前後編で前篇をヤスハ視点で、後篇をAKIRA視点で描写しています。
希望と悲しみに満ちた別れからもう何百年が過ぎたろう。ヨーコとの別れ際には自信満々でオートマトンには諦めは無いと言った。しかし時折旧文明の崩れかけた建造物が現れては
初めの百年はただがむしゃらだった。地上に出て最初の一年ほどはマッピングしていくことすら思いつかず、ひたすら生物の活動にとって快適な地点を探してとにかく歩き回っていた。
次の百年は思索に費やされた。先ずは「花」を付ける生物、すなわち植物に関わる情報を少しでもサルベージすべく、メモリーチップの端から端までチェックした。植物そのものの情報は都市機構が丹念にライブラリーから削除していたが、都市でも食用や薬用として栽培されていた菌糸類、キノコの生態が植物と関りを持つ部分からわずかな情報を得ることができた。
電子頭脳内部で
情報端末にアクセスすることで、メモリーチップにはない「花」が人類の情緒にどう作用するかなどの文化的な側面を知ることで、ヨーコの情熱の原点に触れることができた。実際的な面で言えば、情報端末に上位権限を付与してバイパスを通しての検索は、都市機構によって情報の入出力が制限されているヤスハ自身のオペレーション以上にメモリーチップのサルベージに大きく寄与した。
十年ほどを一つの都市を
その結果、最終戦争末期には核分裂を利用した大量破壊兵器が無差別に使用されて、標的となった場所の周囲は数km単位で放射線の充満する今もって死のエリアだが、それまでは化学燃料を使用した制圧が主で、その結果破壊されたエリアでは生物が存在しうる可能性を感じ取ることができた。
希望を得たヤスハは
そしてそれから百年以上もヤスハは
それは地下都市の市民の中でもしばしば
ヤスハは次第に次の地区へと動くのを‐求める場所が見つからないという事実を認識することを恐れるようになっていった。
ヤスハは今回も駄目だろうという諦念を抱きながら、新しい土地へ移動してきた。ここ数十年は海岸線を
最初に空気中の放射線濃度を確認する。どこもかしこも汚染は深刻だったが、海岸は海からの風が作用しているのか、劣悪な環境に対応した種ならば、何とか育成できる数値に収まっていることがある。計器を作動させながら海岸沿いを地形の確認も兼ねて移動していると、ヤスハのオートマトンの目ですら
オートマトンには少なくとも体力という点での
地上に出てから全く初めての存在に、久しぶりに新鮮な気持ちでヤスハはこの灯台を探索することにした。
灯台とは高い場所から光を放って、夜間航行する船に
ざっと眺めると施設内の案内用、昇降機の操作用、灯台を管理する組織が管理していた
そして通信設備。それも操作盤を見ると単に近傍との連絡手段だけではなく、恐らく地球上を
スイッチを入れると、恐らく千年近く放置されていただろう通信機器は無事に起動した。この狂いきった世界で孤独な戦いを続けてきたヤスハにとっての不幸中の幸いと言えるのが、放射線だらけで生命を
どこに通信を送るか。しばらく考えたヤスハは、まずはこの大陸の未探索領域をチェックしていくことにする。時間をかけても歩いて行ける場所に人が生きられる区画があるのならば、それに越したことはない。いくつか有る別の大陸に思いを
そう決めて大陸内部の通信施設に無差別の発信を設定してマイクの前に立つ。
「…発、オーストラリアニューサウスウェールズ州バイロンベイ灯台。
簡単な発信の知らせを
「…発、オーストラリアニューサウスウェールズ州バイロンベイ灯台。宛、オーストラリア全域…応答を求めます…」
10分ほどの静寂の後、再び同じ文言を繰り返してしわぶき一つせずに聴覚に集中する。だが、今回もアクセスしている
「…どうしよう…?今はたまたま通信の音声が届く範囲にいないだけかもしれないし…」
改めてどんなペースで、またどんな言葉で呼びかけを続けるか、返答を得るために最適な行動を思案したヤスハはより根本的な問題に気付く。もしもこの大陸、いやこの地球上にこの通信を受けることのできる誰かが居たとして、その誰かは生物の存在も怪しい遠方の通信機からのアクセスを期待してチェックするだろうか。もしも人間が存在しうる環境ならば、そこにはそれなりの共同体が形成されていて、その内部の人間はそこで完結しているのではないだろうか。自分がそうだからと、孤独を
