スペちゃんとチート持ち転生者の幼馴染   作:成田 きよつぐ

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 誤字脱字のご報告・お気に入り・ご評価・ご感想・読んで下さっている方々、いつも本当にありがとうございます!


 今回③のお話は、宝塚記念のレースシーンとなっております。

 ラップなどのレースに関する事柄には、筆者の妄想が入っておりますのでご了承下さい。

 ※史実の出走メンバーとはかなり異なっております。史実で出走していた競走馬のファンの方には申し訳ございません。





あなたの夢をのせて──/GⅠ・宝塚記念③

 

 

 

 

 

『史上初、18のゲート全てが埋まりました今年の宝塚記念。うちGⅠウマ娘12名。GⅠ勝利総数は何と27つ。空前の超豪華メンバーが、ここ仁川の11ハロンで激突します! さあ、手拍子に歓声、湧き立つスタンド。軽やかなマーチも添えて──上半期の総決算、GⅠ・宝塚記念の本バ場入場です!』

 

『──なお、⑨スペシャルウィークは蹄鉄の打ち直しを行うため、少し遅れての入場となります』

 

 

 レース場には200万人を優に超えるファンが詰め掛け、このネット時代にも関わらずテレビ視聴率は脅威の85%超え。更に今年は海外でも生中継が行われるという……

 国内のみならず世界中から熱い視線を注がれる今年の宝塚記念。そんなレースの本バ場入場が盛り上がらない訳もなく、地下バ道から先ず始めに①ステイゴールドが姿を表すと、現地のファンたちは大歓声と拍手で入場に華を添える。

 

 

「おお〜ッ!! 来た来た来た〜ッ!!」

「頑張れ〜ッ!! ステイゴールド〜ッ!!」

「うお!? スペちゃん遅れるのか……」

「蹄鉄の打ち直しか……まあ、発走前で良かったよ」

 

「レース直前のこのタイミングでトラブル……スペシャルウィークさん、大丈夫なのでしょうか?」

「……私たちが不安になっても仕方ないわ。それに、トレーナーさんがついているでしょ? なら信じましょう」

 

 スペシャルウィークに関するアナウンスで、ファンやチームメンバーに微かな動揺が生じる中、他のウマ娘たちは続々とターフに姿を現す。

 

 

『──さあ、一際大きな声援が注がれています! ストップ・ザ・総大将。その最右翼を担うは不死鳥の翼! スペシャルウィークを最も追い詰めるも届かなかった昨年の有記念。怪我に泣いたクラシック級。前走よもやの完敗……しかし不死鳥は──蘇るたびに強くなる! 3枠5番、グラスワンダー! 2番人気です!』

 

 ファンからの声援を浴びながら、ゆったりとした速度でターフの感触を確かめる様に走り出すグラスワンダー。

 

 

「凄ぇな……パドックでも感じたけど、なんつー気合いしてやがんだ……」

「今日のグラス先輩の雰囲気、なんだかゾクゾクするわね……」

「あんなプレッシャーでマークなんかされたら走りにくいぞー……」

「カイチョーも『今日のグラスワンダーは十全十美な仕上がりだ』って言ってたけど……」

「ぜえっ……ぜえっ……はあっ……ふへへ。並び立つ強敵を迎え撃つべく、覚悟を決めたあの凛々しくも眩いご尊顔……ッ。現地でしか感じられないこの熱ッ! 嗚呼、もう来てよかった……」

「おーい、デジタル? レース前に気絶だけはするなよ〜? ……にしても、軽く走ってるだけなのに感じるあの力強さ……スズカとのトレーニング効果は上々だったみたいだな」

 

 そんな彼女の姿を、場所取りに成功した“直線半ば付近のスタンド最前列”で見つめる〈チーム・スピカ〉御一行。

 

 

「──くしゅんっ! ……夜中は少し冷えるわね。毛布はあったかしら? 途中で眠ってしまうのは怖いけど、身体は冷やさない様にしないと」

 

 そして此度のグラスワンダーの仕上がりに一役買ったサイレンススズカも、遠いアメリカの地から中継でレースを観戦していた。

 

 

(心の猛りとは裏腹に、思考は自分でも驚くほど落ち着いていますね……準備は万全。後は──本番で全てを解き放つのみ……ッ!)

 

 一歩、また一歩と踏み出すごとに研ぎ澄まされる集中力……殻を破った未知なる栗毛は、得体の知れない怖さと凄みを纏っていた。

 

 

 

『──同期に敗れ続けたクラシック級。しかし彼女は、敗れても、敗れても、決して下を向きませんでした。そして今年、遂に証明した己の強さ。才能が劣る? 能力が劣る? 実力が劣る? それがどうした! 彼女の強さは、“センパーファイ”たる──その不屈の信念にあり! 5枠10番、キングヘイロー! 4番人気です!』

 

 キングヘイローは優雅に一礼を行ってから悠々とスタート地点へと向かって行く。

 

 

「「彼女の名前は〜〜〜ッ!?」」

「「「「キング!!!」」」」

「「誰よりも強い〜〜〜ッ!?」」

「「「「勝者!!!」」」」

「「その未来は〜〜〜ッ!?」」

「「「「輝かしく、誰もが憧れるウマ娘〜!!!」」」」

「「一流のウマ娘といえば〜〜〜ッ!?」」

「「「「キングヘイローッ!!!」」」」

 

「うおおぉ〜ッ!! キング〜ッ!!」

「キング〜ッ!! 今日もセンターで歌う君を信じてるぞ〜ッ!!」

「キ・ン・グ!! キ・ン・グ!!」

 

 スタンドから送られる取り巻きの娘たちやファンからの“キングコール”と声援。

 

 

(全くあの娘たちったら……見逃したりしたら許さないんだからっ! このキングが──先頭でゴールを駆け抜けるところをねッ!)

 

 熱い応援を力に変えて、溢れそうな笑みを必死に抑えながら、キングヘイローはレース本番に備えていた。

 

 

 

『──“遅れて来た秘密兵器”。その真価はこの大舞台で示してみせる! 今年の上半期だけで既にGⅡを3勝、勢いそのまま目指すは頂点。さあ、ライバルたちを討ち取る準備ヨシ、その気迫やヨシ、勝つのはワタシ、ツルマルツヨシ! 7枠13番、7番人気。その走りに刮目必至!』

 

 芝コースに入る手前で、“ペチンッ”と自らの両頬を叩いて気合いを入れたツルマルツヨシは、スタンドに手を振りながらターフを駆けていく。

 

 

「ツルちゃん頑張って〜ッ!!」

「ツヨシ〜ッ!! いけるぞぉぉ〜ッ!!」

「信じられない……あれがずっと虚弱体質だったウマ娘の身体付きなのか……?」

「服越しでも分かる筋肉のハリ……こりゃあ、体質は完全に克服したって感じだな……」

 

 かつての虚弱体質を感じさせない走りと仕上がりをみせるツルマルツヨシの姿に、見ている者からは声援の他に驚きの声も上がっていた。

 

 

(脚が凄く軽い……こんな感覚、今までで初めて……ッ! よーしッ──絶ッッ対に一着獲るぞ〜ッ!!)

 

 時折、嬉しさを抑えきれず飛び跳ねる様なステップも交えつつ、軽やかな動きで身体を温めるツルマルツヨシ。そんな彼女の状態が最高である事は、誰の目からみても明らかだった。

 

 

 

『──血筋もスピードもポテンシャルも、かつては目立たぬ評価を下されていた彼女。生い立ちは決してエリート街道ではなかった。しかし、ターフで示してきた彼女の戦績は紛れもなく超一流。才能だけが全てでない事をいざ、このドリームレースで魅せる時! 7枠14番、仁川の天覆うはセイウンスカイ! 3番人気です!』

 

 スタンドに向かって『どもども〜』と、彼女らしい飄々とした雰囲気で手を振りながらターフに足を踏み入れたセイウンスカイ。

 そして今、彼女は最後の直線コースの半ばからゴール版にかけての区間を、平均台でバランスを取る様に両手を広げ、一見すると楽しげに最内・真ん中・大外と各ルートを歩いている。

 

 

「……何やってるんだ? セイウンスカイ」

「さあ? ……ターフの感触でも確かめてるんじゃないか?」

「今日のバ場って良バ場発表だろ? 見たところそんな荒れてる感じもないのに」

「まあ、スカイの事だから何かあるんだろう。取り敢えず可愛いから良いじゃん」

 

 スタート地点に向かう事なく目の前で歩き回るセイウンスカイの様子に、ファンたちからも不思議に思う声が上がる。

 

 

(──ふむふむ、なるほど……最内の芝は少し剥げちゃってるけどデコボコ具合は酷くない。真ん中と大外は見た目も綺麗に保たれてる。でも、どのルートも路盤の感触が柔らかい……脚の負担が少なくなるのは助かるけど、硬くて軽いバ場と違って“惰性”を活かして押し切る事は出来ないバ場だね、こりゃ……)

 

 トレーナーと練り上げた作戦を完璧に遂行するべく、セイウンスカイはスタンドや周りの一部ライバルから向けられている注意を気にする素ぶりもなく、念入りに、何度も何度もターフの感触を確かめていた。

