転生したらラプラス・ダークネスだった件 作:飽和水溶液_pixiv
今回は度々本編にも登場していた娯楽街、その端に位置する『上官用BAR』のマスターのお話です。彼は【バーマン】と呼ばれ、日々組織と酒に人生を捧げてきました。そんな彼の密かな矜持は、店に訪れるお客様方(最上層構成員)の会話を盗み聞く事。誰がどんな話をしようとも、全ては酒の席での戯言。彼は仕事上で知ったこを全てそう割り切り、今日も酒を入れる……と、そんな感じのお話です。尚このお店及びマスターは主役じゃないですが他の外伝でも出る予定です、バーマンは名前というより役職名です。
それでは、是非本編をお楽しみください。
↓作者:飽和水溶液のXアカウント。主に執筆状況や気に入ったホロ関連のリポストしてます。
飽和水溶液(@Suiyoueki_suba) twitter/Suiyoueki_suba
――――秘密結社holoX総本部、娯楽街。
ここは、欲望と幸福が交わる母艦内唯一の楽園。ありとあらゆる趣味、ジャンルを問わぬ娯楽がここには集約しており、holoXに勤務する全ての者達が求める究極の憩いの場となっていた。
「 なぁ、次どの店行くよ 」
「 そういえば、あそこの角にある屋台が良いって聞いたな 」
激務に追われる毎日を過ごす者達が、日々の疲れを癒すために訪れる飲み屋街道。holoX内だけでなく、征服した様々な星で作られたお酒や食事を楽しむことが出来る店が並ぶ大通り。そこで彼ら彼女らはholoXで勤務した対価として受け取る母艦内で流通している貨幣を使い、その労力に見合った休息を得られていた。
「 いやー、任務以外で身体を動かすのも案外悪くないですね 」
「 でしょでしょ。ねぇ、もう1ゲームしていこうよ! 」
また、そういった飲み食い等の趣向に興味がない者でも楽しめる施設がある。それはあくまで屋内ではあるものの、それでもある程度の敷地を確保したスポーツ場。またゲームセンターに賭博場、映画に個人用歌唱室といったレジャー施設までもが立ち並ぶ。これらは普段体を使わぬ仕事をするものや、若い構成員たちの間で非常に人気の高いものであった。
「 げっ、しまった。調子に乗って買い過ぎちゃった…… 」
「 何やってんのよあんた。そんなんだから、いつまでもお金貯まらないんでしょ? 」
そして、普段の業務に伴った彼らの”私生活”を支えているのもこの娯楽街である。これまた母艦内唯一の商店である巨大なショッピングモールには、一般の支給品とは異なった生活必需品等が数多く取り揃えられている。そこで売られている商品には組織内の各分野の職人達が携わっており、中でも研究部門代表博衣こより氏が直々にデザインした商品はブランド物として超がつくほどの人気があった。
……そんな全holoXer達が集う、最強の遊び場。しかし、そんな娯楽街にも確かな格差社会というものが存在している。それは下級から中級、所によっては上級の構成員ですら立ち入ることが許されない場所。秘密結社holoX内でも優秀な業績を収める"最上層構成員"に位置する者だけが利用することを許される、謂わば『会員制の施設』と呼ばれるものもここには併設されていた。
~~♪~~~♪
落ち着いた店内の雰囲気に見合った、4拍子を刻む音。まるでその場に居る者の心を鎮め、安らぎを得られるような空間。
此処は、娯楽街飲み屋街道の端に位置する会員制の『上官用BAR』であった。
(……ふむ、今日も私は平時と変わらぬ心持ち。いつも通り最上級のお酒を入れられそうですね)
そこで働く酒とholoXに生涯をささげた男、通称【バーマン】と呼ばれる者がこの店の支配者であった。彼は白地のシャツに黒色のベストという制服を身に着け、腰から下にはズボンとその上からエプロンを身に着けている。また渋いこげ茶の髪は全体を後ろに流し、胸元のポケットには青色の”三角型”のサングラスを掛けていた。彼は当番非番関係なくそのサングラスを常に身に着けていることが多く、それが自然とこの男が大元ではどこに所属しているのかを窺わせるのであった。
