冥界へのカウントダウン   作:きしゃまる

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追憶の彼方

その後、奴らとの戦闘を何度も経験し、コアの破壊の仕方もなんとなく掴めてきた。トウテツさんとも息が合い。ベストコンビネーションだ。俺は精神的にも肉体的にも増強された。一方美前はというと、日に日に幼児退行の症状が酷くなっていった。

「パパ……」

「どうした?」

「ママに会いたいよぉ~」

こんな感じで俺に甘えてくることが増えたのだ。おねしょはしょつちゅうのことで、会話もままならない。

施設から出て散歩に行くと、たいてい勝手にどっかに行き迷子になる。

とてもじゃないが、俺の手には負えない。

「ヌエさん、病院に行きたいので、お金と健康保険証を持ってきてください」

「行っても無駄だと思うけどね、それよりこれを飲んで様子を見るといい」

ヌエは錠剤が入った袋を机に置いた。

「これって……」

「うん、これは幼児退行の症状を和らげる薬だ」

俺はその袋を投げ捨てた。

「ふざけんな!そんなんで治るか!」

俺はヌエからもらった健康保険証とお金をカバンに入れ、施設を飛び出した。美前は俺にべったりついてくる。

病院に着くと待合室は患者であふれていた。特に脳神経内科に集中している。

30分くらい待っただろうか、ようやく順番が来た。診察室に入ると医者がいた。

「確かに脳細胞の変性が認められますね……しかし、原因は不明です。何か思い当たる節はありますか?」

「それと幼児退行は関係ないですよね?それに美前の病気は精神的なものが原因だと聞いています。治療できるはずです」

「いや、こんな症例初めてです。私どもでは手の施しようがないんです」

「そうですか……」

俺はがっくりと肩を落とした。

俺は美前を連れ病院を出た。そして、近くの公園に立ち寄りベンチに腰かけた。

「パパ、どうしたの?」

「なんでもないよ、ちょっと疲れちゃっただけだ」

「美前、これ、買って」

「ああ」

美前はベンチの向かい側にある自販機を指さした。周りには菱形のベンチが距離ごとに設置されていて、広い道にはところどころに樹木が植えられている。

俺は美前にジュースを買ってやった。すると、さっきまで無表情だった美前の顔がパァッと明るくなった。

「ありがとう、パパ大好き」

俺は美前の頭を撫でてやる。嬉しそうな笑顔を浮かべながら、美前はジュースを飲み始めた。まるで親子のような会話だ。だが、実際は親子ではない。俺は自分の無力さを痛感していた。

美前はもう限界なのか……。

美前はジュースを飲むのをやめ、ベンチに寝転んだ。そして空を見上げる。

「雲、雲だ」

俺は美前の視線を追うように空を見た。そこには真っ白な綿あめみたいな雲があった。それは太陽に照らされキラキラ輝いていた。

「綺麗だろ?」

「うん……」

「この世に悪い人はいないんだよ、みんな良いことをして生きているんだ。だから神様がいるんだ」

「そうだね」

美前は嬉しそうに飛び跳ねた。その後施設に戻った俺は、その足で中央室に向かった。扉を開けるとそこに彼女がいた。中央室の右奥にある、後から設けられた小さな角部屋だ。彼女は相変わらずベッドで眠っている。

「こんにちは」

やはり目をきょろきょろさせるだけで、意思の疎通は取れそうにない。顔の前に手を近づける。目をかすかに動かしたやはり意識はあるようだ。

美前は俺の服の裾を引っ張った。

「どうした?」

「あのね、あっち行きたい」

美前と俺が会話していると、トウテツさんが現れた。

「壮後くん諦めが悪いよ、それにその子はまだいい方なの」

「どういうことですか?」

「その子はまだ目を動かすことくらいならできるけど、ついてきて」

トウテツさんは俺たちをある場所に案内した。長い廊下を抜け施設の南東にさしかかると、中央から見て2番目の扉の前で足を止めた。そこには先ほどと似た作りの部屋があり、中にはさっきと同じベッドがある。ただ一つ違うのは、病室の壁には絵が飾られている事だ。その絵はとてもやさしいタッチで描かれていた。