 

 

 

『──続きましてメジロ2騎、隣り合わせの枠順です。先ずは彼女のご紹介。本当にメジロのウマ娘なのか? 今や彼女にその様な疑いの声を掛ける者はいません。前走、連覇に挑んだ天皇賞(春)は負けて強しの3着。現役屈指のスタミナと末脚の持続力でリベンジを違う、名門メジロのシンデレラ! 7枠15番、メジロブライト! 6番人気です!』

 

『──そしてこちらもメジロのご令嬢。憧れ続け、追い続け、挑み続け……昨年、ついに4回目の挑戦で破ってみせた“女帝”の壁。憧れの先輩から受け継いだ誇りと、宝塚主演の座に届かなかった悔しさを胸に、今年は“新女王”が──女帝の忘れ物を獲りに来た! 8枠16番、メジロドーベル! 5番人気です!』

 

 同じ家柄とチームであり、枠番も隣り合わせという事もあってか、二人一緒にターフへと入って来るメジロブライトとメジロドーベル。

 

 

「──あっ、ドーベルぅ〜〜!! レッツエンジョ〜〜イ!!」

「……気負いすぎるなよ、ドーベル」

 

 一般の人どころか関係者でも一部の者しか入る事が許されない、応援スタンド・特別エリアにてレースを観戦する〈チーム・リギル〉の面々。

 その中でも、学園の寮でメジロドーベルと同室である“タイキシャトル”は元気溢れる声で彼女に声援を送り、師弟の様な絆で結ばれている“エアグルーヴ”は、微笑みを浮かべてぽそっと呟く様に彼女を気遣った。

 

 

「ブライト、いい表情……! ドーベルも頑張って!」

 

 そして一階のスタンドでは“メジロライアン”も、幼い頃から姉妹の様に育ってきた二人を見守っていた。

 

 

「メジロのウマ娘として……わたくしたちの覚悟を──」

「うん、ここで──見せつけてみせる……!」

 

 お互いに前だけを向いて、二人並んだままスタート地点へと向かって行くメジロブライトとメジロドーベル。

 短く交わされた言葉には、彼女たちの強い覚悟が籠もっていた。

 

 

 

『──さあそして、お聞き下さいこの大歓声! 史上初の《春シニア三冠》・《GⅠ・8勝》の大記録……誰も成し得た事ない金字塔への挑戦は、同時に誰にも分かってもらえないプレッシャーと戦わなくてはならない事を意味します。このドリームレースで最も多くの“夢”を背負いし“日本総大将”よ──君は超えられるか? “皇帝”ルドルフの壁! 5枠9番、スペシャルウィーク! 堂々の1番人気です!』

 

 他の17名の紹介が終わって暫く……遂に地下バ道から姿を現したスペシャルウィーク。

 彼女の登場に現地は今日一番の盛り上がりをみせ、スタンドからの大歓声と拍手で、レース場は実際に揺れていると言っても過言でない興奮と熱気に包まれていた。

 

 

「〈……彼女の走りをしっかりと見ておくんだ。君が頂を目指す上で──最も厳しい試練として立ちはだかるかもしれないからね〉」

「〈……フッ。ええ、我が国にも知れ渡っている“日出る国のチャンピオン”……貴女の走り──しかとこの目に焼き付けさせて頂こう〉」

 

 ターフに現れたスペシャルウィークを、スタンド最上段の特別ルームから眺める二人の存在……

 

 一人はアップバンクした金髪に碧眼。鮮やかな明るいブルーのスーツに、白のドレスシャツと赤いネクタイ、ダークブラウンの革靴に、左襟には蹄鉄が描かれたトリコロールのバッジ。という装いをした、髭は生えていないが壮年であろう男性。

 

 そしてもう一人は毛先がカールしたボリュームのある鹿毛に、額には一点の白い星。トリコロールのリボンをカチューシャの様に結び、紺色で首元広めの長袖クルーネックシャツ、その首元には柄の入った赤いスカーフを巻き、下はホワイトデニムに黒のチャンキーヒール。筋肉質な上半身にモデルの様なスラっと長い脚で、オーラを放ち微笑む異国のウマ娘。

 

 そんな二人は“フランス語”で言葉を交わしながら、スペシャルウィークの一挙手一投足を見逃さないように、ジッと彼女から目を離さず観察していた。

 

 

(……ふぅ────よし……ッ!!)

 

 ターフに足を踏み入れる手前で一度足を揃えて立ち止まり、左襟に着けられたブローチを一旦外し、自身の胸に両手を当てて、しばらくの間静かに目を瞑るスペシャルウィーク。

 そして、彼女の目が開けられた時には──凛々しい表情で思わず息を呑んでしまう様な威圧感を放つ、優駿の姿があった。

 

 

 

『──以上、18名の本バ場入場でした。各ウマ娘が思い思いに身体をほぐしながらスタート地点へと集まって来ております。阪神・第11レース・GⅠ 宝塚記念。発走まで、もうしばらくお待ち下さい』

 

 

 一番最後にスタート地点へとやって来たスペシャルウィーク。そんな彼女を鋭い視線で射抜く者、好戦的な笑みで迎える者、微笑みながら一瞥するだけの者……

 

 勝ち続ければ全てが敵になる……

 この宝塚記念においてスペシャルウィークの置かれている環境は、既に《1vs17》……そんな図式が展開されている様な空気に包まれていた。

 

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

 

『最高動員数を記録したファンによる熱気が、ここ仁川の地を最も熱くしてくれています。阪神メイン競走・GⅠ 宝塚記念。テレビの向こうの皆さんもどうでしょうか? いつまでも──そして、どこまでも先頭で駆け抜けた、一年前の“サイレンススズカ”のゴールを思い出される方も多いのではないでしょうか?』

 

『──そして今年もまた……貴方の、私の“夢”が走ります。貴方の夢は、黄金世代か? ベテラン勢か? 若葉の可能性か? 私の夢は──サイレンススズカです』

 

『──自らの夢のため、海を渡った彼女の挑戦を心から応援する気持ちはあれど、我儘を許してもらえるならば、初めてGⅠのタイトルを獲得したこの舞台で、もう一度──黄金世代や同期のライバル達と、連覇をかけ走って欲しかった!』

 

 

『……と、私の夢はともかくとしまして、解説の的田さん? 今年の宝塚記念、的田さんの夢はどのウマ娘に託されますか?』

 

『はい、まあ1番人気のスペシャルウィークが絶対的な存在である事は疑いようがないんですけれど、私は──⑤グラスワンダーの底力を信じたいと思います。仕上がりは過去最高だと思いますし、今日の彼女ならばスペシャルウィークに勝っても不思議じゃないと思いますね』

 

 

 実況アナと解説者の男性が話しを進める中、ファンファーレまで5分を切っている事もあり、レース場のボルテージは一層と高まっていく。

 

 宝塚記念が行われるコースは阪神内回り2200m。スタート地点が正面スタンド前の直線右端、外回りの4コーナー出口付近からになるため、スタートの時を待つ出走ウマ娘たちにもその熱気は伝わる。

 

 そしてそれは、彼女らを見守っているトレーナー陣にもいえる事であった。

 

 

(もう、外から眺めるだけしか出来なかった私じゃない……いま私は、スペちゃんたちと──この舞台で走れるんだッ!!)

 

 右手を自身の胸に当てて集中力を高めるツルマルツヨシ。

 

「……スゥ──ツルマルツヨシ〜〜ッ!!!」

 

(GⅠレースの出走経験は今日で未だ2戦目……この雰囲気に呑まれすぎないよう注意ですよ? ツヨシさん)

 

 そんな彼女に向かって、手をラッパの様にして声援を送るナイスネイチャと、朗らかな笑みを浮かべながら彼女を見つめる南坂トレーナー。

 

 

(のんびり屋さんな、わたくしでも──この高揚には抗えませんわね〜)

 

(しっかり調整はやってきた。大勢の視線も怖くない……これなら──きっと大丈夫!)

 

 目を瞑って少し上を向き、この場の空気を全身で感じ取る様に佇むメジロブライトと、大きく深呼吸を行ってスタートの時を待つメジロドーベル。

 

「うぅ〜っ、実際にレースを走るのは二人なのに……あ、あたしの方が緊張してきた〜……」

 

「わ、私もです……これほどの舞台となると、こんなにも緊張感が……」

 

「二人の気持ちもよく分かるけど、今はとにかく自分たちに出来ることを──ドーベルとブライトを精いっぱい応援しよう」

 

 そんな二人の様子を、スタンドの柵をギュッと握って少し屈み気味に見守るメジロライアンと、メイド服に身を包んだ〈チーム・プロキオン〉のサブトレーナーである長谷川トレーナー。

 そして隣にいる二人とは違い、計測用のストップウォッチを片手にターフの愛バたちを見守るチーフトレーナーの姿。

 

 

(コンディションはパーフェクト。後は見せつけるだけよ! 私の──『一流たる走り』をねッ!)

