今回はレース前のお話・レースシーンを分けさせて頂いております。
※この拙作のレース開催日・レース展開・レコードタイム・出走メンバー等は史実とは異なる事がありますのでご了承下さい。
本話からいよいよ“黄金世代の秘密兵器”である彼女も参戦致します! なお彼女の所属チームなのですが、実はかなり前から自分の中では決めていた【チームカノープス】に所属する形となっております。
原作とは違う形となってしまいますがご容赦くださいませ。
アヤベさんが共同通信杯を怪我なく無事に勝利で飾ってくれ、三冠ウマ娘路線に進むという今後の出走プランも明確に定まってから早くも一月半が経過した今日この頃。
気が付けば学園の周りや河川敷の桜の木が満開のピンク色に近付きつつあり、来週にはいよいよ4月に突入…
スペちゃんのシニア級に入って初めてのレースとなる【大阪杯】を目前に控えた本日は、3月最後の週末となる土曜日の深夜。
そんな時間にも関わらず、現在俺は沖野さんと東条さんからとあるお誘いを受け、トレーナー共用スペースに向かっている所である。
何を隠そう本日は、世界有数のウマ娘レースイベントでもある【ドバイワールドカップナイト】が開催される。
明日はレースが行われる日曜日かつ、GⅠ・高松宮記念を控えている事もありウマ娘の皆さんは眠りについている娘たちが殆どの様だが、俺たちトレーナー一同は海外レースの情報収集などの目的も相まってリアルタイムで観戦する人が多い。
それならば一緒にレースを観ながら、これを機に更なるトレーナー同士の交友・意見交換を深めないか? というお誘いを有難い事に俺は頂けた訳である。
更に今回の合同レース観戦には沖野さん・東条さんのお二人に加えて他の先輩方も参加予定との事なので、普段は忙しく中々こういった一堂に会する機会が無かったため、俺自身も楽しみにしていた機会だ。
本当に誘って下さった沖野さんと東条さんには感謝しかない。
そんな気持ちを抱きつつ、共用スペースに向かう最中も頭の中で、今日のスペちゃん、マックイーンさん、アヤベさんのトレーニング内容を思い返したり、今後のトレーニングプランを再確認したり、来週の【大阪杯】に“実行予定の作戦”について考えたりしていると、既に少し賑わいを感じる共用スペースへと辿り着いた。
「──おっ、来たな。よう! お疲れさん。今日は来てくれてワリィな。お前んとこはこの時期忙しいだろうに」
「──あら、お疲れ様。突然誘ってしまってごめんなさい。でも、来てくれて嬉しいわ。歓迎するわよ」
「皆さん、お待たせしてしまってすみません。いえいえお互い様ですよ。こちらこそお忙しい中誘って下さって本当にありがとうございます。今日はよろしくお願いします」
到着するとすぐに沖野さんと東条さんが声を掛けて下さり、それに応じて既に集まっておられた他の先輩方から注目を集める形となる。
一番後輩にあたる俺が一番最後の到着とは…幸い先輩方は気にしておられないっぽいけど、これは本当に申し訳ない事をしてしまったな…反省せねば。
「おっ? …成程な、沖野が言ってたスペシャルゲストってのはお前さんの事だったのか。何時ぞやは、ウチの奴が早朝訓練で世話になったな」
「フッ、一年目にして最高勝率賞を掻っ攫っていったスーパールーキーの登場か」
「お疲れ様です、貴方も誘われていたんですか。いちトレーナーとして本日は学ばせて頂ける事が多そうですね…本日はよろしくお願い致します」
「お疲れお疲れ〜、ハナさんから君も誘ってるって聞いてたから私も楽しみしてたんだ〜。今日はよろしくね」
到着が遅れた後輩に対しても気兼ねなく声を掛けて下さる人格者揃いの先輩方である。
