スペちゃんとチート持ち転生者の幼馴染   作:成田 きよつぐ

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 誤字脱字のご報告・お気に入り・ご評価・ご感想・読んで下さっている方々、いつも本当にありがとうございます!


 先ず最初に、【ウマ娘プリティーダービー3.5周年】本当におめでとうございます。
 テレビゲーム【熱血ハチャメチャ大感謝祭!】や【シンデレラグレイ】アニメ化決定! など、いちファンとして本家様の益々のご繁栄をお祈りしております。


 今回の宝塚記念回なのですが

 ①→スペちゃん陣営の準備回?
 ②→ライバル陣営の準備回
 ③→宝塚記念のレースシーン


 文字数が多くなってしまうので、物語は上記の様に話数を分けて進行させて頂きます。
 ただでさえ亀更新にも関わらず進行が更に遅くなってしまい恐れ入りますが、何卒よろしくお願い致します。


 この拙作で描かれている【トレーニングやレースに関する事柄】は、全て筆者の妄想が入っておりますのでご了承下さい。





あなたの夢をのせて──/GⅠ・宝塚記念①

 

 

 

 

 

 

 

 アヤベさんが怪我なく日本ダービーでの熱戦を制して、早くも一週間が過ぎた6月13日・日曜日の朝方。

 

 

 トゥインクル・シリーズで行われるGⅠレースの中でも最も格式の高いレースと言っても過言ではなく、愛バとの育成契約を結んだ時からずっとそのレースを──“日本ダービー”を目標に努力を重ねる人数の多さを考えれば、

 実はウマ娘レースに関わる業界人にとって一年の区切りは“有記念”ではなく“日本ダービー”である……という風潮は強い。

 

 

 そんなウマ娘たちを含む業界人にとっても、そして勿論ファンの方々にとっても特別な祭典による熱気が一週間という期間で収まる訳もなく──

 

 

 

「アヤベさんに独占インタビューですか? すみません、既に他社から先約を頂いておりまして……アヤベさん当人の精神的健康を考えるとトレーナーとして先約以外のインタビューは……はい、恐れ入ります。ご承諾いただき本当にありがとうございます。失礼致します」

 

「はい、こちらトレセン学園・チームノヴァの……あ、グッズ販売の──いつもお世話になっております。はい、アヤベさんのグッズ追加に関しては先日ご連絡させて頂いた通り、当人からも了承の返事を頂きましたので、引き続き御社にお任せ出来ればと思っております。はい、“ふわふわ手触り”を継続する形で……いえいえ、こちらこそいつもありがとうございます。今後とも何卒よろしくお願い致します」

 

「はい、こちらトレセン学園・チームノヴァの……あ、乙名史さん! お疲れ様です。いつもお世話になっております。ええ、アヤベさんの独占インタビューと、一日トレーニング密着取材の日時は大丈夫なんですが……あの、東条さんに聞いたんですけど、その日はチームリギルの取材も行われるとの事ですが乙名史さんは大丈夫なんで──え? いえいえ、コチラは全然大丈夫なんですけど……あ、でしたら問題ない? わ、分かりました、では予定通りの日程で。あ、あはは……こ、こちらこそ、当日は何卒よろしくお願い致します。で、では失礼致します。あの、お身体は大切に……」

 

 

 

 去年、スペちゃんが日本ダービーを勝利した時もそれは凄かったのだが……今年も育成契約を結んでいるアヤベさんが勝利したとあって今日まで連日、

 日曜日であろうと関係なくインタビューの申し込みやらなんやらで我がトレーナー室に完備されている仕事用電話機は、朝から大合唱をかますセミか? ぐらい元気に鳴り続けている……まだ梅雨明けどころか梅雨入りすらしていないというのに、けたたましい事この上なし……

 

 

 いや、まあ大丈夫なんだけどね? 我がチームノヴァの所属メンバーを見てもらえれば分かる通り、説明不要のスペちゃん・無敗の二冠に輝いたアヤベさん・名門メジロ家のご令嬢であるマックイーンさん。

 これほど素晴らしい娘たちを担当させてもらえていれば、有難い事に色んなご連絡が常日頃から届くので今更ではある。

 

 

 それにアヤベさんは皐月賞での勝利に辛口な評価を下される事が多かったのが、日本ダービーでの完勝を経てからはそういった声も殆ど無くなり、今となってはオペラオーさんやトップロードさん以上の評価をされる事のほうが多くなった。

 それに伴い、先ほどの様にアヤベさん個人に取材などの依頼が届く件数も驚くほど増えている。

 

 

 アヤベさん当人も普段の物静かでクールな立ち振る舞いからは少し想像しづらいが、その奥には人一倍の闘争本能と負けず嫌いな面があり、特に皐月賞以降は意外とそれまでの評価を気にしていた所もあったように感じていたので、今回しっかりと強さを示せた事とアヤベさんの強さに見合う評価を得られた事は本当に嬉しく思う訳ですよ。

 

 

 たださぁ? この時期はさぁ? 通常業務に加え、GⅠレースが続く事による影響やら、夏合宿に関する準備やら、上半期のレース賞金振込などの手続きやらで学園全体がいつも以上に忙しい訳でして……

 そこに連日掛かってくる鬼電ラッシュをさばく事も加わるとなると、ここトレセン学園に勤務している方々のように、ウマ娘を愛し特殊な訓練を受けている人間でないと精神崩壊すること間違いだろうなと思う今日この頃ですハイ。

 

 

 それに、ここ最近はスペちゃん達のみならず俺個人への取材依頼も増えるという事態が発生しており忙しさに拍車が掛かっている……

 

 

 後になって気付いたのだが、『トレーナーとして二年連続ダービー制覇、それも今年二年目の──まだ19歳という若き新米トレーナーがです。そしてもっと言えばその人はトレーナーとして未だ無敗……こんな人物を取材しないなんて我々記者の沽券に関わるでしょ?』

