転生したらラプラス・ダークネスだった件 作:飽和水溶液_pixiv
今回は超久しぶりの終始ラプ様視点のお話となっています。始まりはこれまでの外伝でちょくちょく匂わしていた、何やら忙しそうにデスクワークに励むラプ様。どうやら彼女には密かに考える”企画”があるようで、それに頭を悩ましているようです。
そんな折、彼女の元にどこか見覚えのある女holoXerの訪問。しかもその手元には、大変美味しそうな香りのするお料理が……今話は小話っぽいシリアス回?かもです。あんまり深く考えずになんか今後本編にも関わってきそうだな程度に楽しんでください。(読まなくてもその内本編で触れます)
それでは本文へどうぞ!
↓作者:飽和水溶液のXアカウント。主に執筆状況や気に入ったホロ関連のリポストしてます。
飽和水溶液(@Suiyoueki_suba) twitter/Suiyoueki_suba
――昼下がり。
昼食にはちょうどいい時間か、あるいはそれを少し過ぎたぐらいの頃。秘密結社holoXのアジト、総帥執務室にて項垂れる一人の最高司令官が居た。
「だぁぁぁぁ……もう飽きた、デスクワーク……」
ここ数日珍しく机に向かい、されどそれに嫌気がさしているらしい彼女。持っていたペンとそれを立てていた紙を投げ出して、遂にはその場に突っ伏してしまう。その姿が組織のトップとして恥ずかしい姿と分かっていながらも、それでも抑えられないフラストレーションが悪魔の精神を蝕んでいた。
「……お疲れのようですね、ラプラス様。少し休憩されてはいかがですか?」
そんな彼女を気遣う、秘書兼世話係の男。彼はその悪魔の眷属として、労いの言葉をかけつつ甘さ控えめの紅茶を淹れる。
そして、そのカップを静かに机の上に置いた。
「はぁ~……そうするかぁ……」
机に突っ伏していた顔を上げ、彼女は置かれたカップに手を伸ばす。それは淹れたばかりの湯気を放っていて、中を覗き込んだ顔を温かく包み込む。加えて、ほのかに甘く上品な香りが漂っていた。……もう、辛抱ならない。
「ズズッ……あづっ!!」
自分を誘う匂いに我慢ならず、悪魔は熱々の紅茶に口をつける。
……すると当然の如く、舌先を軽く火傷してしまった。やっぱり、猫舌のくせにこんな熱いものをいきなり飲むのは間違いだったか。
「っ!?ラプラス様、大丈夫ですかっ!?……直ぐに医療班を呼んでまいります!!」
「えっ?……あ、いや、大丈夫だぞ。ちょっと熱かったくらいだから」
自身の過信によるちょっとした熱傷を、大事に捉え慌てだす眷属。そんな男に、彼女……【ラプラス・ダークネス】は落ち着けと言わんばかりに穏やかな口調でそう返した。
「そっ……そうですか?……ですが、万が一主君の身に何かあっては……」
「火傷ぐらいで心配しすぎだろ……大丈夫だって。口の中の傷だし、放っておいても治るぞ」
「さ、左様でございますか……それなら、よいのですが……」
何度も大丈夫だと言っているにもかかわらず、それでも眷属は吾輩の身を案じていた。そのことに『舌を少し火傷したぐらいで大袈裟だろ』と思いつつ、吾輩は自分で投げ出してしまった紙とペンを拾い直す。
「それよりも……コレ、どうするかなぁ……」
拾い上げた用紙を見つめつつ、ラプラスは静かにそう溢したのだった。
吾輩が今、眼前に据えている問題……というより、ある”企画書”。それは吾輩が自ら希望した、『総帥ラプラス・ダークネスによる秘密結社holoX各部門への訪問』と呈するこの組織の見学会である。
騒動が一度落ち着き、ある程度の平時を取り戻した秘密結社holoX。そんな図らずして生まれたこの機を利用し、吾輩は今こそ現在の組織についての知見を深めたいと考えていた。その為に、まずはholoX内に多数存在する各部門のことを知り総帥として彼らが日々どのような仕事をしているのかをこの目で見たいと思ったのだ。さすれば、今後吾輩も色々とやりやすくなるだろうし何よりこの世界のholoXをより良いものにもできる気がする。吾輩の言葉一つで何でも変わってしまう組織だからこそ、吾輩が一番その実態を理解しなければいけないと思い立ったのだ。
……ところが、その考えが甘すぎると実感するまでにそう時間はかからなかった。無論吾輩の試みは眷属からも絶賛され、自分自身も良いものだと思っている。しかし、ではそれを実際に行動に移そうとしたとき、あまりにも問題が多すぎたのだった。
まず一つ、今のholoXに部門が多すぎる問題。今や小国とも表現できるレベルに成長したこの組織には、『部門』として区切られるものでも百近くの種類があり、更にそこから隊・班・担当と仕事を分けていけばキリがない。故に組織の全てを理解しようとすれば一日二日で回り切れるはずもなく、凡そ”一日限定の総帥らしい仕事”ぐらいに考えていた吾輩は即座に挫折させられた。
