強化された大日本帝国召喚   作:89式小銃

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また、一部数値は適当な物ですので注意して下さい。


兵器設定 陸軍航空機部門

 

―戦闘機―

 

「四式戦闘機"疾風"」

 要目(二型)

全長:9.92m

全幅:11.24m

全高:3.38m

重量:2.85トン

発動機:ハ-44-13型(2400馬力)

上昇限度:12.100m

最高速度:734km/h(高度7.100m)

航続距離:2500km(増槽アリ)

武装:ホ5 二式二十粍機関砲×4門

搭載兵器:(搭載重量600kg)

     30kg爆弾、100kg爆弾、250kg爆弾

     100kgタ弾、HVARロケット弾

 

日々航空機の性能が進化し、1943年には各国で2000馬力級の戦闘機が開発されている状況に乗り遅れまいと日本陸軍で計画・開発され1944年後半に配備された初の2000馬力級大型戦闘機。速度、武装、防御、航続距離、運動性、操縦性がバランス良く纏まり、仮想敵国のソ連からは「鋼鉄のサムライ」と呼ばれ、米軍からは「日本軍最優秀戦闘機」と評される。

 <概要>

1942年中旬に行われた一式戦闘機の後継機を巡る軍民共同の選定研究会では幾つかの1000馬力級戦闘機案や米国のP-40N『ウォーホーク』や独逸のBf109F『メッサーシュミット』が候補に挙がったが、これらの機が搭載する12.7mmや13mm、15mm機銃では高高度を飛行する大型爆撃機には威力不足との声が挙がり、より高い性能を持つ1500〜2000馬力級の大型戦闘機を求める航空軍の声や外国製エンジンや武器の生産を行いその技術を吸収した航空機製造会社の長島飛行機が2000馬力級大型戦闘機案を提示したことから結果として『最高速度680km/h以上、20mm機関砲4門装備、上昇最高限度12.000m、制空・防空・襲撃などを行える多目的機』として計画が始まった。

 <機体設計・機動性能>

本機は外国製の武器やエンジンを搭載していた従来機とは異なり、外国製に頼らず自国産の発動機・武器を搭載した純粋な国産機となっているのが特徴となっている。2000馬力級戦闘機としては極めて小型、軽量に設計されている。機軸と前縁が直交し後緑が前進する主翼や、水平尾翼より後方にある垂直尾翼、蝶形フラップ、前後で分割する胴体など、開発を担当した長島製戦闘機の特徴を有している。そして九七戦や一式戦といった従来の機と異なり、操縦系統が意図的に重く設定されている。これは従来の軽い操縦系統は急旋回を行えるためその際にかかる荷重に対応して機体強度を高くしなければならず、これを行うと機体重量が増加し、結果的に飛行性能が低下するという現象が起こっていた。そこで急旋回を難しくすることで機体強度を低く設定して軽量化を図り、速度や上昇性能の向上につなげるという意図の元に重い操縦系統を採用している。これによって他国の2000馬力級戦闘機と同等の速度・上昇性能を獲得しているが従来の格闘戦が苦手となっており一部の熟練搭乗員からは不満の声が出ているが、「操縦桿を力いっぱい振れば格闘戦用の旋回性能もかなりある」と言った声もある。

 <武装>

ホ5二式二十粍機関砲を胴体及び翼内にそれぞれ2門ずつ搭載し、射距離100mで厚さ20mmの装甲板を貫通する破格の攻撃性能を誇っている他、30〜250kg爆弾を主翼下の懸吊架に2発搭載可能であり、更にクラスター爆弾であるタ弾やロケット弾を搭載することで地上攻撃機としても運用ができる。

 <防弾性能>

全ての燃料タンクは積層ゴムで包まれたセルフシーリング式の防火タンクとし、12.7mm弾対応。搭乗員を保護するため操縦席背面に重量29.5kg厚さ12.4mm表硬度828HVの浸炭処理済防弾鋼板を備え、風防前面は70mm厚の防弾ガラスとなっている。また天蓋には飛散装置が取り付けられており、緊急時の脱出が容易にされている。

 <現状>

1946年初旬時点で500機以上が生産されており、第一航空軍の第16飛行団や第12飛行団といった優良部隊に配備が集中され、最終的には1100機の生産を予定している。

 

「三式戦闘機"飛燕"」

 要目(二型甲)

全長:9.156m

全幅:12m

全高:3.75m

重量:3.96トン

発動機:ダムラー・ベンツDB 605 AS(M)1700馬力

上昇限度:11.600m

最高速度:670km/h(高度6.400m)