 なんて事を取材の依頼時に言って頂けて、言われてみればトレーナーの実績部分だけに目を向けたらそうなるのか……と、何処か他人事の様に感じていた事は記憶に新しい。自分の実績ってなると実感わかないんだよなぁ……実際に頑張ってるのはウマ娘さん本人だからね。

 

 

 勿論、先ほどの乙名史さんのように相手さん方も自身の情熱を真っ直ぐコチラに向けて下さる方が多いので、この忙しさも嬉しい悲鳴として本当に感謝の気持ちで一杯ではある。俺個人への取材は恥ずかしさが勝つから出来れば遠慮したいけど。

 

 

 ただ何故か……俺に取材の依頼が来るとスペちゃんが嬉しそうにしてくれるので、何件かの取材は引き受けさせて頂こうと思っている。

 スペちゃんが喜んでくれるなら己の羞恥心など何のその! あの娘が笑顔になってくれるなら本望! 単純だと笑いたければ笑うが良い! 世界一の教え上手に教わるよりも好きな人から『頑張って!』の一声を貰えるほうが頑張れる! 男なんて所詮そんなもんだ。

 

 

 ……さて、そんな男の性はともかく今日は午後から“お出かけ”だから、お昼までには仕事を片付けておきたい。

 電話対応をしながら時間までに終わらせるとなると──ここは集中力スイッチ入れるか。

 

 

 説明しよう! 集中力スイッチとは、自分が必要だと思う情報だけを脳が処理出来るようになるゾーン状態を、チートを使って意図的に引き起こす……というだけの事を厨二病っぽく行う、少年の心が溢れた技なのである!

 スイッチとか言わずに黙ってやりゃ良いんだけどさ、何か楽しいじゃん? そっちのほうが。男の子だもん。

 

 

 このスイッチさえ入れれば電話対応と仕事を片付ける為だけに集中力を使えるので、お昼までには片付けられるはずだ。

 ただ、この集中力を高め過ぎるが故のデメリットもいくつかあるのだが……まあ、今回そこは心配しなくても大丈夫だろう。

 

 

 そうして、そんな集中力スイッチを入れた俺はそれからも鳴り続いたビジネスコールに対応しつつ、通常業務や手続き関係の準備に関しては暫く残業する必要のない程度まで片付ける事が出来、

 作業が終わった事でスイッチを切った俺は、まるで部屋の大掃除を終えた時の様な清々しい気持ちに包まれながら、ずっとデスクに座ってパソコンと睨めっこしていた影響で凝り固まった身体をほぐすべく、椅子に座りながらストレッチでも行おうと腰を捻って横を向いた瞬間──

 

 

 

 

「……すぅ……すぅ……」

 

 

 すぐ隣に設置してある椅子に腰掛け、机に突っ伏して俺の顔を覗き込む様な形で小さく寝息を立て、時折り右耳が跳ねる様にピョコピョコと動きながら居眠りをするスペちゃんの姿を認識する……

 

 

 あら可愛い……って、そうじゃない。え、待って? いつから居たのこの娘? 全然気づかなかったんだけど……

 

 

 そう、集中力を高め過ぎるが故のデメリットとして、周りで起こる出来事への反応──特に“自分が心を許している相手”であればあるほど、緊急性の高い時などを除いて相手のアクションに気付けない状態になってしまう。

 スペちゃんぐらいの相手になると、今回のように部屋にやって来る→すぐ隣に座る→そのまま居眠りしちゃうぐらい一緒に居る。という状況でもスイッチが入っている間はこの通り全く気が付かない。

 

 

 実は今までも何回か今日みたいに《気が付いたらスペちゃんが居た》体験をしているのだが毎回ちょっとビックリするんだよな。自分の心の許し加減に。

 改めて思うが、この娘がその気になれば俺にイタズラし放題である。マジで顔に落書きとかされても気付かないかもしれない……大丈夫かな? 今俺のおでこに『人参』とか書かれてないかしら?

 

 

 そっと手に取ったスマホの画面で現在の時刻を見るついでに、当然なんの変化も見当たらない自分のおでこも確認した俺は、この後の“お出かけ”のため未だ隣で気持ち良さそうに居眠りしているスペちゃんを起こすべく、取り敢えず軽く身体を揺すってみる。

 このまま寝かせてあげたい気持ちも強いのだが……何を隠そう今日の“お出かけ”する予定は、先日スペちゃんから『次の日曜日、安田記念を一緒に見に行きませんか?』というお誘いを受けて立てられたモノなのだ。

 午前中は仕事があるから現地に着くのは午後からに……というコチラの事情も快諾して、この娘は誘ってくれた。

 

 

 トレセン学園から【安田記念】が行われる東京レース場までは比較的近いとは言っても、ここ最近GⅠレースの日は100万人を優に超える人が現地に足を運ぶ以上、渋滞する事などを考えると出来るだけ早めに向かったほうが良いだろう。

 

 

「スペちゃん……スペちゃん、起きて?」

 

「……んむぅ……ぅん……すぅ……」

 

 

 小さく「うん」って返事してくれたけど……またすぐに寝息を立てちゃって起きる気配はない……

 

 

「待たせてごめんね? けど、そろそろ起きないとレースを見れなくなっちゃうよ?」

 

「……ぅん……すぅ……」

 

 

 返事と同時にペコリと頷くように両耳が動いたものの、まだ目を開けてはくれない。

 どうする? このまま無防備なこの寝顔を見続けてしまうと保護欲的なモノが掻き立てられてしまってマジで起こせなくなってしまう。というか既にかなり危ない俺の心がッ!

 

 

 もっと強く身体を揺らすか? いや駄目だ、俺の中の天使が囁いてくる『息子よ、女の子は優しく起こしてあげなさい』と! そして俺の中の悪魔が囁く『息子よ、寝ている女性を起こす方法は昔から決まっているっしょ? それにスペちゃんから聞いたけど貴方この前ほっぺにチュウされt──』

 うん? なんか随分と聞き馴染みのある声をした……俺の実家に行けば会えそうな天使と悪魔が聞き捨てならない事を言っていた気もするが……まあ良い。

 

 

 それよりも実際問題そんな方法で起こせるわけ無かろう! という話ではあるが、確かに俺がそんな似合わないキザな事を『しちゃうぞ⭐︎』と口にすれば、スペちゃんもビックリして起きてくれるかもしれない! なんかドラマでそんなシーンを観た気もする!

