬ右側を庇い、隠すように振舞う悪魔に掃除屋は引かず迫っていた。しかしその旨は只ひたすらな献身、そして本心からの総帥に対する憂慮であった。故に、思わずラプラスは口を滑らせる。

 

 

「……その気持ちは嬉しいが、本当に大丈夫だ……この右手も、ちょっと潤羽るしあとの交渉に使っただけで……」

 

 

「ッ!?やっぱりッ!!……絶対許さない。あのクソ性悪魔法使い、船に戻ったら沙花叉が直々にケジメをつけさせて……!!」

 

 

必死に縋りながら気遣ってくれる彼女につられて、うっかりるしあ先輩の名前を出してしまった。またそれによりクロヱの眼付きが一瞬にして移ろい、まるでルビーの様に真っ赤な瞳を殺気でギラつかせた。

 

 

「あっ!おい、だからそーなると思ったから言わなかったんだよ!別にこーなった事は吾輩も納得してたことだし、今更お前が何かする必要は……」

 

 

危く停泊させている宇宙船まで走り出しそうなクロヱを見て、ラプラスはそんな彼女を止めようと即座に立ち上った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――誰が、”性悪魔法使い”なのです?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時、突然背後からそんな声が響いた。

 

 

「あっ……」

 

 

その声の持ち主に心当たりのあったラプラスは直ぐに振り返り、そこに居るであろう人物に視線を向ける。またクロヱも同様にして、その場に立ち尽くす”彼女”を視界に捉えていた。

 

 

 

「――るしあ、起きたのか?」

 

 

 

紺色基調に蝶の刺繍の入ったワンピースがそよ風に揺れて、自身のもつ神秘さも相まった高位的な可憐な少女。降霊術のエキスパートでもある【潤羽るしあ】がそこに居た。

 

 

「…………まぁ…お陰様で、”起きられた”みたいなのです……ラプラス」

 

 

若干視線を逸らしつつ、それでも悪魔のお陰で無事再び目を覚ませたと言うるしあ。そんな彼女を見て、ラプラスは心底ホッとしていた。

 

 

「……チッ。なんだ、無事だったんだ?……ケガの一つでもしてればよかったのに」

 

 

しかしそんな悪魔を他所に、潤羽るしあの生還が気に入らないらしい掃除屋が食って掛かる。

 

 

「沙花叉クロヱ……何、変にイキり立っちゃってさ。そんなにるしあが生きていることが気に入らない?」

 

 

「”気に喰わない”んだよ。キッズが持ち帰ったんじゃなかったら、気を失ってる間にとっくにトドメ刺してたし」

 

 

殺気交じりの赤い瞳同士がぶつかり合い、互いに睨みを利かせていた。その様子を見て、まずいと思ったラプラスはすぐさま二人を止めようと間に割って入る。

 

 

「……でも、あなたはそうしてない……その理由は、そこに居る悪魔なんでしょ?」

 

 

……ところが、何故かるしあはラプラスが止めに入るよりも先にそう言って身を引いていた。またその視線が向けられるのは手前の掃除屋にではなく、彼女に隠れた先に居る悪魔本人にであった。そのことから、寝起きで未だ病み上がりであろう彼女がこの場に現れたのは、何かこの悪魔に用事があったからなのだろうと思われた。

 

 

「ラプラス、話があるのです。……出来れば、二人だけで……」

 

 

真っ直ぐに吾輩を見据えて、るしあ先輩はハッキリとそう言った。そしてそのままの足取りで、先輩はゆっくりとこちらに歩み寄って来る。……だが、当然の如く”彼女”がそれを良しとはしなかった。

 

 

「……ちょっと、どいてよ。るしあはあなた達の悪魔に用があるの」

 

 

「ならそこから要件を言えばいいでしょ?何を話す気か知らないけど、なんで得体の知れないあんたとウチの総帥を何度も二人っきりにしないといけないのさ」

 

 

吾輩と話をしたいと言うるしあ先輩の前にクロヱが立ちはだかり、その行方を阻止していた。まあ、クロヱの言い分も理解はできる。さっきの話にも付随して、彼女が今もまだ敵視を続ける相手と総帥を二人にするのは当然憚れることだろう。それに吾輩の護衛をする上で警戒するのは当たり前のことだし、沙花叉の判断は間違いとは言えない。