(バーテンダーには平常心と忍耐力が何よりも重要。ただ酒に詳しかっただけの私に、人に酒を振舞うとはどういうことかを教えてくださった"師”に恥じぬ働きをしなくては)
彼がここで働く上で指針としていたとある人物。男が『師匠』と称えるその者の教えに従い、バーマンは今日も業務に勤しんでいるのであった。
********************
……開店からしばらくした後、私の前にはあるお客様たちが来店されていた。
「お嬢っ!飲みすぎですって!それ位にしておかないと、明日の業務に響きますよっ!」
右手に包帯を巻き首から吊るす剛腕の男。彼は見るからに負傷を負っており、現在はそれらの治療を兼ねた療養中であると思われる。が、そうであるにも関わらず男は空いていた席には着かずに、逆に目の前のカウンター席に座って大量のお酒を呷られるもう一人のお客様に怒鳴り声を上げていた。
「う~ん……うるさいなぁ、沙花叉の勝手でしょ~?私ここ数日毎日のように身体動かして疲れてるんだからさ、少しくらい息抜きさせてよー」
彼女はそう言って、手元のもはや何杯目になるかもわからないグラスの中身を飲み干した。ここは上官の皆様も利用なされる高級BAR。であれば当然、表には出せぬ話なども時には飛び交う事になるだろう。しかし、だからこそ私はどなたがどのような理由で来店し、例え何の話をされようとも見て見ぬふりを突き通す。それこそがバーテンダーとして求められる資質であり、相手が誰であろうと等しく敬った態度を崩してはならないのだ。
……従って、仮に私の眼前で席に座るこの方があの有名な暗殺部門代表の【沙花叉クロヱ】様であったとしても、私は動じず手元のグラスを綺麗に磨いておけば良いのです……。
「そ、それはいろは様と共にアジトの復興作業を手伝われている件ですか?確かに、それは大変ご立派なこととは思いますけど……ですが、だからと言って翌日の体調に影響する程飲まれることを私は見過ごせません!……それに、ここも本来なら上官しか利用できないバーですので私は入れないんですよ」
「ほーんと、飼育員さんはお堅いなぁ。そんなこと気にしなくても、上官の沙花叉が居るんだからあんたが居ても問題ないでしょ。……ね?てーいんさん?」
「えっ?…………ぁ、はい。勿論ですよ」
いきなり会話の矛先がこちらを向いたことに、バーマンは酷く驚いた。
び、ビックリした……まさか、あのクロヱ様にご注文以外で話しかけられてしまうとは……。いやしかし、今のはマズかった。私としたことが、いきなり声をかけられたことに驚き過ぎて思わず声が上擦ってしまった。集中、平常、心を落ち着かせなければ……上官用のBARを司るマスターとして、示しがつかなくなってしまう。
「ほら、この人もこー言ってるでしょ?……ていうか飼育員さんもさぁ、少しは休んだら?まだちゃんと怪我治ってないんでしょ?」
「え?……それは、まあ、はい。見ての通りですが……しかし私が休んだら、お嬢すぐにダラけちゃうじゃないですか。だから自分はお嬢の見張りも兼ねて仕事をしているのであって……」
クロヱ様……いや、女性のそのお客様の言葉にもう一人の彼は少したじろぐような様子を見せた。まさか自分が、彼女から怪我を労われるようなことを言われるとは思ってもいなかったのだろう。私にはお客様二人の関係を詳しく知ることは出来ないが、少なくとも女性の方は男を軽く扱っていたようだし……。
しかし、彼はそれを踏まえた上でも自身の仕事を優先すべきだと主張していた。まあ確かに、私としても彼の言い分は理解できる。だがそれでも、彼が受けたのが名誉の負傷ということならば多少体を休め少しでも早い回復に努めることも立派な仕事だと思えてしまうのだ。
「そんなの、休めない性の自分を正当化する言い訳でしょ。……じゃあ、これは上官命令ね。沙花叉も今日はもう何もしないから、あんたも今すぐ部屋に戻って休みな」
「お、お嬢、しかしそれは……」
「聞こえなかったの?め・い・れ・い、だって。細かいことはぜーんぶ明日に回して、今日は帰んな。……どーせ、近いうちにあんたにも休暇出ると思うし」