 そして思考がアホになっている気がしないでもないが、きっと気のせいだ。よしやってみよう。

 

 

「……す、スペちゃん、起きないと…チューするよ?」

 

「……ぅん……」

 

 

 ……いや、スペちゃん? 「うん」じゃないんだよ「うん」じゃ。

 あれ? ドラマとかじゃこういう時ってビックリして起きるもんなんじゃないの? 「うん」って言われたよ!? 「うん」って!

 恐ろしく可愛いお返事……チート持ちでなきゃチューしちゃうね! いや勿論こんな最低な言質の取り方は無効だから絶対やらないけども。

 

 

「んぅ〜……」

 

 

 あ、あれ? な、何だろう……俺の言葉を聞いてからスペちゃんが少し唇を突き出して、まるで本当に──って! 何を考えてるんだ俺は!? 頭の中がお花畑になってるぞ!? しっかりしろ俺!

 ええいッ! 俺の中の悪魔よッ! さっきから『しちゃえ♪ しちゃえ♪』と囁くんじゃないッ! 『ほら、この娘も待ってるでしょ?』って?

 違う、断じて違う! これは……その、あれだ! 夢の中でパスタでも啜ってる最中なんだきっと! 昨日一緒に晩御飯で食べたからねパスタ! 実家から送ってくれたボタンエビを使って作ったけど凄く美味しかったよ! どうもありがとう!

 

 

 結局その後、自分のした事に対する気恥ずかしさに悶々としながら、俺は携帯のアラームを起動させる事で無事にスペちゃんを起こす事に成功した。始めからこうすれば良かったよ全く。

 ただ、起きて早々スペちゃんが──

 

 

「あれ? じゃあ……さっき、お兄さんがしてくれたのは…………そ、そっか、夢…だったんだ……」

 

 

 そんなことを……軽く口に手を当てながら“ぽそっ”と呟くもんだから、俺の心臓はドキンッと跳ねちゃうよね……

 おいおいおい、夢の中の俺! 何したの? 何しちゃったのかな!? なんかスペちゃんの頬がほんのり桜色になってる気がするけど……まさかやってねぇだろうな!? 敢えて何をとは言わないけど、やってねぇよな夢の中の俺!?

 

 

「ゆ、夢? スペちゃんの夢の中で……俺、何かやっちゃったの?」

 

「へっ? あっ……い、いいいいえ! な、何も悪いことはっ! た、ただその……ゆ、夢じゃなかったほうが……私は……う、嬉しかったな〜、と──って!? な、何でもないですっ! お兄さんは気にしないでくだしゃいっ!」

 

「あ、ああ……そ、そう。じゃ、じゃあ気にしないでおくね。あ、あはは……」

 

 

 うん、大丈夫。俺は気にしないよ。君が見た夢のことも、言葉の途中から恥ずかしそうに俯いて、両の手の人差し指を“ちょんちょん”と何度も合わせながら最後は盛大に噛んじゃったことも含め、二つの意味で俺は全く気にしない。

 

 

「うっ……そ、そう……ですね……あ、あはは……」

 

 

 何故か俺の返答を聞いたスペちゃんが、少しだけ物悲しそうに微笑んだ事が気になるが……このままだとレース観戦に間に合わなくなりそうなので、今は先ず出かける準備をしないと。

 

 

「よし、と、とにかく頃合いだし約束通り安田記念を見に行こうか? 待たせちゃって本当にごめんね。すぐ準備するから、スペちゃんは先に駐車場の方に向かっとくかい?」

 

「あっ、は、はい。そ、そうしますねっ」

 

 

 現在この部屋を包んでいる……この何とも言えない気恥ずかしい空気を同じく感じ取っていたのか、居眠りしていた影響で少し乱れていた制服のシワを手早く直しながら部屋の扉へと向かうスペちゃんの背中を見送りつつ、

 俺は壁の取り付けラックに掛けてあったネイビージャケットと黒革のトートバックを取り、急いで支度を始めた。

 

 

 ……スペちゃんが快適に過ごせるためのグッズ類よし、外出許可も問題なし、財布よし、携帯よし、車のキーよし、後は──

 

 

「……あ、あのっ! お、お兄さんっ」

 

「──ん?」

 

 

 扉の前でコチラに向き直ったスペちゃんからの呼び掛けに、俺は支度を中断して目を合わせる。どうしたんだろう? 何か持って行って欲しい物でもあるのだろうか?

 そんな俺の疑問をよそに、スペちゃんは胸元で指先をモジモジさせて耳を萎らせながら、上目遣い気味にチラリとコチラを一瞥すると、自分を落ち着かせる様に「ふぅ……」と小さく息を吐いた。

 え、何? 何なの? この緊張感は……

 

 

「こ、この間の天皇賞を勝てた後に、私がお兄さんにした……あの時の……その…こ、コミュニケーション、なんですけどっ……」

 

 

 酸性の液体に入れたリトマス紙ぐらいの勢いで顔全体が赤くなっていくスペちゃんだが、それでも呟くような声で言葉を紡ぎ続ける。

 こ、コミュニケーションって……もしかしなくても“アレ”の事だよな?

 

 

「わ、私はっ……ああいうコミュニケーションを……お、お兄さんとっ! ……こ、これからも沢山できたら……ぅ、嬉しいな…って……」

 

 

 ……え、えっと……あの……す、スペ…ちゃん…?