 

 背筋をピンッと伸ばし、右手を腰に当て、闘志みなぎる笑みで前だけを見ているキングヘイロー。

 

(いい雰囲気だ。スタート間近の、これほどの緊張感の中でも堂々としてる。……信じてるよキング、今日も君が──『一流のウマ娘』として誇り高く笑うことを!)

 

 そしてそのキングヘイローを導く福坂トレーナーは、関係者しか立ち入れない地下バ道の出口からウィナーズ・サークルへと続くエリアで、愛バの様子をターフビジョンで確認していた。

 

 

(仕掛けの準備は問題なし。後は──大物をさっくり釣り上げてみせるだけかな……ッ!)

 

 頭の後ろで手を組んでいたのを解き、同時に顔から笑みも消して強者の雰囲気に切り替わったセイウンスカイ。

 

(他の娘たちも明らかにスペシャルウィークを強く意識してる……ま、それが王者の辛いところよね。……状況は完璧。枠の並びもまずまず希望通り。セイちゃん──しっかりね)

 

 そして先程から他のライバルたちを観察したり、その観察内容をタブレットに記録したりしていた横田トレーナーも、自身の愛バだけに意識を集中し始めた。

 

 

(時差は8時間……エルは今頃、向こうでこのレースを観ているんでしょうか。……貴女が“世界最強”の道を往くのであれば、私も立ち止まる事など許されません。己が夢のため貴女も、そしてスペちゃんも──追い抜くのみです……ッ!)

 

 ここにきて、周りにいる何人かのウマ娘が思わず目を向けてしまうほどの、鋭さを増した雰囲気を纏うグラスワンダー。

 

「……画面越しでもビシビシ伝わってきますよ、グラス! ドッシリと冷静で、静かにメラメラ燃える──そのおっかない闘志がッ!!」

 

 その彼女の気迫を遠征中であるフランスの地から、留学先のトレセン学園に設置された大型モニター越しに見つめる、現地のGⅠを二連勝中である“エルコンドルパサー”。

 

(グラス……貴女は今日まで、間違いなく報われるべき努力を重ねて来たわ。だから今日ここで──必ず超えてみせなさいッ! スペシャルウィークの背中を!)

 

 そして彼女らを導く東条トレーナーは、グッと二の腕に指が食い込むほど強く腕組みをしながら、真剣に何かを願う様な強張った表情で、ターフの愛バに目を向け続けていた。

 

 

(まだ少し怖くて緊張もしてる……でも、気は抜けてない。……お母ちゃん、皆さん、そして──お兄さん……行ってきますッ! 信じてくれた“私の走り”を精一杯やってきますッ!)

 

 周りの雰囲気に呑まれる事なく、重ね合わせた手を自身の胸に当て、集中力の深みが一段と増したスペシャルウィーク。

 

「何という集中力……この雰囲気でしたら心配はいりませんわね」

 

「ええ。ただ他も──特にスペシャルウィークさんと同期の人たちの雰囲気も良いから……一筋縄ではいかないでしょうね」

 

 その様子を、同じ〈チーム・ノヴァ〉所属である“メジロマックイーン”と“アドマイヤベガ”は、無事に確保したゴール付近のスタンド最前列から確認する。

 

(そう、仕上がりに問題はない。でもそれは相手も同じ条件……ほんの些細な事でレースの勝敗は簡単にひっくり返ってしまう。今日の宝塚記念、間違いなく苦しいレースになる……けど俺はどんな時でも──スペちゃん、君が笑顔で帰って来てくれる事を信じてるよ……!)

 

 そんな二人の隣で、そのチームノヴァを導くトレーナーは、愛バでもあり幼馴染でもある──スペシャルウィークという大切な存在を、ただ静かに見守っていた。

 

 

 

『──おっと、そして今……スターターがスタンドカーに向かっている様子が目に入りました。場内からも再び拍手が巻き起こっております。さあ、間も無くトゥインクル・シリーズで年に一度だけ流れる特別な号砲──GⅠ・宝塚記念のファンファーレが鳴り響きます!』

 

 ターフビジョンにはPVが流れ、スターターも準備を始めており、場内のボルテージは最高潮に達しようとしていた──

 

 

──────────────────────

 

 

 

 “将来は歌手になりたい”

 

 そんな夢を叶えたくて、両親の反対を押し切り田舎から上京した18歳の春。

 

 アルバイトをいくつも掛け持ちして、週末は誰ひとり立ち止まってくれなくても路上ライブを行って、何度もオーディションに落ちながら……上京して3年目、遂に最終選考まで辿り着いた当日──

 

 “君みたいな田舎者はプロにはなれない”

 

 歌すら聴いてもらえず、審査員から一言そう言われて落とされたあの日……

 

 “もう諦めよう”と、涙を堪えながら帰路に着いていたあの日──

 

 

『北の宇宙から彗星来降〜〜!! スペシャルウィークやりました! 新たなる伝説──その扉を開いたのはスペシャルウィーク!!』

 

 

 私は、“彼女”に出会った──

 

 

 

 “将来はプロ野球選手になる”

 

 小さい頃から野球が大好きで、いつか必ずプロのピッチャーになれると信じていた。

 

 生まれつき身体が小さくて大変だったけど、勉強も頑張って高校は甲子園常連校に推薦で入学する事が出来た。

 

 最初は身体が小さかったからバカにされた。でもその代わり誰よりも朝早くから練習して、誰よりも遅くまで練習して……遂にエースナンバーを勝ち取り迎えた高校3年生の夏──

 

 “もうピッチャーとしてボールを投げる事は出来ないかもしれません”

 

 甲子園間近に肩を壊し、医者からそう告げられた……

 

 全てを失った気がして、生きる気力さえ無くしていたある日──

 

 

『凡そ一年三ヶ月もの長いトンネル今抜けてッ! 栗毛の不死鳥が遂に蘇るッ! グラスワンダー、異国の地ドバイにて! 今ここに、完全復活だぁぁぁ〜ッ!』

 

 

 僕は、“彼女”に出会った──

 

 

 あの日、走る彼女の姿に──“夢”をもらった。

 

 

 

 “今度こそ君がGⅠ制覇するところを見たい!”

    ①ステイゴールド

 

 “下剋上を見せてくれ!”

    ②ロケットグモ

 

 “上の世代には負けないってところを見せてやれ!”

    ③オーバードレイン

 

 “君だって黄金世代だ! 同期に負けるな!”

    ④ハンエイコマンダー

 

 “来年プロのトライアルを受けます! 貴女から教わった不撓不屈の精神を持って”

    ⑤グラスワンダー

 

 “12番人気を覆しての香港カップ勝利は感動しました!”

    ⑥ミッドナイトレイズ

 

 “今でも君が一番強いウマ娘だって信じてる”

    ⑦マチカネフクキタル

 

 “人気よりも勝利。勝負に徹するカッコ良さを君は教えてくれました”

    ⑧サニーブレイヴサン

 

 “今度レコーディングが決まりました! 諦めずにいられたのは貴女のお陰です!”

    ⑨スペシャルウィーク

 

 “日々君から教わっています。自分を貫く大切さを”

    ⑩キングヘイロー

 

 “10度のGⅠ挑戦。挑み続ける君はカッコ良い!”

    ⑪ロジーナリカバリー

 

 “君の豪脚はいつも本当にワクワクします!”

    ⑫リエモワード

 

 “病弱だったウチの子が、貴女の走りを見てから少しずつ外で遊んでくれる様になりました!”

    ⑬ツルマルツヨシ

 

 “能力の天才にも、努力の天才にもなれないのなら、準備の天才になればいい。君の走りを見てそう思えました”

    ⑭セイウンスカイ

 

 “のろまな自分が嫌いだった。貴女に出会えて自分は忍耐強いのだと思えるようになった”

    ⑮メジロブライト

 

 “憧れ続けるだけじゃダメ。憧れの人を超えてこそ、本当の恩返しになるのだと貴女は教えてくれました”

    ⑯メジロドーベル

 

 “ティアラ路線出身のウマ娘は勝てない。そんな世間の声を覆して欲しい!”

