後藤ひとりは悩んでいた。
自分と性根の似た男子生徒「佐藤みのる」に何か出来ないだろうか、と。要領の悪い頭をこねくりまわして必死に考えていた。
一方的に距離を置く宣言をされた日。ひとりは困惑しつつも、放課後に集まる予定の佐藤家で詳しく聞こうと思っていた。
しかし、そう上手くはいかず。
佐藤家ご両親に可愛いとかギターが弾けるのすごいとか褒められて蕩けてしまったり、みのるとどんな関係なのかと佐藤パパに問い詰められて困ったところを出張ってきた後藤パパが牽制してバチバチしてたり、母親同士で気のあった佐藤ママと後藤ママが子供の将来が心配だと話していて気まずかったり。肝心の佐藤みのるには、家が近かったので連れてきたジミヘンと後藤ふたりに付きっきりで露骨に避けられてしまう。
二人で落ち着いて話せる状況などなくて。結局、軽い挨拶を交わしただけ。
じゃあロインで話せばいいと考えるも、後藤ひとりは家族以外にメッセージを送ったことのないぼっちである。どんな文を送ろうか考えてあれこれ悩み入力しては消してを繰り返して、最終的には深夜の寝不足ハイテンションのヤケクソで『一緒に食べよう』と書かれたお弁当スタンプの連続爆撃を一時間ほど敢行。
深夜帯での長時間スタンプ爆撃に佐藤みのるも戦慄と恐怖を覚えて、ついついブロック。後に正気に戻ったひとりは「ウボァ」と白目を剥いて無事死亡。
そんなこんなで話せない。学校では露骨に距離を取られる上に、あの刺すような周囲の視線の中で話しかける勇気を後藤ひとりは持っていない。
けれど、放っては置けなかった。
「どうしよう……」
ロインの画面。佐藤みのるの地味なプロフィール画面を眺めながら、ぼんやり考える。
どうして学校の人たちがあんな怖い目を彼に向けるのか、ひとりには分からない。
佐藤みのるは決して明るい人ではないだろう。表情はいつもどこか暗く、やや俯き加減な猫背で、口達者でもない。楽しげに騒ぐ集団を日陰の隅っこで眺めているタイプだと、同類としてひとりは確信していた。
だが、悪い人ではない。短い時間しか過ごしていないが、ひとりにはそう思えた。
不名誉な誤解を招いた自分の奇行を許して一緒の時間を過ごしてくれた。ロインの交換さえしてくれて。ほぼ無言ながらも居心地の悪くなかった昼食時間は、寂しい学校生活における唯一の癒しだった。
思い出すのも億劫な電車での事件。助けてくれた彼は緊張に顔を強張らせつつ、安心させるように不器用な笑みを浮かべた。あの時のことを、ひとりは鮮明に思い出せる。そして、悪い噂に巻き込まれないよう離れていく優しい背中も。
本当に悪いのは根暗で奇行をしてしまう自分で。痴漢を怖がって抵抗できなかった自分で。疑われた彼を咄嗟に助けられなかった自分で。それを学校の人たちに言えない自分で。
本来、周囲の人たちに冷たい視線を向けられるのは自分のはずだ。後藤ひとりはそう考え、想像してしまい身震いして。そんな環境になっている佐藤みのるを思い浮かべ悲しくなり、底のない自己嫌悪に陥ってしまいそうになる。
「……よし!」
後藤ひとりは決心した表情で立ち上がる。
使っていなかったギターケースを引っ張り出し、お気に入りのバンドグッズを厳選しはじめた。
「これで声をかけてもらって、と、友だちができたり、バンドに誘われたりしたら……! うへっ、佐藤くんのことも話せるし、みんな仲良くなってぇ……へへへっ。うへへへへ、い、いいずれは文化祭ライブなんかしちゃたりぃ……!」
その後、気持ちの悪い笑い声が二階から響き渡り、後藤パパママはそっと涙を拭った。
――――――
『――あああぁぁぁぁっ!』
みっともなく叫び逃げていく男子高校生を車内の窓越しに撮影していた動画が止まる。それを無表情で眺めていた女性は指を動かし、動画の男に関するイソスタのコメントを見ていく。