航続距離:2700km

武装:ホ5 二式二十粍機関砲×2門

   ホ103 一式十二・七粍機銃×2門

搭載兵器:(搭載重量600kg)

     30kg爆弾、100kg爆弾、250kg爆弾

     100kgタ弾、HVARロケット弾

 

1939年、技術研究目的でドイツから輸入したBf109Gメッサーシュミットで得た技術を元に開発された日本陸軍最初で最後の液冷エンジンを搭載した液冷戦闘機。Bf109に似た機体形状から『和製メッサー』と搭乗員達から呼ばれている。

 <概要>

1939年当時、日本には1500馬力を超える戦闘機が存在しなかったが米国や欧州では1500馬力級の戦闘機が配備され始めていた。そして1940年のソビエトとの国境紛争である樺太紛争には最終的に勝利したものの、労農赤軍航空隊の主力機だったYak-1戦闘機に苦戦し日本側72機という少なくない数が撃墜された。Yak-1は1000馬力級戦闘機だったものの、情報の誤りから日本軍は1500馬力と誤認し、いずれ来たるソビエトとの戦争に備えて1939年に輸入したBf109Gから得られた技術を元に開発されたのが本機である。

 <機体設計・機動性能>

本機はメッサーシュミットから得た技術を元に開発されたため、Bf109Gと似た機体形状をしているが開発元の海崎設計陣は独自に設計を行ったので共通点はエンジン以外に無い。主翼は後のドイツ空軍主力機Fw190"フォッケウルフ"と同じNACAの5桁型番の形状をしており面積は20平方メートルとそう大きくはないがアスペクト比は7.2と非常に高く、上昇力と速度を両立するため翼幅荷重を重視した結果である。量産性向上のためエンジン架が胴体縦通材と一体化しており、また主翼の取り付けに独自の方式を使用しており、これによって主翼の移動による重心調節が楽になる利点があった。そして日本軍戦闘機で唯一の液冷エンジンを採用し、ドイツ製のDB 605 AS(M)を搭載している。本来はライセンス生産した物を搭載する予定だったが当時はまだ欧州技術の大導入が始まったばかりでありドイツ製の複雑かつ精巧な液冷エンジンの生産が難しかったため、やむ無くドイツ製の物を輸入し搭載するという面倒な方法を採っていた。しかしその性能は本物であり、出力増強装置であるMW50を使用時1700馬力で時速670km/h、不使用時でも1400馬力が発揮可能など高い性能を有する。しかし格闘性能は他の日本機や米軍のP-40Nより低く苦手であるため、格闘戦を好んでいた搭乗員達から本機はあまり歓迎されなかった。

 <武装>

胴体に四式戦にも搭載されている二式二十粍機関砲2門、翼内に一式十二・七粍機銃2門を装備し、翼下には各種爆弾やクラスター爆弾のタ弾、そしてロケット弾の搭載が可能である。

 <防弾性能>

量産初期型100機には燃料タンクに3mmのゴムと10mmの絹フェルトが施されているだけであったが、100機目以降は搭乗員保護のため操縦席背面に厚さ12.4mmの浸炭処理済防弾鋼板が追加され、後に量産初期型100機にも搭載された。

 <現状>

1946年初旬時点でおよそ400機が運用され、完成された1500馬力級戦闘機として将来の日本陸軍主力戦闘機となるはずであったが、日本軍整備員は液冷エンジンの整備に不慣れであり故障などが頻繁したことから1944年後半に配備された後継機の疾風に主力の座を譲っている。しかし、疾風に次ぐ高性能機として現在も第一線で運用されている。

 

「二式単座戦闘機"鍾馗"」

 要目(二型甲)

全長:8.85m

全幅:9.45m

全高:3.25m

重量:2.7トン

発動機:ハ109(1450馬力)

上昇限度:11.100m

最高速度:598km/h(高度5.200m)

航続距離:1600km(増槽アリ)

武装:ホ5 二式二十粍機関砲×4門

搭載兵器:(搭載重量600kg)

     30kg爆弾、100kg爆弾、250kg爆弾

     100kgタ弾、HVARロケット弾

 

1937年に制式採用された九七式戦闘機は上昇力・旋回性能に優れた優秀機であったが、その頃の欧州ではBf109やスピットファイアといった戦闘機が出現しており、それらに対抗するため重武装かつ大型爆撃機にも対応できる速度・上昇力重視の『重戦闘機』として長島飛行機が設計し開発された。搭乗員達には機首がずんぐりとした形状から"豚鼻戦闘機"や"頭でっかち"と呼ばれている。