    ⑰ムーンオーキッド

 

 “堪らなく好きなんです。他の誰でもない君の逃げ切りが”

    ⑱ハンエイパレード

 

 

 

 それぞれの想いを背負って

 

 今年もまた

 

 “貴方の夢”が駆け抜けます──

 

 

 

 【GⅠ・宝塚記念】

 

 

 

──────────────────────

 

 

 

『……夢舞台の始まりを告げる号砲が、こだまするこの大歓声と共に栄光の空へと溶け込んでいきました。人気に関わらず、18名それぞれに想いを、そして夢を託すファンがいる大切な一人のウマ娘です。全員の無事と健闘を心から願います』

 

『──さあそして枠入りも始まっています。各ウマ娘、非常にスムーズな流れでゲートに収まっていきます。今⑨スペシャルウィーク、そして⑤グラスワンダーも非常に落ち着いた様子でゲートに入りました。……少し嫌がる素振りを見せましたが⑭セイウンスカイも無事に収まり、残すところ大外⑱ハンエイパレードのみとなりました』

 

 枠入りでは、一瞬セイウンスカイがゲート直前で立ち止まって屈伸を行ったもののすぐに収まり、各ウマ娘がゲート内で集中力を極限まで高めスタートを待つ中、最後の一人となった桜花賞ウマ娘⑱ハンエイパレードがゆっくりとゲートに向かう。

 

 

『ハンエイパレードも収まって、いよいよスタートの時を迎えます。現トゥインクル・シリーズの頂きに君臨する、絶対王者スペシャルウィーク。しかし彼女の後ろには、いずれ劣らぬライバルたちが虎視眈々と王座を狙っています。彼女たちが己に誓う合言葉は皆ただ一つ! あの前を往く背中を──“スペシャルウィークを超えろッ!”』

 

『──さあ、絶対王者の勝利と綴るのか? 逆転の狼煙と綴るのか? 最強の座をかけた決戦の舞台。18名に“貴方の夢”をのせて! GⅠ・宝塚記念────今スタートが切られましたッ!』

 

 

 正面スタンドから大歓声が起こる中、遂に戦いの幕が切って落とされた。

 

 

『大歓声に送られて飛び出した18名。おっと、いきなり──真ん中スペシャルウィーク、抜群のコンセントレーション! 絶好のスタートでポンッと一人、前に出た! そのまま内を見ながら少しずつ切れ込んでいく。静まりかけた歓声が再び大きくなる。さあ、このままスペシャルウィークがすんなりとレースを支配するのか?』

 

 抜群のロケットスタートから、内を少し空けて前目の好位かつバ場の綺麗な部分を通れるポジションを、開始早々から確保しに行ったスペシャルウィーク。

 

(よしッ、このまま──ッ!?)

 

『──しかし、外からセイウンスカイの反応が良いぞ!? セイウンスカイも内に入って行く。スタートを読んでいたのか? スーッと絡むように外から並びかけに行った! 更には逃げ宣言⑱ハンエイパレードも大外から果敢にハナを取りに行く。他にも⑧サニーブレイヴサン、内から②ロケットグモも上がって来ている』

 

(──セイちゃんッ!?)

 

(やっぱりそうくるよね、スペちゃんッ。確かにとんでもないスタートだけど──)

 

 だが、その思惑を読んでいたセイウンスカイは迷いなくスタートから、いつもより脚を使ってスペシャルウィークに身体を寄せに行った。

 そんなセイウンスカイに釣られる様に、他のウマ娘たちもスペシャルウィークのロケットスタートに怯むことなくポジションを取りに来る。

 

『これは先陣争いが熾烈になりそうか? さあ、各ウマ娘どうする、どうする? 間も無く最初のゴール版を通過するが、ここでハンエイパレードがハナを取り切った。これに続くのがセイウンスカイか? その直後には⑧のサニーブレイヴサンと、いつの間にやら⑬ツルマルツヨシもこの集団に加わっている』

 

 

 先行争いが激しくなる中、ロケットスタートを決めたスペシャルウィークに、セイウンスカイは肩が軽く接触するほど更に身体を寄せ──

 

 

(──このレースで逃げる気なんて最初から無いんでしょ? 悪いけどさ、スペちゃん……その気が無いんだったら──そこ退いてよ)

 

(──っ……!?)

 

『そして絶好のスタートを切ったスペシャルウィークは──位置を下げた? ああっと、第1コーナー手前でスペシャルウィークは少し下がってしまっている! ポジションを譲ってしまったぞ? これはどうなんだ? 前の流れに乗ることを嫌ったのか、スペシャルウィーク』

 

 普段の飄々とした雰囲気からは想像出来ない……背筋の凍るような威圧感をセイウンスカイから向けられ、スペシャルウィークは思わず下がってしまった。

 

(──ッ! スペちゃんが下がった? それなら遠慮なく前にッ!)

 

 そんな隙を見逃すほど今日のライバルたちは甘いはずもなく、ツルマルツヨシを筆頭に続々とペースやポジションを奪いに来る。

 

 

────

 

「ツヨシーッ! 頑張んなよ〜ッ!」

 

(良いですよ、ツヨシさん。ここのポジション争いで引いてはいけません)

 

 激しい先行争いを繰り広げるツルマルツヨシの様子に、ナイスネイチャは声援で後押しし、南坂トレーナーは笑顔のまま一度頷く。

 

────

 

 

『各ウマ娘が1コーナーを回っていきます。隊列を引っ張るのは⑱ハンエイパレード。一昨年、見事に逃げ切った桜街道。思い出の仁川で再び18番枠ものかはハンエイパレードが先陣を切ります。この1バ身半ほど後ろ⑭セイウンスカイが2番手。その直後、内に⑧サニーブレイヴサン。外から並んで⑬ツルマルツヨシ。この二人が3番手追走』

 

(よしッ、狙い通りスペちゃんを下がらせる事が出来た。後は皆さん? せっかく目の前に垂らしてあげたその餌に──ちゃんと喰らい付いて下さいよ〜?)

 

 過度にペースを緩める事なく2番手を追走しながら、一瞬ほくそ笑むセイウンスカイ。

 

(このまま行くとペースは速くなりそう……でも、この位置なら前と後ろ両方の動きを察知できる。大丈夫、厳しいペースの追走は沢山トレーニングしてきたんだからッ!)

 

 その流れにツルマルツヨシらも臨むところだ! と続く構えを取り……早くも厳しいペースに拍車がかかっていた。

 

『2コーナーを回って間も無く向こう正面です。2バ身ほど後ろに②ロケットグモが真ん中通って4番手。そして最内から並ぶのは①ステイゴールド。不気味に最内で構えている』

 

 向こう正面に入ってすぐ、最内を進むステイゴールドはチラッと“後ろの集団”を確認する。

 その彼女の後ろでは団子状態のバ群が、厳しいペースにも関わらずバラける事なく進んでいた。

 

 

────

 

「ちょ、ちょっとコレって──ッ!」

 

「あの時の……ッ!」

 

 固まったバ群を見て思わず声をあげたダイワスカーレット、ウオッカと同じく狼狽えた表情を浮かべるスピカのウマ娘たち。

 

「まあ、そうなるわな……」

 

 その彼女たちとは対照的に、沖野トレーナーは口に咥えた棒付きキャンディを転がしながら冷静に呟いた。

 

────

 

 

『二人の1バ身半後ろに香港カップを制した⑥ミッドナイトレイズ。その少し後ろで外から追走するのは⑯メジロドーベル。内からは④ハンエイコマンダー。そして、この三人に閉じ込められる様に包囲されているのが──⑨スペシャルウィーク! スペシャルウィーク、これは苦しいマークを受けている!』

 

(──っ、前が塞がれるッ……もう少し下がって立て直し──ッ!? 後ろもッ!?)

 

 スペシャルウィークは背後に迫って来た足音を聞き取り、位置を下げることを中断する。

 

『──この三人以外にも内斜め後ろからは③オーバードレイン。外斜め後ろからは昨年の桜花賞・秋華賞を制した⑰ムーンオーキッド。そして真後ろからは──⑤グラスワンダーも、前のスペシャルウィークを徹底マーク!』

 

(まんまとセイウンスカイに乗せられてる気はするけど……絶対に外は開けないよッ!)

 

(……さあ、スペちゃん? この状況を──貴女はどう切り抜けますか?)

 

 メジロドーベルはスペシャルウィークの外隣に、グラスワンダーは背後に陣取った。

 

『──スペシャルウィーク、これは日本ダービー以来に味わうスペシャル包囲網! いや、あの時よりも更に厳しい包囲網が敷かれている! 彼女が道中さんざん苦しめられた、数少ない“綻び”を見せたあのレース……各陣営、スペシャルウィークが唯一見せていた“弱点”を────この大舞台で突きにきたッ!!』

 

 スペシャルウィークの進路が、ほぼ360°全方位を完全に塞がれたままレースは進む。

 

 

────

 

「マズイですわッ、息を入れるためには一度下がるかしませんと……!」

 

「駄目、後ろまで塞がれてるッ……!」

 

 チームメイトであるスペシャルウィークが厳しい状況に置かれた事を、苦い表情を浮かべ見つめるメジロマックイーンとアドマイヤベガ。

 

(おまけにスカイさんが、2番手でペースが緩まない様に調整してる。これじゃ仮に下がれたとしても、またすぐ上がらないといけない。苦しいだろうけど、その場所から進路を見出すしかないんだッ……頑張って、スペちゃん!)

 

 そして彼女らのトレーナーは、口を一文字にキツく結びながらも“不安”ではなく“信頼”の感情が強く宿った目で、スペシャルウィークを見守っていた。

 

────

 

 

『スペシャル包囲網の1バ身ほど後ろに⑩キングヘイロー。スプリント・マイルの二階級女王は、三回級制覇に向けて後方5番手からレースを運んでいます。その内隣には昨年のオークスを制した⑫リエモワード』

 

(スペシャルウィークさんの後ろを取りたかったけれど、グラスさんの気迫に押されてしまった……反省は後よ! 幸いにもこの位置なら──二人の動向を同時に感じ取れるッ!)

