すくりーむ・ざ・ぼっち!   作:博一

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噂いろいろ

 

 

 

「えっ、君って確か……!」

「……その、どうも」

 

 喜多郁代は俺の顔を見た瞬間、緊張で顔を強張らせた。怯えるように肩をすくめ、ギターケースをぎゅっと抱きしめる。

 彼女は後藤さんの説得で無事に結束バンドに加入した。

 そして、それからすぐに後藤さんが、帰ろうとしたところで俺の名前を出してしまい、喜多郁代が困惑してしまう。それを見て出るならここだろうと判断し、俺はおっかなびっくり出てきたわけだが。

 

 やはり、予想通りというべきか。歓迎された様子はない。

 他の人たちのような敵意はないが、その分、警戒心がやたら強く感じられる。

 

「いろいろ聞いてるとは思うけど、一応……。佐藤みのるです」

「あ、えっと、喜多、です……」

 

 律儀に挨拶を返してくれるあたり人柄の良さが滲み出ている気がした。

 俺たちのぎこちない空気に、慌てて虹夏さんが割り込んでくる。

 

「その……、びっくりさせちゃったよね? 実はみのるくんもここで働いてもらってるんだ」

「スターリーで……? それって」

 

 大丈夫なんですか。そう口にはしなかったが、心配そうに結束バンドのメンバーを見る表情が不安を物語っている。

 

「……やっぱり、誤解しちゃってるかぁ」

「仕方ない。いつもスマホ弄ってたし。同じ高校なら嫌でも耳に入ると思う」

「きき、喜多さん! 話をっ! どうか話を聞いてくださいっ!」

「ご、後藤さん近いわ……!」

 

 虹夏さんとリョウさんが悩ましげにため息をつき、後藤さんは喜多郁代に突進する勢いで近付いて話を聞いてもらおうと説得していた。

 そんなバンドメンバーの様子を見て、喜多郁代は諸々の感情を一旦置いて話を聞くことに。

 

 主に虹夏さんとリョウさんが俺の事情や経緯を話していく。いつの間にか近寄ってきていた星歌さんも加わって、特に詰まることなくあらましを伝えられた。

 現時点で信用も信頼もされていない俺は下手に口を挟んで警戒されてはいけないので、話を振られた際に頷いたり、軽く補足を話すのみ。

 ……後藤さんは早々に話の輪からフェードアウトしていた。俺の隣で頷くだけの人になっている。他に説明上手な人がいるからね、仕方ないね。

 

 最初は警戒心や敵意を向けていた人たちが、今は俺のために事情を話してくれている光景を見て。なんだか感慨深い思いになってしまう。嬉しい。

 それもこれも隣にいる後藤さんのおかげだ。感謝感激である。今度、他に買う人がいなければ物販でピンクの結束バンドを買い占めよう。

 もしくは香水でも送ろうかな。未だに防虫剤の香りが漂ってくるし。いやでも、女性に香水って大丈夫なんだろうか。相手は後藤ひとり、お前は臭いからこれ使っとけ、と迂遠に言ってると思われかねない。

 

 アレコレと恩返しの方法を考えているうちに、無事何事もなく話は終わった。

 信頼している人たちの説明だったからか、喜多郁代は疑ったりすることなくすんなりと受け入れてしまう。そして、俺に向かって頭を下げてきた。

 

「ごめんなさい、そんな事情があったなんて……。知らなかった、なんて言い訳よね。酷い態度をとって、本当にごめんなさい」

「あー、いや、喜多さんが悪いわけじゃないから。友達も多いから、噂もいろいろ知ってたんだよね? 怖がったり警戒するのは、当然だと思う。あんまり気にしてないから、顔を上げて?」

 

 気にしてないなんて嘘っぱちだが、誠心誠意謝ってくれた相手にネチネチ言うことでもない。みんなの前で女性に頭を下げさせるのは妙に居心地が悪く感じたのもあって、早く顔を上げるよう急かす。

 

「でも……」

「……悪いと思ってるなら、これからその目で、こいつのことをしっかり見ててやればいい。友達の噂話とか、ネットの情報じゃなく、な」

「店長……」

 

 星歌さんが言い聞かせるようにそう言って、喜多さんの顔を上げさせた。まるで自分自身にも向けているような重い声音の言葉に、喜多さんだけでなく結束バンドの面々が真剣な表情で頷いている。

