伊地知さんと後藤さんが戻ってきて、ようやく本題。
ここに来た当初より軽く、けれど謝罪の影響で妙に凝り固まった空気感をどうにかするためにと、伊地知さん主導で勢いよく第一回結束バンドミーティングは始まった。
とはいえ、話し合おうにもまずは互いのことをよく知るべきなので。全然仲良くないから何を話せばいいか分からない場に話題提供のため、リョウさんが何処からか持ってきたどっかのテレビで見たことあるサイコロを投げる。
その間、俺はちょっと感動していた。この場面はアニメで薄っすら覚えていたので、自分が輪の中にいて間近に見れているのだと思うとかなり嬉しい。
がしかし、気が抜けてほんわかし出した空気が次の瞬間に凍ってしまう。
なんだなんだ、と皆の視線を追えば、サイコロに出た目が『学校の話』。
そういえばそうだったなぁ、と俺は遠い目になった。
「ええっと、学校の話なんだけどー……。ど、どうする?」
「いいじゃん。がこばなしよう、がこばな」
「リョウはなんでそんなに乗り気なの!」
伊地知さんとリョウさんの元気のよいやり取りを横目に、後藤さんを見やる。
心配そうに見てくる彼女に大丈夫だと示すように軽く微笑む。元はと言えば俺のせいなので、流れを戻すためにフォローをしなくては。
「大丈夫ですよ。それより、二人は同じ制服ですね?」
「あ、そうそう。私もリョウも下高だよ!」
「二人とも家が近いから選んだ」
「あ、下北沢にお住まいで……」
「え、ぼっちちゃん秀華高でしょ? 家ここら辺じゃないの?」
そんな感じで無事に会話が進み、俺と後藤さんが県外から二時間かけて通学している事実に驚かれる。
その後、暗い動機の学校選びを打ち明けて強引に話を終わらされたり、孤高とぼっちの違いを再確認してプルプル震える後藤さん。
俺が学校について話しても仕方ないのは全員分かっていたので、特に話題は振られなかった。
「次は好きな音楽の話ー! 略してー?」
「おとぼなー」
「お、おとばなぁー……」
「……あ、おとばなー」
何もせず聞いていたら続けろとばかりに見られたので俺も流れに乗る。
しかし、俺は好きな音楽と言われてもピンとこない。純粋に音楽を楽しんでた時が遥か昔というか前世の更に昔なので、ほぽ記憶にない。
J-POPやアニソンみたいなジャンルしか答えられないのだが。ジャパニーズパンクとかテクノ歌謡は聞いたことがあるような名称だが……。メロコアにいたっては、なにそれおいしいの状態である。
俺は正にど素人。テレビから流れるヒット曲しか聴いてないにわかオブにわか。会話に入っていけなかった。
唯一共感できたのが、後藤さんの青春コンプレックスである。流石に後藤さんほど拗れてないと思いたいが、夏の青春ソングや学生の恋愛ソングなどを聞いて自分の頃を思い出し死にたくなる気持ちはとても分かった。共感出来てしまうことが妙に悲しいけど。
独り言をぶつぶつ言い始めた後藤さんを正気に戻して次へ。ライブの話だった。
「えーっと、初ライブはインストだったけど、次はボーカル入れたいんだよね」
「あ、そうなんですか……」
「ほんとは逃げたギターの子が歌うはずだったんだけど……。あの子どこに行ったんだろう? ボーカルまた探さなきゃ……」
特に口を挟むことはない。だって俺、無関係だもの。なんとなく流れでここにいるが、別に結束バンドのメンバーではないし。
ならなんだろう、と思って考えてみるが……。強いていうならファン一号? いやでも、確か後々にファン一号さんと二号さんができるので俺がその名称を奪うわけにはいかない。だったら、ファン0号だろうか。
「虹夏は何するの?」
「どっ、ドラムはバンド内の潤滑油としての役割がありまして〜……!」
「就活生か」
俺が益体もないことを考えているうちに後藤さんが歌詞担当と決まり、伊地知さんが変な言い訳をしていた。
仕事というなら正に潤滑油があっていると思う。後藤さんとリョウさんという奇人変人を取りまとめるためのリーダー。それを務められるのは伊地知さんしかいない。
後々に再加入する喜多郁代も変わり種だった気がするし。そう考えると本当に大変な仕事である。
「な、なら佐藤くんは? 何かするの?」
「え……?」
何故か俺にお鉢が回ってきてしまう。何故に?
