その後も、特に何事もなく、怪しい人影を見つけることもなく、平穏かつ賑やかな雰囲気で下北沢をぶらついた。
寄り道でお店に寄ってみたり。良さそうな階段やフェンス、草木や公園で写真を撮ってみたり。公園の遊具で久しぶりに遊んでみたり。各々が楽器を持つとドラムスティックだけでは寂しくてカッコ悪い虹夏さんが、テキトーなフォローと手のひら返しをしたリョウさんを追いかけ回したり。古いCDショップなどの昔からある店が潰れて新しい店舗が下北沢に出来ていることを知ったり。
いろいろ挟みつつも、後藤さんが見つけてくれた大樹っぽい絵の描かれた良さそうな壁へとやって来ていた。
「じゃあ撮りますよー」
そう掛け声をかけてカシャカシャと何枚か撮ってみる。
喜多さんのにっこり笑顔な陽気、虹夏さんの明るさとリョウさんのクールさが一目で分かる肩組み、何故か何枚も撮っても必ず画面端で見切れて俯き過ぎているが故に顔の見えない後藤さん。
四人を知っている人なら個性が出ていると笑ってしまう写真だ。しかし、結束バンドを示すアー写としては少し物足りない。その上、後藤さんを知らない人は距離を置いて映る画面端のピンクを見て首を傾げるか、ホラーみたいでビビってしまうかも。
「う〜ん……。メンバーのキャラは出てるけど、いまいちバンド感が……。バンドっぽさを感じる要素が欲しいなぁ」
虹夏さんも納得はしていなそうだった。
最終的にジャンプした写真になることを薄っすら覚えているが、ここからどういう流れでそうなったのかはうろ覚え。なんか、機械が壊れたみたいな音、もしくはホラー映画にありそうな恐ろしい奇声とノイズが走る後藤さんはなんとなく思い出せるが。
何がどうなってああなったんだっけ。ていうかなんだこの記憶。後藤さんが普通に怖い。
……耳栓でも持ってくれば良かったかなぁ。
「『バンドマンのお手本たる存在』こと私の表情をマネしてみて」
「どこから来るのその自信……」
自信満々に言い切ったリョウさんの意見を後押しするイエスマン二人がいたこともあり、とりあえず出来る限りの無表情で再度撮影。
何故か全員ハイライトの消えた目を見開いてて、思わず悲鳴が漏れそうになった。なんか、病んでる子に睨まれているみたいで背筋がゾクッとする。これはこれでいいかも、と頭によぎってしまった自分を慌てて正気に戻す。
見切れたピンクは俯いた顔も姿勢も手の位置も何も変わらず、さっきはちょっと怖かったが今回は逆に安心感があった。
「お通夜みたい……」
虹夏さんはそう言って、どんより暗いオーラを漂わせる写真から別の写真へそっと変えていく。
「それにしても。喜多ちゃんはどの写真も可愛いねぇ」
「そんな事ないですよー」
喜多さんは謙遜しているが、褒められて満更でもなさそうだ。
実際、写真映りという意味では結束バンド内において彼女がダントツだろう。カメラを構えてレンズ越しに彼女を見た時、仕草や表情があまりに自然体かつ無理がない。その上、俺が何を言うでもなく自分で顔の角度や体の向き、腕の配置や足の魅せ方を完璧に整えてしまう。まるで、撮影者側から見ているかのような、恐ろしいまでの「慣れ」を感じる。
それらの要素で更に可愛さがブーストされ、肉眼で見る喜多さんも可愛らしいが、写真の一枚で見る喜多さんは目が惹きつけられるほどの魅力を放っている気がした。
将来どうなるか分からないが、彼女はモデルやインフルエンサーなどをして一人で生きていけそうだと思ってしまうほど。人との交流も上手で好きらしいし、歌という特技もある。雑談ライブ配信なんかしたらコアなファンが付きスーパーチャットで荒稼ぎしそうだ。
……ふむ。もし結束バンドの知名度が上がってきたら、それまで撮ってきた写真でフォトアルバム的なのを物販に出すのもいいかも。
メンバー全員と個人の写真をまとめた物。割と、いやかなり売れそうだな? まあ、後藤さんは出したがらないだろうけど。リョウさんは収入が増えるなら躊躇なく売りそうではある。
「これ、今気付いたけど結構きわどい。特に階段とフェンス」
後藤さんのフォトアルバムは星歌さんにだけ売ろうかな、なんて考えて暇を持て余していると、何やらリョウさんが不穏な発言をしだした。