トップロードさんを担当されている“沖田さん”・愛あるハードトレーニングで有名な“黒沼さん”・強豪チームカノープスを率いる“南坂さん”・セイウンスカイさん所属のチームデネブを率いる“横田さん”。
俺が普段からも割とお世話になっている皆さんも、今回勢揃いという形であった。
「沖田さん、黒沼さん、南坂さん、横田さん、こちらこそ本日はよろしくお願い致します。若輩者で恐縮ですが、皆さんから沢山の事を学ばせて頂きます!」
「あら、よく言うわ〜。去年は君とスペシャルウィークにウチはやられっぱなしだったんだから〜。寧ろ学ばせて頂くのはこっちだよ」
「ああ、俺もお前の思考や視点にはかなり興味がある。今日は大いにそれを感じる事が出来そうだからな。遠慮なく盗ませて貰うぜ」
「そうですね。私の所も、ツヨシさんが来週の【大阪杯】でスペシャルウィークと対戦しますから…貴方の情報を少しでも手に入れておきたいのが本音ですね」
「そうだぞスーパールーキー? 俺たちに遠慮なんて要らねえから、代わりに今日は存分にその手腕を見せてくれよ? 夏合宿の時みてぇに、また色々と盗みたいからよ?」
「お、お手柔らかにお願いします。あとスーパールーキーは止めてください? 何かすっごい恥ずかしいんで…」
横田さんに黒沼さんに南坂さんも目がちょっと怖いんですけど? てか東条さんと沖田さんも頷いてるし…
いやね? この人たち俺のチート恩恵による知識や技術なんかを自分たちなりに昇華出来る方々だから、盗まれたら盗まれるだけ敵に塩を送りまくる事になるから恐ろしいんだよな…
いやほんっと、どっちがチート持ちか偶に分かんなくなるんだよマジで…
「去年は言わずもがな、今年に入ってからもアドマイヤベガと【共同通信杯】を制して早くも重賞制覇だ。お前さんには悪いが、とても今年2年目のルーキーの手腕とは俺も思えねぇな」
「いやいや、沖田さんだってトップロードさんがこの前の【弥生賞】で完勝。南坂さんもツルマルツヨシさんが【アメリカJCC】と【金鯱賞】を勝利して無傷の6連勝。東条さんも今日の【毎日杯】でオペラオーさんが圧勝。偶々こちらのレース開催が早かっただけですよ」
「あら、けれど貴方…この間の勝利で無傷の10連勝。その内訳もデビュー戦2勝を除いた残り8勝は全て重賞、しかもその中の5勝はGⅠレース。正直言って実績に関しては、私も2年目の後輩にしては随分可愛げが無いと思うわよ?」
「そ、それに関しては、あくまで凄いのはレースを走ったスペちゃんとアヤベさんですし、マックイーンさんのサポートもありましたから。それこそトータルの実績では、まだまだ東条さんや皆さんに及ばないですよ」
「でも、そんなハナさんも去年君とスペシャルウィークには勝てなかった。何なら沖野さんとあのサイレンススズカでさえもね。業界内でも今一番注目・警戒されてるんだよ〜? 君のチーム。今日走るウチのマイペース娘も、君たちに勝つ為にドバイ出走を決めたぐらいだからね〜」
「ウチもグラスが全く同じ理由で出走しているわ。エルも自身の挑戦が終わったらリベンジする気満々みたいだし、クラシック級にはオペラオーも居る。今年は去年の様には勝たせないわよ? 最後に勝つのはリギルだから」
「ウチのチームも、特にスズカが今度こそ勝つって意気込んでるからな。アメリカ制覇を終えたら再戦申し込むからよ、楽しみに待ってろよ?」
えぇ〜…ちょっと皆さんと愛バのやる気が高すぎない? 絶対スペちゃん倒すマンになってるじゃん……
いや、勝つよ? 勝ちますよ? スペちゃんなら誰が相手でも絶対勝ちますそこは譲りませんよ? そして絶対に怪我させない様に支えますよ? 年末に宣戦布告かました通り全員かかって来いよですよ!
