転生したらラプラス・ダークネスだった件 作:飽和水溶液_pixiv
転ラプ外伝part1です。今回はラプ様視点から少し離れ、『獣の惑星』こと白上フブキ視点でのお話になります。時間軸としましてはラプ様たちとの会議件会食を終え、復興作業を開始してから数日後辺りとなります。凡そ沙花叉クロヱ及び暗殺部門救出隊が迎えの船で本部に帰った辺りと同じ頃合いですね。また外伝を書くのは初めての試みなので色々と試行錯誤していきますが、皆様は緩い感じで楽しんで頂けると嬉しいです。
それでは本編へどうぞ!
↓作者:飽和水溶液のXアカウント。主に執筆状況や気に入ったホロ関連のリポストしてます。
飽和水溶液(@Suiyoueki_suba) https://twitter.com/Suiyoueki_suba
木造の何かに対し、鉄の塊を幾度と打ち付ける音が鳴り響く。或いは、凹凸の着いた刃で木々を往復しその形を断ち切っている。また、それらによって作りだされたものが組み合わされ新たな”建造物”を作り上げていた。
「……復興作業、だいぶ進んでいるみたいですね。”百鬼王”」
倒壊と崩壊と破壊に見舞われ、その姿形を変えてしまった僅かに屋根を残す城の中。そこで到底”刃物”でやったとは思えない程スパっと切れた壁の隙間から、街の様子を眺めるその”白い狐”は呟いた。
「あぁ……そう、だな……民はまだ、生きることを諦めていないらしい」
静かに佇む狐型の少女、その対面には片腕を失った鬼の男が座っていた。彼はこの『鬼の国』の王である、【百鬼王】。本来であれば、その立場と自分の持つ力に絶対の自信を持ちながらも家族や民を顧みる良き王であった。
「……それは、あなたも同じでしょう?百鬼王」
「我は……どうだかな。……未だに、我はあの時死ぬべきではなかったのかと思っている……」
……しかし、今の彼にはそんな偉大であった頃の姿は見る影もなかった。まだあの日より幾何かの時しか経っていないというのに、酷くやつれており肌や角はボロボロに荒れている。髭も剃らず、あれだけたくましかった筋肉と背中は一回り小さくなったように感じられた。今の百鬼王の姿を見て、果たして”あやめちゃん”が何を思うだろうか……。
「百鬼王……」
項垂れ、残った腕で目元を覆うその王に対し、同じく隣国の王である【白上フブキ】は”憐みと落胆”交じりのため息を吐き出した。
本日、私白上フブキは秘密結社holoXとの戦い終結後初となる鬼の国への訪問を果たしていた。その目的としては今回の騒動の結末を改めて王に説明し周知させること、また現在の国内の状況を把握し必要に応じて復興作業の支援隊を派遣すること、そして……王の娘、【百鬼あやめ】が同盟組織holoXとの交渉大使に就任した旨をきちんと伝えることであった。この度この星ごとを巻き込んだholoXとの抗争、その結末や全貌に関しては先んじて手紙にて百鬼王に伝えている。だが、その突拍子もない内容に直接会って話した方がより正確に伝わると思った次第であった。
また、今回は同伴者として護衛役の【黒上フブキ】こと黒ちゃん、そして城の使いを何名かと先日からウチに派遣されてる”holoXerさん”を連れていた。一応、彼女の故郷であるとしてあやめちゃんも誘っては見たのだが……本人曰く、「打ちひしがれる父に嫌気がさして飛び出てきた手前、自分の本当の気持ちの件もあって会いづらい」とのことで今日はフレンズ王国の方でお留守番をしていた。
「……にしてもおっさん、変わっちまったな。あれだけ厳つかったあんたが、今じゃ全く覇気を感じられないぜ」
「ちょっと黒ちゃn……黒、言い過ぎですよ」
ぎちぎちに敷き詰められた畳の上に座布団を敷き、向かい合うようにして座る私と百鬼王。そして、白上の後ろで腕を組みながら立つ黒ちゃんが変わり果ててしまった王に視線を向けながらそう言っていた。
「だって事実だろ?あれだけ王の威厳がどうのこうのと言ってたやつが、今やこのザマだ。誇り高い鬼族が聞いて呆れるぜ」
「黒上……相変わらず、お前は生意気な奴だ。昔からちっとも変りやしない」
一人だけ立っている関係上、黒ちゃんが見下すようにして百鬼王にそう吐き捨てていた。またそれに対し、王もまた僅かに残った尊厳の為隈の目立つ眼をギラリと彼女に向ける。私と黒ちゃんは、この百鬼王とは昔からの付き合いであった。初めて会った時はよそ者であった白上たちを完全に敵視し、全くもって分かり合えるような関係では無かった。しかし、私の『種族間戦争』を本気で止めようとする姿勢に感心し、途中からは白上たちに協力をしてくれたという過去を持つ。また私は一国を束ねる彼からは学ぶことが多く、フレンズ王国を建国するとなった際には王になる為に必要なことをこの人から多く教わったのだ。
そして、そんな威厳と尊厳に満ちた百鬼王を白上は密かに尊敬していた。
「……それで百鬼王。復興の目途はどの程度たっているのですか?もし手が必要なのであれば、ウチからも支援をしたいと思っているのですが」
