転生したらラプラス・ダークネスだった件 作:飽和水溶液_pixiv
転ラプ外伝part3です。今回からいよいよホロメン以外のキャラクター、通称”モブキャラ”と呼ばれる者たちが多数登場していきます。またお話を書く上での便宜上いい感じに個人名も登場しますので、その辺りのご理解とご容赦の程よろしくお願いします。
さて、今話は終始秘密結社holoXに所属する博衣こよりの【助手くん】視点になります。名前は【シン】(博衣こより氏の連れているコヨーテ型ロボットの『ココロ』から、こころ→心→シンというのが名前の由来)と言い、普段から多忙を極めている天才科学者博衣こよりを支える助手であり、かつ彼女が所長を務める『こよりーずラボラトリー』の”副所長”でもあります。その見た目は茶色のワイシャツの上から白衣を纏い、頭部には丸い耳が生えている熊の獣人です。今回は、そんなシン副所長の多忙な一日をお見せします。
それでは本編へどうぞ!
↓作者:飽和水溶液のXアカウント。主に執筆状況や気に入ったホロ関連のリポストしてます。
飽和水溶液(@Suiyoueki_suba) twitter/Suiyoueki_suba
―――秘密結社holoX科学研究所、【こよりーずラボラトリー】。
『こよラボ』と呼ばれるこの施設は、秘密結社holoX総本部内で敷地の範囲が最も広い重要機関の一つである。そこは日々組織の為に開発・研究に従事する者達が多く在籍しており、彼ら彼女らは激化していく征服活動を支える陰の立役者であった。
しかしその一方で、各研究機関では組織の大規模化により技術者が不足するという問題を抱えていた。この科学研究所を牽引する天才科学者博衣こよりが認める技術力水準に達せられる人材などほんのひと握りであり、ましてや共に並び、更には一つの分野だけでも追い越せる……なんて者は、幾らholoXと言えどほとんど在籍してはいなかった。故に、この研究所は常日頃から多忙を極めており、人手不足や技術職不足を効率と無理矢理な業務時間で補っている毎日であった。
「”シン”副所長!おはようございます!本日もよろしくお願いしますっ!」
「副所長、おはよーございます♪今日も丸い耳がキュートですねっ」
「はい、おはようございます」
そうして、この場所で『副所長』と呼ばれる彼もまた目まぐるしい仕事量に翻弄される科学者の一人であった。研究所で業務に勤しむ者たち同様に白衣を羽織り、中には少し縒れた茶色いワイシャツを身に着けている。また獣人特有の丸い耳が頭部に生えており、日々の疲れから少しばかり頬はこけてしまっていた。
「副所長……随分とお疲れのようですね。また少し痩せましたか?」
「えっ……えぇ、まあそうかもしれませんね。体重なんて暫く量っていないので定かでは無いですが……」
「毎日目が回っちゃうくらい忙しいですもんね。……そうだ!もし良かったら今日のお昼ご一緒しませんかっ?何でも最近ラプラス様が直々に考案されたメニューがいくつか食堂に追加されたみたいなんですよ!」
研究者たちが寝泊まりしている社員寮から、研究所まで直接繋がる渡り廊下。彼ら彼女らは毎日そこを使って仕事場まで通っており、終点の広いロビーから担当する各部署へと枝分かれをしていく。つまりここで働く皆にとっては、通勤途中であるこの瞬間こそが仕事が始まる前の僅かな憩いの時間となっているのだ。
「そうですね……わかりました。生憎仕事の関係上お約束はできませんが、もし時間が取れれば是非行かせていただきます」
「はいっ!絶対ですからね!」
彼の右隣を歩く若い女性研究員が、そう言って笑いかけた。また反対側の青年も、「それなら私も一緒に……」と同伴の異議を唱えている。これから始まる激務に備え、僅かなコミュニケーションの場を享受する……それこそが、holoXに勤務する研究者たちの日常なのである。
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こよラボ本棟F3に存在する、【所長室】。しかしそこは所長室とは名ばかりの、研究部門を代表する天才科学者博衣こよりの私用実験室となっている。
