スペちゃんとチート持ち転生者の幼馴染   作:成田 きよつぐ

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 申し訳ございません。2月の半ばからドタバタしていて、気が付いたらもう桜が咲いておりました…


 誤字脱字のご報告・お気に入り・ご評価・ご感想・読んで下さっている方々、いつも本当にありがとうございます!


 今回もレース前・レースシーンを分けております。

 この拙作での《トレーニング方法》・《レース時計》・《レースに関する事柄》などは、全て筆者の空想が入っておりますのでご了承下さい。





春の盾をかけて…/GⅠ・天皇賞(春)②《スペちゃんシニア級》

 

 

 

 

 

 

 

 世間が間も無くGWに突入する事、それと同時に【天皇賞(春)】の日も近づいてきた事にどこか浮き足だっている昨今…

 

 

 スペシャルウィークと仲の良いクラスメイトであり、ターフでは最高の好敵手の一人でもある“セイウンスカイ”が所属する〈チームデネブ〉

 名家出身や学園入学前から地元などで高い評価を受けていた娘に比べて、あまり注目を集め辛い一般家系のウマ娘の素質を見抜き、大舞台でも戦える様に鍛え上げる手腕が評判の、トレセン学園内でも有数の強豪チームとして知られる。

 

 

 そんなデネブのチーム部屋にて現在、そのデネブを纏める女性──藍緑色のスーツをモデルさんの様にパリッと着こなし、長いダークブラウンの髪を下ろした優しげなご近所のお姉さん的雰囲気を醸し出す“横田トレーナー”その人が、

 この後の放課後トレーニングに向けた準備を終え、自身の愛バの一人であるセイウンスカイが次に臨む【天皇賞(春)】に関する自作の資料を自分のデスクに腰掛けながら広げ、愛バ達が到着するまでの間見直している最中であった。

 

 

(ん〜、来週の天皇賞(春)…スタートしてから最初のコーナーまでは420mぐらい。普段なら先行争いにゆとりが出来そうとはいっても今回は例外かな……淀の坂越えを丸々2回もしないといけないし、ウチの娘の脚質を考えたら逃げたいところだけど、今回の出走メンバーを見る限り前に行きたいであろう娘が複数…セイちゃんが気乗りしないなら、番手に控える事も視野に入れないと駄目かなぁ…)

 

 

 彼女の愛バであるセイウンスカイは前走、芝の2400mで競われた海外GⅠ競争《ドバイシーマクラシック》にて、

 昨年無敗であの《凱旋門賞》を制した“タザリックス”、フランスとアイルランド二カ国のダービーを制した“ドリームエール”をはじめとした世界のトップウマ娘たち相手に2バ身半の差を付け、おまけにレコードまで叩き出すという華麗な逃げ切り勝ちを収めている。

 

 

 高いレースIQによる駆け引きの上手さ・道中のペースコントロールの上手さ・戦う相手の癖や性格を見抜ける観察力・そして何よりそれらを駆使して立てた作戦を正確に遂行できる心の強さ…

 誰もが羨む体格に恵まれていた訳ではない、誰もが羨む才能を生まれ持っていた訳ではない、誰もが羨む血筋に生まれた訳でもない、入学当初なんて殆ど誰からも注目されていなかった一般家系のウマ娘…

 

 

 それでも横田トレーナーは当初別のチームに居た彼女を自身のチームに受け入れた時から、セイウンスカイの能力を疑った事は一度もなかった。

 それはたとえ彼女の同期たちが“黄金世代”なんて囃し立てられる豪華絢爛なスターウマ娘揃いであった今でも揺らいだ事はない。……まあ、若干サボり癖があるので偶に苦労する時があるのは内緒だが。

 

 

 昨年のクラシック級では皐月賞2着・日本ダービー3着・菊花賞2着・有記念5着と、出走したGⅠレース全てで掲示板内を確保する成績を収めるもGⅠを勝利する事は叶わず…

 先日のドバイで世界の強豪相手にようやく念願のGⅠ勝利を収めたものの、同時に横田トレーナーもセイウンスカイ自身も『同期を含めた今の“日本のウマ娘たち”のほうが強い』と感じたのが正直な感想であった。もちろん未だ見ぬ強敵は海の向こうに沢山いるのだろうけれど。

