ガラスの割れるような音や壁を力いっぱい殴りつける衝撃、相手を萎縮させる大きな怒号。
それらの破砕音が、静まり返った館内で扉を背に棒立ちの己の耳に鋭くつき刺ささり神経を刺激する。
掻き立てなられた緊張で筋肉は張り詰め肌はさざめき、玉のように汗が浮かび…
上がるようなことはなかった。
そんなあからさまな八つ当たりの音は聞こえないが、明らかにささくれ立って今にも破裂しそうな気配がこの無駄に広く長い廊下の奥から近づいてくる。
この気配の正体は紛れもなく
「ボス〜…」
新進気鋭、我が組の若頭であった。
「ああ、ご苦労」
耳触りの良い静かなテノール。
感情を悟らせない抑揚で落とされた声は普段と変わらないように聞こえて、ほんの少しだけ震えていた。
「交渉はどうでした?」
「いつも通りだよ」
なるほどお〜。
成功したよと
でもやなことあってブチギレですよと。
例の如くしっかりと交渉を取り付けて帰路をかなり(かなりかなり)大股で進む我らがボスは、歩くスピードはそのままに廊下で待機していた自分に目線とごく簡単な報告を済ませると元の姿勢に戻った。示談の成功に喜ぶ素振りを見せず前だけを見つめている。
彼とはそれなりに身長差がある己の普段の歩幅とほとんど変わらぬ大股っぷりである。
すごい怒ってるよ〜。
彼の後を追うように奥の部屋から姿を見せた同僚はボスの怒気に圧倒され死体のような顔色だった。
大方、取引相手がごねて卑劣な取引を持ちかけてきたのをいなしつつ、それを宥めるのに彼もボスも神経を使い疲れ果てたといったところだろう。
相手の宝物を譲り受ける取引だ。
謂れのない中傷を受けたり口汚く罵られたりすることも少なくない。
死体色の同僚はその交渉の最中きっと精神をすり減らしたことだろう。
お疲れ様である。
しかしこの若頭、自身が不機嫌だからと言って周囲に当たり散らすような子どもでもなく、判断を大きく誤ったりする事もほぼ皆無なので彼の腑が煮え繰り返っていようと自分や他の構成員にはさして支障がない。
彼に対してただの上司、という感情のみを持っていたなら彼の心のありようなどどうでもいいことなのだ。
どうでもいいのだが己に関してはそうは問屋が卸さない。
何故なら自分は彼の応援団なのだから。
何を言っているんだと思われるかもしれないが応援団なのだ。本当なのだ。そうなのだ。
といってもただ彼のことを応援したいという心持ちと、できる限りのサポートをほんのりとしているだけでこれといって目立つ活動はない。
団員も自分ともう1人のみだ。
2人きりではあるがこれは決して彼に人望がないというわけでは断じてない。
たまたま自分が応援団なんです〜という話をしたのが1人だけで、彼女もまた若頭を心から案じ、サポートをしたいと考える仲間だった、というだけだ。
恐らく自分たちの他にも彼の身を案じ出来うる限りの行動をとっているものはたくさんいるはずだ。
それくらい彼はみんなに信用され、頼られている。
いいとこなんです。
アットホームな職場となっております。
ただ、そういった応援の類は彼に悟られないようあくまでひっそりと行うことが暗黙の了解となっている。
彼がストレスのないように動ける環境づくりをどれだけ隠密に遂行できるかが勝負なのだ。
このような活動が彼に悟られるようなことがあれば、余計なことは考えなくていい、自分の仕事を全うすることだけに心血を注げ(私のことはいいから自分がやりやすいようにやってね)と突っぱねられてしまうのは火を見るより明らかだ。
若ったら健気なんだから。
意訳部分はかなり願望だが。
これがわかっているからこそこっそりと活動する必要があるハイリスク任務なのであった。
「…はあ」
拠点へ向かう車の中、後部座席の隣に座るボスの口から小さなため息が漏れた。
「今日の相手は骨が折れたよ…」
そうぽつりぽつりと今回の取引で彼が感じた事を教えてくれる。
警戒心が強くて思慮深い彼がこうして心のうちを少しだけでも開いて見せてくれることが、そこから感じ取れる信頼がこそばゆくて嬉しい。
長かったんだから。ここまで。
先ほどのじりじりとした怒りの気配はなりをひそめ、およそ普段の彼のようななだらかな雰囲気に戻ってきている。
よしよし効いてきたな。
今日は効果が出るのが少し遅かったように感じるが、ボスの目元や口元の強張りが緩やかになったのを確認して安堵した。
誤解しないでもらいたいが何も盛っていない。
これは俺の能力である。
今日はボスの心が怒りに傾いているものでよかった。
当人からすればとんでもない話であるが。
取引を終え戻ってきた時に暗く冷たい表情をたたえたボスでなくてよかった。そういう時の彼に気の利いた言葉をかけられたためしがない。
本人にどう思われているかは分からないが少なくとも自分の中で満足のいくものであった事はなかった。
「ん?……あぁ、」
彼のすべらかな指が落ちてきた花弁を拾い上げる。
「すまない、また気を使わせてしまったな」
「いや〜?気なんて使ってませんよ。ちょっと俺が好きな香りにしてただけですから。」
そうか、と軽く笑うように呟いた彼のすっかり柔らかくなったまなじりを横目に胸が暖かくなるのを感じていた。
彼がこれ以上何も失いませんように。
信じたことなんてない神様に向けて毎日するお祈りを今日はここで。
車はまだ目的地までの道を運転手の優しい操縦でゆったりと進んでいる。
⋱⋰ ⋱⋰ ⋱⋰ ⋱⋰ ⋱
語り手の能力と決まっていることのメモ
男性 21〜25歳くらい とても大きい身長と細身の体 とってものんき
ノストラードファミリー構成員(ハンター)
クラピカとほぼ同期(少し先輩)なのでそばにいることが多い
名前は一応リュカといいますがあんまり出てこないかもしれません
操作系能力者
念能力の詳細はオーラを粒子に細かく分けてそれを花の香りとして他人に吸い込ませて相手を意識レベルからほんのりと操る力です
人の感情や考え方をある程度思ったように変えることができます
(落ち着かせたり、楽しくさせたり悲しくさせたり程度)
すごく敏感な人やかなり格上だとバレるし対策されるので無力。
普通に急にいい匂いしたら全員にバレるので
無意識レベルのうちからほんのり粒子を漂わせてじわりじわり効かせるタイプなので発動までに時間がかかります
操作完了になると本人の周りにお花が出ちゃうので誰の仕業かバレる
精神に作用する強い念なのでデメリットがたくさんあります。
戦いの場面においては作戦以外の戦闘で念能力はほとんど使わず(めんどくさいので)拳で黙らせています。
香りへの警戒を下げるため普段から香水をつけています
こんなかんじです。
のろのろ更新となりますがよろしくお願いいたします