『どうして、お母さんの言うことを聞かなかったの?』
真っ暗な遊園地、音符や鳥などがデザインされた色とりどりのボックスにペンギンと白鳥をイメージした噴水。そして色とりどりの列車が存在するはずなのに、
まるでどこか廃墟のように真っ暗で、明るさも温かさもなど微塵も感じない場所。
そんな場所で、母親らしき人物が冷たい声で言い放つ。
『お母さんのそばから離れちゃだめって言ったわよね? それなのに、どうしていなくなっちゃったの?』
――ああ、またか……またこの夢か。
『お母さんね、まふゆがいなくなって、とっても怖かったのよ。まふゆがお母さんを心配させるような【悪い子】になっちゃったと思って……』
遊園地で迷子になってから、よくこの夢を見る……母親の姿をした化け物が、小さいわたしを問い詰めている夢を。
『もしまふゆがいなくなってしまったらって思ったら、お母さん、とても悲しい気持ちになって』
――黙れ、お母さんを真似ただけの怪物が……。お母さんはそんなこと言わない。
夢の中でのこいつは良い子という言葉を振りかざし、わたしの心を蝕む。
『まふゆ、貴女は良い子でしょ?』
まるでわたしを洗脳するかのように、この化け物はそれを連呼する。
「……良い子に決まってんじゃん」
その化け物を睨むように、わたしはそういった。
これは、わたしが作り出している母親の幻影。その一番信頼する姿の自分が……自分自身に言っているのだ、良い子になれと。
――なぜなら、お母さんに……家族に幸せになってほしいから。
音楽で救われるだとか、音楽を作りたいだとか。そんなやりたいこととは違う。
――良い子でいなければ、医者にならなければいけないのだ。
ずっと甘えてきた、ずっと守られてきた。いままでずっとずっと、数え切れないほど愛されてきた。
この夢を見るといつも決意する。
……今度は自分の番だ。
今度はいっぱい頑張っていっぱい稼いで、お父さんとお母さんを幸せにしたい……しなければならない。
どれだけ苦しくても、どれだけ疲れても、それでも立ち上がって……お父さんとお母さんがいっぱいくれた幸せを、少しでも返したい。
もっと良い子に、優秀なお医者さんに……もっともっと――
――自分なんて【他人】のためじゃない。お父さんとお母さんがくれた家族の幸せを、今度はわたしが掴むために……。
―― ―― ――
「あ、ちょっと! 今のタックルわざとでしょ!?」
「えー、人聞き悪いなぁ、それがこのゲームだよ?」
「結局わざとじゃ無いの! あー、また負けた! 強いって言われてるお花チャンカート使ってるのに何でなのよ」
「えななんいつの時代に生きてるのwwww。ワルイジハナカスとか今時wwwww」
今日、朝比奈家のまふゆの部屋は、いつも以上に賑わっていた。
「……ねえ、ちょっと」
「もうっ! もう一回よもう一回! 今度こそ勝つ!」
「むりむり~、今の絵名のドラテクじゃ、僕を抜くことは到底出来ないかなぁ」
コントローラーを持ち、テレビに張り付いている二人を見ながら、奏は苦笑する。
「そろそろ奏もやる? 面白いわよ?」
「わたしは……いいかな、そのゲーム酔っちゃうし」
「じゃあ、スマシスやろうよ! スマッシュシスターズ!」
「それもちょっと……きょう、プロコン持ってきてないし……」
「「マイプロコン!?」」
「……ちょっと」
この部屋の主であるまふゆの事など一切気にせず、絵名と瑞希の二人は奏の話に吸い込まれる。
「奏マイプロコン的なの持ってるの?! VIP何人?!」
「え、えと……一応全キャラ行ってる……」
「「全キャラ!?」」
「え、えと……それでもメインで使ってるのは、そんなにいないよ?」
「いやいや、普通VIPっていけないわよ? すごいじゃない!」
謙遜する奏を絵名が褒めると、奏は照れくさそうに笑った。
「あ、ありが……と……」
「ねえ……あのさ……」
まふゆの額にどんどん青筋が肉眼でも見えるようになってきている。
しかし、それでも彼女達は会話に花を咲かせ続ける。
