キヴォトス剣豪流離譚【完結】   作:モモのすけ

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百鬼夜行灯篭祭、開幕!

 いつかの時代。

 きっと今よりも、ずっとずっと大昔のこと。

 

 晴れた夕焼け空の下、一人の少女が校舎の屋上に腰掛けていた。

 

 眼下に広がるのは、雪と氷に覆われた氷の園。そこを行き交う生徒たちが、口々に話しては笑い合っている。

 その平和な喧騒は、屋上の端に腰掛けた少女の耳にまでしかと届いていた。

 

『ねえ、■■■■■■■ちゃん』

 

 少女が、傍に視線を向けて呟いた。

 だが、そこには誰も座っていない。ただ、美しい白鞘に収められた一振りの刀が、彼女の話し相手とばかりに鎮座していた。

 

『長い戦乱も、ようやく終わりを迎えるみたい。クズノハちゃんが上手くやってくれたお陰だね』

 

 少女はそれが当然のことであるかのように、傍に置いた刀を相手に話を続ける。

 

『これからは、数多の学校が手を取り合って支え合う……そんな、素敵な時代になる』

 

 眼下を見下ろす彼女の瞳には、待ち侘びた平和の訪れを喜び合う生徒たちの姿があった。

 この地で続いてきた戦いに、クズノハという生徒が終止符を打ったのがつい先日のこと。「百花繚乱」の名の下、今後は争い合っていた学校全てが統合され、一つの巨大な学園に生まれ分かるのだという。

 そして、それは──この天姫ヶ峰を守り続けた、とある少女の戦いの終わりをも意味していた。

 

『あなたには随分と助けられたね。何の力もない、初代生徒会長ってだけの私だけじゃあ、とてもこの学校は守り切れなかった。本当に、ありがとう』

 

 この刀を振るい、少女は数えきれない窮地を潜り抜けてきた。

 学校を奪わんとする襲撃者たちを跳ね除け、怪談より湧き出ずる魑魅魍魎を蹴散らし、花鳥風月の幽霊すらも斬り伏せてきた。

 そして、もう彼女が戦う事はない。

 そんな事をしなくても済む時代が、もう目の前に迫ろうとしている。

 だからその前に、唯一無二の戦友に感謝と一つの頼みを伝えるため、少女はここにやって来たのだった。

 

『■■■■■■■ちゃん、最後に一つだけ……私を認めて力を貸してくれた君に、最後のお願いがしたいんだ』

 

 少女は立ち上がって、傍の刀を持ち上げた。

 その刀身を鞘から抜き放つと、すらり、と美しい刃が露わになる。

 それは空の夕焼けに照らされて、綺麗なオレンジ色の輝きを放っていた。

 

『私はいつか、この学校から居なくなるけれど……あなたはきっと、ずっとここに残り続ける。それこそ、クズノハちゃんが持つ「百蓮(びゃくれん)」みたいにね』

 

 波紋に薄く映った己自身を見つめながら、少女は続ける。

 

『だからさ。これはずっと、未来の話になると思うのだけれど……もし私の後輩たちがまた戦いを強いられて……その時、君の力を「正しいこと」に使おうとしたのなら……』

 

 少女は遠くを見つめて──それから目の前の刀に視線を戻して、言った。

 

『その時は、あなたの力を貸してあげて。それが、時代を超えて君に託す……最後の、私の願いだよ』

 

 

 

 

 百鬼夜行灯篭祭本番の日、早朝。

 朝靄が立ち込める百鬼夜行の中心部にトラックを停めた私は、助手席で目を閉じているミフユに声をかけた。

 

「ミフユさん、ミフユさん?」

 

 どうやらぐっすり眠っているらしい。ミフユの肩を揺すると、彼女ははっと目を開いた。

 まるで警戒心の強い猫のようにきょろきょろと周囲を見渡してから、こめかみを押さえて眉を顰める。

 