 <概要>

1937年12月、陸軍初の全金属製・低翼・単翼の戦闘機である長島製の九七式戦闘機が制式採用され、上昇力・旋回性能の優れた機であったが、既に欧州ではBf109やスピットファイアなどの新型戦闘機が登場したことによって九七戦の採用から早くも後継機の開発を開始した。しかし、予算の横領や設計監督者の急死、さらには長島飛行機の大規模汚職事件が曝露したため本機の開発が一時中断され1939年中旬に再開が開始されたものの、既に1500馬力級戦闘機"飛燕"の開発が進められていたため本機の開発は進まず、開発開始から5年後の1942年にようやく制式採用された。

 <機体設計・機動性能>

表面抵抗の抑制、軽量化の為に胴体を引き絞ったことによって、槍の矛先のような機体形状が特徴的である。15平方メートルの主翼面積は小型のBf109でも16平方メートルであることを考えれば異例で小さい。そのため一式戦"隼"や九七式戦より翼面荷重や着陸速度は遥かに高く、まさに重戦闘機といった感じである。そして主翼には『多格子型応力外皮構造』と呼ばれる、中翼の前桁と後桁の間に1.2mm圧のコルゲート補強材をあてがった構造によって、急降下耐久850km/h、最大耐G13.6と非常に頑丈である。そして水平尾翼より後方に張り出した垂直尾翼。この方式は僅かな舵の動きで大きな機首振りモーメントを生み出し、横安定を高める利点がある。

 <武装>

一型ではホ103 一式十二・七粍機銃4挺が搭載されていたが、迎撃機としては12.7mm機銃では威力不足が懸念されたため、二型甲ではより威力が大きいホ5 二式二十粍機関砲を片翼に2門ずつの計4門を装備する。他主翼下には30〜250kgの爆弾、ロケット弾を搭載可能である。なお、20mm機関砲の搭載によって最高速度が一型より低下してしまっている。

 <防弾性能>

燃料タンクは積層ゴムで包まれたセルフシーリング式の防火タンクとされ、座席後部には搭乗員保護用に厚さ13mmの浸炭処理済防弾鋼板を装備。二型甲では風防の防弾ガラスが強化され、高い生存性を確保している。

 <現状>

最終的に370機が生産されたが、1942年に配備されてから僅か1年後の1943年に、多くの性能面で優秀な三式戦が配備され始めたため平凡な性能の本機はお役御免となり生産ラインは停止。1946年初旬で二型甲が200機前後運用されているに留まる。

 

「二式複座戦闘機"屠龍"」

 要目(乙型)

全長:11.00m

全幅:15.07m

全高:3.70m

重量:4.2トン

発動機:V-1710-111/113JP 液冷スーパー

    チャージャー複列星型14気筒(1600馬力)

上昇限度:11.300m

最高速度:612km/h(高度7.000m)

航続距離:1.200km

武装:ホ5 二式二十粍機関砲×3門

   ホ103 一式十二・七粍旋回機銃×1挺

搭載兵器:(搭載重量900kg)

     30kg爆弾、100kg爆弾、250kg爆弾

     500kg爆弾、800kg爆弾、100kgタ弾

     HVARロケット弾

 

大日本帝国陸軍が1940年代前半に開発した同軍唯一の双発重戦闘機である。

 <概要>

1930年代後半、航空技術の急速な発展により、空中戦は従来の旋回性能を活かした格闘戦からスピードを重視した高速エネルギー戦闘へと移行し始めていた。そして"敵戦闘機を高速で振り切り、長大な航続距離を用いて爆撃機を護衛、爆装も可能、そして偵察カメラを搭載して敵地を強行偵察する万能戦闘機"いわゆる双発戦闘機が各国で研究されていた。そして大日本帝国でもこの波に乗っていたが、当時はまだ格闘戦至上主義が陸軍搭乗員に根付いており、要求性能の一つに『単座戦闘機並みの運動性能と操縦性を有する』と本来の意図とはかけ離れていたものがあった。結局、1号試作機が完成したものの飛行試験は散々な物であり双発戦闘機としては大失敗だった。だが双発戦闘機のコンセプトである高速・重装備は高空を飛ぶ大型爆撃機の迎撃にうってつけであり、結果二式戦と同じ迎撃機として開発されることとなり本機が誕生した。