加えて、立ち塞がったもう一つの問題がどうしたら”普段の”holoXerの仕事を見られるのかということ。『総帥ラプラス・ダークネスの訪問』と銘打つくらいなのだから、必然的に訪れる部門先には予めそのことを伝える必要がある。理由は総帥の歓迎準備や催し等の計画、また安全を鑑みての護衛ルートを作成したり日程管理等々彼らにも先立ってやらなければならないことがあるのだ。吾輩は別にそこまでしてくれなくていいと思っているのだが、眷属に相談したところどうやらそうもいかないらしい。
『総帥ラプラス・ダークネスが訪問しているというのに、訪れたその部門は総帥を疎かにいつも通りの業務を行っていた』という光景を作ること自体が問題だというのだ。
となれば、吾輩が考え出した策は『秘密裏に行われる視察』にするというもの。予め訪れる部門を絞り、その上でその場所の責任者にのみ視察の話を報せて吾輩はこっそりholoXer達の仕事を見学する。それなら先ほど挙げた問題も解決するし、ついでに吾輩の要望も達成することが出来る。
後は、密かに吾輩を護衛できる連中の捜索と、この本部内ではどこにいてもどうしても目立ってしまう吾輩の姿をどうするのか、という難題さえ解決出来れば……。
「はぁ……やっぱり、幹部か博士を頼ろうかなぁ……」
ここまでに上げた、幾つかの問題達。けれど、それらを含めても一番の問題なのは吾輩が他のメンバーを頼っていないこと。この世界の皆はきっと、こんな吾輩の独りよがりな要望に費やす時間など無いはずなのだ。勿論総帥である吾輩がお願いすれば全員快く力を貸してくれるだろうけど、それは彼女たちの本来やらねばならない仕事を妨害してしまうことになる。またそれ以上に、吾輩自身にもこの計画を一人で成し遂げたいなどと言う幼稚なプライドがあった。だからこそ、ギリギリまでは自分の力だけで頑張ろうとここまで試行錯誤を繰り返していたのだ。
……だが、そう思って早数日。吾輩にも少ないが総帥としての日々のお務めがあるようで、向かう机の端には目を通さねばならない書類が溜まって積まれている。もしかしたら、ここらあたりが潮時なのかもしれないな。
ラプラスはそんな諦念の意の下、目の前に置いた書きかけの紙を端に寄せる。そして、卓上の奥の方で山積みになっていた書類の一番上に手を伸ばした。
――――しかし、そこで突然部屋の扉が開かれる。
「……失礼します」
入って来たのは、頭に二本の大きな角を着けた女性。ぷらすめいと特有の紫色のコートに身を包み、丸ぶちの眼鏡をかけたこの建物内のどこにいても恐らくは目立たないであろう吾輩とは対照的な人物。そんな彼女は、両手で配膳車を押しながら室内に入って来ていた。
「ラプラス様、”昼食”をお持ちしました」
「ん?昼食?……あれ、吾輩頼んだっけ?」
訪れたそのholoXerは、部屋の中央まで押していたカート……確か、サービストローリーだっけ?を運ぶ。それからは何かが現在進行形で焼けているような音が響き、同時に美味しそうな匂いが一瞬にして室内に充満していた。
……けれど、そんな強烈な誘惑に負けそうになりながらも吾輩は疑問を呈した。それは、吾輩が本来昼食を取る形態とは異なっていたためである。普段であれば、吾輩は他のメンバー同様にアジト内にある食堂でご飯を食べていた。――といっても、殆どの奴等はどこかで勝手にご飯を食べているので、あの食堂を使ってるのは吾輩と幹部ぐらいのものなのだが。
また、基本小食の吾輩は朝食や昼食を抜くことも多く食べる時には予め準備をして欲しいと言うようにしていた。最初は毎食当たり前のように作られてきて、流石に残すのは気が引けると思い頑張ったのだがやはり限界はあった。そのことをさり気なく眷属に相談すると『食欲がないようでしたら食べずに残せばいい』と言われたが、それもやっぱり勿体無いということで結果食べる時は予め申告するという形で落ち着いたのだ。
しかし現在、吾輩がまだ頼んでいないにもかかわらず昼食が用意された。加えて、いつもは食堂なのに今日はこっちの部屋まで運んできたことに疑問を持ったのだった。まあ、別に食べようと思えば食べられなくはないんだけど……。
「いえ、ラプラス様は本日はまだ昼食を作るように指示を出していませんね。厨房担当の者の早とちりでしょうか?」
「あ。すみません、私の説明不足でした。……こちらは、”ルイ様から”ラプラス様へお運びするように言われたのです」
「幹部が?なんで?」
いきなりルイの名前が出て、吾輩は益々混乱する。なんで幹部がわざわざ吾輩の昼食を部屋に運ぶように指示するんだ?普段お昼を食べない気味だから心配するにしたって、別に食堂に行くよう促すとかでもいいはずなのに……。
ラプラスはそう思いつつ、こてんと首をかしげる。
――しかし、次に告げられた彼女の言葉によりそんな些細な疑問は吹き飛んでしまった。
「こちらのお料理は、ルイ様が直々にラプラス様にと御作りになられたものだからです。ですので冷めないうちに、早めにラプラス様に届けた方が良いと判断し運んだ次第です」
それを聞き、吾輩の身体は大きく跳ね上がった。その場からダンッと立ち上って、机の上に身を乗り出す。ま、まさかっ……そのお昼ごはんが、幹部の作った料理だとォ?!
