すくりーむ・ざ・ぼっち!   作:博一

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楽しめるもの

 

 

 季節は初夏。梅雨はとっくに明け7月ももうすぐ終わる頃、俺と後藤さんが働き始めてから初の給料日がやってきた。

 と言っても、結束バンドの汗と涙の諭吉さんはライブ代に消えていくのだが。当然、後藤さんも。

 

 悲しい哀しいギターの音色が、ドリンクカウンタ内を拭き拭きお掃除してる俺の耳に聞こえてくる。落ちこむぼっちを励まそうと虹夏さんが謝りながら声をかけていた。

 そんな中、最近、妄想奇行女の言動に慣れてきたっぽい喜多さんが真顔で「こわ」、「面白かったの最初のうちだけだったわね」なんてこぼしているのも聞いてしまう。

 うーん、この。悪意のない辛辣な言葉は言われた当人でない俺でもグサグサきますねぇ。まあ、喜多さんはナチュラルに棘をぶっ放すことはあるが基本的には良い人だし、無闇に人を傷付けたりしないから気にしないけど。それに、後藤さんに聞こえてないから問題ないか。

 

 その後、お金の話からバイトの話になり、夏休みは海の家だとかいう陽気に満ちた言葉が聞こえて。後藤さんが怪しいサイトを鬼気迫る顔で調べていた。

 絶対に人が多い夏休みシーズン。熱烈なカップルやムキムキの日焼けした男たち。キャッキャウフフな陽キャの集団。想像しただけで地獄のような環境の中、人が集まる海の家で働きたくはない。その気持ち、よく分かる。よーく、分かるとも。

 

 ……でもだからって、怪しいサイトで闇バイトを探すのはダメです。肝臓なんか売ったら後藤パパママが泣いちゃうから。

 念のために、後でウイルスバスター的な信用度の高いアプリで後藤さんのスマホをスキャンしないと。端末のアップデートもやれたらしておこう。いやまあ、問題ないとは思うが。一応。

 

「…………」

 

 目の前で星歌さんがパソコンを弄っているのを視界に収めつつ、結束バンドの面々とPAさんがこっちを見ていないことを確認。俺はポケットから茶封筒をさっと取り出し、星歌さんのパソコン横に置く。

 彼女はちらりとこちらを見た後、茶封筒を不自然にならないさりげない速さで手元に隠し持つ。封のされていない中身を手早く確認して、ご満悦にゆるんだ笑顔でパソコンの下に隠し置いた。

 

「――例の物、確かに。素人にしちゃ上出来だな。給料を他の奴より少し上乗せした甲斐がある」

「道具が良かったからですよ。……ていうか、何やってんですか。上乗せしちゃダメでしょ。賄賂じゃあるまいし」

「購入代金みたいなもんだよ。素直に受け取っとけ」

 

 客観的に聞くと変な勘違いをして警察に通報されそうな会話をする俺と星歌さん。

 別に大したことじゃない。彼女が妙にノリノリで怪しい言葉遣いをしたので俺もノってみただけだ。普通にこの前、結束バンドのアー写の際に撮影した写真をいくつか差し上げただけである。

 

 その日に撮った写真以外にもいろいろ入れた。主に後藤さんと虹夏さんの写真を。

 後藤さんの写真は一人でニヤニヤしていたり、ゴミ箱に入っていく瞬間だったり、だらしなく顔をゆるめて調子に乗ってる時だったりとバラエティ豊かな内容。もちろん、缶ジュースを飲んでたり、あくびしてたりと普通に可愛らしい物もある。

 虹夏さんの写真は、後藤さんに比べて数は少ないが元気で溌剌とした物が多い。空を見上げて背を伸ばしてたり、階段をステップで駆け上がる瞬間だったり、公園の遊具に乗ってるとこだったり。基本的にはどれも笑顔で可愛らしい写真だ。

 

 星歌さんの満足げな顔を見るに、可愛いものをくれという注文には応えられたらしい。一応、念のため、喜多さんとリョウさんの写真も何枚か入れていたが、必要なかったかもな。