 <機体設計・飛行性能>

双発戦闘機らしい、非常にスマートな形状となっている。胴体は小型軽量を達成するためセミ・モノコック構造を採用している。主翼は"キ48"のものを8平方メートル縮小したものを流用しており、翼厚比は付け根・翼端でそれぞれ15%・10%で軽いねじり下げが付いている。かの翼型は失速特性が悪く、着陸時は安定性が低いためフラップで補う必要があったがトラス構造であるため量産性が高かった。エンジンは甲型ではハ102 空冷複列星型14気筒2基を搭載していたが、1944年中旬から配備されたB-29戦略爆撃機を使用した防空演習では同機に対抗できないことが判明したため、双発戦闘機としては最も完成した米軍のP-38で運用実績があるV-1710-111/113エンジンの日本仕様型を2基搭載。これにより高度7.000mで時速612km/hという高速が発揮可能となった。

 <武装>

迎撃機のため武装は強力である。20mm機関砲を機首に2門、胴体下面に1門を装備し後部座席には12.7mm旋回機銃1挺を備える。また、甲・乙型の一部は機首にホ203 三七粍機関砲を装備しており、大型爆撃機に対し絶大な威力を発揮する。襲撃機の任も帯びているため爆装も強力であり、500kg爆弾及び800kg爆弾といった大重量爆弾を搭載可能であった。

 <防弾性能>

仮想敵国のソ連が運用する大型爆撃機『Tu-4』は防護装備にNR23mm機関砲を10挺備えており、そのため迎撃機である本機はそれら防護機銃に耐えうる防弾装備が施されている。操縦席前面・側面・後面にはそれぞれ10mm・8mm・16mmの装甲板が施されており、その重量は600kgに上る。後部銃座席も厚さ7mmの防弾カプセルで防護され、風防前面も50mmの防弾ガラスが設けられている。主翼燃料タンクもセルフシーリング式の防漏仕様となっている。

 <現状>

日本陸軍機で数少ないTu-4に対抗できる迎撃機であるため本格的な量産が行われており、現在は甲型290機、乙型110機の計400機が運用されている。

 

 

―爆撃機―

 

「Ju87急降下爆撃機」

 要目(D-1J型)

全長:10.8m

全幅:13.82m

全高:3.84m

重量:3.4トン

発動機:Jumo211 J-3(1.720馬力)

上昇限度:7.000m

最高速度:354km/h(3.800m)

航続距離:1.100km

武装:ホ155-Ⅱ 三十粍機関砲×2門

   ホ103 一式十二・七粍連装機銃×1基

搭載兵器:(搭載重量1500kg)

     30kg爆弾、100kg爆弾、250kg爆弾

     500kg爆弾、800kg爆弾、1000kg爆弾

     1200kg爆弾、100kgタ弾

     HVARロケット弾

 

1942年、大日本帝国とソビエト連邦との武力衝突である樺太紛争にて、試験目的で輸入していたJu87Aの活躍等により地上攻撃機の必要性を感じた日本陸軍がドイツより改良型であるD-1型を輸入し、後に独自型の開発・生産を行った急降下爆撃機である。

 <概要>

1939年、陸軍は仮想敵国にソビエト赤軍を想定していたが、当時保有する戦車の数が少なく、また性能が低いため膨大な数の高性能ソビエト戦車にはとても敵わなかった。それに対抗するべく対地攻撃機による地上部隊への近接航空支援案が発案され、同じくソビエトを仮想敵国としているドイツより研究目的でJu87Aを1個中隊12機を輸入。しかし、速度や航続距離不足、防弾性能の低さ等によって使用は試験に留まり制式採用は見送りにされるかと思いきや、翌年の樺太紛争にて試験投入されたJu87Aが大活躍し紛争勝利に貢献したことに影響を受け、日本陸軍は本機を近接攻撃機として制式採用した。

 <機体設計・機動性能>

急降下爆撃機らしいガッシリとした武骨なフォルムをもつ。急降下の機動に耐えるため頑丈に作られており、逆ガル翼や固定脚などが特徴的である。そして、本機の有名な特徴として固定脚に風車型の威嚇用吹鳴機が取付けられている。これにより急降下時には特有のサイレン音が鳴り響くのだが、日本陸軍はその音によって本機の存在を知った敵部隊が回避し攻撃が不発になることが懸念されたため撤去が考えられていた。だが、本機が初投入されたスペイン内戦にて人民軍側の敵兵に多大な精神的ダメージを与えているため、それを考慮した結果装備されたままとなっている。エンジンにはJumo211の日本仕様をライセンスしたものを搭載しており、1.720馬力を発揮するが最高速度が354km/hと低く敵戦闘機に一度狙われれば生還できる可能性は低かった。そのため本機の作戦行動は、味方が制空権を獲得している状況に限られている。