でも向かってくる相手が軒並み怪物揃いなのはヤバすぎない? RPGで言えば、ただただ永遠とラスボスラッシュを戦わされるみたいなもんじゃん…何その無理ゲー、小学生なら泣いてるね。
「ウチのツヨシさんもクラシック級には間に合わせる事が出来ませんでしたが、ようやくスペシャルウィークと走れる事に気合いが漲っていますからね。そして仮に今回勝てなくとも…確かめたい事もありますし」
会話に参加した南坂さんは、優しそうな微笑みを浮かべながらそんな意味深な言葉を発する。笑ってるけど何かこちらを探る様な雰囲気を感じるのが凄い不気味なんですけど…
「確かめたい事…ですか?」
「ええ、まあこの場に居る皆さんは薄々気付かれておられたでしょうし、君もさほど隠すつもりは無いみたいなのでハッキリと聞かせて頂きますけど、君が担当しているスペシャルウィーク、彼女まだ───本格化を終えていないんでしょ?」
「「「「「──ッ」」」」」
その瞬間、他の先輩方も少し表情を強張らせつつ、南坂さんと同じ様に俺がどう答えるのかを探る雰囲気へと変わる。
やっぱりスペちゃんの本格化の事、皆さんにはバレてますよね〜、まあ一応惚けるフリぐらいはしとこうかな…恐らく意味は無いけれど。
「…どうしてそう思われるんですか?」
「私は去年の彼女のレースを見れば見るほど、一つだけどうしても拭えない違和感を感じていました。あれだけ圧倒的な走りをしているにも関わらず、まだまだ身体が出来上がっていない──まるで、初等部の娘を見ている様な感覚になったんです」
「…なるほど、南坂さん程の方が仰る感覚というのは、説得力の重みが桁違いですね」
「いえ、最初の頃は私も半信半疑でしたよ? 彼女のあの強さは勿論ですが、私が知るこれまでの常識に当て嵌めて考えると…本格化前の娘と仮定するには、明らかにレース後の消耗が少な過ぎましたからね」
そこはまあ、スペちゃんが小さい頃から身体の負担を少なくしつつ、速く走る事を常に意識しながら努力を積み重ねてきた事が全てだと思う。
俺のケアが本格的に必要だったのも去年の有馬記念ぐらいだったからな。
「…それにしても君のその反応を見る限り、スペシャルウィークが本格化を終えていない事はこれで確定しましたね。あれだけの走りをしておきながら、彼女はこれからが“伸び盛り”という訳ですか…挑戦する側からすれば参りましたね、本当に」
「フッ、その言う割には楽しそうじゃねぇか? 南坂」
「おや、黒沼さんは違うんですか?」
「俺は巡り合わせが無かったみたいだからな。今の担当達じゃ路線が違い過ぎる。だからまあ、そんなワクワクする奴に挑戦できるお前らが羨ましいと思っていたところだ」
今の黒沼さんのチームはダートを主戦とする娘が多いからな。流石にそれで今の魔境と化した芝路線に殴り込むのは挑戦が過ぎるだろう。
あと皆さん些か戦闘狂過ぎません? まあ俺も皆さんと競う時はワクワクしますから同類なんですけれども。
「おハナさんに至っては、コイツとシニア級・クラシック級の両方で戦えるんだもんな…こんな事なら、俺も去年もうちょいスカウトに気合い入れて、もう一人ぐらい担当しとくんだったなぁ」
「なら貴方は、先ずところ構わず太ももを触りまくる癖を止めることね。あれが無ければもう少しメンバーも集まるでしょうに…腕は悪く無いんだから」
「沖野の悪い癖だからな。東条の嬢ちゃんの言う通り、いい加減にしとかねぇと、また駿川さんに怒られちまうぞ?」
「いや〜、分かっちゃいるんすけどね…ただ目の前にこう…美しい芸術が、それも触診する事でしか感じ取れない魅力がそこに詰まっているのなら、皆さんも先ずは触って確かめたくなるでしょう?」
「「「「「「いやなら無ぇよ」」」」」」
その後、東条さんから割とマジなお説教をくらう沖野さんに助け舟を出す者は誰もいなかった…
まあ、内容だけ聞いてたら普通にお縄ですからね? 沖野さん…ドンマイ。
───
──
─
さてさて偉大な先輩方とトレーニング理論やらレース戦術について。はたまた各チーム今年は新メンバーを取るか否かの相談。