そして、もう歩き慣れてしまった薬品香る綺麗な廊下を経て、彼はその部屋の前で徐に立ち止まった。
「こより様は……既におられるようですね。ということは、また昨日も部屋に帰っていないということですか……」
中から聞こえる微かな音に耳を傾け、既に所長が出社しているという事実を知る。昨晩もかなり遅くまで作業をしていたというのに、今現在もこの部屋に居られるということはそういうことなのだろう。全く、本当によく働かれる方だ……。
彼は心の中でそう思いつつ、少しばかり身なりを正してから慣れた手つきで扉をノックした。
「こより様!おはようございます、私です。朝の挨拶に参りました」
「 あっ、助手くん?今ちょっと手が離せないから、勝手に入ってきていいよー 」
扉越しであるためか、少々くぐもった声でそう返事か返ってくる。しかしその声音を聞くに、ここ最近で起きてしまった問題に彼女はある程度の心の整理がつけられたように感じられた。数日前までこの世の終わりのような顔をされていたのに、もしかしたら心の変化が起きるような何かがあったのかもしれないな。
自身が起こしてしまった不祥事を酷く後悔されていたにしては妙に明るい態度を見せる彼女に、彼は若干の疑問を抱く。しかしその思いに自分なりの回答を勝手に見い出し、許可が下りた扉をゆっくりと開け放った。
「おはよー助手くん。今日もよろしくねー」
「はい、こちらこそよろしくお願いします。……何をされているのですか?」
入って左側に設置された卓上が広いデスクの上に幾つものモニターと実験器具を広げ、更にそれらを押しのけた状態で何とか確保したスペースに彼女は厚紙を敷いていた。それは本来設計図なんかを作成する際に使用されるものであり、既にある程度の図面が引かれている様子である。そして器用なことに、こより様はその何かの設計図を左手で書きながら、それに付随する書類を右手でキーボードに打ち込み作成していた。何とも奇妙な作業風景であるが、こういった時間惜しさ故の行動をこなせるところもまたこの方が『天才』と呼ばれる所以なのかもしれない。
「ん?…あぁこれ?昨日ちょこっと話してた”アレ”の仕込み。ルイ姉が組織を強化させるような発明をしなさいって言ってくれたから、その為の試号機を作る許諾書を書いてるの」
こより様の言うアレとは、先日行われた秘密結社holoXの四天王会議内で持ち出されたとある事項に関するものである。ずばり、大幹部様曰く今後の我らがholoXには改革が必要であるとのこと。これから起こるであろう大きな出来事に際し、その備えをせよとこより様は仰せつかったのだそうだ。そして、その命を受けこより様は直ぐに”新たな発明品”の開発に着手された。それは彼女が言うに、『今のholoXの問題を一発で解決させられる程革新的な兵器』であるらしい。
「なるほど、そういうことでしたか。……しかし、まだ許諾書の段階だというのにもう設計図を書いているのですか?今回は随分と気合が入ってますね」
「ふふん、まぁね。実はこれの構想自体はずっとあったんだけど、なにせものっ凄く高度な技術を使おうとしてるからどうしても完成までに時間がかかっちゃうんだよ。それに資源とか資金とかも諸々必要になってくるし、ずっと頭の片隅に仕舞い込んじゃってたんだよねぇ……でも、今回いい機会だしダメもとで提案してみようと思って!」
「そうなのですね、大変良い試みだと思います。私も是非協力させていただきます」
私と会話をしながらも作業の手を止めることなく、こより様はそう言いながら少し浮かれた表情をされていた。この方の、あのような楽し気な顔は久しく見られていなかった気がする。恐らくは、自身の知識が大幹部様に必要とされていることに喜びを感じているのだろう。組織の為になる事はそれ即ち、こより様の愛してやまない総帥様のお役に立てることと同義であるのだから。
そして、そんな健気なこの方に、私は全身全霊で協力して差し上げたいと思っている。
