すくりーむ・ざ・ぼっち!   作:博一

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なんてことのない光景

 

 

 

 

 歌詞担当となった後藤さんから、何にも思いつかないどうしようどうしよう、というヘルプを成長のために泣く泣く無視して日々はすぎる。

 ストーカー男に対して何の進展もないまま一週間が経ち。結束バンドのアーティスト写真を撮影する日がやってきた。

 

「ゆゆゆ許してくださいっ!」

「後藤さん!?」

「ええぇっ、なになにどうしたぁ?」

 

 下北沢駅前にて披露される後藤さんの見事な土下座。来たと思ったら突然の土下座謝罪に困惑する喜多さんと虹夏さん。

 リョウさんは無言で写真を撮っている。その写真、後で俺も貰おうかな。

 

 吊し上げられると誤解した後藤さんにアー写の事を伝えていざ出発。張り切って歩く虹夏さんと喜多さんを先頭にのそのそと歩きはじめた。

 

 ファンを自称してるのにガッツリ関わる形でさりげなくいる俺。正直、バンドとして大切なアーティスト写真を撮影する時間に干渉するのは、自分の線引き的にはギリギリアウトなのだけども。離れていたら何かあった時に盾となれないので、渋々同行している。……非難されると勘違いした後藤さんに泣きつかれたという理由もあるが。

 とはいえ、ストーカーの件を伝えていない以上、リョウさん以外には何の役にも立たない金魚のフンみたいな奴と思われかねない。無関係のくせして着いて来てるのに何の役にも立てないのは自分的にも心苦しかった。

 彼女たちは優しい人たちなので、俺を後藤さんのおまけで着いてきただけの邪魔者だなんて思いもしないだろうが。それに甘えるのは俺自身が許せない。

 

 なので、一眼レフを買ってきました。種類はよく分からないが、店員におすすめされたそれなりに高い奴を。レンズもおすすめを取り揃えている。めちゃくちゃ高かったけどね。

 うん、まあ、正直、使いすぎたなって……。両親から月々貰ってる通帳への入金、全く手を付けてなかったから大金になってて使い道に悩んでいたのは確か。でも、罪悪感に押されて衝動的に無知のまま高額の買い物をするんじゃなかった。

 使い方も完璧には把握出来てないし、カメラに対する興味関心が薄いせいで機材の詳細も頭に入っていない。なんか、買ったカメラと勧めてくれた店員さんに申し訳なかった。

 幸い、まだまだ通帳のお金に余裕はある。次からはもっと考えて買い物をしよう。自分で買い物したのなんて今世では初めてだったから、感覚が変になっていた。無駄な買い物はせず、節約していくとする。

 

 そういうわけで、今の俺はなんちゃってカメラマンだ。機材の質だけはいいので、それっぽく撮ってもそれなりのものにはなるはず。最近の、そんじゃそこらのカメラ以上に高画質で撮れるスマホにも負けはしない。……たぶん。そう思わないとやってられない。

 

 荒い金遣いをした自分の愚かさに心がチクチクと痛みつつも、最も優先すべき周囲の警戒は怠らないように気をつける。

 記憶のストーカー男の顔を思い浮かべつつ、気合を入れて物陰や近くを通り過ぎる男性を注視していく。

 すると、ツンツンと脇をつつかれた。隣に来たリョウさんが、相変わらず何を考えてるか分からない表情で見つめてくる。

 

「えっと、どうしました? ま、まさか怪しい奴でも……!?」

「違う。……みのる、態度に出過ぎ。ぼっちのおかげで気付かれなかったけど、そのままだと虹夏たちに心配される」

「えっ!? 態度……? そ、そんなに出てましたか……?」

「うん。私でも気付くくらいには」

 

 あちこち視線を動かしながら楽しげに会話する虹夏さんと喜多さんに挟まれた後藤さん。

 元気な二人に挟まれて会話に入れず挙動不審になっているピンクの背中を見つつ、自分の体や顔を触って確かめる。

 当然、自分では分からない。

 

「まあ、気持ちは分かるよ。でも、そんなに張り詰めても疲れるだけだと思う。少しは楽しんでいいんじゃない?」

「楽しむって……。いや、はい、そうですよね……。ずっとは疲れるし、楽しそうな虹夏さんたちに水を差すのは嫌ですから。楽しめるかどうかは分かりませんけど、少し肩の力を抜きます……」

 

 リョウさんの言うことは間違っていない。常に神経を張り巡らせていても疲れるだけだし、周囲に緊張が伝わってしまう。適度にリラックスしつつ、自然に警戒するのが理想的だ。

 それにしても、彼女はよく見てくれている。失礼かもしれないが、気遣ってこんなことを言ってくれるとは思っていなかった。ストーカーの件を知ってくれているのが彼女で良かったと今思う。変わらぬ態度がとても頼もしい。

 

 山田リョウという人は、見えにくいけど心優しい人なのだろう。ただ金銭感覚が壊滅的で、平気で人に金をたかって、道草を食って腹を壊して、借りた金を返さないだけで……。

 あれ? これ、考えるまでもなく割とクズなのだが。ちょっと優しくされたからって帳消しにはならない程度には最低ムーブしてる。危ない危ない。山田は山田なのを忘れるところだった。