彼女はそう言って、隣に立つ彼をあしらっていた。だがそれは、傍から見ている者からすればお客様の不器用すぎる気遣いであると思えて仕方ない。部下を想う上官として、彼女はこの男に優しさを与えているのだろう。
「お嬢……わかりました、ありがとうございます。本日の業務はここまでにして、自分は一足先に休ませていただきます」
「はいはいー、お疲れー」
深々と頭を下げ、お礼を口にする彼にお客様は変わらぬ態度を貫いていた。しかし男の去り際に、『お疲れ』と労いの言葉をかけつつ手をフルフルと振る様は、第三者である私も見ていて少し胸が熱くなる。クロヱ様……いえお客様は、少し冷徹で部下には厳しい方と窺っていたが……案外、優しさを表現するのが苦手なだけであらせられるのかもしれない。
「……行った?…………はぁ~。ホント、アイツ煩いんだよ。ラプラスでもない癖に沙花叉に命令ばっかりして……今度、絶対もっと仕事押し付けてやろ」
……前言撤回。
お客様は、大変自分に正直な方であられるようだ。
「あ、てーいんさん今の内緒ね?もし誰かに話したらこr……お掃除しちゃうから♪ていうか黙って見てないで、もっとお酒作って持ってきてよ」
「ッ…………はい、かしこまりました。お客様」
驚いてはいけない、動じてはならない、何なら考えてもいけない。ここは公務と業務から離れた、お客様が伸び伸びと羽根を伸ばせる場所。であれば日ごろの不満を吐き出したり、多少の悪態を漏らしてしまうことも人として当たり前のこと。私の仕事は、そんなお客様が少しでも心休まるよう努めることなのだから。
そうしてバーマンは、引き続きお客様に大量のお酒を提供したのだった。
********************
「Zzz……」
暫くのお楽しみの後、お客様はカウンターに突っ伏し眠ってしまったようだった。結局、さっきまでご一緒に来店されていたお客様の言っていた通りに、少々飲み過ぎてしまったらしい。はてさて、どうしたものか……流石のBARマスターである私も、女性のお客様を無断でお運びするわけにはいきませんし……。
カラン、カラン♪
バーテンダーである彼は内心そう考え、とても目を覚ましそうにない客を前に頭を抱える。するとその時、そんな静まり返った店内に新たな利用者が訪れたことを報せるベルが鳴り響いた。
「ふぅ…疲れた……あら、お邪魔しますねマスター。席は空いてるかしら?」
店の内と外とを繋ぐ扉が開かれ、入ってきたのは見るからに上品でかつ相当な疲労をため込んでいるであろう女性の客であった。目立つ赤い髪に澄み渡った清水のような青い瞳、スラっと伸びた長い手足を包む赤いマントは彼女の気品さを更に高める効力を持っていた。
「こっ!……こ、ここ、これは”ルイ”…あぁいや、お客様!勿論空いておりますともっ!是非お好きな席をお使いくださいませ!」
「そう、ありがとう。それじゃあ失礼するわ」
酷く慌てた様子のバーテンダーには気付かず、代わりに綺麗すぎるその声で彼女は答えた。そしてバーマンの言葉に従い、女性客は気の向くまま席を求めて店内へと侵入する。
(おっ……思わず、取り乱してしまった……しかし、まさかルイ様がご来店されるとは……)
いきなり現れた”推し”の存在に、彼の心はかき乱されてしまっていた。勿論、今までも彼女がこの店を利用したことは幾回もあり、従って彼もまたこれが初対面という訳では無かった。だが、いくら会ったことがあるとはいえ尊敬し慕う相手がいきなり目の前に現れようものなら、誰でも取り乱してしまうことはもはや必然の事項である。そしてそれはこの男も例外では無く、表には出さないが生粋の【ルイ友】である彼はそのお客様の登場に驚きと感動を禁じえないのであった。
(だ、だが、これはある意味またとないチャンスだ!最近ルイ様は多忙のためかあまり来店されていなかったご様子、であれば久々の息抜きに少しでも助力できるよう特別なカクテルをお出ししよう!幸い、私がここ数日寝る間も惜しんで開発した新しいブレンドのお酒が……!!)
