※この拙作のレースに関する事柄などは筆者の空想や、史実とは異なる展開などが入っております。
話が長くなった為、デビュー戦と有マ記念を2話に分けさせて頂いております。
アヤベさんのデビュー戦が二日後、そしてスペちゃんの有馬記念が三日後に迫った木曜日の夕方。
俺たちチームノヴァは全員で、今まさに新宿シンデレラホテルで開催されている『有馬記念の事前公開インタビュー』に参加している。
出走するスペちゃんの参加はもちろんだが、アヤベさんとマックイーンさんも将来必ず出走する事になるレースだと俺は確信しているので、少しでもその雰囲気を感じて欲しくて今回お誘いさせてもらった。
そういえば……「二人がこれから走り続ければ、近い将来に必ず有馬記念を走る事になると俺は確信してる。だから少しでも場に慣れるためにも一緒に行こう」とお誘いしたら、二人とも少し恥ずかしそうにしながら了承してくれたのだが何故だろう?
…お世辞だと思われた? いや、俺は思っている事を正直に言っただけだからお世辞っぽくなってなかったと思うんだけどな…
会場に着いてからも普段通り凛としている二人を見る限り、こういった場が苦手という訳でも無さそうだ。人が凄いからアヤベさんは少し嫌そうだけど…緊張とかはしていないっぽい。
マックイーンさんは流石メジロ家のご令嬢という感じで堂々としている。……雰囲気に慣れるのは必要なかったかな? だから二人とも少し反応が良くなかったのかもしれない。
今更ながらそんな事を思い、二人に謝罪するも「全くこの人は…」という呆れた表情を二人から向けられつつ、「将来の為にも必要な経験だから問題ない」と言い切ってくれた二人に俺は感謝しながら三人で談笑を再開する。
ちなみにスペちゃんは少し離れた所で、今回一緒に有馬記念に出走するグラスさん、セイウンスカイさん、キングヘイローさんの同期四人で談笑中の為ここには居ない。
しかし四人全員がインタビュー用に勝負服に着替えているため非常に華やかである。テレビ局のカメラマンさん達も一生懸命にその様子を撮っておられるし。
そうやって各々で談笑を楽しんでいるうちにインタビュー開始の時間となり、スペちゃんと俺を含めた今回出走する16人のウマ娘の皆さま、そしてそのトレーナーの皆さまが全員壇上に呼ばれて枠順ごとに整列を行う。
スペちゃんは今回大外の《8枠・16番》の為、俺たちは列の一番端で整列を行なった。
(うーん、こうして全体を見渡すと…改めて凄い記者さんの数だよな…ざっと見ても107人はいらっしゃる。テレビカメラも14台…これだけ大規模なインタビュー会場の準備をしてくださったホテルのスタッフの皆さまには本当に感謝だよ…後日何かお詫びの品を送らせてもらおう)
ホテル側が用意して下さった大量の椅子に座って並んでおられる記者の皆さま、奥の方ではテレビカメラや手持ちのカメラを構えておられるカメラマンさんの皆さまのお姿を確認していると…
司会進行役の男性アナウンサーの方から『それではこれより、有馬記念の事前公開インタビューを開始致します』というお声が響き、1枠1番のマチカネフクキタルさんからインタビューが開始された。
──インタビューの進行はここまで順調であり、もうすぐスペちゃんの番を迎えるところまできている。
今回一緒に走る娘たちはかなりスペちゃんを意識してくれているのか、「全員強敵だが…その中でもスペシャルウィークさんに勝ちたい!」と言う声が多かった。
その中でも特に…グラスさんの気迫には記者の皆さまも思わず唸っておられた。表情は柔らかく微笑んでいるのに、レースやライバルに対する意気込みを答える際には鋭い雰囲気が漂う…誰が見てもグラスさんがこの有馬記念に対して、そしてスペちゃんに対して並々ならぬ決意で勝ちに来ると言う気迫を感じ取ったのではないだろうか。