「うん、ありがとね♪……それじゃあ助手くん、早速で悪いんだけどお使い頼んでもいいかな?たった今できたこの許諾書を印刷して、ルイ姉とラプちゃんの所に届けて欲しいの。内容的に兵器に関することでまだ極秘扱いだから他の人に頼めなくって……あと、そのついでにアジトの復興作業の進捗具合を見て来てくれる?本当は僕が直接見に行きたいんだけど、”もう一つ”作らなきゃいけない書類があってさ」
協力を申し出たところ、早速こより様から私用を頼まれてしまった。それは途中から私と話しながらだったというのに、ちょうど今書き終えたという書類の提出。またその帰りに、先日宝鐘海賊団によって破壊されてしまったアジトの復興状況の確認をしてきて欲しいとのことだった。勿論私はそれを直ぐに承諾し、彼女が手渡してきた許諾書の原本を受け取ろうとそちらに手を伸ばした。
「はい、わかりました。確実に届けて参ります」
「はーい、お願いね。……あっ!あと申し訳ないんだけど宝鐘海賊団の海賊船の解析班に渡したいものがあって……そうだ、そう言えばホロベーダーについて調べてる人たちにも伝えて欲しいことがあったんだった……うわ、ごめんだけど今日の”お米”の成長経過の記録つけてきてくれない――――・・・・・・」
しかし、それをこより様が手放す直前続け様に捲し立てるようにそう仰られた。そう、この通りこの方は優秀過ぎるが故に多くの仕事に関わっている。となれば必然的に、その助手である私の仕事も多くなるという訳だ。
「――はい、お任せくださいこより様。」
副所長はそう答えながら、やはり今日も時間通りに昼食を食べるのは無理だろうなと心の中で思うのであった。
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表面と母艦内部に分かれ、広大な敷地を有する秘密結社holoXの総本部。その中を移動することはそれに見合うだけの労力を労し、例えアジトと隣り合わせに建設されたこよラボからそこまでの移動でさえもそれは例外では無かった。当然上級構成員であれば送迎用の乗り物などが用意されるのであるが、一般的に見れば重役であり役職名もあるはずの彼は物好きなことに自分の足を使い移動をすることの方が多かった。曰く、運動不足気味である身体を僅かにでも動かすことで脳が活性化し考え事が捗るから、とのことらしい。
そうして、アジトに辿り着いたシンは入り口で軽い身体検査を受けた後建物内部に侵入する。まずは手元の許諾書をラプラス様に届けるため、真っ先に【総帥執務室】を目指した。
「止まれ。ここはラプラス様の執務室である、何用だ」
holoXの中枢司令室からほど近い位置。総帥ラプラス・ダークネスが執務を行う部屋の前で、シンはそこに立つ二人の護衛に突然銃を突き付けられた。
「私はこよりーずラボラトリー副所長のシンと申します。研究部門代表博衣こより様からラプラス様宛の書類をお持ちしました、可能であればお目通りをお願いします」
しかし、彼はそれに一瞬もたじろぐことなく、既に見慣れた光景だと言わんばかりに堂々と振舞っていた。そして手元の書類をその内容が見えないように存在を明かしつつ、丁寧な口調で訪問の理由を述べる。またそれを受け、護衛たちは互いに顔を見合わせた後でゆっくりと銃口を下ろした。
「……通れ。ラプラス様は中におられる」
「ありがとうございます」
ペコリと軽く会釈をし、シンは通過する許可を得た扉をくぐる。すると、開け放たれた部屋の先で机に向かわれている総帥様の姿が視界に映ったのだった。
「ラプラス様、来客です。どうやらこより様からの使者のようですね」
「ん?こよりから?」
入室してすぐの正面で佇む総帥ラプラス・ダークネス様。その机の上には無造作に紙類が散らばっており、現在進行形で苦手とお噂のデスクワークに励まれている様子であった。並びに、彼女の横には総帥秘書である男が立っており、その毅然とした姿から刺さるような鋭い視線が向けられている。当然何度も顔を合わせた経験があり見知らぬ相手では無かったが、どんな状況であれラプラス様が近くに居るということで一応の警戒をしているのだろう。