「支援、か……すまないな。今国のことは全部参謀や大臣に任せっきりなのだ。だから、その辺の詳しいことはそいつらに聞いてくれ……」
しかし、そんな白上の憧れた立派な王様も今や変わり果てた様態となってしまっていた。彼がこうまで変わってしまった理由、それは一重に”愛する妻の死”が一番であると思われる。また次点で、今まで絶対の自信を持ってきた鬼族ならではの誇りである『武力』をたった一人の少女によって打ち砕かれたことがあげられるであろう。
ほんの十日程前まで行われていた、秘密結社holoXとの抗争……という名の一方的な蹂躙。その火花は当然この鬼の国にも及んでおり、それどころかこの星で二番目に被害にあった場所であった。百鬼王はその際にholoXの四天王を名乗る侍【風真いろは】と戦闘、そして圧倒的な敗北を喫している。また彼はその戦いの中で利き腕を失い、更には娘と妻どちらかを差し出せと言う風真いろはの要求に対し自らが犠牲になるという形で飛び出していった愛する妻を目の前で失っていた。
「詳しいことはって……あんたこの国の王だろ?なんでおっさんが把握してないんだよ」
「我は……もう、王などでは無い……ましてや力に屈し、国も、妻も、娘も守れぬ男など……」
彼はそう言って、自身の無力さを嘆いていた。あれだけ偉大で立派だった百鬼王、だがそんな姿はいとも容易く消え去ってしまっていた。……否、容易くというのは流石に酷であろうと思う。確かに、百鬼王の気持ちは痛いほどわかるつもりだ。自分の信じていたものに裏切られ、何ものにも代えがたい大切な人を失い、あまつさえ僅かに残った希望ですら自分の手を離れていった。だがそれは、一歩違えれば私だって全く同じ状況に陥っていたことだろう。白上は、あの日これでもかと痛感した。大切に、必死に導いてきた民たちに罵倒を浴びせられ、この世界にたった一人しかいない家族を失い掛け、その上で残った信頼に至る部下や友達に裏切られた。それを白上は運よく、間一髪のところで免れたというだけのこと。少しでも何かが違えば、今こうして廃人同然と化している王になっていたのは私かもしれなかったのだ。
「百鬼王……気をしっかり持ってください。あなたはこの国の王です。王がひざを折れば、それに呼応するように国が傾く……あなたは、私にそう言ってくれたではありませんか」
心のどこかで、やはり私はこの百鬼王に失望してしまっていた。本当に、心の底から尊敬していたからこそ、たった一度敗れたからというだけですぐにでも白旗を上げた王に白上は期待を裏切られたような気持になってしまっていたのだ。
……ただ、彼だって王である以前に一人の鬼族だ。悩むことも、悲しむことも、振り返ってしまうこともあるだろう。しかしだからこそ、今白上がすべきはこの王様をもう一度立ち直らせることなんじゃないかと思っている。これまでして貰ってきた恩を、今度は私が返すために努めるべきなのだ。
「……いや……フブキ、我はもう王冠を被る気は無い。武力を失った鬼が、鬼の上に立つことなどあり得ぬのだ……」
しかし、そんな励ましの言葉を掛けるフブキに対し百鬼王は首を横に振っていた。元来、鬼族とは力が全てである。そして、その唯一の誇りを失った者が人の上に立てる道理など彼らの常識には無いのであった。
「それよりも……お前達、我の娘……あやめはどこに居る。奴等との戦争が終わったというのであれば、もうそろそろ帰る頃合いであろう……」
胡坐をかき、終始虚ろ気に視線を泳がせる百鬼王がそう言い出した。
「あやめ?んなもん今はウチに居て、今日は連れて来てないぞ」
「そうか……では、戻ったら直ぐ娘には”帰ってくるよう”に言っといてくれ…」
この場にあやめちゃんが居ないと聞き、百鬼王はがっくりと肩を落とした様子であった。先程から妙に視線が移ろいでいたのは自分の娘を探していたからだったのか。まあ、彼女の話的にいきなり飛び出してきたっきり会っていないようだし、親としては当然心配にもなるだろう。
「そうですね、わかりました。国に戻ったらあやめにそう伝えておきます」
王としての威厳は失っても、まだ一人の親として娘を心配する親心が彼には残っているらしかった。いやむしろ、何もかもを失ったからこそあやめちゃんという存在が百鬼王の心に何かを灯してくれるかもしれない。時間が解決することもあるだろう、これは帰ったら早急に彼女に伝えなければいけないな。
フブキはそう思い、百鬼王からの願いを二つ返事で了承しようとしていた。……しかし、その次の瞬間彼の口から信じられない言葉が発せられる。
「あぁ、頼む。――――あいつには、次代の王としての役割があるのだからな」
それを聞き、フブキは思わず目を見開いた。
「は……な、百鬼王、それはどういう意味ですか…?確か先に送った手紙で、あやめはholoXとの交渉大使になったと説明したはずですが……」
「ん?ああ……そういえば、そんなことも書いてあったな。だが、あの子は我の娘としてこの国の王になるのだ。だからそんなことは他の誰かに任せ、早く使命を全うしてもらわねば困る」
