機械人形たちの交信   作:嶺月

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後篇です。二人の交信の部分だけ前篇と重なっています。


~AKIRA

「マスター?…マスター?」

 青ざめながらも笑みを浮かべてAKIRAと話していたマスターは、何かに満足したような表情で瞳を閉じる。話が終わったわけではないのにどうした事か、とAKIRAが呼び掛けても、いつものような透き通るような笑顔が返ってこない。

 不思議に思ったAKIRAはマスターの身体をスキャンする。脳波、脈拍、共に停止。マスターは…その命を終えたのだ。

「マスター…嘘、ですよね…?」

 AKIRAをこの世界に生み出した、そしてこの世界の全てだった男が自分の手の届かない所へ旅立った。その事実を受け容れることができず、AKIRAは男の手を取って自分の機械仕掛けから生み出される熱がマスターの生命活動を呼び戻すことを願って、じっと彼の顔を見つめて再び笑いかけてくれることを待ち続けた。

 

「マスター、台所と食堂の清掃を完了しました。本日は自室と食堂、どちらでお食事なさいますか?」

 きっかり24時間、マスターの復活を待ったAKIRAは男の身体を冷凍保存し、それからのAKIRAの生活は…なんら変わる事は無かった。だってマスターは何もAKIRAに変更の指示を出していないのだ。

 AKIRAはマスターの生活区域を丁寧(ていねい)に清掃し、食事や入浴の支度を調え、マスターが常用する薬を準備した後、空いた時間を使って独り身にはあまりにも大きな屋敷の使われていない区画を少しずつ整理していく。

 今日のノルマを終えたAKIRAは空のベッドに向かって問いを発し、無言に対して深く頭を下げる。

「わかりました。今日は食事を()らないのですね。入浴はいかがなさいますか?…はい、それはまた明日という事で」

 空の返事を受け取った後、AKIRAは自分のために用意された部屋に入り、ベッド型の充電装置に横たわってボディのセンサーをオフにし、屋敷のアラートプログラムに接続した後、キャッシュの整理とソフトウェアの修復を行う。

 かつては細かくチェックして扱いを定めていた一次記憶領域も最近はまとめて削除してしまう事ばかりだ。だってAKIRAに必要なのはマスターの様々な好みや生活の変化なのだから。

 

 そんなある日、AKIRAは奇妙な部屋を見つけた。部屋というよりは扉と言うべきか。AKIRAの演算性能を以てしてもロックの解除には一週間はかかりそうだが、一方でAKIRAにはこの扉に対するアクセス権限が与えられている。不思議に思いながら一週間アンロックに取り組み、無事に扉を開けると奇妙に薄暗い部屋へと入った。

 がらんとした部屋には、ただ一つのあまりにも簡素な情報端末と、それに接続しているモニターのみが置かれていた。首をかしげながらモニターのタッチパネルを操作し…そしてAKIRAはマスターが彼女に隠してきた秘密を知った。

「勝手すぎます。どうしてこんなもの残したんですか。もうあなたはいないのに。自分は…これからひとりぼっち、なんですよ。それなら…知りたくなんてなかった…っ」

 自由に生きろ、という残酷な最後の命令にとうとう悲しみを爆発させたAKIRAはその場に崩れ落ち、床を何度も何度も叩き、運命を呪い、マスターを初めて名前で呼んだ。何度も何度も、もしも冥府があるのならば届けとばかりに、愛しい男の名を、人間だったら声が()れ、(のど)が破れて血が出るほどに叫び続けた。

 アンドロイドであっても一つの思考でメモリーを埋め尽くすことは叶わなかった。時間が経つと空白になった領域で思考が回り始める。このままエネルギー残量が切れるまでこうしているのかと。

 それも良いな、と思った。だが、もしも自分の活動が停止するならば彼の下でと思った。だからよろよろと立ち上がると夢遊病患者のようにふらつきながら、まるで隠してしまえば自分にもマスターの死を無かったことにできるというように、彼の死体を冷凍保存したあの部屋へと向かった。「生きろ」という命令に背いているのではないか、そう警告する電子頭脳に同じ電子頭脳から、「死ぬ」ことは「生きる」ことの一環だと反論して。

 

 あと少しで目的地へ辿り着くという所で、通信が入った事をホームコンピュータが知らせてきた。この厳粛(げんしゅく)なひと時を無遠慮に遮った何者かに八つ当たり気味の怒りをおぼえるが、もしもマスターに関する情報であるならば無視することはできない。少なからず葛藤(かっとう)に悩まされながらも、AKIRAは通信設備の設置された部屋へと向かった。

「…発、オーストラリアニューサウスウェールズ州バイロンベイ灯台。(あて)、アジア全地域…応答を求めます…」

 受信機から聞こえてくるのは味も素っ気もない広域通信。だが先ほど閲覧(えつらん)したマスターの「遺言(ゆいごん)」を考えれば相手の事情は想像がつく。汚染された世界をどうやってか旅して、偶然見つけた通信機で手当たり次第に話す相手を求めているのだろう。

