転生したらラプラス・ダークネスだった件 作:飽和水溶液_pixiv
さて、早速ですが今回はなんと、いきなり第三章からのスタートとさせてください。本来書こうと思っていた番外編に関しましては、また気分が乗り次第書こうかと思っています。既に幾つか下書きは存在するのですが、広げ過ぎた風呂敷を畳むのに苦労してしまいまして……。よって、今話から新章を書いていきます。内容はるしあ及びあくたんを匿ってから、早一カ月後のholoXの様子から始まります。ぜひお楽しみくださいませ!
【追記】
今後もこの枠を使って、必要に応じて深堀りをしていければと思います。思いつかない場合は空欄にするかもしれません。
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第72話 久方ぶりの再会
──────夕食を済ませた、夜。
秘密結社holoXの総本部通信室にて、総帥ラプラス・ダークネスはとある場所との交信を試みていた。
「……ラプラス様、間も無く繋がると思います」
「あぁ、わかった」
設置されたモニターの前の椅子にちょこんと座り込み、悪魔は静かにその時を待つ。
室内には眼前の通信機器を操作する僅かな音だけが響いて、それが妙に自身の期待感を高めていた。
……そして遂に、「繋がりました」という眷属の声と共に待ちに待った”彼女”の姿が画面へと映し出される。
「────こっ、これで繋がっているんですか……? あっ、ホントだ映ってる……!! えーっと、ラプちゃん聞こえてるっ?」
また、同時に不慣れながらにも聞こえだしたその懐かしい声音がラプラスの幸福感を爆発させていた。
「あぁ! 聞こえてるぞ、久しぶりだなフブキっ!」
まるで久方ぶりに旧友と再会した時の様に、大はしゃぎで吾輩は彼女の名前を叫んだ。
──吾輩がこの世界で最後にフブキ先輩と会ってから、早一カ月と少々の月日が流れていた。その間、我々holoXは幾つかの新体制を作ると共に、現在身柄を預かっている潤羽るしあ及び湊あくあ先輩の故郷である惑星【ふぁんたじあ】の捜索に全力を尽くしていた。……もっとも残念なことに、こちらの件に関しては未だ確実な手掛かりを掴めていないのが現状である。
そして、それとは別の場所で進行していたプロジェクトが『秘密結社holoXの第二本部』の建設であった。予定地は先刻同盟関係を結んだ大国、【フレンズ王国】の敷地内。第二本部の完成自体はまだ当分先のことになるらしいが、仕事が早いことに既にその足掛かりとなる仮拠点の建設が済んでいるらしい。当然、”あの”holoXの従業員たちが作ったという事でいくら仮と言えどその拠点には司令室や通信設備などが完備されおり、それだけでも十分機能する施設となっている。
そして、本日はそんな仮拠点の完成を祝うと共に、初のお客様である【白上フブキ王】の来訪日となっていた。加えて、各拠点との通信機能のテストという名目で、ここ総本部の通信室と現地とのコンタクトが行われていたのだ。……ご察しの通り、本来この場に居る予定では無かった吾輩がここに居座っているのは、先輩の顔を見たいという願望の元我儘を押し通した結果なのである。
「うわっ! 本当にこの動く絵みたいなのから、ラプちゃんの声が聞こえる……」
「ははっ、新鮮な反応だな。……どうだ、そっちの具合は? うちの部下が迷惑かけてないか?」
「えっ? んーん、全ッ然平気! むしろ良くして貰ってるよ……まあ、他の皆はあんまり仲良くできてないみたいだけど」
初めて目の当たりにする遠方通信機器を前に、フブキ先輩が珍しい反応を示す。しかしそれでも、聞き覚えのある吾輩の声を聞いて大変嬉しそうな表情が返ってきた。どうやら先輩の方はこの一カ月の間を特段変わりなく過ごせていたらしい。
「……まあ、元々敵だった連中と仲良くしろって方が無理な話だろ。……そういえば黒は元気か?」
「んー? うん、黒ちゃんもいつも通りで元気だよ。──ねー?」
そう言ったフブキ先輩は、自身の横から徐にズイっとモニターの前へ当の本人を連れだした。
「────なっ……おい、引っ張るなって!」
「黒ちゃんがいつまで経っても不貞腐れて、かめら?の外にいるからでしょー。ラプちゃんにちゃんと顔みせてあげなよ!」
そうして映し出された彼女の姿を見て、ラプラスは再び何とも言えぬ嬉しさが込み上げる。思えば、この世界で初めて出会った時はそれはもう睨み殺されるんじゃないかというほど、恨みや殺意を持たれていたっけ。