 

 

「お、お兄さんがっ……い、嫌じゃ…なかったら、です…けど……わ、私っ! レースもトレーニングも……も、もっと、頑張りますからっ! だ、だから、その……こ、今度はっ……お、お兄さんのほうから…わ、私に……ちゅ、チュu──や、やっぱりッ、何でもありまちぇんッ!!」

 

 

 ボンッ! っと赤く染まっていた顔を更に茹で上がらせてしまったスペちゃんは素早く回れ右を行い、扉を開けるや否や物凄い勢いで部屋を後にして姿が見えなくなってしまった……

 

 

 オーケーイ、オーケーイ。分かっている、分かっているとも。だから何も心配しなくて良いよスペちゃん。

 まあ、アレだよね……寝起きの状態って時折り自分でもビックリする様な事を言っちゃう事ってあるもんね? 「これは大接戦! 大接戦ドゴーン!」とか、俺も寝起きでボケてたら言っちゃう自信あるもん。

 ……ふと例えで思い浮かんだ台詞の意味はよく分からないし、今までそんな台詞を言ったことも聞いたこともないけれども、とにかく寝起きの状態で言った言葉などノーカンなのだ、ノーカン。

 

 

 そもそも、だ。ここ最近……先日の天皇賞(春)で勝利した後にスペちゃんが……その、あの……“海外の挨拶”! そう、海外の挨拶! それを行ったあの日から、尻尾ハグを受ける頻度が高くなったり、こちらが一瞬ドキッ! っとしちゃう様なことを口にしたりと……

 今まで以上に距離感が近くなっているような……スペちゃん自身も距離感を測りかねているような……そんな雰囲気を、ひしひしと感じる。

 ただの挨拶だと言うのにね? そんなに照れなくても良いじゃない? って俺のようなクールガイは思うわけですよ?

 

 

 もう俺ぐらいのクールガイになるとね? スペちゃんの距離感がどれだけ密接距離になろうとも動揺しないもんなんですよ。余裕ですよ余裕。

 ほら、全く動揺してないからもう用意も終わっちゃったよ。さてさて、それじゃあ勢いよく飛び出して行っちゃったけど、方向から考えて恐らく駐車場で待ってくれているであろうスペちゃんの下に向かいますか。

 俺がこんなにも落ち着いている様子を見れば、スペちゃんも自然と落ち着いてくれるだろうからね。

 

 

 あたふたしてるチート持ちの姿を期待されていた、お茶の間の皆様すみませんね? しつこいようですが俺のようなクールガイになるとね? そういった期待には応えられないわけでして。

 

 

 さて、後は部屋の電気を消してと──あれ? あ、違った。こっちはトイレのスイッチだった……

 ……い、いやぁ〜、俺ぐらいのクールガイになるとね? これぐらい余裕な訳ですから? ほら、後は部屋の電気を消して──あれ? あ、違った。またトイレのスイッチだった……

 ……だ、だからさ? 俺ぐらいのクールガイになるとね? 後は部屋の電気を消すだけ──って、あれ? あ、違った。またトイレのスイッチだった……

 

 

 …………え、えぇいッ! 俺は動揺なんてしてない! してないったらしてないの! ちょっと顔が火照ってる気がして? 手が震えてる気がして? その影響で電気を消すスイッチを何回も間違えてるだけだから!

 

 

 全くもう……あの娘はこの後、東京レース場まで俺と車内で二人っきりの状況になるって分かってるのかな? 今日のレース観戦、アヤベさんとマックイーンさんからも誘う前から『二人でどうぞ』って言われたんだからね?

 このまま二人揃って顔を真っ赤にしながら、車内という狭い空間でギクシャクするなんて恥ずかし過ぎて俺の精神がもたない。

 

 

 さっきから茶でも沸かせそうなくらい熱く火照っている顔と、バクバクと五月蝿いぐらいに跳ねている心臓をどうにか落ち着けるべく、俺は頭の中で一人マジカルバナナを行いながら、その後も二回ほど誤ってトイレのスイッチを押しつつも何とか部屋の消灯と戸締りを終え、懸命に平常心を装いながら駐車場の方へと向かったのだった。

 

 

 駐車場に着いたら予想通り、先に向かっていたスペちゃんと無事に合流できた訳だが……まあ、その後の展開は想像通りであった。

 お互いに先ほどの事を意識しちゃって目を合わせられないわ、普段の半分もないぐらい口数が少なくなるわで……レース場に着いて実際にレースが始まるまで、ずっっっっっと二人の間に何とも言えない気恥ずかしい雰囲気が漂っていた。

 

 

 ほんとスペちゃんはそろそろ自身の発言や行動が、特にその天然というのか純情というのか、その気持ちをド直球でぶつける事が如何に危険か? ということを分かってもらいたいものである。

 このままの勢いで続けられたら俺の理性が爆発してしまうかもしれないんだぞ、全く……

 

 

 

 

───

──

 

 

 

 

 出発前に色々ありつつも何とか時間内に東京レース場へと辿り着き、ちょうど先ほど【安田記念】を観戦し終えて帰路についている最中である車内にて、未だ俺たちの口数は少ないままであり、側からみると気まずいと感じるであろう雰囲気が漂っていた。

 だがそれは、決して出発前のやり取りを引きずっている訳ではなく……

 

 

「……凄いレースでしたね。特に、キングちゃんとグラスちゃんの走りは……」

 

「うん、凄かった。本当に、凄いって言葉しか出てこないよ……」

 

 

 チラッと横目でスペちゃんの様子を伺うと、左手を口に当て、右手はその左手を肘から支える様に添えて真剣な表情で考え込んでいる姿が目に入る。

 きっとスペちゃんも、先ほどの安田記念を何度も脳内で再生し、そして分析している最中なのだろう。

 

 

 俺も安全運転を心掛けながら、これで64往復目になるであろう安田記念・脳内再生を同じ様に行い、改めて今日の安田記念を振り返る──

 

 

 

『──良バ場・晴天の空の下で競われるは、かつての勲章ではなく今の実力! 春のマイル王は誰の手に! GⅠ・安田記念──今スタートを切りましたッ!』

 

『あぁっと!? 桜花賞ウマ娘・⑤ハンエイパレードが出遅れだ! これはスタートから波乱の展開。さあ先行争いは、快速飛ばして③イネスワールドがハナを取り切る構え。そして先行勢が続々とこれに続く。そんな中、人気両名⑦グラスワンダーと⑩キングヘイローは綺麗なスタートを切るも、そのまま中団あたりに控える格好となりました』