百鬼王から言葉の意味を説明され、それを聞いたフブキの心にはとある強い感情が湧きだそうとしていた。
「……百鬼王、holoXとの交渉大使は今後あの組織とこの星が共存していくうえで最も重要な役回りです。そして、あやめ本人はそれを務めることを了承しています。……当然、そんな重役と一国の王を兼任なんてできません」
「そんなことは理解している。だから、そんな大事な役は”他の相応しい者”に任せあの子にはあの子のすべきことをしろと言っているのだ」
百鬼王のその言い方を皮切りに、私はフッと『怒り』の沸点に達してしまった。
「なんですか、それは……まるで、あやめがそれに相応しくないような言い方ではないですか」
「当然だろう。あの子は成人しているとはいえ、まだまだ心は幼い子供だ……だが、我が居るなら何とか王様ぐらいは務まるだろう」
久しぶりに、こんな嫌な気持ちを抱いてしまった。この人……この男は、一体何を言っているのだ。あやめちゃんが相応しくない?幼く、子供で……王様ぐらいは務まるだと?……自分のことを棚に上げ、よく言えたものだ。
「―――百鬼王、前言を撤回します。しばらくあやめはウチで面倒を見て、その使命を全うするまでは帰らせません」
相手に真っ直ぐと視線を向け、ハッキリとした口調で白い狐はそう言い放った。
「はっ?……何を言い出すんだフブキ。どうして、お前にそんなことを決める権利がある……あやめは我の娘だぞッ!」
「えぇ、それは分かっています。……しかし彼女が何をするか、何をしたいかを決めるのはあなたではなくあやめ自身です。少なくとも、父親であるあなたがとやかく言うことではない」
突然娘を帰さないと言い出すフブキに対し、流石の百鬼王も驚きつつ語気を強めた。
だが、それに負けじと彼女も声を荒げる。
「黙れッ!あやめはまだ子供だ。幼く幼稚で、何をすべきかを理解してない……そんな子に、この大陸を左右するような大役が務まるわけがないだろう!大人しく、生まれ育ったこの国の王となるのがあの子の運命だ!!」
「あやめはもう立派な大人です!何をしてはいけないのか、何をしなければいけないのか、それをきちんと理解できます。大切なものを守るために戦うことも、間違いを償うことも出来る一人前の鬼族です。そんな彼女の運命を決める権利はあなたにはありませんっ!!」
「なんだと…ッ!!」
売り言葉に買い言葉を返すように、二人の王たちの口論は徐々にヒートアップしていく。互いに譲れぬものがあり、それ故の主張がそれぞれにあったのだ。そして、それが昂った結果遂に立ち上ってしまった一人の鬼の男は目の前の狐の少女に迫ろうとしていた。
「フブキッ!!お前、いい加減にしろッ!!!」
たどたどしい足取りで立つその男は、利き手ではない片手を振り上げ前に出る。その拳にはこれでもかと力が込められており、その力量は流石は鬼族だと思われた。
……しかし、それが白上フブキに届くことは無い。
「―――おいおっさん、感情的になるのは勝手だが……それ以上フブキに近づくようなら私がお前をぶっ殺すぞ」
鬼が狐に至るより先に、その間に割って入るようにもう一人の黒い狐が現れる。彼女のその手には黒い『霊力』が顕現しており、流石の鬼の国の王であろうとも手負いの状態では到底届く相手では無かった。
「黒上…ッ!……貴様、ら……!!」
「百鬼王、あやめちゃんはあなたの都合のいい代替品ではありません」
怒りに満ち、されど前に出ることを阻まれる鬼の王はただ激しく揺れる感情を言葉にして吐き出す。だが、そんな彼に対しあくまでも冷静にフブキは言葉を紡いでいた。
「あやめは自分の意思で、交渉大使という大変重要な役を務めると言ってくれたのです。彼女はもう子供などでは無く、立派に役目を果たせます。…………そして、それはあなたもすべきことです」
怒りに震える大男を前に、フブキは恐れず話を続ける。
「なん……だと……ッ!」
「百鬼王、あなたの今すべきことは……この国の王としての役目を果たすことです。この国を守り、導き、発展させる……せめて、あなたの軽率な行動により招いてしまったこの国の惨状への責任を取りなさい」
そう言ったフブキの心は、本気そのものであった。どんな理由があれ、どんな経緯があれ、現在の国の状況を招いたその責任は一国の王にある。今回のholoXの襲撃、それは確かに予期できぬ致し方ない事態であった。だが、そんな彼女たちに真っ先に喧嘩を売りその上ですぐに折れるという決断をしたのは百鬼王自身なのだ。そして、この男はその責任を全力を賭して取らなければならない。この招いてしまった結果を、作りだしてしまった現状を、せめて立て直し国を国として運営できるまでは働いてもらわなければ困るのだ。……その上で、あやめちゃん本人が王様をやりたいと言い出して初めて王権を譲渡するのが道理のはずだろう。
「しっかりしなさい、百鬼王。……あなたは、誇り高き鬼族の王。失ったモノばかりを見ず、今僅かに残っているモノに目を向けるべきです。そこから城の外を覗けば見えるでしょう……民はまだ、この国で生きています」