落ち着いた佇まいを崩さず、声にも表情にも出さない彼は内心そんな思惑を昂らせる。普段の彼女は業務終了の後、お酒が好きらしく良くこの店を利用していた。少々疲れた様子の高尚な女性と、それに映える香り高い酒との組み合わせは、見る者さえも酔わせるほどの気品と情熱を兼ね備えている。そんな見惚れる程の高貴なお姿を再び拝見できるならと、バーマンはこれ以上ない程気合を入れていた。
……しかしその一方、心の内で一人盛り上がっている彼を尻目に肝心の彼女は別のところに興味が向いていた。
「……あら?沙花叉じゃない…………って、何でこんなところで寝てるのよ」
適当に店内へと歩みを進めていた矢先、彼女は幾つかある中で唯一埋まっていた席に自然と視線が誘導される。すると、何故かそこには彼女が良く見知った相手がカウンターテーブルに突っ伏して眠っている姿があった。またその者の周りに空いたグラスが無造作に置かれていることから、彼女の身に何があったのかは容易に想像できるものである。
「はぁ…ホント、この子ったら……こら沙花叉、こんなところで寝てたら風邪ひくわよ」
店で寝ていた部下を発見したらしい彼女はそう言って、未だ気持ちよさそうに寝息を立てていたお客様の頭を軽く叩かれる。すると、ふがっという気の抜けた声を上げつつ、その者はゆっくりと上体を持ち上げた。
「う~…ん、誰…………あっ、ルイ姉じゃん…おはよ……」
「おはよ、じゃないわよ。holoXの四天王ともあろう子が、こんなところで寝てたら皆に示しがつかないでしょ」
「んん~……ちょっとくらいいーじゃん…私最近、ちゃんと働いてるんだからさぁ……」
起こされたお客様は少々不機嫌そうに目を覚まされたが、相手が彼女だと知って直ぐに機嫌を直されたご様子だった。しかしそんな態度とは裏腹に、口ではちょっとした愚痴を溢される。だが、あのサボりm……いえ、自身の仕事にマイペースなお客様が、きちんと業務に勤しんでいるというのは大変喜ばしいことである。やはりかの御方と言えど、先日のholoXを襲った”あの一件”に対し色々と思うところがあるのかもしれないな。
「いや、ちゃんと働くのは当たり前のことだからね。…………あ、マスター?悪いけどいつもの頂けるかしら」
「はい、かしこまり……あっ!いや、その、お客様……実は本日はっ、新作のカクテルをご用意しております!お客様に大変お似合いの一品でございますが、そちらはいかがでしょうかっ?」
再度声をかけられたことにより、バーマンはまたしても軽く取り乱してしまった。
だが、その上でも自分が伝えたかったことをきちんと言葉にし、相手に自身が開発したお酒をこれでもかと勧める。すると、彼女は彼の反応に少し疑問を抱きつつもその持ち掛けに賛同してくれたようだった。
「?あら、そう?……なら、最初はそれを頂こうかしら」
「は、はいっ!少々お待ちくださいませっ!!」
上擦った声を晒しつつ、彼はそう言って手元の作業に全神経を注ぎ始めた。
(決して、失敗してはならない。今までで最高の一杯を、ほんの一滴すら分量を間違えず、まるで赤子をあやすように丁寧にシェーカーを振らなければ……!!)