 

 

 先ずスタートで逃げると目されていたハンエイパレードさんが出遅れてしまった事には驚いたが……流石はGⅠレースに出走する娘たち。レースを走る彼女たちの殆どは直ぐさま切り替えポジション争いに。

 そしてそんな中でも特に、周りより一歩早く中団内の絶好ポジションに収まったグラスさんと、そのグラスさんの“外やや後ろ”を並ぶ様に陣取ったキングさんは流石だな。と思わずにはいられなかった。

 

 

『──先頭から最後方まではそれほど離れていません。さあ淡々としたペースの中、まもなく先頭のイネスワールドが第3コーナーのカーブに差し掛かる。そしてここで早くも後続集団が外から上がって来るぞ! 早くもバ群が凝縮し始めた! 前半の800mを45.8で今通過。各ウマ娘、一団で3、4コーナー中間大ケヤキを超えて間も無く第4コーナーをカーブ』

 

『内先頭はイネスワールドですが、ここで⑬ハジケルエガオが外から顔を覗かせてきた! そして外を回って外を回って⑫ハワジュフードと⑪シーキングザパールもグングンと脚を伸ばしてくる! さあそして、グラスワンダーは!? キングヘイローは!? いつギアを入れるんだッ!? 現トゥインクル・シリーズを席巻する黄金世代、そのトップクラスを担う二人はッ! 中団内からまだ動かないッ! まだ動かないッ!? 大丈夫なのか!? もう、第4コーナーを周って直線コースに入ってしまうぞぉぉ〜ッ!?』

 

 

 残り800m手前辺りから、後ろの娘たちが捲るように上がって行った煽りを受けて周りが早仕掛けを実行する中、そんな周りに惑わされず落ち着いて絶妙な匙加減で前と離されすぎないスピードを維持しつつ脚を溜めていたグラスさんの走りに、

 現地で見ていた俺は『参ったな……』と寒気が止まらなかった。そしてそれは、隣で見ていたスペちゃんも同じ気持ちだっただろう。何故ならその技術が、繊細なスピードコントロールを行っている際のその走り方が、まるでスペちゃんが走っている時と瓜二つだったんだから……

 

 

 一朝一夕で出来る技術じゃない。それを見事に自分の走りとして習得している訳だから……俺が思っていたよりもずっと多く、ずっと長く、ずっと深く、東条さんとグラスさんはスペちゃんの走りを研究してこられたのだろう。

 そして当然ながらこの事は他のライバル陣営にも当てはまる……あの瞬間にそれを改めて痛感されたのだから、そりゃあ寒気も止まらない訳だ。

 

 

『──さあ、直線向いたッ! 先頭はハジケルエガオ! 内でイネスワールド粘っている! 更に離れた外からハワジュフード! そして来たぁぁ〜ッ!! グラスワンダー来た来た来たぁぁ〜ッ!! バ場の真ん中に進路を見出してッ! グラスワンダーここでギアを入れたぁぁ〜ッ!! あっという間に先頭に立つ勢いッ!!』

 

『シーキングまたしても大外ッ! シーキングザパールはまたしても大外ッ! 懸命に追ってくる! 残り400を通過ッ! ここで先頭グラスワンダーッ!! ここでグラスワンダー、バ場の真ん中から堂々と突き抜けるッ!突き抜けるッ!! 強い強いッ! これは強いぞぉぉ〜ッ!!』

 

 

 直線に向き、内でギリギリまで脚を溜めていたグラスさんがバ場の真ん中に進路を取ったかと思ったら、そのまま溜めていた脚を爆発させるかの勢いで一気にギアを上げ先頭に。

 俺もスペちゃんも場内も、その走りに目を奪われ、その走りに驚嘆して、そしてその走りにグラスさんの勝利を確信しかけた──のだが……

 

 

『──残り200を通過、先頭グラスワンダーッ!! 勝利は目前ッ! このまま行くか──いやッ!? 内側からッ! 内側から────キングヘイローォォォ〜ッ!! キングヘイロー、やって来たぁぁぁ〜ッ!! ただ一人、物凄い脚でグラスワンダーに内から並ぶッ! 内から並ぶッ! 内から並ぶッ!!』

 

 

 ただ一人……力強く突き抜けるグラスさんを捉える勢いで上がって来たのがキングさんだった。

 今思えば始めからキングさんは、グラスさんの仕掛けるタイミングをずっと外から並んで観察し、そして狙い撃つつもりだったんだろう。

 周りが上がって行った時もグラスさんが脚を溜めているのを確認して、自分も動かずジッと我慢していたからな……そして最後は──

 

 

『──キングヘイロー、このまま捉えるかッ!? グラスワンダー、凌ぎ切るかッ!? グラスワンダーッ! キングヘイローッ! グラスワンダーッ! キングヘイローッ! グラスワンダーッ! キングヘイローッ!』

 

『──────最後僅かにキングヘイローかぁぁぁッ!? 最後ッ! 最後ッ! 僅かに内、キングヘイローが捉え切ったかぁぁぁッ!!』

 

『直線真ん中から力強く突き抜け、勝利目前かと思われた“不死鳥”にッ! 最後襲いかかった深緑の閃光ッ!! キングヘイロー、これで前走【高松宮記念】に続き【安田記念】でも王座に君臨ッ!! スプリント・マイルの二階級制覇を達成ッ!! さらに全距離区分のGⅠで3着以内確保という記録まで更新ッ!! 如何なる距離の壁にも屈しない、その強さッ! まさに“Semper Fi(常に一流たる者)”! キングヘイロー、恐るべしッ!!』

 

 

 キングさんが狙っていたのは、直線で自分よりも先に抜け出したグラスさんと“全く同じ進路”であるバ場の真ん中を後を追う様に通って行き、そして最後の最後で空いている内側から並びかけてグラスさんを捉え切る事。

 そしてそれは……グラスさんが得意とするマーク戦法を、キングさん流にアレンジして行った戦法だったと俺は感じた。

 