私のその言葉に、ようやく王はハッとした様子であった。失ったことを嘆くあまり、彼もまた見失ってしまっていたのだろう。すべきことを、為すべきことを、果さなければならないことを。……けど、その瞳に少しばかりかつての温かな光が戻ったところを見るに、これ以上の喝はいらないかな。
「……百鬼王、今日は帰ります。今一度自分の立場と責任をよく見つめ直してください」
フブキはそう言うとその場で立ち上がり、乱れた衣服をそっと正す。そして、再び彼に視線を合わせぬままに部屋を出ようとしていた。
「……フブキ……”王”。お前は…変わったのだな……」
彼女が去ろうとするのに合わせ、黒上フブキもまた続いてその場を後にしようとする。しかしその去り際に、百鬼王が絞り出すようにして口を開いた。
「いえ、変わっていませんよ。白上は今も昔も白上のままです。……きっと、あなたもそうであると願っています」
ただ立ち尽くす男に対し、狐の王は振り返らずそう答える。だが、その言葉には彼女なりの彼に対する敬意と感謝の意が詰まっていたのだった。
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「はぁ~あ……ホント、変わっちまったよなぁ。あのおっさん」
後頭部側で腕を組み、私の後ろについて回る黒ちゃんがそう言った。そして、それに対し私は間を置きながらも本心を口にする。
「……うん……そうだね…」
彼女の少し先を進む私は、未だ瓦礫の散らばる木造の廊下を出口に向かい歩いていた。一応の清掃は為されているものの、城が崩壊した際に散乱してしまった木片や埃は道の隅に無造作に寄せられているだけである。街の方はもう随分と復興が進み始めているというのに肝心の王がいる城がこれというのは、やはり彼自身の精神状況に影響を受けているのだろうか。
「なあ、フブキ。お前もがっかりしたんだろ?王の代わり様を見て」
「えっ……あー……やっぱり、そう見える…?」
変わってしまった百鬼王の姿を見て、確かな落胆を覚えてしまった白上。それに対し、黒ちゃんはその気持ちもわかると言いたげに口を開いた。まあ、まさしく彼女の言う通りではあるんだけど……。
「ただ、お前があそこまで怒ったのは意外だったな。王に対する憧れを持ってるお前なら、多少のことなら表に出さずおっさんを立ち直らせようと働きかけると思ってたんだが……怒ったのは、あの王の為か?それともあやめの為か?」
本当に鋭いなと、白上は思ってしまった。黒ちゃんはとっても嬉しいことに、私のこととなると途端に察しが良くなる節がある。白上が楽しい思いをしたり、悲しい思いをしたり、そんな時は決まって彼女は私に寄り添ってくれるのだ。
「……両方だよ。あれだけカッコよくて、尊敬してた百鬼王の情けなさに嫌気がさしちゃった。それに、今回の事でちゃんと学んで成長したあやめちゃんを子供だなんて言われて……ちょっとだけ腹が立っちゃったの」
自分の本当の気持ちをひた隠し、それを棚に上げ藻掻いた少女。城で風真いろはの襲撃を受けた時も、打ちひしがれる父を見て家を飛び出した時も、そしていつか戦うと嘯きながら私達に泣きついてきた時も、彼女はその誇りと見栄の為に虚栄を張っていた。本当は、とっても怖かったはずなのに。ただ見ていただけで何も出来ず、それ故に誰にも文句など言えない自分を隠し自身と皆を騙していたのだ。……それでも、あやめちゃんはその嘘を告白した。そして、その過程で犯してしまった罪を償う為今必死に務めを果たそうとしている。そんな大きく成長しようとしている彼女に対し、まだ子供だ、幼くすべきことを判断できないなどと言われ……白上は大人気も無く、友達として百鬼王を怒ってしまったのだ。
「それに……まるで、あやめちゃんに全てを擦り付けて”王の責任”から逃れようとする王にもカチンときちゃった。それはあんたがすることじゃないのかよーッ!ってさ」
「まあ、言えてるな。フブキに王とは何かを説いてきた百鬼王が王らしからぬ言動を取ろうものならお前が黙ってない。指摘されて当然ってわけだ。…………私から言わせればとんだお人好しだけどな」
「む、むぅ……もう黒ちゃん、何でそんないじわるいうのさっ」
二人で暗がりの廊下を歩きつつ、私と黒ちゃんはそんな会話をしていた。黒ちゃんの放つ軽口に対し、白上が不貞腐れたように答える。またそれに合わせ頬を膨らませた私を見て、彼女はあっははと笑う。そして、それにつられた白上もまた笑っていた。あの頃から見れば考えられない、されど今となってはもう当たり前のようにそこにある、そんな小さな幸せが私達を包み込んでいた。
「――――おやおや、これはフブキ様。ご用件はお済になられたのでしょうかな?」
長かった道を抜け、太陽光の降り注ぐ城外へと足を踏み出した二人の狐。しかしそこで、暖かな雰囲気を遮るように突然そう声をかけられる。またそれにより、先程まで楽しそうに話していた黒ちゃんが若干の”警戒態勢”に入っていた。