 

「……そのカメラ。今日のために用意したの?」

「え、ああ、はい。一応……」

「なら、みのるも楽しむべき。アー写関係なく、私たちを撮ってね」

「リョウさん……」

 

 いつになく優しく感じる言葉に胸がきゅんとする。

 普段が普段だけにこんな気遣いされると、こう、ギャップで心が跳ねそう。

 

「その写真、物販で売るから」

「山田さん……」

 

 ときめいていた胸が一瞬で冷めた。陽だまりでうとうとしていたら冷水をぶっかけられたような気分である。温度差で風邪を引きそう。

 

「――リョウ先輩っ! 佐藤くんと何話してるんですか?」

 

 いつの間にか喜多さんがリョウさんを挟んだ位置にいた。

 前を見ると、プルプル震えて萎みそうな後藤さんを虹夏さんが必死に慰めている。気付いたら瀕死になってた後藤さんをどうにか元気にしようと悪戦苦闘していた。

 そんな優しさに当てられてか、心なしかピンクの背中も活力が戻りつつある気がする、とりあえず、大丈夫そうだった。

 

「みのるが全員とツーショット撮るために一眼レフ買ったらしい」

「あっ、え、そ、そうなの……?」

「ちょっ、違いますから! リョウさん適当なこと言わないでくださいよ。まったく……」

 

 リョウさんの冗談を真に受けて引いた表情で俺を見てくる喜多さんにきっぱりと否定の言葉を返す。……ツーショットが欲しいかと聞かれたら是非とも欲しいが。

 

「これはその……。ほら、俺って完全におまけというか、撮影係しかすることないでしょう? なら、出来るだけ良い写真を撮りたいなって思って、衝動的に……」

「衝動的にこんな高そうなカメラ買ったの!? この前は私のベースを買い取ってくれたのに……。えっと、大丈夫?」

「ああ、そのへんは全然。強がりでも何でもなく、大丈夫だよ。小さい頃からそれなりに貯金してるから」

 

 まあ、貯金してたというより使う機会がなかっただけだけど。遊ぶ友達はもちろん、趣味と呼べそうな没頭するものがなかったのもある。衣服なんかにも無頓着だった。生活に必要な最低限の物は親が用意してくれていたし。

 最近ようやく積極的に買い物をするようになって両親は喜んでいた。試しにゲーム機を買って、CMで見るように家族でパーティゲームをしてみると喜び過ぎて泣いていたが。

 

「佐藤くん、すごいわね!」

 

 純粋に驚いてくれる喜多さんの目が眩しい。

 俺はそっと目を逸らして首元から引っ提げたカメラを手で弄りまわす。

 

「いや、別にすごくは……。むしろバカって感じで……。使い方もイマイチ分かってないのに……」

「それ、そんなに高いの?」

「具体的な金額は知りませんけど、一眼レフっていうのはかなり高いはずですよ先輩!」

「……みのる。どうして、どうして私にそのお金を恵んでくれなかったのか……」

 

 この山田、めちゃくちゃ図々しいことを言っている。

 仮にカメラを買っていなくても別の用途に使っていたと思うので彼女に金を恵むことはないだろうな。少なくとも、彼女に金を浪費させるより、衝動的とはいえカメラを買った方が精神的に良い気がする。

 

「リョウ先輩、そんなにお金が……。じゃあ、わ、私のお金を……!」

「こらっ喜多ちゃん! リョウを甘やかしちゃダメだよ!」

「虹夏……、どうかお恵みを……」

 

 コントみたいなやり取りをし始めた信号機トリオ。

 あーだこーだと騒がしくも楽しげな声を聞きつつ、やや離れた位置でぽつんと置かれた後藤さんの隣に向かう。

 

「あ、佐藤くん……」

「なんか、いいよね。こういうの」

「……うん」

 

 仲の良い友達と、いろいろ話しながらあちこち見て回るなんてことない普通の光景。

 しかし、後藤さんにとっては、ずっと憧れていたもの。それは俺も似たようなもので。

 こんな自分が、かつて羨んだ輪の中にいると思うと……。なんとも言えない温かさが湧き上がってきて、不思議な心地良さをふとした瞬間に感じてしまう。

 

 騒ぎながら近付いてくる三人を感じ入るように見つめる後藤さん。俺はそっと後ろに下がり、自然とカメラを構えていた。

 撮影モードにし、軽くレンズを調整する。後藤さんにピントを合わせて、こっちに来る三人をバックに。これで後はシャッターを押すだけだ。上手くいくことを願いながら口を開く。

 

「後藤さん、こっち向いて」

「え……?」

 

 ――カシャリ。

 

 振り返った後藤さんがピンクの長髪を靡かせつつ、整った顔立ちを僅かに晒して驚きの表情を浮かべている。その背後には虹夏さんにほっぺを摘まれるリョウさんと、目を見開いてびっくりしつつも口を開けて笑みをつくりピースサインをしてカメラ目線を送る喜多さんが写っていた。

 

 突然の撮影にあわあわと驚く後藤さんに苦笑を返し、初めて自分で撮った結束バンドの写真を見て。

 大切な思い出を失くしてしまわないように。そっと、フォルダへと保存した。

 

 

 

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