 その様子を間近で見せられた俺は気恥ずかしくて。なんだか、こう、胸の奥がむずむずする。

 

「まあ、大事なのはこれからってことで。……それはそれとして気になったんだけど、かなり怯えてたよな? 噂って、そんなに酷いの?」

「え、それは……」

 

 いきなりの星歌さんの質問に、喜多さんが反射的に俺を見てきた。

 気遣って心配しているのか。それとも俺や後藤さんが学校の噂を知っているのではないか、と思ったのか。どんな理由にせよ、話してもらって構わないので、手のひらでどうぞどうぞと促す。

 

「二人はそこら辺、あんまり知らないらしい。無理に関わっても傷付くだけだろうしな……」

 

 俺は当事者であるが故に噂話についての詳細は詳しくなく、後藤さんは言わずもがな。ぼっちは情報収集が上手く出来ない、なんとも悲しい生態です。

 

「でも、学校でどんな風に見られてるのかってのは、知っておきたいんだよ。雇い主でもあるからさ……。だから、教えてくれ」

「でも、かなりアレな話ですよ……? 本当に聞きます?」

「頼む」

「……分かりました」

 

 星歌さんだけでなく、バンドメンバーの関心深そうな表情に負けて喜多さんは話はじめた。

 

 カツアゲ、痴漢常習犯、盗撮魔、強姦魔、売春させてる、ヤバい組織と繋がってる、人を殺してる、薬のバイヤーなどなど……。

 根拠も何もない荒唐無稽な噂が、淡々とした口調で話す喜多さんの口から多く出てくる。

 

 どれもこれも信憑性はない。しかし、件の動画や画像が説得力を増加させてしまい、いくつかは本当にやっていることだと思われているそうだ。

 中には、アイツがなになにをしているのを見た、カツアゲされた、中学生を家に連れ込んでた、なんてデマも流されているとのこと。基本的にそれらは、意地の悪い生徒が面白半分で垂れ流しているらしいので、これに関しては喜多さんはあまり信じていなかったそう。

 

「学校では、そんな感じです……。あの、一応、最近はそういうのも少なくはなってきてるんですよ? でも、まだ一部が変に噂を広げてて……。ごめんなさい……」

 

 大体のことを話し終えた彼女は、罪悪感と不快さを抑え込んだような淡々とした口調を元に戻し、何故か再び頭を下げた。あんまりにも酷い噂を説明しているうちに、罪悪感に耐えかねてしまったのだろう。

 口を半開きにして呆然と話を聞いていた虹夏さんが慌てて手を振り、喜多さんの顔を上げさせる。

 

「喜多ちゃんが広げてるわけじゃないでしょ? 悪いのは噂を流してる人だよ!」

「……それと、学校側だな。こんだけ酷い噂なら教師の耳にも少しは入ってるだろ。いじめとか、最悪な方に転がったらどうするんだ? ったく……。せめて個人面談とか、集会で否定するとかすればいいのになんで……」

 

 妹に同調するように、星歌さんが苛立たしげに学校側の対応を非難した。

 その様子を見て、俺は思わず堪えていた笑い声を出してしまう。どこか暗く険しい顔になっていたみんなの顔が怪訝そうに俺を見てくる。

 一番近くで俺を見つめてきた後藤さんが小首を傾げた。

 

「さ、佐藤くん……?」

「ああ、いや、なんだか嬉しくて。俺の代わりに怒ってくれてるみたいだったから……。あと、出回ってる噂に身に覚えがなさ過ぎてつい笑っちゃったんだ。そこまで話が行くと信じる人の方が少ないと思うし」

「でも、偏見ってのは簡単になくならないぞ? ネットの方はご両親が被害届出して警察と一緒に対応してるが、学校側が何もしないのは明らかにおかしい。特に、話に聞いた教頭の奴が」

 

 星歌さんが述べたように、俺の両親は本当によく動いてくれている。今はマシになったが、当時の俺の精神状態はかなり参っていたので、様々な手続きや社会的対応は両親が率先して行ってくれた。

 ネットの動画と誹謗中傷、個人情報の晒しなどを消すための被害届もその一つ。俺がやっていることは経過を聞いたり、必要な書類に記入するだけ。ストレスを極力遠ざけてくれていることに、俺は常々感謝していた。