因みに今年の新メンバー加入に関しては、俺・沖野さん・南坂さん・沖田さん・横田さんはあまり乗り気では無く、東条さんと黒沼さんは入部テストを行なって琴線に触れる娘が居れば…という感じみたいだ。
後は最近発表された新曲の『トレセン音頭』最高過ぎない? 等、こういった機会で無いと中々出来ない情報交換を行っていると、あっという間にドバイ国際競走の時間も過ぎていった。
…何か育成には関係ない情報も混じってた気がするけど…うん、きっと気のせいだろう。
そして本日のメインイベントでもあった、ドバイ国際競走の結果はと言うと──
『さあ、ドバイターフも残り300m! フランスの強豪アリゲータールージュが先頭に立っているが、大外から日本のグラスワンダーァァァ〜!! 外から一気にグラスワンダーッ! 世界の強豪達を抜き去って行くぞぉぉぉ〜ッ!! グラスワンダー先頭に変わった! 強い強いッ! リード2バ身、3バ身、更に突き放して行くッ!! 凡そ一年三ヶ月もの長いトンネル今抜けてッ! 栗毛の不死鳥が遂に蘇るッ! グラスワンダー、異国の地ドバイにて! 今ここに、完全復活だぁぁぁ〜ッ! グラスワンダー、今──圧勝でゴォォォーールッ!!』
『日本のセイウンスカイが世界の強豪引連れて、今直線コースに入ったドバイシーマクラシック! さあ、昨年無敗で凱旋門賞を制したタザリックスが追い上げて来たぞッ! 更にはフランス、アイルランドの二カ国ダービーを制しているドリームエールッ! 更にはドイツの猛者レオパードヒルも来ているがッ! セイウンスカイ逃げる逃げる逃げるッ!! 残り200mだが、リード3バ身! 差は中々縮まらないッ!! これは逃げ切ったッ! これは強いぞセイウンスカイッ!! メイダンの空がッ! 今──青空に変わったぁぁぁ〜ッ!! セイウンスカイ、世界を置き去りにしてッ! 悲願のGⅠ初制覇〜〜ッ!!』
『さあ出遅れてしまったエルコンドルパサーは未だ後方3番手だが、ドバイワールドカップ間も無く直線に入る! 昨年の覇者、一昨年のアメリカ二冠ウマ娘シルバーアトラクトが先頭ッ! 2番手に去年のアメリカ二冠ウマ娘リアルサイレントが控えているッ! おっと!? そして日本のエルコンドルパサーがッ! いつの間にやら大外から捲る様に上がって来ているッ!! 残り300mを切ったッ! エルコンドルパサー現在3番手、いや2番手に上がったッ!? 先頭のシルバーアトラクトも射程に捉えてッ! エルコンドルパサー交わした交わしたぁぁぁ〜ッ!! 出遅れすらハンデにもならないというのかッ!? エルコンドルパサー完全に抜けたッ! ドバイの地に怪鳥飛来ッ!! エルコンドルパサーッ! 何とッ何とッ! 芝とダート二刀流でGⅠ制覇〜〜ッ!!』
はいもう何と言いますか…日本勢強すぎましたね! グラスさん、スカイさん、エルさん、そして担当している東条さんと横田さん、本っっっっっ当におめでとうございますっ!!
夜中なので後日改めて祝勝会をする約束をして解散したけど、いや本当にめでたい! 三人とも凄すぎたよマジで! これ下手したら来年から日本出禁くらうのでは? と心配になるぐらい圧倒的なレースを披露してくれた。
グラスさんは結果6バ身差をつける圧勝劇。スカイさんは欧州の現トゥインクル・シリーズのトップ勢たちを逃げ切り完封。エルさんは出遅れたにも関わらずアメリカの新旧クラシック二冠ウマ娘に完勝。おまけに全員レコード勝ち。
ただ、自分と交友のある娘たちの活躍に嬉しい気持ちがある反面、ライバルとしては中々手放しで喜べないのが複雑なところである。
三人ともシニア級に入ってまだ3ヶ月だというのに、はっきり言って去年とは別ウマ娘だと思わなくてはいけない強さだった。
エルさんは暫く海外に専念されるだろうけど…グラスさんとスカイさんは恐らく今後は国内路線でスペちゃんに勝ちに来るだろう。
そこに南坂さんの所のツルマルツヨシさん。更に明日の“高松宮記念”に出走されるキングヘイローさんも加わってくる上に、他のライバル達からも去年以上にマークされるのは確実……本当にこの世代は魔境過ぎないだろうか?