……だが、当の本人がそれを望んでいるとなれば話は別なのだ。

 

 

「……クロヱ、少し席を外してくれないか?」

 

 

「ラプラスッ!?」

 

 

総帥がるしあからの申し出を了承すると言い出したことに、クロヱは声を荒げていた。否、それだけに留まらず吾輩の両肩を掴み迫ってくる。

 

 

「何考えてるのラプラスッ!?こんな危ない頭のおかしな女と、総帥を二人だけに出来るわけないじゃんっ!!」

 

 

「ちょっと話をするだけだ。それに、まだコイツも本調子じゃないだろうし今この状況下で吾輩に危害を加えるメリットが無い」

 

 

相も変わらずるしあ先輩に対し手酷い言葉を使うクロヱは、吾輩が彼女と孤立することを許せないらしかった。だが、あのるしあ先輩がわざわざ二人だけで話したいと言った事、そしてその内容について吾輩は強く惹かれていた。これは、なにがなんでも絶対に聞いておかなきゃいけないやつだ。

 

 

「クロヱ。頼むから、席を外してくれ。……何かあったらすぐ呼ぶから」

 

 

「……ッ……」

 

 

再び、今度は少し強めの語尾でラプラスはそう言った。しかしその後に、しっかり彼女の意図を汲むのも欠かさない。クロヱが吾輩のことを純粋に心配してくれていることは、ちゃんと伝わっていたから。

そして、そんな総帥の言葉に掃除屋は不満げにも脱力した。

 

 

「……わかった、総帥。……でも、話が聞こえないくらいには離れとくけど少しでも異変を感じたらすぐ飛んでくるからね」

 

 

「あぁ……ありがとな、クロヱ」

 

 

彼女の気遣いに感謝しつつ、ラプラスはさり気なく微笑みを見せる。すると、それを見て安心してくれたのか少し名残惜しそうにしつつもクロヱはその場を後にしてくれた。

 

 

********************

 

僅かに隆起した台地の上で、二人だけになった少女たちは手ごろな岩に腰を下ろし隣合うように座っていた。

 

 

 

「「……。」」

 

 

 

ゆるやかに流れる時の中で、彼女らの間には静寂が停滞していた。話があると言って作りだした空間であるはずなのに、どちらもそれ以降口を開かずにただ時間だけが過ぎて往く。

しかし、そんな静けさを気まずいと感じた”悪魔”は一歩足を踏み出した。

 

 

「……なぁ、るしあ。その……体の調子はどうだ?結構長いこと眠ってたみたいだが」

 

 

恐る恐る、相手の様子を窺うようにラプラスは言葉を発する。あの時、吾輩は先輩からの返答を聞けずじまいであった。だからもしかしたら、彼女の言う話というのがそれに関連することなのかもしれないと思い……淡い期待を抱いていた。

 

 

「……今のところ、特に問題は無いのです。まさか、あんな状況から生きて帰れるとは思ってもいなかったけど……」

 

 

彼女はそう言うと、何とも言えぬ表情のままこちらに視線を向けてきた。それは悲しみなのか、驚きなのか、或いは安心の気持ちだったのかもしれない。そんなこの世界で未だ一度も見たことが無い潤羽るしあの様子に、ラプラスは少しだけ困惑していた。

 

 

「ま、まあ、そうだな……吾輩もまさか生き残れるとは思わなかったぞ」

 

 

「……あくあさんから、聞いてるのです。あの後、何があったのか……過ぎた結果ではあれど、るしあやあくあさんはあなたに助けられた」

 

 

そう言った先輩の声は、何かを憂いているようであった。彼女の言う通り、あくあ先輩からその後を聞いたのなら今の自分たちの状況や立場を理解しているのだろう。崩壊しかけていた海賊船から脱出し、その時の吾輩の計らいでるしあ先輩は一命を取り留めた。更にこの星に不時着してからも、共に墜ちてきたホロベーダーをもう一人のラプラスが葬り去り危機的状況を脱したのだ。

……だが、その過程で彼女らの乗っていた船は大破してしまった。そのほとんどはホロベーダーによる攻撃と、トドメは覚醒した吾輩の魔法による余波で。つまり、先輩らは今本部との連絡が付かず便りも無い状態でこの場所に取り残されているということだ。

 

 

「借りが……出来たのです、ラプラス。これは、その内必ず返すから……」

 