「そっ!それ、本当かっ!?」
「はい。ラプラス様の好みに合わせ、たった今ルイ様が作られた食事です。食堂にお呼びした方が良いとも思ったのですが、先に持ってきてしまいました」
「で、でかしたっ!食べる、食べるぞ!今すぐ食べるっ!!」
吾輩は明るく、少し早口にそういうと卓上にあったものを乱雑に端に寄せた。そして食事を取るのに十分なスペースを確保した後、ほんの僅かに椅子を外側に引く。
「かしこまりました、直ぐにご用意しますね」
彼女はそう言いながら、予め持ってきていたクロスを吾輩の前に敷いた。そして、その真ん中に熱々の鉄板と共に唸り声を上げる肉料理を配膳する。もはや、この世界でも”コレ”だけは見慣れてしまったな。
また続いて、前菜にスープ、主食のパンなどが速やかに並べられる。その全てがいつもとは違った風味を醸し出していて、もしかしたらこれらも幹部自らが用意してくれたものなのかもしれない。……もっとも、今の吾輩の興味の九割は目の前のメインディッシュにしか向いていないのだが。
「――用意できました。熱いうちにお召し上がりください」
「ああ!幹部のご飯なんて久しぶりだ……いっただきますっ!」
目や音、匂いで楽しむのも程々に吾輩は大きな声で用意された食事に感謝を述べる。そのまま辛抱ならずにナイフとフォークを上手く使って肉の塊にありつけば、口の中にジュワッと肉汁が溢れ出した。これこれ、この懐かしい味……世界を違えているというのに、幹部の作ってくれるご飯は相変わらず最高に美味しい。
「はぐっ、はぐっ!……おぃしい……やばぃ、ちょっと泣きそう……」
「なんとっ……!!流石はルイ様、このholoXに在籍する腕よりのシェフにも引けを取らぬ料理の腕前。まさかあのラプラス様がここまで美味しそうに食事を成されるとは……」
「喜んでいただけたようで良かったです。私も、料理を崩さぬよう慎重にかつ走ってここまで運んで来た甲斐がありました」
ラプラスが食事に夢中になっている最中、同室していた眷属の男と女holoXerはそれぞれ満足気な表情を浮かべていた。しかし、そんなことを当の本人はお構いなしに目の前に用意された何ものにも代えがたい御馳走をお腹いっぱいに楽しむのであった。
********************
僅か数十分。
用意された昼食を見事に平らげ、満腹感による幸せをラプラスは感じていた。
「ふぅ~……お腹いっぱいだぁ……」
久しぶりに食した、鷹嶺ルイ作の食事。それは響きだけでも食欲と幸福感を刺激し、またそれを食べた今となっては大抵の悩みなどもうどうでも良くなってしまっていた。思考放棄、あるいは放心。急激な血糖値の上昇によるスパイクのせいな気もするが、きっとそれだけでは無いんだろう。
「……ラプラス様、幸せそうですね。……かの御方のあのような姿、初めて見ました……」
「是非拝んで行ってください。あれもまた、我らが主様の可愛い……いえ、尊く美しいところです」
また、そんな食事の余韻に浸る悪魔の姿を楽しむ二人の眷属。彼ら彼女らもまた、料理を美味しく食べたラプラスの幸せそうな姿を同じように美味しくいただいているのであった。
「はぁ……にしても、なんでルイのやついきなりご飯なんて作ってくれたんだぁ……?」
座っていた椅子の背もたれにどっぷり身体を預け、ラプラスは天井を仰ぎ見る。すると、ここに来てようやくその疑問が浮かんだ。この世界の彼女もまた、毎日毎日組織のことで忙しそうでありとても誰かのご飯を作っている時間などないはず。なのに、どうして今日に限ってそんなサプライズの様な事をしてくれたのだろうか。
「それは……現在、ルイ様がアジト内の厨房を使っているからだと思われます。恐らくですが、先程までご自身たちの昼食を作っていらしたのでついでにラプラス様の御食事も用意したのではないでしょうか?」
「え、幹部が?自分のご飯を作ってた?……何でそんなことを……?」
このholoXerの話によると、どうやら幹部は今日の昼食を自分で作っていたらしい。勿論出来るか出来ないかの話で言えば、ルイなら当然のように料理をすることは可能だろう。しかし、彼女もまた立場上吾輩と同様に日々の食事を他の構成員達に用意してもらっているはずだ。これだけ大きく成長した今のholoXなら、わざわざご飯を作ったりする必要なんて無いはずなのに……。
「何故か、と聞かれると私にはその答えを出しかねます。……ですが、本日ルイ様は休暇を取られているようでお昼前からいろは様等と共に厨房を使われておりますよ」
「えっ――――まじか!?いろはも一緒に……なるほど、そういうことか……」
初めて知る事実に、ラプラスは少しばかりの驚きを見せた。
