すくりーむ・ざ・ぼっち!   作:博一

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ピンクゾンビ

 

 

 

 後藤ひとりは悶絶していた。

 入学式の日に声をかけてくれた男子生徒を一方的に怖がり、被害妄想と奇行の果てに財布を差し出して。とんでもない奴だと思われて逃げられてしまったのだ。

 

 あの後、我にかえったひとりは周囲の人々による気遣うような視線――大量の人の目に晒されてプルプル震えていたところを父親に回収されて家に戻ってきていた。

 自分の領域、聖域とも言える押し入れに入って暗くて狭い場所に癒され冷静さを取り戻したところ。自分がとんでもないチャンスを逃したことを悟って後悔していたのだ。

 

「うぐぁああーーーー! 私のバカバカバカバカァーーーー!」

 

 絶対に変な奴と思われたことと友達を得られるチャンスを不意にしたことを悔やみ、バンバンバンッと額を床に打ちつけるひとり。

 彼女は、5歳の妹に「お姉ちゃんうるさーい」と罵られながら十数分ほど身悶えた。

 

 どうにかこうにか落ち着きを取り戻し、床に仰向けで寝転がりながら天井の明かりを見つめる。

 

「謝ったら、もう一回話しかけてきてくれるかな……」

 

 誰にともなく呟き、ひとりは男子生徒を思い出す。

 顔は、普通、なのだろう。自分を無価値と思っているひとりは、自分よりは上の顔付きなのだと判断する。初めて見た教室では顰めっ面で自分を睨んでいた気がしたが、よくよく考えれば単に緊張していただけかもしれないと思えなくもない。校門付近で声をかけてくれた時の記憶は曖昧だが、どこか遠慮がちな低姿勢、だったような、そうでないような。

 

 ひとりは希望的観測をしながら、どうにか話せるかも、というところまで男子生徒の印象を持っていく。

 

「う、うんっ。明日はきちんと謝ろう! それで、話せるようになって、ロイン交換してぇ、友達にぃ……! ゆくゆくはギター弾く私を見てぇへっ、うへへ、へへへぇ」

 

 名前も知らない男子生徒に『ひとり最高!』、『お前がヒーロー!』、『人間国宝!』と呼ばれる未来を妄想して悦に浸る後藤ひとり。その後、多くの友人が出来て有名になり富豪となって胴上げされる流れを脳裏に描いて、とろりと溶け出した。

 

 人としての輪郭を失いながらクネクネと気味の悪い動きをする娘を、襖の隙間から見守っていた後藤パパママは目にあふれた涙を拭い、そっと襖を閉めた。

 

――――――

 

 翌日、俺は針のむしろだった。

 入学式でのことがもう広まっているようで。教室はもちろん、廊下でも校門付近でも学校の外でさえ、チラチラと見られては距離を取られてしまう。微かに聞こえるヒソヒソ話には「カツアゲ」だの「不良」だのと、嫌なワードしか耳にしない。

 

 憂鬱な高校生活のスタートだった。

 

「はぁ……」

 

 ため息が漏れる。

 これだけの動作でも気になるのか、いくつかの視線が俺を見てきた。しかし、すぐに逸らされる。

 視線に敏感な俺にとって嫌な状況だが、下手に関わってこないだけマシだと思う。そう思わないとやっていられない。

 

 腕を枕にして机で寝たフリをしながら、二の腕と脇の隙間から後方を覗き見る。こうなった原因の後藤ひとりはきちんと学校に来ており、俺と同じように寝たフリ(おそらく)をしていた。

 彼女は学校に来てから頻繁に俺を見てきている。それはもう、監視と言っていいくらいには。トイレに向かう際にも下手くそな尾行をして俺を見てくるのだ。服装もアニメ通りピンクジャージになっているので目立っており、分からないはずがなかった。

 

 何を考えているのか知らないが、しばらくは関われない。少なくとも、人目があるところであの奇行女と話すのはリスクが大きすぎる。また変な誤解を周囲にされても困るのだ。

 

「……はぁ」

 

 出るのはため息ばかり。

 さっさと家に帰りたかった。

 

――――――

 

 昼休み。教室に居にくいので人気のない場所に逃げてきた。

 わいわいと楽しげな喧騒を遠くにしつつ、暗い階段下の奥に腰を下ろして弁当を食べる。

 惨め、とまでは思わない。寂しい昼食だが、生まれ変わる前の学校生活は惨めどころか地獄だった。誰にも気にされず、静かな場所で弁当を食べれるこの現状はとても恵まれたことだ。