「……おっと、そんなに睨まずともわたくしは何もしませんよ黒上フブキ様。わたくしはあくまで、フブキ王様の護衛として”ラプラス様より”遣わされているのですから」
そう言った一見紳士的な高齢の男性は、本人の発言通りあのラプちゃんからの命令で派遣されたholoXerさんの一人であった。彼は本名かは知らないが、自身を『セバスチャン』と名乗り白髪で全体的に後ろに流した髪型に立派な口髭を携えている。また本部に居た頃は『執事』という肩書を持っていたらしく、上下で揃った黒い尾ひれのひいた服装をしていた。
彼は数日前から私達と行動を共にしており、その主な役割はholoXからの支援及び技術提供用の拠点建設の指揮、またフレンズ王国との関係を保つことであるらしい。要は、ウチで言うところの交渉大使的な立ち位置に居るのだろう。しかし、その見た目はお世辞にも信用に値する人物とは言えず、どちらかというと胡散臭い印象が強かった。勿論その身元はラプちゃん直筆の手紙から確かなものだと分かってはいるのだが、どうにも黒ちゃんは『絶対信用するな』と警戒しているようであった。
そして、正直それは白上自身も大いに同意せざるを得ないでいる。
「はっ。じゃあ私は、そんな信用できねぇてめーからフブキを守ってんだよ」
「ちょっと黒ちゃん、”一応は”ラプちゃんから信用されてここに派遣されてる人なんだから…………申し訳ございません、セバスチャン様。ウチの黒が失礼なことを」
今にも食って掛かってしまいそうな黒ちゃんを見て、流石の私も止めに入る。いくら怪しいと言えど、この人がholoXからの使者であることに変わりは無いのだ。その事を考えると、後々の為にも無用な遺恨を残すようなことはできるだけ避けておきたい。
そう思ったフブキは彼女を引かせ、謝罪と共に頭を下げる。しかし、それを見たセバスは片手をフルフルと振りながら顔を上げるよう促した。
「いえいえフブキ様、お気になさることはありません。黒上様はわたくしという暴漢から王を守るという役目を果たしているに過ぎないのですから」
「そう、ですか……そう言って頂けるとありがたいです」
本当に思っているかもわからないことを言う執事に対し、狐の王もまた建前上の言葉を口にする。それは最早空虚なやり取りと言って差し支えず、されどそういう細かなところから気を付けなければいつ組織との均衡が崩れてしまうかわからないのであった。
「……さて、フブキ様。ここでのご用件が済んだのであれば速やかに自身の国に帰ることをおすすめ致します。一国の王が、不用意に他国へ外出することは避けた方がよいですぞ。……既に帰りの船の支度は済んでおります」
彼はそう言うと、崩れた城の前の道に堂々と停めてあった鉄の船へと私達を誘導した。それに白上は大人しく、黒ちゃんは仕方なくといった具合に従い乗り込む。この船はラプちゃん達が初めて私達の城に来た際に使っていた乗り物と同じものらしく、空を飛び移動ができるという優れものであった。本来であればフレンズ王国から鬼の王国まで馬車で片道2~3日という行路でも、この船ならばおよそ数時間程で着くことが出来るらしい。……ただ、白上にとっての唯一の弱点は高い空を飛ばなければならないということであるのだが。
そう思いつつフブキはセバスに導かれた席に座り、その隣に黒上フブキが着いていた。また向かい側には件の執事のみが着席し、その決して広くない空間にはその三名だけが同室している形であった。
「……ところで、フブキ様。此度のこの国への訪問は、一体何を目的としていらっしゃったのですかな?」
鉄の船が動き始め、恐怖を伴う空の旅が始まることしばしば。足を組み、優雅にティーカップに淹った紅茶を飲むセバスチャン様が突然そんなことを言い出した。
「えっ?あぁ……この鬼の国の王、百鬼王とは昔からの付き合いなのです。また我が国の親交国としても恩がありますので、今回の騒動による被害や復興の具合はどうかと尋ねに来たのです」
いきなり声をかけられたことに少々驚きつつ、私は彼に淹れてもらった紅茶を両手に持ちながらそう答えた。
「ほほう、そうでしたか。それは随分と公務に熱心ですな……いや、或いはそれをお仕事の合間を縫ってまで行うほどの間柄であるのか。どちらにせよ、フブキ様はとても勤勉な王でいらっしゃいます」
「……ありがとうございます」
褒められているのか、嫌味なのか、そのどちらとも取れぬ言い回しに私はとりあえずの言葉を返すことしか出来なかった。本当に掴みどころのない人だ、ラプちゃんとは違って正しい意味で何を考えているのかわからない。……ただ少なくとも、白上たちのことをよく思っていないのは確かなのだろう。
「けっ……思ってもないことを、よくもまーそうつらつらと言えるもんだな。てめーの言い方は、”お前みたいなやつが王様気取りで働いてるなんて滑稽だな”って聞こえんだよ」
「いえいえ、そんな滅相もございませんよ黒上様。私は純粋に王としての職務を全うされるフブキ様を見て自身の思った事を口にしているに過ぎません。……ですので、もしそのように聞こえたのでしたらそちらに心当たりがあるだけでは?」