「よーし、じゃあ今度まふゆん家に遊びに来るときはプロコン持ってきて! 僕のキャラと勝負しよう!」
「あ、私もやりたい! ……出来ればアイテムありで」
「わー、えななんアイテムありとかエンジョイおつ~」
「おいてめぇらぁああ――っっっっ!」
と、この瞬間まふゆの怒りが爆発。彼女の口からとても普通なら聞くことのない罵倒の言葉が飛んだ。
その声にビクッと三人は反応し、怖がるように互いに身体を寄せ合った。
「な、なによいきなり大声出して! びっくりするじゃないの!」
「……ここ、わたしの部屋。わたしのパーソナルスペース」
「はぁ、別に良いじゃ無いの。友達の家で遊ぶのとか普通だっての!」
「誘・っ・て・な・い」
反論してくる絵名の言葉にツッコむように、まふゆはぐいっと身体を三人に寄せる。
すると同時に、三人は逃げるように部屋の端に固まった。
「いんやー、あのね? まふゆのお母さんに今日一緒にご飯でもどう? って誘われたんだよねぇ」
「……は? 聞いてない」
「だからとりあえず、ゲームももってこっかーって話になってね~」
へらへらと笑う瑞希に、まふゆはじとーと冷たい目で見つめた。
「いやはや、まさかまふゆに話が言ってなかったなんて! うっかりうっかり!」
「うそ、絶対知ってた」
「まふゆもゲームやる?」
「興味ない」
ばっさりそう言うと、まふゆはピ――ッとテレビに繋がっているゲーム機から、○witchの本体だけを抜いた。
「興味ないのに、それの原理は知ってるんだ……」
奏がぼそっと言うと、まふゆは睨んでくるので目を反らした。
「わたしは今から勉強がしたい、出てって」
まふゆは冷たくも鋭い目で、三人に向かってそういった。
彼女達は良い友人だが、それだけだ。ニーゴとしての活動以外で三人となれ合う気はない。
そんなものは時間の無駄でしかない、今は高校の大事な時期……少しの時間でも惜しい。
――良い子でいる為、そして医者になるための時間を……少しでも削りたくない。
「……わかった」
「ちょっと、奏――」
「……いいから」
奏は絵名に視線を向けた後、コントローラーを持った。
「それじゃあ、これやったら帰るから。まふゆも一緒にやろ?」
「…………」
「ちょっとくらい、息抜きは必要だよ」
「…………わかった」
まふゆはようやく観念したかと、奏の隣に座った。
―― ―― ――
「……なぁ、愛する妻よ。なぜ俺が怒ってるのか理解してるか?」
「……わかりません」
そして一方、朝比奈家のリビングでは……母親が正座をして父親に説教されていた。
「いいか? 娘の友達とお茶をしに行く……そこまでは百歩譲って良いんだ、ほんっとうに譲ってだがな。本来友達の母親からの呼び出しなんて普通は怖がるもんだ、それは理解してくれ?」
「ハイ……」
「んで、今回怒ってるのはそれ以前の問題なんだ」
父親は持っていたハリセンをパンパンッと手のひらに叩き、母親の目の前に突きつけた。
「それ、以前……?」
「まだわからんか。では聞くが、その友達との連絡はどうやって取ったんだ?」
「どう、やって……?」
母親はその問いの意味が正直理解できなかったが、とりあえず答えようと人差し指を顎につけた。
「えっと……わたしはその子達の連絡先持ってないから、普通にまふゆのパソコンを使って連絡――」
「こんのバカ嫁がぁぁぁああああぁ――っ!」
バシン――ッ!
その刹那、父親は持っていたハリセンを母親の頭に叩きつけ、その衝撃で母親はダルマのように左右に揺れた。
「良く悪びれも無くさも当然かのように【娘のパソコン見ました】って言えたな!?」
「べ、別に普通でしょ! 家族なんだから――」
「思春期って事考え――いや考えなくても見ちゃいけないんだよ!」
「なんでよ!」
「スマホやパソコンには個人スペース! 誰にも見られたくないのが入ってるもんなんだよ」
「母親にも見せられない物ってなによ! 親に隠し事して言い訳?! もし変な奴らとネットで絡んでたらどうするの!」
「バカタレッ!」
バシン――ッ!