 

「……別に、あの時は只必死だっただけだ。お前に貸しを作ろうとか思ったわけじゃないし、吾輩が生き残るためにやったことだ。だから、お前が気にする必要はない」

 

 

「…そういう、わけには……」

 

 

どうやら先輩は、吾輩に助けられたことに恩を感じていたらしい。だがそれは吾輩がやりたくてやったことなわけで、それをわざわざるしあ先輩たちが重荷に感じる必要はない。むしろ、あの時の吾輩は自分の勝手で何としても先輩たちを助けなければならないと思っていたくらいなのだから。

 

 

「それよりも……話ってなんだ?わざわざ二人っきりの方が良いなんて……」

 

 

彼女がこれ以上余計な負い目を感じないようにと、ラプラスは話を逸らしつつ本題への道を作り出す。すると、るしあもまたここに来た本来の目的を果たす為か、ゆっくりと口を開いた。

 

 

 

「……あの時の、”約束”を……果たしに来たのです」

 

 

 

彼女はそう言って、スッと吾輩の右手を指差した。

 

 

「あの時の約束、って……?」

 

 

「……もし、あの危機的状況を脱したのなら……ちゃんと手を治すって、約束だったのです」

 

 

るしあ先輩のその言葉に、吾輩はハッとした。そう言えば、あの船の中で吾輩がホロベーダー目掛けて砲撃しようとしてた時確かに先輩はそんなことを言っていた。色々あってすっかり忘れてたが、まさかその為に吾輩の所まで出向いてくれたというのか。

 

 

「手を見せて。それはるしあみたいな高位なネクロマンサーにしか治せないのです」

 

 

るしあはそう言いつつ立ち上がり、そしてラプラスの前まで移動した後その場で両膝をついた。またその視線が悪魔の右手という下方向に向かっているが為に、まるで彼女がこのラプラス・ダークネスという存在の前にひれ伏しているようであった。

 

 

「お、おいるしあっ、その……」

 

 

「ちょっと、動かないで。……今から”コレ”でアナタの魂を縫うんだから」

 

 

吾輩の右手にそっと下から手を合わせるようにして、るしあ先輩は患部を自分の顔に近づける。その際に、触れあったところから彼女の熱や鼓動が伝わり僅かに体が強張るのを感じた。

しかし、そんなラプラスを他所にるしあは取り出した一本の細い”針”を右手首に沿わしていた。

 

 

「るしあ、それは……」

 

 

「これもあのナイフと同じ。魂に干渉することのできる私お手製の裁縫道具なのです。縫う糸もるしあの魔力を通してあるから、そう簡単に解けたりしない」

 

 

よく見ると、やはりその針は彼女の持つ魔力特有の薄紫色の光を帯びているようであった。またそれから繋がる糸のような光の線も、本来触れられぬ魂という不確かな存在に干渉できる代物らしかった。

 

 

「……ちょっと痛いかもしれないけど、我慢してほしいのです。魂に麻酔なんて効かないから」

 

 

彼女はそう言うと、慣れた手つきでそれに針を通し始めた。傍から見れば肉の腕を縫っているようには見えるものの、当の吾輩にはその実何をしているのかイマイチはっきりとはわからない。ただ感じるのは、幾度となくチクチクと自分の何かが犯されているような感触だけであった。

 

 

「…ッ…」

 

 

「……直ぐに済ませるから、もう少し頑張って。一生右手を使えなくなるよりマシでしょ?」

 

 

僅かに感じる痛みに蝕まれる吾輩を気遣いつつも、るしあ先輩は淡々と針を進めて行く。徐々に交差する糸の流れにより、切り離れたその魂はゆっくりと繋ぎ止められていた。

 

 

「―――。」

 

 

上手いもんだな。

実際に目には映らないものの、一切の迷いなく縫合するるしあ先輩にそんな感想を抱いていた。

 

 

「……いい部下を持ってるのです。……あの子、私がラプラスに危害でも加えようものなら本気でるしあを殺そうとしてた」

 

 

「えっ?」

 

 

突拍子もなくそんなことを言い出す彼女に、ラプラスは首を傾げる。

 

 

「…あなた達がどんな関係でああなってるのかは知らないけど、少なくともあの子はアナタという悪魔を心から信頼している。……それに船の中で初めて会った時に隣に居た護衛だって、ラプラスの勝利を信じて疑ってなかった。……るしあにはよくわからないけど、家臣から信じられてる王はきっとそれ相応の力を持ってるんだと思うのです」