「ッ!てめぇッ!!」
「やめて、黒ちゃんっ!」
セバスチャン様の言い方が気に食わなかったらしい黒ちゃんが突っかかると、彼は全くもって心外であると言った風に振舞っていた。……だが最後に放った言葉により、黒ちゃんが思わず立ち上がり彼に掴みかかろうとしてしまった。それを見た白上は、流石に止めるべきと彼女を宥めるよう努める。
「落ち着いてよ黒ちゃん。……白上はもう、ラプちゃん達と戦いたくない」
「でもよ、フブキッ!?…………あーくっそッ!私やっぱコイツ嫌いだッ!!」
「……黒上様は、非常に自身の気持ちに正直でありますな。しかも、それをハッキリと口にできる立場におられる。まったく羨ましい限りですぞ」
彼はそう言うと、荒ぶる黒ちゃんを前にズズっと手元の紅茶を飲み込んだ。ハッキリと、ものを言わないか……きっと、この人もラプちゃんの命令で働いてはいるが、実際には今回の同盟や私達の存在について色々と思うことがあるのだろう。
「……セバスチャン様も、何か思うところがあるのですか?」
「セバスで結構ですよ、フブキ様。名目上、わたくしよりあなた様の方が立場が上でございますので。…………えぇ、それは勿論。わたくしも知性や感情を持つ立派な一人の生命体です。今回の件を通して、正直思うことが無いと言えば嘘になってしまいます」
彼はそう言うと、空になってしまったカップに新たに紅茶を淹れだしていた。”名目上”、それを敢えて口にすることはつまり、本心ではそう思っておらずただそう振舞うように強制されているということなのだろう。本来ならば、田舎国の取るに足らない小さな狐ごときに敬意を払うことすら憚られることなんだろうな……。
「……”セバスさん”から見れば、私は愚かな王に見えますか……?」
「いえ、愚かとは思っておりませんよ。……ただ、ひたすらに”哀れ”であると。これはあくまでわたくしの主観ではございますが、どうにもフブキ様には”王として必要不可欠な要素”が欠如しているように思われますので」
セバスさんのその言葉を聞いて、私は初めて彼の言うことに本心から耳を傾けた。それは、ここまで胡散臭さの塊であったこの人が珍しく『本音』を語っているように感じられたからである。加えて、王としてまだまだ未熟な自分に未だ気付けぬ何かを指摘されるような予感がしていた。
「王として、必要な要素……」
「はい。更に言えば、フブキ様はそれを問題だと思っていないようで、むしろ美学の様に感じられているご様子。だからでしょうかな……あなた様を見ていて、まるで自身が王の立場に立つことを”望んでいない”ように思えてしまうのは」
「…ッ…」
王様になる事を、白上が望んでいない。
そう言われた私は、少しばかり体が強張ったのを感じた。
「まさか……私は、今の自分の立場に納得しています。それに、王としてすべきことも理解をしているつもりです」
「ほほぅ。果たして、本当にそうですかな?……ではお聞きします。フブキ様、その”王としてすべきこと”とは具体的に何であると心得ておりますかな?」
「それは……王の責務とは、民を守り導くことです。国を発展させ、より豊かな『国家』を作り出すことが私達王族の為すべき職務。……少なくとも、私はそう考え精一杯行動しているつもりです」
白上がここまでの人生で培ってきた、そして学んできた『王の定義』とも言える定文をそのまま口にする。ただの取るに足らなかった少女が辿り着いた、私の人生を賭した私なりの答え。それこそが白上のしたかった、為したかったものなのだと断言していた。
「……やはり、フブキ様はとんだ大きな勘違いをされているようですな」
しかし、そんなフブキの意見をセバスは否定する。否、そもそも彼女の持つ『王』というものの認識が間違っているのだと彼は主張していた。
「……勘違い、ですか?」
「えぇ、間違っていると言っても差し支えないです。……フブキ様、あなた様のおっしゃられるそれは”王”として正しい姿ではありません」
執事はそうハッキリと口にすると、手元のティーカップをカチャッとソーサーの上に置いた。
「民を守る、国を導く云々、それをフブキ様は王の職務と仰られておりましたが、それはあくまで指導者・先導者などの仕事にございます。勿論王は国の指導者としての側面も持ち合わせてはおりますが、それも全ては自分主体であることが前提……フブキ様。わたくしめが先程言ったあなた様の王として欠如している要素、それは”傲慢さ”でありますな」
「……。」
「野心、などと呼称しても結構。王とは常に野望に満ちていて、他の誰にもできぬ横暴さを兼ね備えているもの。人々の意見に耳を傾けることは大変良いことですし、民からしてみれば一見頼れる王にも感じられるでしょう。それこそが慕われる王であると言うなれば、それもそうなのでしょうな。……しかし、間違えてはいけない。王は民の為に居るのではなく、王の為に民が居るのです。畏怖と威厳を兼ね備えた者こそが最も『王者』に相応しい」