かく言う俺も、そして間違いなくスペちゃんもそれを感じ取っている。本当…こりゃあ強敵だな…
それと余談になるが、グラスさんの後に行われたエアグルーヴさんのインタビュー……エアグルーヴさんがカメラのフラッシュが苦手。
というお話を聞いていた俺は、目にとても優しく、日光・照明・紫外線などを緩和できる保護コンタクトレンズを自作してプレゼントさせて貰ったのだが、エアグルーヴさんの様子を見ていた限り役立ってくれた様で何よりだった。
『──続きまして、8枠16番。ファン投票1位・チームノヴァ所属・スペシャルウィークさんのインタビューに移らせて頂きます。スペシャルウィークさんと担当トレーナーさんは、前のマイクスタンドまでお願い致します』
ここまでの軽い回想を行っていると、いよいよスペちゃんの順番が回って来た。少し緊張気味ながらも、しっかりと前を向いてマイクスタンドまで向かうスペちゃんの後ろ姿を確認しながら、俺もその後ろに着いていってスタンドまで向かう。
「──ふぅ…スペシャルウィークです! 本日はよろしくお願いします」
「チームノヴァのトレーナーです。お集まりの皆さまも、テレビの前の皆さまも、本日はよろしくお願い致します」
そう挨拶をしながらスペちゃんと俺は共に一礼を行い、インタビューに答える気持ちの準備を整える。
『ありがとうございます。ではこれより質疑応答に移らせて頂きます。ご質問のある方は挙手をお願い致します。こちらから指名をさせていただきマイクをお渡ししますので、社名とお名前を名乗って頂いてからご質問をお願い致します。それでは始めさせて頂きます』
司会進行の方がそう言った矢先に記者の方々の手が続々と挙がる。ここまでのインタビューでも感じていた事だが、いざ自分たちの番になるとその熱量に改めて感服してしまう。
『日刊ウマ娘の青崎と申します。スペシャルウィークさんに質問です。今回の有馬記念でのスペシャルウィークさんの目標と、注目されておられるライバルのお名前を教えて下さい』
「目標はもちろん1着になる事と、ファンの皆さまに夢を感じて頂けるような…そんな走りをしたいと思っています。えっと、ライバルに関しては皆さん強敵だと思っていますけど……グラスちゃん、セイウンスカイさん、キングヘイローさんとは同期でのライバルなので、今回も競い合える事が嬉しいと思っています」
ここまでのインタビューでもそうだったが、やっぱりウマ娘本人に対しての質問が圧倒的に多い。今回もスペちゃんに対して次々と記者の方々が質問を投げ掛ける。
そんな様々な質問に対してもしっかりと受け答えを行うスペちゃんの姿に、本当に大きく、強くなったなぁ…なんて、俺はインタビュー中にも関わらずスペちゃんの成長に改めて感動してしまう。
そうしてインタビューは段々と進んで行き、時間的にも次が最後の質疑応答になりそうである。
『月刊トゥインクルの乙名史です。チームノヴァのトレーナーさんにご質問です。秋の京都新聞杯から始動してここまでで既に3戦を走り、特に前々走の菊花賞、前走のジャパンカップ共に世界レコードという素晴らしい走りをスペシャルウィークさんは見せてくれましたが……その分の反動は決して小さいモノでは無かったと思います。今回の有馬記念、スペシャルウィークさんの状態面などはどう感じておられますか?』
恐らく最後の質疑応答になるであろうタイミングで、トレーナーである俺に質問が飛んできた。それもさすが乙名史さん、ここまでもウマ娘に対する愛を感じる鋭い質問が多かったのだが、今回も中々に踏み込んだご質問を投げかけてこられた。
ただこの質問に関しては、俺もスペちゃんも回答は決まっている。