 

 

(前走は海外レース特有の“ペースメーカー”をコチラが強引に逃げる事で封じて、自分達各々でペースを作らないといけない日本レースの土俵に引きずり込んでの完勝。…相手さん方には悪いけどドバイはあくまで試金石……前走の2400mで強引に逃げて身体や感覚を慣らしておけば、今回の3200mは楽に逃げられる…なんて思ってたのになぁ…)

 

 

 横田トレーナーはやや不貞腐れる様に『フム〜ッ』と鼻息を漏らし頬杖をつきながら片手で資料を捲っていき、今回の天皇賞(春)の《出走予定ウマ娘》をまとめたページで指を止める。

 

 

(…スタート直後の二の脚が速い“ドミンゴセイラ”に“マリモイナズマ”、骨折を乗り越えて日本ダービー以来となる二冠ウマ娘“サニーブレイヴサン”に、前走逃げの手を披露した“スペシャルウィーク”……ウチの娘のテンの速さを持ってしても、中途半端にハナを取りに行ったら激化する先行争いに巻き込まれて消耗しちゃうのは確実…)

 

 

 今回の天皇賞(春)に臨むにあたって横田トレーナーが頭を悩ませていたのは、『逃げ・先行争いが激化しそうなメンバーだな』という部分であった。

 特に久々のレースになるとはいえ、かつて皐月賞・日本ダービーを逃げて二冠ウマ娘に輝いたサニーブレイヴサンの行きっぷりは、出来れば逃げの手を打ちたい彼女らにとって脅威となる。

 

 

(約2年ぶりの出走だという事と、初めての長距離レースに挑むという点を考えれば『何が何でも逃げてやる!』って気迫では来ないかもしれないけど、公開トレーニングでの動きはブランクを一切感じさせなかったからなぁ…菊花賞でも逃げる予定だったみたいだし、今回もハナを取りに来るって思うしかないか…)

 

 

 先行集団が潰し合いをし過ぎると、後続から前年覇者の“メジロブライト”や、復調気配の菊花賞ウマ娘“マチカネフクキタル”、有記念を制した事もある“キヌコスモス”に、GⅠ常連の猛者“キンイロリョテイ”あたりもその隙を見逃さず差し込んでくるだろう。

 

 

(スペシャルウィークは前走逃げてる上に、あのロケットスタートを今回も切られたら厄介だけど……恐らく先行争いが激化しそうな今回は逃げの手を打たないはず…だとしたら道中の位置は先団あたりで運んでくるかな? ……あぁ〜もう! 考えれば考えるほど煮詰まってきちゃう…)

 

 

 横田トレーナーはそうしてシワが寄っていたであろう眉間をほぐす為に、目元の内側を人差し指と親指で挟む様に軽くマッサージをしながら、糖分補給用のラムネ菓子を置き菓子スペースから取ろうとした矢先──

 

 

「──トレーナーさん、はろーっ!!」

 

 

 部屋の扉が割と勢いよく開いたと思ったら、今まで横田トレーナーの思考を煮詰まらせていた張本人である愛バの姿が──現トゥインクル・シリーズでも屈指の実力者として知られる“セイウンスカイ”が、笑顔を浮かべて右手をフリフリと振りながら部屋に入ってくるのが目に入った。

 ……しかも何故か既にジャージに着替えた状態で…それも今日は一番乗りで……

 

 

「いや〜、今日はトレーニング日和のいい天気だねー! 今にも走りたくてウズウズしちゃうよ〜!」

 

「…そうね、今日は雲一つない快晴に恵まれてるけど…私はこの後どしゃ降りの雨が降ってこないか心配だわ……セイちゃん? 何か悪い物でも食べたの?」

 

「おおっとぉ〜? せっかく担当ウマ娘がこんなにもやる気十分で来たというのにその反応ですか? あぁ…セイちゃんは悲しいな〜、もっと喜んで欲しいな〜」

 

「やる気…十分…? ……貴方さてはセイちゃんの皮を被ったソックリさんね? 私の知るセイちゃんはトレーニング日和であればある程サボろうとする、それはもぉ〜〜う困った愛バなのよ?」

 

「わっはっは〜、事実だけどヒドイ言われようですな〜」

 

 

