キヴォトス剣豪流離譚【完結】   作:モモのすけ

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災厄の幕開け

『天姫ヶ峰って聞いたことない学校だけど、知ってる?』

『学校の公式アカウントあったよ。灯籠祭の当日は屋台出すんだって。寄ってみようよ』

『あのカタナ使いの子もいるかな?』

『天姫ヶ峰のパンフレットも一緒に配るらしいよ』

『チハヤちゃんのグッズ販売とかないんですか?』

『私も行きたい!』

『天姫ヶ峰の特産品……みょうがって渋すぎない? それを使った焼きそばはまあ興味あるけど』

 

 キヴォトスのSNSは、いまや大いに盛り上がっていた。

 その理由はたった一つ、今日開催されている「百鬼夜行灯篭祭」の存在だ。百鬼夜行を訪れた観光客だけでなく、舞台の中継などでお祭りを楽しむ人々が、おのおの近況を投稿しては互いに反応を交わし合う。

 そんな投稿の数々の中、話題になっている屋台があった。

 天姫ヶ峰高等学校という小さな学校が出している、なんの変哲もないただの屋台。だがそれは偶然と幸運に恵まれた結果、今や注目株として話題性をぐんぐんと獲得しつつあり──、

 

「ぬうおおあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!???」

 

 そんな屋台の中で私はせわしなく目線を動かしながら、せっせこ両手に握ったヘラを動かしていた。

 今も鉄板の上でじゅうじゅうと音を立てているのは、中華麺を肉と野菜、調味料と共に炒めた屋台の王道料理──すなわち、焼きそばである。

 熱せられた鉄板から放たれる熱気に、コショウとソースの匂いがふんだんに入り混じって、私の周囲はちょっとした灼熱地獄と化している。全身の毛穴から汗が噴き出して、下着が透けていないか不安になるくらいには汗だくだ。

 

「はぁはぁ……この分だと、しばらく焼きそばが食べられなくなりそうです……!」

 

 ほとんど勘を頼りに焼き加減を見極め、中華麺の山にヘラを突き込んでぐるりとひっくり返す。何時間もぶっ通しで焼いているせいで何かが覚醒したのか、もはや目を閉じていても加減が把握できるようになってきた。

 灼熱の熱気に炙られながらも、私は目線を横に逸らしてせわしなく動くミフユの様子を伺う。

 

「はい、ありがとうございます! 焼きそば2人前ですね! こちら私たちの学校のパンフレットもお付けするので、よければどうぞご覧になってください!」

 

 ミフユは袋詰めの中華麺を次から次へと開封しては、せっせこ調味料やソースをぶちこんでこちらに回しつつ、来客の対応と品渡しまで行っている。

 単純な忙しさで言えばミフユの方が上だが、鉄板と睨めっこして熱気に晒され続ける私の方が体力の消耗量は上だ。

 それに加えて、さらに私の時間を奪っているのが──、

 

「あなたが例のチハヤちゃんだよね!? 動画見たよ! とってもかっこよかった!」

 

「えっ、あっ、はっはい! 舞台の演目を見て頂いた方ですね!? 私は八重垣チハヤです! どうもありがとうございます!」

 

 このように、私目当てでこの屋台に来てくださった人達への応対である。

 わざわざ会いに来てくれるというのは思わず頬が緩むくらい嬉しいことなのだが、いかんせん押し付けられるタスクの数が尋常ではなく、落ち着いて対応することがままならない。

 だがお客様にいい思い出を作ってもらうためにも、私は全力を尽くして対応するのみだ。

 今回私に声をかけてくれたのは、赤と白を基調とした制服を纏った三人組だった。

 うち一人は大きな盾を携帯しつつも、眠いのかうつらうつらと船を漕いでいる。最も背丈が小さい、活発な印象を受ける女の子がぴょんぴょん飛び跳ねる横で、柔らかな雰囲気を纏った少女が口を開く。

 

「こんにちは。私たちは修行部という部活のメンバーでして……」

 

「自己紹介が遅れたね。私はカエデ! こっちの優しそうな人がミモリ先輩で、こっちの寝てる人が部長のツバキ先輩!」

 

 ツバキと呼ばれた少女は、名前を呼ばれたことで一度鼻ちょうちんを弾けさせたが、相変わらず半寝のままフラフラしている。いつものことなのか、二人も特にツッコんだりはしないらしい。

 

「カエデちゃんが、チハヤさんと一緒にお写真を撮りたいそうなんです。お忙しいところ恐縮ですが、一枚お願いできますか?」

 