その瞬間、また父親のハリセンが炸裂した。
「うぁ――ぁぁあ――ああぁ……」
「全く……気持ちはわかるが自重はしてくれ。どんな仲でも見られたくないもんってのはあるんだから。今後は禁止な」
「はぁーい」
母親の少し不服そうな顔を見た後、父親は椅子に座ってお茶を飲んだ。
それに釣られるように、母親もその目の前の椅子に座る。
「あと、だ」
「えぇ……まだあるの?」
「まだある、しかも現在進行形で」
父親は説教に肩を落とす母親に呆れながらも、机に肘をついて話を続けた。
「今日、まふゆの友達三人が上がってきたろ」
「ええ、そうね。わたしがご飯に誘ったわ」
「なんでわざわざ……」
「いや、ちょっと大人として目に余る子がいて……」
とある日、母親が買い物に出かけた時のことだった。
ちょうど偶然にも、そこで奏を発見したのだが……そこには買い物カゴいっぱいにカップ麺を詰め込んでいる姿があった。
話を聞くと――お手伝いを頼んでいない時は基本的にはカップ麺で食事をまかなっているとか……。
――流石にそれを放っておくのは大人としてどうかと思うため、母親は食事に誘ったのだ。
「あれやこれやと話すうちにみんな来なさいって話になって……」
「……そうか」
「ほら、一人増えたなら三人増えても一緒でしょ?」
「三人は流石に一緒とは言いづらいが……」
父親は話を聞きながら足を組み替え、ため息をついた。
「それ、まふゆには話してなかったんだろ」
「ええ勿論、あの子絶対に反対するじゃ無い」
「あのなぁ、少しはあの子の気持ちもくんであげたらどうだ」
そして、父親は揺れる湯飲みを見ながら、冷たく言った。
「まふゆは……自分のパーソナルスペースは誰も入れたくないんだよ、家族の俺らにも見せないんだぞ? だから今まで一切友達を家に入れなかった」
「…………」
「それにあの子は医者を目指して頑張ってる重要な時期だ、あの子が無駄に遊ばずに必至に頑張ってるのは知ってるだろ」
「……アナタは、それがあの子の幸せになると思ってるの?」
「…………」
母親は怒りか悲しみか、唇を震わせながら言った。
「今の女の子らしいことも、学生らしいことも一切していない今の状況で……本当にあの子が幸せになると思ってるっ?!」
「…………」
「あんな……まるで良い子に縛られた人生で! あの子が幸せになるって思ってるの!」
「思ってない」
父親は興奮する母親を抑えようと、彼女の唇に人差し指を置いた。
「けど、だからって親がまふゆの道を決めるわけにもいかないだろ。医者はあの子が選んだ道だ。まふゆの人生はまふゆが決める」
「…………後悔するかも、しれないわよ?」
「わかってる、医者の世界があの子の望む物では無かった場合……『今までの学校生活は何だったんだ』と間違いなく後悔するだろう」
そういうと、父親は母親の頭を優しくなでた。
「でも、そん時はそん時だ。家族である俺らが支えれば良い。少なくとも今は……頑張ってる娘を応援するのが親だろ?」
「…………うん」
「それに、後悔してもやり直せば良い。後悔して未来が真っ暗闇になったとき、そこにいろんな選択肢を見せてやるのが、親の役目だ」
「……そう、ね」
父親の言葉を聞き……母親は目を瞑った。
勿論、父親も今のまふゆが心配なのは事実だ、出来ることなら無理せずに別の道を選んでほしい。
けど、それは親のエゴだ。本当の親ならば……どんな道を選んだとしても、それを目指す娘が思う存分頑張るのを見守るべきだ。
「さて、まふゆは大丈夫かな」
ふと、父親がそんなことを言った。
「勝手に親友に自分のくつろぎの空間……パーソナルスペースに入られてるわけだからな。今頃喧嘩になってるかも」
まふゆがいつもと同じスケジュールなら、そろそろ勉強に取り組む時間のはずだ。この時間は基本集中していて……親でも入ろうものなら速攻で追い出される。
そんな事を考えていると、母親がくすりと笑った。
「大丈夫よ、アナタ」
「……? なぜそう言い切れる?」
「いつも真面目なアナタにはわからないかも知れないけど――」
そういうと、母親は優しく笑った。
「年頃の女の子は、なんだかんだ一緒にいるのを楽しんでるものよ」
―― ―― ――
「………………」
一方その頃、まふゆは奏と
結果はまふゆの完全敗北、奏はストックをすべて残して勝利を収めた。
「うははははっ! 奏つっよ!!!」
「流石の優等生様も、ガチ勢には勝てないわよね」
瑞希は可笑しそうにお腹を抱えて笑い、絵名はニヤニヤと冷たい目でコントローラーを握りしめているまふゆを見る。
「……え、えと」
「………………………………もっかい」
「今度は、片手でやるね」
「バカに……しやがって…………」