「ごめんなさい……寝てたみたい。さっきのは……なにか、変な夢を見ていたのかしら……」

 

「べ、別に謝らなくてもいいですよ。昨日も遅くまで準備をしてましたし……私が運転している間、少しでも休めたなら何よりです」

 

 前夜祭で公演を終えた私たちは、一度天姫ヶ峰へと戻って今日のための準備を終え、再びお祭り会場へと舞い戻っていた。

 トラックの荷台には、大量のソースと中華麺と食材とが詰め込まれている。加えて、停めたトラックの隣にはお祭り運営委員会が用意してくれた鉄板備え付けの屋台が建っていた。

 

「──それじゃあ、準備の方を始めましょうか。ミフユさん」

 

 お祭り当日の今日、私たちは食品を提供する屋台を開くことになっていた。

 これは百鬼夜行灯篭祭に際して、かねてよりミフユが企画していたことだ。

 私が進めていた「一大スペクタクルな演目をぶち上げて知名度爆発大作戦」は上手く進む信頼性が皆無だったため、上手くいかなかった場合の保険として、ミフユは当日の屋台販売スペース利用権を抑えていた。

 簡単、安価で大量に作れる焼きそばの屋台で人を集め、一緒に学校のパンフレットや資料を配って知名度を獲得する、というのがミフユの狙いだ。加えて資金も稼いで、今後の学校運営に利用することもできる。

 可能な限りリスクを抑えて実利を取る、地味だが堅実なミフユらしい案である。

 

「ええ……にしても、もう人が行き交っているわね。観光客ではなく、どちらかというと私たちのお仲間みたいだけど」

 

 早朝にも関わらず、周囲にはちらほらと行き交う生徒達の姿が散見された。

 いずれもお祭りの今日に合わせて、屋台で一儲けしようという人々なのだろう。りんご飴にたこ焼き、イカ焼き、チョコバナナにじゃがバター……流石に早朝から売り始めている屋台は無いが、立ち並ぶバナーを見ているだけでお腹が空いてくる。

 私がそんなことを考えているうち、ミフユはさっさと車を降りて荷台の方へ向かっていた。そんな背中を、私は慌てて呼び止める。

 

「ミフユさん。これ、忘れてますよ」

 

 そう言って、私は助手席の足元に置かれた刀を差し出した。

 刀を腰に挿したままシートに座るのは難しいので、我々はいつも助手席の足元に刀を置いておくのだ。

 

「ああ……ありがと」

 

 私の「彼岸白雪」は黒鞘、ミフユのものは白鞘。分かりやすく鞘の色が真逆なので、取り違える事はない。

 ミフユに白鞘の刀を渡しながら、私はふと浮かんだ疑問を口にした。

 

「そういえば、この刀に名前はあるんですか?」

 

 共に荷台の方へと移動しながら、刀の名前について何か悩む様子のミフユをじっと見つめる。

 

「名前ね……初代生徒会長が呼んでいた名前が、彼女の残した手記に書かれていたのだけれど……紙が劣化して読めなくなっていて。遺物の正体はカイザーが教えてくれたけれど、この刀そのものの名前は分からないわ」

 

「へー……初代生徒会長って、この刀を見つけたっていう人ですよね?」

 

「ええ。確か手記には"シュル…"と書いてあったのだけれど、後半の文字はかすれて判読できなかった」

 

 しゅる、というのは変な響きだ。刀らしくないというか、なんとも百鬼夜行の雰囲気らしくない。

 もしかすると、初代生徒会長はこの刀の出自を知っていたのかもしれない。ザババの双杖──遥か太古、司祭と呼ばれる者たちが鍛造した古代兵器であることを。

 

「天姫ヶ峰の初代生徒会長って、どんな人だったんですか?」

 

「私に聞かれても、ほとんど分からないわよ。なんせ、何百年も前……それこそ、百鬼夜行がまだ百鬼夜行じゃなかったころの人だから」

 

