すくりーむ・ざ・ぼっち!   作:博一

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好きだから

 

 

 目の前の男たちは全員、俺よりも身長が高くガタイが良かった。

 

 黒髪アフロ、金髪モヒカン、青髪スキンヘッド、緑髪ロング。バラエティ豊かな髪型と色合いはテレビで見ればつい笑ってしまうだろう。しかし、薄暗い夜の街で睨みつけられ道を塞がれれば、威圧感を感じざるを得ない。

 なにより、こちらは女子を入れても三人。内、暴力的な行為に晒されたり目撃することを慣れているのは男子の俺一人。実質動けそうなのは俺だけに対して、向こうはケンカ慣れしてそうな大学生四人組。

 

 明らかに不利な状況だった。どう考えたって、暴力に訴えられたら勝てない。ストーカー男一人ならいざ知らず、こんな多勢に無勢では後ろの二人を守るのは難しい。

 幸い、背後の道――駅へ続く道は塞がれていないので逃げ道はある。どうにかこうにか俺が四人組を抑えられれば、二人を人通りの多い安全な場所へ逃すことは出来るかもしれない。

 

 判断は一瞬だ。自分のやるべきことも分かっている。

 後は、どう切り抜けるか、だ。

 

「ごと……、虹夏さん、これお願いします」

「え、あ、スマホ……?」

 

 振り向かず、ぼそぼそと小声を出してコール画面のスマホを押し付けるように渡す。

 後藤さんではなく虹夏さんなのは、咄嗟の行動で通報など自己防衛の動きが出来そうだからだ。あと、後藤さんに渡した場合、テンパって落とした挙句スマホを壊しちゃいそうだから。

 

「てめー。なにしてんだー? あぁー?」

 

 出来るだけ相手を刺激しないようにひっそりと動いたつもりだったが、流石に目についてしまう。眉を顰めた黒髪アフロが間延びした声をあげつつズカズカと近寄ってくる。

 他三人も、ゆっくりだらだら距離を詰めてきていた。心なしか、こちらを囲もうとするかのように。

 

 怖い。

 年上の、明らかにガラの悪い男四人。

 攻撃的で嗜虐的な雰囲気を醸し出し、どう遊ぼうかという視線。

 心意気など関係なく、本能的な恐怖心が全身を強張らせ、極度の緊張が胃酸を逆流させて食道に不快な痛みを走らせる。

 

「ひっ」

 

 ――喉を引き絞るような押し殺した悲鳴。

 

 俺は下唇を噛み締め、吐きそうな気持ち悪さを飲み込む。

 背中にいる少女二人はもっと怖い。捕まったら何をされるか。間違いなく、単純な暴力では済まないだろう。想像もしたくない。許容しない。できない。許さない。

 

 彼女らは明日、大事なオーディションがあるんだ。

 

「虹夏さん、走って」

「えっ」

「人の多いとこに、とにかく離れて。警察も呼んじゃっていいです」

 

 体を動かし、背中の服を掴んでいた虹夏さんをそっと押しのける。

 

「んだとぉ? んなに調子乗ってんだこらぁ!?」

「っべー! こいつ女子の前だからってカッコつけてんのかよっべー!」

「つか行かせるわけねぇだろボケが!!」

 

 隠す気のない俺の発言に間髪入れずキレ散らかした男たちが一気に距離を詰めてきた。

 一番前にいたアフロが俺の後ろ目がけて手を伸ばしてくる。

 

 その手を払いのけ、進路を妨害するように片腕を伸ばした。

 

 心臓を握りつぶすような昂りと興奮が頭に血を昇らせる。

 

「みのるくんっ……!」

「だ、だめ、です……。一緒に……!」

 

 アドレナリンがドバドバだ。

 痙攣するように震える手足に全力で力を込めて、苛立ちのまま腹にパンチしてきたアフロ男の手を握りしめて離さない。

 

 一瞬の膠着。

 未だに動かない少女達へ顔を向け、精一杯の強がりを。

 

「俺、好きだ! みんなが好きなんだ! だからっ、明日のオーディション、すっげー楽しみにしてる!」

 

 それだけ言って。もう限界。

 

「走れっ!!」

 

 叫ぶと同時、アフロ男の足へがむしゃらに蹴りを入れる。

 大きく狙いが外れ男の腹へ蹴りが当たったが、地面に背中から倒れたので結果オーライ。

 

 俺に向かってきている男は無視し、俺の横を素通りしようとしていた二人の男に真横からタックル。運良く、横並びで小走りしていた男二人をまとめて地面に押し倒せた。

 その拍子に、自販機横に置いてあったゴミ箱が倒れ、中身を盛大にぶち撒けてしまう。

 同時に、俺を狙っていた男からの蹴りが、一緒に倒れて隙だらけの脇腹に入る。痛みと衝撃で視界が揺れた。

 