それは、白上にとって認めたくない話であった。確かに、一部正しいと思ったり納得できなくはない部分はあった。所謂王様というのは、他の人々に比べて高い位に存在しそれ故に高慢さや尊厳を持っているもの。それは百鬼王にも通ずるところがあり、私が尊敬していたあの人ですら始まりは民に対し自身の持つ『武力』というものを見せつけその結果彼らの王座に君臨したのだ。そして今、彼の為に国民は生きていると言っても過言ではない。
……だが、それでも白上はそんなことを望んではいないのだ。人々に対し威張り散らし、ただ偉そうにしているだけの王様に一体何の価値があるというのか。皆が幸せで笑って暮らせる、それ以上に尊いものがあるはずなんて無い。……私が目指した国作りは、そんな独りよがりのものじゃないんだ。
「……いえ、そんなものは正しい王としての姿とは思いません。私はどんな種族でも分け隔てなく暮らすことのできる国作りを目指してきました。その為に必要なのは争いや支配などではなく、互いに分かり合おうとする思いやりの気持ちですっ!」
「ですから、ラプラス様に”敗れた”のでは?」
「ッ!!」
セバスの意見と、フブキの意見、それは根本から論点が違っていた。王として必要な要素、それを持ち合わせていないのであれば人の上に立つものとして相応しくないと主張する執事。一方白い獣は、自身の願いから”自分の思う理想郷”を創るため王となっていた。そして、それこそが知性ある生物の本来あるべき姿なのだと彼女は信じていた。故に、まるで自己を主張するだけの王の姿を認めることなど出来なかったのだ。
……しかし、そんな事だから『敗北』したのだとその男は言う。
「フブキ様、あなた様のお考えは十二分に理解できます。誰でも平和がいい、平等に幸せに暮らしていきたい。わかりますとも……しかし、それでは失う一方なのです。人の心など移ろいやすく、環境や時代によって簡単に覆ってしまう……わたくしも知っておりますぞ。我らholoXとの抗争中、民がフブキ様にどんな言葉をかけたのか」
彼に指摘されたそれにより、フブキは思わず小さな声を漏らした。
「大変勝手なものですな。恐らくは相当の苦悩をお抱えになっていたであろうフブキ様に対し……民は無責任で恩知らずな言葉をぶつけた。あなた様が今までどれだけの苦労をしたのかも知らず、されど人生を賭して民の為に努める姿を見ておきながら、人々はまるであなた様の責任だとでも言いたげに石を投げた。……わかりますかな。これがフブキ様の仰られる王としての姿を取った結果なのです」
「……そ…んな……」
セバスさんの言葉に、白上は何一つ反論することが出来なかった。今まで正しいと思って、そう信じ取り続けてきた自身の行動。しかしそれは全て誤りで、そのせいであんな悲劇を招いてしまったというのか。私はずっと間違え続けていて、王とは何かを履き違えていた。それ故に、私の行動のせいで多くの人々を悲しませてしまっていたのか……。
フブキは自身の行動を顧みて、もしかしたら過ちを犯してしまっていたのかもしれないと焦燥感に駆られていた。自然と開いた目と口を閉じられず、ゆっくりと乾いていくのを感じる。しかしそれが気にもならない程に、これまでしてきたことが本当は無駄だったのかもしれないという酷い虚しさを覚えていた。
――だが、そんな”家族”の気持ちを察してか隣に座る彼女は徐に大口を開いた。
「……で、それがお前らholoXの実態ってか?」
そう言った黒上フブキは、”まるでくだらない”という気持ちをこれでもかと態度に表していた。
「……黒ちゃん……?」
「フブキ、こんな嘘くせー奴の言うことなんて真に受ける必要ないぞ。……こいつの言ってることなんて、まんまラプラスの事じゃねぇか。こいつはただ、気に食わない私らを否定して同時にラプラス万歳って自分たちの王を持ち上げたいだけなんだよ」
黒ちゃんはそこまで言うと、少し私に身を寄せてからガシッと肩を組むようにして白上に腕を回してきた。
「おい、クソ執事。お前にフブキの何が分かる。王様になった事も無い奴が、現役国王のフブキに一体何を説けるんて言うんだよ。……てめぇの飼い主自慢は他所でやれや」
それは、明らかに白上を庇う態度であった。一見正しいことだけを言うセバスさんに対し、されどその真意は別にあるのだろうと彼女は指摘する。傲慢で威厳を持ち、民に畏怖を抱かせる……確かに、それはまんまラプちゃんを示す言葉なのかもしれない。もっとも、白上自身はラプちゃん本人を見てそんな印象は持たなかったのだけれど。
「……ふむ、確かに。一理ありますな黒上様。わたくしとしたことが、少々言葉が過ぎてしまいました」
彼はそう言うと、そこで初めてずっと持っていたティーカップを自分の横の席にそっと手放した。そして組んでいた足を解き、正しい姿勢で座り直した後深々と頭を下げる。
「申し訳ありません、フブキ様。一介の使用人が過ぎたことを口にしました。気分を害してしまったのでしたら解任も辞さぬ覚悟にございます」
「えっ、あ、いや……私は、別に……」