「いや、俺メンバーじゃないですよ? 担当も何も、部外者ですからね?」
「それはそうだけど……。あ、ぼっちちゃん担当係とかどう?」
「ナイスアイデア。ぼっちは心配。ボディガードは必要」
「えっあ、ええっ……!?」
後藤さんを置いてけぼりにして俺の担当が決まりそうだった。
自然と俺を仲間枠に入れてくれているのは物凄く嬉しい。でも、それはそれとして役割を貰うのはダメだ。結束バンドの中に俺が少しでも入るのは許容できない。俺はあくまで、一人のファンなのだから。
「俺はあくまで結束バンドのファン0号です。そう言ってくれるのは嬉しいですけど、担当とかそういうのは辞退します」
「そ、そうなの……?」
「はい」
断固とした意思で、断腸の思いで断りを入れる。
後藤さんがしゅんと縮んだ気がしたが、それを無視して続ける。
「そもそも、後藤さんを守るのは当たり前のことですから。お願いされるまでもないです」
「おお……! 男らしい発言だ!」
「ぁぅぅ……!」
伊地知さんがパチパチと拍手し、後藤さんは照れたように耳を赤くして俯いてしまう。
そんな反応をされると小っ恥ずかしくなってくる。でも、本心からの言葉なので訂正はしない。
俺がどうなろうとも、後藤さんの安全は全力で守っていく所存。もちろん、結束バンドのメンバーやスターリーの面々もだ。
「まあ、その、強いて俺がするとしたら……」
気恥ずかしさを誤魔化すために口を開き、ファン0号として出来ることを考えた。
「物販とか買って結束バンドにお金を貢いだりすること、ですかね? あ、時々ご飯を奢ってもいいですよ?」
「ほんと? じゃあ行こう。今すぐ行こう」
「やめんか金欠!」
俺の奢る発言に真っ先に反応して立ち上がったリョウさんを伊地知さんが叩いて椅子に座らせる。
奢ると言い切ったのは悪手だったかな、と思うもリョウさんのキラキラした目は訂正できる雰囲気ではない。なんだか餌を待つ猫を幻視してしまったのは、疲れているからか。
そんなこんなで。次はノルマの話。
ノルマチケットについてとノルマ超過分は50%の収入、逆にノルマ未満は自腹という金のかかる仕組みの説明だった。集客するような友達のいない後藤さんが死んだ魚の目になりつつ、バイトをする流れに。
「バイトッ!?」
「今日イチ声出たね……」
まあ当然、後藤さんが過剰に反応して恐怖に震えるわけで。小銭しか入ってなさそうな結婚資金貯金箱のブタさんを差し出すという命乞いをしたが、伊地知さんの優しさで却下されスターリーでバイトをすることになった。
「が、がんばりましゅ……」
「ほんとー!? ありがとう!」
無慈悲な拍手が後藤さんを祝福する。頑張れ、と念を送りながら俺もパチパチと手を叩いた。
すると、拍手していた二人の目がずいっと俺を見つめてくる。なんだか、嫌な予感がした。
「それでさ、その、良かったらなんだけど……。佐藤くんもどうかな?」
「……まさか、俺もここで?」
「うん。……やっぱり、無理かな?」
伊地知さんはこてんと首を傾げて、やや不安げに俺を見つめてくる。
「無理というか……。そもそも、店長が許さないと思うんですけど……」
「大丈夫。私が上手いこと言うから」
微妙に信頼できないリョウさんのサムズアップ。
仮にそれが上手くいったとしてもだ。
「俺、自分で言うのもその、あれですけど、印象悪いですよ? もし来てくれたお客さんが俺に気付いて変な噂が広まったりしたら、スターリーの評判が下がるかもしれません」
「それは……」