 ミフユはじっと己の刀を見つめながら続ける。

 

「今や彼女が残したこの刀と、その使い方を記した古い手記が残っているだけ。手記を解読して、彼女のようにこの兵器を使えるよう訓練してきたけれど……残念ながら、私は半分も力を引き出せていないわね」

 

「そうなんですか? ミフユさん、あんなに強いのに」

 

「ええ。実際、彼女が残した手記には私が確認できていない遺物の「使い方」が多く残されてる。要はこの遺物の使用マニュアルね。でも、私では何かが足りないのか……私はいまだに、マニュアルに記載された全ての機能を使いこなせていないわ」

 

 その言葉を聞いて、私は思わず「箱舟」の上でミフユと一騎討ちをした時のことを思い出した。

 あの時でさえヘイローが砕けるかと思うほどズタボロにされたのに、まだ彼女は成長途中で、遺物の更なる使い方を模索している最中らしい。初代生徒会長の残したマニュアル通りの「使い方」をミフユが習得していれば、今頃私は大砂漠の藻屑になっていたかもしれない。

 

「……どうしたの、顔色が変よ?」

 

「い、イヤナンデモナイデス」

 

 嫌な想像はやめにして、私は気分を変えんと両手をぱんと打ち鳴らした。

 

「とりあえず、新しく名前をつけてあげたらいいんじゃないですか? 私の「彼岸白雪」みたいに。普段から「あれ」とか「それ」とか呼ぶだけじゃ、その子が可哀想じゃないですか?」

 

「でも……これにはザババの双杖という本来の名前があるんだし、呼称が必要な時はそう呼んでいるから問題ないと思うわ」

 

「それじゃ私の「彼岸白雪」と一緒くたになっちゃいますよ、前から思ってましたが」

 

 たとえ犬のことを「犬」と呼んでも、別にそれは名前ではない。名前というのはもっと、特別な意味を持って独自に与えるものだ。

 私の考えが正しければ、この遺物には意思のようなものが備わっている。

 何かを伝えたいときはピカピカ点滅するし、危ない時には閃光を放って助けてくれたこともある。また、丁寧に話しかけるとたまに揺れて反応することを最近発見した(無機物に延々と話しかける絵面は不気味だが)。もしかすると、言葉を解するAIのようなものが搭載されているのかもしれない。

 

「ボールは友達だなんて言いますし、きっと刀も同じようなものです。そのための第一歩として、名前をつけるところから始めてみてはどうでしょう!」

 

「うーん……まあ、そうね。このお祭りが終わったら考えて……」

 

 そこで何かを思い出したように固まって、ミフユはぎこちない動きでこちらを向いた。

 

「ええと……チハヤ」

 

「はい? どうしました?」

 

「その……実は、少し提案があって……このお祭りの最後に、灯籠流しが行われるのは知っているわよね?」

 

 ミフユの言葉にこくりと頷いて、私は脳内で今日のスケジュールを思い出す。

 朝にお祭り運営委員会の開会宣言が行われて祭りが始まり、その後は大舞台で色々と公演が行われつつ進行。夜に花火が打ち上がった後、由緒正しい家の巫女さんが舞を踊って、最後に今回のメインイベントとも言える「灯籠流し」が行われる。

 前夜祭とは異なり、今日の我々は舞台で行われるイベントに一切関与しないので、細かなスケジュールまでは把握していないのが本音だ。とはいえ、流石にこのお祭りの趣旨たる灯籠流しのことは把握している。

 

「その灯籠流しなんだけど……チハヤも……参加、するのよね?」

 

「まあ、そうですね。流石にその頃になれば、ウチの商品も売り切れでしょうし……折角ですから、私も最後のイベントには参加したいですねえ。綺麗でしょうから、写真とかも撮りたいですし」

 

「そう……よね……」

 