「お忙しい中申し訳ございませんラプラス様。本日はこより様より、ラプラス様宛の書類をお持ち致しました。内容は極秘だと窺っておりますが、何かの許諾書だと聞いております」
「許諾書ぉ?……よくわからんが、こよりが書いたんだよな?わかった、今はこっちのことで忙しいから後で読んでおく。……おい眷属、受け取ってそこ置いといてくれ」
「御意」
忙しいと仰られるラプラス様からの指示に従い、総帥秘書の男がこちらに近づいてくる。そして相手に手が届くギリギリの距離まで迫ってきたところで、私は持っていた書類を彼に手渡した。
「……申し訳ありません。私も詳しい内容を把握していないのですが、こより様は随分とせわしい様子でこの許諾書を作成されたご様子でした。総帥様の多忙さも十分理解しておりますが、出来る限り早めに目を通していただけると嬉しく思います」
「……ふむ、了解した。ラプラス様にさりげなくそう伝えておく」
しかし相手がそれを受け取る最中、私は彼にしか聞こえない程の小声でそう言った。ラプラス様が珍しく机に向かって執務に励まれているところ、それを邪魔することはあまりにも恐れ多い。だが、こより様が朝から他の作業と並行しながらも作られた書類を後回しにされることもあの方の部下としては少々気持ちの良いものではなかった。故に、これはあくまで私の我儘ではあるが、出来る限り早くラプラス様にはこより様の頑張りを知って欲しい……というのが密かな本音なのである。
そして、その僅かを察してか彼は了解の言葉と共に軽く頷き返してくれたのだった。
「ありがとうございます。……さて、それでは私は失礼いたします。ラプラス様、お時間を取らせてしまい申し訳ありませんでした」
「ああ、別に気にすることじゃないぞ。お使いご苦労だったな、こよりにもよろしく伝えといてくれ」
「はい、わかりました」
私はそう退出の挨拶をし、そそくさと部屋を出る。いつまでもかの御方の部屋に滞在するというのは、やはり色んな意味で心臓に悪い。それにラプラス様は相も変わらず良い意味で見た目騙しな方でいらっしゃる。普段の私生活を含め、一見ただの少女のようであるこの御方から一体どのようにしてあのような膨大で緻密に積み上げられた知略や思惑が生まれるのだろうか……それは、科学者の端くれである私では到底解明できぬことなのだろう。
「……はぁ、全然進まん……なあ眷属、”企画書”なんて本当に必要かな?なんかもう幹部に全部丸投げしたほうが早いような気がしてきたんだが……」
「ラプラス様がそうすべきと判断されるのであれば、そのようにするのがよろしいかと。我々構成員一同は常に主君の判断に従いますゆえ。それに、ルイ様もラプラス様直々のお願いとあらば他の業務そっちのけで最優先で仕上げるかと存じます」
「……他の業務、そっちのけ…………やっぱり、自分でやるか……」
私が執務室を去る間際、後方からそんなお声が聞こえてきた。盗み聞きなどあまり褒められた行為ではなかったが、あのラプラス様が何かを企画しようと為されていることには驚きだ。しかも、苦手な卓上の執務を自ら行ってまでのものとは……ここの一構成員である私にも大変興味がある。
シンは密かに、心の中で総帥の漏らした企てに強い関心を見せる。しかし、あわよくばここでその話の続きを聞きたいところではあったが、生憎上司から受けたお使いがまだ残っていると進む歩みを止めない。そうして、続き今度は大幹部鷹嶺ルイの下へと足を向けたのであった。
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「ルイ様、こちらこより様より預かった許諾書になります。是非ご一読頂ければと思います」
「許諾書?……あぁなるほど、例のやつね。わかったわ、直ぐ読むからちょっと待ってて」
ところ変わって、鷹嶺ルイ大幹部様が事務を担当される仕事室。総帥執務室同様、ルイ様は部屋の中央で正しい姿勢で椅子に座り仕事を為されていた。またその机の上すら綺麗に整頓されており、まるで紙の束が山のように積まれているとは思えないような状態である。そして、そんな見るからに忙しそうな状況に置いてもルイ様は雑兵である私の訪問に際し一時的に手を止め、こちらに注意を向けられた。そのことに多大なる誉れと申し訳なさを感じつつ、私は手元の許諾書を手渡す。すると、ルイ様はラプラス様とは違いその場で直ぐに書類に目を通し始めた。