 彼女が欲しがっていたのは後藤さんと虹夏さんのだけだし。なんでも、保存用とか観賞用とか言っていたが……。まあ、あまり触れないでおこう。

 

「ところで、ざっと見た限りだけど、みのるが写ってるの一つもないんだが?」

「え? いや、必要あります?」

 

 素朴な疑問で首を傾げる。可愛いものをくれという内容で、自分の写真を送るような感覚を俺は持ち合わせていない。そもそも、自分が可愛らしいとも思っていなかった。

 だから、星歌さんが少し不満そうな表情を浮かべている意味が分からない。

 

「いや、必要だろ。……私の注文内容が悪かったか? とにかくほら、思い出的な? みんなのがあるのにお前だけないのは寂しいだろ」

「えっと、そう言ってくれるのは嬉しいんですけど……。実は、自分の写真は撮り忘れちゃってて。俺が映ってる写真、両親と一緒に撮った記念のものしかないんですよ……。それを渡されても困るでしょう?」

 

 虹夏さんとの写真は秘密なのでともかく。

 カメラを買った際に動作確認を兼ねて、家の中でだが家族三人で記念撮影をした写真くらいしか俺は映っていない。これは結束バンドではなく家族との思い出だ。

 星歌さんもその辺は理解出来たのか、悩ましげに眉根を寄せて頬杖をつく。すると、何かを思いついたようにパッと顔を上げ、自身のスマホを俺に向かって構えてきた。

 

「え? え? いや、あの、星歌さん……?」

「はい、チーズ」

 

 気の抜けたかけ声と共に無慈悲にもカメラのフラッシュがパシャリ。

 咄嗟に指でVサインを作り、口角を上げてみたが……。頭は驚きと困惑で目一杯。絶対、変な顔になってしまったはず。

 

「うんうん。まあ、悪くないな」

 

 一方、星歌さんは一人納得したように何度も頷き、スマホを眺めている。

 俺はなんとも言えず呆然と彼女をジト目で見つめていた。

 

「……悪かったよ。次からは言うから、そんな目で見るな。また撮りたくなるだろ」

「次もあるんですね……」

「――ところで、みのるは何かやりたいこととかないのか?」

 

 露骨な話題逸らし。星歌さんの思惑に乗るのは癪だが、問われた言葉が気にかかって首を傾げる。

 

「やりたいこと? 将来の夢とか、そういうのですか?」

「うーん……。そこまで具体的なものじゃなくてもいい。あれが気になるとか、これをしてみたいとか。そういうふわっとしたものでもいいんだ。没頭できる趣味みたいな」

 

 趣味。そう聞かれて、脳内を漁っていろいろと記憶を掘り起こしつつ口を開く。

 

「あの、どうして急にそんなことを?」

「大した理由はないんだけど……。ほら、みのるは今、かなり宙ぶらりんな状態に思えてな」

「……まあ、否定はできませんね」

「結束バンドの奴らはまだまだこれからだが、将来の夢に具体的な目標を持って楽しく活動してる。どうなるかは分からないけど、自分たちなりに成長していってる。音楽っていう楽しみを軸にして」

 

 確かにその通りだ。

 

 彼女たち全員から、日々の充実さと楽しさ、未来への夢や希望を感じる。その眩しさは時折、目を逸らしたくなるくらい輝いて見えて。羨ましくて妬ましくて、楽しくて嬉しくて、心から尊敬してしまう。

 その中でも特に、後藤さんの成長には目を見張るものがあった。今はまだ、みんなに手を引かれながら小走りで進み出しているだけなのに。走り方を覚えて、進む楽しさを見出して、成長する自分を自覚して、自分自身の全力で力の限り走り出したら、どうなってしまうのだろう。そんな興奮と期待感が、後藤さんのギターにはある。

 彼女はいずれ、内側に秘めた天才的な音楽性と共に結束バンドを支えていく。

 