「ここは……」

「ここが彼女の部屋なの、ここからは出られないけど、彼女の好きな絵だけは見られるようにしてあげたんだ」

そういうとトウテツは彼女の目の前に俺を連れてきた。美前は不思議そうな顔をしている。トウテツに言われるがまま顔を近づけてみた。かすかに呼吸音を感じる。

「彼女ここにきた時は中学生だったんだけど、今は高校生なの」

悲惨な過去を経験したであろう少女は、今なおその傷を隠しきれずにいるのだ。これが魔魂に寄生された人間の成れの果てか、無性に涙が込み上げてきた。

「ねぇ、パパ」

「なんだ?」

「おなかすいたよ」

美前は状況を理解していないようだった。

俺は改めて美前を見直した。

「ごめんな……」

「パパ、泣いてるの?」

美前は首を傾げている。もはや、意味がわかってないのかもしれない。

このまま行くと原始反射まで戻りそうな勢いだ。そうすると、言葉はおろか意思表示すらできなくなるだろう。

「いや、なんでもない。ご飯食べに行くぞ!」

俺は美前の手を引き、食堂へと向かった。

次の日、俺はいつも通り美前の世話をしていた。すると、トウテツさんが話しかけてきた。

「壮後くんも、大変ね」

「いえ、そんなことはありません」

あれから、私なりに考えたんだ、美前ちゃんの症状は脳の機能不全で退行・依存性だけが顕著に現れたものだと思う。つまり、美前ちゃんは壮後くんに依存してるんじゃなくて、壮後くんがいなくなったら何もできない自分に恐怖を感じて依存してるように思うの」

「じゃあ、どうすれば……」

「簡単な話よ、美前ちゃんの病気が治ればそれで解決よ」

「でも……」

「症状を見るに一過性のものではなさそうだし、薬の投与も検討するべきかもしれない」

「薬って……」

「うん、幼児退行の治療薬よ」

「ふざけんなって!美前は薬なんかでどうにかなる問題じゃないんですよ!それに、幼児退行が薬で治った事例とか聞いたことないですよ」

おそらく脳の可塑性を利用し、正常な状態に戻すのだろうが、それでは根本的な治療にはならない。それに、この施設には他にも患者がいる。もし仮に美前の治療に使えば、他の患者に回す分がなくなってしまう。

「うん。私も実のところよくわからないのよ。たとえば統合失調症などは脳の誤作動が引き起こす精神疾患でしょ?だとしたらそれを抑制できれば、症状は改善されると思うんよね」

「確かにそうかもしれませんけど……そもそも美前は……」

「わかってる、壮後くんの気持ちはわかるわ。でも、美前ちゃんのためにできることをしてあげて」

トウテツさんはそう言い残し、部屋を去った。その後俺は美前のためにできることはなんでもやった。神社でお参りしたり、除霊師のもとに赴きお祓いをしてもらったり、儀式にも参加し、お守りも購入した。だが、美前の病状は一向に回復の兆しを見せなかった。

この日も、自室で美前の世話をしていた。いつものように遊んでやっていると

「さゆちゃん」

美前は突然、誰かの名前を呼んだ。

「誰だ?」

「さゆちゃん」

「どこだ?」

「さゆちゃん」

美前は何度もその名前を呼んだ。

そういえば、前にも同じ名前を連呼したことがあった。ちょうど神社でお参りをしていた時だ。その神社の名前は可惜神社(あたら・じんじゃ)