「……久しぶりだな、黒。元気そうでなによりだ」
「ッ……よぉ、ラプラス。そっちこそ相変わらずだな」
あの強気の黒様が微笑むわけは無いにしろ、それでも幾何か機嫌が良さそうにそう答えた。よかった、彼女がその反応なら吾輩の見えないところで部下たちが先輩方に粗相を犯しているなんて事も無さそうだ。
「──それじゃあフブキ、早速で悪いんだがそっちの進捗具合とか聞いてもいいか? 吾輩も定期報告では色々聞いてるんだが、一応本人たちの口からも聞いておきたくてな」
「うん、勿論だよ。……まず、国の復興具合だけどラプちゃんが寄越してくれた人たちのお陰でもう殆ど終わってるよ。ウチの国に避難してきてた人達も大半は自分たちの故郷に送り届けたし、あとは帰る場所の無い人達用の住居や食糧もようやく全体に回るようになってきたって感じかな」
口調自体は明るいながらも、淡々と述べる獣人の国の王様。……しかしその原因は他でもない秘密結社holoXにあり、その総帥であるラプラスは内心で胸が締め付けられるような思いをする。だが当然、その場は他のholoXer達の目もある場所なので粛々とその報告を酷い罪悪感と共に嚥下するしかなかった。
「そうか……そっちに居る吾輩の部下たちは、フブキの自由に使っていいからな。ちゃんとお前の言うことを聞くように指示してあるし、色々助けになる部分はあると思うから……」
「……うん、ありがとう。ラプちゃんには感謝してるよ」
まるでこちらの気持ちを見透かすしたように、少し眉をひそめつつフブキ先輩はそう言った。けれど当然、それは吾輩の淡い願望に過ぎないのだろう。こちらの持つ大きな秘密と葛藤と、それによる苦悩を何も知らぬ彼女が吾輩のことを理解してくれるはずなど無いのだから。
「……けっ、本当に変わっていやがらねぇな」
だが、そう思ったラプラスを他所に何故か黒が密かにそんな悪態を付いた。
「おいラプラス、お前に言われなくてもこっちに居る奴等は私らがうんとコキ使ってやる。……あっ! それで言えばよぉ、ラプラスが送ってきたセバ……何とかっつうあの爺さん、くっそ胡散臭いから人員変えてくれねーか?」
「……は?」
妙に大きくなった声量のまま、黒様がいきなりそんなことを言い出した。……それはまるで、必然的に流れ出した重苦しい空気をおもいっきりぶち壊すかのように。
「……おや、胡散臭いとは心底心外ですな黒上殿。わたくしは極めて誠実に、忠実に自身の仕事を全うしているだけですが?」
またそれに対し、反論の声を上げたのはしわがれた初老の男の声であった。
彼は幹部の人選の元、吾輩がフブキ先輩たちの所へ送ったholoXer兼ぷらすめいとの一人である。執事服に身を包んだ白髪の老人であり、その仕事ぶりは生真面目で繊細だとルイのお墨付きである。そしてその評価から、先輩たちの護衛兼フレンズ王国との外交大使を任せた男でもあった。
「あぁ、極めて”ラプラス贔屓”に仕事してるぜ。ついでに妙に偉そうだし、フブキを見下してな」
「それもまた心外ですな。ただわたくしの中での最優先事項がラプラス様であり、必然的にその他のことが下になっているだけのこと。従って、決してフブキ様を見下しているなどという事実はありません」
「”下になってる”って、はっきり言ってんじゃねーか。ぶっとばすぞマジで」
黒様の気遣いを発端として始まった言い合いが、当の本人達だけを中心に徐々にエスカレートする。しかし傍から見ている限りではどちらが悪いとも判断することが出来ず、また強いて言えばどちらも悪いだろう状況を前にラプラスは言葉を詰まらせた。
「はいはーい、二人ともそこまで。黒ちゃん、そんな野生の獣みたいにやたらめったらに人に噛みつかないの!」
だが、そんなラプラスに代わり彼らを咎めたのは、会話の中での中心人物であったフブキ先輩であった。
「ッ……だってよフブキ、コイツいつもいつもお前のことを……!」
「うん、心配してくれてありがとね。でも白上は大丈夫だから、黒ちゃんも変な気は遣わずにいい子にしてて?」
「……。」
まるで子供をあやすように、黒様にそう諭す白い狐。普段喧嘩っ早く強情な彼女も、フブキ先輩の言う事だけはよく聞くようだ。……となれば、吾輩のすべきことはもう一人に対する叱咤だろう。