 昏い表情で俯いたミフユに、私は疑問符を浮かべて首を傾げた。

 このお祭りのメインイベントにあたって、何か思い悩むことなどあるのだろうか。何百何千という灯籠が流れ夜を照らし出す様は、想像しただけでも美しい。きっと楽しい灯籠流しになるはずだ。

 

「その。もし、あなたがよければ……邪魔にならないと言ってくれるのなら……私も、同行していいかしら」

 

「えっ!?」

 

 思ってもみなかった提案に、思わず私は運んでいた段ボールを落として瞳を見開いた。

 つい昨日、距離感の縮め方について思い悩んでいたばかりだというのに、ミフユの方から誘ってくれるとは予想外だった。だが、私としては喜ばしいことこの上ない提案だ。

 

「この三ヶ月、私もあなたも学校復興のために奔走して……落ち着いて、色々話す時間を作っていなかったと思うの。だから……」

 

「もちろんですよ、ミフユさんっ!」

 

 ミフユが言葉を続けている最中だというのに、私は反射的に駆け寄ってミフユの両手を掴んでいた。

 

「私、ミフユさんから誘ってもらえるなんて嬉しいです! 20年ぶりのお祭りなんですから、ここは青春に刻まれるかのごとき素晴らしい思い出を……」

 

「お二方、天姫ヶ峰高等学校の生徒さんですよね?」

 

 狼狽するミフユの手を掴んでぴょんぴょんしていると、横合いから特徴的な声が飛んできた。

 そちらを振り返ると、バインダーに挟んだ書類を片手に少女が立っている。まるでメイド服と着物を合体させたかのような、特徴的な制服が印象的な女の子だ。ツーサイドアップにした長髪を、白のカチューシャが可愛らしく彩っている。

 

「はい、私たちが……ああ、シズコさんね」

 

 私よりも早く口を開いたミフユが、彼女の顔立ちを見てそう言った。

 

「はい、お祭り運営委員会のシズコです。ミフユさん、今回は屋台出展という形で我々のお祭りに参加してくださってありがとうございます!」

 

「いえ……こちらも、学校おこしの貴重な機会を頂けて感謝しているわ。それに、あの無茶苦茶な公演にゴーサインを出してくれたのもあなたなんでしょう?」

 

 どうやら、シズコと名乗った少女とミフユは知り合いのようだ。

 この百鬼夜行灯篭祭に参加するため、ミフユがお祭り運営委員会の偉い人と話し合って調整を重ねていることは知っていたが、その相手というのが目の前のシズコらしい。

 

「そちらは、今や百鬼夜行の有名人となったチハヤさんですね。申し遅れました、私はお祭り運営委員会委員長の、河和シズコです」

 

「あっ、は、初めまして! 八重垣チハヤです!」

 

 改めて丁寧に自己紹介されて、私は慌てて居住まいを正して名前を告げた。

 お祭り運営委員会の委員長ということはつまり、この百鬼夜行灯篭祭を運営するトップの人物ということだ。前夜祭で色々とやらかしたこともあって、私は思わず身を縮こませた。

 

「すみませんでした、前夜祭では……」

 

「いえいえ、舞台が一部破損した件については気にしないでください。チハヤさん達がいなければどうせ魑魅一座が舞台を破壊していたでしょうし。それに、一座の破壊行為も見越して補修要員とバッファーを組んでいましたから、さして問題は起きませんでした」

 

「流石はお祭り運営委員会の委員長、ってところかしら。今は屋台の人員が予定通り集まっているかチェックしているところ? 早朝だというのに精が出るわね」

 

「ミフユさん、褒めても何も出ませんよぉ。それに、これも私の仕事です。機材トラブルや発注ミスでお祭りに参加できないとあっては、お祭り運営委員会の名折れですからね!」

 

 あははは、と笑うシズコとミフユの間に和やかな空気が生まれるのを横目に、私は無意識に唇を噛んでいた。

 