「自分自身が本気でやりたい、上達したい、もっともっと楽しみたい。そういうのって、大事だと思う。人としての成長も出来る気がするし、人生にこう、メリハリっていうの? 張り合いが出るだろ? だから、みのるにもそういうのはないのかなって、ちょっと気になったんだよ」

 

 人としての成長、人生の張り合い。

 俺の成長は停滞していた。人生に対して諦観し、彩りがなかった。けど、今は、変わりたい、進みたい、生きたいと思えて。蹲っていた心も少しずつ、少しずつ前を向き始めている。

 

 けど、気持ちだけでは進めない。自分自身をガラッと変えられるわけではなかった。それは理解している。だからこそ、燻るような焦りが胸の中にあることも分かっていた。

 その焦りを誤魔化すように一眼レフカメラなんて物を衝動的に買ってしまい、無意識な浪費で心を麻痺させていた気がする。ファンと言いながらも結束バンドとの距離感が近過ぎるのは、輝く輪の中に入って自分も成長していると錯覚するため……。

 

 何故だろう。

 答えは今、星歌さんが教えてくれた。

 自分を自分たらしめる物事。アイデンティティ。

 結束バンドにあって、俺にはないものだ。俺が今、必死に探しているものの正体。

 

「あー、いや、そこまで深刻に悩まなくてもいいんだぞ? もっと気楽に考えろよ?」

「……すみません」

 

 目頭を揉みほぐす。どうやら顔に出ていたらしい。

 星歌さんはただでさえライブハウスの経営とバンドたちの調整で忙しいのだ。変に、俺が心配をかけてしまうのは申し訳ない。

 

 肩の力を抜いて。思考の凝りをほぐすように頭を回して。ふぅっと深呼吸。

 言われたように気を楽にして、最近やりはじめている物事を思い浮かべる。ゲームや漫画、小説などのインドアなものもあれば、散歩や買い物など少しアクティブなものも。両親に誘われてやってみた卓球やテニス、バドミントンなどのスポーツ。そして、結束バンドに影響されてし始めている音楽。

 

 俺が今、楽しいと思い始めているもの。それは、なんだろう。

 

「みのる?」

「――キーボード」

「え?」

「ピアノの簡易的な鍵盤? みたいな物です、って店長なら分かりますか」

 

 キーボード。これもまた、最近衝動的に買ってしまった物の一つ。具体的には、喜多さんのベースを買い取った後に試しにネットで購入した物だ。

 本当に、ただ音楽をちょっぴり体感してみたいだけの軽い感覚で触ってみたのだが。これがなかなか、時間を忘れさせる。

 

「あ、ああ、うん、分かるぞ。にしても、なんで? やっぱり虹夏たちの影響?」

「……はい。恥ずかしながら。でも、触ってみると意外と楽しいなって思えて。まだ好きってほどでもないし、趣味というほど没頭もしてないですけど……。こう、楽譜関係なく適当に、それこそ心のままに弾くって言うんですかね? そうやって音を鳴らすのが、いいなって」

 

 別に上手になりたいわけじゃない。意識するほど気にしてもいない。人生の軸になるかと言われても分からない。

 でも、悪くない。それなりに楽しい。最近のことを思い返して一番にそう思えたのが、キーボードだ。

 

「す、すみません。人の影響をもろに受けた物で。自分のっていうのが、まだいまいち分からないんです。もっと別のを探した方がいいですよね……」

 

 結局、キーボードは自分からではなく結束バンドに影響されて得たものだ。その上、大好きでもないし趣味でもないときている。

 星歌さんの望んだ答えではないと思い、軽く頭を下げた。

 

「いや、謝ることじゃないから。顔上げろ。……うん。いいじゃないか。悪くない。何にも、悪くない。いいことだ。教えてくれて、ありがとな」

 

 顔を上げると、いつになく優しい表情を浮かべた星歌さんと目があう。

 