でも…だからこそ、今の日本のトゥインクル・シリーズは、スペちゃんにとっては最高の舞台が整っていると断言出来る。
去年からそれが分かっていたからこそ、スペちゃんも俺も今回招待を受けていたドバイ国際競走も、日本の悲願の一つでもある“凱旋門賞”の挑戦も見送って、俺たちの中で最も挑む価値があると思った──“シニア級王道路線の完全制覇”を今年の目標に掲げたのだから。
…その目標の為にも、初戦の大阪杯で勢いをつけたいのは勿論、スペちゃんも去年とは別ウマ娘なんだ。という事をこちら側も相手さんには示しておきたい。
となれば、“アレ”を牽制の意も込めて披露するのは…やっぱり来週の大阪杯だな。それにスペちゃんだけじゃない。アヤベさんとマックイーンさんのトレーニングメニューも少し組み直そうかな…
暫くは、どこの新聞でもニュースでも持ちきりになるであろう今日の歴史的快挙による興奮で、眠気がやって来なかった俺は来週の大阪杯、そして各自のトレーニングについて、気が付けば日が昇るまで思考を続けていったのだった。
そしてその日は予想していた通り、世間の皆様はドバイの話題で盛り上がり、キングヘイローさんが高松宮記念で初GⅠ制覇を達成した事で盛り上がり、これは来週の大阪杯も楽しみだぞ! と盛り上がり…と、活気溢れる一日となった事は言うまでもない。
そんな世間からの注目も熱く注がれる中、最終調整となるトレーニングを熟す日々を終え、いよいよスペちゃんのシニア級始動戦であるGⅠ・大阪杯を明日に控えた俺たちは、レース場立体ジオラマを使った最終確認を行なっていた。
恒例の行事にスペちゃんは勿論、マックイーンさんとアヤベさんも当たり前の様に参加してくれている事に、多少の信頼関係は築けているのかな? と俺が嬉しくなってしまうのも恒例となりつつある。
「さてスペちゃん、明日はいよいよ今年の始動戦となる大阪杯だ。コースは阪神の内回り2000m。第4コーナー出口付近からスタートするから、スタート直後の大歓声には備えておいてね。そして最初の第1コーナーまでの約325mが直線だから先行争いも激しくなりやすい」
「阪神コースは直線に坂がありますから、先行争いに巻き込まれながら坂を登ってしまうと後々苦しくなっちゃいそうですね…」
「そうだね…けど阪神コースで勾配のキツい坂があるのは直線コースぐらいだから、最初の坂さえ無事に登り切ったら後は平坦な道中を進める。その上、今回の内回りコースなら第3コーナーからゴール手前の急坂まで緩やかな下り坂になっているから、最初の先行争いを制する事が出来たら、スペちゃんみたいに下り坂が上手な娘は道中からゴール手前までかなり余裕を持つ事が出来るよ」
「なるほど…あくまで阪神コースは【ゴール手前“だけ”上り坂】という事ですのね。直線に急坂があると聞くと厳しいコースと思いがちですが、道中が平坦・直線も緩やかな下り坂が続くとなると、スタミナやパワーよりもスピードに重きが傾きそうな印象を受けますわね」
「マックイーンさんの言う通りだと俺も思う。マイル距離がベスト、中距離適正は少し不安…という娘でも、スピードに乗るのが上手な娘なら直線まで動かなくても逆転できるコース形態だから、多少の距離不安なら覆してくる娘が多いから注意しないといけないね」
「そんなコース形態だからこその、今回の作戦という訳ね。…でも大丈夫? トレーニングでは問題無さそうだったけれど、実戦で行うのは初めてなんでしょ?」
「確かに初めてなので不安もあります…けど“アレ”は小さい頃からお兄さんと一緒にずっと練習してきましたから! 明日のレースでも必ず成功させて、1着で駆け抜けてみせます!」
そう言ってグッと左手を顔の高さで握り込み、気合い十分! という感じで俺たちに勝利宣言を行うスペちゃん。
同期の娘たちがドバイ・GⅠレースで一足先に勝利を収めている事も、本人にとって良い刺激になっている様で頼もしい限りである。
そうして最終確認も無事に終え、【大阪杯】が兵庫県宝塚市の阪神レース場で行われる事もあり、移動の負担を少しでも減らす為に前日に現地入りを予定していた俺たちは、一旦その場で解散してから荷物を纏め新幹線に乗り込んだ。