 

 前半のポジション争いでスペシャルウィークの真後ろを取りに行ったキングヘイローだったが、同じくそのポジションを内から取りに来たグラスワンダーの『絶対にココは譲らない!』という気迫に押され、一列後ろの位置に追いやられてしまっていた。

 

 だが、その程度の事でレースを諦めるなどキングヘイローの選択肢にはない。

 彼女は前だけを見据えながら、スペシャルウィークとグラスワンダーの一直線上後ろの位置に構えレースを運んでいた。

 

『ここで前半1000mを通過──“57.6”! 強烈なペースとなった今年の宝塚記念! 場内からも「おーっ!」という声が上がっている。あとの後方グループは外目に菊花賞ウマ娘⑦マチカネフクキタル。内から⑪ロジーナリカバリー。この二人から2バ身ほど離れた最後方に、⑮メジロブライトがドッシリと前の17人を見る格好で進んでいます』

 

(今は堪える時です。自分のペースを大切に〜……ライアンお姉さまと、たくさん練習しましたもの)

 

 メジロブライトは最後方から自分のリズムを守りつつ、決して前とは離され過ぎない間隔を保って追走する。

 

 

────

 

「〈ふむ、これは少々厳しいペースだね。日本は“スタート直後は速いが、中盤からペースが緩みやすい”と認識していたのだが……〉」

 

「〈ええ、道中を絶えず厳しいペースで進み“力無き者をふるい落とす”。我々にとっては馴染み深い、“ペースメーカー”が作り出す流れに少し似ている……〉」

 

「〈このペースを作っているのは先頭を走っている彼女──ではなく、2番手のセイウンスカイだろうね。……まあ、彼女は“ペースメーカー”という枠で収まるような娘ではないだろうが〉」

 

「〈スペシャルウィークにマークが集中するよう仕向けた強かさ。その流れを活かせる周りの強者たち……フフッ、やはり日本のウマ娘は興味深い……!〉」

 

 そんな会話を交わしながら異国のトレーナーとウマ娘は、不敵な笑みを浮かべながら目を細め、どこか嬉しそうにレースを観戦していた。

 

────

 

 

 前半1000mを通過した時点での黄金世代・各ラップは……

 

 ⚫︎セイウンスカイ

(12.1-10.9-11.4-11.8-11.7)

 前半:57.9

 

 ⚫︎ツルマルツヨシ

(12.3-11.0-11.2-11.7-11.8)

 前半:58.0

 

 ⚫︎スペシャルウィーク

(12.0-11.4-11.7-11.8-11.8)

 前半:58.7

 

 ⚫︎グラスワンダー

(12.3-11.3-11.5-11.9-11.9)

 前半:58.9

 

 ⚫︎キングヘイロー

(12.4-11.2-11.7-11.9-11.9)

 前半:59.1

 

 

 静止状態からスピードに乗らなくてはいけない最初の200m以降、ここまで誰ひとり道中で12秒台すら刻まずに走っており、並のウマ娘なら脚を溜めることすら許されない厳しいペースでレースは進んでいた。

 

 

『先頭からお終いまでは10バ身ほど。このペースを考えればそれほど縦長ではありません。さあ、間も無く先頭のハンエイパレードが第3コーナーのカーブに差し掛かる所。一番人気のスペシャルウィークは……依然として包囲網に包まれたまま』

 

(──ぐ……ッ! 内も外も、抜け出せるスペースがない。後ろにも下がれない……落ち着いて、落ち着いて……必ず抜け出せるチャンスは来るッ。お兄さんとやって来たことを──信じるんだッ!)

 

『──おおっと? 今、一瞬スペシャルウィークが両方左右を確かめた! 何とか抜け出そうと試みているのか? 進路を探しているのか? スペシャルウィーク、完全に包囲されたこの状況から突破口を見出せるか?』

 

 スペシャルウィークは未だ包囲網を抜け出す事が出来ない。

 自分の走りたいリズムで走れないストレス……それをずっと受け続けており、普通ならば頭が真っ白になっても可笑しくない状況だが、

 スペシャルウィークの瞳に宿った光は輝きを失っていない。

 

 

(凄い、こんな状況なのに集中力を乱してない……でも、ブライトや後ろの人たちが上がって来てくれれば、進路の確保は更に困難になる。このままギリギリまで押さえ込んで──アタシが勝つんだッ!)

 

 厳しいペースの中、メジロドーベルは外目を追走しているにも関わらず、息を乱すことなくスペシャルウィークを外から締め続ける。

 

(もし、このままスペちゃんが抜け出せなければ、私も同じ末路を辿るのでしょう……ですが構いません。その時は──私の感覚が未熟だっただけのことッ)

 

 未だ包囲されているスペシャルウィークの真後ろで、グラスワンダーは前の背中のみを見据え続けていた。

 

(もうすぐレースも後半……グラスさんは全く動く気配がない──いえ、寧ろ逆ね。前のスペシャルウィークさんの動き出しに、いつでも合わせられる様に万全の体勢。と言ったところかしら……)

 

 グラスワンダーの少し後ろで、キングヘイローも外の進路を確保しつつ、前を行くライバルたちの動向に神経を張り巡らせる。

 

 

────

 

(流石よ、セイちゃん。スペシャルウィークのリズムを崩すのに、これ以上ない展開を作ってくれたわ。対応能力の高い彼女に同じ戦法は通じない……だからこそ、これだけのメンバーが揃ったこの宝塚記念が──今回の作戦を遂行する最初で最後かつ、最高の舞台だったんだから!)

 

 セイウンスカイ陣営が決行した今回の作戦。

 周りに自分以外のウマ娘が居ない環境で育ったが故の、“バ群に包まれながら走る事に慣れていない”という、スペシャルウィークが日本ダービーで見せてしまった弱点を突かせるべく、スペシャルウィークにマークを集中させてリズムを崩す戦法。

 

 さらに、今までに経験した事がないであろう厳しいマークを受けさせる。ライバルたちの役者具合。ロケットスタートを決められても問題ない、最初のコーナーまでが長いコース。本格化を迎えた事によるフィジカルアップに慣れきる前。GⅠ・三連戦目で疲労が溜まりやすい事。など……

 

 様々な要素を加味した上で、今回の作戦を決行するには宝塚記念しかない。というのがセイウンスカイ陣営の判断であった。

 

「君は──“君たち”は確かに今、トゥインクル・シリーズで一番強いと言っていい……でも、今日の宝塚記念を勝つのは──ウチのセイちゃんよッ!」

 

 絞り出す様な声でそう言いながら、セイウンスカイを導く横田トレーナーは、芦毛を靡かせ駆ける愛バの勝利を信じていた。

 

────

 

 

『3コーナーカーブ、先頭は変わらず⑱ハンエイパレード。1バ身後ろに2番手セイウンスカイが接近。そこから更に1バ身切れて⑬ツルマルツヨシ。⑧サニーブレイヴサン両名が並んで3番手、隊列変わらず』

 

(安全策を取るならこの辺りで一旦ペースを緩めるところだけど……今日の相手に勝つためには──それじゃダメなんだよねッ!)

 

 セイウンスカイは、コーナー部分でもペースを緩める事なく高速巡航の体勢を崩さない。

 

(スピードはそんなに落としてないはずなのに、セイちゃんとの差が全然縮まらないッ……気を抜くと一気に置いて行かれちゃうッ!)

 

 3番手を進むツルマルツヨシは、今までに味わった事のないハイペースと、前との差が縮まる気配のない事にもどかしさを感じつつ、スピードを落とさず追走する。

 

『その後ろには②ロケットグモが4番手。やや遅れて①ステイゴールド、少し位置を下げたか? 5番手追走。この1バ身後ろにスペシャル包囲網を先頭で引っ張る⑥ミッドナイトレイズ。内④ハンエイコマンダー。外からは⑯メジロドーベル』

 

 ここまで厳しいペースで走り続け、迎えた3コーナーのカーブ。

 

 阪神内回りコースは“複合カーブ”であり、第3コーナーと第4コーナーがそれぞれ独立したカーブとなっており、この間に半径が緩く直線に近い区間を挟んだコースをしている。

 そのため小回りコースよりもスピードを落とさずコーナーを回る事が可能だったり、逆にこの区間で一息入れて直線に備えるという選択肢を取ることも出来る。

 

 元々コーナーワークが少し苦手だった事と、脚を使わされていた事もあってか、内を進んでいた④ハンエイコマンダーが、コーナーで膨らまない様に少しだけスピードを緩めた。

 

 それを感じた⑥ミッドナイトレイズは、勝つために少しでも距離ロスを防ごうと、ほんの数十センチ……人ひとり分ほど僅かに内へと進路を変更する。

 

 

(……レースは残り800。そろそろアタシも──……っ!?)

 

 

 ここでメジロドーベルは嫌な予感に襲われる。

 

 前のウマ娘がほんの数十センチずれた事など、普通なら誰しもが気にも留めない様な事。

 メジロドーベル自身もミッドナイトレイズが内にずれた事など気にせず、勝利に向かって脚に力を込めようとしたその時──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────開いた……ッ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──え?」

 

 そんな一声がメジロドーベルの耳に届いた瞬間、彼女の内側から──何かが風切り音と共に抜けて行った。

 

 

『──な……ッ!? こ、ここでッ! 何とここで──スペシャルッ!! 何とここで、スペシャルウィークッ!! たった今、一瞬で包囲網から抜け出したッ! 何と、スペシャルウィーク! あれだけの包囲網を────ここで抜け出したぞぉぉぉぉ〜ッ!!』

 

(──抜けたッ……ここからッ!)

