お待たせしました。
2023年4月2日14時より、弐の段を公開いたします。
そこには悪鬼がいた。
二人の小鬼が、亡骸を弄んでいる。賽の河原の石の塔のように、悪趣味に。
しかし。
すでに物言わぬ骸と成り果てた、最愛の男を目の当たりにしてもなお、すでに正気と狂気の狭間にいる巫女の心は変わらなかった。
自らが信仰する神を裏切ったこと、今までの自分を否定したことへの強い後悔。これらの矛盾した心さえも包み込んだ、愛する彼の寛大さ。
それ故に、彼が自分を見続けてくれる限り、彼に尽くそうと。彼を信じ、彼だけを見て。
――だのに彼は、他の女にも、目を向けるなど、と。
彼には、私が彼だけを見るように、彼も私だけを見て、と。
忠告はしていたのに。このままでは、世界に穢されてしまうから、と。
男は結局、取り敢えず笑って誤魔化して、言葉に取り合わなかったが。
自分の言葉よりも、他の女の言葉を信じた。それが、彼女には許せない。そしてその結果がこの通りの有様で。
神の加護を失った巫女には、彼を守る術が無かった。しかし、彼を神の御元へ送ることは出来た。出来た筈だった。穢れた世界に毒された彼を救いたかった。喩え、自身にどのような神罰が下ろうと構わない。その代わり、彼だけは。
だが、罪に対し下された罰はあまりにも皮肉に満ちていた。
彼の暖かくて柔らかな頬をもっと触っていたかった。彼の柔らかな唇で、もっと名前を呼んで欲しかった。
しかしもう、その願いが叶うことは永遠にない。
冷え切ったそれは最早、言葉を紡ぐことも能わない。口が無く、声も出ないそれには。
曇った眼で、穢れた唇で彼を狂わすものたちから、永遠に惑わされずに済ませることなど、猶更。
最早、巫女には生きる目的が無くなってしまった。同時に生かされている理由を理解した。
輪廻を崩すあの破戒の兵団を生かしておくわけにはいかない、と。冷え切った頭の中で喪服のような服を着た双子への判決を言い渡された。
大幣を模した仕込み刀、神社に伝わる神刀。銘を、“黄泉平坂”。現世を断ち切り、死者の国ではなく、神の元へ誘う刀を握りしめる。抜刀はしない。あれらは、神への供物にもならない木偶の坊だ。飽くまでも大幣として利用する。
これから行うべきは、呪いの儀。社へ引き返し、準備を整える。
篝火で仄暗く照らされるだけの境内に影は一つだけ。
用意した
人を呪わば穴二つ。刺し違えるなど造作もない。
紙製の人形に呪いを込めた針を刺す。それだけでいい。心臓を貫かれたような痛みを与えることが出来る。その代償として自らも同じ苦痛を味わうことになるが、既に感覚が麻痺していた術者にとっては実質的に一方的な虐殺である。
痛めつけているのは実際には人形で、対象の身体そのものに一切の傷はない。しかし確実に効果があることを、血反吐を口から垂らしながら巫女は実感していた。
緋袴が血でどす黒く血塗られていくのも厭わず、呪詛を振りまく。針で刺し、釘で貫き、鋏で切り落とし、最期には火にくべた。
儀式をやり切った彼女が再び戻ると、そこには死体が三つ転がっていた。
そのうち二つには一瞥もせず、残る一つ、最初からそこにあったものへ手を伸ばす。
口の端が僅かに吊り上がった。
愛しい彼が、襤褸雑巾のように弄ばれ、物言わぬ肉塊に成り果ていても、私は彼を愛することが出来るのだ、と。
弔いの為にそれらを掻き集め、ヒトの形らしきものへ整えていく。せめて、彼の魂だけでも安らかに眠れるように、と。抜刀する。
何を斬るべきなのかは、既に解っていた。迷いはない。
あたり一面が血飛沫に染まり、目の覚めるような赫が広がった。
弐(双)の段 『未だ
――この世の名残、夜も名残。死にに逝く身をたとふれば、仇しが原の道の霜。一足ずつに消えていく、夢の夢こそ哀れなれ。
『曾根崎心中』より。
参の段公開は2023年4月2日16時を予定しております。