これに自身のバーテンダー人生の全てをかけるつもりで、彼は一心不乱に作業に没頭していた。だが、そんな彼の熱意など微塵も知らぬ彼女は、寝ていた部下の横の席にそっと腰かける。
「……まあでも、確かに……沙花叉が最近頑張っていることは認めるわ。あなたがいろはと二人で復旧作業を手伝うと言い出した時は、一体どういう風の吹き回し?って思ったわよ」
「んふっ、そうでしょ~?私だって、偶には真面目に働くんだから~♪」
「……”偶に”、ね」
酒気に煽られて、呂律も怪しい上機嫌なクロヱ。だがそんな彼女に返した言葉に、ルイは少しの含みを持たせていた。
「……お待たせしました、お客様。お客様をイメージした新作カクテル、『オーバード』にございます」
そんなやり取りが彼女たちの間で行われていた最中、バーマンはそう言って一杯のグラスを差し出した。それは宝石のような透明感のある真っ赤な下地に、白い線を描いた一品。まるで赤い空に彗星が降り注いでいるような見た目に、会話に意識を向けていた彼女も流石に声を上げずにはいられなかった。
「まぁ!―――綺麗ね、ありがとう」
「ッ!!……い、いえ、とんでもございませんっ!」
優しく微笑みながらお礼を言うお客様の顔があまりに美しく、それが直撃した彼は一瞬心の臓が止まってしまいそうな感覚に陥った。自身が作った最高傑作と、それに軽く口づけをするように飲む一人の女性。そのキラキラと輝いて見える儚さと尊さは、見る者を石に変えてしまう魔力を秘めていた。あ、危ない……見惚れる過ぎて、呼吸を忘れるところでした……。
「んっ……うん、とっても美味しいわ」
「きょ、恐縮でっしゅ!!!」
彼女のそのお姿と、更にお酒の出来を褒められたことに彼は思わず盛大に舌を噛む。だが、そんなバーマンの失態になど気付かず彼女は目新しいカクテルの味をゆっくりと楽しむのであった。
「……それで、クロヱ……一体何があったの?」
一度口をつけたグラスをそっとカウンターの上に置き、彼女は隣の相手にそう尋ねる。その目線の先には、未だ真っ赤な液体が揺れていた。
「んー?なぁんの話しー?」
「とぼけなくていいわよ。……あなたが何かを頑張るときなんて、そんなの理由は一つしかないじゃない」
彼女はそう言うと、今度は隣のお客様の方に視線を移してから再度口を開かれる。
「―――今回の任務で、”ラプと”何があったのよ」
そう問われたお客様は、少しだけ目を見開いていた。しかしすぐにそれを閉じて、観念したように首を振る。あぁ、そういえば……この人にも隠し事は通じなかったんだ、とでも言いたげに。
「はぁ……何でウチのトップ二人はこう、沙花叉の秘め事を許してくれないんだろう」
「あら、それで隠してるつもりだったの?普段の沙花叉を見てれば様子がおかしいのなんて一目瞭然よ」
彼女のその言葉に、お客様はふんっと息を吐いた。そして未だ半分寝ていた上体を完全に起こし、ある程度正しい姿勢で椅子に腰かけ直す。頭はフラつき、頬も少し赤いことから当然酒成分が抜けた訳では無い。だが、それでも彼女は真っ直ぐ焦点が定まった眼を浮かべながら話し始めた。
「……ねぇ、ルイ姉。怒らないで聞いて欲しいんだけどさ」
お客様はそう言って、他には出せぬ秘め事を露わにする。
「私ね、あの船の中で―――――ラプラスに銃口を向けたの」
その衝撃的な事実に、もう一人のお客様の表情が硬く強張ったのを感じた。
「あなた、それは……どういうこと」
「あ。ちょっと、怒らないでって言ったじゃん。今はもう済んだ話だし、ラプラスにもちゃんと怒られて反省して……いや、反省してる途中なんだから」
強張った表情に、少々圧の掛かった語気。お客様はそれを『怒り』と捉え、相手を咎める。
だが、先程彼女が言った事が真実であるならば、それはここholoXでは決して許されぬことであった。
「ねぇ、ルイ姉はさ……最近の総帥についてどう思う?」
「……それはどういう意味で?」
「そのままの意味だよ。ここ暫くの、ラプラスの行動や言動についてどう思ってる?……正直、変だなって思わない?」
それは、私達下級のholoXerには知られていない事実であった。
初耳だ。確かに、最近のholoXの方針は少し変化したように感じられる。だがそれも、”あの”総帥様のいつもの理解し難い崇高なる理由の下の判断である、というのが私達の認識であった。しかしそれについて、四天王の方々ですら疑問を抱いていたなんて……。
「そう言えば、こよりもそんな事言ってたわね。……それに、確かに私もいつもと違う指示が少し多いなくらいには思っているわ。意図の読めない命令があるのはいつもの事だけど、それを抜きにしてもそもそものやり方が”らしくない”って」
