すくりーむ・ざ・ぼっち!   作:博一

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追いかける

 

 

 タッタッタッ、と地面を踏み締め、軽やかに地を蹴って前へ進む。少しランニングしてるだけですよ、みたいな雰囲気を醸し出しながら、やや離れたところを走る黄色いサイドテールを常に視界に捉えていた。

 

 俺は今、スターリーを飛び出した虹夏さんを追いかけている。

 事の経緯をざっくり説明すると、星歌さんにライブを断られた上に辛辣なお言葉を貰った虹夏さんが拗ねてしまい、勢いそのままスターリーを出てしまったのだ。

 この流れを俺はなんとなく覚えていたので、星歌さんに軽くアイコンタクトを送ってからすぐに追いかけてきた。理由はもちろん、ストーカー男からの護衛である。

 

 とはいえ、俺は空回りした挙句、勘違いされる頻度が多い。なので、女性を追いかけまわす男、という悲しい誤解を生まないためにランニングを装いつつ少し距離を離して走っていた。

 虹夏さんを基点に俯瞰的な視点で周囲を見れば、ストーカー男も見つけられるかもしれないという考えもあるが。一番の優先事項は虹夏さんの身の安全なので、全力で走ればすぐに駆け付けられる距離を保っている。

 

 今のところは大丈夫そうだった。

 

 しばし走ると、虹夏さんが公園のような場所に入り、タピオカらしきドリンクを注文する。

 周囲に怪しい男の影がないことを確認し、俺も足を緩めた。今走ってきた道を見やれば、やや遠くからこっちに来ている喜多さんとリョウさんが。

 俺が率先して追いかけていたからか、リョウさんはのそのそ怠そうに歩いている。喜多さんは急かすように背中を押しつつ、俺を見つけて手を振ってくれた。

 後藤さんの姿は見えないが、まあ、大丈夫だろう。とりあえず、地図アプリで現在地のスクショを撮ってロインに送っておく。

 

 少し荒くなった呼吸を整え、むすっとした顔でドリンクを飲む虹夏さんへ近寄る。

 彼女は俺に視線をよこすも、ぷいっと顔を逸らしてストローを咥えた。勢いよくドリンクを吸飲する音が聞こえて、思わず苦笑してしまう。

 

 分かりやすいほど拗ねている虹夏さんに声をかけようか迷うが、その役目は後ろからくる人たちが適任だと思い、何も言わずに一人分の間を置いて立つ。

 

 ぷんすかしてる黄色から目を逸らし、周囲を見渡す。いくつか細い木々はあるが、近くにはキャンピングカーのお店が出ている程度で隠れられそうな場所はない。

 いや、俺たちの真後ろにある積み重ねられた土管は身を隠すには最適ではあるが。この中と後ろに誰もいないことは近付いた時に確認済みだ。そも、こんな目につきやすい場所で怪しんでくださいと言わんばかりに入り込もうとする人など、後藤さんしか思い浮かばない。

 

 なにはともあれ、ひとまずは大丈夫そうだ。

 

 リョウさんたちまだ来ないのかな、と思って俺が来た道を見る。焦れたのか、喜多さんがリョウさんの手を引っ張っていた。喜多さんは憧れの先輩と手を繋げている事にわーきゃーと口を開けて喜んでいるが……。転ばないようにね。

 

 ――一瞬、何かと目があう。視界の隅。

 

 違和感に押されて、そっちを見つめる。

 白い半袖の男。横目で俺を、もしくは俺の隣を見ていた。

 線が細い男だ。横から覗く顔もどこか痩せこけている印象を――男が背を向けて走り出す!

 

「っ! 待て!!」

「きゃっ、みのるくん……!?」

 

 驚く虹夏さんの声を無視して俺も走り出した。

 

 確証はない。今の男がストーカーの可能性は低いかもしれない。

 だが、嫌な確信がある。

 奴だ。間違いなくストーカー男。少し見えた顔の上半分、目の隈が似過ぎている。走り方、そう、今前を走ってる走り方の感じ、背中の雰囲気。どんどん既視感が重なっていく。

 見失うことがないよう注視しつつ足を踏み出し、ポケットをまさぐってスマホを握りしめる。

 

「ぐっ……!」

 

 追いつけると思ったが、意外に足が速い。それとも、俺の足が遅いのか。虹夏さんを追いかけていた負担が今来ているのか。どちらでもいい。

 このままではまた逃してしまう。背格好や髪型を覚えたし、横顔も一瞬だけ見えた。しかし、顔全体を捉えなければ意味がない。記憶ではなく、記録でなければ。

 

