大気を揺るがす轟音と衝撃。
自慢の最高傑作であったヴィルースも、ライバルへの対抗心も、叶えたかった幸せのカタチも、そしてそれら己の営為を続けてゆくための“戦略的転進”さえも。
秘密結社の怪人:コウモリオーグによるあらゆるたくらみが仮面ライダーの
「……ッ!」
コウモリオーグは、もはや呻き声すら挙げられなかった。仮面ライダーから受けたキックと墜落のダメージで脊椎と肋骨が砕け、内臓すべてを瞬時に潰されていた。
断末魔、その生き絶える最中、コウモリオーグの脳裏で走馬灯が駆け抜けた。
昔から、人付き合いが苦手な子供だった。
人前で話そうとすると全身が強張って熱くなり、大きな声を出すことが出来ない。人前で顔を上げられない。クラスメイトと会話するときも、目を合わせられない。「はーい、皆でペアを作ってー」グループワークは地獄の始まり。物心ついた頃からこんな有り様だったので、彼は気のおける友人なんてものは一人も作れず、暇に飽かせて一人で本を読んでばかりいた。
それでいて、たった一人の孤独に耐えられるほど強くも無かった。本当は、いつだって他人からの承認に飢えていた。誰よりも他人に恋焦がれていたが、どうすればちゃんと他人と関われるかがわからない。いざ会話を始めると、いつのまにか自分のことばかり独り善がりに話してしまう。
そんな矛盾を抱えた彼を周りの人たちは「オタク」「変人」「変わり者」として扱い、距離を置き、そして内心で蔑んだが、彼自身はというと実のところそのように扱われることにささやかな慰みを覚えた。たとえ馬鹿にされているとわかっていても、『いないもの』として無視されるよりは余程マシだったのだ。
そんな独りぼっちの子供時代を送った彼だが、彼にも得意なものがあった。
彼が熱を入れあげたのは科学、バイオテクノロジーだ。特にヴィルース、すなわちウイルスに興味があった。ウイルス研究の始まりとして知られるタバコモザイクウイルスから、エボラや天然痘のような危険なウイルス、ウイルスベクターによる平行進化や遺伝子改変技術、癌でさえ癒すと期待されているという最新鋭のウイルス治療薬……ウイルスは人間の生活を脅かす危険な存在であると同時に、人間にとって有用な性質を持ったものも多く存在する。そんなウイルスの世界の奥深さと美しさに、彼は夢中になった。
ウイルスにまつわる図鑑を読み漁ったのを手始めに、子供には余るような難しい学術書にも手を出した。ウイルスについての最新の研究論文が載せられている学会誌を購読してみたこともある。幸か不幸か、友達付き合いなんかに費やす無駄な時間は必要なかったので、その分だけ彼はひたすら自分の好きなウイルスの世界へ心置きなく打ち込むことが出来たのだった。
そんな彼の在り様を、彼の親たちは当初楽観視していた。
彼の父母は二人とも医者で、それもどちらも名医として名高い大病院の院長だった。自分たちの息子がいつまでも人付き合いができるようにならないことだけは心配したけれど、その将来についてはさほど悲観していなかった。学業に関しては人並み以上には優秀だったし、興味の対象がウイルス研究というのなら自分たちの生業である医学にも通じる世界だ。大人になって仕事に就くならきっと偉大な学者か、さもなくば自分たちと同じ医者。巷の親の大半がそうであるように、彼の両親もまた自らの子供に期待した。
だが、そんな両親も、彼が大学へ入る頃に亡くなってしまった。死因は交通事故、飲酒運転をしていたトラックによる衝突。二人とも即死だったという。
突然に家族を失った彼であったが、実際のところ生活にはさほど困らなかった。思春期を越しても社会と馴染めない息子の将来を案じた彼の両親は、自分たちに万一のことがあっても彼が生きてゆけるように不動産と莫大な財産を遺していた。のみならず、優秀な弁護士や信託会社に依頼して、それらを継続して運用し利益を上げ続ける巧妙な仕組みを生前から整えていた。
そんなわけで、親たちがいなくなったあと、彼は大学院に進み、博士研究員となっていよいよ本格的なウイルス研究者となった。いわゆるポスドク問題で周りの同僚たちがプレッシャーのある生活苦に喘ぐ中、親の財産のおかげで生活に困らない彼だけは悠々と自分の興味があることにだけ没頭することが出来た。
とはいえ、それはそれで問題が無かったわけではない。そもそも彼は人付き合いが苦手な上に、基礎的なコミュニケーション能力でさえ欠如していたので、研究室の仲間達との共同作業というのはかなりの重荷だった。いくら豊富な知識があってそれを応用できる頭脳があっても、それを他人にわかりやすく伝える表現力が彼には致命的に欠けていた。何より、周りの人間との会話、人付き合いというのは、彼にとってはまるで異星人を相手にしているかのようでひどく疲れてしまった。
