すくりーむ・ざ・ぼっち!   作:博一

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怪しい影

 

 

 

 時間は進んで放課後。

 後藤さんは無事に喜多郁代とギター練習の約束をしたらしい。なので俺は、後藤さんに『先に行ってる』とロインを送って足早に下北沢へ来ていた。

 さっさと行ってスターリーのどっかに隠れるためだ。今の不安定な状況で喜多郁代と鉢合わせて、悪影響を及ぼしたくないから。もし俺がまともに顔を合わせるとしたら、喜多郁代が正式に結束バンドに加入した時だろう。

 それまでは、出来る限り姿を見せるのは控えなければ。

 

 本当は、昼食時も顔を合わせないようにしていたのだが……。まあ、まだどうにでも挽回できる範囲のハプニングなはず。後藤さんを信じよう。

 

 というわけで、現在はスターリーへのそのそ歩きながら下北沢をぶらついている。

 急ぐ必要はない。喜多郁代は一度ギターを取りに家へ行ったらしいので、まだ時間的猶予はある。まあ、猶予と言ってもそこまで長い時間じゃないが。

 俺がこうしてるのは、さっき嫌なことがあったので気分転換も兼ねて。この下北沢という街に慣れていないのもあるから、道順をなんとなく確認したり、どんな店があったりかをぼんやり見ていっている。

 

 特に目的のない散歩だ。

 曖昧なままに歩いているから、脈絡もない思考が頭をよぎる。

 

 俺はこれから何をしたいのか。どうしていくのか。

 今までずっと生きることに消極的だった故に、目を逸らし答えを出さないでいた問い。前向きに歩いていくための目標。

 後藤さんが結束バンドのギターを頑張っていくように。

 俺も、これを頑張りたい、将来はこれをしたい、などを探っていかなければならなかった。もしくは、遠い記憶の中で薄れてしまった好きな何かを掬いあげるのもありだろう。

 それこそ、本当に大事なことだと思う。周囲の視線や偏見による言葉に反抗心を示すことが、自分に向き合うことではない気がするから。芯に、大事だと思えるものを見つけたい。

 

 まあ、そう上手くはいかないと思うけど。さくっと答えを出せるのなら、俺は転生などしていない。

 

 なんにせよ、とっかかりを掴まなければ。方向性と言うべきか。こういうの良いな、とか、やってみたいな、と思えるもの。長い間凝り固まっていた心を解しつつ、手探りで見つけていくしかない。

 とりあえずは、そうだな……。後藤さんを真似てギターでも触ってみようか。飽きる未来が簡単に想像つくが、物は試しというし。なんなら、ドラムやベースも触ってみよう。

 やってみれば思わぬ結果が出るかもしれないのだから。仮に何もなくてすぐに飽きたとしても、心のリハビリにはなると思う。新しい刺激が別の何かを見出す可能性だってある。

 

 うん。そう考えると、少しワクワクしてきた。

 懐かしい感覚だ。自分でワクワクするなんて。後藤さんに出会う前までは想像もできなかった。妙に嬉しい。

 でも、焦らずにいこう。変に気負ったり、調子に乗っても、俺の場合は空回りするのが目に見える。気楽に。あくまで気楽に、だ。

 

「……ん?」

 

 ふわつきそうな心を抑えつつ、足取り軽くそろそろスターリーへ行こうかなと思っていた時。何やら不審な人影を目にする。

 一人の男がいた。黒いパーカーに茶色いズボン。顔は後ろ姿なのでよく分からない。背丈はそこそこ、平均的な高校生くらいか。

 彼は電柱に身を預けている。その手にはスマホがあって。チラリと見えた画面は何度もチカチカと白い点滅を繰り返しており、音はないが何かを写真撮影していることが分かった。

 スマホを握った手は下の方。自分の体と電柱の間に挟み隠すような姿勢で、スマホのカメラを電柱から少し出し写真を撮り続けていた。不審極まりない。

 

 不自然さと嫌な違和感が胸の奥にざわめき。危ないと思いつつも、俺はゆっくりと恐る恐る近付いていく。

 男は写真撮影に夢中になっているのか。俺に気付いた様子はない。

 何が彼をそこまで夢中にさせているのか無性に気になった。なんとはなしに、スマホの画面をよく見る。

 

「……っ!?」

 

 咄嗟に口を押さえて。悲鳴を上げそうだった喉を堪える。

 画面に映っていたのは、見覚えのある黄色いサイドテール。大きなリボンに快活な笑顔が特徴的な女性。ーー伊地知虹夏だった。

 

 慌てて撮影方向を見やる。やや離れた距離に、彼女はいた。何故かエナドリを大量に抱えて歩いている。その後方には、エナドリをちびちび飲みながらのんびり歩くリョウさんの姿も。

 

 鳥肌がたつ。電車の時に似た吐き気が食道を焼く。

 痛みを堪えて唾を飲み込み。早鐘を打つ心臓の音を聞きつつ、落ち着けと何度も頭の中で唱える。

 

 もう一度、スマホの画面を見た。撮影されているのは虹夏さんだけ。リョウさんは時々画面端に映る程度。明らかに、狙いは虹夏さんだ。

 どうする、どうすればいい。

 いや、とにかく、止めないとーー!