『うるさっ笑笑』、『気持ち悪い。痴漢は死ね』、『こいつ学生か度胸あるな』、『まだ捕まってないの?』、『女の人可哀想』、『これ秀華高校の制服だな』、『特定班はよー』、『え、これ本当? 痴漢はこの子で確定?』、『おもしろければなんでもいいッス』、『こいつが犯人だろ。顔がキモい』、『秀華高校一年「佐藤みのる」。入学式の日に女生徒からカツアゲをしていた不良』、『特定おつかれー』、『番号は? 自宅でもいいけど』、『カツアゲの不良笑笑』、『こりゃあ確定ですのぉ』、『ちなみに数日前から学校に登校しているらしい』、『は? 捕まってないの? 警察なにしてんねん』、『こいつヤバすぎだな笑笑』、『ほら、あれでしょ? 現行犯じゃないとーってやつ』、『ああ、なんか時々ニュースで見るな。痴漢が逃げて事故にあって死ぬの』、『死んどる笑笑』、『こんな男死ねばいいのに』。
「……ふぅ」
画面を睨んでいた女性ーー伊地知星歌は顔を上げ、シワの寄っていた眉間をほぐし目頭を指で抑える。
ところどころ不愉快かつ無責任で他人事なコメントを流し読み、彼女は少々疲れてしまっていた。無駄なコメントを脳内から消去しつつ、得るべき情報を脳内で精査していく。
「そっちはどうだ?」
スターリー店内のドリンク席に腰掛けていた星歌は、近くに立つ妹の親友へ問いかける。
「……トゥイッターも似たような感じかな」
「そうか」
妹の親友――山田リョウは見ていたスマホをポケットにしまいこむ。
彼女らは、虹夏のストーカーと思われる男の情報を集めていた。
虹夏とリョウが遭遇したタイミングで起きていた痴漢動画の拡散。普段は敬遠している炎上気味なコメント欄を見ていたのは、これ幸いと男の情報を得られると考えたため。
特定班などという半ば犯罪に近い連中を利用することに不快感は感じるが、星歌にとって妹の虹夏の安全は何よりも優先するべきこと。背に腹はかえられなかった。
「どれもあんまり信用できないけど、共通してるのは秀華高校一年生、『佐藤みのる』って名前の男子生徒だということ」
「……そうだな。たぶん、それは間違いないんだろ」
「電話番号は流石にないみたい。ニュースになってないから、特定する人たちはあんまり興味ないのかも」
「そこはどうでもいい。電話番号とか書かれてたら普通に怖いし、重要なのは男がどこの誰でどんな奴なのかってことだ」
「……よく見るのは入学式に女生徒を土下座させてカツアゲしたこと。他には、女生徒を強姦とか、窃盗とか、下着泥棒とか。殺人は流石にないと思うけど……」
「ロクなのがねぇなぁ……」
どれもこれもが信憑性に欠ける犯罪歴。しかし、火のないところに煙は立たないという。噂がある時点で可能性だけは生まれてしまうのだ。
それに加えて、根拠のない過激な犯罪歴を後押しするような画像もある。
「……カツアゲは確定、か。しかも、本当に土下座させてやがる」
痴漢逃亡動画が上がってしばらくして。おそらく秀華高校生の誰かが撮った写真がコメント欄に挙げられていた。
そこには、モザイクのかかった土下座する女生徒の前に立つ、動画で逃亡していた男の図。女生徒はその手に財布を持ち、男へ差し出している。
それを見て誰もが思うのだ。どれも真実味のない犯罪歴だが、いくつかは本当のことなのだろう、と。当然ながら、山田リョウと伊地知星歌も例外ではない。
残念なことに、カツアゲ写真の図がテンパって焦った挙句に被害妄想を爆発させて奇行に走ったピンク女が100パーセント悪いだなんて、誰も予想がつくはずもなし。
「クソッ……! なんで警察は動かないんだよ? 秀華高校の公式サイトも反応一つないし……」
虹夏を大切に想う気持ちが不安と苛立ちを加速させ、星歌は無意識に貧乏ゆすりをしていた。
これだけ拡散されている事件。逃げていく動画だってある。なのに警察に逮捕されることはない。生徒なら弁明や説明があるだろうと待っている高校からのコメントもない。
もしかして男の親に抱き込まれてるんじゃないのか。金を積まれたのかもしれない。だが高校の対応はなんだ。まるで無関心、噂だからと軽視している態度が透けて見えてきそうだ。
「店長、落ち着いて」
「……分かってる」
星歌は意識して貧乏ゆすりを止め、少しでも落ち着こうと目を閉じて深呼吸をする。
彼女は改めて大事な人の笑顔を思い浮かべ、やるべきことを決めていく。そして、目を開けた。
「虹夏は?」
「私のご飯を買いにコンビニ」
「……なに一人で行かせてんだよ。ていうか、お前が買いに行けよ」
「私、今お金ない。虹夏優しい」
ぐぅ〜、とそっぽを向いて草を食べはじめたリョウの腹がなる。
緊張感のなさと妹の親友のクズっぷりに星歌は頭を抱えたのだった。