すくりーむ・ざ・ぼっち!   作:博一

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友達想い

 

 

 

 いろいろあったバイト初日も無事に終わり。

 俺は伊地知姉妹と和解し、後藤さんはちょっぴり成長できたようだった。

 なお、星歌さんの勘違いはどうにか修正し、デマカセの元凶であるリョウさんの処遇は一日タダ働きの刑となる。殺生な、とリョウさんは叫んでいたが虹夏さんに一蹴されていた。

 

 だが、問題は次々くるもので。後藤さんが風邪をひいてしまったらしい。幸い風邪自体はそう時間もかからず治ったが……。

 その際、俺は家が近いので、何故か付いてきた母と一緒にお見舞いの品を持っていった。後藤ママと意気投合して以降、母はよく連絡を取り合っていたらしく。その日は休日なのでせっかくだから直接会って話そうと思ったそう。

 後藤家では盛大に歓迎され、後藤ママは娘の同学年の友達が遊びにくるなんて初めてだと若干泣いていた。後藤パパは娘に近い距離の異性ということで俺をやたらと警戒していたが、後藤ママの圧で封殺されていたのを覚えている。

 肝心の後藤さんにはお見舞いの言葉を送るだけで。風邪をうつされても困るからと、俺は主にふたりちゃんとジミヘンの遊び相手をしていた。映画やゲームを一階で楽しんだのだが、気のせいかずっと、どこかもの悲しい呻き声が頭上から響いていたと思う。

 

 そんな些細で平和な日常を過ごしているうちに。結束バンドのボーカルを探す時期になる。

 

 風邪を挟んで土日明け。後藤さんはバイトを経験し乗り越えたことで調子に乗り喜び勇んで学校に行った結果、特に何事もなく撃沈していた。

 それを眺めているうちに、なんだかアニメでこんな冒頭あったような、と頭によぎって。そろそろ喜多さん勧誘時期かと思い出したのである。

 

「……元気出しなよ。ほら、ミニオムレツあげるから」

「あぅ……。ありがとう……」

 

 自分の弁当から後藤さんの弁当へミニオムレツを移す。

 今はお昼休み。いつもの階段下の謎スペースにて二人で弁当を食べていた。

 クラスメイトの音楽話に反応して声をかけてみたものの逃げ出してしまい自己嫌悪している後藤さん。しくしくと涙を流しながらご飯を食べる姿はあんまりで。

 俺は出来る限り元気を取り戻してもらおうと、可愛い小動物に餌をあげるような感覚で、自分の弁当から彼女の好きそうな食べ物をあげていた。

 

「佐藤くんがいてくれて、よかった……」

「うんうん。一人で食べるのは少し寂しいもんね……」

「ここは静かでいい……。最高……」

「うんうん。教室は騒がしいからね……」

「もう調子に乗らない……。慎ましく生きます……」

「うんうん。謙虚に生きるのも悪くないね……」

「真の陰キャは便所飯なんてしない……。女子トイレは常に人がいるし……」

「うんうん。……いやいや、急に何の話?」

 

 女子トイレ事情など知らないのだが。

 

 まあでも、言ってる意味は分かる。本当の本気で人目を避けたいのならトイレは一番に除外だ。人が常に来るのもそうだし、どれだけ掃除が行き届いていたとしても清潔感があるとはいえない。ご飯を落ち着いて食べる場所ではないのは確かだ。

 それに、俺の場合は前世のトラウマが……。頭上からバケツの水、デッキブラシで擦られたり叩かれたり、床を拭いた雑巾を口に詰め込まれたり。……やめよう。思い出したら吐き気がする。

 生まれ変わってもトイレに行くのは勇気が必要だった。小学生の頃は絶対に学校のトイレは使わなかったとも。なんとか入って利用できるようになったのは中学の半ばほど。こんな状態で便所飯は無理だ。

 ……あ、いろいろ思い出したせいでちょっと涙が。

 

「――昨日カラオケ楽しかったね〜!」

 

 後藤さんと同じように涙目でご飯をもぐもぐしていると、上から女生徒の声が響いてくる。

 楽しげで陽の気に満ちた人の声に隣のぼっちは敏感に反応。怯えるように肩を縮こまらせ、身を隠そうと壁際にすっと逃げる。

 

「喜多ちゃんやっぱり歌うまいな〜」

「辞めちゃったけど、バンドでギターもしてたらしいよ」

「……!」

 

 聞こえてきた声の内容に後藤さんがピクリと反応し、俺をちらっと見てから恐る恐る上階の様子を見に行った。そして、喜多郁代が女生徒に合流する声の後に、ぺちょっ、と何かが崩壊する幻聴を耳にする。