 

「あっ、あのぉ……!」

「ーーっ!?」

 

 男が振り向く。驚きで見開かれた目が俺を見つめていた。

 口元をすっぽりとマスクで覆っていて顔は分からない。目元には深い隈が。興奮しているのか、呼吸が荒く、眼球が少し赤い。

 怖かった。出来るのなら逃げ出したい。

 でも、虹夏さんのためにも、見て見ぬ振りなんてあり得ない。

 

「いま、今撮ってたのって……あっ!?」

 

 ーー男が急に走って逃げ出す。なりふり構わずという様子の全力疾走は周囲の目を引きながらも、俺の視界から瞬く間に遠ざかっていく。

 話も聞かずに遠ざかる背中を少し呆然と眺めて。距離が離れたことに対する安心感と共に、逃がしてはいけないと焦燥感に駆られて後を追いかけた。

 恐怖と緊張で上手く足が動きにくい。それでも必死に走って、他の人に当たらないよう配慮しながら怪しい男を追う。

 

 しかし、残念ながらすぐに見失った。

 最初の方で距離を離され過ぎたのだ。いや、それもそうだが、俺が下北沢の地理に詳しくないので移動経路が予測できない。知らない細道や裏道なんかに駆け込まれたらどうしようもなかった。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 悔しさと、それ以上に危険が遠ざかった安心感が胸中にわく。

 呼吸を整えて少し冷静さを取り戻す。そして、自省した。

 

 俺の行動は正しかったのだろうか。声をかける前に、背格好の写真くらい撮っておけば良かったかもしれない。そもそも、ご丁寧に声などかけずにスマホを奪っておけば証拠を手にできたはずだ。

 それ以前に、俺だけで対応しようとしたことが間違いだった。大人しく、警察に連絡をしておけば……。いや、でも、待っている間に逃げられたかもしれないし……。

 頭がむしゃくしゃする。突然のことで整理がつかない。思考がごちゃごちゃしてたまらない。

 

「クソッ……! とりあえず、スターリーに行こう……。それでまずは、店長に話さないと……」

 

 今見た男のことを。勘違いでもなんでもないストーカーらしき男の情報共有をしなければ。

 証拠も何もないので俺の言葉がどれだけ信じられるか分からないが、それでも話す。それが少しでも、虹夏さんの身の安全に繋がるなら。

 俺だけでは守りきれない。いざという時に盾になる程度なら出来るが、今思いつくのはそれだけだ。視野の広い大人を頼るべきだろう。

 

 ……なるほど。星歌さんが何故俺を執拗に警戒して異様なほど敵意を抱いていたのか、ようやく理解できた気がする。

 不安、恐怖、緊張……。いろいろあるが、それらを超える感情が腹の底にある。

 

 怒りだ。

 

 虹夏さんは優しい。こんな俺にも気を配ってくれて、後藤さんと共にスターリーへ引っ張ってくれた恩人だ。結束バンドの大事な中核でもあり、かけがえのない存在。とても、大切な人。

 彼女は今、ようやく夢の一歩を進み始めている。これから先、きっと辛いこともあるだろうが、それよりもずっと楽しく笑える日々が待っている。いつまでも健康で、元気に笑っていてほしい。

 

 だからこそ、許せない。許容できない。認められない。

 

 虹夏さんの輝かしい日々に影を落として邪魔をするというのなら、俺は全力でそれを阻止しよう。たとえこの身が危険に晒されようとも。絶対に、守る。

 

「大事な人なんだ……。必要な人なんだ……。俺なんかよりもずっと、ずっと……!」

 

 恐怖か、憤怒か。震える手のひらを拳を握って誤魔化し、足早にスターリーへ向かう。

 

 後藤さんは痴漢被害にあった。俺の記憶にはない出来事。

 そして、虹夏さんにはストーカーがいる。これもまた、アニメで見た覚えは皆無で、全くもって想定外の事態だ。

 理由は分からない。経緯も不明。ただ、これらは俺がいなくても起こった可能性が高い。アニメと現実の差異、とでも言うのか。

 

 まあ、いい。どうでもいい。やることは変わらない。

 現実が非情で不条理で理不尽なんて知っている。何故、どうしてなんて今更な疑問だ。

 

「……ああ、そっか」

 

 納得する。ずっと疑問だったしこりが解消された。

 こんな俺が、社会の役にも立たず、他人の期待にも応えられず、穀潰しでしかなかった俺が生まれ変わった理由。それがようやく、分かった気がする。

 彼女たちに降りかかる原作外の厄介事から守るためだ。そのために、俺はここまで呆然と生きてきて、後藤さんと出会えたのかもしれない。

 

 そう思ったら、それが真実のように思えてくる。本当にそうなのかは知らない。分からない。

 しかし、悪い感覚ではない。使命のような何かが俺の中に芽生える。

 

 あらゆる覚悟を胸に、スターリーへ急いだ。

 

 

 

 

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