現在、秘密結社holoXでは吾輩が発令した『週休二日制度』が話題になっていると聞いている。その内容はご察しの通りであるが、吾輩はこの世界の組織に属する人間の働きっぷりには尊敬を通り越し恐怖すら感じていた。特に目立つのは、博士や幹部などの働き屋達。元居た世界でなら絶対に労働基準法に引っかかっていそうなその労働環境に、流石の吾輩も見てみぬふりなど出来なかった。
そこで、この世界に来てしまってからの割と序盤の方で吾輩は幹部に他の部下たちに休みを作って欲しいとお願いをしていた。そしてつい先日、ようやくその制度が実施され順次各部門の構成員達が定期休みを取れるようになったらしい。更に、それは勿論吾輩を含まぬ上層部の連中も対象で、特にちゃんと休んで欲しかった幹部とこよりには休日以外にも所謂有給みたいな扱いで休暇を与えていたのだ。
そんなわけで、ルイは早速その休暇を使ってくれたらしい。しかもそこには侍のやつも一緒らしく、二人で楽しく料理でもしているのだろう。仕事ではなくプライベートでそんなことをするのがあいつ等らしいが、それとは別に正直ちょっと羨ましい。事実的にはこの世界の吾輩は毎日お休みみたいなものだが、休日に二人だけで遊ぶとか……出来れば吾輩も呼んで欲しかった、などと思ってしまう。
「……まあでも、とりあえずは幹部が素直に休んでくれたことを喜ぶべきか……あいつも滅茶苦茶働き屋だからな」
「大変お休みを満喫されているようですよ。午前中は珍しく娯楽街に出かけていたようでしたし、午後はこれから”いろは様とお菓子作りをなさる”とか」
続いて語られたその言葉に、ラプラスの耳がピクっと反応した。
「なっ――なん、だとぉ……!!?」
幹部が今、侍と二人で……お菓子作りだってぇ!?なんだその最高過ぎるイベントはっ!!
「はぁっ?!何であいつら、そんな大事な事吾輩に黙ってたんだよっ!!!」
再び、ラプラスは身を乗り出しそして大声を上げた。満腹により反応が鈍くなっていた脳が一気に覚醒し、とても聞き捨てならない事項に目を見開く。当然、そんなことをわざわざ総帥に報告する義務など彼女たちにはないのだが……それでも、彼女たちが作ったお菓子が絡んでくるとなると話は別なのだ。
「あれ……ご存知じゃなかったのですか……?今朝、ご挨拶に伺った際に厨房の一時貸し切りの話をしたと思うのですが……」
「いや、知らないぞ!確かにその話は聞いた気もするけど……それが、まさか幹部たちが使うって意味だったなんて!」
吾輩が家からアジトまで出社し、この執務室に入ってから何度かの訪問者があった。それは普段から頻繁に行われていることで、毎日不特定多数の誰かがわざわざ吾輩に『朝の挨拶』をしに来るのだ。しかし、パッと見毎日違う人が来てる気がするしそもそも挨拶をしに来ないholoXerもいる。よって吾輩には訪問しに来る彼らとそうではない彼女たちの違いをよく分かっていないのだが、ともかくこいつの様な部下たちが日々その日の報告と共に来訪してくる。
そしてその際に、恐らくそんな話をされていたような気がするのだ。……まあ、最近は挨拶しに来る奴の話が長くて半分くらい聞いてないんだけど。
「……って、そんなことはどうでもいい!今すぐ厨房に行くぞ!!」
そう思い立ったラプラスは、意気揚々と席を離れる。
「ラプラス様、外出ですか?勿論お供させていただきます」
「!……わ、私も同行してもよろしいでしょうかっ?」
またそれにつられるように、眷属の男とぷらすめいとの彼女が同伴を求める。片方は主の動向を伺い付き添う為に、また片方は”護衛”という本職と同時にある”興味”の為に。
「あぁ、勝手にしろ。……あっ、いや厨房まで案内して?」
そして、そんな部下たちの要望をラプラスは『こんな広すぎるアジト内で何処に厨房があるかなんて知らない』という理由の下、付き添いを許すのであった。
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――――秘密結社holoXアジト、地上層一階。
先日の宝鐘海賊団襲撃事件の際、破壊されずに残った数少ない施設の一つ。アジトビルの地上に剥き出た部分の一階にあり、本部中のあらゆる食材が集い調理される場所。アジト内に存在する上層構成員用の食堂、また一般構成員用の大食堂に運ばれる料理は全てここで作られており、まさに組織の胃袋を管理する機関。当然、そこに勤務する構成員……いや”料理人”たちは、holoXに所属する中でも選りすぐりの人材がそろっており日々食事時になるとそこは戦場と化しているのであった。
「おいっ!ちょっと場所譲れよ!中が見えないだろ!」
「何?早い者勝ちでしょ、私だって見たいんだから!」