 

 隙間にして僅か数十センチ。

 そんな人ひとりがギリギリ通れるスペースを、この宝塚記念の流れを追走しながら、針の穴を通すようなステップインで……

 遂に、スペシャルウィークは包囲網から抜け出した。

 

 

「──なッ!?」

「──へ?」

「──は?」

 

(そんな……ッ、あり得ないッ! あんな狭い隙間を一瞬で──しかもこの状況で抜け出したッ!?)

 

 メジロドーベルをはじめ、周りのウマ娘たちも『一体何が起きた?』と思わず呆ける中……

 スペシャルウィークは、たった一歩の踏み込みで加速体制を整え一気に捲って行く構えを取る。

 

 

『このまま一気に行くのか、スペシャルウィーク! スペシャルウィーク行くのかッ? 3、4コーナー中間、この辺りで更にペースが速くなるッ! 前のステイゴールドも内から外へと切り返しながら、ここでスパートを開始ッ!』

 

 そんなスペシャルウィークの進撃を、前で最内を進んでいた①ステイゴールドはいち早く察知し、彼女に最短距離だけは走らせないぞ! と、牽制しながら外へと張り出して行った。

 

『しかし、スペシャルウィークの勢いが凄いッ! スペシャルウィークの勢いが凄いッ!』

 

 だが、そんなステイゴールドの抵抗も意に介さず、スペシャルウィークはグングンとスピードに乗って行く。

 

 

(道中でこんなに消耗したのは初めて……でも、脚は十分残ってるッ! このまま最後の直線に──)

 

 

 包囲網は抜けた

 前は射程圏内

 脚はまだ残ってる

 このまま一気に前へ

 

 スペシャルウィークが、ようやく自分のリズムとペースを取り戻した矢先──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(どんな状況でも決して折れず、挫けず、そして諦めない。そんな貴女の強靭な心が起こす、この必然を──)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────待ってましたよ? スペちゃん……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──ぇ……っ……!?」

 

 

 包囲網は抜けたはずなのに……

 スピードに乗っているはずなのに……

 突如、悪寒に襲われると同時に……そんな声がスペシャルウィークの耳に届く。

 

 

 

『──外目から周りを置き去りにする勢いで上がって行くスペシャルウィーク! 一気に上がって行くスペシャルウィーク! しかしそんな彼女の背後から一緒に上がって来る影が一つ! ただ一人涼しい顔で一緒に上がって来るウマ娘が一人! 栗毛を靡かせ────グラスワンダーだぁぁぁぁ〜ッ!! グラスワンダーも一緒に上がって来たぁぁぁぁ〜ッ!!』

 

(今日のレース……私が定めた相手は──ただ一人ッ!)

 

 大地を力強く蹴り上げ、スペシャルウィークがこじ開けた進路を、自らも寸分の狂いなく同じコース取りで──グラスワンダーは、スペシャルウィークと糸で繋がっているかの如く一緒に上がって行く。

 

『スペシャルウィークの背後にグラスワンダー! “相手はこの娘だ”と決めた時のグラスワンダーは恐いぞッ!』

 

(この感じ──やっぱりグラスちゃんッ!)

 

 背後のグラスワンダーを引き離すべく更にスピードを上げるスペシャルウィーク。そうはいかないと喰らい付くグラスワンダー。

 外目から二人一緒に物凄い速さで上がって行くのを見て、後方のライバルたちもそれに続くべくスパートを掛け始める。

 

 

『総大将と不死鳥が外から捲って行く! 外から捲って行く! ここで一気にレースが動くッ! この二人の動きを見てキングヘイローも外から進出を開始ッ! メジロドーベルも立て直す! 更には少し遅れてマチカネフクキタル! メジロブライトも外々を通って上がって来ているッ!』

 

(やっぱり二人一緒に動いたわねッ! 置いて行かれてなるもんですかッ!)

 

 前の二人に続く様にキングヘイローも一気に駆け上がる。

 

(〜〜〜ッ……! 諦めるな、諦めるなッ! まだ立て直せるッ! レースに集中──集中するんだッ)

 

(より多くの距離を走る事になっても構いません……とにかくスピードを落とさぬ様、練習通りに──ここから急ぎますわ〜ッ!)

 

 メジロが誇るメジロドーベルとメジロブライト2人も、己のレースに徹する。

 

 

『間も無く第4コーナー。ここでセイウンスカイが先頭に変わった! セイウンスカイ先頭。ハンエイパレードは後退、ちょっと苦しいか? 2番手にツルマルツヨシが上がる! 残り600を通過、第4コーナーを回り始める』

 

(この感じ……マークを抜けたんだね、スペちゃん。流石だよ本当、ほんとに凄い……でもさ? そんなスペちゃんでも勝てない事があるから──レースっていうのは面白いんじゃんッ!)

 

 後ろから上がって来るスペシャルウィークの気配を、後方勢の気配を感じ取ったセイウンスカイは──スパート体制に入った。

 

(セイちゃんがスピードを上げたッ! 後ろからも皆んな上がって来てるッ! よ〜しッ────私もここからッ!!)

 

 前のセイウンスカイ同様、ツルマルツヨシもギアを上げる。

 

 

 まもなく最後の直線……レースは、いよいよハイライトを迎えようとしていた。

 

 

『3番手懸命にサニーブレイヴサンが前の二人を追っているが、この外から──あっという間に来だぞ〜ッ!! スペシャルウィークとグラスワンダーが、物凄い勢いで先頭集団に取り付いたぁぁ〜ッ!! 場内が湧き立っているッ! 凄いぞ凄いぞッ、あっという間に前を呑み込んだぁぁ〜ッ!!』

 

(もっと、もっと速くッ! 前に追いつきながら──グラスちゃんを引き離さなきゃッ!)

 

 スペシャルウィークは更にスピードを上げ、コーナー区間とは思えない速さでグラスワンダーとの差を僅かに広げ直線に向かう。

 

(走ることを極め、頂点に立つことが私の夢……)

 

 グラスワンダーはコーナーを回る刹那、息を整えスペシャルウィークが自分との差を僅かに広げた事に一切動じることなく最後の直線勝負に備える。

 

 

『さあ、他はどうなんだ! 二人の後ろから外を回って上がって来るのはキングヘイロー! キングヘイローも凄い脚で上がって来ているッ! 真ん中メジロドーベル、遅れてステイゴールド! これを交わすように⑦マチカネフクキタル! そして一番大外からメジロブライト〜ッ! ブライト今年は大外だッ! メジロブライト、今年は大外だッ!』

 

「さあ──行くわよッ!!」

 

 自分に気合を入れる様にそう叫び、キングヘイローは──トップギアに入った。

 

「アタシだって──まだあぁぁ〜ッ!!」

 

「皆さまから頂いた輝きを今こそ──やあぁぁぁ〜ッ!!」

 

 メジロドーベルとメジロブライトも、呼応する様にラストスパートをかける。

 

 

 そして場内からは地鳴りの様な大歓声が巻き起こる中……

 レースは──最後の直線を迎える。

 

 

『──第4コーナーをカーブして先頭のセイウンスカイが今──直線コースに入ったぁぁ〜ッ! さあ、逃げ切れるかセイウンスカイ! すぐ後ろにツルマルツヨシが迫っているッ! その1バ身後ろからスペシャルウィーク! 一緒にグラスワンダー! 更にはキングヘイローも外から追い込んで来るッ! ドーベルとブライトは離されてしまった〜ッ!』

 

『この5人が抜け出すか!? この5人での争いとなるのかッ!? もう──言葉はいらないのかぁぁぁ〜ッ!! 後ろは厳しいッ! 他はちょっと追い付けそうに無いッ! 黄金世代だ!黄金世代だッ! 後ろを突き放して、黄金世代による──覇権争いとなった今年の宝塚記念ッ!!』

 

 決して脚色が悪い訳ではないメジロ2人を合わせた後続勢たちを引き離し、黄金世代の5人それぞれがケタ外れの脚で直線を駆ける。

 

 

『先頭セイウンスカイ! 内でセイウンスカイが粘る粘る粘るッ! ツルマルツヨシがやや後退! ツルマルツヨシちょっと苦しいか!? あっと、キングヘイローが少し外に寄れた! キングヘイローも勢いが少し落ちてしまったか!?』

 

(見せるんだ──勝つところをッ!!)

 

 セイウンスカイが最後の力を振り絞って脚を前に踏み出す。

 

「ぐ、ぬぅ……ッ! まだ──まだッ! 負けるもんかぁぁぁ〜ッ!!」

 

 脚が上がりそうになるのを根性で耐えるツルマルツヨシ。

 

(──脚が……っ……ぐ、ッ──!)