 

 

彼女の言葉に、悪魔は驚きのあまり目を丸くしていた。まさか、あのるしあ先輩がそんなことを言い出すなんて思いもしなかった。それはつまり、吾輩に対する褒め言葉とほとんど同意義だ。クロヱやラプツナズ達を見て、優秀な部下を持ちそれを従えるに相応しいだけのナニカを吾輩が見せていると彼女は評価しているのだ。

 

(……いや、違う……それはあくまで、吾輩では無い〖吾輩〗のことだ……)

 

思い返される、先程までの部下たちとのやり取り。鷹嶺ルイ、博衣こより、風真いろはにどうか好きに使って欲しいと懇願され、沙花叉クロヱにも『存分にコキ使ってほしい』と望まれた。吾輩は飼い主、ご主人様として扱われ彼女らをどうすることも自由な立場として置かれている。……だが、それが許されるのはこの世界における正真正銘の”本物”の〖ラプラス・ダークネス〗だけなのだ。吾輩は心を許してくれたと思った彼女に言われた、『ラプラス・ダークネスの偽物など絶対に許せない』と。

 

 

「……吾輩は、何もしてない……”ワタシ”じゃないんだ……」

 

 

思わず、【  】は心の言葉を漏らしてしまう。この世界の誰にも言えない、言うことの許されない自身の正体。それを明かそうとすることは、この悪魔にとっては恐怖でしかなかった。彼女たちのことをよく知るからこそ、もし仮に自分の正体が偽物だとバレ”みんな”に失望でもされてしまったら……それだけが恐ろしくて堪らなかった。

 

 

「……ラプラス……?」

 

 

恐怖心に煽られて、ラプラスはまるでこの世の終わりのような表情を浮かべていた。真っ青で血色の無い肌に、その瞳には僅かばかりの涙が溜まっている。……そして、作業中にふと顔を上げた先にそんな様子の悪魔が居るのを見て、流石のるしあも心配の気持ちが勝ったようであった。

 

 

「……ラプラス。どうしたのです、”それ”…………何か、あった…?」

 

 

今にも吐き出してしまいそうな悪魔に、るしあは問う。それは、絶望に満ちた顔をする彼女が”何か”を言いたげにしていたから。

 

 

 

 

 

――――ラプラスの中に、もはや葛藤は無かった。

自身の正体に関して、これはもう信頼している部下たちにすら話すべきではないと思った。それはつまり、自分が元の世界に帰るための協力をカノジョ達から得ることを放棄しているのと同義である。……でも、それでも吾輩は部下たちに失望されたくなかった。嫌われたくない、捨てられたくない、見放されたくない。カノジョたちの姿で、声で、自身の存在を否定されることが何よりも恐ろしかった。勿論、皆に隠し事をし続けることは問題の先送りにしかならないことを理解していた。いずれ、正体がバレるのは明白だ。ただあの世界で怠惰を貪っていただけの小悪魔が、この世界における完全無欠な〖ラプラス・ダークネス〗のフリをし続けてもいつかはボロが出る。否、今だって出し続けていた。きっと、本物の吾輩ならこの瞬間にだってこんな情けない顔はしていなかっただろう。

 

 

 

でも……苦しいのも、また事実だった。

本当はもう、誰かに話してしまいたい。全てをぶちまけて、それで大丈夫だって言われたい。この世界のアイツ等とも、後ろめたさの無い本心からの言葉を交わしたかった。…………だって、みんな本質は変わっていないから。幹部も、博士も、侍も、新人も、みんな本当にいいやつらで、かけがえのない存在だから。

 

(……もういっそ、全部吐いて楽になりたい)

 

危機に継ぐ危機、更に頭を悩まされる本部の報告に、部下たちからの心を抉られる悪意のない言葉。そんな色々な事態が混ざり合い、ラプラスは心と身体に限界を感じていた。

……そして、ふと思う……”目の前に居るこの人”に、話してみようかと。勿論ダメもとで、そもそも信じてもらえるかもわからないけど、そして全てを話すわけにはいかないのだが、それでも……もしかしたらこの人なら、”るしあ先輩”になら話してみてもいいのかもしれない。元の世界での関係者ではあれど、この世界においての当事者ではない。吾輩の中にだけ積み重なっている今までの連なりはあれど、相手には『ラプラスとの関係』が吾輩と出会ってからしかないのであれば。或いは、吾輩の正体について知ったところでさほど問題にはならないのではないか……。