 発している言葉とは裏腹に全く悲しそうな素振りを見せず、むしろ横田トレーナーの反応を愉快そうに流すセイウンスカイ。

 

 

「…で? 冗談はさておき、今日はどういう風の吹き回しかしら? 一番乗りで来た上にジャージにまで着替えてるなんて」

 

「いやいや、トレーナーさん割と本気のトーンだったじゃん…まぁ良いや。いくら私でも流石に次の天皇賞(春)が近づいてるこの時期にサボったりしないって」

 

 

 日本ダービーの一週間前に『ちょっと河川敷辺りを散歩しましょう?』とか言い出した前科があるでしょ…という言葉を横田トレーナーは何とか呑み込む。

 …まあアレも実際はライバル達に走り込んでいる姿をあまり見せたくないという彼女なりの理由があり、河川敷に着いてからは普通にハードな走り込みを行ったので良しとはしたのだが。

 

 

「今日は何だか絶好調でさぁ〜? セイちゃんはいても立ってもいられない訳でして。という訳でトレーナーさん? この後は是非是非トレーニングコースで走り込みといきません?」

 

「トレーニングコースで走り込みって…この時期は天皇賞(春)から安田記念まで6週連続でGⅠレースが続くのよ? トレーニングコースなんて一杯で他の誰かと併走しなきゃ走れな──あぁ、なるほど…」

 

「…ふふっ♪ いやいや、ソウナンデスよね〜。ここに来るついでに確認したらトレーナーさんの言う通りそりゃあもう一杯で、何人か溢れちゃってたな〜……ち・な・み・に〜? その溢れちゃってた何人かは? 次の天皇賞であたる? 私と先行争いするかもって言われてる娘だった様な気がするな〜…ちらっ」

 

 

『ちらっ』じゃないわよ全くこの娘は……次の天皇賞であたる娘と、それも本番で先行争いをしそうな娘と併走して、私にデータを取らせるつもりだったのかと、横田トレーナーは用意周到な愛バに感心半分・呆れ半分の念を抱く。

 

 

「セイちゃんは今回逃げたいの? もしそうなら私も概ね同意見だから嬉しいけど」

 

「…うん、まぁ…ね? 控える事も一応考えたけど……今回は逃げなきゃ勝てないと思うんだ。特にスペちゃんには…さ?」

 

 

 飄々としつつも根は負けず嫌いな性格であるセイウンスカイの事を理解している横田トレーナーであったが、それを踏まえても今回は随分気合が入っている様子である事を感じ取っていた。

 …その勝ちたいという気合の源に“スペシャルウィーク”の存在が大きく関わっているのだという事も。

 

 

「…分かったわ。なら“本番では逃げる”一択で最終調整していきましょ。ペースのプランはどうする? この後の併走で良いデータを取るためにも、そこは決めておいたほうが良いわ」

 

「それに関しては、去年《京都大賞典》の時にトレーナーさんが教えてくれた【中盤を超スローペースで逃げちゃお⭐︎作戦】で、セイちゃんはいきたいなと思うんですよね〜」

 

「中盤で緩める形…確かにそれならセイちゃんのスタミナも活かせる……相手の娘がスタート直後にどこまで競り合ってくるか、そのあたりの癖は特に見ておかないといけないわね…」

 

 

 横田トレーナーがセイウンスカイに伝授した【中盤超スローペース逃げ】は、上手く策に嵌めれば強引にスタミナ勝負にもっていける逃げのテクニックである。

 スタート直後からギアを入れて暫く飛ばす→後続との差を広げる→中盤あたりでジワジワと超スローペースに落として息を入れる→最後にもう一度アクセル全開でゴール。《入りを超速く・中盤を超遅く・最後を速く》の流れでレースの主導権を握る。

 

 

 長距離レースでは誰もが無意識に『スタミナを温存しなくては…』と考えてしまう。その意識がある中で、スタート直後からガンガン飛ばす逃げウマ娘に『付いて行こう!』なんて考える娘はまず居ない。

 

 

 大逃げ気味に差を離していても『あの娘は保つはずがない』・『自分のペースを守らなくては』と、特に2番手あたりに付けた娘たちが、前よりも後ろを牽制して道中で全く動かないと…

