キヴォトス剣豪流離譚【完結】   作:モモのすけ

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更新が遅れてしまい申し訳ありません。
ある程度書き溜めが溜まったので更新を再開させて頂きます。


Round1: 我道の探求者たち

 学園都市キヴォトス、その行政を担う連邦生徒会。

 その会長代理を務める七神リンは、忙しなく役員たちが行き交う生徒会執務室の中で関係各所への協力要請に奔走していた。

 この学園都市に存在する学校の数は悠に千を超える。それらを統制する連邦生徒会の業務量は常日頃から膨大を極めるが、ここ最近は群を抜いて忙しい。

 

「ふぅ……」

 

 リンは息を吐いて、頭の鈍痛を鎮められまいかとこめかみを抑える。

 きっかけは、百鬼夜行連合学院の陰陽部から伝えられた「先生が倒れた」という一報だった。シャーレに拘留された経験もある八重垣チハヤという問題児が先生を襲撃し、重体を負わせて逃亡したというのだ。

 この報告を受けて、連邦生徒会は迅速にヴァルキューレ警察学校と共に声明を発表し、キヴォトス全土に緊急事態宣言を発する運びとなった。現在は各学園の治安維持組織からもたらされる情報を元にヴァルキューレが八重垣チハヤの捜索を行い、連邦生徒会はその橋渡しとなって動いている。

 とはいえ、緊急事態だからといって通常業務が都合よく消滅してくれるはずもなく、連邦生徒会の執務室はいつも以上に戦場じみた様相を呈している。

 唯一の救いは、重傷を負った先生が危機的な状況を脱したという百鬼夜行からの報告だった。とはいえ先生は今も昏睡状態にあるらしく、一刻の油断も許せない状況だ。少なくとも、こういった非常時に強い先生の力を借りることはできない。

 

「ゲヘナ、トリニティはかつてないほど積極的に動いていますが……一方ミレニアムは静観を保っていますね。ビッグシスターの不在が関係しているのか、それとも……」

 

 各校の動き方はまちまちだが、おおむね八重垣チハヤの捕縛に向けては積極的な姿勢を見せている。自治権を有するキヴォトスの学園にとって連邦生徒会の干渉は嫌われがちだが、今回ばかりは先生の顔の広さが良い方向に作用しているようだ。

 既に目の下に隈ができつつあるリンの元に、一人の気弱そうな少女がおずおずと歩み寄ってきた。連邦生徒会調停室所属の岩櫃アユムである。

 

「リン先輩、少しお休みになられては……? 緊急事態宣言の発令以来、少しでも睡眠をとられましたか?」

 

「いえ、今休むわけにはいきません。ここが正念場なんです、アユム。我々が先導して少しでも事態収集に向けて動かなければ、取り返しのつかないことになりかねません」

 

「八重垣チハヤさんは、そこまで脅威的な生徒なのでしょうか……? いえ、決してこの事態を侮っている訳ではありません。報告によれば、八重垣チハヤさんの戦闘力は相当高いとか……それでも、キヴォトスの学校全てを相手に逃げ切るなんてことは不可能なはずです」

 

「逆ですよ、アユム。私が心配しているのは八重垣チハヤによってもたらされる被害ではなく、寧ろ逆なんです」

 

 リンの懸念は、目下最重要人物として考えられている八重垣チハヤの安否にあった。

 あくまで、件の八重垣チハヤはまだ「被疑者」に過ぎない。だからこそ正当な手段で彼女を捕縛し、公正な法に照らし合わして罪を問うことが肝要なのだ。

 だがインターネットやSNS全盛のこの時代、感情は最も容易く人から人へと伝播していく。中でもとりわけ伝播しやすいのが怒りだ。ここまで悪名が広まってしまっては、もはや犯人の真偽などは意味を為さなくなってくる。

 

「その結果としての緊急事態宣言です。八重垣チハヤという凶悪犯を総力をあげて捕縛する、という名目ではありますが、第一目的は怒りに駆られた生徒たちの暴走を防ぐこと。とはいえ、この荒れ具合ではどこまで統制できるか……」

 

 この状況をより最悪な方向へと傾かせたのは、犯行の現場がよりによってカメラに収められ、動画サイトを通じてキヴォトス中に中継されてしまった事だ。

 これによって、事態は完全に連邦生徒会が統制できる範疇を超えた。

 実は中継映像によってネットは早くからざわつき始めており、一報が届く前から連邦生徒会もその兆候は把握していた。だが真偽がハッキリするまでは下手に動けない、というのは行政機関のままならないところだ。生徒会が先生の安否を確かめて声明を出す頃には、既に八重垣チハヤの悪名は取り返しのつかないところまで広まっていた。

 今やネット上は八重垣チハヤへの罵詈雑言で溢れるどころか、捕獲したものには賞金を出すと言い始める者や、ありもしない余罪をでっちあげて混乱を楽しむ愉快犯まで入り混じり混沌を極めている。

 

「なるほど。我々が先んじて八重垣チハヤさんを捕まえなければ、彼女がどんな目に遭うかわからない……ということですか」

 

「ええ。良くも悪くも、このキヴォトスにおいて先生の有する影響力というのは絶大です。例えば私が凶悪犯に襲われて死にかけたところで、生徒たちの暴走など起きないでしょう。或いは溜飲を下げる方の割合が多いかもしれません。ですが、先生ともなれば……」

 

