すくりーむ・ざ・ぼっち!   作:博一

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東に向かって

 

 

 

 伊地知星歌はずっと見ていた。

 妹のバンド初ライブを、まあこんなもんだろと聞き流しつつ、片時も目を逸らさず一人の男を見つめていた。

 少しでも怪しい動きをしようものなら許さない、そんな警戒と敵意で無意識に視線を鋭くさせて。

 

 だから最初、何かの見間違いかと疑った。

 テンポもリズムもズレたライブを背景に、男は急に号泣し出したのだから。

 これには星歌も困惑してしまう。演技か何かか、とも脳裏に過るがそうは見えず。自分のライブハウスで子供が泣いている光景と妹の泣きじゃくる姿が重なってしまい、罪悪感めいたものが胸中を覆った。

 

 下手っぴで元気だけはいいがむしゃらなギターの音色が、ほんの少し煩わしく思えてしまって。

 妹を守らんと熱を持っていた頭のどこかが、スーッと冷えていく。

 

 星歌は、いつでも行動できるように握りしめていたスマホに視線を落とし。

 

「……はぁ」

 

 ため息と共にスマホをカウンターに放り置いた。

 元気よく楽しげにライブをする妹たちの姿をチラリと眺め、ダンボールにドン引きしている観客からそっと目を逸らし、泣いている男へ再び目を向ける。

 

 しっかりと、その目で見るために。

 

――――――

 

 ライブも終わり、観客も引き上げた頃。

 俺はどうにか涙を引っ込めて、後藤さんが裏から出てくるのを待っていた。

 涙を流すのは久しぶりで。かつてないほど、清々しい気持ちが芽生えている。不思議と穏やかな心が、とても懐かしい。本当に、泣くのはいつぶりか。もしかしたら、転生してから初めて泣いたかもしれない。

 

 伊地知星歌は相変わらず俺に視線を向けてきているが、何故か声はかけてこなかった。まあ、俺が泣いていたのは絶対に見られているので気を遣われているのだろう。その影響なのか、警戒や敵意のような目が幾分か和らいだ気がする。

 見られたのはめちゃくちゃ恥ずかしいが……、一方的な目で見てこなくなっただけラッキーと思おう。

 

「――結束力ぜんぜん無いっ!」

 

 そんな叫びが聞こえてきたと思ったら。

 控え室からふらふらと、疲れきった表情の後藤さんが出てきた。

 彼女は俯きながらも重そうな足取りで俺の方へ……、こない。俺を素通りしてスターリーの出入り口に向かっていく。

 

「……え? あの、後藤さん?」

 

 困惑と焦りのまま呼びかける。

 

「あっ、す、すすみませんっ! 今日は人と話し過ぎててぇっ!?」

「いや、俺だよ? 俺」

 

 なんだか詐欺みたいだなぁ、と達観つつ何故かプルプルと震えはじめた後藤さんの視界に入ろうと少ししゃがむ。

 びっくりするくらい整った美少女顔を青ざめさせていた彼女は、俺を見てきょとんとした表情で小首を傾げる。その仕草はあんまりにも可愛すぎて、つい悶絶しそうになってしまった。

 

「……佐藤、くん? ……ぁげっ!?」

 

 唐突な奇声と表情を見て、キュンキュンしていた心がスンと静まる。

 こいつ、どうやら俺のことをすっかり忘れてしまっていたらしい。まさか、と思いたいが土下座で気絶からの初ライブという緊張の連続だったので頭からすっぽ抜けたのかも。そんなバカなと言いたいが後藤さんならあり得る。

 

「……もしかして、忘れて」

「そ、そそそそんなことないですっ!! 忘れてなんてもう、ぜんぜんぜんぜんっ!!」

 

 彼女はやけに大声できっぱりと否定する。ちょっと鼓膜がびっくりした。

 どう見ても明らかに忘れていた顔だが。まあ、頑張っていたし何も言うまい。

 

「何今の声? もしかしてぼっちちゃん?」

「あの声量……。ボーカル行けるかも」

 

 声に釣られて伊地知さんと山田リョウが控え室から出てきてしまう。そして二人とも、俺と後藤さんを見てなんとなく状況を察してくれたようで。

 山田リョウは複雑そうに眉を寄せるが、伊地知さんは口元を綻ばせる。と思いきや、伊地知さんが俺の顔を見て分かりやすいくらい狼狽えた。

 

「……虹夏?」

「あ、いや、なんでもないよ? なんでも……」

 

 これ絶対、目元が赤いのバレたな。さっきまで泣いてたことが分かってびっくりさせてしまったらしい。

 すると彼女は、何やら暗い表情で俯きがちになってしまう。

 伊地知さんが気にすることではないのに。なんだか、心根の優しさが表れているようで、気まずい空気だというのに胸がほっこりした。

 