「状態はとても良いですね。ここまでのレースによる疲労も感じませんし、調整に関してもスムーズに来れているので、本番の有馬記念でもしっかりと力を出せる状態にあります。ですから当日は楽しみにして頂けたらと思っております」
嘘である。今のスペちゃんの状態は…本当なら順調とはとても言えないのが現状だ。
前走ジャパンカップの疲労が落ち着くまでに約1週間…そこから残りの約2週間で有馬記念に向けた調整をしないといけなかった。
更にスペちゃんはまだ本格化し切っていない為、なるべく負荷を掛けずに心身ともに調子を戻さないといけない。スペちゃんへの負荷を考慮すると、後3日で絶好調に戻す事はどうしても出来ないのだ。
それでも俺たちは今回のインタビューで調子について聞かれた時は「絶好調です」と言い切る事を決めていた。
日本一のウマ娘に…ファンの皆さまに沢山の夢を届けられるウマ娘になる為にも、“出走する”と決めた以上レース前にファンの皆さまの前で弱音は吐けない。
今の現状がどれだけ苦しくても、どれだけ順調では無くても、どれだけ不安であろうとも、レース前にその部分を見せる訳にはいかない。
ファンの皆さまがレースを楽しむ時は心からワクワクして、心から熱くなって、そして夢がいっぱいに詰まっていないといけない。
その為にもここまで一言も「苦しい」・「辛い」なんて口にせずに、今自分が出来る最大限の努力で有馬記念に向けて頑張るスペちゃんを見たら…せめて俺も同じ覚悟は持たないと、スペちゃんの隣に立つ資格なんて有りはしないだろう。
もちろんこんな痩せ我慢、ライバルの皆さんや一部の鋭いファンの方々には簡単に見抜かれてしまうだろうが、それはそれで構わない。
その上で今回の有馬記念、真っ向から全力で勝ちにいく事に変わりはない。
乙名史さんのお陰で改めて今回の有馬記念に向けての気持ちを高める事が出来た俺は、乙名史さんに感謝を抱きつつ質問に答えていき、途中『──素晴らしいですッ!!』と乙名史さんが少し暴走されたが…
何とか無事に事前公開インタビューも幕を閉じ、あっという間に12月の26日(土曜日)…俺としてはスペちゃんの有馬記念と同様に特別なレースである、アヤベさんのデビュー戦の日を迎えた。
♢♢♢
アヤベさんのデビュー戦当日、俺は控え室にてこれからデビュー戦に挑むアヤベさんの状態を最終確認している最中である。
……うん、体調は万全。緊張もそれ程してないみたいだ。コース確認やこれまでのおさらいも問題なかったし、今回の作戦も「最初は後方待機から4コーナー付近で外からまくる」という強気な作戦のため、後はアヤベさんが思いっきり走ってくれたら大丈夫だろう。
「…ねぇ、本当に良かったの? 明日はスペシャルウィークさんの有馬記念でしょ? 私なんかのデビュー戦について来るよりも、彼女の調整をする事のほうが何倍も大事だと思うのだけれど…」
不意にアヤベさんからそんな言葉が投げかけられた。アヤベさんの言うようにスペちゃんとマックイーンさんは、スペちゃんの有馬記念に向けた軽めの併走トレーニングを行なっているため此処には来ていない。
二人とも応援に来たがっていたが、有馬記念を明日に控えている以上仕方が無かった。アヤベさんからも「気にしないで」と言われていたし。
「俺としては明日の有馬記念も、今日のデビュー戦も同じぐらい特別なレースだよ。そこに優劣なんて付けられないし、アヤベさんが走るレースには俺はなんと言われても駆けつける」
自分が担当させてもらっている娘のレースなら、GⅠだろうとデビュー戦だろうと関係なく必ず駆けつける。
仮に同日違うレース場で行われるとしても、瞬間移動でも何でも使って駆けつける! アレ使ったらぶっ倒れるけど関係なし! ん? そんな事したら問題になるって? 知らぬ! 俺は何が何でも駆けつけると決めているのだ! このチート持ちの名の下に!