私はそんな幹部様を横目に、『待て』の指示通りにその場に立っていた。だが暫くの静寂の後、ルイ様が大変驚いたような表情を浮かべられる。
「―――ッ!……まさかあの子、こんなものを本気で作ろうとして……!!」
それが良い意味で発せられたのか、あるいはその逆であるのか、その紙面の中身をよく知らぬ私には判断が出来なかった。しかしその反応から、少なくともあの辣腕と称されるルイ様ですら想定していなかった新兵器だということが窺える。しかもそれは組織の強化につながる革新的なもので、こより様が今大きく力を入れようとされている代物なのだ。であれば、そんな夢のような発明品の構想を見て幹部様が目を丸くされるのも納得出来てしまうだろう。
「ちょっと副所長!この許諾書、ラプにはもう見せたのっ?!」
「はい。あぁ、いえ……先程ラプラス様のところにも同じものをお持ちしました。しかし他の執務に励まれていたご様子で、まだ内容までは目を通されていないかと思います」
思わず椅子から立ち上がり、ルイ様は机の上に片手の平を付きながら目を見張られる。そして、そのまま迫るようにして私にそう尋ねてきた。ルイ様がここまで驚かれるとは、一体こより様はあの紙に何を書かれたというのか……。
「そう……あの子、とんでもないこと考えてたのね。確かにこんなものを本当に作れるんだとしたら、holoXは絶大な力を得ることになる。けどそれには考慮しなければならない当然のリスクもあるし、倫理的にも…………とにかく、ラプからの回答を待つしかないわね」
許諾書を再度見返し、ひとしきり独り言を呟いた後にルイ様は一つの結論に至る。結局のところ、どんな画期的な兵器や発明であろうともラプラス様が望まれないのであればそれがここholoXで具現化されるようなことは絶対にありえない。であれば、当然の如く最終的な決定はラプラス様に委ねられるのだろう。
「シン副所長、こよりに伝えて……この兵器の作成許可については全て総帥に一任する。ただし、もし許可が下りた場合でも公にはせずごく一部の関係者だけで製作しなさいって。……私個人からは特に言うことは無いわ。組織の強化をしろって言ったのは私だし、予算や資源の使用についてもある程度は問題ない。ラプの許しが出たらすぐにでも着手していいわよ」
大幹部様一人で決断できるものでは無いと、その許諾は全てラプラス様の判断に任せられるらしい。そして、仮に許可が下りたとしてもその事実を外部に漏らしてはならないとのお達しを受けた。しかしルイ様的には一先ず問題は無いようで、後はラプラス様に認められれば制作を始めてしまっても構わないとのこと。未だこの許諾書に書かれたものが実際に作られるかは定かではないが、一応はこより様に良い報告を出来そうだ。伝言も頼まれたことだし、この後アジトの再建現場を見に行ってから一度研究所に戻ることにしよう。
「了解しました。それでは失礼いたします」
ラプラス様の時同様、退出の挨拶をした後私は直ぐに踵を返した。次はここより上の地上階で行われているアジト修復の工事現場の様子を見に行かなければならない。機能面もそうであるが、何より他組織に受けてしまった傷など早く直してしまうに越したことは無いはずである。
「はぁ……相変わらず、あの子の頭脳には驚かされるわ。ラプがこれを見て、何て言うか……」
「そんなに凄い発明だったのですか?ルイ様がそこまで驚かれるような」
「正直、度肝を抜かれたわ。本当にこんなものを作れるんだとしたら……いえ、あの子なら恐らく作れるのでしょうね。そして、もしこれが実現したならいよいよをもってこより一人で世界征服できるようになるわよ」
「それは……非常に頼もしく、そして末恐ろしい話ですね」
去り際、ルイ様とその秘書様のそんな会話が聞こえてしまった。本当に、あの方は何を作ろうとしているのか……。
期待半分、怖さ半分の中、彼は少し重くなってしまった足取りを次の目的地へと向かわせるのであった。