「うん、そうでしょ?……だからね、沙花叉はあのラプラスのことを疑っちゃったの」
あの沙花叉クロヱ様が、ラプラス様を疑う。その言葉は私にはとても重く感じられた。仕事に非常にマイペースで、時には副司令官である彼女の指示にすら従わず、されど総帥様の命令だけは絶対に従うと噂のクロヱ様。そんな人があの方を疑うとは、一体何があったというのだろうか。
「だって、考えてもみてよ。……任務を失敗して、勝手に突っ走っちゃって捕まった私。しかもそこは敵船の中で、沙花叉はただ一人牢屋で拘束されてた。……そしたらそこに、いきなりラプラスが現れたんだよ?こんなところに居るはずが無いのに、わざわざ沙花叉を助けるために総帥自らあんな所まで来てくれたの」
まるでその時の光景を思い出すように、クロヱ様は語る。
「奇跡かと思った。本当に嬉しかった……あのラプラスが、また私を助けに来てくれたんだって」
その言葉を、クロヱ様は酷く楽しそうに話される。これは私達下級holoXerの間では有名な話であるが、クロヱ様はその昔ラプラス様に命を救われその結果ここに所属していると聞いている。もし、仮にその話が真実であるならばこの方の言う”また”とはその時のことを指しているのかもしれない。
「……でも、あいつの隣にあくあが居るのを見て、私は冷静になった。ちょっと待って、ラプラスがこんなところに居るわけなくない?確かにあいつは昔私を助けてくれたけど、最近の総帥は自分から任務に行く感じじゃなくなかった?って」
『あくあ』、というのは確かラプラス様が保護された宝鐘海賊団の幹部の方の名前だったはずだ。現在はこの母艦内のどこかに匿われているという話で、そして何故か非常にラプラス様と仲が良いのだとか。
「そっから私は、ラプラスの行動全部に注目してた。行動、仕草、言葉遣い……でも、そのほとんどが私には違って見えたの。確かに匂いとか声とか、見た目はそのままの総帥でいつも通り。なのに歩き方は微妙に違うし、私に対する態度や言葉遣いも、あくあへのそれも全部おかしかった」
ラプラス様の言動、それは私達ではその違いが判らぬことである。そもそもあの方と話せるという機会自体が珍しく、普段との差異に気が付ける程経験がない。……だが、これも噂ではあるがラプラス様は度々”話し方を変えられる方”だと聞いたことがあった。
「……だから、私は思った。『あぁ、こいつ偽物なんだ』って。総帥の皮を被って、心身共に傷心中の沙花叉を騙そうとしてる”私達の敵”なんだって」
クロヱ様の言葉は、まさに的を得ていると言えた。
総帥ラプラス・ダークネス様の偽物……もし、そんなものが存在するのであれば、それは正しく我らholoX全ての『”敵”』である。
「……だからあなたは、ラプに銃を向けたの?」
「ま、簡単に言えばそう言うこと。いつもの、らしくないあいつを見て沙花叉はラプラスを疑った。信じたくなかったけど、何よりそんな私の気持ちに付け込んでくるそいつが絶対に許せなかったから」
彼女はそう言うと、僅かに残っていたグラスのお酒を飲み干された。
……しかし、そのお姿はどうしても過去を悔やんでいる者のそれに見える。そのことから、当時のクロヱ様の心境はさぞお辛く苦しいものだったのだろう。
「……で、その後どうなったのよ。あなたは今もラプを疑ってるの?」
「あはっ、まさか。そんなの聞かなくたって、ルイ姉なら普段の私を見てれば分かるんでしょ?……確かに私はあの時、本気でこのラプラスは偽物なんだって思った。だから銃を突き付けて、本当のラプラスには言えないような酷い言葉をぶつけた…………でもあいつは、そんな私に『失望した』って叱ってくれたの」
叱られる、その言葉に反しクロヱ様は大変嬉しそうな表情を浮かべた。
「あの船で初めて二人っきりになれた時ラプラスは私に言ってくれた、ちゃんと考えがあったんだって。私を信じてて、大人しく自分の指示に従ってくれるいい子だって思ってくれてて、沙花叉が必要だったから助けてくれた。私の疑いを全部晴らして、お前がまだ必要なんだって、『捨てるつもりは無い、まだ一緒に来い』って言ってくれたの。…………気の迷いで悪いことしちゃった私は、あっという間にあの総帥に理解らせられちゃった。……誰が、沙花叉の本当のご主人様なのかって」
楽しそうに話をされるクロヱ様は、正しく有頂天であった。この方のこんな滲み出るような歓喜に身を震わせているところは、今までに見たことが無い。否、本当はこのように喜ぶ方なのだと今初めて知った。沙花叉クロヱ様が総帥様に寄せる想いはそれだけ広く、そして深かったのだと心から思わされた。