 

 マークする相手の真後ろに陣取りプレッシャーを与え、相手の力を削ぎつつ自分は最大限の理を得る状態を作り出せるグラスさんのマークとは違い、

 キングさんのマークは、その走るレース内で最も強いと踏んだライバルを射程圏に入れ続け、“直線よーいドン”の真っ向勝負を強制的に仕掛ける……というイメージだろうか。

 

 

 今回の安田記念、キングさんは自信があったんだろう。今の自分がマイル区分で発揮できる“スピードレンジ”と“追走力”は、たとえグラスさんが相手であろうと『絶対に負けない!』という確固たる自信が。

 現に推定ではあるものの、お二人の個別ラップを出してみると──

 

 

⚫︎キングさん

 ・12.7-11.1-11.4-11.4-11.2-11.2-10.6-10.6

(1分30秒2)←日本レコード

 

 前半・46.6 後半・43.6

 

 上がり3F・32.4

 

⚫︎グラスさん

 ・12.7-11.0-11.4-11.4-11.3-10.9-10.7-10.9

(1分30秒3)

 

 前半・46.5 後半・43.8

 

 上がり3F・32.5

 

 

 お二人とも道中“11秒前半”で走り続けながらも脚を溜められるという異次元の追走力を持っているのは同じだが、やはりマイル区分ではキングさんのほうが一枚上手だった。

 周りと比べてスパートを遅らせたグラスさんでも、流石に残り600m辺りから初動スパートを行っているが、キングさんは残り400mまでスパートを待つ余裕があったということになる……

 前を行くグラスさんをずっと射程圏に捉えつつ、最後は測った様に差し切る……まさに着差以上の完勝だったと見るべきレースだった。

 

 

「……キングさんもグラスさんも今回、自分が新たに身につけた武器となる走りを試している節もあった。確実に次の宝塚記念で──スペちゃん、君に勝つためだと思う」

 

「はい、今日の二人の走りを見て、私──“もっと頑張らないと!”って、改めて思いました。これまでの実績だけなら私が“日本一”だって評価してくれる方も居ますけど……今の私に、そう思える余裕はありません。その評価に満足してしまって少しでも歩みを止めてしまったら、あっという間に周りから置いていかれちゃうって……正直、そんな恐怖で一杯です」

 

「そうだね、俺も似たような気持ちだよ。こっちも確実に成長しているはずなのに、周りも同じく成長して中々引き離せない……“必ず追い抜いてやる”って、ずっと後ろに張り付かれて、ずっと狙われて、周りが全て敵になる感覚に襲われ続ける……そして自分たちが追われる立場でいる限り、その恐怖からは逃げられない……」

 

 

 自分たちが挑むと決めた場所が、そういう世界だと分かった上で勝負しているのだから闘うしかないんだけどね……って、いかんいかん。その気持ちは大切だが、俺が気負いすぎてどうすんだ。

 

 

 現在車で走っている道が少し遠回りになるものの他の車や人通りが少ない裏道ゆえ、ちょうど引っかかった赤信号で停車中、周りに俺たち以外の車や人が居ないことを確認した俺は、両手持ちから右手だけでハンドルを持つ体制に変えて、肩の力を抜くため左手を下ろし『ふぅー』と一つ息を吐いた。

 

 

「……そうですね。どんなに実績を積んでも、どんなに強くなれたとしても、私もきっと……デビュー戦の時と変わらず、“怖い”と思う気持ちや不安を完全に無くすことは出来ないんだと思います。でも──」

 

 

 そう呟いたスペちゃんは、ふわりと笑って自分の右手をそっと俺の左手の甲に重ねると、そのまま親指側から潜り込むように掌を合わせ、自身の細い指を一本ずつ丁寧に俺の指の間へと滑り込ませていく。

 所謂“恋人つなぎ”なるものを突然受け、『手がスベスベだね』だの『手が小ちゃくて可愛いね』だの『指が細いね』だの色んな感想が頭を駆け巡るけど、情けないが俺は何も言葉を発せず固まり軽いパニック状態……

 

 

「──どんなに怖くても、どんなにライバルの皆さんが強くても、お兄さんが一緒に居てくれるなら……私は、どんな不安や恐怖にも立ち向かえます。これまでも──そして、これからも必ず」

 

 

 優しく握られていた手にキュッと力が入る感触が伝わり、その綺麗な瞳でこちらを真っ直ぐに射抜き、少しだけ力んだ笑みを浮かべながら伝えられたその言葉……

 

『私は覚悟を決めています。お兄さんは、これからも変わらず“私と一緒に”頑張ってくれますか?』

 

 そんな気持ちが込められている気がしたスペちゃんからの言葉に……俺は同じ様に手に力をこめて握り返し、決意を固めて見つめ返し、顔を綻ばせながら──

 

 

「……初めて君と出逢った日から、自分の気持ちが揺らいだ事は一度もなかった。この娘の力になりたいって、この娘と一緒に頑張っていきたいって、俺は自分自身に約束した。……スペちゃん、俺も君と──これからも変わらず一緒に歩んでいきたい。俺もスペちゃんと一緒なら、どんな困難にも立ち向かえるよ」

 

 

 俺がそう発した言葉に、スペちゃんは瞳をキラキラさせながら向日葵のような笑顔を弾けさせると、『はいっ──はいっ!』っと何度も何度も声を弾ませてくれた。

 

 

 言葉のチカラって凄いな……ただ自分が思っていた気持ちを改めてスペちゃんに伝えただけなのに、先ほどまで自分の心で渦巻いていた不安が和らいでいる。

 自分の覚悟が再び潜在意識の中にしっかりと刷り込まれていく感覚……そうだ、周りがどれだけ強くたって良い。俺はスペちゃんに恥じないよう自分がやるべきと思った事を精一杯やるだけだ。

 

 