「……あの、前から思っていたけど…私の事は二人よりも気に留めなくて大丈夫よ。……貴方から気遣われても、私は貴方の事を気遣えない…わざわざ不快になりに来る必要はないわ」
「…? 不快? そんな事一度も思った事はないよ? アヤベさんの担当トレーナーになると決めたあの日から、俺は君の事を『勝手に支える』って約束したんだから」
「……だけど…」
俺の言葉を聞いても尚、申し訳なさそうにするアヤベさんを見て「本当に優しい娘だな」なんて思う。
俺が勝手に決めた事だし、アヤベさんが気にする事なんて何も無いのだ。トレーナーがウマ娘を気遣うなんて当たり前過ぎて何も特別な事では無いのだから。
「何も気にしなくて良いよ。気遣わなくて良い、振り向かなくて良い、君は前だけ見て走って良いんだ。アヤベさんの目指す先が、これから歩んでいく道が、同じく俺の道だから」
「………そう」
俺がそう言い切ると色々と吹っ切れてくれたのか、はたまた諦めてくれたのか…アヤベさんが俺の勝手な覚悟を受け入れてくれた気がした。そうやって話しているとデビュー戦の時間がもう間も無くに迫っていた。
「…さて、そろそろ時間だね。デビュー戦、行ってらっしゃい! アヤベさん」
「………行ってきます」
アヤベさんは最後に小さくそう呟いてレースへと向かっていった。大丈夫、今日までしっかりとトレーニングは積んで来たし状態も万全だ。後はアヤベさんを信じて怪我なく無事に走ってくれるところを見届けるだけだ。
パドックでのお披露目も無事に終わり、有馬記念前日という事もあってか超満員のお客さんが注目する中、アヤベさんのデビュー戦が始まった。
───
──
─
『続いてのレースは中山第4レース。芝の2000m・8人で争われるデビュー戦、バ場状態は良の発表です。明日に有馬記念を控えている影響もあるのかスタンドは超満員となっております』
『先々週の阪神JF、先週の朝日杯FSとホープフルS。3レース全てで無敗のジュニア王者が誕生し、次なる世代の期待も高まる一方でございますが……解説の板垣さん、本日のメイクデビューも注目のウマ娘が出走致しますね』
『⑥のアドマイヤベガですね。彼女のお母さんはかつてティアラ二冠を獲得した名ウマ娘ですし、明日の有馬記念に出走するスペシャルウィークと同じチームノヴァ所属、ファンや関係者の間でも注目を集めるのは当然ですよね』
『パドックでの仕上がりも非常に良さそうな感じが見受けられた⑥アドマイヤベガ。他の出走メンバーにも注目ですが、果たして全員どんな走りを見せてくれるんでしょうか。枠入りも既に始まっています──⑥のアドマイヤベガも今すんなりとゲートに収まりました。残る枠入りは⑧のリボンカプリチオ…今ゲートに向かって……収まりました。枠入り完了───スタートしました!』
『おっと④のトンネリングボイスが少し立ち遅れる形となりました。注目の⑥アドマイヤベガは後方に下がります。さあ先行争いですが…最内①のフリルドライムが先頭、外から⑤のジュエルルビーも前に行きます。そのすぐ後ろに⑦のホットダンス。内に②のブラングリモア。その後に③のジャカルタファンク。少し離れて注目の⑥アドマイヤベガ。その外から⑧のリボンカプリチオ。そして最後方に④のトンネリングボイスの展開で、ゴール版を通過して第1コーナーに入っていきます』
『1、2コーナーを通過して各ウマ娘が向かう流しに入りました。先頭は①のフリルドライムがハナを取り切りました。そのすぐ後ろに⑤のジュエルルビー。並ぶようにして⑦のホットダンス。1バ身ほど後ろに②のブラングリモア。その直後に③のジャカルタファンク。⑧リボンカプリチオもこのグループに加わっています。そこから3バ身ほど切れまして⑥のアドマイヤベガ。アドマイヤベガは此処にいます。そして2バ身ほど後ろに④のトンネリングボイスが最後方追走という形』
(──渦巻く闘気…私の中にわずかに残ったあなたの欠片が、楽しいと喜んでいるのが分かる)
『1000mの通過は61.4。61.4で通過しています。残り800を切ってこれから第3コーナーのカーブに入ります。逃げる①のフリルドライム、リードは2バ身ほど少し離したか。2番手に⑤のジュエルルビー。残り600を切りました3、4コーナーの中間。3番手に⑦ホットダンス。外から⑧のリボンカプリチオが仕掛けて4番手。更に後方にいた⑥アドマイヤベガも大外を通って先団グループに取り付いていきます』
(──……〜〜っ!? 身体の内側が、胸が…魂が熱い! 楽しい、のね? 行きたいのね? もっと、もっと先へ、誰より遠く──! なら…私は──!)