 走りつつ、必死にスマホを構える。どうにか背を捉えながら写真を連写し、指がブレるせいで画面が切り替わり録画の赤いボタンが。

 イラっとしたが、こんな状況なら写真より動画だろうと思いなおして撮影開始。

 

「……あっ」

 

 けれど、男は角に消えてしまう。動画で捉えられたのはほんの少しだけだった。

 前に構えていたスマホをポケットに捩じ込み、転ばないよう無意識に緩めていた足の動きを速め、男が消えた角を曲がる。だが、残念な事に、その姿はもう見えなかった。

 

「……クソッ!」

 

 膝に手をつき、悔しさで拳を打ちつける。

 呼吸が荒く、汗が鬱陶しい。ドクドクと心臓の脈打つ音が聞こえてきそうだ。

 急激な運動と緊張感で、自分自身の体が疲れきっている。虹夏さんのいた場所からここまで、そう離れてはいない。だってのに、全力疾走など学校の体育で散々しているのに、マラソンでも走ったみたいに汗が出て、足全体が震えていた。

 みっともなくて、情けなくて、泣けてくる。

 

「……ふぅ」

 

 ごちゃごちゃ喚く脳内を、深呼吸で鎮めていく。

 日陰に身を置き、適当な壁に背を預け、心臓を落ち着かせる。持ってきていたハンカチで汗を拭いながら、呼吸を整えていった。

 

 ほんの少しじっとして。体の疲労と汗は早々に引っ込んでいき、呼吸もすぐに元に戻っていく。

 やはり、精神の緊張感に引き摺られていたのだろう。今になって、不安や恐怖が胸中に湧き上がってきている。

 脳内にアドレナリンがドバドバ出ていたらしい。

 

 もう一度あの男がいないか見渡し、見つけれないことを確認してスマホの写真アプリをタッチ。

 正直、保存しておきたくない画像がズラリと並んでいた。パッと見ほとんどブレブレである。意味のない写真を消していき、男の後ろ姿がそれなりに綺麗に写っている画像をいくつかと最後に撮った動画だけを残した。

 

 続いて動画を確認する。十数秒の短い映像だ。激しい衣擦れの音と足音が。おそらく俺の。画面が頻繁に上下して見にくい。

 まあ一応、男の背格好は分かる。その上、男が背後を振り返ったのか、一瞬だけ顔がこちらを向いていた。しかし、基本的にブレブレなので、振り向いた瞬間に動画を止めても表情をハッキリとは認識できない。

 

「うーん……」

 

 これは、使えるのだろうか。髪型や背丈をなんとなく覚えることはできるけど。顔を判別するのは難しい。

 ……とりあえず、後で星歌さんとリョウさんに共有しておこう。

 

 画像の選別作業をしているうちに身体の調子が元に戻ってきた。足に気怠さを覚えつつ、虹夏さんを置いてきてしまった公園へ向かう。

 今になって、あの男がストーカーなのかという疑問が湧き出てくる。けれど、間違いないという確信もまたあった。

 実際どうなのかは分からない。相手は逃げてしまったし、証拠となり得るものを手に入れたわけでもないのだから。

 

 だが、収穫はあった。映像にも写真にも残せなかったが、俺は男の横顔を確かに見ている。余程の理由がない限り、人間の顔はほぼ対照的な配置をしている。半分見えれば、もう半分を想像するのは容易い。

 

 しっかり覚えておこう。

 

「あ、戻ってきた。おーい!」

「あら? 佐藤くん、どこに行ってたの?」

 

 虹夏さんが手を振り、喜多さんがドリンクを持つ自分を自撮りしながら首を傾げる。

 俺は疲れた表情を隠し、軽く手をあげて心配ない風を装った。

 

「すみません。急に……」

「ほんとだよー、びっくりしちゃった」

「大声出して走り出したって聞いたわ。何かあったの?」

「あー、いやぁ……。それはその……」

 

 これは、どう答えるべきか。目に見える範囲でストーカー男が近付いてきていたのだ。さっさと伝えて警戒を促すのが正しいのかもしれない。

 がしかし、この不安要素のせいで結束バンドのオーディションに悪い影響が出るのは、ちょっと嫌だ。けど、身の安全には変えられないのも確かだし。

 

 どうする? どうしたらいい?