「んしっ! クリーンヒットォッ!!」

 

 得意げに叫ぶ不快な声を聞きつつ、蹴られた衝撃を利用して素早く立ち上がる。ふらふら覚束ない足取りだが、どうにか進路を塞ぐ位置に立てた。

 

「んだ!? なに立ってんだこの野郎!」

「っべー! いってー!」

「クソが!! つか逃げられてんじゃねぇか!! 誰か追いかけろっつーの!」

 

 後ろを振り向く余裕がない。だが、この反応からして後藤さんと虹夏さんは逃げてくれたらしい。

 まさかこんなにも上手くいくとは思わず、ついつい口元がゆるむ。

 

「このー! 笑ってんじゃねぇぞー!」

 

 ――左頬に衝撃。痛みと熱。鉄錆めいた味が口内に広がる。

 

 いつの間にか立ち上がっていたアフロ男。そいつが俺の頬を殴ったらしい。

 口の中が切れた。久方ぶりに感じる自分の血の味。屈辱と恐怖に塗れた過去の記憶で味わった血の味は、不思議と拒否感がない。

 

 何故か? ――決まってる。

 

 大事な人たちを逃がせているからだ。

 

 この時点で実質、俺の勝利である。

 こいつらが何をどうしようがもう関係ない。どれほどの罵詈雑言や暴力で俺を叩きのめしても、俺の勝ちは揺るがない。

 

「帰って勉強でもしてろ……! バーカ……!」

 

 挑発して煽る余裕さえあるとも。

 

 すると、全員が短気なのかブチギレて青筋を浮かべた。

 

 あ、やべ。調子乗りすぎたかも。

 

 一人の男のつま先が俺の腹にめりこむ。

 足止めのために全力を出しきった俺に、抵抗する術はなかった。

 

――――――

 

 ふわふわふわ。

 水の中、力を抜いて浮いてるような。

 脱力し、揺蕩い、心地よい。

 

 ぼんやりと、瞼を上げる。

 薄いクリーム色のカーテン。白い天井。部屋を照らす明るい蛍光灯の光がカーテン越しに届く柔らかな空間。

 

「ど、こだろ……。あっ、知らない天井だ……」

 

 少しカサカサした喉と口を動かす。ついで、こういうシチュエーションになったら言うべき第一声を何故か思いついて特に意味もなく口にする。

 ばかだなぁ、と自分で呆れつつ、カーテンで閉ざされた小さな寝所ろを見渡した。

 

 まあ、勘違いでも見間違いでも夢を見ているわけでもないのなら病院である。部屋は静かで、同室の人はおらず、一人部屋。

 点滴はない。手足の指と関節は問題なく動かせる。

 ゆっくりと上体を起こした。

 

「うっ、つつ……」

 

 鳩尾と脇腹が痛んだ。同時に、背中のあちこちから軽い痛みが走り、二の腕も少しジンジンする。

 着替えさせられていた病院服をまくってお腹を見れば、鳩尾付近と脇腹にガーゼっぽいのがペタペタ貼ってあった。意識すると、背中の数箇所からもひんやり、じんわりした感触が。

 

 なんでこんな状態に? などと考えた瞬間、意識を失う前のことを思い出した。

 

「そうか……、蹴られて……」

 

 複数人の暴力で気を失ってしまったらしい。

 咄嗟に顔を触る。後頭部にたんこぶのようなデキモノがあったが、それ以外に痛む箇所はない。

 この程度の暴力で気絶するのは不思議だった。前はもっと酷く理不尽な暴力に晒されていたので、このぐらいなら意識ぐらい保てると思っていたのだけども。

 

 当たりどころが悪かったのか。それとも、二人を逃がせたことで安心してしまったのか。

 まあ、大きな怪我はなさそうなので良しとしよう。どこかしらの骨に軽くヒビが入ってる可能性もあるが、下手に動かさず牛乳とかのカルシウム摂取してれば割と早く治るので問題はない。

 骨折していたら面倒だったが。今回はない。ラッキーだ。

 

 ところで、誰かいないのだろうか。

 いやまあ、近くに置いてある時計の時間的には後一時間と数分で深夜帯になるので、誰もいなくても不思議ではないのだけども。出来るだけ早く、気絶した後の状況を知りたい。特に後藤さんと虹夏さんの安否を。

 

 ええっと、とりあえずナースコールを押せばいいかな?