気にしていない、と言えば嘘になってしまう心境に私は思わず言葉に詰まってしまった。謝った、ということは少なからず私に対し文句や害意の類の何かがあったのだろう。しかし、セバスさんの言うことにも一部納得できるような部分はあった。全ては肯定できずとも、それでも見直さなければいけない自身の行動などはあるのかもしれない。……例えば、愛する国民にも必要に応じて厳しい姿勢を見せなければいけない、とか。
「はっ、そりゃいいぜ。なあフブキ、こいつの言う通り辞めさせてやろう。本人が望むところって言ってんだから構わないだろ?」
「ちょっと黒ちゃん、それは流石に……セバスさんはラプちゃんが良かれと思って遣わしてくれた人なんだから、そんな無下には出来ないよ。……セバスさん、顔を上げてください。私は大丈夫ですから」
謝罪の意を込め頭を下げるセバスさんに対し、私は顔を上げてもらうように促す。しかしそれを聞いた彼は、まるで最初からさほど問題視はしていなかったという様子ですぐに平然とした態度に戻っていた。
「そう言って頂けると、わたくしも助かります。…………しかしなるほど。ラプラス様があなた方お二人を気に入られている理由が何となくわかった気がします。特に、黒上様は……全くもって油断なりませぬな」
彼はそう言うと、再び横に置いていたティーセットを手元に持ち直していた。そして、中に残った紅茶を飲もうと再びカップに口をつける。……その際、覗き見えた彼の瞳は真っ直ぐに黒ちゃんを見据えているようであった。
「けっ、お前に言われても何にも感じねぇよ。……だが、互いに行動や発言には気を付けないといけないよなぁ?じゃないと、うっかり自分達のボスの意思に反する結果を招いちまうかもしれないぞ」
「……えぇ、全くもってその通りでございますね。ラプラス様に仕えることこそがわたくしの生き甲斐でありますので、あの御方からの信頼を裏切る訳には参りません」
それもまた、彼の本心の一部であるように感じられた。結局のところ、セバスさんの発言や行動も全てはラプちゃんを慕っているが故のものなのだろう。だからこそ、白上たちのような得体の知れない相手がラプちゃんと対等な関係になる事が許せず、少なくとも最大限の警戒を必要とするという判断の結果なのだ。……しかし、それは決して悪いこととは言えない。臣下が王を守る為に他へ働きかけるのは当たり前のことだし、実際やり方は本当に野蛮だけど黒ちゃんだって私の為に他へ噛みついてくれている節がある。きっと、そういう役回りをセバスさんは自ら進んで行っているのだろうな。
目の前で我が物顔で佇む執事に対し、狐の王もまた勤勉な配下であるという印象を受けた。彼の持つ見るからに胡散臭い振る舞いや、こちらに対し見え隠れする攻撃性も全ては自身の役割を全うするが故のものなのだ。従って、今後のholoXとの関係を保つためにはまず彼との信頼関係を築くことが第一歩になるのだろうと白い狐は思い始めていた。
「……あぁ、そういえば黒上”殿”。先程の貴殿の発言に対し、一つだけ言っておきたいことがございます」
彼はそう言うと、真っ直ぐに黒ちゃん……と、白上の二人を見据えた。
「先程、黒上殿は『それがholoXの実態か』と仰られていましたが……それは正しくはありません。何故なら、あの御方は我々のような矮小な存在とはそもそも住む次元が違うからです。民と王、国とその指導者、そんな小さな枠にラプラス様は当て嵌りません。というより、そもそもholoXの概要は所謂『国』とは根本的に異なるのです」
そう組織の実状を語る彼の眼は、笑っていなかった。それどころか、表面上は穏やかに見せていたその表情ですらその時は僅かに歪に崩れているように感じられた。
「――――我々は、言うなれば一つの生命体。ラプラス様という主を中心に、わたくし共はただの手足でしかないのです。……そして、そうであることを我々は死ぬほどに”光栄に”思っている」
白い歯をむき出し、口に含まれる唾液が尾を引きながら彼はそう断言していた。またそれに対し、私は得体の知れない、何とも言えぬ圧倒的な不快感が心から込み上げる。
「……民のため、王のため、そんなこと本当はどうでも良いのです。わたくしが真に申したいことは、我々はあの御方の為ならば喜んで命を捧げられる集団であるということ。……それを、ゆめゆめお忘れなきようお願い申し上げます」
一瞬見せた彼の持つ狂気……否、身を焦がす様な忠誠心が私には相応の異様なものに感じられた。またそれは隣に座っていた黒ちゃんも同じようで、彼に対し睨みを利かせつつもその額にはうっすらと冷や汗が浮かんでいる。しかし、それも致し方ないと思うほどに白上にはその身を削るような献身がとても”理解できなかった”。
「おっと……かなり長いこと話し込んでしまいましたな。フブキ様、黒上殿、もう間もなくフレンズ王国王城の上空に差し掛かりますぞ。着陸に備えてくださいませ」
セバスさんはそう言うと、最後に入っていた紅茶を一気に飲み干した。
……しかし私は、手元に残ったティーカップの中の既に冷め切ってしまった濁りをいつまでも飲み込めずにいたのだった。