「おい眷属。吾輩がお前に言った命令、覚えてるだろうな? 『吾輩の大切な同盟相手である白上フブキを守りつつ、フブキの望む全てのことを全力で手助けしろ』だ。幹部から推薦された構成員なんだろ、ちゃんとしてくれ」
「ッ! ……はい、肝に銘じております。お恥ずかしいところを見せてしまい申し訳ございません、我が王よ」
ハッとしたように、その男は即座に襟を正し深々と頭を下げる。その所作の一つ一つは洗練された紳士のそれで、また彼が本来は非常に優秀な人物であることが窺えた。まぁ、多少いがみ合うことはこれまでのことを考えれば仕方の無いことだろう。だが、それでもせめてこれからの先輩方にはこれ以上迷惑をかけるわけにはいかないのだ。
「……ふふっ、ラプちゃんもちゃんと怒ったりするんだね。優しい子だと思ってたからちょっと意外かも」
「ん? 吾輩だって怒るぞ。むしろ結構怒りっぽい方だと自分では思ってるんだがな。……っと、流石に雑談はこの辺にしておくか」
近くに立っていた眷属の方をチラッと覗き、そろそろ席を譲るべき時間であることを自覚する。本当であればこの通信は、完成した仮拠点から本部への通信が問題無く行えるかのテストであったのだ。そして、そこに特段障害が無いのであれば続いて各業務報告や連絡作業へと移ることになっている。元々今回のフブキ先輩との通話は、その合間を縫って吾輩が無理矢理漕ぎ付けた機会にすぎなかった。
「あっ……うん、そうだね。白上たちもあんまり長居してたら黒ちゃんの機嫌が悪くなりそうだから、早めにお城に帰るよ。……えっと、またね、であってるよね? これってまた話したりできるのかな……」
「──あぁ、勿論だ。吾輩に用がある時はいつでも眷属に言って繋いでもらってくれ。こっちからもまたかける」
「うん、わかった。楽しみにしてるね!」
そんな先輩との言葉を最後に、吾輩は席を立ちその場所を他の眷属へと譲る。しかしそれは、何故か妙に名残惜しくてとても離れ難かった。
起きた事実と、こちらの行ってしまった所業だけを考えればこの世界での吾輩と彼女は本当に歪で、どうして成り立っているのかすら分からない関係だ。本来ならば、表面内面問わず憎しみ合っていても仕方がないくらいの間柄。
……でも、それでも白上フブキ先輩は変わらず優しくて、吾輩と対話をしてくれる。心の奥ではどう思っているのかわからなくとも、少なくともこちらの言葉には耳を傾けてくれる。今の吾輩には、彼女たちを害してしまった立場である吾輩にとっては、ただそれだけで言葉にし尽せないほど有難く嬉しい事なのだ。……大丈夫、元の世界に戻ってからもフブキ先輩たちに堂々と顔を向け出来るように、きちんと償うから。
そんな事を思ったラプラスは、既に用済みとなった通信室を後にしたのだった。
~~~~~~
通信室を出たラプラスは、廊下で静かに佇む”自身の護衛たち”の方へと目線を向けた。
「──待たせて悪かったな、クロヱ。話終わったぞ」
また同時に、外で長時間待機させてしまっていたことに対しラプラスは本人達に謝罪をする。現在時刻の総帥担当である”彼女”には、フブキ先輩との通信がもしかしたら込み入った話で長くなるかもしれないと思い廊下で待ってもらっていたのだ。
「……おっそーい、沙花叉待ちくたびれたんですけどー」
そしてその結果、部屋から出てきた吾輩の姿を認めるや否や彼女は大変不満げな声音でそう言った。
「悪かったって、謝ってるだろ」
「ぶー、沙花叉は別に待たされたことに怒ってるわけじゃないですー」
ぷくっと頬を膨らましつつ、クロヱがこちらに近寄ってくる。しかしその口ぶりから、どうやら彼女には外で待ちぼうけさせられたこと以上に不服なことがあるようであった。
「じゃあ、何に怒ってるんだ」
「んー! そんなの決まってるでしょ! ──どうして、その何とかって国の王様との話に私を同行させてくれないのさっ!」
そう言った彼女は、ずいっと口元を結んだまま更に顔を近づけてきた。それは明らかに、自分は怒っていますと激しく主張しているかのようである。
……けれど、そのわざとらしい表情とは裏腹に、ラプラスにはイマイチ彼女の怒りの根幹を掴めずにいた。
「ん……? 沙花叉、フブキ王に興味があるのか?」
「はぁ? 無いよ、誰それ」
なんとか手繰り寄せた吾輩のそんな回答に、クロヱはそんなわけがあるかと即答した。おまけに思いっきり顔を顰め、べぇーっと舌を出す始末である。……あんまりフブキ先輩を悪く言うのは、吾輩としては気分が良くないんだが?
