すくりーむ・ざ・ぼっち!   作:博一

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前へ生きたい

 

 

 

 後藤さんを回復させてから少し。伊地知星歌と山田リョウは後藤さんの土下座に免じて俺のことをひとまずは様子を見ることにしてくれた。

 サポートギターで初ライブすることを思い出し顔を青くして俺に助けを求める視線を送ってきた後藤さん。俺は軽く笑みを浮かべて無言で手を振った。

 絶望に顔を暗くした彼女はエナドリ片手に、時間がないと急かした伊地知さんに引き摺られて奥へと消えていく。山田リョウも、俺を気にしつつその後へ。

 

 手持ち無沙汰になって暇を持て余し、伊地知星歌の突き刺さる視線に居心地の悪さを覚えていた。そこで、気の利かせてくれたPAさんに椅子を勧められて。ライブハウスの隅っこの方に椅子を置いて縮こまっているところ。

 

 既に時刻は17時を過ぎ、スターリー内には続々と観客が入ってきている。しかし、今日は人気のあるバンドは出ないのか、客入りはそこそこ。適当な場所を陣取りスマホを見ているか、グループで雑談している。興味津々でライブハウス内をキョロキョロ見ては友達と楽しげに話す女子高生たちは、伊地知さんの友達だろうか。

 予想外にお客さんが周囲を埋めず、視線を遮れる肉壁を期待できない。なので、伊地知星歌の目から逃れられず。ずっと鋭く睨まれたままだ。

 

 ストーカーと疑われていたのだ。可愛い妹さんを守るために警戒するのは姉として当然だと思う。

 まあ、だからって、そう強く睨まないで欲しいけど。悲しいし、ショックだ。あと怖い。

 

 それもこれも、悪いのは全部自分だ。俺が疑わられるような不審な行動をしていたのが原因で。ほとほと自分が嫌になる。

 いつもそうだ。ずっとそうだった。

 前世でも、俺はよく空回りしていたのを覚えている。辛く、苦しく、どうしようもない灰色の思い出。

 

 集団に溶け込めず執拗に攻撃されるひ弱な自分を変えようと頑張って失敗。誤解と偏見で無闇に敵対的な人を増やしてしまう結果になった。

 両親に心配をかけさせまいと取り繕って見栄と嘘を並べたてて失敗。母は恥をかき憤慨し、父には更に失望された。

 夢や希望を見出そうと必死に自分探しをして、やりたいなと思うものを見つけられたが。友達を装って近付いてきた人と仲良くなるために話してしまい、周囲にバラされて嘲笑された。自分の努力が目の前で踏み躙られる光景。

 

 俺はいつしか、何もしなくなっていた。何も出来なくなっていた。してはいけない、求めてはならない、そう思うようになっていて。

 その結果が、自分を殺すという罪。無価値でどうしようもない自分の始末をつける行為。辛さや苦しみから逃れたいという逃避が求めた救い。

 まったく。本当に、ロクな人間ではないと自嘲が漏れてしまう。

 

 だが、俺は生まれ変わってしまった。

 物心がついた頃、自分が何者であるかを思い出して絶望したのを覚えている。

 

 幸い前世と違って両親はとても優しく、また生きなければならないことに独りで苦しみ虚無な時間を過ごしていた俺を温めてくれた。前世の影響で性格が暗くなり周囲に距離は置かれたものの、虐められるなどの攻撃的な目に遭うことがなかったこともあって。

 少し、生きる気力が湧いていたんだ。頑張ろうと、思えていたんだ。

 

 でも、自分というのはそうそう変わらないのだと、ここ最近で実感している。

 何をしても空回り。悪い方向に何故かいってしまう。まるで、世界が俺を否定しているみたいだ。

 汚物を見るような視線。なんでお前みたいな奴が存在しているんだという侮蔑の目。それらは前世も今世も変わらずある。

 生まれ変わっても、高校生まで生きても、うじうじ悩んで踏み出せない。

 それが俺。

 どうしようもない自分。

 

 こんな俺が、勇気ある彼女の初ライブを見てもいいのだろうか。

 

 ――ライブが始まる。

 知らないバンドだ。曲もよく分からない。バンドについて無知なのもあって、全く興味が湧かなかった。

 ますます、ここにいてはいけないような気がしてきて。

 今すぐ消えてなくなりたい、この場から走って逃げ出したい。そんな思いをぐっと抑えて、下唇を噛み締めながら膝に置いていた手を握りしめる。

 後藤さんの思いを踏み躙ることだけは、できない。したくない。

 だから、苦しくても、辛くても、彼女の出番まで待つ。

 

 どうして俺はこんなにも苦しんでまで居座ろうとするのか。

 分からない。自分のことが理解できないのは今に始まったことじゃない。

 ただひたすら、時間が過ぎるのを待った。

 

 それから、どれだけの音が流れていっただろうか。

 何も感じないまま、その時は訪れる。

 

「――どうも! 結束バンドっていいます!!」

 

