すくりーむ・ざ・ぼっち!   作:博一

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ひとり

 

 

 

 これは、夢だ。

 

 幼い僕はハブかれた。なんか嫌、変な奴、と仲間外れにされた。遊んでくれるのは先生だけ。

 小さい僕はバカにされた。どんくさい、ちゃんと喋れ、頭悪い、と無邪気に笑われた。人の目を見て話しなさいと先生は言う。

 中くらいの僕はイジメられた。気持ち悪い、息が臭い、近付くな、とトイレの水をかけられた。目を逸らした先生は知らないフリをする。

 高くなった俺はコロされかけた。クズ、死ね、消えろ、ゴミ、と怒鳴られ暴力が振るわれた。存在自体が罪なのだと先生は嘲る。

 部屋に篭る俺はシにたくなった。頑張って、元気を出して、良いことある、ちゃんとして、と世間体を気にした母は言う。お金をくれた父が出ていってくれと不快げにつげる。

 独りきりの俺はムだった。痛い、苦しい、寂しい、苦しい、冷たい、寒い、消えたい、苦しい、死にたい、生きていたくない、と胸が張り裂けそうになる。そこには誰もいなかった。

 

 走馬灯のように流れていく。夢のような一瞬。夢であって欲しかった現実。どうしようもない人生。

 苦しい苦しいソレが、首にかかる縄で絞めつけられる。プランプランと揺れ動く視界に映る、真っ暗な部屋には、誰もいない。

 

 これは、夢だ。

 悪夢だ。

 

――――――

 

「……っ」

 

 布団から跳ね起きる。咄嗟に首元へ手をやった。当然、そこに縄はない。

 じっとりと汗ばむ全身。震える手足。荒んだ呼吸。

 

 ふと、窓を見る。薄緑色のカーテン越しに、明るんできた空色が伺えた。

 

 嫌な夢を見た。自分の前世。何も得ることなく、何も残すことなく、何も誇ることのない、無価値な人生。確かなのは、自分で自分を殺したというのがれえない罪。胸が、苦しくなる。

 

 そんな自分を押し殺し、深呼吸を繰り返す。手足の震えを誤魔化して、ゆっくりと起き上がる。

 目を閉じ、逸らす。

 

「……準備、しないと」

 

 今日は高校の入学式だった。

 

――――――

 

 不安も、緊張も、期待も、興奮もない。いつか感じていた想いは遠い記憶の中だけで。

 真新しい制服に身を包んで見慣れない校門を通っても、何もなかった。ああ、またかと、そう思うだけだ。

 

 苦しい記憶が脳裏をよぎる。生まれ変わってから何度も経験したフラッシュバックは、吐き気を催すだけで抑えられるほど慣れてしまった。

 今世は恵まれているからかもしれない。

 両親は優しく、こんな俺にも愛情を注いでくれる。小学校も中学校も、自分が暗いせいで友達は出来なかったが、遠巻きに見られることはあっても変に絡まれたり虐められたりはしなかった。

 とても、幸せなことなのだと思う。

 

「はぁ……」

 

 深呼吸のつもりがため息になってしまった。

 校門を少し過ぎて立ち止まった俺に通り過ぎていく生徒たちがチラチラ視線を向けてくる。晴れの日にどんよりした雰囲気を纏う俺が気になっているのだろう。申し訳ないので足を進める。

 

 気力が湧かない。ここにいていいのかという疑問と、妙な息苦しさがあるだけだ。

 楽しいことも、嬉しいことも、見当たらない。

 このままでいいのか、と思う。思いはすれど、どうすればいいか分からない。中学入学時に抱いた感覚と似た現状が、渇いた焦燥感を駆り立てる。このままでは、行き着く先は前と同じ、暗い部屋とロープの孤独。

 

 頭を振る。揺れる景色と嫌な想像を打ち消す。

 

 割り当てられたクラスの教室へそそくさと入室し、名簿順に割り当てられた席順を確認。運のないことに廊下から三番目の最前列にある机だった。教壇の目の前である。

 ここでは下手に居眠りは出来ないし、背後からの視線が気になってしまう。注目を浴びそうな位置は苦手だ。先生からの指名確率も上がって、悪目立ちする可能性も高い。嫌な席位置だ。

 根暗で陰キャでコミュ症な俺は教室の片隅でひっそりしているのがお似合いなのに。あと一つ前にズレていれば後ろの席だったのだが……。

 

 何の気なしに廊下側二列目最後を確認する。そこには『後藤ひとり』と名前が記されていた。

 名前が「ひとり」とは。孤独の業を背負ってそうな名前である。まるで、生まれながらのぼっちだと言わんばかりだ。

 