そんな時部屋に招集を告げるベルの音がなった。

「美前はここでお留守番してろよ」

俺は美前の頭を撫でた。

「やーだ、美前も行く」

しかし、美前は俺から離れようとしない。

「仕方がないな」

俺は美前を抱きかかえ部屋を出た。

管理室に行くと、そこにはトウテツさんがいた。

壮後くん。可惜神社に魔魂の魔力派を感知したわ、至急向かって」

可惜神社。その名前には聞き覚えがあった。市内南西部に位置する神社で、祭神は天照大御神。その昔、日本神話において須佐之男命が八岐大蛇を倒した際、その尾から出てきたのが天照大神である。そしてその2人は兄弟とされているのだ。

「あの神社ですか?」

「えぇ、今すぐに向かってちょうだい」

「わかりました」

俺はすぐに車に乗り込んだ。

美前を後部座席に乗せると、車は発進した。

「さゆちゃん」

まただ。やはり、美前はさゆちゃんという女の子を探しているようだ。

しかし、神社なんかに現れて、やつらなにしたいんですかね?」

「わからないわ、でも神社って初詣だけで訪れるわけではないでしょ」

トウテツさんの勘は鋭い。スマホをチェックすると、ちょうどこの時期はお花見シーズンで観光などで神社を訪れる人が多い。さらに、最近はパワースポット巡りと称して神社仏閣を巡ったりする人も珍しくないのだ。