 <武装>

ドイツでは度重なる武装の強化が図られ、本機を輸入した日本陸軍も武装強化を行っている。翼内には対地攻撃を想定したホ155-Ⅱ 三十粍機関砲を2門装備し、対装甲標的用にタングステン合金の硬芯徹甲弾(APCR)が用意されている。銃手席には旋回式のホ103 一式十二・七粍機銃を連装砲架で装備。爆弾搭載能力は最大で1.500kgと、四式重爆撃機の搭載能力1000kgを上回り1トン及び1.2トンの超大型爆弾をも搭載可能であった。

 <防弾性能>

その運用柄、敵部隊が跋扈する最前線での活動を想定しており原型では防弾性能不足が懸念されたため、ドイツ軍の保有する機と比べて重装甲となっている。操縦手背面には17mmの浸炭処理済防弾鋼板が装備され、風防前面も50mmの防弾ガラスで防護されている。更に操縦手と銃手を厚さ7mmの装甲ボックスで囲まれており、搭乗員の生存性が向上している。

 <現状>

現在の日本陸軍ではA型12機、D-1型11機、D-1J型400機を運用しており、飛行第66戦隊や第2独立飛行隊などといった飛行分科"襲撃"の部隊に配備されている。また、第2独立飛行隊はドイツ本国から運用顧問として派遣された"ハンス・ウルリッヒ・ルーデル中尉"より運用指導を受けており『朝起きて牛乳飲んで朝飯食って訓練、昼飯食って牛乳飲んで訓練、晩飯食って牛乳飲んで訓練して風呂入って寝る』をモットーに同部隊は日々活動している。

 

 

―大型爆撃機―

 

「四式重爆撃機"飛龍"」

 要目(乙二型)

全長:18.7m

全幅:22.5m

全高:5.6m

重量:14.05トン

発動機:ハ-44-13型(2,400馬力)×2基

上昇限度:9.470m

最高速度:610km/h(高度5.200m)

航続距離:3.800km

武装:ホ5 二式二十粍単装機関砲×6門

搭載兵器:(搭載重量1.000kg)

     50kg爆弾、100kg爆弾、250kg爆弾

     500kg爆弾、800kg爆弾、100kgタ弾

     94式航空酸素魚雷

     滑空式誘導爆弾[フリッツX改]

 

一代前の一〇〇式重爆撃機"呑龍"の後継機として日本陸軍が開発した、主に艦艇攻撃を任務とする重爆撃機である。

 <概要>

第一次世界大戦中の1915年1月24日、イギリス東方の海域で巡洋戦艦を主軸とした英独の高速艦隊が衝突するドッガー・バンク海戦が勃発した。戦闘はドイツ側有利で進められたが、援軍としてやって来た英国陸軍航空隊の史上初の航空雷撃によって巡洋戦艦『モルトケ』及び『デアフリンガー』が大破し、そのうち『モルトケ』は英国艦隊の手により撃沈された。後の航空機開発史から見れば非常に重大な出来事だったのだが、「たかが2隻の巡洋戦艦を大破させた程度」と列強各国は関心を示さなかった。しかし、主力艦戦力で欧州列強に劣っていた日本海軍はこの出来事に注目し、爆弾・魚雷を装備した航空機による対艦攻撃という新しい戦術を日本海軍は早期に生み出した。そして帝国陸軍もその出来事に影響を受け、以後開発されてきた爆撃機は対艦攻撃も視野に入れた機体設計が行われてきた。

だが1942年初旬、海軍の協力のもと空母機動部隊を仮標的とする対艦攻撃演習が行われたのだが、参加した一〇〇式重爆撃機"呑龍"24機のうち半数以上の18機が標的に到達する前に撃墜判定となり、対する成果も巡洋艦1隻の中破判定のみという散々な結果を残した。演習の結果、従来の重爆撃機では空母機動部隊の攻撃どころか到達することすら困難であると判断した陸軍は抗堪性に優れ、迎撃機を振り切る高速を発揮する重防御・高速の新型重爆撃機開発を命令、こうして完成したのが本機である。

 <機体設計・飛行性能>

従来運用していた九七式重爆撃機には縦安定性の不良があったため、本機を設計するにあたって後方胴体を長くし主翼と水平尾翼の間隔を拡げていた。また、降下を継続しても過速に陥る前に自然に機首を上げるよう設計されていた。他膨らまし舵面を採用したため小舵が良く効き、2400馬力というエンジンを装備していたため運動性能は単発機並みと評されている。エンジンは、英米軍が主に運用する艦上戦闘機『フェアリー フルマーMk.Ⅲ』及び『F4F"ヘルキャット"』を振り切れることを目標としていたため、疾風に装備されている八菱製ハ-44-13型を2機搭載。高度5.200mで最高速度610km/hを発揮することができた。そして半数の機には夜間攻撃機能が備わっており、索敵用にタキ1号電波警戒機、そして電波高度計タキ13号を搭載している。そのため右翼前縁に八木・宇田式アンテナを、後部胴体両側面に受波アンテナが見られるのが特徴であった。