 とっくに信号が青に変わっていた事にも気付かず、後日『俺、あの時プロポーズと間違われても仕方ないこと言ってない?』と一人悶えるハメになる事にも気付かず……

 俺たちは暫し良くも悪くも忘れる事の出来ない時間を過ごして帰路に着いたのだった。

 ほんと今思えば、他の車や人が居なくて良かったよマジで。

 

 

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

 

 

 府中5週連続GⅠも終了し、関東にも例年より少し遅めの梅雨入りが発表された6月17日の木曜日・夜分。

 【宝塚記念】が近づいているスペちゃんは勿論、ダービーのダメージが完全に回復したアヤベさん、今のところ来年2月あたりのデビューを予定しているマックイーンさんらと共に、変わらずトレーニングに励む日々を送り、本日は“プール潜水”を中心にトレーニングを行った一日。

 

 

 三人それぞれのトレーニング後のケアや、今後の目標や課題などに対する個々の話し合い、後はトレーニング外の相談事などの対応も無事に終え、

 いつもならこの時間帯はスペちゃんと二人で晩御飯を食べたり、スペちゃん・マックイーンさんと一緒にお茶会をしたり、自主トレに励む娘に付き添ったり(主にアヤベさん)、その自主トレが無い日はアヤベさんも交えた三人でお茶会×勉強会をしたり等々……

 

 

 まあ、嬉しい事と言っていいのかチーム内の誰かと過ごす事が多い……のだが、本日は──

 

 

「──それでは、改めてトレーナーさん。先ず本日は『月刊トゥインクル』特別号に掲載させて頂く企画、【チーム・ノヴァの強さに迫る! 第一弾】のための密着取材をお受けして下さって本当にありがとうございます!」

 

「いえいえ、とんでもないです“乙名史さん”。こちらこそ、お忙しい中とても丁寧に取材してくださって感謝の言葉もありません」

 

 

 この通り、先日ご連絡を頂いた乙名史さんから俺たち〈チーム・ノヴァ〉への密着取材をして下さる日という事で、先ほどのトレーニング中は勿論の事、

 今回は俺との対談も少し掲載したい……という事だったので、現在こうしてトレーナー室にて乙名史さんから取材を受けるところである。

 

 

 三人との対談は“第二弾以降”の目玉として据えたいらしく、今回の対談は俺個人のみでという形となったようだ。

 大切な第一弾が俺との対談で良いのか? と思ったのだが、乙名史さんから『是非に!』と言われれば断るのも忍びなかったので諦めたよ。

 

 

「それにしても本日のトレーニング……特に次の宝塚記念が近づいておられる、スペシャルウィークさんのストイックに自分を追い込むあの姿勢と熱量っ! トレーニング中、アドマイヤベガさんが記録された潜水時間《34分》・メジロマックイーンさんの《30分》。どちらも非常に優れた“肺活量”を示す潜水時間でしたが、スペシャルウィークさんは更にその上をゆく《45分》! これ程の潜水時間を記録したウマ娘を、私は見たことがありませんっっ!! 差し支えなければ、どの様にしてこれ程の肺活量を身に付ける事が出来たのかっ! それをお聞かせ願えませんでしょうかっ!?」

 

「え、ええ、大丈夫ですよ。お答えしますね」

 

 

 左手に手帳、右手に万年筆を持った状態で“キラキラ”と目力を発しながら、質問の合間に一歩、また一歩、と距離を近づける乙名史さん……

 世の男性陣は『乙名史さんみたいな美人に詰め寄られて羨ましいッ!』とか思うかもしれませんが、今この人が発している圧を受けながら詰め寄られてみな? 飛ぶぞ? 怖くて⭐︎

 

 

「と言っても……正直コツや魔法のようなモノは無くてですね? スペちゃんの潜水時間が長いのは、単純に小さい頃から故郷で一緒に潜水トレーニングを行っていたからでして。時間の長さに関しては、その積み重ねによるお釣りのようなモノなんです」

 

「なるほど、トレーナーさんとスペシャルウィークさんは幼馴染でいらっしゃいましたものね。幼き頃から既に、お二人は固い絆で結ばれ今と同じく厳しいトレーニングを積み重ねてこられたから今がある、と……では故郷で潜水トレーニングを行っておられた時点で、スペシャルウィークさんは先程の様に長時間の潜水を可能としておられたのでしょうか?」

 

「そうですね。故郷でトレーニングしていた頃の最長記録が《52分》ぐらいでしたので、総合潜水時間はあの頃のほうが長かったぐらいです」

 

 

 俺がそう言うと、筆を走らせておられた乙名史さんの手が止まり、少し戸惑った表情を浮かべる。

 

 

「昔のほうが長く? ……あの、大変失礼な質問だというのは承知なのですが……それは、昔ほどの能力を今のスペシャルウィークさんは持ち合わせていない……という事でしょうか?」

 

「ああ、いえ。決してそういう訳ではありません。本日行っていた潜水トレーニング、あのトレーニングの一番の目的は──“長い時間を潜ること”では無いんです」

 

「──ッ! 肺活量を鍛えることが主軸ではないと?」

 

 

 戸惑いから一転、今度は『ピンッ』と鋭くも期待の込もった表情でコチラを見つめる乙名史さんに、俺は言葉を続ける。

 

 

「はい。あのトレーニングで最も大事なのは、『苦しい』・『もう上がりたい』と思ったその状況から──“どれだけ我慢出来るか?”という事なんです。トータルの長さではなく苦しくなってからの《〇〇分間》ここが重要なんです。あれは、窮地に陥っても“そこから限界を超えられる精神力”を培うトレーニングなんです」

 

「……」

 

「スペちゃんが最長記録を出していた頃は潜水トレーニングばかりをやっていた時なので、“潜水に特化した肺活量”になっていたんです。だから昔のほうが長く潜れたんですね。今は潜水以外のトレーニングにも日々打ち込んでいますから潜水時間は短くなったものの、それは昔より劣ったのではなく“レースに適した肺活量”に変わったという感じです」

 

「…………」

 