 購買に走らされることもなく、トイレの水をかけられることもなく、財布を取られることもなく、遊び感覚で殴られたり蹴られたりすることもない。

 

「ふぅ……。落ち着く……」

 

 生まれ変わっても楽しいことや嬉しいことを見出せず焦燥感だけが募り、学校生活も息苦しさを感じていた。だからこそ、こういう穏やかな時間は数少ない癒しだ。

 俺の性質が、みんなが遊んでいるのを隅っこから眺めるような人種であることも関係しているだろう。後藤ひとりほど酷くはなくても、俺も根暗で陰キャなのだと実感する。

 

 ところで肝心の後藤ひとりだが。昼休みになり、入学して二日目にも関わらずクラスメイトが和気藹々と机を引っ付けあったりグループを形成したりしているのを死んだ目で眺めていた。口から泡も吹いていた気がする。

 その後、いつの間にか教室から消えていたけれど、どこに行ったのだろうか。ヤベェ女なのは間違いないが、ついつい心配してしまう。

 

「――ぅぅ」

「……ん?」

 

 何か聞こえた気がした。

 

「ぅぅううぁぁぅうああうぅぅ」

「!?」

 

 ゾンビみたいな呻き声が響いてくる。ソレは確実にこちらへと近付いてきていた。

 怖い。めちゃくちゃ恐ろしい。いや、マジで。

 内心ビビりつつ、いつでも逃げ出せるように身構えて腰を浮かす。

 

 すると、ふらりふらりと揺らめく人影が階段から下りてこちらへ姿を見せる。

 それはあまりにピンク色だった。制服指定の学校だというのに真っピンクの上下ジャージを着込んだ野暮ったい格好をしていた。伸びた前髪で目元は見えず、猫背で俯く様は正に根暗陰キャ。生きる屍と化したぼっちであった。

 

 どっと力が抜ける。

 

「後藤さんかよぉ……」

「あぅぅああぁぁ」

 

 返事にもならない呻き声と共に、ゆらゆらふらふらと覚束ない足取りでこちらへと歩いてくるピンクゾンビ。

 彼女は俺の隣に倒れるように座りこみ、がくりと意識を失った。

 

「……なんだこれ」

 

 いや、本当に。なんだこれ。

 

「――はっ!? わ、私はなにを……?」

 

 ほどなく目覚める後藤さん。どうやら正気に戻ったらしい。

 

「あ、ここ暗い……。なんか埃っぽくてじめじめしてそう……。他のとこより落ち着く……うへへへ」

「それはよかった」

「へぅえっ!?」

 

 ようやく俺に気付いて、彼女は素っ頓狂な悲鳴をあげた。さっきまで死にかけの如く呻いていたのに元気なことである。悲鳴をあげたかったのは俺の方だというのに。

 

「ななっ、なんななんででででぇっ!?」

「言っとくけど、最初にここに居たのは俺で、後から後藤さんが来たんだよ? まあ、覚えてないかもしれないけど」

「あ、あっあっあっ……えっあ、その……」

「……とりあえず、落ち着いて。俺がここに居るのは、後藤さんと同じような理由だから」

 

 緊張しまくっている彼女を見ていると、困惑していた自分が冷静になっていく。

 おそらく、クラスメイトの早過ぎるグループ形成と陽気に満ちた空気感に耐えきれず教室を出て、じめじめした暗い場所を探している内に被害妄想でもしてしまったのか、他の楽しげな雰囲気を見てしまったのか。何らかの快活な青春っぽいのを見て精神崩壊でもしたのだろう。

 それで無意識に、自分に合ったベストな環境をゾンビになりつつ探し出した。というところか。

 

 後藤ひとりはそういう生物で。根暗陰キャの俺はそれに近しい分類の人間なので、陽気な雰囲気を苦手に思う感覚はよく分かるし、暗い場所を探してしまう心境も少し分かってしまう。

 

 それにしても、よくよく思い出せばここって確か、アニメで後藤ひとりが一人で弁当を食べてた場所に似ている。というかまんまだ。使わない机とか置いてあって半ば物置と化している薄暗いスペース。

 アニメに出た場所と思うと神聖さが……、皆無だ。全然これっぽっちも感動しない。普通に汚いので、今度床だけでも雑巾で拭こう。

 