 

 少し早めに脚を使った影響からか、外に寄れてしまったのをキングヘイローは何とか立て直す。

 

 

 

「──ふぅ……ッ! だあぁッ!!」

 

『そして真ん中から──スペシャルウィーク〜ッ!! 来たぞ来たぞッ、スペシャルウィーク! スペシャルここでトップギア! スペシャルここでトップギア!』

 

(──なッ!? スペちゃん!?)

 

『前のセイウンスカイに並んで──捉えたぁぁぁ〜ッ!! 捉えました、スペシャルウィーク! 残り200m、物凄い脚だッ! 史上初のGⅠ・8勝、“皇帝”ルドルフを壁を超えるべくッ! スペシャルウィークが──ここで堂々先頭に立ったぁぁぁ〜ッ!!』

 

 短くも力強い雄叫びと共にトップギアへと至ったスペシャルウィークは、その余りの勢いに驚いて外を向いたセイウンスカイを並ぶ間もなく交わし去り、遂に先頭へと躍り出た。

 

 史上初の記録が達成されるぞ! と、観戦していたファン達は胸を踊らせ、場内からはチラホラ拍手も起こる。

 スペシャルウィークへの声援が一際大きく上がっていく中──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────捉えろッ、グラスッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 特別エリアのスタンドから轟いたその叫びに応えるように──

 

 

 

 

 

『スペシャルウィーク先頭! スペシャルウィーク突き抜ける──いやッ!? そ、外からッ! 外からッ──』

 

 

 

 

 

 

(相手がスペちゃんだからこそ──私はその上に……!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 標的をただ一人に定めた栗毛の“不死鳥”が──その翼を広げた。

 

 

 

 

 

 

 

「はあああぁ〜〜〜ッ!!」

 

『──外からグラスワンダーッ!! グラスワンダーが襲い掛かって来たッ! 襲い掛かって来たぁぁぁ〜ッ!!』

 

(──ッ!? グラスちゃんが……迫って来るッ!)

 

『スペシャルウィーク懸命に逃げるッ! グラスワンダーの猛追ッ! グラスワンダーの猛追ッ! スペシャル既にトップギアだが──ふ、振り切れない!? スペシャルウィーク、グラスワンダーの猛追を振り切れないッ!!』

 

(超えてみせます──ッ!)

 

 まるでターフ全体を覆うかの様な強烈なプレッシャーを放ちながら、スペシャルウィークを捉えんと迫るグラスワンダー。

 

『グラスワンダーが並ぶッ並ぶッ並ぶッ!!』

 

 そしてそのプレッシャーは、確実にスペシャルウィークを飲み込んでいく……

 

 

 駄目だ並ばれる

 脚が重い

 息が苦しい

 目の前が暗くなる

 

(引き離せないッ……だ、ダメ……っ──)

 

 このままじゃ──

 

(グラスちゃんにっ……交わされ──)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────スペちゃんッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(──ぁ……っ)

 

 

 

 

 

 

 

 ターフを駆ける足音、風切り音、周りの大歓声……

 そんな状況で普通なら決して届くはずのない、たった一人から送られた“自らの名を呼ぶ声援”……

 

 だが、その声はハッキリと──スペシャルウィークの耳に届いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(そうだ……そうだッ──)

 

 

 もう殆ど並ばれている

 脚は変わらず重い

 息も変わらず苦しい

 でも視界に──“お兄さん”の姿が見えた

 

 

 

 

 

 

 

 

(諦めちゃいけないッ、まだ出し切ってないッ……最後の最後まで全力で走る“私の走り”をッ──)

 

 

 その瞳に光を取り戻して、優しく背中を押される様な温かい感覚に包まれながら──

 

 

 

 

 

 

 

 

(お兄さんが信じてくれた──“私の走り”をッ!!)

 

 

 

 スペシャルウィークのストライドが──更に深くなった。

 

 

 

 

 

 

「──ぅぅう"うぅわああぁぁぁぁぁ〜〜ッ!!!」

 

(──ッ!)

 

『スペシャルウィーク負けるのか──いやッ!? 盛り返すかッ!? 盛り返すのかッ!? 何と──スペシャルウィークが再加速〜ッ!! これが彼女の真骨頂ッ! ここからもう一度伸びるッ、もう一度伸びるッ! 極限の末脚ここで解放ッ、スペシャルウィーク!!』

 

(──またこの土壇場で……!?)

 

(──スペちゃんのストライドが……ッ!)

 

(──より深くなった……ッ!?)

 

 

 後ろで驚くライバルたちを置き去りにしながら再加速するスペシャルウィークだが──

 

『内からスペシャル──しかしッ! グラスワンダーも──ここで更に加速〜ッ!! なんとグラスワンダーもここで更に加速ッ! 再び並ぶッ! このまま捉え切るのかッ!? グラスワンダー捉え切るのかッ!?』

 

(やはりここで更なる成長を遂げましたね、スペちゃんッ。ですが有記念と同じ轍は──踏みませんッ!!)

 

 有記念での敗戦を糧に、それすら織り込み済みだったグラスワンダーも、更に踏み込みを深くする。

 

 

 今年の宝塚記念は再び──この二人の一騎打ちとなった。

 

 

『物凄いレースになった! 場内大歓声ッ! 一騎討ちだッ一騎討ちだッ! 二人のプライドがぶつかり合うッ! お互い全く譲らないッ、全く退かないッ!』

 

 

────

 

「勝て────勝てッ、グラスッ!!!」

 

「あと少し────頑張ってッ、スペちゃんッ!!!」

 

 激しい一騎討ちを繰り広げる自身の愛バに向かって、トレーナー2人も必死に声を張り上げる。

 

────

 

 

 

『スペシャルウィークか!? グラスワンダーか!? スペシャルウィークか!? グラスワンダーか!? 不滅の偉業か!? 不屈の執念か!?』

 

『この二人だッ! 最後はこの二人だッ! 内か!? 外か!? どっちだッ、どっちだッ、どっちだッ!? 二人全く並んで──────今ゴールイ〜〜〜ンッ!!!!』

 

 

 ──ワアァァァァァァ〜〜ッ!!!!!

 

 並んだままゴール版を駆け抜けた、スペシャルウィークとグラスワンダー。

 その歴史に残る大熱戦に場内は凄まじい熱気と興奮に包まれる。

 

 

『内スペシャルウィーク、外グラスワンダー。さあ、どっちだ!? 僅かに外、グラスワンダーの勢いのほうが優っていたか!? しかし分かりません!』

 

『この二人の激しい争い。そして3番手には⑭セイウンスカイが粘り切りました! 4番手に⑬ツルマルツヨシ! 直後の5番手に⑩キングヘイロー! 後は離れて⑮メジロブライト、⑯メジロドーベル、⑦マチカネフクキタル、①ステイゴールド、この四人が6番手争いか!』

 

 このアナウンスの最中、場内からはどよめきが起こる。

 

 

『そ、そしてこれはッ!? 1着、2着が空白の着順掲示板に《レコード》の赤い文字が点灯している! その勝ちタイムなんと────“2:06.2”!? なんと勝ちタイムが“2:06.2”!! 信じられないタイムが計測されているッ!』

 

 このタイムが表示された瞬間、場内からは再び地鳴りのような大歓声が巻き起こる。

 

 

────

 

「……す、凄い……」

 

「ドーベルさんとブライトさんが、突き放されるなんて……」

 

(……二人とも2分8秒程度で通過してる。悪くないどころか、十分に力を示す走りをしてくれた……それでも、ここまで突き放されるとは……)

 

 大歓声が巻き起こる中〈チーム・プロキオン〉陣営の様に、余りの凄さに冷や汗を流す者たちも居た。

 

────

 

 

『さあ、しかし問題はどちらが勝ったのか? スペシャルウィークか? それともグラスワンダーか? ゴール後の勢いは僅かにグラスワンダーのほうが優勢だったように写りましたが……』

 

 

「お、おいどっちだ?」

「分っかんねぇよ俺も……」

「でもグラスのほうが体勢有利だったんじゃねぇか?」

「でもスペちゃんも伸び返してただろ?」

「ゴールを過ぎた時の脚色はグラスだったって!」

「そうだよ、グラスのほうが伸びてたって!」

「いやスペシャルウィークが凌ぎ切ってるって!」

「最後どっちも再加速したからな……マジで分からん」

 

 長い写真判定に場内からも『どっちか勝ったのか?』を議論する声が、彼方此方から上がり始める。

 

 

────

 

(頼む……頼むッ!)

 

(スペちゃん……ッ)

 

 二人のトレーナーも先程から言葉を発さず、互いの担当ウマ娘たちと同じく固唾を呑んで着順確定を待っていた。

 

────

 

 

 スペシャルウィークとグラスワンダーをはじめ、レースを駆け抜けた他のウマ娘たちもターフ上で着順掲示板を見つめる中、遂に──

 

 

『──ッ! 今、着順掲示板に全ての番号が表示されました! 長い長い写真判定の末、歴史に残る大接戦を制したのは──』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『────⑨スペシャルウィークだぁぁぁぁ〜ッ!!! その差は僅か2cm”! 僅か“2cm”! 道中の徹底マーク、不死鳥の猛追を凌ぎ切り、日本総大将・スペシャルウィーク! 苦しみましたが──“皇帝”ルドルフの壁を超えてみせましたぁぁ〜ッ!』

 

 

 ────ウオォォォォォォォォ〜〜ッ!!!!