「……じゃあ、一体何が不満だって言うんだ」
先輩に対し不躾な態度を取る彼女を見て、ラプラスの口調が少々荒々しくなる。当然クロヱ本人にとっては全くもって身に覚えのない話であり、それ故に不満げに不満を問う悪魔に更に口を尖らせた。
「……ラプラスが私に、『これから”大事な人”と話をするから外で待ってろ』って言ったこと!! そんなの沙花叉的には聞き捨てならないし、しかもその上で私を蚊帳の外に追いやるなんてさ!」
怒りに任せた大声で、彼女はそう叫んだ。
それは、ようするに沙花叉クロヱによる密かな嫉妬心のようなもの……少なくとも、今のラプラスはそう捉えた。恐らくはよからぬ言い方をしてしまった吾輩の言葉と、それに付随する『待て』の命令という彼女の疎外。それが、クロヱの妬ましい心を強く刺激してしまったということだろう。
「……はぁ、なるほどそういうことか」
ようやく彼女の怒りの理由を理解したラプラスは、ふぅと息を吐いた。何という子供らしいというか、大人げない反応だな……確かに、吾輩の言い方が悪かったのもある。けれど吾輩にとって大切な人と、大事な話をするという事実からそれは決して嘘ではなかった。……まあただ、今の自身の立場やクロヱの性格を理解してもう少し癪に触らぬ言葉を並べるべきだったかもしれないな。
ともかく、こちらの思考や理由はどうあれ沙花叉の機嫌が悪いのはあまり良い事とは言えない。護衛の仕事も含め、クロヱが吾輩に対してマイナスのイメージを持つのは困るからな……色々と。
「あー、わかったわかった。ほったらかしにして悪かったよ……この後は吾輩もやること無いし、偶にはお前に付き合うよ。何かしたいことあるか?」
「────えっ?」
瞬間、沙花叉クロヱの目の色が変わったのは誰から見ても明らかであった。
「ほっ……ホントにっ!? 沙花叉と一緒に居てくれるの!?」
「あぁ、まあ……あんまり遅くまでだと眠くなっちゃうかもしれないけど」
途端に機嫌が良くなった彼女に再び迫られ、ラプラスは若干たじろぐ。まさか、こんなに大袈裟に喜んでくれるとはな……ただ遊んだりするだけのつもりだったんだが。
「……やったぁ……!」
しかし、そんな悪魔の考えとは裏腹に掃除屋は心底嬉しそうな表情を浮かべる。そして続けざまに、即刻彼女からの提案が上がった。
「じゃ、じゃあさっ……久しぶりに、娯楽街のカジノに行かない?」
もっとも、それは大好きなおもちゃを前にした子供のような輝きを持つ瞳の子が持ち出すには、少々不相応な場所であった。秘密結社holoX総本部内に存在する娯楽街、またその場所を代表するような巨大な賭博場施設。沙花叉クロヱはその場所の常連客であり、日々通っては自身の財布を軽くしているのだった。
「お前なぁ……いや、待て。いいかもしれないな」
けれど、その話を噂程度に聞いていたラプラスからの反応は思いのほか好印象であった。
吾輩がこの世界に来てから、早くもそれなりの時間が経ってしまった。しかし今のところ、この母艦内の目玉施設でもある娯楽街のその殆どを楽しむことが出来ていない。それは件のカジノも例外では無く、沙花叉が入り浸っているという事実から少なくとも楽しい場所ではあるのだろう。普通に面白そうだし、興味もあるな。
「よし、そうと決まれば早速遊びに行くぞ沙花叉。……おい眷属」
そう思うが早いか、ラプラスはクロヱと同時に連れ回していたぷらすめいとの男を呼んだ。彼もまた総帥秘書という立場上、常日頃から本部内を移動するラプラスに付いて回っていた。……それは時に、仕事と称して勝手に付き纏うほどである。
「はい、何でしょうかラプラス様」
「吾輩、今日はこのままクロヱと遊びに行って直接家に帰る。だからお前も本日の業務はここまででいいぞ、ご苦労様」
「御意。……念のため、お迎えをご用意しておきますね」
そう言った彼に対し、ラプラスはきょとんとした反応を示した。……実際には、酒に酔いつぶれたり疲れて寝ってしまったりと、自力で家に帰れぬことが常習である総帥の行動を見越しての発言である。もっともそれを、悪魔本人が自覚するのはもう少し先のことであるが。