 

 

 

 

 

そう思い立ったラプラスは、僅かに口に溜まった唾液をゴクッと呑み込んだ。それは自分なりの救いを求めて、殆どそうすることへのリスクなんかを考慮もせず、ただひたすらに安らぎを得るための自己都合。もしかしたらまた、取り返しのつかない事態に発展してしまう可能性だってある。

 

 

―――それでも、【ラプラス】は一縷の希望の為に懲りず歩み出してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

「……なあ、るしあ。……特に深い意味は無いんだが、ちょっと…………ある、”例え話”を聞いてくれないか?」

 

 

 

 

 

 

 

突然の悪魔からの申し出に、少女は困惑する。

 

 

「なに、突然。いきなり話しなんてそんn――――いや、聞くのです。話してみて?」

 

 

しかし、すぐに彼女はその提案を受け入れた。それは、そう言い出した相手……目の前の【悪魔】が、何かに縋るような色を浮かべていたから。

そして、話を聞いてくれるというるしあの言葉にラプラスは力なく項垂れた。

 

 

 

 

「―――お前は、異世界……別次元の平行世界って言われて、ピンとくるか?」

 

 

 

 

碌に考えられていない思考回路に、ただ思いついた単語を並べるだけの文法で、ラプラスはそう切り出した。

 

 

「”いせかい”……?それは、つまりこの世界とは別に存在する空間ってこと?」

 

 

「……まあ、概ね近いかもな。ただし、世界の仕組みというか……”そこに存在しているモノ”が限りなく似ている、それでも確実に違う空間や時間軸のことだ。―――吾輩は、それを平行世界や『パラレルワールド』って呼んでる」

 

 

「んっ……それなら、なんとなくわかるのです。ラプラスの言うそれと同じかはわからないけど、るしあはこことは違う世界……『魔界』の出身だから」

 

 

「ッ!」

 

 

そう言ったるしあに、ラプラスは少しだけ反応を示した。

先輩の生まれである”魔界”……確かに、それは所謂異世界に該当するのかもしれない。吾輩の言ったものの真意としては、どちらかと言えば同時に存在するもう一つの世界線という意味だったのだが、それでもかなり概念的には近いもののように感じられる。それに、この世界以外の出身である先輩ならこの話も理解しやすいかもしれない。

 

 

「そうか、なら話は早いかもな…………るしあ。これは本当に、突拍子もない話なんだが……元いた世界の住人の、例えば”魂”なんかが突然異世界に住む別の人物の身体に乗り移る……みたいな現象に心当たりはないか?」

 

 

自分でも、我ながらうまく説明できていないと思った。話が分かりずらいうえに、そもそも起こるはずもない事象について吾輩は話している。理解するのだって苦しいかもしれないのに、しかもそれを知ってるか?なんて聞いても当然先輩だって困るはずだ。

 

 

「……もう少し、詳しく説明してほしいのです。要は、今この世界に生きている誰かの意識が、ラプラスの言う”パラレルワールド”に存在する別の誰かの意識に上書きされるとかってこと?」

 

 

「だいぶ近いな。……ただ、その乗り移ってる媒体が分からない以上魂が原因かは定かじゃないけどな」

 

 

案の定、先輩は吾輩の話を一度では理解できずにそう聞き返してきた。しかし続けて、凡そ分かった範囲で話の内容をまとめてくれた。しかも、それはかなり的を得ていると言える。流石はるしあ先輩だ、こんな意味も解らない話を直ぐにわかってくれるなんて……。

 

 

「なるほど……」

 

 

悪魔の話を聞いたネクロマンサーはそう言って、顎に手を当て少しばかり考える素振りを見せていた。ラプラスにとっては藁にも縋る気持ちで話した”例えば話”であったのに、それを終始至極真剣に聞いてくれた彼女にはそれだけでも感謝で頭が上がらない。

 

―――だが、そこで高位な降霊術師は驚くべき解答を示した。

 

 

 

 

 

「――――そう言う話なら、一つ心当たりがあるのです」

 

 

 

 

 