そういうわけで結局はいつものとおり、彼は仲間内で浮いた存在となっていった。
そして彼と社会の断絶を決定的なものとしたのは、彼が発表した一つの論文だった。
『グローバル社会における新型ヴィルース拡散による変革と新常態の到来についての考察』と題されたその論文は、論文にしてはあまりに空想的で、それでいて断言的に過ぎ、そしていささか過激すぎた。書いた当人としては誠実に真理を述べたつもりだったのだけれども、ともすると厄介な新型感染症の蔓延による社会の変化を『新常態の到来』として肯定的に捉えたかのようにも見える彼の書き方は、周りの人々からは到底受け容れられないものだった。
しかも彼の論文は、そういった自説を補強するための実証データがまるで足りていなかった。当然だ。論拠こそ彼なりの社会への洞察と偏愛にも等しいウイルス研究への情熱によるものではあったが、社会性の乏しい彼一人の研究ではフィールドワークも小規模にならざるを得ず、充分なデータを集めることが出来なかった。特に論文中で示された『新しい世界秩序』は現実的でなく、ただの未来予想であるとの批判もあった。
『こうした未来に備え、コウモリを宿主とした新型ウイルスを開発して社会に放ち、検証実験を行なうべき』とした結論も、これまた批判の的になった。たしかにBSL:バイオセーフティレベル4環境下での人工的なウイルス開発は可能な物ではある。しかし、『単なる検証実験のためにわざわざウイルスを開発して野に放つ』などというのは机上の空論であり、社会的影響や利益、リスクについては考慮されていない。その主張のとおりに新型ウイルスを開発したとして、それによって引き起こされるだろう社会的混乱に対していったい誰が責任を取れるのか、と。
『誇大妄想狂なトンデモ研究者の陰謀論、あるいは取るに足らないインチキな戯言』
それが、彼の論文に下された学界における結論であり、彼は学界を追放されることになった。両親の財産は相変わらず適切に運用されていたので個人研究は引き続き可能だったが、彼のことを真っ当なウイルス研究者として見做す者は一人もいなくなってしまった。
彼は、幻滅した。
それは、自分の研究が認められなかったことではない。データ不足といった至らぬ部分が多々あったのは自分自身でも認めるところであったし、結論がセンセーショナルであったのはむしろ企図したものだ。悪名は無名に優る。『新型ウイルス開発』という刺激的な結論も、世間に対するある種の挑発、挑戦として用意したものに過ぎなかった。だから、学界を追われること自体はどうでもいい。
問題なのは、自分の研究を理解してもらえなかったということ。それどころか、まともに取り合ってさえ貰えなかったこと。その事実が、彼にはどうしても納得できなかった。
彼が主張したかったのは、『ウイルスによって人も社会も進化できる』というものだった。ウイルス進化仮説、最新のウイルス研究の知見では眉唾扱いされているアイデアではあるが、彼はそれを社会に適用しようと試みた。すなわち、新型ウイルスを媒介することで、既存の社会構造に革命をもたらす。
例えば、特定の企業に都合よく動く経済システム、支配的な思想に基づいた宗教観、階級制度に基づく差別意識。そうした理不尽な社会構造を根っこからひっくり返し、人々を幸福へと導くことだって、ウいルスを用いれば可能なのではないか。そういう提起のつもりだった。
――なのになぜ、誰もわたしを理解してくれないんだ。
そんな風に嘆いていた彼へ、最後まで研究に付き合ってくれた研究者仲間の一人がこんな風に言った。
「そうは言うけど、君の方こそどうなんだ」
どういうことだね。睨み返した彼に、研究者仲間は呆れた様子で答えた。
「君が周りから認めてもらえないのは君の研究テーマの問題でもなければ、センスでも、ましてや周りのせいでもない。君は『他人から理解してもらいたい』と求めはするが、君の方から他人を理解しようとはしないし、そのための努力研鑽はしてもこなかった。だからだろう?」
図星だった。
彼は、他人と話すことが苦手だった。これまで他人が自分の話を聞いてくれるとは思ってこなかったし、他人が何を望んでいるかなんて考えたくもなかった。
図星だからこそ、彼はキレた。
――うるさい黙れッ、三流科学者めっ!