 少しして、頭を抱えた後藤さんが不安げな表情で戻ってきて。けれど、弁当に手をつけるでもなく、しきりに上階、さっき見たであろう喜多郁代を気にするそぶりを見せていた。

 

 おそらく、結束バンドのことを想って勧誘しにいきたいが、俺を放っておくのは気が引けてしまう。そんなところか。

 

「……さっきの子、気になってるんでしょ?」

「う、うん……。でも……」

「なら、行って来なよ。俺のことは気にしなくていいから」

「えと、その、佐藤くんも一緒に……」

 

 控えめにも主張された提案に苦笑してしまう。今回の件でなければ、快く了承していたのだが。

 

 以前、喜多郁代には怖がられている。

 ネットや友達の噂の情報を多く得ているであろう彼女にとって、俺は間違いなく警戒対象のはず。いくら心細いからといって同伴しても、良い結果にならないのは目に見えている。

 

 ここで俺が出しゃばることは出来ない。現時点では曖昧な立ち位置の喜多郁代を確実に結束バンドへ再加入させるためにも。

 

「俺が行くと絶対にややこしくなるから、やめとく。それよりほら、早く行かないと見失うよ」

「あっ」

 

 うじうじ悩みはじめた後藤さんの背中を軽く押し、喜多郁代の元へ促す。

 彼女は俺を気遣うように何度も振り返るも、意を決したように唇を引き結んで上階へと登っていった。

 

 それを見届けて。一人取り残された階段下が妙に寂しく見えてしまう。

 頭を軽く振って気持ちを切り替える。ここにいても仕方ないし、確か逃げて来た後藤さんと喜多郁代がここで仲を深めていた覚えがあるので移動しなければ。

 

 残されたギターと後藤さんの弁当箱を隅の方に置き、俺は教室に戻ろうとその場を離れる。

 

「――ちょっと」

「……ん?」

 

 鋭い声が背中に浴びせられた。女性の声音だ。

 明らかな敵意と侮蔑の視線に、自意識過剰でもなんでもなく俺に声をかけたのだろうと判断。緩めていた心を強固に引き締めながら、緊張を隠してゆっくりと振り返る。

 

 そこには、見覚えのない生徒たちが立っていた。女子生徒が三人、男子生徒が五人。誰も彼もが険しい表情で俺を睨んでいる。対話をするには物騒な気配に、自然と体が強張っていく。

 俺は最悪の事態を想定しつつ、もしもの時の覚悟を決める。

 

「あんたが佐藤みのるよね?」

「……ああ」

「ちょっとこっち来てよ」

 

 リーダー格なのか、先頭に立って俺を誘導する女子。

 彼女が指し示したのは、さっきまで俺と後藤さんが弁当を食べていた場所。

 人目を憚る会話をするのか。そのための薄暗く、人目をあまり気にせず話せるスペースに行こうというのだろう。俺にとっては、特別な場所とも言えるそこへ。

 

 彼らにとってはなんてことない謎スペース。でも、俺と後藤さんが唯一学校で気を抜ける場所だ。

 そこへ物騒な雰囲気の人たちに踏み込まれるのは、躊躇われる。

 だが、逃さないとばかりに俺を囲むように動いた男子生徒たちによって逃げ場はない。悔しいが、従うしかなかった。

 

 奥の壁際に立たされ、通路側へ振り返る。逃げ場をなくすように俺を囲った生徒たちを見据えた。

 すると、彼らは何故か、怯むようにビクつく。数的に、物理的に圧倒的優位な立場なのに。

 その時点で察した。この人たちは、デマカセだらけの噂を鵜呑みにしているのだと。どうやら、精神的にも不利というわけではなさそうだ。

 考慮するべきは、不安に駆られて暴力を振るわれないか。そして、側にひっそりと立てかけてあるギターと弁当箱を傷付けないか。

 何を話すか知らないが、言動には注意しなければならない。

 

 俺も進み出そうと決めたのだ。この程度、向き合えなくてどうする。

 そう自分に内心で喝を入れて。脳裏を過ぎる前世のトラウマを強引に打ち払う。

 

「それで、話って……?」

「な、何よその態度っ……!」

 

 自然と険しくなった俺の声に怯んだ女生徒が、少し震えている足を踏ん張って、目を逸らさずに真っ向から見てくる。

 態度と言われても……。そもそも、話をしようと連れて来たのは向こう側なのだが。まあいい。こんなの理不尽のうちに入らないし。まだ言葉を交わす余裕と理性があるだけマシだ。

 

「話っていうのはね、喜多ちゃんについてよ!」

「……喜多さん?」

 

 何故そこで喜多さんなのだろうか。もしかして、今勧誘に行っている後藤さんについて? いや、なら俺ではなく後藤さんの方にいくはず。

 それとも、俺が知っている喜多さんではなく、同姓の別人のことなのか。ないとは思うけど。

 どの喜多さんにせよ、こうして囲まれるほどの理由や接点は思いつかない。

 