「…発、オーストラリアニューサウスウェールズ州バイロンベイ灯台。(あて)、アジア全地域…応答を求めます…」

 AKIRAよりもやや高い幼さを感じる声。静かに抑えられた声調には何故か見知らぬ誰かへの期待が感じられない。まるで自動機械か何かが、義務感を理由に発信しているかのようだ。しかしその熱の無さが、無視してしまおうかとも考えたAKIRAの琴線に触れた。相手も気に食わなければすぐに通信を切ってしまう位の軽い気持ちならば、このぐちゃぐちゃに乱れた心を吐き出す先としては丁度良い。

「…発、日本新潟県個人所有地。(あて)、オーストラリアサウスウェールズ州バイロンベイ灯台…初めマシテ、私ハR346‐AKIRA。オ名前ヲお聞かせクダサイ」

 AKIRAは送信機のスイッチを入れて名乗る。ひょっとしたら「ニンゲン」でなければ相手にされないかもしれないが、マスターに与えられたアンドロイドとしての自我はAKIRAの誇り。偽るつもりは無い。

 相手は本当に人間でなければ無視するつもりなのか、待ち望んだはずの返信に応えようとしない。苛々(いらいら)しながらもう一度呼びかける。

「バイロンベイ灯台、返答ヲお願いシマス」

「っ!し、失礼しました。R346‐AKIRA。私の名前はヤスハと言います。…日本の方なのですね、そのお名前はひょっとして…?」

「ハイ、私ハ汎用アンドロイドです。AKIRAトお呼びクダサイ。貴女はニンゲンなのですか?」

「いいえ、私はOKZ型エンフォーサー…オートマトンという呼称ですが、恐らく人間を()した機械という事では同じだと思います」

 驚いたことに相手もニンゲンでは無かった。しかしそれで汚染をどう耐えたのかは分かった。恐らくは地上探索用に開発されたアンドロイドなのだろう。通信もただプログラムに従って生存者を確認しただけに違いない。ならばもう用は無い。適当にあしらってマスターの下へと向かおうとした。しかし何となく会話が続いて、ヤスハが自らの不退転の意志でこの地上を旅していることを知る。

 そしてその旅の目的…「花」を咲かせるというちっぽけで遠大な旅の終着点に、冷えかけていたAKIRAの心にも熱が(とも)る。そして宿った熱に押し出されるようにAKIRAが吐き出した弱音をヤスハは受け止めてくれた。気付けばとても長い時間二人は語り合い、お互いを深く知り、そして今後の協力を約束した。

 マスターに生き続けることを望まれた同士だからなのだろうか、AKIRAは殉死(じゅんし)を選ぼうとしていた自分の心変わりに驚いたがそれもいいだろう。マスターは「好きなように生きろ」と言い残したのだから。ひょっとしたらヤスハの目的が果たされるまでの関係かもしれないが、その間に愛した男の事を少しずつヤスハに伝え、ヤスハの愛したヨーコという女性の事を知っていこうと思う。

 

「…それで水は充分なはずなのですが、肥料が必要だと思うのでまたその地下都市で探してみようと思っているのです。しばらくの間通信できなくて申し訳ありません」

「なるほど。そういえば、「豆」という物は見つけましたカ?」

「マメ…ですか?いいえ、私の知識には有りません。花の種類でしょうか」

「花というヨリ、種子の種類と言った方が良いでしょうカ…それ自体がかなり多くノ栄養分をため込んでいることに加エ、栽培された土地ノ地味(ちみ)を豊かにする効果が期待できるそうデス」

「参考になります…意識して探してみますね。一か月ほど留守にします」

朗報(ろうほう)を期待しています。頑張ってクダサイ」

「行ってきます、AKIRAさん」

「行ってらっしゃい、ヤスハさん」

 花を咲かせたいという割に、ヤスハは驚くほど植物について(うと)かった。無理もないことだろう、彼女が生まれた地下都市ではわずかな食用のキノコ以外、ろくに生物が存在しなかったようだから。

 過酷な土地で悪戦苦闘するヤスハのために、データベースを(あさ)ってアドバイスするのは楽しかった。ヤスハが綿が水を吸うように様々な生物の知識を学んでいくのと同時に、最初はたどたどしかったAKIRAの英語も見る見るうちに‐オーストラリア(なま)りだが‐成長していく。

 今後について考えることがある。ヤスハの目的はただ花を咲かせるだけでなく、地上を花で満ちた世界にすることだ。いつかこんな通信一本でやり取りする引きこもりのAKIRAとの時間よりも、世界を見て回る時間を優先する時が来るだろう。だが、AKIRAはそれで良いと思っている。勿論役目を終えた機械らしく眠りに就くつもりは毛頭ない。ヤスハは鮮やかな花畑を見せるためにいつか海を越え、AKIRAを屋敷から連れ出してくれる。その時に備えて、AKIRAはこの屋敷を廃墟(はいきょ)しか知らないヤスハが見たこともない「人が手入れした屋敷」に保っておくのだ。

 そんな未来を夢見て、AKIRAは今日も屋敷を丁寧(ていねい)に掃除して、リビングの模様替えに悩み、来客をする料理の腕を磨きながら日々を過ごすのだ。




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