「こら、騒ぐな!作業中のお二人の邪魔になるだろうが!」
……そんな中、本日厨房では珍しい光景が広がっていた。それは、その場には似つかわぬ”大衆”。料理所の一角に存在する『何か』に注目するように、厨房の内外問わずに多くの構成員達が集っていた。
「――おいおい、何でこんなに人が多いんだよ」
そんな人だかりを前にして、ラプラスは少し呆れ気味に当たり前の感想が零れる。本来、ここはアジト内の『食』を司る場所であり到底こんなに多くの者に注目されるような所ではない。……なのに、この人混みの先で行われているであろう大変珍しい光景を前に皆の視線を自然に集めてしまっているのだろうな。
「確かに、これは珍妙な光景ですね。キッチン外の廊下にまで人が集まっているようで」
「先程より、また人が増えてます……まるで演説やお祭りごとのようですね。恐らく、あの大衆の真ん中にルイ様やいろは様がいらっしゃるかと思います」
彼女の”演説のよう”という言葉を聞いて、ラプラスはこの現象が起きてしまっている理由に妙に納得してしまった。
「……あー、なるほど……そういうことか」
鷹嶺ルイと、風真いろはによる料理。それがもし、アジト内で一般公開されているとなれば……それは、彼女たちの『料理配信』を見ているのと何ら変わりがないのだろう。ましてや、この組織に所属する大半がルイ友やかざま隊といった二人のファンともいえる連中なら尚更。むしろ配信越しではなく実際にやっているところを見られるって言うなら、吾輩だって直に並んででも見に行きたいレベルのことなのだ。
「って言っても、あれじゃ肝心のルイたちに会えないじゃないか……」
その事象の理由に納得しつつも、ここに来た本来の目的達成についてラプラスは嘆く。アジト内の廊下を伝って厨房付近までやって来た吾輩たちの前には、既にこちらには見向きもしていない構成員達の背中が並んでいる。それは通行の完全な妨げとなっており、その先に用が無くとも通ることは叶わない。
されど、その中心にいる者達に用がある吾輩達は何としてもこの道を進まなければならなかった。
「ッ!……そうですね、我らが主様の進行を妨げるとはなんたる不遜……少々お待ちください、ラプラス様。今すぐあの無礼者たちをどかして参りますので」
「秘書様、私も協力致します。……ラプラス様の歩む道を邪魔をするのは許せません」
ラプラスが眼前に立ち塞がる壁をどうしようかと悩んでいると、つい口をついてしまった独り言を聞いていた二人の部下が突然いきり立った。そして、あろうことか女の構成員の方は何処からともなく取り出した刀に手を添え抜刀の構えを見せ始める。え……ちょっ、待って。私も協力するって……もしかして、前の人達を切り伏せるつもりじゃないよな?
「お、おいちょっと待て二人とも、別にそこまでしなくても……普通に声かければいいだけだろ」
勝手に先走ろうとする部下達を見て、ラプラスは慌てて二人を止めに入る。またその上で、彼らには一旦下がっているよう指示をしてから彼女は自ら群がるholoXer達に声をかけようと一歩前に踏み出した。
「……ホント、凄い人だな。廊下の先まで人がびっしりだぜ?……これ、絶対仕事サボって来てるやつもいるだろ」
「う~ん、ありそうだな……だが、ルイ様といろは様が調理されてる姿なんて滅多に見れるもんじゃないし、多少は仕方ないんじゃないか?」
まずは、一番近くに居た手ごろな二人組に声をかけよう。今、若干聞き捨てならない会話が聞こえた気がするけど、まあ一先ずは聞かなかったことにして……吾輩は別に、そういうのを怒ったりするつもりないし。
「あの……悪いが、ちょっと通して……」
もしかしたら彼らがすべき仕事をしていないかもしれないという容疑がありつつも、それを特に咎めるつもりのない最高司令官。ただし、それを抜きにしても道を開けて欲しいことには変わりなく通してくれと要求する。されどその恐る恐る出した声は小さ過ぎたためか、目の前の本人たちに届くことは無かった。
「ていうか、いい加減順番変わってくれねーかな。ここからじゃ厨房の様子が全然分かんないぞ」
「まったくだ。俺たちみたいな下級構成員だって、組織の四天王様たちの姿ぐらい拝みたいぜ」
「あ、あのー!聞こえてます?ちょっとそこ通して欲しいんだけど!」チョイチョイ
再度、ラプラスは口を開く。
更にその際、片方の男の裾を軽く引っ張った。
「「ん?」」
そして、それにより流石の男たちも背後から誰かに声をかけられていたことに気が付く。
――だが、きょとんと振り返ったその顔はみるみるうちに青ざめていき、挙句の果てには周りにも聞こえる程の大声を上げた。
「 「ラッ……ラプラス様ッ!?!?」 」