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重機のエンジン音、金属同士の衝突音、そして呼びかけを行う作業員たちの声が飛び交う工事現場。母艦内の気温は決して高い値に設定されているわけでは無かったが、何故かこうした場所はその雰囲気から妙に暑苦しく熱気を帯びているように感じられた。いや実際、汗水垂らし働いている者もいる以上相応の気温上昇を招いていることに変わりはないのだろうが。
「なるほど、思ったより進んでいるようです。これなら数日のうちに完全修復できそうですね」
母艦内部から表面に突出したアジトの一角、そこは先日の宝鐘海賊団による奇襲攻撃で崩壊してしまった被害現場であった。私もあの時はこよラボ内に居ながらも実際に襲撃を受ける瞬間を目撃しており、この場所に物凄い速度で海賊船が飛来して行った光景は今も強く印象に残っている。またその後、事が済んでからアジトの状況を確認しに行ったのであるがその現場のあまりの惨状に言葉を失うほどであった。
しかし、あれだけ荒れてあちこちに散らばっていた瓦礫も既にある程度片付けられている様子である。それに重機なども現場に入り込めていることから、復旧作業はかなり順調に進んでいるように思えた。作業開始から初日以降こより様は多忙のためここに顔を出せていないが、あの方がいなくてもこよラボに勤務する皆は真面目に働いてくれているようだった。
「……おや、これはこれはシンの若旦那じゃねぇですか!」
そんなことを思いつつ、私が周囲を見渡しているとこちらに一人のヘルメットを被った作業員が近づいてきた。またその中年の男に見覚えのあった私はあぁと軽く会釈をし、そちらに向き直る。彼はこの復旧現場で現場監督を任されている、建設部門所属の役員であった。
「お疲れ様です、現場監督様。こより様に頼まれて作業の様子を見に来ました、どうやら順調のようですね」
「ちょっと、やめてくださいよ若旦那。私はそんな丁寧な言葉遣いをされるような相手じゃねぇですって」
誰彼構わず謙った態度を取るよう心がけている私を見て、彼は少々焦ったような様子であった。しかし、これは私の悪い癖でもある。私は日々こより様と共に仕事することが多く、必然的に総帥様や他の四天王の方々と顔を合わせる機会も多い。また正直なところ、相手が自分と比べてどの位の立場に居るのかを直ぐに判断することが得意では無く、故に無用な敵を作らぬように全員に対し同じ態度を取っていたのだ。だが、大変光栄なことに今の私はこよラボの副所長という座に就かせていただいている。これは他の科学関係の部門の者からすればこより様に次ぐ立場にあり、確かにそんな私から敬語を使われてしまうと大半の者は少々狼狽えてしまうかもしれない。
決して自身の待遇を驕ることなく、けれどそれに相応しい立ち居振る舞いをするよう心掛けなければならないな。
「申し訳ありません、以後気を付けますね。…………ところで監督殿、どうしてここまで作業が進んでいるのですか?確か予定では、早くても二週間はかかるという話だったような」
「何をおっしゃってるんですか若旦那!確かに当初の予定ではそれだけ時間がかかる筈でしたが……こより様が手配してくださった”あの方々”のお陰で、作業が五倍にも十倍にも進んでるんですよ!もぉー大助かりでさァ。……あ、ほら丁度あそこにいらっしゃいますぜ」
「あの方々……??」
作業計画書とは違い、想定以上の速度で進んでいた復旧工事。その理由を尋ねると、彼は随分と上機嫌にそう答えた。そして続けざまに、彼が『こより様が手配した』と言い張る”あの方々”が居るという方向を指差したので、それにつられて私の視線もその方へと泳いだ。
「おらおらおらおらおらおらーーーーッ!!こんな作業とっとと終わらせて、あのクソ魔女たちが居る家からラプラスをこっちに住まわせるんだよぉーーッ!!!」
「こら沙花叉っ!石柱を持ったまま走ったら危ないでござるよっ!……あ、追加の鉄材ここに置いておくでござるねっ」
―――しかし、そこには信じられない光景が広がっていた。