 後ろの娘たちも先団が蓋をしている以上動き辛いため、結果として2番手以降の娘たち全員を動けなくする事が可能となる。

 

 

 先の京都大賞典では初実行ということで手探り状態の中、今回の天皇賞(春)でぶつかるメジロブライト・キヌコスモス・キンイロリョテイらを完封できた実績も踏まえて、最終的に2人とも本番はこの戦法で臨む事を決めた。

 

 

 そうして横田トレーナーは、その後のセイウンスカイ仕込みの併走トレーニング、及び次の対戦相手のデータ取りを完璧に熟した上、いい機会だからと他のチームメンバー各々に合わせた併走相手を組ませて全体の能力アップまで行い、

 セイウンスカイは自身が併走で感じた事と横田トレーナーが集めてくれたデータを合わせた上での最終調整に入っていった。

 

 

 春の盾を掛けた一戦…セイウンスカイ陣営は万全の態勢で決戦に臨む──

 

 

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

 

 

 

 時は遡り天皇賞(春)を一月前に控えた4月某日の、とあるパーティー会場…

 ドレスアップした大人たちに紛れてチラホラ制服姿のウマ娘たちも見かける此処では現在、かの〈メジロ家〉が主催する“交友パーティー”が開かれている最中である。

 

 

 入学や入社、クラス替えや異動など環境の変化が起こりやすく『新しい』という言葉が似合う季節である4月。

 〈メジロ家〉ほどの名家が関わる周りの環境変化はそれはもう大きく…毎年こうして顔合わせや報告なども兼ねた交友パーティーが行われており、当然ながらそのパーティーにはメジロ家のウマ娘も参加する事となる。

 

 

 ただこの4月に行われる交友パーティーではメジロ家の系列である企業グループとの顔合わせがメインとなるため、基本的に学生である彼女たちとは挨拶を交わして終了…後は大人たちが仕事に関する話し合いや駆け引きを行う場合が多い。

 主治医・メイド・シェフなど、メジロ家の使用人たる方々との交友は新年パーティーで行うため、4月のパーティーでウマ娘たちに求められる立ち回りなどは少ないのだ。

 

 

 そうして現在大人たちが飲み物片手に交友を深めて賑わっている最中、こちらもパーティー会場の一角で会話に花を咲かせるグループ──“メジロマックイーン”・“メジロドーベル”・“メジロライアン”・“メジロブライト”ら四人の姿があった。

 

 

「ドーベル、ブライト、先ずは御二方ともに今年の始動戦を勝利なさった事、改めて本当におめでとうございます。ドーベルの《中山ウマ娘ステークス》、ブライトの《阪神大賞典》、どちらの勝利も本当にお見事でしたわ」

 

「うんうん、ドーベルもブライトも本当に凄かったよ! ドーベルは2着の娘に6バ身差をつける完勝。ブライトもレコード勝ちで阪神大賞典を連覇したもんね! あたしも同じメジロ家として嬉しくなっちゃった!」

 

「ふ、二人とも、う、嬉しいけど恥ずかしいってばッ…ブライトはともかく、アタシは走ってから2ヶ月ぐらい経ってるし、勝った直後に沢山お祝いしてくれたでしょ? もう十分だって…」

 

「ふふっ、わたくしはドーベルの勝利に続けた事を大変嬉しく思っておりますわ〜。メジロ家とチームに勝利と勢いを届けると共に、ずっと励ましてくださったライアンお姉さまのお力添えに、しっかりと応える事も出来ましたもの〜」

 

「も、もうッ、ブライトまで…というか、相変わらずライアンはお姉様扱いなんだ」

 

「あはは…まぁ小さい頃から面倒を見てたからね。でもデビューしたのはブライトとドーベルのほうが早いから、レースに関してはあたしのほうが後輩なんだけど」

 

 

 四人の中でメジロドーベルとメジロブライトの両名は既にトゥインクル・シリーズで輝かしい戦績を残しているが、メジロライアンとメジロマックイーンは未だデビュー手続きも行なっていない状態。

 そんなメジロライアンの事を、メジロブライトが『お姉さま』と呼ぶのは側から見ればやや不思議な感じではあるが…当の本人たちが特に問題なく振る舞っている事もあり、学園内でこの事にツッコミを入れる者は居ない。

 

 