「もちろんです! どうぞ!」

 

 この日何十回目かの要請を受けて、私は高速でヘラを動かしながら首から上の神経だけを切り離し、自撮りする女の子達の間にスマイルを貼り付けた顔を入れるという暴挙に出た。

 

「はいチーズっと……うん、ありがとう! じゃあ、焼きそば三つもらえるかな?」

 

「承知しました! う〜ん、ファン対応と焼きそば作り……「両方」やらなくっちゃあならないというのが、人気者の辛いところですねぇ」

 

「焼きそば三つ了解……ってチハヤ、鼻を伸ばして手を止めてる場合じゃない! 焦げてる!」

 

 不覚、またもや顔が緩んでヘラ捌きが鈍っていた。

 私は慌ててお客様に断りを入れつつ、焼いていた焼きそばをパック詰めする作業へとシフトした。出来上がった10個前後の焼きそばパックをミフユに回して、すぐに次の中華麺を焼き始める。

 この無限とも思しきループが始まってから三時間ほどが経過しているが、客足は絶えるどころかますます増えていた。

 ちらりと視線を外に向ければ、観光客でごった返す通りに終端が見えないほどの行列が出来上がっている。

 食糧とパンフの備蓄については、運営を取り仕切るシズコが追加分を迅速に用意してくれたおかげでなんとかなりそうだが──肝心の体力が、最後まで果たして持つかどうか。

 

「はぁはぁ……ここまでぶっ続けでヘラを動かし続けて、流石に疲労が限界ですよミフユさん!」

 

「私も……コショウとソースの匂いが染み付いて、もう限界よ……でも、いまさらコフユ達を頼るわけにはいかない……!」

 

 おっしゃる通りだ。今ごろコフユ達は、集団行動でこのお祭りを心ゆくまで楽しんでいることだろう。この労働地獄を、なんとしても彼女達に押し付けるわけにはいかない。

 私が覚悟を新たにしていると、突然ミフユが動きを止めた。

 

「くっ……! ごめんなさい、ソースが尽きた! トラックに載せてある追加分を取ってくる間、一人でお願い!」

 

「え、ええ!? 私一人で焼いて売るのは流石に無理が……って、もういないじゃないですか!」

 

 こういう時のミフユは有無を言わさず爆速で動くので、もはや私が引き止める手段など存在しなかった。

 押しかける客、孤独な私、求められるファンサービス、焦げ始める中華麺、青のり、お釣りの計算、あらゆるタスクが襲いかかってくる。

 

「ん、ん、んぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!??」

 

 このキヴォトスのどこかには一日で4000人の給食を作る生徒がいるという都市伝説を聞いたことがあるが、それが確実に嘘であることを私は思い知ったのだった。

 

 

 

 

「「はぁ……はぁ……はぁ……っ」」

 

 どれほどの時間がたった頃だろうか。

 空になった段ボールの山に半ば埋もれる形で、私とミフユは荒い呼吸を繰り返していた。

 既に太陽は山麓の向こう側に姿を消し、夜闇をそこら中に掲げられた灯篭の柔い輝きが照らしている。どこから聞こえてくるお祭囃子は音量を増し、夕食時に腹を空かせた観光客たちが屋台をめぐる。

 そんな中で、私たちの屋台には「完売御礼」と書かれた立札だけが立てかけられて、静かな沈黙を保っていた。

 

「はぁ、はぁ……今日だけで、一生分の焼きそばを焼いた気がします……ミフユさん、生きてますか……?」

 

「ええ……なんとかね……全部売り切ったし、私たちのタスクは完全終了よ……」

 

 精魂尽き果てたという様子のミフユだが、恐らくそれは私も同じことだ。今はただ汗と染みついた匂いをシャワーで洗い流してから、暖かいお布団で泥のように眠りたい。

 けれど、私たちには「約束」がある。

 花火が打ちあがった後、灯籠流しを行うその時に。

 

「……そろそろ、花火が打ち上がる頃ね」

 

 ミフユは橙色に照らされてやや赤みを帯びた夜空を見上げながら、静かな声色で呟いた。

 

「花火のあと、舞台の方で巫女様の舞があって、そのあと灯籠流しを行うんでしたよね?」

 

「ええ……さっき連絡があったけれど、お祭りを回っていたコフユ達も舞台の方に向かうみたい。私たちも向かいましょうか」

 

「はい!」

 

 巫女様の舞が終わったら、いよいよ今日のメインイベントたる灯籠流しだ。

 ミフユは、「灯籠流しの際に落ち着いて話す時間を作りたい」と言っていた。それは私にとって、もっと知りたいと思っている彼女を深く知ることができる、願ってもない機会だった。

 心が高揚しているのが、ありありと自覚できる。

 彼女がどんなことを考えているにせよ、この機会はきっと、あの事件以来どこかギクシャクしたままの私たちの距離を縮める良いきっかけになるという確信があった。

 

(私は……ミフユさんと、もっと仲良くなりたいです。ミフユさんは、同じことを思ってくれているでしょうか?)