いきなり大声を出されたことに、ラプラスの身体が一瞬ビクっと反応する。だが、そんな驚いている彼女を他所に彼らの声につられて前方で固まっていたholoXer達が一斉に後ろを振り返った。
「――――あ……えっ、と……え?」
その場の皆が一斉にこちらに注意を向け、そして数秒の沈黙。その間、背中が痒くなるほどに気まずい空気に晒されたラプラスは間の抜けた声を発する。
……だが、次の瞬間には次々にholoXer達の驚きの色が上がった。
「何っ?!ラプラス様だとっ!!」
「まさかっ!!こんなところに、あの御方が?何故っ!?」
「もしかして、総帥様もルイ様たちのように料理をなされるとか……流石にないか?」
「いやっ!そんなことより、ラプラス様がここを通られたいってことはっ――――!!」
突如として現れた吾輩の存在に、構成員達その様な疑問がざわざわと聞こえる。な、何で皆そんなに驚いてるんだよ……。
部下たちの『全く信じられない驚愕』というような反応に、ラプラスは疑問を持つ。だが、そんな彼女を他所にその場にいた構成員達は誰かが最後に言った言葉につられるように、一斉に同じ行動を示した。
「 「 「 どうぞ、お通りくださいっっ!!! 」 」 」
それは、先程まで完全に塞がれていた厨房までの道の開通。集まっていたholoXer達が全員廊下の端にぎゅうぎゅうに詰め寄って、吾輩達が問題なく通れるだけの隙間を作ってくれていた。
「え……あ、ありがとう……」
「 「 「いえっ!!お気になさらずっ!!!」 」 」
さっきまで順番がどうのこうの言っていたのに、彼らはさも当然の如く道を譲ってくれる。そのことに少しばかりの罪悪感を感じて、ラプラスは申し訳なさそうにたった今開いた道を足早に進んだ。
「流石はラプラス様です。あれだけ滞っていた道をこうも簡単に切り開いてしまうとは」
「なに、当然のことです。このアジトは我らが主様の所有する場所、であればここに存在する一体誰がこの御方の進む先を阻めるでしょうか」
また、吾輩の後に続きそんなことを言いながらついて来る二人の側近。なんで、ちょっとそっちが自慢げなんだよ。たぶん皆良かれと思って道を譲ってくれただけなのに……。
そうラプラスは思いつつも、口には出さぬまま廊下を進んだ。その合間で、左右に立ち並ぶholoXer達の視線が突き刺さり物凄く居心地の悪い思いをする。
されど、その気持ちは既に開かれていた扉の先から聞こえた”彼女達”の声により一気に晴れてしまった。
「ルイ姉~!こっちの生地出来たでござるよ~!」
「あら、早いわね。それならこっちを少し手伝ってくれる?」
「了解!任せて~♪」
厨房の中から聞こえたのは、そんなお菓子作りを楽しむ部下たちの声。話に聞いた通り、現在そこは幹部と侍の二人が使用しているようで、詳しく何をしているのかはわからないものの何かが焼けたような香りが漂うところを見るに作業は佳境であると思われた。
「ルイ様、第一陣焼き終わりました。次を進めてもよろしいでしょうか?」
「ええ、そうね。こっちもお願い」
「かしこまりました」
この香ばしく、バターと砂糖を焼いたような匂い。それはどこか懐かしく、つい先程お昼ご飯を食べたなどということは全く関係がないほどに自身の食欲を刺激する香りである。まさか、コレって……!!
「――あれ?……ラプ殿っ!ラプ殿もお菓子作りしに来たんでござるかーっ?」
漂う甘い香りにラプラスが思いを馳せていると、作業中であったいろはが悪魔の存在に気が付く。またそれに連鎖するように、ルイと一緒に調理をしていた大幹部秘書が彼女に注目した。
「あら、来たのラプ?どうりでさっきっから廊下の方が騒がしいと思ったわ」
いや、それは吾輩が来る前からだったが? と、ラプラスは内心思う。廊下に集まっていた連中に油を注いだのは吾輩だが、そもそもその火を起こしたのは幹部たちの方だと思われる。この世界においては恐らく珍しい彼女たちの調理シーン、更にこんな美味しそうな匂いをさせていたら自然と人が集まってしまうものだろう。
「あ、あぁ……お前らが厨房を使ってると聞いて、ちょっと気になってな……何を作ってるんだ?」
「なるほど、確かに珍しいかもね。……今は、丁度”クッキー”が焼けたところよ。あとはもう少ししたらケーキを焼くわ」
「っ!……やっぱりっ!」
彼女たちが何を作っているか、それを心の中だけで予想していたラプラスは見事それが的中したことに歓喜する。まずは定番且つ、あの世界でも散々食べ散らかした彼女たち手製のクッキー。特にいろはは、自分で作ったそれを他のホロメンに渡し歩くほどだった。……でも、それをまさかこの世界でもお目にかかることが出来るとはっ!