「無理して答えられるより、そういうのでいいんだ。何かを楽しいって思えるんならそれでいい。例えキーボードじゃなくてもな」

「星歌さん……」

「ライブハウス経営してる私としちゃ、嬉しいけど。もし上達したら、結束バンドに入って演奏してみるのもアリかもしれないし」

「それは……、難しいですけど、楽しそうですね」

 

 あり得るかもしれない未来の情景を思い浮かべて、俺と星歌さんはくすりと笑いあう。

 

「どうなるかは分からないけど、やりたいと思えるだけやってみるといいさ。続けるのも、続けないのもお前の自由なんだから。楽しいならやってみて、飽きたらそれまで。そんな風に気楽に、楽しみを見つけていくといい。それが一番、私も嬉しいからな」

 

 その言葉が胸に沁みる。心の奥にじんわりと広がっていく。

 何か、大切なものを教えられた気がして。俺はもう一度、先ほどより深く、頭を下げた。

 

「ありがとうございます。そんな風に思ってくれて」

「……そ、そんな真剣にされたら、照れくさいんだが」

 

 口元を僅かに綻ばせ、負担にならないようすぐ顔を上げる。

 照れくさそうに頬を朱に染めりんごジュースを口に含む星歌さん。大人っぽくも可愛らしいその姿は、最高にチャーミングだった。

 

 その様子を堪能しつつ、結束バンドの方を見て口を開く。

 

「あの、店長。申し訳ないですけど……」

「ん? ああ、分かってる分かってる。あいつらには言わねぇよ。変に負担になるのが目に見えるし。それはみのるも、あいつらも望んでないだろ。だから、今の話は私の胸にしまっとく」

「ありがとうございます」

 

 重ね重ねありがたい。こんな気遣いのできる大人になりたいものだ。

 お礼になるか分からないけど、今度何かしらのプレゼントでも贈ろう。星歌さんは何が好きなのか、虹夏さんに相談してみるか。

 

「……ふっ。私たちだけの秘密ってやつだな?」

 

 何か面白かったのか、星歌さんはやんわり微笑みながら俺を見てくる。

 俺は、今、胸のうちに走った蠱惑的な衝撃に耐えるので精一杯で。必死に表情を取り繕って微かに微笑みを返すのみ。胸がキュンとして身悶えそうな自分を抑えるのが大変だった。

 この伊地知星歌。やはり伊地知虹夏の姉である。

 可愛すぎる。本当に三十路か?

 

 その後、どうにかこうにか冷静さを取り戻して。星歌さんとテキトーな雑談を交えつつ、止まっていたドリンクカウンタ内の掃除を再開した。

 しばらくして。星歌さんがPCをいじるカチャカチャ音をBGMに、そろそろ綺麗にする箇所も減ってきたな、と思っていると。

 

 ――音楽が耳に届く。

 

 見ると、結束バンドのみんながゴミ箱を取り囲むように座り、ゴミ箱の上に置いたスマホから流れる曲に聴き入っている。

 朧げなアニメの記憶が刺激された。聞き覚えがあるような、ないような。そんな曲調が、微かに聞こえてくる。

 

「リョウの曲か。とりあえず、順調そうではあるけど……」

 

 どこか憂うように星歌さんはそう呟いて。気持ちを切り替えるように顔を横に振った後、黙々とパソコンでの作業を再開しはじめた。

 気を張るように、厳しさを表情に取り繕っているように思えてしまう。無愛想な非情さを感じる顔を見て、俺はこの後の展開をなんとなく思い出していた。

 

 とりあえず、カウンタで足元が見えないのをいいことに、走って転ばないよう足を曲げたり伸ばしたりとストレッチをする。

 

「来月ライブできるようお姉ちゃんに頼んでくるね! だいじょーぶ! この前もすぐ出させてくれたもん!」

 

 そんな無邪気な声を響かせ、虹夏さんが姉である星歌さんに近寄ってきた。断られることなんて全く思っていない、姉を完全に信頼しきった顔で。

 

「は? 出す気ないけど?」

「えっ……」

 

 その瞬間、空気が凍った。

 

 

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