 <武装>

前任機である一〇〇式重爆と比べて防護機銃は大幅に強化されている。後上方銃塔にはホ5 20mm機関砲が連装砲架で装備され、機首・胴体後部左右・尾部にも単装式で装備している。爆弾槽には50kg〜800kgの各種爆弾を搭載することができ、また対艦攻撃兵装として海軍の九四式航空魚雷や誘導爆弾"フリッツX改"をそれぞれ1発機外に懸吊式で搭載可能であった。

 <防弾性能>

当初は九七式重爆や一〇〇式重爆と同等かそれ以上の防弾性能が要求されていたが、それでは速度・運動性能低下が免れないため防弾性能は当初の設計値よりオミットされている。正副操縦者席後部には16mm、前部には10mmの防弾鋼板が設置され、操縦席・全銃塔の風防は厚さ60mmの防弾ガラスとなっている。燃料タンクは16mm厚ゴムを外装式に被覆装備した自動防漏燃料タンクとし、さらに四塩化炭素による液層消火装置を備えている。

 <現状>

200機程度と少数が運用されているが、従来の重爆撃機とは卓越した性能を有するため最終的には500機の配備を予定している。

 

「B-17戦略爆撃機"フライングフォートレス"」

 要目(B-17G)

全長:22.8m

全幅:31.64m

全高:5.82m

重量:16.3トン

発動機:カアチス・ライト R-1820-97

    (1,200馬力)×4基

上昇限度:11.400m

最高速度:520km/h(8.000m)

航続距離:2.300km

武装:ホ5 二式二十粍単装機関砲×4門

   ホ103 一式十二・七粍連装機銃×3基

             単装機銃×2門

搭載兵器:(搭載重量5.800kg)

     100kg爆弾、250kg爆弾、500kg爆弾

     800kg爆弾、1000kg爆弾、1200kg爆弾

     機雷

 

日本陸軍もとい日本軍が初めて配備した戦略爆撃機である。

 <概要>

1940年5月に勃発した樺太紛争では大日本帝国・ソビエト連邦双方が多数の航空機を投入した。このうちソ連は"Pe-8"戦略爆撃機で編成された爆撃隊を紛争に投入しウラジオストクや豊原市などを爆撃した。幸い被害は少なかったものの、当時の戦闘機では迎撃が難しい高度9.000mを飛行し爆撃する戦略爆撃機は脅威かつ強力であり、ソ連との本格的な戦争に備えて戦略爆撃機を開発・保有することが決定された。しかし、当時の日本には大型の爆撃機を開発する工業力が無かった。そこで諸外国の機を輸入もしくはライセンス生産することが決まり、最終的には米国や英国で実績がある本機の導入。日本軍初の戦略爆撃機となった。

 <機体設計・飛行性能>

B-17の機体は、非常に滑らかな曲線と直線で構成されている。従来の日本陸軍爆撃機と比べて尾翼が大きく主翼面積は広かった。その形状がソ連のPe-8に似ていたことから『Pe-17』と揶揄されていた。エンジンにはライト社製のR-1820-97を4基搭載、排気タービン過給器を備え1基あたり1.200馬力を発揮し最高速度は520km/hと当時ではかなりの高速性能を誇っていた。しかし与圧装置を搭載していないため、寒冷地・高高度では搭乗員は防寒着を着用しなければならなかった。

 <武装>

従来の爆撃機と比べて非常に強力なものとなっている。当初はブレーニングM2 12.7mm機銃12門が装備されていたが、同機銃では威力に不安があるため胴体前後部左右の機銃を20mm機関砲に換装、他の機銃もホ103 十二・七粍機銃へと換装されている。爆弾槽には100kg爆弾16発、250kg爆弾12発、500kg爆弾10発、800kg爆弾8発、1000kg爆弾2発、1200kg爆弾1発、機雷8発を搭載可能である。

 <防弾性能>

"フォートレス(要塞)"と称されているように、その防弾性能は高い。正副操縦者席後方、後上方砲塔射手席、尾部砲座射手席それぞれには12mmの防弾鋼板が設置されている。また、操縦席(正副操縦者席前面)の風防には70mm厚の防弾ガラスを設置。高高度飛行時に乗員が使用する酸素ボンベも防弾化されている。