(ミフユさん、私と話す時はまだどこかよそよそしいというのに、シズコ氏はいつの間にあんな仲良く……くっ。べ、別に負けたとか思ってませんからね)

 

 思わず嫉妬心の籠った瞳を二人に向けていると、シズコが急にはっとしたような顔になり、私とミフユを交互に見渡した。

 

「そういえば……お二人で人員は全員、でしたよね?」

 

「ええ、そうだけれど」

 

「それは……まずいことになるかも、しれません」

 

 さっきまでとは打って変わった深刻な顔で、シズコは眉毛をハの字に曲げた。

 まずいことになると言われても、私にもミフユにも心当たりが一切ない。確かに人員が二人というのは少ないが、そもそもこの屋台は舞台やメインストリートから離れた、あまり目立たない部類の位置にある(抽選落ちの結果なので仕方ないけれど)。だからこそ、二人で問題なく回せるだろうと私たちは考えていたのだが──。

 

「お二人とも、SNSとかやってます?」

 

「いや、私は学校のSNSアカウントを最近作ったくらいでほとんど……」

 

「私もモモトークならやってますけど、それ以外はほとんど見ないですねぇ。一応インストールはしてますけど」

 

 そう答える私たちを見てシズコは何を考えたのか、おもむろにスマホを取り出した。

 高速タップしてキヴォトスでも随一のシェア率を誇るSNSを開き、自分のアカウントのページに移る。当然ながら、委員長である彼女が運営するお祭り運営委員会の公式アカウントだ。百鬼夜行灯籠祭の開催もあって、かなり大勢の人々にフォローされているらしい。

 彼女は画面をスクロールして、とある一つの投稿を私たちに見せた。

 

「私たちの業務の一環として、この百鬼夜行灯籠祭の宣伝をSNS上で行っているんです。前夜祭の公演に関しても、各公演のハイライトを切り抜いてSNSに投下していたんですが……」

 

 そこには、私とイズナが乱入してきた魑魅一座を吹き飛ばす様がショート動画風に加工されて添付されていた。

 その下には投稿がどれだけ人々に見られたのかを示すインプレッションや、好意を示すいいね数などが細々と表示されている。

 

「うーん……12万いいねって……これ、多い方なんですか?」

 

「前にウチの学校の風景と簡単な紹介文を載せた投稿をした時は、確か3いいねくらいは貰えてたわね。いいねした三人のうち一人はコフユだけれど」

 

 はははっ、と私とミフユは同時に乾いた笑いを発してから、鬼気迫る表情でシズコのスマホへと視線を戻した。

 だとすればこの数は異常ではないか。単純計算で、我々の学校PRの4万倍もの人々に見られているということになる。同じ計算をミフユも脳内で完了させたのか、深刻な顔のままミフユはシズコに問いかけた。

 

「これって……もしかして、すごく拡散されてる?」

 

「そうですよ! 例の公演が今とんでもなくバズってまして、舞台で大立ち回りをしたお二人は今やトレンドの人です!」

 

 そのシズコの言葉に、私は頭の中が真っ白になる思いだった。

 そしてそれはおそらく、隣で呆然としているミフユも同じだったのだろう。二人して固まった私たちをよそに、シズコはヒートアップした口調で話し続ける。

 

「私の見解ですと……まずお二人の戦いが放送事故的な面白さから拡散され、そこから面白い戦い方をするお二人に興味関心が映ってさらに再生数が伸びたんでしょう。あの迷惑な魑魅一座がコテンパンにされるという「スカッと感」みたいなものも、拡散を後押ししたのかもしれません。ともかく、こんな火のついたような拡散は炎上でもない限り珍し──」

 

 まくしたてるように見解を述べるシズコを眺めながら、私はどこかふわふわした頭でエンドレス再生されるショート動画を眺めていた。

 この情報社会に埋もれていた日陰者たる我々忍術研究部と剣術研究部が、よもやこんな偶然から注目される日が来るとは。

 勝手にシズコのスマホに指を這わせて、動画のリプライ欄を眺めてみると──、

 