その後は数時間の移動疲れを、予約していた温泉付きのホテルで癒しながら明日に備えて早めの就寝も心掛けるという二段構えで抜けきり、いよいよスペちゃんが今年の始動戦を迎えるGⅠ・大阪杯の当日を迎えたのだった───
♢♢♢
阪神レース場の控え室。先ほどパドックでのお披露目を終えた私は、この後の本バ場入場に向かうために身体をほぐしたり、身嗜みを整えたりと最終調整を行なっていた。お兄さん達は応援のためについ先程スタンドへと向かったところだ。
……シニア級になってから初めてのレース…やっぱり緊張はしている。『恐い』と思う気持ちの大きさは…正直、初めてレースを走った時とそれほど変わらない。
この前のドバイ競走と高松宮記念で本当に凄い走りを見せてくれたグラスちゃんも、セイちゃんも、エルちゃんも、キングちゃんも、今日のレースで一緒には走らないため、中には私が楽勝するだろう…という声も少なからずあったとは聞いていた。
でもだからと言って、一生懸命走らずに、絶対に勝ちたい! という強い気持ちを持たずに、今日のレースを勝てるなんて私は思わない。
そんな失礼な走り、ライバルの皆さんにも、ファンの方々にも、チームメイトのお二人にも、故郷のお母ちゃん達にも、そして──お兄さんにも、私は絶対に見せたくない。今日のレースも、私自身が皆さんに誇れる走りをして…そして勝ちたい…
そう強く思えば思うほど再び緊張で身体が硬くなってきて、手も冷たくなってくる……
このままだと自分の走りが出来なくなってしまうと思った私は、少しだけ緊張を和らげる為にロッカーに掛けていた制服のポケットから携帯電話を取り出し、写真のところをタッチ…そうすると、一枚の写真が真っ先に目に飛び込んできた。
それは、今まさに着ている【ニュースターズ・ロゼ】と名付けられたこの新しい勝負服を初めて試着した時の私が、嬉しそうな笑顔を浮かべてお兄さんと並んでいるツーショットの一枚。
こんなに華やかなデザインのお洋服を着た事が無かったから、試着会の時はちょっと恥ずかしかったけど、恐る恐るお兄さんに見せに行ったら、真っ直ぐに私の目を見ながら『とても似合ってるよ』って言って貰えて……
その事が本当に嬉しくて嬉しくて…試着会のスタッフさんにお願いして記念に撮ってもらったっけ。
……で、でも…あ、改めて見ると、お兄さんに…ほ、殆ど寄りかかっちゃってて…ちょ、ちょっと恥ずかしいかも……
い、いやいや! 今までレース後には…そ、それこそ、その……ハ、ハグ…とか? し、しちゃってる訳だし…
こ、これぐらい…だ、大丈夫…だよね? う、うん! 大丈夫! 大丈夫! ……だ、だけど…やっぱり…ちょっと恥ずかしいから…誰かに見せるのは…その…や、止めとこうかな?
今度はそんなレースとは全く違う緊張が襲ってきて…そっと携帯を仕舞って振り返ると、控え室にある大きな鏡には真っ赤な顔をしている自分が映っていた。
緊張を和らげるつもりが逆に緊張しちゃって…でも、何だかそんな自分が可笑しくなっちゃって…気が付けば、いい感じに緊張がほぐれているのが実感出来た。
そうしてふと時計を確認するともうすぐ本バ場入場の時間。私は再び鏡に映る自分の姿を見て、顔の赤みや緊張で硬くなり過ぎていた雰囲気が無くなっている事を確認し、少し急ぎ足で控え室を後にしてターフへと続く地下バ道を、今日の作戦を頭の中でもう一度確認しながら歩いていく。すると───
「……あっ! スペちゃん!」
「──わっ! ツルちゃん!」
地下バ道からターフへと繋がる出口の近くで、紫色と桃色が基調となり、装飾部分と縁取りは山吹色、内側はえんじ色で、裾部分はマントの様に広がって、そして何より大きく広がった袖の左側にとても綺麗な字で『強』と書かれた格好いい勝負服を身に纏った…
私のクラスメイトであり、仲の良いお友達であり、今日のレースを一緒に走るライバルでもあるツルちゃんことツルマルツヨシさんが、私に気付くと嬉しそうに話し掛けてくれた。
「えへへ、スペちゃん一番人気だって! GⅠレースで一番人気なんて、やっぱり凄いねっ! けどけどっ! 私だって調子はバッチリ! この日のために、たくさん頑張って来たんだからっ!」
「うん! ツルちゃん本当に頑張ってたもんね! ツルちゃんの頑張りと活躍を見てて、私もたくさん力を貰ってたんだ!」