 <現状>

当初は600機の配備が予定されていたが、しばらくしてより高性能なB-29爆撃機の導入が決定されたため150機の少数で打ち切られた。そして全機が札幌陸軍飛行場に駐屯する第四爆撃航空団に配備されている。

 

「B-29戦略爆撃機"スーパーフォートレス"」

 要目(J型)

全長:30.18m

全幅:43.04m

全高:8.47m

重量:32.4トン

発動機:カアチス・ライト R-3350-79/81JP

    (2,300馬力)×4基

上昇限度:12.200m

最高速度:622km/h(9.100m)

航続距離:5.000km

武装:ホ5 二式二十粍連装機関砲×3基

         単装機関砲×1門

   ホ103 一式十二・七粍連装機銃×1基

             単装機銃×2門

搭載兵器:(搭載重量9.000kg)

     250kg爆弾、500kg爆弾、800kg爆弾

     1000kg爆弾、1200kg爆弾

     4000kg爆弾、機雷、原子爆弾

 

性能の陳腐化が目立ってきていたB-17戦略爆撃機の後継機として採用され、日本陸軍の戦略爆撃戦力の主力を担う、同軍最大の軍用機である。

 <概要>

戦略爆撃機の重要性に気づいた日本陸軍は米国よりB-17多数を導入し、敵都市及びインフラ設備を破壊する戦略爆撃隊を編成しようとしていた。しかし、調達を開始した頃にはB-17の速度性能は不足しており、ソ連の"Yak-9U"といった高性能迎撃機相手に大損害を被ってしまう可能性があり、加えて与圧装置を設置しておらず外気温-43度といった極寒の環境だったため搭乗員の負担が大きかった。そこで前述の問題がなかったB-29戦略爆撃機を運用していた米国に同機の輸出を要請。新機軸が多数導入された最新鋭機であるため最初こそ米国は輸出を渋っていたが、ソビエトがB-29を完全コピーしたTu-4戦略爆撃機を運用し始め、米国本土が空襲を受けてしまうという可能性が出てきたため少し性能を落とした型の輸出を許可。日本仕様型として日本陸軍に採用されたのが本機である。

 <機体設計・飛行性能>

その機体規模は従来の日本軍機全てを上回り、外観はスマートな形状となっている。高速を実現するため空気抵抗は極限まで減少させてあり、外板を接合するリベットに沈頭鋲を使用したり、機体との接合部には重ね合わせせずに電気溶接で直接接合されている。そして与圧装置を設置したことにより高度9.000mで高度2.000mの気圧を維持することができ、搭乗員達は防寒具を必要としなかった。重量はB-17の約2倍となったが、翼面積はB-17から21%増に留まり翼面荷重は約2倍となった。翼面荷重が増加すると着陸時速度が高速になってしまうが、フラップを長さ10mの巨大なものにすることにより着陸速度を減少させ、加えて離陸時の揚力も増加させている。エンジンにはカアチス・ライト社が開発したR-3350-79/81の日本仕様型を4発搭載しており、一発あたり2.300馬力を発揮して9.100mを622km/hの速度で飛行することができた。また、電子装置で自動制御された2基のターボチャージャーが装着されており、高度10.000mまで2.000馬力の出力を維持することができた。なお、エンジンは過熱しやすく軽量化のために多用されているマグネシウム合金の可燃性が強いため、一度火災となると手が付けられない状況となることが多かった。これは日本仕様型でも同じであった。

 <武装>

与圧室を採用しており銃手による銃座の直接操縦ができないため、5名の射手が集中火器管制を行ってそれぞれ機銃を遠隔操作する方式をとっている。機銃にはホ5 20mm及びホ103 12.7mmの二種を搭載し、胴体上面後部、下面前後部、尾部に20mm機関砲銃塔。胴体上面前部に12.7mm機銃銃塔、胴体中央側面に12.7mm単装機銃の配置としている。また、敵機を照準レティクルに捉えると自動的に偏差射撃を行うアナログ・コンピュータによる高性能な弾道計算装置が搭載されており、驚異的な命中率を誇る。爆弾搭載量は約9トンと従来の爆撃機とは比べものにならないものである。そして本機最大の武器が、大日本帝国初の原子爆弾である"六式ウラン一型原子爆弾"を搭載できることである。他にも250kg爆弾40発、500kg爆弾12発、800kg爆弾12発、1000kg爆弾8発、1200kg爆弾6発、4000kg爆弾1発、機雷8発を搭載可能である。