「まぁライアンはウチのトレーナーが、鍛え上げた筋肉量と体格が恵まれているからこそ変な癖が付いてしまうと治すのが大変…って、かなりデビューに関して慎重だもんね。マックイーンもデビューはまだ先なんでしょ?」

 

「ええ、わたくしも今はまだ己の走りの精度を高める時期に充てるべきだと自認しております。先日もトレーナーさんに『最悪、クラシックレースへの出走は叶わなくても構いません』と、お伝えしたところですわ」

 

「そっか、マックイーンはずっと天皇賞の制覇を目標にしてるもんね。スペちゃんのトレーナーさんに師事してから、マックイーンってばドンドン強くなってるから…あたしも負けてられないよ!」

 

「偶に変わったトレーニングをやってるのを見かけるけど…やっぱり凄いよね、あのトレーナー。アタシもブライトも、有記念じゃスペシャルウィークに完敗だったし…今年は“黄金世代”が全員シニア級に上がってくる訳だから、結果を出すのが大変な年になりそうだね」

 

「……ん〜……」

 

 

 メジロドーベルが今年からシニア級に上がってきた“黄金世代”について言及したのを聞き、今まで3人の会話をニコニコと静聴していたメジロブライトが、何やら考え事をする様に声を漏らしながら人差し指を口元に添えると、やがて静かに目を閉じて口を開いた。

 

 

「…確かに有記念でのスペシャルウィークさまをはじめ、“黄金世代”の皆様の走りには畏敬の念を抱きます。ですが、わたくしも惜敗の分だけ想いを重ね、昨年ようやく届いた頂きの座を容易にお渡しする訳には参りませんわ〜」

 

 

 メジロブライトは、そう言いながら背筋を整え──

 

 

「ですから、メジロ家のウマ娘として、ここまで支えて下さった皆様に報いるため、そして何より…ライアンお姉さまが託して下さった夢を叶えるために、必ずや果たしてみせます──天皇賞(春)の連覇を」

 

 

 その表情は変わらずニコニコと朗らかな笑みを浮かべ、のほほんとした口調で言葉を紡いでいるのだが…今のメジロブライトが纏っている雰囲気は、そんな仕草からは考えられない程の凛としたものであった。

 

 

「…やはり、ブライトの春の目標は天皇賞(春)なのですね…」

 

「えへへ、ブライトはこう見えて頑固者だからね。確かにスペちゃん達は強敵だけど、勝つって決めたら必ず勝つよ」

 

「そうだね…アタシも、負けっぱなしは嫌だもん。弱音を吐いてる場合じゃないか」

 

 

 メジロブライトの現戦績は、皐月賞4着・日本ダービー3着・菊花賞3着とクラシック級ではあと一歩タイトルには届かなかったものの…

 翌年のシニア級には、昨年末のステイヤーズS→AJCC→阪神大賞典でGⅡを三連勝した勢いそのままに天皇賞(春)を戴冠。

 

 

 今年の阪神大賞典もレコード勝ちで連覇を果たし、こと3000m級の長距離レースにおいて未だに3着圏内を外した事がないと言う…

 現トゥインクル・シリーズでは間違いなく三本の指に入る現役屈指のステイヤーだというのが、メジロブライトに対する世間の評価である。

 

 

(ブライトはまさに王者の貫禄…トレーナーさんにスペシャルウィークさん、相手に一切の抜かりは無いようですわ)

 

 

 チームでのトレーニングはもちろん、幼き頃から共に育ち固い絆で結ばれたメジロライアンと二人三脚で積み重ねてきた努力、そして何よりそんな大好きなライアンお姉さまがかけてくれた期待に必ず応えてみせるという強い想い…

 

 

 天皇賞(春)の連覇を誓うメジロブライトもまた、泰然自若の精神で本番に臨む──

 

 

 

 

 

 そしていよいよ、春の盾をかけた熱き戦い…天皇賞(春)の当日を迎える──

 

 

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

 

 京都レース場の控え室…つい先程パドックでのお披露目を終え、再びこの控え室に戻って来た私は、最終調整の補助と激励の言葉を掛けてくれたお兄さん・マックイーンさん・アヤベさんチームの皆さんが、応援してくれる為にスタンドへ向かったのをお見送りして暫く──