「本当!? えへへへ、スペちゃんからそんな事言ってもらえると何だか照れるな〜」
そう言ってツルちゃんは少し気恥ずかしそうに笑った後、まるで何かを思い出す様に少しだけ目を瞑り、自身の胸に手を当てながら静かに言葉を紡ぐ。
「…私ね、今日ここに立っている自分がちょっと誇らしいんだ。本当に本当に長かったもん、ここまで…」
「…ツルちゃん、体調が整うまで時間が掛かっちゃったもんね…」
「うん…クラシックレースには何とか間に合わせて、皆んなと一緒に走りたかった。でも結局、私のデビュー戦は【皐月賞】どころか、【日本ダービー】よりも後になっちゃって…クラシック級で皆んなと走る事は…皆んなに追い付く事は…夢だった一生に一度の舞台で走る事は…悔しいけど出来なかった…」
普段から明るくて頑張り屋なツルちゃんの姿を見ていると最初は信じられなかったのだが、ツルちゃんは生まれつき体質が弱かったらしく度重なる体調不良と脚の怪我により、レースに出るどころか登校すらもままならない程であった。
今はかなり体質も改善された様で一緒に学園生活を送る事も出来ているし、以前はトレーニングを頑張り過ぎると倒れてしまっていたみたいなのだ。
しかし、今はかなりハードなトレーニングを行なっても普通の息切れを起こす程度らしく、お医者さんからも驚かれる程だと聞いている。
「でもね、その夢は叶わなかったけど…私は絶対の絶対に、皆んなと一緒に走る。代わりにそんな新しい夢が大っきく膨らんで、その夢の為にトレーナーさんやネイチャと一緒に頑張ってきて、身体も追い付いてきて、そしてやっと…やっと私は、今日のこの舞台に立つ事が出来た。もう眺めるだけじゃない…スペちゃんや皆んなと一緒に走れるところまで、やっと来れたんだよ」
「ツルちゃん……」
「だからね……本当に…本当にありがとう、スペちゃん! 走る姿を見せ続けてくれて、私に頑張る勇気と原動力をくれて、ずっとずっと追いかけてきた…私が今1番勝負したい──日本で1番強いウマ娘で有り続けてくれて! 私、全力で勝負するからね! スペちゃんが全力を引き出せるだけの走りをして、そして、絶対に勝ってみせるからっ!」
「──うん…うんっ! 私もね、ツルちゃんと一緒に走れる事、全力で競い合える事、本当に…本当に楽しみにしてたから! 私も精一杯、全力で勝負するから! 今日のレース、絶対に負けないよ!」
ツルちゃんからの闘志満々の勝利宣言を、私も真っ直ぐに受け止めて同じ熱量の宣言を交わし合う。
ツルちゃんは私の宣言を聞いて楽しそうに笑った後、気合いを入れる様に自分の両頬をペチンと叩き、「じゃあ先に行ってるね!」とこちらに手を振りながら一足先にターフへと向かって行った。
そのツルちゃんの背中を見送りながら、私は最後に深呼吸をして気持ちを高める。
先ほど緊張で冷たくなっていた手はいつも間にか元の温度に戻っており、硬くなり過ぎず、緩くもなり過ぎていない程よい緊張に包まれながら、私はゆっくりと光のカーテンを開ける様にして、皆さんが待つターフへと歩みを進める。
外に出た瞬間、まるで全身が揺さぶられていると錯覚する程の大歓声を感じながら、私は堂々とスタンド前まで歩き皆さんに挨拶を行う。
大阪杯のスタートは、もう目の前に迫っていた───
ここまで読んで下さって本当にありがとうございます!
この時点でのツルちゃんの戦績は『6戦6勝』です。
(8月・デビュー戦→ 9月・1勝クラス→ 10月・2勝クラス→ 12月・チャレンジC(GⅢ)→ 1月・アメリカJCC(GⅡ)→ 3月・金鯱賞(GⅡ))
中々の鬼畜ローテですが、南坂さんの手にかかればコレぐらい造作もないでしょうきっと。
チームカノープスの現状メンバーは“ツルちゃん”・“ネイチャ先生”の二人だけとなっております。
もちろん今後に“エンジン全開師匠”・“脳筋理論派アイアンレディ”・“えいっ、えいっ、むんっ”・“ロイスアンドロ○ス? な眼鏡っ娘”・“ヴァイオリン壁ドン娘”の皆さんも加入されます。
リアルではウマ娘3期が始まっておりますね! 本当に“キタちゃん”も“ダイヤちゃん”も他の娘たちも天使でしたね…
そして何より2話の“ネイチャ先生”が大天使でしたね。