「確かに……」

「とにかく急いで!」

「はい!」

俺の不安をよそに、車はぐんぐん加速していく。

やがて、神社の駐車場にたどり着いた。例によって車は何台も停まっていた。俺は車を降りあたりを見回したが、魔魂らしき姿はない。

「いないですね」

「壮後くん、油断しないで!」

「はい」

「さゆちゃん」

まただ。こう、何度も連呼されると、気になってしまう。

さゆちゃんはどんな子なんだ?」

「さゆちゃんはね、とってもかわいいんだよ。白くてね、ふわふわしてるの」

白いワンピースを着た少女だろうか。やはり俺には心当たりがなかった。

「トウテツさん、さゆちゃんって知ってる?」

「知らないわ、でもこの神社の宮司さんが左右左っていうから、もしかしたら……」

「まさか……」

「壮後くん、宮司さんを探して」

「はい」

鳥居をくぐり境内に入ると、そこはすでに花見客で賑わっていた。参道には屋台も立ち並び、まるで賑やかなお祭りのような雰囲気だった。

だが、肝心の魔魂の姿が見えない。

「おかしいわ…」

トウテツさんは頭を悩ませていた。

やつらの行動理由は人間の理解の範疇を超えている。人間を翻弄して楽しんでいるようにさえ思える。

「あ!パパ!ママ!あれ見て!あれ!さゆちゃんだよ!」

見ると本殿内に女性が立っていた。

彼女は巫女装束をまとい舞を踊っている。その中でも一際異彩を放つ巫女がいた。

推定高校生くらいだろうか。その美しさと優雅な舞に参拝客は心奪われていた。

「すごい……」

感嘆の声が上がるほどだ。俺も彼女に見惚れてしまった。彼女たちの周りには神聖な空気が漂っているような気がした。

「これは何してるんだ?」

「おそらく、巫女舞だと思うわ」

「巫女舞?」

「うん、神様に捧げる神楽の一種よ」

儀式は厳かに行われ、巫女たちは白い衣装を身につけ、美しく舞い続けていた。荘厳な雰囲気の中、トウテツさんはある奏者を見つめていた。

「トウテツさん、どうかしましたか?」

「嫌な予感がするの。あの奏者から禍々しい雰囲気が漂っていると思わない?」

「確かに……そう言われればそう見えなくもないですけど……ただ単に演奏が上手なだけじゃなくてですか?」

「ううん、違うと思う。私、こういう直感だけは当たる方だから」

その時だった。突然一人の奏者が発狂し出したのだ。

そして、演奏は止まってしまった。

奏者の身体から赤い色をしたモヤが次々と解き放たれる。それらは四方八方に飛び交って、本殿内の人々に迫り来る。

「魔魂よ!しかもこんなにたくさん」

トウテツさんは驚愕していた。そして、カバンから銃器を取り出した。

人々はモヤに翻弄されていた。その様子はまるで催眠術でもかかっているかのようだった。

「とにかく逃げましょう、あいつらは必ず私たちを狙ってくるわ」

美前は立ち止まっていた。美前の視線の先には先ほどの巫女装束に身を包んだ少女の姿があった。

「さゆちゃん」

少女の周辺には赤いモヤが楕円を描いて飛んでいる。まるで虎視眈々と獲物を狙う捕食者のようだ。

さゆちゃんと言う少女はやつらに物おじもせず、それどころか、毅然とした面持ちで周囲の様子をうかがっているように見えた。

「さゆちゃん!」

美前は俺の手を振りほどき、さゆちゃんの元に駆け寄った。その勢いに呼応するかのように、さゆちゃんも美前の方を向いて驚きの表情を浮かべた。

「みまえ?みまえなの?どうして、こんなところにいるの?」

さゆちゃんが問いかけると、美前は嬉しそうに微笑んだ。

「さゆちゃん、一緒に行こう」

「え?どこへ?」

しかし、状況は芳しくなかった。その傍ら依然として魔魂は猛威を振るっている。逃げ惑う人々に次々と襲いかかっていた。その中に品位の高い装束を身にまとう人物がいた。

「あれは、宮司さんだわ!」

トウテツが叫んだ。

宮司は慎重に周囲を警戒しながら、入念に視線を走らせていた。

しばらくあたりを見回していたが

、少女の姿を見るやいなや、こちらに近づいてきた。

「栞……無事だったか。今すぐ機動隊の人たちが来るから、それまでなんとか耐えてくれ!」

「お父さん!」

さゆちゃんは目に涙を浮かべて父親に抱きついた。親子の微笑ましい光景だったが、それを魔魂が許すはずがなかった。魔魂は2人の周囲を旋回し始めた。そして、一匹の魔魂がさゆちゃんに飛びかかってきた。

「栞…危ない」

宮司は咄嗟の判断で栞を庇い、その身を挺して守ろうとした。しかしその瞬間宮司の胸部から不気味な光が漏れ出し、顔つきが一変する。

禍々しい形相に変わった宮司は、胸から謎の光線を放ち、あたりを焼き尽くした。

「お父さん!」

さゆちゃんは必死になって呼びかけたが、宮司には届いていない。

おそらく仲間に自分の居場所を知らせているのよ」

トウテツさんは冷静に分析している。

騒ぎを聞きつけたのか、ロボットの機動隊員を引き連れたヌエが現れた。ヌエは先頭に立ち、隊員たちに指示を飛ばしていた。さゆちゃんは豹変した父親を見て、絶望的な顔をして立ち尽くしていた。

「さゆちゃん!こっち!」

俺はさゆちゃんの腕を掴み、強引に走り出した。俺たちは一旦安全な場所まで離れ作戦を練ることにした。

「さゆちゃん、大丈夫?」

「うん……」

彼女は放心状態になっていた。無理もない。父親が目の前で変貌してしまったのだ。

「お兄さん……」

「ん?」

「私どうしたらいいのかな?」

「それは……」

俺にもわからなかった。美前は彼女を優しく抱きしめた。

「美前?」

「さゆちゃん、私がついてるよ」

美前はさゆちゃんを元気づける。

「美前、ありがとう」

「うん」

美前の言葉に心を動かされたさゆちゃんは涙を拭い、現状に向き直った。

境内に戻ると、中では依然攻防が繰り広げられていた。遠巻きから眺めていてもわかるくらい、戦況は決して良くはない。魔魂たちは機動隊員をものともせず突き進んでいた。

「こっちに近づいてくるわ」

「なにあれ?」

そこには異様な光景が映っていた。整然とした軍団が勢いよく行進してくるのだ。統率の取れた隊列は二つに分かれ、片方は白装束に身を包み、もう片方は黒い装束に身を包んでいた。