 

「――の度は本当に申し訳ありません。私がもっとしっかり見ていれば……。あ、いえっ、でも……。はい……、はい。まあ、そう、ですかね……? そう言っていただけると、少し、肩の荷がおります……。あ、そんなに気を遣わなくてもっ、……はい、はい。ありがとうございます」

 

 誰かが入って来た。どこか聞き覚えのある女性の声。普段より畏まって緊張を含んだ声音は、どうやら電話をしている。

 思わずナースコールボタンを押すのをやめて聞き耳を立ててしまう。

 

「では、後30分くらいで来られるんですね? はい、分かりました。その間は、私がしっかり見ておきますので。……えっ!? いや、そんなんじゃなくてですねっ! 寝顔とか撮りませんし送りませんからっ! 私はその、大人としてっ、雇い主として単純に心配なだけで……」

 

 何やら慌てている。電話越しの相手に揶揄われでもしたのだろうか。ちょっと焦った声音はなんだか可愛らしい。

 

「と、とにかくっ、お待ちしてます。……もし目が覚めたら、すぐに連絡します。……はい。では、また後で。はい、……はい。失礼します。……ふぅ」

 

 疲れたようなため息。そのまま、こちらへ近寄ってくる気配が。

 なんでか俺はどうしようかと戸惑って、咄嗟に寝転んで毛布を元の位置に戻し、寝たフリを。咄嗟に動いたせいで脇とか背中が痛み呻き声をあげそうになったが、なんとか堪える。

 

「おーい、起きてるかー。……まだ寝てる、か」

 

 カーテンを開いて入って来た女性は、ベッドの隣にある椅子にどっかりと座りこむ。

 薄目で誰かを確認する。……案の定、星歌さんだった。

 

 所々の髪がびょんと跳ね、半開きに口を開いたぬぼっとした表情。力の抜けた肩からは疲労感を感じられ、早く横になって寝たい感が雰囲気で伝わってくる。

 しかし、それ以上に、

 

「……はぁ。頼むから、無事に起きてくれよな……」

 

 悲しげに憂うため息と共に、毛布の外に放り出していた俺の手を優しく包むぬくもり。俺を見つめる眼差しは、心配しているということをどこまでも伝えてくる。

 

 俺は完全に視界を閉ざし、手から伝わる温かさを感じ取った。

 

 ……そろそろ起きなければ。

 このむず痒さは、どうにも動かずにはいられない。

 

 さて、とりあえず今起きました風で目を開けて――パシャリ。

 

 ……確実に、間違いなく、一切の疑いのないカメラのシャッター音。

 フラッシュを瞼越しに見ていた俺はスッと目を開ける。

 

「……け、結構上手く撮れた、な。これは、なかなか……。ええっと、とりあえず『寝顔フォルダ』に……」

「……星歌さん」

「あひゃぁっ!?」

 

 ブツブツこそこそ片手で器用に弄っていた彼女に声をかけると、普段は絶対に聞けないびっくりかわわな小さな悲鳴が。

 慌てた拍子に星歌さんのスマホが荒ぶって飛んでいき、そこそこの重さが毛布越しに俺の腹へと着地した。地味に痛い。

 

「え、あ、すすすまんっ!」

「あー、そのー、大丈夫ですから。ね? とりあえず落ち着きましょう。深呼吸とか」

「あ、ああ、うん……」

 

 微かに頬を朱に染めた彼女はそっぽを向きつつ深呼吸を繰り返す。

 ややあって落ち着きを取り戻した星歌さんはスマホと俺を交互に見て、そっとポケットにスマホを入れ、何事もなかったように微笑んだ。

 

「……目が覚めてよかった」

 

 それはそうなのだけども。……今さっきのことは無かったことにするらしい。全力で。

 変に突いても仕方ないし、それ以上に気にするべきことがあるので俺も寝顔フォルダ云々を聞き流すことにした。

 

「……心配かけて、すみません。それと、ありがとうございます。ずっと、見てくれてたんですか?」

「いや、私が来たのはさっきだ。それまではずっと虹夏とぼっちちゃんが……」

「そう、ですか……。あの二人は? 怪我とか、なかったですか?」

 

 不安と心配が顔に出ていたのだろうか。星歌さんは苦笑を浮かべ、俺の頭を軽く撫でた後、しっかりと頷く。

 

「ああ。みのるのおかげで傷一つ、怪我一つなかった。……あ、いや、ぼっちちゃんが少し、かな?」

「えっ、それってどういう……!?」

「大丈夫だから、落ち着け。……逃げる時に転んで足をちょっと擦りむいただけだ。私もぼっちちゃんの足見たけど、普通の怪我だったよ。暴行はされてないから安心しろ」

 

 その言葉にほっと息をついて。二人が無事だと聞いて心からの安堵が胸のうちに広がっていく。

 俺は俺なりに守ることが出来たのだ。怪我して病院送りは申し訳ないし格好も悪いが、一応、ミッションコンプリート、である。

 これで、どうにか明日は、

 

「ま、流石に明日のオーディションは中止だけど」

「――え?」

 

 星歌さんの言葉に、俺は耳を疑った、

 

 

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