『⑥アドマイヤベガが大外から凄い脚で上がっていって第4コーナーをカーブして直線に向きました! ここの直線は短い! 逃げる①のフリルドライムですが外から楽々と! ⑥のアドマイヤベガが交わして先頭に立ちました! これを追って⑧のリボンカプリチオも脚を伸ばしますが──』
「ここからっ──はぁあああああああ〜!!」
『──完全に抜けた! ⑥のアドマイヤベガ! これは強い! リードを5バ身! 6バ身! 7バ身! 更に突き放していく!! 離れた2番手は⑧のリボンカプリチオ! 3番手は粘る①のフリルドライムと追い込んできた④のトンネリングボイスの争いか! しかし先頭は独走だ! ⑥のアドマイヤベガ! 圧倒的な走りで今──ゴォーールイン! ………大差の2着に⑧のリボンカプリチオ! 3着は追い込んできた④のトンネリングボイス交わしたか!』
『勝ちタイムは──2分1秒1!? 2分1秒1です! 何とデビュー戦で2分1秒1というタイムが叩き出されました! 中山芝2000mデビュー戦での平均タイムは2分4秒台なんですが…タイムだけなら既に重賞クラスです! デビュー戦としては信じられないタイムにスタンドも少しどよめいています』
『1着で駆け抜けた⑥のアドマイヤベガ。あの無敗三冠ウマ娘、スペシャルウィークが在籍するチームノヴァの所属です。お母さんはティアラニ冠ウマ娘。デビュー前から注目を集めてはいましたが…その期待を大きく上回る様な走りをこのデビュー戦で見せてくれました』
(はあっ…はあっ…はあ、っ。……これが、トゥインクル・シリーズ。…ああ、凄い…凄い。……楽しかった、胸が躍った、満たされた……今まで一番、一番──赦された、様な気がした)
『解説の板垣さん。これはまた将来が楽しみな娘が出てきてくれましたね!』
『いや、凄い走り…凄いタイムでしたね。直線の短い中山であれだけ後方から、最後これだけ突き放すなんて…これは今後も目が離せない娘が登場してくれましたね』
『チームノヴァとしては明日に行われるGⅠ・有馬記念に向けて、勢いをつけられる勝利となったのではないでしょうか。改めて中山第4レースのデビュー戦、1着は⑥のアドマイヤベガ。大差の2着に⑧のリボンカプリチオ。その3/4バ身差で出遅れながらも懸命に追い込んできた④のトンネリングボイスで上位着順は確定しています』
───
──
─
圧巻としか言いようが無い素晴らしい走りでデビュー戦を駆け抜けたアヤベさんが、興奮に包まれるスタンドに一礼を行って地下バ道へと戻ってきた。
……良かった、怪我をしている様な様子も無いし、アヤベさんもいつも通り──いや、ちょっと興奮している感じかな? 勝利を噛み締める様に拳をギュッと握ってこちらに少し早足で歩いてきてくれた。
「おめでとう! アヤベさん。練習したスパートの仕方もとても綺麗だったし、本当に凄い走りだったよ!」
「ええ、ありがとう………ねぇ、次のレースは…どこにするか決めてあるの?」
おっ? アヤベさんの勝利に喜んでいると、早速次のレースに関しての問いかけがあった。こうしてやや前のめりになるアヤベさんも珍しい気がするな。
俺の中で次のレースプランは練ってはいたのだが、果たして彼女の琴線に触れてくれるだろうか…
「うん、次のレースは──翌年の2月14日に行われる【GⅢ・共同通信杯】はどうかな? アヤベさんが今後どの路線を目指すにしても…東京レース場の雰囲気や、バ場の感触を確かめておくのは大切な事だと俺は思うし、そこで勝てばその後のレース選択もかなり融通が利く様になるから」
「GⅢ…ええ、分かったわ。次も……必ず勝つ」
アヤベさんはそう言うと少し笑みを浮かべながら、胸元でグッと左手を握り、早くも次のレースに向けて闘志を高めている感じだ。
レース選択も無事に受け入れてもらえて一安心である。学園に戻ったら出走手続きと、それに向けたトレーニングメニューの修正だな。