「そ、そうなのかっ……あ、えーっと……そ、それって、ルイといろはの二人で作ったのか……?」
「えぇ、まあそうね。クッキーは私も手伝ったけど、殆どはいろはが作ったのよ。……代わりに、私はこっち」
幹部はそう言うと、既に型に入りあとは焼くだけとなったケーキの素を見せる。色のベースは黒いチョコレートのようで、もはやそのまま食べても甘さが伝わってくるほど。正直甘すぎる物はあまり得意では無いが、それでも最低一口は絶対に食べたい一品である。
「なっ、なるほどな……」
「?……何か、問題でもあったんでござるか?ラプ殿」
厨房内に充満する、焼けたばかりのクッキーの匂い。加えて、たった今から作られようとするケーキを前に吾輩は口内の水分量を増やす。されど、それを素直に『欲しい』と言えずに色々と言葉を並べてしまった。そして、挙句の果てにそれ以上聞くことが無くなると、最後はその場から動かずただモジモジと何かを言いたそうに佇んでいる。
……そんな子供の様に我慢のできない吾輩を見て、その真意を知らずとも不思議に思ったらしい侍がそう尋ねてきた。問題は無い。問題は無い……が、その目の前にある甘物がどうしても食べたいというのが強いて言えばの問題なのである。
「あ、いや、その……別に、問題があるってわけじゃないんだが……」
「ん~?……あっ、もしかしてラプ殿も一緒にやりたいんでござるか?良いでござるよ!材料も少し余ってるし」
「えっ?!……あー……いや、吾輩作る方はちょっと……」
彼女たちの手作りと聞いて、のこのこやってきてしまった吾輩。昼食の件とは違い、そのお菓子たちは別に吾輩の為に用意されたものというわけでは無い。その上、作り途中の厨房にまで乗り込んで来てたった今完成したクッキーが食べたいというのは……少々勝手が過ぎると思う。故に、やはり吾輩自身の口からそれが欲しいというのはあまりに言いづらい事であった。
「……ふふっ」
……されど、そんな見る人が見れば分かりやすすぎる悪魔の反応は、彼女からしてみればその真意まで丸わかりなのである。
「違うわ、いろは。ラプが今更料理なんてしないわよ。……ラプはね、このクッキーの味を見てみたいらしいわ。――ね?総帥」
そう彼女に指摘され、ラプラスは図星の如くギクッと身体を揺らす。どうやら、この程度の隠し事など幹部には通用しないらしい。
「……ああ、そうだ……二人が作ったクッキーが食べたくて、気になって来ちゃったんだ」
「ふっ、あなたって昔から本当に変わらないわね。……ラプのそういうところ、私好きよ」
少ししょぼくれながら、素直にここに来た目的を自白するラプラス。そんな彼女を見て、ルイは心底嬉しそうに笑っていた。
「なるほど、そーいうことでござるか……なら、丁度良かったでござるな!」
また、総帥の真意を知り納得を得る侍。
そして、予め”本人にあげるつもりで多めに作っておいた”クッキーの乗ったトレイを差し出した。
「ほら!ラプ殿、焼きたて食べてもいいでござるよ~!」
「えっ!いいのっ!?」
「勿論でござるよ!……というより、最初っからラプ殿とこよちゃんと沙花叉にもあげようと思ってたくさん作ってたんでござる!」
差し出されたクッキーを前に、ラプラスは目を輝かせた。形の整った、キツネ色の丸いお菓子たち。たった今出来たばかりで未だほんのり熱を帯び、香ばしい甘さが自分の鼻腔を刺激する。なんだ、最初っから吾輩にもくれるつもりだったんならわざわざここまで来る必要も無かったな。
「折角作るんだもの、せめてラプ達の分くらいは作るわ。お昼ご飯もそうだしね……勿論、ケーキも皆の分あるわよ。ラプの分は甘さ控えめでね」
「マジかよ……あ、そうだ。お昼ご飯作ってくれてありがとな、滅茶苦茶美味しかったぞ!」
「んふっ、ラプが前にまた私のご飯を食べたいって言ってたのを思い出したの。喜んでもらえたなら良かったわ」
用意されたお菓子に気を取られるあまり、わざわざご飯を作ってくれたルイに対しまだお礼を言っていなかったことを思い出す。当然二人が作ってくれたお菓子も大事だが、まずはこの世界でまた彼女の『手作りハンバーグ』を食べさせてくれた幹部に感謝をしないと。
そして、そんな満足そうに礼を言ったラプラスに対し、ルイは嬉しそうに笑っていた。
「やっぱ、いつも出されるご飯も美味しいけど……それでも、幹部が作ってくれるご飯は吾輩の”好きな味”なんだ。お袋の何たらって言うのかな……だから、偶に無性に食べたくなる」
その言葉には、終始吾輩の本心しか含まれていなかった。普段この組織内で出される食事は、全て上品且つ大変美味で特に文句のつけ所は無い。恐らく食べる者の体調面や栄養面、その他いろいろなことを考慮して作られているのだろう。それ自体は本当に嬉しいし、ありがたい話だ。
ただ、それとは別に俗に言う『食の好み』とか、今食べたいモノというのがある。幹部の作ってくれる料理は正しくそれで、元々は毎日のように食べていたその食事は今となっては”お袋の味”と言っても差し支えない。
そして、それは気軽に食べられなくなった現在だからこそより美味しく感じられる部分があるのだ。
――本当に、正直に言えば元の世界で幹部が作ってくれたご飯とは少し違っていた。