「危ない!」

トウテツさんは銃を構え、発砲する。

銃弾は軍団に命中したが、やつらの動きはまったく鈍ることがなかった。

「打つ手なしね、やはりコアを破壊しないとダメみたいね」

トウテツさんは悔しそうに唇を噛み締めた。やつらは自分の存在を誇示するかの如く光線を放っていた。神社の建造物は破壊され、辺りは火の海と化していく。このままでは神社そのものが消滅してしまうだろう。

「もうやめて!」

さゆちゃんは両腕を水平に広げ、やつらの前に立ちはだかった。

「危ない!」

俺はすばやく反応して、光線をかわしながら飛び出す。身をひるがえし、間一髪のところでさゆちゃんを抱きかかえた。

「離してよ」

さゆちゃんは必死に抵抗し、俺の手を振りほどこうとしたが、俺はそれを許さなかった。

「嫌だよ!」

この神社は私の大切な思い出の場所なんだ!お父さんとの大事な記憶が詰まったかけがえないのない場所なんだよ!」

さゆちゃんの目からは大粒の涙がこぼれ落ちてきた。

「さゆちゃん、気持ちは分かるけど、今は逃げるしかないんだ」

「そんなの分かってる!」

トウテツさんは頭を捻らせて考え込んでいた。一刻の猶予も残されていないのだ。

「先ほどからやつらの動きを分析してわかったことがあるの。やつらは高エネルギー状態を作るため隊列を組んでいるの」

つまり、やつらは加速器の役割を果たしているということだ。

「ということは、やつらを分断すれば、動きを封じることができるということですね?」

「ええ、そうだけど、問題はどうやってやつらの目を欺くかよ。やつらに悟られずに隊列を崩すことは至難の業だわ、それにやつらが分散してくれれば、こちらも対処しやすいんだけど……」

やつらに気づかれず、かつ、やつらを無力化する方法はないものか?

「私、意見します。これはなぜそこまで複雑なプロセスを経て、魔力を増幅させるんですか、超強力な魔法とかなら三位一体で発動させるとか、あると思いますけど、たかだかありふれた物理魔法ですよね」

さゆちゃんはきっぱりと言い放った。

確かにそうだ。わざわざ隊列を組んで一体何がしたいのだろうか、俺は理解に苦しんだ。

「あれ、美前ちゃんは?」

トウテツさんはハッとしたように言った。

「美前は?」

さゆちゃんも気にしていた。

一斉に振り返ると、美前は奴らの方に楽しそうに向かっていくのが見えた。「おい、待て!」

「待ちなさい」

「ちょっと、あんたたち」

俺たちは慌てて追いかけたが、時すでに遅し、向かい合った隊列の放った光線が美前に直撃する。

「きゃあああ!!」

悲鳴とともに煙が立ち込める。

「みまえー!!!!」

さゆちゃんは絶叫した。俺はすぐさま駆け寄ったが、すでにヌエが介抱していた。美前の服は焼け焦げていたが、外傷は特に見当たらない。どうやら無事だったようだ。

「このままこの服を着続けるのは危険だ」

ヌエはそう言うとヌエは焼けてボロボロになった服を脱がせ、代わりに自分の上着を彼女に羽織らせた。

「ふむ、普通これだけの高強度の光線を浴びると、人体の損傷は避けられないはずだが……やはり、あれに秘密があるのか」

「実はね、僕は奴らの光線を調べていたんだ。光線の照射速度、放射輝度、熱量などあらゆる数値を測定した。その結果、あの隊列の放つ光線には二つの性質があることがわかった。一つは、正エネルギー。もう一つは反エネルギーだ」

「これは光線の波長、振動を解析することで分かったことなんだけど、奴らは二つに分かれてそれぞれを正と負に帯電させているみたいなんだ。だから、同じ出力でも威力が異なる。」