「……ん? 後藤、ひとり……?」

 

 違和感。何か、言葉に出来ない違和感が脳裏をよぎる。

 困惑と疑問が胸中を埋めつつも、とりあえず指定された席に座った。

 

 見逃してはいけない。掬い上げなくてはいけない。そんな気がして、俺は必死に考えこむ。何を考えればいいのかも分からない中、『後藤ひとり』という名前を脳内で何度も呟いた。

 周囲の緊張と期待が混ざった楽しげな煩わしい喧騒が遠のいていく。常に胸を蝕む苦しと焦燥感さえ置いていく。

 

 俺はきっと顰めっ面を浮かべてしまっているのだろう。周囲の新入生が時折怯えたように見てくるのを感じる。黒板に貼られた席順を確認しに来た子も、俺を見た途端にびくりと肩を振るわせそそくさと視界から外れていった。胸躍る入学式の日に怖がらせてしまっている事実に罪悪感が募る。

 しかし、この違和感は放っておけない。出来るだけ表情を和らげつつ、何かを掴もうと違和感の奥へと手を伸ばす。

 

 ――ガラッ。

 

 普段なら何の気にも留めない扉が開く音。それがやけに耳に届いて。ふと、そちらへ視線をやる。

 

「ぁっ、ぅ、ぉはようぅ……ございます……」

 

 勢いよく扉を開け放っておきながら、斜め下を向いてか細い声でぶつぶつと誰に向けたのかも分からない挨拶を交わす女生徒。猫背で伸びた前髪のせいで目元がよく見えない。

 不思議なことに、俺は、彼女がごく普通の制服に身を包んでいることに違和感を覚えた。

 ピンク色の髪。そのサイドから飛び出たくせ毛は青と黄色の四角い髪飾りで彩られている。そのくせ毛がぴょこぴょこ動いている様は、なぜだが無性に目が惹かれてしまう。

 

 女生徒の挨拶には、当然というべきか、返事を返す者はおらず。小さな呟きは喧騒の中に溶けて消えてしまった。知り合いもいないようで、声をかける者もいない。

 そんな彼女に強烈なほど惹かれている自分は、なんなのだろうか?

 

「あ……うぅ……。すみません……」

 

 女生徒はぼそぼそと誰かに謝って、おっかなびっくり黒板の張り紙へ向かう。

 彼女が肩にかけているバックには、よく分からないバッジが均等な感覚で九つ付けられている。初めて見たのに見覚えがあるような、ないような。

 

「ヒィェッ!?」

 

 唐突な奇声。自然と集まる教室中の注目。

 発声源のピンク髪の女生徒は、何故か俺を見てプルプル震えていた。そういえば、顰めっ面になっていたことを思い出す。どうやら怖がらせてしまったらしい。

 

「あ、その、ごめ」

「ーーすっ、すすすすみませんっ!」

 

 俺が謝る前に全力で謝られ、ブンブンと音がなるほど頭を何度も下げながらバビュンと自分の席らしき所へ走って行ってしまう。会話をする暇さえない。あまりの速さにしばし呆然としてしまった。

 残ったのは居心地の悪い空気感。周りの目が俺を向き、何やらヒソヒソ話しているのを感じとる。今のやり取りを見たクラスメイトらは、俺が女生徒を睨みつけたから何かしたと勘違いをしたようで。心なしか、周囲との距離が遠のいた気がした。

 

 思わず、顔がこわばる。前生の学校のトラウマが脳裏にチラつく。

 俯き、密かに呼吸を整える。

 問題はない。一時的な視線でしかないはずだ。直接的な暴力に比べれば、死に至る孤独の虚しさに比べれば、この程度の圧は苦ではない。大丈夫だ。

 

 意識を切り替え、先ほどの違和感へと目を逸らす。

 教室からの避難を兼ねてトイレへ向かうために席を立ち、横目でピンク髪の女生徒が座った席を伺う。

 そこは『後藤ひとり』と記されていた席だった。

 

 目を見開く。遠い記憶の奥底から、苦しくも彩られた映像が溢れ出す。思い出した。

 

 『ぼっち・ざ・ろっく!』のぼっちだ!!

 

「――ぐはぁっ!?」

 

 違和感を掴み取った瞬間、俺は盛大な音を立てて教室の扉に顔面を打ちつけてしまった。

 

 

 








 読んでいただきありがとうございます。
 暗く陰気なうじうじ主人公でお送りいたします。
 書けたら続きます。
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