伊地知さんは言葉に詰まり俯く。否定したいが、否定できない事実に悩んでいるのだろう。それはリョウさんも同じだ。
そういう障害を確認した上で、俺の心情的にも反対だった。
「それにさっきも言いましたけど、俺はあくまでファンの立ち位置のつもりです。同じ場所で働くのは、ファンとしてライン越えしてませんかね……?」
まあ、それを言ったらご飯奢るのもライン越えな気はするけど。
正直、同じ職場ぐらいなら問題ないんじゃないだろうかとも思う。でも、俺を雇ったせいでスターリーや結束バンドの評判が落ちるのは嫌だ。
なので、よほどの決意や覚悟がない限り俺はスターリーでは働かない。絶対に雇い入れたい意思があるならまだしも、伊地知さんやリョウさんの気遣いでしかない現状での勧誘は決め手にかける。
「あ、あの……」
「ん? どうしたの、後藤さん?」
くいくいっと控えめに袖が引っ張られて。そちらを見ると、後藤さんが近くに来て俺を潤んだ瞳で見つめていた。
「い、一緒に、はたっ働いて、くれません、か……?」
不安げに揺れる瞳、若干色付いた頬、眦に薄っすら溜まっている水滴。近い故によく分かる愛らしく可愛らしい端正な顔が俺を上目遣いで見ていた。
その魅力的な破壊力に胸が打たれ、衝動的に了承してしまいそうになってしまう。
出かかった返事を必死に喉奥で抑え、俺は冷静で知的でクールな自分を引っ張り出す。
「ぅあ、えと、えっとね、それはちょっと難しいというかなんというか……」
「さ、佐藤くんが一緒なら、私、その、頑張れると思うから……」
「ヨシ。なら働こうそうしよう」
気付いたら口が勝手に動いてた。
後藤さんのお願い。それすなわち恩返しのチャンス。なにより頼られて嬉しい。そもそも、こんな健気にお願い事をしてくる少女を払いのけられるだろうか。
否。後悔はない。
「ということなんで。リョウさん、店長さんの説得お願いしますね」
「任せて」
リョウさんのサムズアップ。何故かさっきと違ってとても頼もしく見えるなぁ、不思議。
「伊地知さん、もし働くことになったらご迷惑をかけるかもしれません。その時は潔く辞めますので、それまでは……」
「え、あっ、いいよいいよ全然! 佐藤くんは悪くないんだし、真面目に働いて誠実なとこを見せてけば問題ないよ!」
急展開に戸惑いながらも笑顔で俺を受け入れてくれる伊地知さん。優しさに泣いちゃいそう。
なんにせよ、俺は今世初のバイト先が決まった。
「説得できたら、なんか奢って」
「……コンビニで五百円以内なら」
「よし。気合い出てきた」
ところでこの青いの。仲直りというか距離が縮まったせいか、めっちゃ図々しくなった気がするのだが。
奢ると言ったのは俺だから別にいいけど……。
まあ、これも彼女の個性だろう。猫が足元に擦り寄ってくるように、この飯をたかる様子も一種の愛情表現的なあれかもしれない。たぶん、きっと、そうだったらいいなぁ……。
ともあれ、グッズを買ったり飯を奢ったりするならバイトのお金だけでは足りないだろう。帰ったら、毎月両親から小遣いとしてお金が振り込まれている通帳を確認しよう。
今まで生きる気力がなかったので使うこともなかった、まったく手付かずのお金。俺を少しでも元気にしようと分不相応な金額を両親は毎月振り込んでいた。なんと小学生の頃からずっと。
ろくに確認もしていなかったので、確かめるのがちょっと怖いが。かなりの額が貯まっているだろう。
両親には改めて感謝して、ちょっとだけ引き出そうかな。
そんなことを考えつつ、俺は来週のバイトに備えていくのだった。