「この前じっと見てたの、知ってるんだからねっ!?」

「……あ」

 

 そう言われてようやく思い出す。俺が後藤さんと距離を置こうとしたあの日、廊下で友だちと談笑する喜多郁代と目があったことを。

 その際、件の彼女には怯えられて。話していた友人はもちろん、廊下を歩いていた生徒たちにも目撃された。人気者を怖がらせた俺を非難するような目で見られたことを覚えている。

 

「いや、でもあれは偶然で……」

「嘘つかないで! 喜多ちゃん可愛いから見てたんでしょ? 優しいから、どうにかしてやろうって!」

 

 俺の弁明は取り付く暇もなく跳ね除けられた。威嚇するように叫んでいる先頭の女子だけでなく、他の面々も頷いて同意している。

 完全な勘違い。あらぬ誤解。偏見にも程がある!

 ほぼ八つ当たりというか。あまりにあんまりな、理不尽過ぎる思い違い。理論も理屈も冷静さも皆無な感情的な詰問に、俺は絶句する。

 

「……ま、待って、待って。どうにかって……、いや、あの、なに? どういうこと?」

「とにかくもう近付かないで!」

「えぇ……?」

 

 意味が分からない。いや、言っている事は理解できる。だが、それを喜多郁代本人ではなく、友達と思われる人たちに言われるのは意味不明だ。

 それにおそらく、この忠告じみた行動は本人の許可を得ていない。でなければ、こんな人目のつかない場所でわざわざ話をしたりしないだろう。

 そも、喜多郁代は結束バンドに加入する上に後藤さんと普通に行動できる人物。俺に関する噂を知っているだろうが、実害がない限りは無闇に貶めたり、遠ざけるようなことをする人ではないはず。

 

 ただ、彼女は人気者だ。美人で優しく愛想が良い。誰にでも分け隔てなく接することのできる真の陽キャ。だからこそ、彼女を守るために動こうとする心優しい友人が多い。

 俺の目の前にいる人たちのような友人が。

 

「貴方と違って、あの子は素直で優しい子なの!」

「おお、お前なんかに利用されて汚されるなんてっ、おれ、俺が許さないからなっ!」

「そ、そそうだそうだ!」

「近づくんじゃねぇぞ!?」

 

 今まで黙っていた一人が叫ぶと、釣られるように他の生徒も牽制するように声を張り上げた。

 正直、聞くに耐えない。お節介や優しさもここまで行くと度が過ぎる。面倒なので逃げ出したいが出口は塞がれているので、出来る限り聞き流しつつ、固まって俺を弾圧する集団の様子を仕方なく観察していく。

 

 俺と話していたリーダー格の子含む女生徒三名は、俺を睨み警戒心を示すように身を強張らせている。発言は保守的で、俺を遠ざける意図はあるが喜多郁代を危険に近付けさせないようにと本心から心配していることが、雰囲気から分かった。

 女生徒三人の後ろに控える男子生徒五人は、自分を大きく見せるように肩を上げ声を張り上げている。発言は攻撃的で、とにかく俺を貶め下げる発言、喜多郁代は俺が守る的な発言を必死の形相で叫んでいた。恐怖や不安感、心配というより興奮している感がある。悪い奴からヒロインを守るみたいな、そんな状況を想像して悦に浸っている雰囲気。

 

 それらは、まあ、いろいろ文句を言いたいが納得はできる。行動は間違っているが、友達を守りたいという想い。異性に格好良いところを見せてあわよくばという男子の欲求。そういうのは、分からなくはないのだ。

 気になったのは、もっと別。俺に攻撃的な発言をする男子の中の一人。

 他が緊張で顔が強張っている中、そいつは妙にニヤついていた。声を張り上げ俺を貶めながら、見下し、状況を愉しむように嗤っている。全体が見える最後尾で。

 

 見覚えのない男子生徒の顔。険しい雰囲気に似合わない表情を浮かべるその男の顔が、酷く俺の脳裏にこびりつく。

 

「ともかく! 喜多ちゃんに何かしたら許さないからね!?」

 

 リーダー格の女子がそう宣言し、目の前の集団は俺を置いてさっさとどこかに行ってしまう。

 やかましく声が響いていた階段下に、ぽつんと取り残された。心地よく落ち着ける静けさと、しこりのような違和感だけが残っている。

 

「……はぁ」

 

 何はともあれ、用事は終わったらしい。

 あそこまで言われたのだ。後々の面倒事を避けるためにも、結束バンドに喜多郁代が再加入しても学校では極力近付かないようにするべきか。もし交流するとしてもスターリーで。それも最小限にした方がいいかもしれない。

 