「昔は《52分間》のうち《50分》あたりで苦しくなって《2分間》我慢できていたんですが、今のスペちゃんは《45分間》のうち《40分》あたりで苦しくなります。でも、今の彼女はそこから《5分間》も自分の精神をコントロールして我慢できるんです。潜水時間は短くなりましたが、“精神力”に関しては昔よりも遥かに強くなっていると誇らしく思います」

 

「………………」

 

「スペちゃんが出走する次の宝塚記念は例年、他のGⅠレースとは違い、中盤ペースが緩まないままのスパート勝負……4コーナーまでに余力を奪われた苦しい状況の中で最後の直線を加速しないといけない──“限界になってから踏ん張って脚を伸ばせる末脚”が求められるレースになる事が多いと感じております。だからこそ、今回のトレーニングをレースが近いこのタイミングで行いました」

 

「……………………」

 

 

 ──と、やべっ。スペちゃんの事だからとつい熱く語りすぎた!? さっきから乙名史さん黙って固まっちゃってるよ……どうしよう、怒らせちゃったかな?

 

 

「あ、す、すみません! 一方的にベラベラ喋ってしまって! えっと、何が言いたいかと言いますと──」

 

「…………す……」

 

「──え? 『す』?」

 

 

 固まっていた乙名史さんから急にぽそっと一言聞こえたけど……『す』? 『す』ってなんだ? す、す……酢? まさか“お酢”? え、これは『テメーの話つまんねぇから詫びに“ちらし寿司”でも作りな』とか、そういう感じかな? いや、もしそうなら作らせて頂くけども……

 

 

「す……す、す……!!」

 

 

 え、う、嘘、マジで? マジでこの流れは“お酢”なのでは!? 乙名史さん、マジで“お酢”をご所望なのか!? やっべ、急いで冷蔵庫から──

 

 

「──素晴らしいですっっっ!!!」

 

 

 待ってて下さい! 今すぐ“お酢”を──へ? すばらしい?

 

 

「ご担当のウマ娘に夢を掴ませる! その手伝いをするために幼き頃から叡智を絞り、そして幼き頃から共に歩むご覚悟! つまりそれは、夢を掴ませるためならば自らの人生全てをウマ娘に捧げ尽力するということっ!!」

 

「お、乙名史……さん?」

 

「スペシャルウィークさん以外にご担当するウマ娘とも、幼き頃から共にトレーニングを積み重ねる恩恵が必要とあらば、たとえ自らがタイムスリップしなければならない事となろうとも、必ず過去に辿り着き共にトレーニングをなさるとっ!!」

 

「え、いや、あの……」

 

 

 いくらチート持ちでも流石にそれは無茶だぜ……仮に過去へ行けたとしても何て言うの? 『ヘイ⭐︎そこのお嬢さん? 水着に着替えて俺と一緒に潜水トレーニングしないかい⭐︎』とでも言うのだろうか?

 あっはっはっは、即刻お縄⭐︎

 

 

「トレーナーさんのお覚悟に私は心を打たれましたっっ!! 私と同じこの感動を、是非ファンの皆さんにお伝えしなくてはっ!」

 

「──え!? いや、乙名史さん!? まさか今の事柄を掲載するおつもりで!? そ、それはちょっと! ──」

 

 

 そんなこんなで……興奮で身体を震わせながら物凄い勢いで筆を走らせる乙名史さんを懸命に宥めつつ、今回の『月刊トゥインクル』特別号・第一弾の密着取材は何とか終了したのだった。

 

 

 後日……乙名史さんから直接受け取った確認の原本には、先の様なぶっ飛んだ事柄は書かれておらず、ファンの方々からも評判が高い、乙名史さんにしか書けないであろう“熱意や感動がよく伝わる文才”と“鋭い観察眼”が合わさった内容で書かれており、改めて取材時とのギャップに驚くこととなった。

 そして、それほどの内容で書かれているから当然なのか、ファンの方々からも大好評で売上も記録的なものとなったらしい今回の密着取材は要望も相次いだということで、当初の予定通り“第二弾”・“第三弾”とシリーズ化することが推し進められる事となったのは余談である……

 

 

 

 

 




 ここまで読んで下さって本当にありがとうございます!


 潜水時間に関しては完全にネタ枠みたいな時間になってしまいました(苦笑)
 まあ、本家のライクアサブマリンでも25分ぐらい潜って、割と余裕そうに笑顔で水面に上がってますから……これぐらい誤差でしょう⭐︎
(52分間潜れるってワニぐらいの長さらしいです笑)


 最後に物語とあまり関係ありませんが、今回の宝塚記念・人気投票ランキング上位20名を下記に記させて頂いております。
(読まなくても特に問題ありませんので、興味のない方はスルーしてくださると幸いです)



 ⚫︎宝塚記念・ファン投票

 1位・スペシャルウィーク 出走

 2位・グラスワンダー 出走

 3位・セイウンスカイ 出走

 4位・キングヘイロー 出走

 5位・サイレンススズカ 回避(海外遠征中のため)

 6位・エルコンドルパサー 回避(海外遠征中のため)

 7位・アドマイヤベガ 回避(ローテーションの問題)

 8位・メジロブライト 出走

 9位・メジロドーベル 出走

 10位・ツルマルツヨシ 出走

 11位・サニーブレイヴサン 出走
   (サニーブライアン)

 12位・マチカネフクキタル 出走

 13位・ステイゴールド 出走

 14位・ナリタトップロード 回避(ローテーションの問題)

 15位・テイエムオペラオー 回避(ローテーションの問題)

 16位・ムーンオーキッド 出走
    (ファレノプシス)

 17位・シーキングザパール 回避

 18位・ミッドナイトレイズ 出走
    (ミッドナイトベット)

 19位・リプモオーディン 回避
    (プリモディーネ)

 20位・ユリノファイバー 回避
    (ウメノファイバー)


 本家さまのお陰で、キンイロリョテイ→ステイゴールドとなっております。
 これまでのお話で出てきたリョテイさんのお名前も、後ほど全て“ステイゴールド”のお名前に変更させて頂く予定でございます。


 改めまして、この後書きまで読んで下さった方は本当にありがとうございます!

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