 

 

 現在私は緊張で少し冷たくなっている両手でスマホを持ちながら、もう一人のとある大切な人とビデオ通話を行っている最中であった。その通話相手である大切な人とは──

 

 

『──ごめんね、スペ。本当はアンタの誕生日に走るレースなんだから、もう一人のお母ちゃんと一緒に現地で応援したかったんだけど…』

 

「ううん、気にしないでお母ちゃん。こっちまで来てもらうのも大変だし、お仕事が忙しい時期だから仕方ないよ。こうやって電話してきてくれただけでも、私は凄く嬉しいから!」

 

 

 恐らくお仕事の合間にこうして電話を掛けてくれたのだろう、汗を拭うため首に巻いているタオルを少し土で汚しながら…

 電話の向こうには私の大切な人であるお母ちゃんが、少し申し訳なさそうな笑みを浮かべながら写っていた。

 

 

 天皇賞(春)が行われる今日の日付・5月2日は私の誕生日。

 お母ちゃんは以前から今日のレースには応援に駆けつけたい。と言ってくれてたんだけど……牧場や農園のお仕事が本当に忙しくて手が離せず…お兄さんのご家族や周りの人達も同じく忙しいのでお手伝いを頼む訳にもいかず…最終的には現地で応援する事が出来なくなってしまった。

 

 

 お母ちゃんが来れなくて、私も寂しい気持ちはちょっぴりあるけど…動物たちや作物のお世話を、お母ちゃんのお仕事を邪魔してしまう様な形になるのはもっと嫌だから。

 

 

「そっちで見ててね、お母ちゃん! お母ちゃん達やお兄さん、皆さんの想いを力に変えて最高の走りをしてみせるから!」

 

『…ああ、ちゃんとこの目で見とくよ。テレビ越しだけど、お母ちゃん声が枯れるぐらい応援するからね』

 

「──うん!」

 

 

 私の宣言を聞くとお母ちゃんは少し間をおいて、いつもの優しげな笑みと声色に変わり嬉しい言葉を掛けてくれた。

 そんなお母ちゃんの言葉から力を貰えた! と思っていたら…今度はお母ちゃんが少し悪戯っぽい雰囲気で──

 

 

『精一杯レースを走って、それで怪我なく元気に、アンタの大好きな彼が待ってるゴールまで──何なら菊花賞の時みたいに、彼の腕の中にちゃんと帰るんだよ?』

 

「──にゅッ!? な、なななッ、なに言ってるの、お母ちゃんッ!?」

 

『そんな事言ったって、アンタの事だからどうせ毎レース後に抱きついてるんだろう?』

 

「う"っ…そ、それはっ…」

 

『それにアンタも今日から16歳。別に恥ずかしがらなくても…ほら、小さい頃の日記にアンタよく書いてたっしょ? 《日本一のウマ娘になって、将来はお兄ちゃんのお嫁さんにな──』

 

「うわあぁぁぁぁ〜ッ!? ちょっ!? い、今そったら事言わんで良いっしょや〜ッ!?」

 

『アッハッハッハッハッ!』

 

 

 も、もうッ! お母ちゃんったら急に何てこと言い出すのッ!? わ、笑い事じゃないよッ!?

 

 

「むぅ〜ッ! も、もうすぐ本バ場入場が始まるからっ、も、もう切るからね!? 本当に…」

 

 

 うぅ〜っ…こ、これからレースなのにっ…か、顔が熱いよ…もぅ…

 

 

『──そう、それで良いんだよスペ。いい具合に緊張がほぐれたね』

 

「……へ?」

 

 

 恥ずかしさのあまり赤くなってしまった顔を見られまいと、項垂れながら通話を切ろうとした私の耳に、お母ちゃんからの言葉が届いて私は思わず顔を上げた。

 

 

『…重ねた努力に見合う結果を残してる今のアンタが、色んなものを背負って走らないといけないのは分かってる。緊張するって事は、それだけアンタが本気で“勝ちたい”と思ってる証拠。でも、そのせいで“楽しむ”心を忘れちゃったら…勿体無いよ? スペ』

 

「ぁ……」

 

 

 画面の向こうで再び優しい笑みを浮かべているお母ちゃんが、ポカンとしている私に言葉を続ける。

 