「……疲れた」

「――ぁ、さ、佐藤、くん……」

「ん?」

 

 斜め上から聞き覚えのある声が。見ると、階段の隙間から俺を覗き見る後藤さんの青ざめた顔があった。

 俺は思わず頭を抱える。

 

「あー……。もしかして、聞いてた?」

「ぅあ、えと、……うん」

「そっか……」

 

 具体的にどこから聞いていたのかは知らない。けれど、俺を糾弾する数々の言葉は確実に聞いているだろう。でなければこうして、気遣うような、心配げな顔で俺を見て来たりはしない。

 さて、どう説明するべきか。彼女が変に気負ったりしないような説明はどうすればいい。

 

「あ、あのっ!」

 

 気付くと、後藤さんが俺の隣に。いつの間にかギターまで取り出して、今から弾きますとばかりに準備万端。

 

「ききっ、聞いてください……! 新曲『ダブル黒歴史』……!」

 

 いきなり後藤さんがボソボソと歌い出す。じゃん……、じゃん……、と哀愁漂う弾き語りが始まった。

 

 これは、もしかしなくても励ましているのだろうか。それにしては歌詞が暗いけど。いや、とても嬉しいのは確かだけれども。

 うん、まあ、遠慮なく拝聴しておこう。非常に珍しく、後藤さんが歌っているのだし。もしや、歌声を聞くのは俺が初なんじゃなかろうか。そう思ってしまうくらいには貴重なはずだ。

 

 ジャンッと一際強く弦が鳴らされ、題名の通り黒歴史みたいな歌は終わる。

 俺は控えめに、けれど心から気持ちを込めてパチパチと手を叩く。

 

「うぅぅ……。ゴミみたいな曲ですみません……。咄嗟に思いついたのがこんなのしかなくて……」

「あー、えっと、き、気持ちは伝わったから! 励ましてくれたんでしょ? ありがとう。嬉しかった」

「え? そ、そうですか? うへっ、うへへへへ……。じゃ、じゃあアンコールいきます?」

「あ、それはいいです」

「あっはい……」

 

 何故もう一回いけると思ったのか分からない図々しさを撃沈させると、彼女は沈んだ表情で再びギターを弾きはじめる。

 どこか哀しく泣けるような曲調は、やたらと胸に響いてくる上手さ。感情のままに弾いているからか、後藤さんの本来の実力が表れているらしい。

 

 ――赤い髪が視界の隅を跳ねる。喜多郁代の登場だ。

 急な弾き語りで聞きそびれたが、コミュニケーションに失敗して逃げてきたであろう後藤さん。そんな、自分に用事があるのに逃げ出した人を放っておかずに彼女は追いかけて来たのだ。

 行動力の化身みたいな喜多郁代は、後藤さんのギターの腕前に心惹かれて夢中なようで。俺に気付く事なく、目をキラキラさせながら階段を軽やかに降りてこちらに近寄ってくる。

 そして、

 

「すごーい! 感動! 後藤さんってギターうまいのね!」

 

 ぱちぱちと可愛らしい賞賛の拍手をしながら後藤さんに声をかけた。

 

「きっ、喜多さん!? いつの間に……!」

「さっきの演奏、すごく惹きつけられるっていうか」

「ぅえへっ、えへっ」

「バンドでもしてるの? 他にも何か弾けるの? 弾いて?」

「ぐぅおぉぉっ!?」

 

 すごい。後藤さんの百面相をものともせずに質問している。喜多郁代の陽キャ力は凄まじいなぁ。

 それはそれとして。側から見るとマジで後藤さんヤバいな。デレデレと分かりやすく照れたと思ったら、喜多郁代の眩しさにやられて顔を覆い体を反らせながら奇声を発するとか。うーん、このぼっち。

 

「あ! その前にさっき、何か用事あったんじゃない? というか、そっちの男の子って……っ!?」

 

 無我夢中で後藤さんを向いていた目が俺を見て固まる。

 分かりやすいほど警戒やら緊張やらで強張った喜多郁代を見て、ついつい笑みが漏れてしまった。

 

「あ、えっと、その、あの、あ、うあっ」

 

 溢れ出る陽キャ光が収まったことで現状を把握した後藤さんが、慌てて何かを言おうとしては言葉に詰まり何も言えない。

 俺は肩をすくめ、テンパる彼女を落ち着かせるために口を開く。

 

「気にしないで。俺はもう行くから。……後藤さん、勧誘頑張って」

「あ、はい……!」

 

 とりあえずといった感じで返事をする後藤さんに苦笑を返して。俺はそっとその場を離れた。

 俺が邪魔してしまった感があるのでどうなるのかは分からないが……。でもまあ、きっと後藤さんならどうにかするだろう。

 いつかある結束バンドのライブが、今から楽しみだった。

 

 

 

 

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