 

 そんなことを思いながら、モモトークの画面を見つめるミフユを気づかれないよう横目で見やる。

そう考えると、今は焼きそばなんかに参って倒れているわけにはいかない。私がぐっと力を込めて立ち上がった、その時──、

 

「「…………!」」

 

 どーん、という大きな音が響き渡り、夜空に満開の華が咲いた。

 いよいよ花火の打ち上げが始まったのだ。それも一発ではなく、夜闇を吹き飛ばさんばかりの勢いで花火は打ち上げられていく。色とりどりの輝きが空を照らし、向かい合う私とミフユの顔に複雑な陰影を刻む。

 

「行きましょう、ミフユさ……」

 

 私が高揚した心のまま、彼女の手をとろうとしたその瞬間。

 百鬼夜行を揺るがし続ける花火の轟音に入り混じって、絹を裂くような悲鳴が響き渡った。

 

「「……!?」」

 

 私とミフユは、ほぼ反射的に悲鳴の方向を──つい先刻まで、私たちの屋台に詰めかけた観光客が列をなしていた通りの方を見やる。

 

 そこに、理解不能なモノがいた。

 

 おおよそ生物の形を成さない、黒々とした異形としか言い表せない何か。

 一体どこから現れたのか見当も付かないソレらは、うねるようにそれは身体を扇動させながら、屋台を楽しむ観光客たちへと襲いかかった。

 

「チハヤ!」

 

「はい!」

 

 瞬間、私とミフユは暴れ猛る怪異へと駆け出していた。

 

「ふっ────!!」

 

 私が先行して、最も近い場所に現れた二匹を斬り伏せる。瞬きの間に抜刀された刃は、寸分の互いなく影のように昏い身体を両断した。

 不気味な手応えが掌越しに伝わる。モノでもなく、ヒトでもない、何かおかしなものを斬った感覚。その不気味さに戦慄するよりも早く、私は抜刀したままの勢いで身体をグッと丸めた。

 

「はあああああっ……!!」

 

 私の意図を受け取ったミフユは勢いのままに私へと走り、私の屈めた背中を足場にして跳躍する。

 彼女は私と、怪異に襲われて逃げまどう人々を軽々と跳び超え、その奥で暴れる三匹の怪異めがけて刀を抜いた。

 特徴的な赤色の光が瞬き、かまいたち状の光刃が一撃で残りの怪異を葬り去る。

 

「ふぅっ……何事なの、これは?」

 

 土煙と共に着地したミフユは、赤色に瞬く刀を納めながら周囲を見やった。

 ひとまず目に見える怪異はやっつけたが、周囲からは絶えず悲鳴や爆発音、銃声が連続している。花火の打ち上げはとうに止み、周囲は逃げ場所もわからない人々でパニックの様相を呈し始めていた。予定されていたお祭りの演出、と考えるのは難しそうだ。

 

「仔細はわかりませんが、とにかく異常事態であることは確かです! ミフユさん、コフユ達が……!」

 

「ええ、そうね……!」

 

 私たちはそれなりに強いし、自分で自分の身を守ることができる。

 だが、まだ幼いコフユ達はその限りではない。彼女らは最近ようやく銃を携帯し始めたくらいの年齢なのだ。

 私たちは状況を確認するべく、混雑する屋台通りから離れて路地へと入った。そのまま長屋の屋根へと飛び乗って、見晴らしのいい高所へと移動。何重かに重なった塔に登った私たちは、微かに熱を孕んだ風を受けながら、百鬼夜行の町を見下ろした。

 

「これは……酷いですね。一体何が……?」

 

 眼下に広がる街並みには、早くも各所から火の手が上がっていた。

 事態は急を要することは間違いない。素早く視線を動かして、離れていても目立つ大舞台の位置を確認する。混雑する通りを走れば十分はかかるだろうが、屋根伝いに走れば三分もかからないはずだ。

 