「……それ以降、私はもう一瞬だって今のラプラスを疑ってない。むしろあのホロベーダーと戦ってる時のラプラスを見て、私を叱ってくれた時に掛けられた言葉を聞いて、総帥がこれからしようとしていることを知って、もっと、もっと、もぉぉーーー……っと、私の想いは強くなった。……沙花叉は、ラプラスの力になりたい。あいつのした命令には全部従えて、それを実行できるような『沙花叉クロヱ』になりたいの」
彼女はそう言いながら、上を見上げた。実際に見ているのは、何の変哲もない店の天井だ。しかし、今の彼女が見据えているのは遥か先に存在する何か。それは自分が辿り着きたいと思う、自身の成りたい『理想の自分』。
「だからさっ、沙花叉はこれから頑張るの。今までしてこなかったこともして、今までしてたはずのこともして、いっぱいいっぱい出来るようになる。ホロベーダーとも戦うし、ラプラスを守る。いろはちゃんには負けない、あの性悪魔法使いにも負けない、私が一番ラプラスの役に立つの。――――それが、私の今回の失態に対する全部の償い」
償うと口にする彼女の瞳は、静かに燃えていると第三者の私にすら思えた。私にはクロヱ様の想いの丈も、そうなった経緯も詳しく知ることは出来ない。だが、それらを口にされるこの方は何というか……とても、”尊く”感じられた。是非とも私は、クロヱ様のこれからを心から応援したい。その想いが実を結ぶように、努力が報われるよう私は願いたいのだ。
「……なるほどね。だから”反省中”ってこと……昨日、あなたがこっそり新兵器開発の許可を貰いに来たのもそういうことだったのね」
「たは、まーそういうこと。珍しくこんこよに頭を下げて、協力して貰えるようにお願いしちゃった。……沙花叉は本当の意味で、皆より劣ってるからさ」
そう言ったクロヱ様は先程までの恍惚とした表情とは裏腹に、一瞬だけ表情が陰られた。
「クロヱ……あなたまで、そんなこと言って……」
「ん~?だって本当の事だもん。こんこよの自虐ネタと違って、私のはまごうこと無き事実。……沙花叉がholoXの最初の五人の中じゃ一番下。ラプラスには言わずもがな、他の三人の誰にも私は勝てない。私にはルイ姉みたいに皆を指揮ったり、物事を迅速に処理する能力は無い。私にはこんこよみたいに物を作る知恵も、多くを知識として記憶してる頭脳も無い。中でも特に、あの最強ちゃんが一番厄介で……妬ましい。例え相手がどんな不利を背負っていて、逆に沙花叉にどんなに有利な状況であっても私がいろはちゃんに勝てる未来は思いつかない。……私が、皆より酷く劣ってるのは事実だよ」
秘密結社holoXを代表する、各部門の代表者兼四天王の皆々様。その末席に位置するクロヱ様もまた、我々holoXerが崇める対象であった。
……しかし、当の本人はそうは思っていなかった。それどころか他の方々を自身より格上だと思い、それに届かぬ自分を『劣っている』と評価する。それをただのマスターである私には、到底確かにと肯定することなど出来はしなかった。
「いや、クロヱ……誰も、あなたをそんな風に思っては……」
「あ~待って、大丈夫だよルイ姉。昔はともかく、今はそーいう暗い自分の気持ちも全部受け入れてるからさ。……こんな私でも、ラプラスはまだ一緒に来いって言ってくれた。沙花叉はそれだけで十分なの。むしろ、あいつが必要だって言ってくれるならいつまでも他と比べて悩んでいられない。……だから、まあとりあえずは小さなことから頑張ろうって思っただけ♪」
「……クロヱ……」
まるで悪戯好きの子供の様に、にへっとクロヱ様は笑われる。それは、一種の強がりのように見えた。しかし、それでも無理な強がりではなく、どちらかと言えば強くなりたいと願っているそれに思える。実際に自身の心の中に湧いてしまっている気持ちを理解し、他よりも劣っていると知りながら、それを受け入れ努力する。全ては、かの御方に必要とされているから……その姿勢は、一人のholoXerである私も見習わなければならない事だろう。
「……大きくなったわね、クロヱ。あなたの考えはとっても立派だわ」
「え~、何それ年寄りくさい~。……まあでも、沙花叉たちにとってラプラスとルイ姉の二人は親みたいなもんか。そーいう意味では、そーいう感情も出るもんなのかな?」
「あら、当たり前でしょ。あなた達のことは本当の我が子の様に思っているわ。勿論、大切な仲間であり友人だとも思ってるけど。…………それに、ラプラスからすれば私もあの子の子供の一人よ」
……ん?