次走の予定も決まり、今後の事を考えつつも俺たちはウイニングライブの準備をする為に控え室へと戻って行く。
♢♢♢
12月のため日が落ちるのが早く、学園に戻ってきた夕方にはすっかり辺りも暗くなっていた。
それにしても…有馬記念の前日という事もあり、ウイニングライブでのお客さんもいつも以上の超満員であったのだが、アヤベさんは特に臆する様子も無く歌とダンスを披露し大盛況なウイニングライブであった。
改めて思うのだが走りはもちろんの事、この娘メンタル面が些か大物過ぎやしないだろうか…
「ただいま〜」 「…ただいま」
レースに持って行った調整器具などを置きにアヤベさんと共にチーム部屋へと赴くと、ちょうどアイシングを行っていたスペちゃんとマックイーンさんがこちらに気付き出迎えてくれる。
「あっ! アヤベさん、お兄さん。お帰りなさい! レース観てましたよ! 凄い走りでカッコよかったです〜! 本当におめでとうございます!」
「お疲れ様です! アヤベさん、トレーナーさん。デビュー戦での勝利、本当におめでとうございます! 力強く素晴らしい走りで…わたくしも沢山勉強させて頂きましたわ!」
「あ、ありがとう二人とも…わ、分かったから少し離れて…ち、近いわ」
俺たちが来るや否やスペちゃんとマックイーンさんは、ババッ! っという音が聞こえる様な速さでアヤベさんの元へと駆け寄って行く。
そんな二人の勢いにアヤベさんは少し困り顔だ。まあでも無下にはしていないから少し喜んでもいるのかな。
アイシングを行っていたスペちゃんとマックイーンさんの状態も確認する限り……
マックイーンさんの疲労具合がほんの少しだけ大きいけど、怪我や身体のバランスが崩れたりはしてないな。まあ絶対にそうならない様なメニューを組んではいたんだけど、やっぱりちょっと心配にはなってしまう。
過保護すぎるとは思ってるんだけどどうしてもね…おっとアヤベさんから「二人を何とかして欲しい」という目線を感じる…アイシング中だったみたいだし、アレの試運転をするには丁度いいタイミングかな。
「二人もお疲れ様。…マックイーンさんは少し疲れてるみたいだけど大丈夫? 軽めとはいっても、スペちゃんとの併走は身体がまだ出来上がっていないマックイーンさんには結構キツかったと思うから」
「いえ、確かに少し疲労は残っていますが…これくらいでしたら問題ありませんわ。一晩休めば、しっかりと回復する程度の疲労ですから」
「あっ、駄目ですよマックイーンさん。怪我をしてしまう一番の原因なんですから、疲労のケアはしっかりしないと」
「たとえ僅かでも疲労を残したまま…というのは担当トレーナーとして見過ごせないかな…実はこの間ちょうどフットマッサージャーを作ってみたところだったから試運転も兼ねて使ってみてよ」
俺はそう言いながら先日作り上げた自作フットマッサージャー(マックイーンさん専用機)の用意を始める。
脚を突っ込むタイプのマッサージャーで、形は正方形に近いボックス型。使わない時は椅子代わりにもできるデザインにしている。マッサージに関してもスペちゃん、マックイーンさん、アヤベさんの筋肉の付き方やバランスなどに合わせたケアができる様に3台も作ってしまったのはご愛嬌である。
ま、まあこのフットマッサージャーも他の自作トレーニング機器と同様に、学園内の誰でも使える様に供給していこうと思っているのでそのデータ集めとして今回は致し方無し。
オーバーワークになっているかもしれないが、たづなさんもきっと許してくれるに違いない。うん、きっと許してくれるさ。
…何故かちょっと震えが止まらないけど…風邪でも引いたかな〜? きっとそうだ〜。チート持ちとは言っても油断しない様にしないとな〜。明日は有馬記念も控えているし今夜は早く寝ないと〜。