「美前くんが無事だったのは、奇跡としか言いようがない。曝露時間、強度、波長どれを考えてみても人間にとっては耐えられるはずはない。」

ヌエは腕を組みながら言った。

「異論あり、これは私の仮説なんですけど、光線同士に相殺効果が働いて、無事だったとも考えられるじゃないでしょうか?」

さゆちゃんは恐る恐る意見を述べる。

ファンタジーの世界じゃあるまいしと思ったが、今は一刻も争う事態だ。

トウテツさんは何か言おうと口を開こうとしたが、思い留まった。

「俺はさゆちゃんの意見が正しいと思います。現にエネルギーの対消滅という現象も確認されています。やつらはその効果を知らないのでしょう。つまり盲点です」

「盲点……」

「今は彼女を信じるしかないです。もしこれで彼女が傷つくようなことがあったら俺が責任を取ります」

俺は強い口調で言った。

俺の一声で、ようやく二人は決心がついたようだ。

さゆちゃんは希望に満ちた表情を浮かべた。

俺は拳を握りしめた。いよいよ反撃開始だ。俺は美前をヌエに託し、戦場に赴いた。参道ではやつらが隊列を整えながら前進していた。

こういう時背丈が低いものは何かと小回しが利く、俺はさゆちゃんに指示を送った。彼女は身体の小ささをうまくいかし、やつの周囲をちょこまかと動き回る。

「さゆちゃん、持ちこたえてくれ!」

俺たちは彼女がやつらを翻弄している間に、隊列が向き合うように誘導する。生身の人間対魔法を行使する異形。結果は火を見るよりも明らかだ。しかし、俺は覆させる。やつらは高エネルギー状態を作るために隊列を組んでいる。つまりやつらは高エネルギー状態の維持には集中力を要するということだ。