「よかった、繋がった! コフユ、今どこに……うん、うん……舞台から真っ直ぐ伸びた大通りで、避難誘導に従って川の方に向かっている……分かったわ。私とチハヤがすぐに向かうから、そのまま誘導に従って避難を続けて!」

 

 いつの間にか通話をかけていたミフユは、私の方にちらりと視線を向けた。

 問題ない、言葉なぞなくともするべき事は分かりきっている。

 

「ミフユさん。状況はいまいち掴めませんが、とにかくコフユ達の元に向かいましょう!」

 

 同時に頷いて、私たちはコフユ達の元へ向かうべく走り出した。

 

 

 

 

「こっちは怪物が少ない! デカい体育館もあるし、戦えない人たちはこっちに避難してくれ!」

「戦える子は銃を用意して! 怖いナリをしてるけど、ちゃんと銃撃は効くみたいだから!」

「怪我をした人がいたら、こちらに──!」

 

 時たま怪異を斬り捨てながら走り続けた私とチハヤは、ついに人々が避難を続ける現在へと辿り着いた。

 絶え間なく銃声が響き渡り、迫り来る怪異と有志の生徒たちが熾烈に戦っている。その反対側、河川の近くに設けられた学校の敷地内へ人々は避難しているようだった。

 

「お姉ちゃん! チハヤお姉ちゃんも!」

 

 避難所へ走る私たちに、人々の中から聞き覚えのある声が飛んできた。見ると、小さな影が人々の合間からひょこひょこと頭を出そうと頑張っている。

 ミフユと同じ顔立ち、白い髪。彼女をそのまま一回り小さくしたようなそのいでたちは、私たちが探していたミフユの妹──コフユに間違いなかった。

 

「コフユ……よかった……!」

 

「ええ、特に怪我もないみたいですね。他の初等部の子たちは……?」

 

「大丈夫、もう学校の中に避難してるよ。私は……せめて何かできないかと思って出てきたんだけど」

 

 コフユは言葉を詰まらせて、震える両手を胸のうちに抱え込んだ。

 その両手には、ピカピカの拳銃が握られている。確かあれは、最近ミフユが買ってあげた銃だ。初等部の子供でも扱いやすいよう、威力を抑える代わりに反動を少なくした、入門用の武器だったと記憶している。

 初等部で武器を持っているのは、確かコフユだけだったはずだ。

 つまるところ、彼女は初等部の子供達を引き連れる年長として、彼女らを守ろうと外に飛び出してきたのだろう。だが──、

 

「ごめんなさい……まだ、私はお姉ちゃんたちみたいに……上手く、勇気が……出せなくて」

 

 ふるふると震える両手は、彼女が感じている恐怖を如実に表していた。

 私はコフユが自分への不甲斐なさを痛感していることを悟って、ぎゅっと唇を噛む。

 

「いいえ……謝ることなんてありません。コフユは、他の小さい子達を守ろうとここまで来たんですよね。その覚悟は……大切なものを守るために踏み出した一歩は、決して卑下されるべきものではありません」

 

 私は膝を折ってコフユの目線に視線を合わせ、頭をゆっくり撫でながら語りかけた。

 私が初等部の頃なんて、そこら辺の野良猫にもビビって逃げ出していたような人間だった。今でこそサムライの仮面をかぶってなんとかなっているが、コフユのような立派な精神性は持ち合わせていない。結局のところ、素の私はビビりで引っ込み思案な八重垣チハヤだ。

 そんな私に比べれば、コフユはずっと勇気のある少女だと言える。

 

「そういう台詞を先に言われると、姉としての立場がないわね……」

 

「あっ、ご、ごめんなさいミフユさん!」

 

 横からミフユに突っ込まれて、私は慌ててミフユの方を振り返って弁明した。そんな私たちのやりとりを見て、コフユが少し笑みを漏らす。

 よかった、どうやら彼女の心を締め付ける恐怖は多少なりとも払拭できたようだ。

 

「とにかく、もう安心してちょうだい。私たちが来た以上、怪異がどれだけ湧いたところで──」

 

 ミフユが妹の安堵を確かなものにしようと声をかけた、その時。

 オオオオ──────ン、という不気味な遠吠えが、赤色に染まった夜空に響き渡った。

 それは火に包まれた百鬼夜行の街を飲み込み、あらゆる生徒たちにある種の直感をもたらした。「何かが来る」と。私とミフユ、コフユは同時にその声がした方向、街の中心部に視線を向ける。

 

「なんですか……あれは」

 

 そこに──黒々としたカタチある災厄が、その姿を現していた。

 

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