「は?……な、何故、あの方たちが……」
あまりにも信じがたい状況に、シンは只呆然と立ち尽くすことしか出来なかった。しかしそれもそのはず、何故ならそこには一見ただの少女であろうその者達が重機も使わずに何キロ……いや、下手したら何トンもあるであろう石材や鉄材を素手で運んでいたのだから。一人は自身の身長の1.5倍ほどの長さはある石柱を左右小脇に一本ずつ抱えたまま数メートルを走り抜け、更にもう一人は彼女を咎めつつこれまた絶妙なバランスで積み上げられた鉄の山を軽々持ち上げていた。まさに、常人には真似できない所業である。
「はぁ、思ったよりしんど……でも、確かにいい運動になるかもね」
「ふふん、やっぱり風真の言った通りでしょ?これなら効率よく筋力を鍛えられるし、丁度いい訓練になるでござる。それに復旧作業も進んで、ルイ姉たちも喜ぶから一石二鳥でござるっ!」
などと明るく話す彼女たちに反し、周りで見ていた作業員達はシン同様に目を丸くしていた。だが数秒の放心の後、彼は正気を取り戻す。そして未だ若干困惑していた脳を動かし、状況理解に努めていた。
「何故、あの御二方がここで復旧作業の支援を……」
「ん?なんでぃ、こより様が手配してくれたんじゃなかったんですか?あの御二人なら少し前にフラッと現れて『手伝う』なんて言い出されたもんだから、私はてっきり若旦那か所長様の仕業なのかと思ったんですがね」
衝撃のあまり漏れ出してしまった独り言のようなそれに、隣に居た監督殿がそう答える。しかし、現状私はこより様からそのようなお話は伺っていなかった。それに恐らくではあるが、あの方がいろは様やクロヱ様に復旧作業のお手伝いを頼まれるとも思えないのだ。こより様は基本四天王の方々を心の底から尊敬しており、相手が自ら言ってくるでもない限りは頼み事などせず自分で解決しようとする方だろう。であれば、可能性としてはあの御二方が勝手に好きで手伝っているというのが一番高いような気がするのだ。
「いえ、私はこより様からそのようなお話は伺っておりませんね……それに、いろは様はともかくクロヱ様も居る以上恐らくはご本人様たちのご意思でやっているだけなのかと」
「えぇっ!そりゃ本当ですかい?困ったなぁ……上の許可も取らず、勝手にあの御二人を働かせちまったぁ……」
「あぁいや、それ自体は多分ですが問題ないと思いますよ。あの方々が自ら進んでやっている以上、こより様も文句は言わないと思いますから」
許可も無く勝手に四天王の方々を働かせることなど、本来あってはならないことだ。だが、ご本人様たちが自ら進んで復旧作業を手伝っているのであればその限りでは無いだろう。それにあの方たちの意思ということであればこより様も問題にはしないだろうし、どちらにせよ復建が早く済むに越したことは無い。まあ一応、こより様には報告だけ入れておくことにしましょう。
「う~ん、そうですかい?……それなら、あの御二方が止めるって言い出すまでは手伝って頂きましょうかね」
「はい、それで大丈夫だと思います。……それでは、私は失礼しますね。引き続き作業の方よろしくお願いします」
「へい喜んでっ!シンの若旦那も、ちゃんと飯食って体調には気を付けてくださいよぉ~!」
去り際、私はそう言って監督殿に挨拶をする。けれどその気配りに反し、また痩せてしまったらしい私の体型を見て逆に心配されてしまった。私、そんなに疲れているように見えているんでしょうかね……。
シンはそんなことを思いつつ、少し足を進めた矢先でフラっと急激な睡魔に襲われた。しかしそれを自覚してしまうまいと鼻筋に手を当て、何とか眠気を振りほどく。この後はまたすぐにラボに戻り、そして上司であるこより様にこれらのことを報告しなければならないのだ。現在の母艦内時刻は09.54am.。良かった、このまま順調に進めば今日くらいは時間通りに昼食を食べられるかもしれないな。……まあもっとも、あの方にまた何かを頼まれた暁にはそれを何よりも優先してしまうのが私の性なのだろうが。
――――これが、そんな宇宙一多忙な科学者に仕える『助手』の日常なのである。