俺は、きわどいという言葉に思わず体が硬直し、カメラを囲む四人からそっと目を逸らして空を見る。その話は俺に飛んできそうだからやめてくれ、と念じたが。無情にも虹夏さんが反応してしまう。
「え? なにがなにが?」
「あっ、先輩が言ってるのって、もしかして……」
「そう。スカート」
次の瞬間、俺に突き刺さる二対の視線。
冷や汗をこめかみから垂らしつつ、こっちを向けという圧力に耐えかねて空に向けていた目を恐る恐る戻した。
じとっとした虹夏さんと喜多さんの目が俺を見つめている。リョウさんは特に変わらず、後藤さんは顔を真っ赤にしてスカートをぎゅっと握りしめていた。
俺はこの空気をどうにかしようと慌てて口を開く。
「いや、あの……、確かに撮ってる時にそう思わなくもなかったですよ? でも、その、別に見てません、よ? ほ、本当に」
「ほんとに? 見た感じ喜多ちゃんが一番際どいけど……。特にこの階段の。下からだと少しズレれば見えちゃいそう」
「本当です! 一切見てませんから!」
焦りのあまり大声できっぱり否定する。
すると、虹夏さんと喜多さんは顔を見合わせて。ふふっ、と笑みを浮かべて責めるような雰囲気をかき消した。
呆然と思考停止する俺に、彼女らはごめんごめんと手を振る。
「大丈夫だよー。みのるくんがそんな人だとは思ってないから。リョウに乗って、ちょっとからかっただけ。ごめんね?」
「それに、私これでもちゃんと気を付けてるのよ? 佐藤くんに見えないようきちんと注意してたわ」
言葉の意味を理解して。疑われていなかったことにどっと安心感が胸に湧き、少しでも信頼してくれている様子が嬉しかった。
その間、何故か後藤さんは壁の隅でうずくまって何事かをぶつぶつ言っている。そんな後藤さんの背中をリョウさんが指先でつんつんしていた。
「もしわざと見ようとしても、自分に向けられてる男の人の視線はすぐに分かるもの。元々疑ってなかったけど、これではっきり分かったわ! 佐藤くんが誠実な人だってことが」
「喜多さん……。えっと、ありがとう……?」
「ふふっ、疑問系になっちゃってるよ。少しからかい過ぎたかな? まあとりあえず、そういうのにも気を付けつつアー写撮影を再開してー……ってぼっちちゃんどうした!?」
「わ、私みたいな無価値な女の下着なんて誰も見たがらないのに……。勘違いしてごめんなさい……。恥ずかしくて埋まりたい……。モグラになりたい……」
地面に埋まっていきそうな後藤さんに気付いた虹夏さんが慌てて側に駆け寄っていく。リョウさんは笑い声を抑えるように口を覆っているだけで慰める気配が皆無だった。
俺は今ようやく、ただ揶揄われただけなのだと実感が湧いてきて。確かな安堵感と微かな疲労で肩の力を抜いた。
僅かに苦笑しながら、リョウさんを叱る虹夏さんの足元で地面に沈みつつある後藤さんというカオスな光景を撮影しようと、三脚に立てたカメラへ足を進める。
「佐藤くん」
「……え?」
ふと、隣で赤い髪が跳ねて。軽やかな手付きで肩に置かれた女性の手が、妙に熱く、体温が近い。
戸惑いと湧き上がる羞恥心で体が上手く動かなくなる。視線を動かして横を見ると、喜多さんの可愛らしい顔が信じられないほど近くにあった。
異性が、目を奪われる美少女が、肩が触れ合いそうな距離にいる。存在の近さに驚き、咄嗟に離れようと後ずさった。
それを許さないとばかりに肩に置かれた手がグイッと力を入れて。急速に距離を縮めた彼女の顔が視界から外れ真横で止まる。
「――私の脚、チラチラ見てたのは内緒にしてあげるわね」
ゾクッと首筋が震えた。
囁く吐息が耳元から遠ざかり、嫌悪感とは真逆の鳥肌がたつ。
喜多さんはイタズラが成功したようにくすっと笑い、花咲くような笑顔で虹夏さんたちの元へと小走りで向かっていった。
耳に手を当てる。微かな湿り気が彼女の近さを表していて、悶えそうな熱が腹の奥から迫り上がってきた。
手で目元を隠し、賑わう四人から背を向け、指の隙間から空を見上げる。
耳が疼き、鼓膜が未だに震えているように思えて。脳内で蕩けそうな囁きが何度も再生されて。
このままでは、まともに顔を見れやしない。
俺は深呼吸を繰り返し、ざわめく心をどうにか落ち着かせていった。