 伊地知さんの柔らかくも溌剌とした元気な声。

 知らないうちに俯いていた顔を上げる。

 

「……え?」

 

 クエスチョンマークが脳内を埋め尽くした。

 伊地知さんはドラムの奥に座っている。問題ない。

 山田リョウはベースを持って、緊張など感じない涼しい顔を浮かべている。問題ない。

 問題は、こっちから見て右側に鎮座するダンボールだ。

 デデンッ! と威圧感と異物感を放ちながら当然のようにある大きめのダンボール。『完熟マンゴー』と書かれたソレはあまりにもライブにそぐわない。

 しかも、モゾモゾと蠢いている。はっきり言って怖い。

 

 困惑していると、――脳裏に電流が走った。

 

 そうだった! 後藤さんの初ライブはマンゴー仮面になるのだった! と思い出す。

 その事実を思い出し、目の前の現実を直視する。

 

 「……これは、ヤバいなぁ。ビジュアルがある意味強すぎる」

 

 アニメ絵なら何の気なしに苦笑いで見れるが……。リアルで前にするとビビる。ドン引きである。

 ライブハウス内のお客さんの皆んなが引き攣った顔で数歩後ろに下がってしまっていた。気持ちは分かる。俺も、あのダンボールの中身が後藤さんだと知らなかったら距離を置いていただろう。

 

 伊地知さんは自分とベースの山田リョウを紹介し、ダンボールには一切触れず強引に演奏が始まる。

 演奏される曲はとてもメジャーなもので。音楽にそこまで関心のない俺でもテレビやお店やらで聞いたことのある曲だった。

 故に、彼女らの下手っぴさが酷く分かってしまう。

 ど素人の俺が、なんか違くね? と思ってしまうくらいには噛み合ってない。いやまあ、ドラムとベースはいい感じだが、ギターがその……。息があってないなぁ、って感じだ。

 モゾモゾ蠢いているダンボールという強烈な視覚効果もあって、ものすごく浮いている。

 

 でも、なんだろう。

 不思議なほど目が離せなくて。

 心の底から、羨望に似た嫉妬心が湧き上がってきて。

 そしてそれ以上に、夢を叶え始めたひとりぼっちの女の子を祝福してあげたかった。

 

 たった一ヶ月だけれど。遠い昔に見たアニメのキャラクターではなく、現実の根暗な悩める少女と直に接し見ていたから分かる。とても、楽しんでいることが。

 嬉しそうな雰囲気が、よく、伝わってくる。

 ……ダンボール越しで分かりづらいけど。

 

「……あ、れ?」

 

 視界が滲んでいた。

 目元に手を当てる。何故だか涙が出ていた。

 まったく訳が分からなくて。意味不明で。自分のことながら、何がどうなって泣いているのか。

 慌てて目を拭う。がむしゃらに掻き鳴らされるギターに急かされるように次々と溢れる涙を何度も、何度も何度も拭き取る。

 

 それでも、俺は俺を堪えきれなかった。

 

 喉をせり上がる嗚咽を必死に抑える。

 脳裏に脈絡のない記憶が次々に浮かんでは消えていく。どれもこれもロクな思い出ではない。嫌な、嫌な、反吐が出る感情。前世も今世も関係なく、俺自身のみっともなさを突きつけてくる。

 嫌いな嫌いな自分。否定されるままに呆然と生きて逃げた最期。変わらない、変われない俺というちっぽけな人間。

 

 怖かった。恐怖が俺の足を縫い止めていた。

 

 悪いのは全部自分なのか。生きてちゃいけない存在なのか。俺に価値などあるのか。楽しさを求めていいのだろうか。

 分からない。怖い。確かめるのが、怖くて怖くてたまらない。

 勇気がない。

 だからいつも鏡から目を逸らしていて。自分が大嫌いだった。

 

『ぁっ……おねっ、お願いします! 佐藤くんを、ここに居させてください……!』

 

 こんな、こんな俺のために頭を下げた少女。

 自分のことで精一杯なのに、少ないエネルギーを使い切ってまで俺を見てくれた心優しい人。

 

 自分が情けなく思えて。余計に涙が溢れ出てきた。

 それを心から信じられていない自分が嫌で。距離を置こうと考えていた自分がバカみたいで。彼女に頭を下げさせてしまった自分が許せなくて。

 

 このままでは、ダメなんだ。

 彼女に擦り寄って、寄りかかったところで、俺は変わらない。

 アニメだとか主人公だとか、そんなのはもう関係がない。

 彼女が彼女自身の行動によって今の結果を掴み取ったように。俺も、俺自身の意思で。

 

 生きたい。

 苦しくて辛いだけの何も感じない日々はもう、嫌なんだ。

 俺も、前を向いて、生きたい。

 楽しげに、胸を張って、ここにいるぞと叫びたい。

 

 ぐちゃぐちゃな感情を全て洗い流すような涙の中、そんな思いだけが、胸に残っていた。

 

 

 

 

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