 <防弾性能>

"スーパーフォートレス"と称されるように、本機は非常に堅牢である。機体には特殊鋼装甲板が施され、20mm機関砲の直撃や高角砲弾の至近爆発に耐えることができた。12つの搭乗員席背面には15mmの浸炭処理済防弾鋼板が装備されている。また、コクピット及び銃座・銃塔は50mmの防弾ガラスとしている。燃料タンクはセルフシーリング式、エンジンには自動消火装置を装備する。

 <現状>

今現在、480機のB-29Jがアメリカより調達されており第一爆撃航空団、第六爆撃航空団の2部隊に半数ずつ配備されている。なお、転移後は調達が不可能になったため、NOCA軍に所属する米軍の協力の元、本機のリバースエンジニアリングを行い国内製造を目指している。

 

 

―ジェット戦闘機―

 

「五式双発噴進戦闘襲撃機"火竜"」

 要目(一型)

全長:12.57m

全幅:13.11m

全高:3.96m

重量:5トン

発動機:八菱 ネ330 8遠心式ターボジェット

   エンジン (推力930kg)×2

上昇限度:13.000m

最高速度:881km/h(高度6.000m)

航続距離:870km

武装:ホ155-Ⅱ改 三十粍機関砲×4門

搭載兵器:(搭載重量920kg)

     250kg爆弾、500kg爆弾

     HVARロケット弾、100kgタ弾

 

英国が開発した同国初のジェット戦闘機"グロスター ミーティア"の試作機を購入し、それを元に設計・開発した陸軍初のジェット戦闘機である。

 <概要>

1944年初旬、ソ連は自国内領土に不時着したB-29爆撃機を完全コピーした"Tu-4"戦略爆撃機を大々的に配備し始めた。ソ連が高い戦略爆撃能力を持ったことは同国と敵対する世界各国に衝撃を与え、それは大日本帝国も例外ではなかった。日本本土に最も近いソ連のハバロフスク空軍基地から帝都東京までは約1.470kmと、1.5トンの爆装で3.000kmの航続距離を有するTu-4でも十分届く距離であり、いざ戦争状態となれば東京のみならず知床、札幌、仙台、新潟といった主要都市が常時爆撃に晒されることとなるため、その脅威は計り知れないものであった。そのため、陸軍では爆撃機迎撃を主任務としつつ、対戦闘機戦や対地攻撃が可能なジェットエンジンを搭載する高速戦闘機の開発計画を始動させ、これにより完成したのが本機である。

 <機体設計・飛行性能>

海軍のMe262と比べ、完全に陸上での運用を想定している本機はかなり大型である。機体設計は革新性皆無の極めて凡庸であるミーティアのものを流用しているため形状はかなり酷似している。主翼は低翼直線翼形状だったのを本機では後退翼形状とし19.5度の後退角が付けられている。そしてジェット排気が当たるのを防ぐため、尾翼の水平尾翼は中間部に取付けられている。エンジンにはダーウェント Mk.Iを国産化したネ330ターボジェットエンジンを2基搭載しており推力9.0kN(920kg)。高度6.000mで最高速度881km/hを発揮し、この値は現在の日本軍機で最速を誇る。

 <武装>

ミーティアでは武装が機首に集中していたが、本機では主翼への装備に変更している。そして、大型戦略爆撃機を一撃で破壊するべく武装には強力なホ155-Ⅱ 三十粍機関砲の改良型を片翼に2門ずつの計4門が装備されている。改良型は発射速度を毎分550発に向上させており、試作型で問題となっていた尾栓のスライドガイド強度問題が改善されている。そして対地攻撃用の硬芯徹甲弾(APDS)を使用した場合は射距離100mで36mmの装甲板を貫徹する。従来のレシプロ戦闘機と比べて搭載能力も強化され、250kg爆弾の他500kg爆弾や800kg爆弾を胴体下部の懸吊架に搭載することができた。

 <防弾性能>

爆撃機迎撃や対地攻撃という任務の特性上被弾する確率が高いため、従来の戦闘機より防弾に力を入れている。胴体中央部に設置されている燃料タンクはセルフシーリング式とされ、機関砲弾薬庫には12mmの装甲板、更には搭乗員防護のため操縦席前後に18mmの装甲が施され、風防正面は厚さ65mmの防弾ガラスと高い防弾性能を確保している。

 <現状>

転移直前に制式化された新鋭機であるため、生産数は現在110機程度と少ないが将来的には1100機の配備を予定しており、1950年には四式戦と主力を交代し陸軍主力戦闘機となる予定である。

 

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