それと同時にこの地区一帯の肉眼での観測と地質調査。破損の無い通信設備に誰かと言葉を交わすという期待が生まれてしまったが、ヤスハにとって大事なのはヨーコの目指した花の咲き乱れる地上。その為の研究と実験は何よりも優先される。たとえ不可能を結論付けた電子頭脳が行動を矛盾と裁定し、少しずつ論理機構にエラーが
かくして灯台と岬のあちこちを行き来する日々が続いた。やや気候が乾燥がちだが地表の放射線量はかなり少なく、これならばと思い一旦バイロン岬から離れて以前種子を発見した地下都市へ引き返し、保存された物の1割ほどを持ち込んだ。
遠方へと旅している間に通信に反応が無かったかと
「花」については難航している。種を土に植えて芽吹かせることはできた。だが、殆ど成長しないまま枯れてしまう。水に関しては海水を蒸留したもので十分な量を
今日からはオーストラリア大陸以外の通信設備へと呼びかけるつもりだ。比較的近いユーラシア大陸、特にアジア地域を目標として電波を飛ばした。
「…発、オーストラリアニューサウスウェールズ州バイロンベイ灯台。
代り映えの無い送信に、この文面がいけないのかと少し思いながら、いつものように返答を待つ。2度、3度と呼びかけ、今日も駄目だったかと心の中で
「…発、日本新潟県個人所有地。
まさに諦めようとしていた瞬間の、そして数百年ぶりの他人の声にヤスハが息を飲んで何を話せばよいか戸惑っていると、通信機の向こうからいぶかしげな声がする。
「バイロンベイ灯台、返答ヲお願いシマス」
「っ!し、失礼しました。R346‐AKIRA。私の名前はヤスハと言います。…日本の方なのですね、そのお名前はひょっとして…?」
「ハイ、私ハ汎用アンドロイドです。AKIRAトお呼びクダサイ。貴女はニンゲンなのですか?」
「いいえ、私はOKZ型エンフォーサー…オートマトンという呼称ですが、恐らく人間を
「マスターは…先日亡くなりマシタ。命令変更ガ無かったノデそのままマスターノ家ノ保守点検ヲ続けてイマス。貴女ハ?」
「私は…私もマスターは居ないんです。本来は起動時に設定されるのですが、1度故障してから修理されて再起動した時、マスターとなるべき人はマスターではなく友達になりたい、と言って」
「アンドロイドガ友達…その人モ私ノマスタート一緒デ、
それでヤスハはAKIRAが片言で話す理由が分かった。最終戦争以前にほぼ世界中で公用語となっていた英語だけは、日常で使用しないにしてもインストールされていたが、使うのは今日が初めてなのだろう。
「申し訳ありません。私が使用できる言語は製造された地下都市で使用されていたオーストラリア英語だけです」
「そうデスカ。ヤスハという名前カラひょっとして日本系なのかト勘違いしてイマシタ」
「ヤスハという名前は日本語から取られたようです。地下都市で出会った人々も名前の響きは日本系に思えました。日系人のコミュニティが集まってできた都市だったのかもしれません」
「その地下都市トイウのはどういった物デスカ?」
「最終戦争の際の汚染から逃れるために、地下深くへと掘り抜いて造られた都市です。地下の都市のみで世界は完結していると教え込まれ、人々は都市を管理する組織に従って生きていましたが、ヨーコさん…私を再起動させた女性は地上の存在と、都市には存在しない美しい「花」を夢見て、地上が汚染されていると知りながら、組織に反抗し私を導いてくれました」
「ナルホド…日本周辺はそこまで酷い汚染度合いではなかったヨウデス。厳しく防護されてハ居ますガ、ここハ地上ニ建てられた住宅デス。実のトコロ、ワタシは長く世界ノ真実ヲ知らず、マスターがワタシと話すのガ一番楽しいト言うノニ甘えて、マスターが音声データデ作ったAIト通信スルふりで
「それはきっと違いますよ」
AKIRAが自分を責めていくのが辛くてヤスハは口を挟んだ。
「
「ヤスハサン…ありがとう。そう…デスネ。マスターはきっとそんな、アンドロイドを心底愛する変人デシタ。だから私ハマスターが死んでからモこの家ヲ守り続けているんデス、きっと」
「ヨーコさんも変な人でした。私達はそんな人を愛したから、その言葉に従って時を過ごして…こうして出会えました」
ヤスハとAKIRA。二人はまるで違う。愛した人の性格、過ごしてきた環境、今なすべき役割…だが全く違うからこそ、語り合い分かり合う時間は尊く、お互いの悩みを違う角度から見つめて新しい答えを出し合える。
二人は時を忘れて語り合い、今後も知恵を出し合うことを約束した。
読んでくださってありがとうございました。
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