「…………」

「…………」

 

 沈黙。互いが互いを気にかけ出方を伺った結果、気不味い静寂が俺たちの間を漂う。

 遠くから聞こえてくる喧騒が、よりいっそう静けさを際立たせた。

 

「「……あの、あ」」

 

 勇気を出して口を開くとまさかの被り。

 お先にどうぞと手で示すが、向こうもお先にどうぞと手で示す。どうぞどうぞ、どうぞどうぞ、と無益な押し付け合いの結果、根負けした俺から話すことに。

 

「えっと、じゃあ……。昨日はごめん。その、無理に声かけちゃって」

「あ、いや、えっと……。わっ、私こそ……。き、緊張して、変なことを……。そのせいで、な、なんかカツアゲとか、噂が……」

 

 話し相手のいない後藤さんでも、噂は耳にしているらしい。まあ、かなりの人数がヒソヒソ話していたし、教室内でも俺を見ながらこそこそ噂している奴もいた。寝たフリを習得している後藤さんなら盗み聞くくらい簡単だろう。

 

「うん。いや、まあ、面倒なことになったなぁ、とは思うけど……」

「うぅ……すみません……」

「そこは、ほら。実際にカツアゲしたわけじゃないし。悪目立ちはしたけど、何かされてるってわけでもないから。こういう噂は、時間が経てば消えるよ。……たぶん」

「あ、そ、そういうものなんですね……噂って……」

「そうそう。だから、その、あまり気にしないで」

「あっ、はい……」

 

 再びの沈黙。

 俺の話は終わったが、後藤さんは俯いて手をもじもじさせるだけで話しはじめない。俺から振ったほうがいいんだろうか。

 

「……えっと、後藤さんの話って?」

「あ、えっと、あの……その……」

 

 焦らす、急かさず、待つ。

 

「……あっ、あのぉ……。……ナンデモナイデス」

 

 思わず天を仰いで目元を手で覆ってしまう。

 最後の最後にヘタれるなんて。不覚にも可愛いと思ってしまったが、オイッと遠慮なくツッコミを入れてしまいそうになった。後、ためにためたのに言わないとか逆に気になってしまうじゃないか。

 

 俺は横目で後藤さんを盗み見る。

 ヘタれた自分に落ち込んだのか、どんよりオーラを背負って黙々と弁当をかっくらっていた。ちゃんと噛んでるのか心配になるスピードで箸を動かしている。

 

「もぐぅロインぐぅ、もぎゅロイぎゅ、ロぐぅインぎゅ」

 

 涙目でぶつぶつ呟きながら食事を取るという無駄に高等なテクニックを披露していた。もごもごした口から発する音をよく聞くと、ロイン、と言っているのかも。

 つまり、ロインを交換したかったのか。けど、勇気がなくて口に出せず、自分の世界にこもって未練がましく呟いている、と。

 

 ……仕方がない。俺から提案しよう。

 彼女とロインを交換するのは俺としてもありがたい。直接話すよりも意思疎通が楽そうだから。

 

「……せっかくだし、知り合った記念にロイン交換とか、する?」

「ングッ!? ごほっごほっ……! い、いいんですか……?」

「だ、大丈夫? えっと、俺としては、後藤さんともっと話したいし……」

「あっ、えっ、じゃじゃあよろしくお願いしますぅ!」

「え? あ、うん」

 

 突き出されたスマホとロイン画面。俺に操作させるのかと思ったが、後藤ひとりはぼっちなのでロイン交換の仕方など分からないのかもしれない。

 まあ、俺も人のことは言えないが。少なくともやり方だけは知っている。

 手早く互いのIDを交換し、トーク画面にテスト用の文字「よろしく」と送る。問題なく送れた画面を後藤さんに見せながらスマホを返す。

 

「佐藤、みのるくん……」

 

 ローマ字で書かれただけの俺の名前をポツリと呟き。

 彼女はしばしスマホ画面を見つめた後、ぱぁあと花咲く様に表情を明るくして「あ、よろしくお願いします」と返信をしてくれた。

 

 なんだかんだありながらも確かな繋がりを得て、俺と後藤さんは和解した。まあ、そもそも争ってなんかいなかったが。

 いろいろあってどっと疲れが滲み出てくる。薄汚れた壁に背を預け、後藤さんが嬉しげに食事を再開する様子を見て、昼休みのチャイムが鳴るまで俺は目を閉じた。

 

 

 

 






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