いきなり激昂してテーブルを引っ繰り返した彼に、研究者仲間は驚いたようだった。彼本人でさえ、そんな風にキレた自分自身に驚いていたくらいだ。
けれども意表を突かれたのは一瞬のこと、研究者仲間は学者らしい明敏な頭脳と鋭利な言葉のナイフで、彼を批判した。
「理解してくれる人がいないと文句を言う前に、自分がなぜ理解されなかったのか、もっと真剣に考えてみたらどうかね? 君の方から社会と向き合わなかったら、それこそ君が理解されることは決してない。世間が自分を無視すると嘆くよりも、まずは君の方こそ周りの人たちと向き合ってみることをお勧めするよ」
痛いところを突かれて、彼はますます怒り狂った。日頃から自分を抑え込みすぎて『怒る』ということに慣れていない彼は、一度キレるともう自分自身でさえ止めることができなかった。
――おまえとは、絶交だ!
それ以来、彼は他の研究者とつるむのを辞めてしまった。研究者仲間たちとは二度と会っていない。
彼が“博士”と出会ったのは、そんな失意のどん底でのことであった。
学界から黙殺されるようになった彼のもとにやってきた、一人の博士。博士は、彼とワインを酌み交わしながらこう言った。
「君の論文は読んだよ。素晴らしい内容だった」
ほ、本当ですか。思わず身を乗り出した彼に、博士は微笑みながら答える。
「『グローバリズムの際限ない拡大と、均質化した世界の陥穽へと入り込む新型感染症、それらの蔓延による社会変革と
ええ、ええ。そうでしょうとも。わかっていただけますか。
彼はすっかり舞い上がってしまった。今回会ってくれた博士は、バイオテクノロジー学界における第一人者として、若干畑が異なる彼でも名前と業績を見聞きした程度には名の知られた人物であった。誰かに認められることに人一倍飢えていた彼にとって、そんな高名な博士に認めてもらえたことは何よりも嬉しいものだったのだ。
そんな有頂天の彼に、博士はこう続けた。
「おめでとう。君はこのたび、神聖なる私たちの“組織”のメンバーに選ばれた」
組織、ですか? 思わず怪訝な顔をする彼に、博士は「左様」と頷く。
「『人類を持続可能な幸福へと導く、
ひ、秘密結社?
博士の突拍子の無い言葉に、流石の彼も鼻白んだ。相変わらず社会性に乏しかった彼ではあったけれど、そんな彼でも博士の話が一気に胡散臭くなったことだけは直感――今にして思えばそれは当時の彼に残っていた最後の『良識』であり『社会性』だったのかもしれなかった――で理解した。
……まさか、怪しい勧誘ではなかろうか、とも思った。近ごろ宗教団体の過激な勧誘活動が世間を賑わせているし、ひょっとすると博士の真の目的はそういうところにあるのであって、彼の論文なんてものは単に話の端緒、取っ掛かりに過ぎなかったのかもしれない。
そんな彼の警戒心を察したのか、相手の博士は「ははは」と鷹揚に笑った。
「秘密結社、といってもそういういかがわしい団体というわけではない。有体に言えば、特別なサロンのようなものだよ。入会を許されるのは優れた人間のみ、まさに君のような特別な存在のためのね」
特別な存在、このわたしが。
快い言葉に、弱った心を擽られ気が緩む。その隙間へと博士の言葉がするりと入り込んでくる。
「君も胸に秘めてきたはずだ、深い絶望を。そしてその絶望の最中に願ったはずだ、『世界を変えたい』と。どうだ、君も私と共に世界を変えてみたいと思わんかね、その特別な才能で」
……彼は、自分の中にあったものを見透かされたように思った。
この人は、博士は、わたしのことをわかってくれる。そしてこんな博士の属する“組織”なら、わたしのことをきっと認めてくれる。長きに渡って孤独の飢えと承認欲求の渇きに苦しんできた彼にとって、それは一滴のオアシスのように思えた。
気がつくと彼は、博士の差し出した手を固く握っていた。そんな彼の手を力強く握り返しながら、博士も微笑む。
「ようこそ私たちの組織、我が
博士からの温かい歓待の言葉に、彼は答えた。
――よろしくお願いいたしますイワン=タワノビッチ博士、いいや、“死神博士”。
長い走馬灯が終わった。
「緑川……」
仮面ライダーとの戦いに敗れた末、彼が喘ぐようにつぶやいたのはかつて喧嘩別れした研究者仲間の名前。
「なぜ誰もワシを、理解しないのだ……?」
その言葉を最期に彼、コウモリオーグの事切れた
好きなオーグメントを教えて
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クモオーグ
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コウモリオーグ
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サソリオーグ
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ハチオーグ
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KKオーグ
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チョウオーグ
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大量発生型相変異バッタオーグ
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コブラオーグ