 

『さっきも言ったけど、お母ちゃんが一番嬉しいのはアンタが1着を獲る事よりも、怪我なく無事に…そして楽しんでレースを走り終える事だよ。それを忘れないで、スペ。この気持ちはきっと──彼も一緒だから』

 

「……お母ちゃん…」

 

『…さぁ! もうすぐ本バ場入場が始まるんだろ? 早く行っといで』

 

「──うんっ! ありがとう、お母ちゃん……行ってくるね!」

 

 

 最後に私の表情を確認して『よしっ!』と力強く頷いてくれたお母ちゃんに笑みを返しながら通話を切り、その直後に気持ちを整えるべく一つ大きく深呼吸を行った後、私はしっかりとした足取りで控え室を後にした。

 

 

 

 

───

──

 

 

 

 

「──や、スペちゃん」

 

 

 コツッ、コツッ、コツッ、と…蹄鉄の音が響く地下バ道を進み、光のカーテンに覆われたターフへの入り口近くまで来た私は、ふと後ろから呼び止められたその声に振り返る。

 

 

「あ、セイちゃん!」

 

「同じレースで顔を合わせるのは、去年の有記念ぶりだね」

 

 

 振り返った先には、今日の天皇賞(春)で一緒に走るセイちゃんが頭の後ろで手を組みながらコチラに歩いて来る姿が目に入った。

 …穏やかな笑みと言葉のその奥には、確かな闘志が秘められている事を感じながら…

 

 

「去年は一緒に走ったレース全部完敗だったけど、今回はどうなる事やら〜。勝負服も以前のに戻して…見た感じ、今回もちゃんと本気のスペちゃんと戦えそうだからさ」

 

「…うん、今の私ができる精一杯の走りで──応えたいものが沢山あるから!」

 

 

 

「……それは、わたくしも同じです〜」

 

 

 お互いの目を真っ直ぐと見つめながら向かい合っていた私たちの耳に、そんな和やかな声が届く。

 

 

「ブライトさん…」

 

「お? どもども〜」

 

「スペシャルウィークさま、セイウンスカイさま、本日はどうぞよろしくお願い致します」

 

 

 私達へ優雅にお辞儀を行なって挨拶をしてくれたのは、昨年このレースを制しているメジロブライトさんであった。

 

 

「…相手が誰であろうと、自分が成すべき事を全うする。その心構えでレースに臨んだ結果、以前はセイウンスカイさまに……そして有記念ではスペシャルウィークさまに遅れを取りました」

 

 

 ピンと背筋を伸ばして私たち二人の顔を見ながら紡がれるブライトさんの言葉に、私とセイちゃんは静かに耳を傾ける。

 

 

「改めて、お二人が現トゥインクル・シリーズの根幹を担う“黄金世代”である事を肝に銘じ、必ずやこのレースの頂に立たせていただきます……!」

 

「…ブライトさんには悪いけど、私も今回引くわけにはいかないかな〜。あとはもう、レースで決めるしかないね」

 

「……はい、お互いに全力で!」

 

「ええ、望むところ……ですわ!」

 

 

 ブライトさんからの勝利宣言。それに続くように発せられたセイちゃんの言葉に、私も二人の目を見ながら自分自身に気合を入れる意も込めて応える。

 

 

「──それじゃ、行きますか」

 

 

 ほんのひと時三人で見つめ合い、今日のレースにかけるそれぞれの想いを感じ取りながら…

 セイちゃんの号令で私たちは晴れやかな表情でターフへと歩みを進めた。

 

 

 

 春の盾をかけた大一番…天皇賞(春)が、いよいよ始まる──

 

 

 




 ここまで読んで下さって本当にありがとうございました!


 お兄さんは激励の後、少し気負い過ぎているスペちゃんを心配して一度戻って来たら…本編でのやり取りをしていたのでそっと回れ右をしました。
 如何なる時代でも、母は強し──ですね。


 次回のレースシーンでは初めての試みとして“個別ラップ”なるものの表現を行なっております。

 しかし筆者は、にわかの極み故に史実には何も当て嵌まらないツッコミどころ満載の数字になっている為、何卒ご了承くださいませませ。

(鳥頭のくせに書いてみたくなっちゃいました⭐︎)
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