お待たせいたしました。
終の段公開で御座います。
巫女の心中の先、どうかご覧あれ。
「神の御心に背いてまで、貴方を選んだあの日、私は本当に此の身が引き裂かれる思いだった」
篝火だけが視野を確保するだけの暗い社の中、巫女なる彼女は重々しく口を開いたのでございます。
「神の声よりも、貴方の声を追いかけるようになって。貴方の姿を見かけるだけで、私の胸は呪いをかけられたように締め付けられる」
その瞳は虚ろで、光がございません。柔らかな唇から紡がれるのは、これ以上ない純真な彼女の想いでございます。それ故に滔々と語り続けられる言の葉の重さが、貴方の胸の中に沈んでゆくのです。
「――貴方を信じていたのに。神よりも……、貴方を!」
薄れゆく意識の中で、貴方は最後に彼女が零した独白を聴いて、重苦しい気分になったのでございます。
「目が覚めた? こんばんは」
貴方が目を開くと、彼女は今まで聞いたこともないような甘ったるい声で話しかけて来たのでございます。
何事かと飛び起きようとすると、なんと貴方の身体は縛られ、戒められ、封じられているではございませんか。
「大丈夫、安心して? もう貴方に危害を加えるつもりはないから。……さっきは、少し気が動転してしまったけれど、もう大丈夫」
慌てふためく貴方をよそに、彼女は語り続けます。
「――どうして顔を背けるの? 貴方はいつも私を見てくれていた。なのに何故?」
貴方は
そんなにあの女の事が大事?
「――そう、あの人はもうこの世にいないのね」
ひとしきり大笑いした後、私は貴方に、彼女に与えた呪いについて説明をした。まだ終わっていないのに、その前に耐えきれずに死んでしまうなんて、情けない。
所詮彼女が貴方に向ける感情なんて、その程度という話。私なら、どれだけ苦しみ悶えてのたうち回っても貴方への想いだけは決して手放さないというのに。
「もうこんな呪符は要らないわ。あとは貴方だけ。――どうするって、浄化するのよ」
――祓い給え。清め給う。
穢れた彼を浄化する。
桜吹雪の中で、貴方からもらった髪飾り。
――祓い給え。清め給う。
聖水、大幣、篝火。煌めく螺鈿細工。
――祓い給え。清め給う。
現世を断ち切り、神の元へ。
――祓い給え。清め給う。
「ああ、神よ、あなたの声が聞こえました。これほど罪深い私にも、まだあなたの声を聞くことが出来るのですね」
貴方にはまだ聞こえないかも知れない。けれど大丈夫。私が全て完璧にこなして見せるから。
「大丈夫、死ぬのではないわ。――神の元へ逝けるの」
黄泉平坂、あぁ、何と美しい刀身。これほど美しい
震える貴方を宥める為に、暖かくて柔らかい頬を撫でる。
「――出来ることなら、こうなる前に貴方と触れ合っていたかったわ」
こんなに震えて。大丈夫、何も心配しなくてもいいの。貴方はこれで救われるの。
「――そういう問題じゃないですって? 何が違うの?」
ああ、わかったわ。独りで逝くのが寂しいのね? 大丈夫、私もすぐに貴方の後を追うから。
「だから今は――おやすみなさい」
……剣戟の刹那、慾が零れてしまった。
私は彼に信じて欲しかった。信じてくれるだけで、これ以上穢れさせはしなかったのに。
怖がらないで欲しかった。奇麗な瞳で、私を見ていて欲しかった。私だけを。
噴き出した血を全身に浴びる。温かくて、冷たい、赤い血。
貴方の物だから、拭いたくはない。
ふと、私の腹部にも血の感触が湧いてきているのに気付く。
それは私の、私自身の血だった。
――その通りで御座います。現では貴女は血を流し倒れ伏しているので御座います。
恋敵に敗れ、凶刃に倒れる瞬間、極限にまで引き延ばされた時間感覚によって垣間見ることの出来る、野鳥が見る程度の夢の話で御座います。
天神ノ森につき、これにて終幕なれば。
終の段 『
本日は綾小路劇場にお越しいただき、ありがとうございました。
これにて、新作人形浄瑠璃『神子心中』、閉幕で御座います。
あい務めましたるは、
大夫、四季島弓亜。
三味線、虹月アルト。
人形、Antique Doll ASAKURA。
ご来場の皆様、どうか三業に万雷なる拍手と喝采を。