 何はともあれ。

 彼女らには非常に申し訳ないが、特にかける言葉はない。上手いことを言える自信はないし、ライブ頑張ったねなどと笑顔で言う空気でもないので。

 俺が今、声をかけたいと思うのは後藤さんだ。

 素晴らしかったとか感動したとか、俺の感想を言うつもりはない。そもそも、賞賛するほどのライブではなかった。彼女たちも自分自身で分かっていることだろう。薄っぺらい言葉はいらない。

 

 聞きたいことは一つだけだ。

 

「後藤さん」

「あっ、はい」

「楽しかった?」

 

 そう聞くと、彼女は予想していなかったのか微かに目を見開き。きょろきょろと視線を彷徨わせ、山田リョウと伊地知さんをちらりと見て、背中に背負ったギターの重さを確かめるように肩を揺らして。

 後藤さんの瞳がようやく俺を見据える。かつてないほどしっかりと目を合わせた。

 夢と希望とついでに妄想やら何やらと、未来への期待に溢れた視線が俺を射抜く。気恥ずかしげに頬を朱に染めて、はにかむようにふにゃりと笑みを浮かべる表情はあんまりにも魅力的で。

 

「は、はいっ。とても……、とっても!」

 

 ああ、やっぱり凄いなぁ。

 心からの尊敬と羨望を胸に、俺はしばし、後藤ひとりというヒーローに見惚れてしまっていた。

 

――――――

 

 その後、ダンボールのことを指摘したら惨めさで溶け出したピンクの生命体。流石に疲労が溜まり過ぎていたのだろう。

 俺はこれ幸いとベチョベチョしている後藤さんを引っ張ってスターリーを出た。スターリーの面々が気まずそうに俺を見ている空気感に耐えられなかったのもあって、挨拶もそこそこに外へ。

 

 外は既に暗い。

 昼の明るさより落ち着けるが、また別の怖さを薄暗い下北沢は抱かせる。それから逃れるように、スターリーから出てすぐ近くの街灯下に後藤さんを引っ張っていく。

 灯の下で彼女を見ると、へにょへにょした顔で何事かをぶつぶつ小声で呟いていた。

 

「あの、後藤さん?」

「ワタシハダンボール……。ミジメナダンボール……」

「おーい?」

「あ、どうも……、粗大ゴミ後藤でーす……」

「何言ってんの!?」

 

 意味不明な自己紹介。まさかのゴミである。まだプランクトンの方がいいと思うのだが。

 う〜ん、この……。ある意味、安定安心な後藤ひとりである。人の尊敬やら何やらをぶっ壊してドン引きさせる天才だ。

 

「後藤さん! 正気に戻って!」

「んだっ!?」

 

 肩を揺さぶり後藤さんを元に戻す。

 目をぱちくりさせて俺を見て。街灯の灯りに釣られるように上を見た後、周囲をきょろきょろ見渡した。

 

「あ、外だ……。帰りたい……」

「あ、うん。えっと……、とりあえず駅まで歩こう」

「かえる……」

 

 限界が近いのか、帰るが返事になってしまった後藤さん。

 徒歩を促して歩き出せば、彼女はとことこと一緒に動き出す。と思ったら、のそのそと距離を詰めてきて俺の背中に隠れるような位置にくる。

 必然的に、俺たちは縦に並んで歩くことに。

 

「……いや、その、後藤さん?」

「うぅ……」

「……まあ、いいか」

 

 ちょっぴり歩きにくいが、問題ない。距離を離さないよう歩調をゆっくり目にする。

 

「ん?」

 

 僅かに引っ張られる感覚。見ると、後藤さんが俺の服の裾をちまりと摘んでいた。

 自然と頬が緩む。なんだか、小動物を連れているみたいで大変愛らしく思えてしまって。同時に、俺のせいでここまで疲れてしまったのかと申し訳なかった。

 

 俺が責任を持って送り届けねば。

 少なくとも、それが今日できる恩返しの一つだ。暗く沈んでいた俺の心を引っ張り上げてくれたことへの、お礼の一つ。

 彼女のおかげで前を向けた。何かが解決したわけではないけれど。俺は、自分自身をようやく見れた気がするから。

 

 空は暗い。けれど、俺の心は陽だまりのように穏やかで。

 俯いていた顔を上げて、蹲っていた身体を動かして、足を踏み出していく。未だ見通せない暗闇の中、陰鬱な苦痛は必ず俺を蝕んでくるだろう。

 でも、きっと、朝はくる。

 

 頭を抱えて地面を見つめていても空は明けなかった。だから、進もうと思う。自分なりに、自分のペースで、歩き出していきたい。

 東に向かって。

 

 ――ほんわり鼻腔がくすぐられる。防虫剤の香り。

 俺は思わず、笑ってしまった。

 

 

 

 






 主人公くんが前を向いたところで一区切り。
 しばらく休憩してから、ぼちぼち更新を再開します。一日更新ではなく不定期になりますが……。気が向いたら見てください。

 ここまで読んでくださってありがとうございます。
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