 

 星歌さんはそのことを俺の両親に会った際に聞いていたのだろう。だからこそ、具体的な対応とケアをしていない学校側に対する怒りが強いようだ。

 俺も時々聞く、両親が怒りながら愚痴っている教頭という人に対しては特に。

 なんでも、事態を軽んじていて適当に流し放置してれば簡単に消えるだろうと考えているのが言動の節々から透けて見えるらしい。教師陣が勝手に動かないように指示しているらしいことと、校長には問題ないと軽く報告しているらしいことは聞いている。

 

 まだ面と向かって話したことはないが、聞く限りロクな人物ではなさそうなので積極的に会いたくはない。両親からも、会ったら傷付くかもしれないから話さなくていいと言われている。

 教頭も学校では俺を避けているのか、今のところ会話をする機会は訪れていなかった。すれ違っても睨まれるどころか目線も向けられない。完全無視の姿勢だ。

 

 とはいえ、学校の全てが悪いわけではない。

 

「教頭はともかく、教師全員が何もしてくれていないわけじゃないですよ? 最近は担任の先生がよく声をかけて気遣ってくれますし、他の先生方も大丈夫? って時々聞いてくれます。それに、クラスメイトからの視線も緩くなってきてて……。少し学校に居やすくなりましたから」

 

 まあ他のクラスや生徒からは相変わらずですけど、と肩をすくめて苦笑しながら締める。

 ちょっとずつ、本当にちょっとずつだが改善されてきていることを知って、後藤さんを含めた全員がややほっとしたように表情を緩めた。すると、喜多さんがパッと勢いよく手を挙げる。

 

「あ、あの私! 罪滅ぼしってわけじゃないけど、出来るだけ噂とかそういうの否定していくわね! 交友関係広いから、それなりの力にはなれると思うの! それに、この噂を友達から聞くの、ちょっと辛かったから……」

 

 喜多さんの勢いに押されるように、虹夏さんも手を挙げた。

 

「はいはい、私もー! 学校は違うけど、下高でも時々聞いてたから。これからはもっと積極的に噂を否定してくね!」

「……私も」

「あー、んー……。出来ることは少ないけど、私もお客さんとか知り合いが話してたら言っとくよ」

 

 虹夏さんに続いてリョウさんも胸の前に手をあげ同意し、星歌さんも出来る限りのことをすると言ってくれる。

 

「あああ、あのっ……!」

 

 袖をくいっと引っ張られ。隣の後藤さんも決意するようにグッと拳を握って、プルプルと全身を震わせながら口を開く。

 

「わ、私は、その、学校じゃあ何にも力になれないかもしれないけど……。でも、が、頑張ります! これからもお弁当っ、一緒に食べましょう……!」

 

 精一杯の決意の言葉が胸に響く。

 まさか、みんながこんな風に言ってくれるなんて思わなくて。微かな気恥ずかしさと、気色に溢れた嬉しさが湧き上がる。

 今感じた喜びは言葉にし難く。ゆるんだ口元が笑みを形作りそうで、意味もなく引き結んだ唇がもにゅもにゅ蠢いてしまう。

 悶えてしまいそうな照れくささから、みんなの顔をまともに見れず。顔を逸らし、意味もなく床を見つめながら、おずおずと口を開いた。

 

「あ、ありがとう、ございます……。ものすごく、嬉しい、です……」

 

 必死にお礼を言うと、みんなの視線があたたかいものに変わった気がして。

 俺は続けて声を出し、気恥ずかしさから逃れるように話を逸らす。

 

「と、とりあえず俺のことはもういいですから。後藤さんは? 後藤さんはどんな風に見られてるんですか? 実はそれが一番気になってて。悪質な噂とかないですよね?」

「え? 後藤さんの?」

「ゔぇぁ!?」

 

 そう質問すると喜多さんは奇声を発したぼっちを気にしつつ、思い出すように斜め上を見ながら教えてくれた。

 

「えっとね、嫌な噂とかはないわよ? どっちかというと、被害者みたいな、同情する感じの人が多いみたいだし。でも……」

「……でも?」

「その、悪気はないのよ? ないんだけどね? ……変な動きするピンクジャージのヤバい奴、って聞いたことが」

「うがあああああぁぁぁぁぁぁッ!?」

「ぼっちちゃん!?」

 