 

「これでも見つけた?」

 

 リョウさんが横からぬっと出てきて、虹夏さんと喜多さんに見せつけるようにスマホの画面を見せる。覗き見ると、猫捜索中! の文字と共に一匹の首輪のついた猫の写真が。逃げ出した猫の家は、この下北沢の近辺らしい。

 スマホを持つ彼女と目があう。俺は慌てて頷いた。

 

「そ、そうなんですよ! この猫がさっきそこにいて……。でも、逃げられちゃいました……」

「わっ、可愛いねぇ。名前は……、ははっ、『みのくん』だって! 名前ほとんど一緒だ」

「三毛猫だわ。かわいいー! 私も探してみようかしら?」

「見つけたらお礼を貰えるはず。だから、みのるには探してもらってた」

「えぇ……、下心丸出しじゃん……。ていうか、リョウが自分で探しなよー。みのるくんを顎で使わない!」

 

 信号機トリオがわいのわいのと楽しげに。どうやら、上手く誤魔化せたようだ。

 俺はそっと後ろに下がって距離を置き、ほっと一息。デリケートな問題なので俺から話していいのか分からなかった。だから、リョウさんの手助けはありがたい。

 今度、星歌さんとはその辺を相談しよう。やはり、身内であるお姉さんに、いつ頃伝えるのかを決めてもらうのが一番いいはずだ。

 

 くいくい、とズボンの裾が引かれる感覚。

 

「な、なんだ……!? って、後藤さんか……」

「さ、佐藤、くん……」

 

 下を見やると、土管から顔を出すぼっちが。青ざめた顔で見上げてくる様子は軽くホラーである。

 

「だ、大丈夫……? なんだか、少し、雰囲気が……、その、怖い、けど……。か、かか勘違いだったらごめんなさい……!」

 

 心配してくれていた。

 顔には出さないようにしていたのだけれども……。何故か後藤さんは感じ取ったらしい。人の視線や雰囲気に人一倍敏感だからなのか。

 優しい人だ。オーディションで不安いっぱいのはずなのに。俺のことを気にかけてくれるなんて。

 まあ、土管に入りながら心配されても逆に心配してしまうのだが。そこにずっといると通報されそう。

 

 俺は苦笑し、後藤さんの目線にできるだけ近付こうとしゃがむ。

 

「ありがとう、心配してくれて。……ちょっと、緊張してたんだ。でも、今はもう大丈夫」

「ほ、ほんとうに……?」

「うん。本当に」

「……わ、わかりました。で、でもっ、何かあったらそそ、相談してくださいっ……! わ、私なんかが力になれるとは思いませんけど……。お、お話くらいは……!」

「……わかった。その時は、お願いするよ」

「う、うん……! がががっ、がんばります……!」

 

 すごいな。本当に、尊敬する。

 だからこそ、守りたい。傷付けさせない。誰一人として。

 後藤さんのおかげで、緊張も不安も和らいだ。むしろ、決意がより強固になる。

 この勇気ある優しい人を、未来の可能性に溢れた結束バンドの少女たちを、俺は絶対に護る。

 

「みのる」

「あ、リョウさん」

 

 後藤さんの手を握って土管から出してあげた。しかし、何故か顔を真っ赤にしてフリーズしてしまったので、どうしようか悩んでいると隣にリョウさんが来る。

 彼女はスマホの画面を見せてきた。表示されているのはロインのトーク画面で、相手は星歌さん。俺が何か不審な人を発見した、みたいな会話をやり取りしている。

 最後に一つのメッセージが送られてきていた。

 

『とりあえず、さっさと全員戻ってこい。みのるには、ちゃんと説明するように言っとけ。それと、勝手に一人で追いかけたのは危険過ぎるから、後で説教ってのもな』

「うっ……」

 

 説教という文字に思わずうめく。

 確かに、その時は全く考慮してなかったが、犯人と思われる人物を一人で追いかけるのはかなり危険てはある。もし、反撃されて暴力を振るわれ怪我などしたら、間違いなく大事だ。

 そうなったら、結束バンドの面々もオーディションどころではなくなるかもしれない。……本当に、危なかった。

 

「私にも説明よろしく。……一応、みのるのフォローはするから」

「リョウさん……!」

「その代わり、そこのドリンク奢って。一番高いのでいいから」

「山田さん……」

 

 相変わらずのリョウさんに、肩の力がどっと抜ける。

 変わらぬ図太さに良くも悪くも頼り甲斐を感じてしまいながら、俺はそっと財布を取り出すのだった。

 

 

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