――でも、それは恐らく使われている素材だとか調味料、或いは環境の違いによるもので……。
――――作ってくれた彼女の愛情がたっぷり含まれているということに関しては、きっと何の変りもないのだろう。
「……そう……まあ、前は皆のご飯は私が用意してたものね。一生懸命料理を手伝ってくれるいろはと、対照的に我関せずであなたの後を付いて回るだけのクロヱ。一応手伝う意思はあるんだけど、危なっかしくてキッチンに立たせてあげられないこより……懐かしいわ」
まるで昔を懐かしむように、しみじみとそう言い出すルイ。それは、吾輩の想いに対し彼女もまた有りし過去の記憶を思い返しているようであった。…………但し、その思い出をこの世界の彼女と吾輩は共有していない。
「えっ……あ、あぁ。そうだな……」
「確かに、あの時っから沙花叉は全然ルイ姉のお手伝いをしてなかったんでござるよな~。……でも、風真もルイ姉のご飯大好きだったでござる!」
「まったく、いろはまでそんなこと言って……まあ、今日みたいに本当に偶にならまた作ってあげるわ。私もいい息抜きになるし」
曖昧に同意する吾輩を他所に、侍もまた昔の光景を思い起こす。そんな中で、彼女にとってもルイの料理は思い出深いものらしかった。……その気持ちだけは、大いにわかる。
「本当でござるかっ!嬉しい~♪ねっ?ラプ殿!」
「へっ?……あ、うん、勿論だ。吾輩もまたルイのご飯が食べたいぞ」
「わかったわよ……でも、それなら――私だって、また”ラプの作ってくれたご飯”が食べたいわ」
そう彼女に言われた時、一瞬だけ背筋が凍るような感覚に陥った。
「え……」
「……昔、私達が出会ったばかりの頃はあなたが私に作ってくれたじゃない。まだ料理のできなかった私に、色々教えてくれながら」
否、その悪寒は持続した。
吾輩の知らない記憶、思い出。このパラレル世界で、〖吾輩〗と”カノジョ”だけが歩んだ軌跡。この世界の自分は鷹嶺ルイに対しご飯を作り、そして彼女にその作り方を教えた。勿論元の世界で言えばそんなことが起こりえる筈もなく、吾輩の料理の腕などたかが知れている。
……だが、こちらの現実ではそれが真実なのである。それは過去に実際に起きていた出来事であり、それを語るルイ本人にとって大切な記憶。――そのことが、彼女を見ていればわかってしまうからこそ嫌な汗をこれでもかと流してしまった。
「えっ!?そ、そーだったんでござるかっ?……知らなかった、ラプ殿って料理も出来たんでござるか……」
「あははっ、”出来る”なんてそんな大層なもんじゃないわよ。……一人で何でもできるラプにしては、珍しく出来ない事って言えたわね」
「んん?……それは、あんまり上手じゃなかったってことでござるか……?」
「えぇ、そうね。ラプはハンバーグどころか、スープやサラダすらまともに作れないくらいには料理が出来なかった。――――でも、それでも私はラプラスのご飯が好きだったの。私にとっては……それが、”お母さんの味”だから」
「――。」
その言葉がどういう意味なのかと、今の自分には口が裂けても言えなかった。この世界のルイにとって、吾輩は母親のような存在でもある……そんなこと、想像ができない。だって幹部は、吾輩よりしっかりしてて、優秀で、大人っぽくて、面倒見が良くて……とても、器が違う。
……なのに、その筈なのに……幹部は、それこそが揺るぎない『真実』だと語っている。
「なるほどぉ……そーいうことなら、風真も食べてみたいでござる!ラプ殿の手料理!」
「まあ、殆ど望み薄だと思うけどね。今更ラプがわざわざキッチンに立つとは思えないし…………それに、総帥がそんなことしなくてもいいように私は料理を勉強したんだから」
そう言ったルイは、もう冷めてしまったクッキーをトレイの上から一つだけ摘まみ取る。例え冷えていても恐らく美味しいであろうそれを、白くすらっと伸びた指先と長い爪で挟む。
そして、それをゆっくりこちらに向けた。
「――ほら、食べてみて。……あなたが教えてくれた私と、私が教えた子が作ったモノ。……きっと、美味しいから」
差し出された甘い塊を前に、吾輩は唾をゴクッと飲み込んだ。それは、目の前のお菓子が美味しそう過ぎたわけじゃない。……これから、それを口にする覚悟を飲み込むものであった。
――――――サクッ。
ルイからあ~んと渡されたクッキーに、吾輩は意を決して齧りつく。
「どう?どうでござるか?ラプ殿っ!」
それは、あまりにも軽くそしてふんだんな甘さを感じる。
されど、その甘みは決してしつこいというわけでは無く、むしろ後から香るバターを更に良くするスパイス。
「ね、美味しいでしょ?……”ワタシ達たち”のクッキーは」
……だがそれは、今の吾輩にとってはあまり好ましいものとは言えなかった。なぜなら、このクッキーの味が元の世界で彼女たちが作ってくれたお菓子の味を彷彿とさせるものだったから。
そんなものを、吾輩から教わったというカノジョ達が作れてしまう事実に酷く嫌な気持ちが芽生える。
「――――あぁ……おいしいよ、凄く」
嫌になるほど美味しくて、だからこそじゃりじゃりとした砂でも食べているような感覚。
そんな得も言えぬ感触の中、ラプラスは力なくそう答えるのであった。