 話に耐えきれず後藤さんは発狂して地べたに倒れこみ、ゴキブリのような勢いで空のゴミ箱へ隠れてしまう。

 虹夏さんが慌てて駆け寄るも、出てくる気配がない。殻に籠るヤドカリみたいに自分の身を守っていた。

 これは、ヤバい奴認定されても仕方ない奇行である。擁護しようがない言動に喜多さんは困ったように右往左往し、リョウさんは肩を震わせて笑い声を堪えていた。

 星歌さんは何故かスマホを取り出し、無言でパシャパシャと写真を撮影しているのだけど……。いったい何の用途だろうか。

 

「ど、どどどうしよう!? もっとオブラートに言った方が良かったのかしら!? それとも他の!? でも他のなんて、ゴミ箱に入ってそうな陰キャ女子ってくらいしか……」

「あばばばばばばば」

「トドメ! 喜多ちゃん、トドメ刺しちゃってるから!?」

「ぷっ……!」

「な、なんでだ? なんでこんなに可愛く見えるんだ……? もっと保存しないと」

 

 うん。カオスだ。

 まあ、ひとまず安心である。かなりネガティブなイメージだが、俺のような攻撃的かつ根拠のない誹謗中傷じみた噂でないのを確認出来たのでよし。

 

 それはそうと、この状況をどうしたものか。後藤さんはゴミ箱ごとガタガタ震えてるし。しばらく復活しそうにない。

 ……あ、そういえば。喜多さんの勘違いしてた件がまだだった気がする。俺が出てきたせいで話が流れるところだった。危ない危ない。

 ここで言うのもどうかとは思う。だが、喜多さんには早く気付いてほしいし、後藤さんはしばらくそっとしておいてほしいだろうから。強引だけど、指摘させてもらおう。

 

「ところで喜多さん。ちょっといい?」

「え、いいけど……。後藤さん、大丈夫なの?」

「ああ、大丈夫大丈夫。いつものことだから」

「い、いつものことなのね……」

「うん。それより、ちょっとだけギターを見せてもらってもいいかな?」

「どうして?」

「少し気になってて。どんなギター使ってるんだろうって」

「それは私も気になってる。どんなのか私にも見せて」

「はい、喜んで!」

 

 リョウさんに言われた瞬間、喜多さんは満面の笑みでギターケースを取り出した。あまりの従順さに、本当にリョウさんのことが好きなんだなと思い知る。

 これから虹夏さんの気苦労が増えそうだなぁ、と後藤さんを説得している黄色いサイドテールを見て遠い目になってしまう。

 そんなことをしている間に、喜多さんの勘違いをリョウさんが無慈悲に正していた。

 

「それ、ギターじゃない。弦が6本の多弦ベース」

「…………」

 

 喜多さんのにこやかな顔がビシッと固まり、顔から色が抜け落ちていく。

 絶句した彼女は魂が抜けるように、あひゅっと地面に倒れてしまった。

 

「お父さんにお小遣いとお年玉、二年分前借りしたのに……」

「喜多ちゃああああん!?」

 

 口から魂が抜けていく喜多さんに合掌。なむ。

 後で俺が買い取ってあげるから。リョウさんは金欠なので任せるのは心配だし、草を食べさせてお腹を壊させるのも忍びない。この程度の介入なら問題ないだろう。

 

 どうにかこうにか無事に誤解も解けて。話の流れも滞りなく進んでいる。

 ようやく、本当に共有したい話を落ち着いて出来る。

 

「店長、ちょっといいですか?」

「あん? なんだよ。今ちょっとぼっちちゃんの写真撮るので忙しいんだけど……」

「スターリーに来た時、後でって言ったの覚えてます? その話をしたいです。……かなり重要な事を」

 

 他のみんなに聞こえないよう、小さな声で、出来るだけ重々しく言うと星歌さんの動きが止まった。

 彼女は名残惜しそうにスマホをポケットに入れて、他が気付いていないのを軽く周囲を見て確認してから、ついて来いと無言で顔を動かし奥へと歩いていく。

 

 倒れこんだ喜多さんと後藤さんを復活させようと奮闘する虹夏さんを横目で見て、俺は星歌さんの後を追った。

 

 

 

 

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