やつらの動きを注意深く観察すると、一定の周期があった。

さすがに常に神経を研ぎ澄ませているわけにもいかないのだろう。

「今だ!さゆちゃん!こっちに来い」

「はい!わかりました!」

合図とともに、さゆちゃんは俺たちの方向に駆けてくる。二人の隊列は向かい合った。そして、両者は反射的に光線をぶっ放す。光線は一直線に伸び、隊列を分断した。

「壮後くん。あの中央にコアがあるわ。おそらく。片方の隊列のコアを壊すと、もう片方は機能しなくなるみたい」

トウテツさんが指示を出す。

「了解」

俺はすかさず飛び出し、銃を構え、真ん中の隊列めがけて照準を合わせた。弾丸が命中した瞬間、やつらの体は弾け飛んだ。

「やった!」

俺は歓喜のあまりガッツポーズをした。

「まだよ!」

トウテツさんの叫び声と同時に残った方の隊が光線を放った。

「うっ!」

光線は俺の肩を掠める。

「大丈夫?」

「ええ、なんとか」

トウテツさんは心配そうに声をかけてくれた。俺は痛みに耐えつつもやつらの動向に目を凝らす。

「お兄さん貸して!」

さゆちゃんは俺から拳銃を奪い取ると、やつらの群れに向かって突っ込んでいった。

「おい、さゆちゃん」

俺は慌てて彼女のあとを追った。

「さゆちゃん、無茶をするな」

「大丈夫ですよ、私、運動得意なんで」

さゆちゃんはそう言うと、軽やかに跳躍し、空中で体を捻りながら、コアめがけて発砲した。弾丸は滑らかな曲線を描き、見事に命中。コアは粉々に砕けた。

「やりぃー!!」

「すごいぞ」

俺は思わず感嘆の声を上げた。

「どう?見直した?」

さゆちゃんは俺の方を見て微笑んだ。

「ああ、君は最高だよ」

俺は素直に賞賛の言葉を述べた。

「ふふふ、もっと褒めて」

「さゆちゃん、よく頑張ったね」

「さゆちゃんは、賢いね!」

俺はさゆちゃんの頭を撫でた。

「えへへ〜」

さゆちゃんは嬉しそうな笑みを浮かべる。寄主を失った人々はドミノ倒しのようにバタバタと倒れていった。

その中に宮司もいた。さゆちゃんは宮司のほうに駆けて行く。

しかし、宮司を含めた軍団たちは足をリズミカルに揃え、一斉に手を大きく振り上げるという、まるで舞踏のような常同行動を見せた。

「……」

さゆちゃは言葉を失っていた。

無理もないさゆちゃんにとっては直視することのできない現実だ。それを証拠にさゆちゃんは声にならない声を上げ、その場で泣き崩れてしまった。

俺は声をかけようとしたが、トウテツさんに止められた。

しばらくするとヌエと警察が到着した。ヌエは軍団を見るとやっぱりなと言った表情で呟いた。

「やはり、こうなったか……」

「ヌエさん、これは一体どういうことですか?」

ヌエはゆっくりと口を開いた。

「彼らは高次脳の障害で不随意運動の症状を呈しているんだ」

「不随意運動……?」

例えば、歩くときに足を上げる動作があるが、あれは大脳の視覚野が刺激されると、小脳を経由して脊髄に伝わることで行われる。この一連の流れが無意識のうちに行われていることを不随意運動と言う。つまり、彼らにとって手足を動かすことは意識的な行為ではなく、反射的に行っていることだ。だから、自分の意思に反して動くことがある。」

ヌエは淡々と説明する。

「じゃあ、さっきの踊りみたいなのは、その反射的なものってことですかね」

「そうだ、おそらく。魔魂の寄生による、後遺症だろう」

ヌエはさゆちゃんに寄り添った。そして彼女に優しい言葉をかける。「大丈夫か?」

「はい、私は大丈夫です」

「もうすぐ救急車が来るはずだ。それまで辛抱してくれ」

「わかりました」

さゆちゃんの顔色は悪く、明らかに大丈夫ではなかったが、彼女は気丈にも笑顔を作って見せた。その後機関の車が到着すると、軍団たちは強制的に担架に載せられ、搬送されていった。

「君たちも来てくれ!」

ヌエは俺たちを神社の入り口に誘導し、いつのまにか手配していた車である場所に連れて行った。

「ここは?」

「機関の本部だ。ここには、魔魂に寄生された人間に特化した治療施設がある」

「なるほど」

本部の敷地に入ると、ヌエは車を停車させた。広大な敷地には機関の関連施設が立ち並んでいる。そのひとつひとつが白銀色の近未来的な外観を持ち、重厚感と高度な技術力を感じさせる。真ん中の一際大きな建物が、おそらく研究棟なのだろうと推測できた。

「着いてきてくれ」

ヌエはそう言うと、右側に見える建物の中に入っていった。俺とさゆちゃんとトウテツさんもそれに続く。

建物内は清潔感のある真っ白い壁に覆われており、無機質ながらもどこか温かみを感じる内装だった。施設内では白衣を着たスタッフが忙しく動き回っていた。

「ここは?」

「機関が保持する医療施設だ。ここでは魔魂に寄生された患者の治療に当っている。」

「ここで大体魔魂による後遺症は改善されるんだけど、それでも治らない場合は遺族に死亡通知が届けられることになってるわ」

トウテツさんは補足説明をしてくれた。

「そうなんですね」

俺は少し複雑な気持ちになった。

「さぁ、こっちに来てくれ」

俺とトウテツさんはそのあとについていくと、とある部屋に通され、そこにはベッドがあり、一人の少女が横になっていた。さゆちゃんは始終黙りこくっていたが、少女を見た途端パッと顔を明るくした。

「美前」

さゆちゃんはそう叫ぶと、駆け寄っていった。俺もそれに続き駆け寄る。

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