「……んじゃ、そういうわけで。沙花叉カジノまで送ってくれ」
「うんっ♪ あ、ちゃんと護衛の仕事は継続するから沙花叉から勝手に離れないでね♡」
その言葉には、『対象を守る』という使命以外の余分な感情が多分に含まれているように感じた。まあ、怒りを収めてくれたんなら何でもいいか……。
そんなわけで、やけに上機嫌な掃除屋とそれを見て呆れ気味な悪魔が娯楽街を目指し歩き始める。しかしその足取りは不思議と両者とも弾むようで、思惑以上に楽しげであった。
────この日以降、慌ただしい日々が続くことも知らずに。
~~~~~~
[秘密結社holoXアジト・天体観測室]
その場所は、広大な宇宙を航海する母艦から外側の世界のあらゆる事象を記録、或いは測量する部屋である。またここで観測された事象については担当部門の元へと報告書が送られ、日々組織の天体に関する知見を深める機能を果たしていた。『宇宙を知らなければ宇宙を制することなど出来ない』、それこそがこの場所の存在意義となっている。
────並びに、この部屋での測量は中枢司令室との連携を密に行っている。
例えば、この母艦をある惑星の元へと運びたいとしたとき、操縦官は観測室で測定されたルートや手段を用いて目的地へと向かう。それは隕石群やブラックホール、何光年という長距離をどのように移動するか等ありとあらゆる物理、事象を考慮した道のり設計。それらが全て問題ないと結論が出てから、初めてこの巨大な母艦の進路と移動が決定されるのであった。
……そんな重要な機関にて、深夜とある重鎮二人がその場所を訪れていた。
「──お待たせ。遅くなってごめんねこより」
そう言って部屋の自動ドアをくぐったのは、この総本部の副司令官である鷹嶺ルイであった。既に夜も更けてきた頃合いだというのに、普段と変わらぬ立ち居振る舞いで業務に励んでいる様子である。
「あ、ルイ姉! んーん、全然待ってないよ。むしろこんな時間に呼び出してごめんね?」
対し、予め部屋におりルイをこの場所に呼び出した張本人である博衣こよりが答えた。彼女もまた、朝も夜も問わず勤勉に働く構成員の一人である。
「いえ、構わないわ。まだ仕事が残っていたからどの道起きていたし」
「ほぇー、相変わらず働くねぇ……あっ。じゃあ、突然呼び出したの迷惑だったかな……?」
「それはあなたも同じでしょ。……それに、心配いらないわ。さっき終わらせてきたから」
出来る女は、他愛のない会話の中でも相手への気遣いを忘れない。用があり呼び出したものの、それが結果的にルイに迷惑をかけたかもしれないとこよりは危惧する。しかしそれを、彼女は直ぐにフォローした。確かに非常識な時間ではあるものの、それでも声がかかったのはそれだけ重要な案件であるという事だからだ。……それに、こんな遅くまで健気に働いてくれる部下の気持ちに答える事もまた上司の仕事である。
「……あぁでも、流石にラプは来ないみたいよ」
ただし、それはあくまで”シゴデキ”である鷹嶺ルイに限ったことである。現に、呼び出されたもう一人の上司の方は今のところこの場所を訪れるという連絡は無かった。
「あー……まあ、こんな時間だしね。最近ラプちゃん早めに寝てるみたいだし起こすのも悪いから……」
「あ、いえ、今日はクロヱと一緒に娯楽街に行ってるみたいよ? さっき総帥秘書に連絡を取ったら『本日の業務は終了した』って……」
「…………え?」
突然、信じられないことを言われたらしいこよりは眼を見開き固まった。それは驚きと、衝撃……それから、圧倒的なまでの妬みの気持ち。自身がこんな時まで仕事をしているのに、なぜあのサボり魔の掃除屋が総帥と遊ぶなどと言う羨ましい行為に勤しんでいるのかと。
「……それで? いきなり呼んだ用件は何?」
だが、そんな気持ちなど露知らずルイは早速仕事の話を始める。すると顔面蒼白と化していたこよりはハッとして、そして苦笑い交じりに口を開いた。