 

「やったあぁぁ〜〜ッ!! スペちゃんだぁぁ〜〜ッ!!」

「凄えぇぇ〜ッ!! おめでとおぉぉ〜ッ!!」

「嘘だろおぉぉぉぉ〜〜ッ!?」

「マジかよぉ〜……グラス……」

「勝ったと思ったのに……」

 

 大歓声と共に喜びや悲しみ、様々な声が上がる。

 

 

 今年の宝塚記念・5着までの各ラップタイムは──

 

 ⚫︎スペシャルウィーク

(12.0-11.4-11.7-11.8-11.8-11.7-11.8-11.4-11.0-10.8-10.8)

《2分6秒2》

 

 前半1000m:58.7

 上がり3F:32.6

 レース指数【139】

 

 ⚫︎グラスワンダー

(12.3-11.3-11.5-11.9-11.9-11.7-11.7-11.3-11.1-10.8-10.7)

《2分6秒2》

 

 前半1000m:58.9

 上がり3F:32.6

 レース指数【139】

 

 ⚫︎セイウンスカイ

(12.1-10.9-11.4-11.8-11.7-11.7-11.8-11.6-11.3-11.1-11.2)

《2分6秒6》

 

 前半1000m:57.9

 上がり3F:33.6

 レース指数【135】

 

 ⚫︎ツルマルツヨシ

(12.3-11.0-11.2-11.7-11.8-11.8-11.8-11.5-11.3-11.2-11.4)

《2分7秒0》

 

 前半1000m:58.0

 上がり3F:33.9

 レース指数【131】

 

 ⚫︎キングヘイロー

(12.4-11.2-11.7-11.9-11.9-11.8-11.8-11.2-10.9-10.9-11.4)

《2分7秒1》

 

 前半1000m:59.1

 上がり3F:33.2

 レース指数【130】

 

 

 ラスト200mをメンバー中最速の脚で駆け上がり、ゴール直後僅かに体勢有利だったのはグラスワンダーのほうだった……

 しかし、土壇場でストライドを深く伸ばした事が功を制し、ゴールの瞬間だけ僅か2cm前に出ていたスペシャルウィーク。

 

 今年の宝塚記念……勝利の女神は──スペシャルウィークに微笑んだのだった。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 スペちゃんが宝塚記念を怪我なく無事に走り終え、未だ祝福がやまないスタンドに応えているであろうスペちゃんを迎えるべく、俺は先程まで、先に引き上げて来られたライバルの皆さんから『おめでとうございます』・『スペちゃん強かったです』といった賛辞を送られつつ、一人地下バ道で待機していた。

 

 今までの例に漏れず、マックイーンさんとアヤベさんは一足先に控え室でウイニングライブの準備を手伝ってくれている。

 本当にいつもいつもありがとうございます。ここに来る前にもお礼は伝えたのだが、改めて二人に感謝の念を送っておこう。

 

 そうやって二人に感謝の念を送っていると──

 

 

「──お兄さあぁぁ〜〜んッ!!」

 

 そんな声と共に弾ける笑顔で、目一杯こちらへと両手を伸ばして駆けて来るスペちゃんの姿が目に入る。

 

「──スペちゃん!」

 

 その瞬間、俺も彼女に向かって駆け出し、彼女を迎え入れる様に両手を広げ、こちらに飛び込んで来たスペちゃんを抱き止めた。

 ああ、駄目だ……なんか泣きそうだ……

 

「……おかえり、スペちゃん」

 

 俺の首元に抱き着いて顔を埋めるスペちゃんの頭を優しく撫でながら、俺は少し潤った声で声をかける。

 

「……ぐすっ……お兄さんっ……」

 

 そんな俺の声を聞いたからか、スペちゃんも更にギューッと力を込めて首元に顔を埋めながら、涙に声を詰まらせる。

 

 

 そのまま暫くの間、俺たちは互いの体温を感じながら抱き合い……気持ちが落ち着いてきたところで、ゆっくりと身体を離して見つめ合う。

 

「お兄さん、見ててくれましたか? お兄さんが信じてくれた“私の走り”……お兄さんのお陰で私、最後まで諦めずに走り切る事が出来ましたよ……グラスちゃんに迫られてもうダメだって思っちゃった時も、お兄さんが私に力をくれたんですよ」

 

 少し瞳に涙を溜めながら、こちらを伺うスペちゃん。

 

「ああ、ちゃんと見てたよスペちゃん。やっぱり君は出逢った頃から変わらない──俺にとって掛け替えなのない大切な娘だよ」

 

 俺は人差し指の第一関節で優しくスペちゃんの涙を拭いながらそう口にする。

 本当に、いつも力を貰っているのは俺だよ……

 

「……! 嬉しいです、とっても」

 

 俺の言葉に一瞬ピンッと耳を立て、目を細め幸せそうに微笑んだスペちゃん。

 

 

 そんなスペちゃんが愛おしくなって、俺は以前の天皇賞(春)での事を思い出し──

 

 

 

「おめでとう、スペちゃん」

 

 

 

 ──そう言って彼女の頬に“チュッ”と軽く唇を触れさせた。

 

 

 

「──ぁ……」

 

 

 突然の出来事にポーッと惚けて固まるスペちゃん……

 

 や、やっちゃったよ……驚かせちゃったよな……俺からこんな事するのは初めてだから……ちょっと恥ずかしい……けど、後悔はしてな──

 

 

「〜〜〜っ! お兄さぁんッ!!」

 

「──え? スペちゃ──わぷっ!?」

 

 突然キスしてしまった事への対象を考えていると……何やらスペちゃんの表情が“パァァ〜ッ”と笑顔になったと思った瞬間──再び抱きついてきたスペちゃんの胸元に……俺は顔を埋める様な形でガッツリとしたホールドを喰らってしまう。

 

 ちょっ!? ちょっとスペちゃん!? この格好は色々とマズイ! あと息が出来ないから! スペちゃん取り敢えず離れ──

 

「お兄さんっ! 大好きですっ!」

 

 そう言って更に力を込め俺の事を抱き締めてくるスペちゃん……

 

 やだこの娘掛かってる!? なんか掛かっちゃってませんこの娘!? レースでは一切掛かってなかったのに!? ダメだよ落ち着いてスペちゃん!? ここじゃ色々とマズイ! いやここじゃ無くてもマズイんだけど、とにかく一旦落ち着こうスペちゃん!?

 

 

 そのまま少し酸欠になるまで抱き締められた俺は、その後もずっと幸せオーラを振りまくスペちゃんを連れ、マックイーンさんとアヤベさんの待つ控え室へと向かって行ったのだった……

 

 

 いや、大丈夫ですよ?

 抱き締められた以外なにもありませんでしたからね?

 だから何も心配いりませんですよ本当ですからね?

 

 ……まあ、何はともあれ無事に宝塚記念を走り終える事が出来て良かったよ本当に……

 

 

 

 

────

 

「今日のところは完敗ね……けど、次は絶対に負けないわ……ッ! さあ、トレーナー! いつまでそんな顔をしているの? 帰ったらみっちりとミーティングするわよ!」

 

「キング……ああ、そうだな。次は君を、必ず一流ウマ娘として輝かせてみせるから!」

 

 

「くうぅぅ〜っ……悔しい……でも、次は絶対に勝つぞぉぉ〜ッ!」

 

「ええ、必ずリベンジしましょう。ツヨシさん」

 

 

「……ごめん、トレーナーさん。仕掛けも竿も完璧に用意してくれたのに……私に釣り上げる技量が足りなかったよ……」

 

「ううん、私のほうこそごめんね、セイちゃん。貴女の力なら絶対に勝てたはずなのに、勝たせてあげられなかった……また一緒に頑張ろう」

 

「──うん、勿論」

 

 

「……すみません、トレーナーさん……」

 

「謝るな、グラス。貴女は良くやったわ、本当に良く頑張った」

 

「〜〜〜っ……はい……っ……」

 

 

 誰一人、心は折れず。

 今日の負けを糧にして、ライバルたちはまた一つ強くなろうと誓う。

 

 次こそ必ず──スペシャルウィークに勝利する為に。

 

────

 

 

 

 ──スペシャルウィーク、春シニア三冠を全てレコードで制し、史上初のGⅠ・8勝を達成!

 

 

 







 ここまで読んで下さって本当にありがとうございます!


 しれっと出てきたフランス陣営と、海外遠征中のスズカさんとエルの近況はまた近いうちに描くことになると思います。


 次回は夏合宿あたりのお話──の前に、以前にご感想で頂いた
 ここのスペちゃんと原作スペちゃんを出会わせたらどうなるか? という小ネタ回を書いていると思います(苦笑)

 改めましてここまで読んで下さって本当にありがとうございました!

 下記は今回の宝塚記念・5着までの着順です。


 1着・スペシャルウィーク
 2着・グラスワンダー ハナ差
 3着・セイウンスカイ 2バ身
 4着・ツルマルツヨシ 2バ身
 5着・キングヘイロー 1/2バ身
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