ルイ様が、ラプラス様にとっての子供?……それは、何かの比喩表現でしょうか。確かに大変長寿とお噂のラプラス様からすれば、他の者達は皆赤子同然のようなものだと思いますが……。
「まあ、途中からは私の方が母親みたいになってたけどね……って、あら。もう空っぽ」
クロヱ様の話を聞くのに夢中になっていたお客様は、いつの間にか手元のグラスが空になっていたことに気が付いた。珍しく饒舌に話をする部下を前に、彼女もまたお酒の進みが早くなってしまったらしい。
「あぁ、お客様。これは大変失礼いたしました。お客様のグラスの様子を見落としてしまうとは……おかわりの方は如何されますか?」
「う~ん、そうねぇ……いや、今日はもう辞めておくわ」
バーのマスターともあろう私が、御二人の話に耳を傾けていたあまり空になったグラスに気が付けなかった。しかし、それを詫びつつ二杯目の御用を問うても、本日はもう終わりにするとお客様は仰られる。
「えっ、ルイ姉もー飲まないの?」
「えぇ。実は娯楽街に用事があって、そのついでにちょっと休憩しようと思って寄っただけなの。これからまた部屋に戻って構成員達のスケジュール表を作らないと」
「はぁ~~?まだ働くのぉ…?……折角、久しぶりに一緒に飲めると思ったのに」
まだ仕事が残っていると席を立ち上ったお客様に対し、クロヱ様は子供がねだるような口調でそう言った。だが私も、既に0時を回っているというのにまだ業務を為されるというお客様の方に驚く。休憩とは言えたった一杯のカクテルを口にした後、まだ働かれるとは……。
「あら、それはごめんね。でも他の仕事なら起きてからでもいいんだけど、ラプからの要望だからあんまり後回しにしたくなくって」
「ん~?ラプラスの要望?……あっ!それってもしかして、沙花叉たちのお休みの件っ?!」
「ええ、そういうこと。可能なら明日か明後日辺りから、holoXer全員に定期休みを設けるつもり。そしたら私も時間が取れるし、その時また一緒に飲めばいいわ」
なっ……なにぃ!?holoXer達の、定期休み……だとぉ!!
しかも、それはラプラス様からの直々の要望でルイ様が今それに取り掛かっているというのかーっ!!??そ、それは私めにも休みは頂けるのだろうか……も、もし頂けるのなら、是非新商品の開発やルイ様関連の収集品の整理を是非……!!!
「わかった、約束だからねっ!」
「はいはい、約束するわ。……それじゃあ、私は行くわね。沙花叉も程々で部屋に戻るのよ」
「はぁーい♪」
ラプラス様に対して程ではないにしろ、クロヱ様はお客様に対しても大きな信頼を寄せている。それは尊敬や信頼も当然のことながら、一人の女性への好意のようなものにも見えた。ただ一つ、確かなことは彼女も、そして僭越ながら私めも鷹嶺ルイ様のことが大好きであるということだ。
――――こうして、娯楽街の夜は更けていく。夜の帳を照らす街の輝きは、そこに存在する人々の心を癒すように。また明日、その活力を得る為の幸福買いをして行くのであった。