「あ、う、うん……えっとね、ひと月前にラプちゃんから頼まれてた”例の件”に大きな進捗があったから、その報告をしようと思って────結構凄いことになってるんだよ」
いざ話を始めると次第に冷静になり、そしていたって真面目にこよりは説明を始めた。それは、総帥からの指示にそれだけ自信をもって発言できるだけの成果が合ったということ。加えて、それだけ重要かつ重大な報告を孕んでいることを表していた。
「例の件って……宝鐘海賊団の拠点とされる惑星の捜索、の事よね。ラプが匿ってるあの二人の故郷だっていう星の……」
「──ラプちゃん曰く、惑星『ふぁんたじあ』。うんそうだよ、ラプちゃんが僕にお願いしてきたその星の位置の特定……それについてなんだけど、なんとか”見つけた”の。すっごく時間はかかっちゃったんだけどね……」
彼女のその言葉を聞いて、流石のルイも青い瞳を揺らしながら驚いた。
総帥ラプラス・ダークネスから下された指令、それは現在holoXで面倒を見ている潤羽るしあ、及び湊あくあの故郷兼宝鐘海賊団の拠点とされる惑星・衛星の位置の特定であった。しかしこの広大な宇宙空間の中で、手掛かりも無しに一つの星を探すなどほぼ不可能に近い事である。一応それと成りえるものとして先刻鹵獲した『宝鐘海賊団の二番船』の残骸があるものの、それもその大部分が大悪魔ラプラス・ダークネスの魔力にあてられ物質変化を起こしてしまったために情報を引き出すのは困難である。……少なくとも、一カ月前の時点ではそういう結論に至っていたはずだった。
けれど今、組織を代表する頭脳である彼女からその鎖を解くことに成功したと報告が上がる。故に、ルイには驚きと共に流石だと感服する心が芽生えていた。
「見つけた、の? ……凄いわね、こより。本当にあなたは頼りになるわ」
「大変だったよ。ラプちゃんの魔力の影響を受けてた海賊船の断片を一つ一つ繋ぎ合わせて解析したんだから。まあと言っても、復元さえ出来ちゃえば後は直前の航行データを読み取るだけだったけどね……役に立てたなら良かった」
突き立てた功績の偉大さよりも、皆の役に立てたことを喜ぶこより。そんな彼女を見て、ルイは優しく微笑みかけた。誰よりも仲間のことを想っているからこそ、博衣こよりの研究と実績はどこまでも飛躍していくのであった。
「……でもね、ルイ姉──話はここからなの」
しかしそこで、”良い報告”はここまでだとでも言いたげに彼女の雰囲気が一変する。
「たしかに、僕は該当の惑星と思われる星を見つけた。それが二日前の事……そして、それが本当にふぁんたじあであるかの確証を得るために衛星機を投じて調査をしようと思ったの。ラプちゃんとるしあさんの話じゃ惑星の近くに衛星もあるって話だったから、情報のすり合わせも含めて」
「えぇ、そうらしいわね。たしか名前は衛星『コメット』……外敵【ホロベーダー】からの侵攻から逃れるために、活動領域をそちらに移したって」
「うん。ついでに言えば、クロたん達が遭遇したっていうその生命体についての情報も得られればなんて思ったんだけどね……いや、説明はここまででいいや。とにかく、その惑星を見てみて欲しいの」
そう言ったこよりは、観測室の前方に設置されたモニターの方へと視線を移した。またその言葉と動きにつられるように、ルイもまたスクリーンに目をやる。すると、一見何もない宇宙空間を映し出していた画面が徐に切り替わり、そしてある光景を映し出した。
「────なっ……!?」
だが、それを見た大幹部は再び驚愕する。
しかも今回は、それと同時に澱むような恐怖心を含んで。
「……僕も、最初に見た時は驚いたよ。こんな状態の惑星、今までに見たことが無い」
その言葉と共に、こよりは僅かに目を伏せた。けれどルイは、寧ろ杭を打たれたように見入ってしまう。それは無論非常に悪い意味且つ、宝鐘海賊団への同情や憐みの念を込めて──。
────彼女たちの眼前には、小さな灰色の衛星と、真っ黒に渦巻く雲が所々を覆う”欠けた惑星”が映し出されていた。