彼女の言葉に、悪魔は俯き気味だった顔を上げ目を見開いた。

 

 

「ほっ…本当、か……?」

 

 

「勿論、これもあなたの言っている話と同じ現象の事とは限らないし、そもそもただの噂話程度のものなんだけど……でももし、そのラプラスの言うような事象が『魂』を理由としたものであるならば可能性はあるのです」

 

 

「そ、それだっていいっ……!!是非聞かせてくれっ!!」

 

 

心当たりがあると言うるしあに、ラプラスは思わず飛びつき両肩を掴んだ。気付けば、既に彼女による右腕の処置は済んでいるようだった。

そして、そんな必死になるラプラスを振り払おうとはせず、そのまま少女は語らいを始めた。

 

 

「これは、魂の性質によった一種の不具合のようなものなのです。各現実世界という空間に無数に存在する魂は、時にその時空という壁を越えて他世界に干渉することがある。そうして別次元に迷い込んだ魂は、その場所に存在する新たな器を見つけそれと結びつくことがあるのです」

 

 

「っ……わ、悪い、もう少し分かりやすく説明してくれっ」

 

 

自身の置かれている境遇について、そのヒントを得られるかもしれないとラプラスは前のめりになってるしあの話を聞いていた。しかし、その内容があまりに専門的というか、概念的部分が多すぎるあまり一度の説明では理解に苦しんでしまう。

 

 

「……簡単に言えば、帰るべき場所を見失った魂がパラレルワールドとやらに迷い込むことがあるって話なのです。そこでラプラスの言うような、別の肉体に魂が入り込み本来成る筈だった人格とは全く別の生命体が生まれる……所謂『憑依』のような状態になるのです」

 

 

「ッ!」

 

 

それだっ!と、ラプラスは思わず心の中で叫んだ。吾輩が元いたホロライブなんかがある世界、そこから【ラプラス・ダークネス】の意識だけがこちらの世界に迷い込み、そしてこっちの〖ラプラス〗と結合した。結果、肉体は〖向こう〗でその主導権だけが【吾輩】の状態になっているんだ。

 

 

「そっ……それは、よくあることなのか?そうなる条件は?理由はっ?…………そうなったものを元に戻す方法はあるのか?」

 

 

「ちょっと、いきなりたくさん聞いてこないでよっ」

 

 

ようやく解決の糸口が見つかったかもしれないと、ラプラスはズカズカ彼女との距離を狭めていった。しかし突然必死になりだす悪魔を見て、るしあは焦り気味に困惑する。

 

 

「す、すまん……ゆっくりでいいから、もう少し詳しく教えてくれないか?」

 

 

「何なのです、そんなムキになって…………さっき言ったような、魂が別世界に迷い込むような状況にはある”特定の条件”があるのです。これはるしあの知る事例の場合、そもそもの『大前提』となる条件が」

 

 

そこまで言うと、るしあはスッと立ち上がり数歩後ずさった。またそれに合わせ、ラプラスもその場で立ち上がり互いの視線の高さを合わせる。

 

 

「……その、条件って……」

 

 

互いに向かい合い、まさに真剣と呼べるような視線を彼女はこちらに向ける。そのことに、次に発せられるであろう事実が只事ではないことが窺えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――魂が道を違える前提条件……それは、【元の魂の器】と〖新天先の魂〗の両者の”死”なのです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

告げられた真実に、ラプラスは目を見開いた。

 

 

「魂と肉体は一対一で対を成すもの。但しごく稀に、同調し合う魂と肉体が本来の相手を失った際に惹かれ合ってしまうことがあるのです。そうなると、能動的に動くことのできる魂だけが世界という枠組みを超えて他世界に干渉しその焦がれた肉体と結びつく」

 

 

事情を知らぬネクロマンサーは、そう淡々と言葉を発していた。対して、その受け入れがたい現実を突き付けられラプラスは焦燥を得る。否、それは圧倒的な『絶望』と言っても差し支えなかった。

魂の器と、器の魂の死。それは、つまり……今、元の吾輩の【肉体】は―――――。

 

 

 

 

 

「一度の生が終わった魂が、新たな宿り先を見つけ全く新しい二度目の生を送る……人はこれを、『”転生”』と呼ぶのです」

 

 

 

 

 

彼女の言葉に、もはや乾き果ててしまった悪魔の口では何も応えることは出来なかった。

 

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