「な、何でしょう……トレーナーさんと出会ってから…このチームに所属させて頂いてから…わたくしの中の何かが着々と崩れていくような…これ程のサポートをして頂けることが普通だと思ってはいけないのでしょうけど…感謝の心は忘れずとも、日に日に自然と受け入れ始めている自分が恐いですわ…」
「それに加えて…しっかりと走りを強化してくれる分、余計にタチが悪い」
「え、えっと、確かにお兄さんは昔から何でも作れて、お料理も上手で、トレーニングもしっかりつけてくれて、とても優しくて、私もついつい甘えちゃうんですけど…で、でもでも! 私はそんなお兄さんのサポートがあるからこそ! お兄さんへの感謝の気持ちで力が湧いてくるからこそ! レースでも思いっきり走る事が出来ますから…わ、悪い事じゃ無いと思いますよ?」
あれ? なんか俺、ヤバい薬か何かと同じ扱い受けてる? これは皆んなから褒めて貰えてると捉えて良いのだろうか? あとスペちゃんのフォローが嬉しくて目から汗が出てきちゃう。
「それは…確かにそうかもしれないけど、この人のサポート能力はハッキリ言って普通じゃないわ。仮にこれまでのサポートが受けられなくなった時、そのせいで自分が弱くなるのは避けたい……少なからず…恩を受けた身としても」
「アヤベさんの仰る通り、それは避けたいですわね。今程のサポートを受けられなくなった時…走る技術はもちろんの事、特に体じゅ──た、体調管理も大変になるでしょうから」
俺としては今後何があっても絶対に三人のサポートを疎かにする事も、担当を降りる気もないため心配ご無用。と言いたいところだが、まあそれは今後の俺の行動で示していけば良いかな。
俺のほうこそ、しっかりと着いてきてくれる三人には本当に感謝しなくちゃいけないし。
あとマックイーンさん、このフットマッサージャーはヒーター機能も付けているから、血行を良くして代謝も上がるから体調管理には便利だよ? だからほら、遠慮せずに使って使って。
中もフワフワ感触にしてレース後の疲労回復データも取りたいからアヤベさんも使って使って。
スペちゃんは…有馬記念の最終調整があるから俺が施術した方が良いかな。
それらを三人に伝えると…マックイーンさんとアヤベさんからは「だからそういうところが…」と少し呆れられ、スペちゃんからは「明日の為にもよろしくお願いします!」と要望があり、取り敢えずフットマッサージャーを使ってくれたマックイーンさんとアヤベさんの反応が、お二人ともに良く、確認したところ疲労の回復具合も水準以上だった為、作って良かったと思った俺であった。
その後にスペちゃんへの施術も終わり、万全とは言えないながらも何とか明日の有馬記念を戦えるであろう状態には持っていく事ができ、皆んなには「今日は早めに身体を休ませて欲しい」と伝えてその日は解散となった。
そして無事にアヤベさんがデビュー戦を勝利してくれて良い形でそのバトンを受け取り、色んな人の想いを背負ってスペちゃんが挑む……
そんな有馬記念の当日を、俺たちは遂に迎えるのであった。
⚫︎《アヤベさんのデビュー戦後・???視点》
『───……楽しかったね。すごくすごく楽しかったね。楽しいね、お姉ちゃん」
⚫︎《アヤベさんのデビュー戦後・同期のライバルたち視点》
「はーっはっはっはっは! 流石はアヤベさん! 讃えよ讃えよ! ソロからデュオに! そして今この瞬間、デュオはトリオへと変わった!」
「はわわ…! す、凄い…! あ、アヤベさん、さ、流石ですぅぅぅぅ〜!」
「デビュー戦でこれだけの走りと注目度……! やっぱりアヤベさんは凄いです! …私も、負けていられませんッ!」
ここまで読んで下さって本当にありがとうございます!
作中で明言されていた『無敗のジュニア級王者たち』は──
・ホープフルS→ナリタトップロード(3戦3勝)
・朝日杯FS→テイエムオペラオー(3戦3勝)
・阪神JF→ケンヴィリー(3戦3勝)
このようになっております。
※阪神JFのケンヴィリーは、史実での《スティンガー号》にあたるウマ娘さんです。