「『このカタナとかいう武器を使う女の子、とっても格好いいね』……『もふもふの尻尾すき』……『この子の学校が知りたい』……『どこにこんな武器売ってるの、私も振り回したい』……ふへっ、んへっ、んへへへへへっ……」

 

「チハヤ、笑ってる場合じゃないわ」

 

 数々のコメントで承認欲求が補充されたことで極限まで頬が緩み切った結果、失敗した福笑いよろしく顔のパーツを変形させて笑っていた私は、ミフユの真剣な声に現実へと引き戻された。

 

「ど、どういうことですか? これだけ公演がバズったなら、私たちの学校の知名度もきっと急上昇ですよ。ほら、この投稿にもちゃんと私が「天姫ヶ峰高等学校」所属だって記載されていますし、リプライ欄でも私たちの学校に関する話が……」

 

「いえ、だからこそよ。この分だと、想定を遥かに超える数の人がこの屋台を訪れてくれるでしょう。それ自体は嬉しい誤算だし、当初の目的も達成できるだろうけれど……」

 

 ミフユは私と屋台を見つめてから、深刻な瞳をシズコに向ける。その意図を察していたらしきシズコは、ミフユの視線にこくりと頷いた。

 

「残念ですが、お二人だけではとても人員が足りない……と思います」

 

「はっ……!?」

 

 そこで私は、今回の屋台販売にあたる人員が私とミフユの二人きりしかいないことを思い出した。

 他の生徒であるコフユ達はまだ初等部なので、余計なことは考えずにこのお祭りを楽しんでほしい──そう私たちは考えて、二人でこの屋台をやり切ると決めていたのだ。

 

「とはいえ……正直こちらも人員がカツカツでして。交通整理やお客さんの誘導なんかはこちらで行う予定ですが、屋台のお手伝い人員までは捻出できそうにありません」

 

「そんな顔をしないで、シズコさん。こればっかりは私たちの問題だし、私たちでなんとかするわ」

 

 ミフユは申し訳なさそうに項垂れるシズコにフォローを入れつつ、何かを覚悟したような瞳で私を見つめた。

 

「チハヤ……こうなった以上、覚悟を決めて」

 

 その言葉に、私は思わずごくりと唾を飲み込んだ。

 予想外の大注目、殺到するであろう観光客、心許ない設備、明らかに不足している人員──波乱の百鬼夜行灯篭祭が、いま始まる。

 




天姫ヶ峰高等学校、壁サーならぬ壁屋台へと変貌。
以下、いろいろ補足です。

・チハヤとミフユが持つ刀の鞘
チハヤのものが「黒色」ミフユのものが「白色」。
彼岸「白」雪のくせに鞘は黒なのがややこしいですね。大人しく名前と色を合わせればよかった…。

・天姫ヶ峰高等学校のなりたち
かつて百鬼夜行が連合ではなく、幾つもの集団に分かれて戦争していた時代、戦う力を持たず虐げられる人々の逃げ場として一人の少女が設立したのが天姫ヶ峰高等学校です。険しい雪山の中に校舎を建てたのは、険しい戦火から可能な限り逃れるためでした。
初代生徒会長はその刀をもって学校を守り抜き、大予言者クズノハが百鬼夜行連合学院を立ち上げた後、その姿を消しました。
※その頃は天姫ヶ峰も百鬼夜行に加盟していました。百鬼夜行の連合から外されたのは、生徒減少により生徒会が霧散したここ数年の話です。

・灯籠流しについて
ミフユはめちゃくちゃ重い行事だと受け止めていますが、チハヤは綺麗な写真を撮って思い出にしたいなーくらいにしか考えていません。
このお祭りに込められた送古迎新の理念などをそもそも把握しておらず、楽しいイベントとしか認識していないエンジョイ勢だからです。
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