 最初は誰もが抱くような小さな義憤だったものが、数と勢いを増すにつれて統制不能の暴力と憎悪を孕んでいく。その果てにあるのは支離滅裂な暴走だ。

 その結果が碌でもないことになる、ということをリンは重々承知していた。

 当然だが、彼女が怒りも悲しみも一切覚えていないという訳ではない。連邦生徒会という同じ組織に属する生徒として、彼女も先生には強い信頼を置いている。そんな人物が不当な暴力によって倒れ、いっときは生死の境すらも彷徨ったというのだから、その犯人に対するぐつぐつと煮えるような怒りは感じている。

 だが、彼女はあの連邦生徒会長の代理を務める身だ。それは即ち、学園都市キヴォトスの実質的なトップに位置するということでもある。そんな人物が感情に振り回され選択を誤ることは決して許されない。

 

「八重垣チハヤの目撃情報があがりました!」

 

 と、執務室でPCをカタカタやっていた役員の一人がばっと立ち上がってリンに向けて叫んだ。

 その端的な報告に、慌ただしかった執務室はより一層の緊張感を孕む。

 あくまで主体となって動くのはヴァルキューレであり、連邦生徒会の側がこんな刑事ドラマのワンシーンみたいなやりとりで緊張感を高める必要もないのだが、丸一日ぶりにようやく入ってきた情報だ。百鬼夜行から姿を消した八重垣チハヤが果たしてどう動くのか、は誰もが知りたいところではある。

 思わずしんと静まり返った執務室の中で、リンは静かに問いかけた。

 

「……場所は?」 

 

 

 

 

 ゲヘナ学園を縦断するゲヘナ高架高速道。

 人気のないアスファルトの路面を、荒々しいエンジンの咆哮と共に二台の車両が疾駆していた。

 一つは私が乗る最新鋭の中型二輪車(バイク)だ。持ち主の嗜好なのか単なる偶然なのか、車体はフロントフェンダーからウインカーまで黒と銀の二色で塗り上げられている。かなり高性能のエンジンを積んでいるらしく、その加速性能はウチの軽トラックとは段違いだ。まるで宙をゆく流星のように、空気を裂いてアスファルトの上を疾走する。

 そしてもう一つ──背後から猛然と私を追跡するのが、車体をオレンジ色に塗ったオープントップの四輪駆動車だ。

 

「逃がしませんわよ、八重垣チハヤさん!」

 

 一般車両と比べればかなりゴツい車体の上に、あわせて五人の生徒が搭乗してこちらを狙っていた。

 ボンネットに括り付けられたバナーには「給食」の二文字が刻まれ、激しい向かい風にバタバタと揺れている。背後の荷台に積まれた調理器具からも察するに給食部の車両と思われるが、どうにも乗っている生徒はそれだけではないようだ。

 

「美食研究会……!」

 

 今日に座席の上に立ちながら銃口をこちらに向ける銀髪の少女は、ニュースやSNSで度々見かける有名人だ。

 美食研究会。

 「EAT or DIE」なる崇高なモットーの元、ひたすらに美食を追求する組織である。だがその実態は研究を目的に様々な騒動を引き起こす、キヴォトスでも有数のテロリスト集団だ。その広い活動範囲から、百鬼夜行においてもその名は知られている。

 構成員は確か四人。その中でも銀髪赤眼の少女がリーダー格の、黒舘ハルナという人物だった筈だ。

 

「……っ!」

 

 後方から放たれたグレネードランチャーの擲弾がすぐ真後ろで爆発し、強い熱と衝撃が背中を撫でた。

 汗ばんだ手でハンドルを握りながら、私は後方をミバックミラー越しに睨みつける。

 既に双方の速度は時速100キロを超えている。手榴弾程度なら軽い傷で済むだろうが、そのまま路面に放り出されたらタダでは済まないだろう。だが、爆炎の残滓を裂いてこちらに迫る給食部のトラックに一切の怯みは見られない。

 

「外しましたか……二発目、いきます!」

 

 双角を有した金髪の少女が流れるように擲弾を装填し、再びこちらに照準を合わせる。

 間違いなく次は当ててくる。

 背中に突き刺さる殺気から直感的に判断して、私は片手をハンドルに残したまま刀を抜き放った。

 ひゅぽん、と気の抜けた射出音と共に擲弾が射出される。だがその威力は私の乗るバイクなど容易く吹き飛ばしてしまうだろう。

 一度の失敗も許されない。

 さっき見た弾道、弾速から着弾までの時間を見極めると同時、スロットルを全開にしながら半身を捻り、

 

「はぁっ!!」

 

 背中めがけて迫った擲弾を、渾身の力で斬り飛ばした。

 

「うっそ!? あいつ、アカリの弾を切断し──……!?」

 

 普通免許を取得して以来運転の楽しさに目覚め、二輪の免許も取っちゃおうとコソコソ自動車学校に通っていた経験が功を奏した。未経験だったなら、無茶な身体の動きにハンドル操作を誤ってコースアウトしていただろう。

 一拍遅れて寸断された擲弾が爆発し、私を追走していた美食研究会のトラックを呑み込んでゆく。

 今度は爆炎の残滓などではない、確実に車体にダメージが加わる位置だ。

 直撃すれば良くて走行不能、悪くて大破転倒。掠める程度に避けたところで、爆風に煽られてハンドリングを失う可能性は高い。だが。

 

「────……当たるかああっ!!」

 

 爆炎をギリギリ掠める形で見事な回避運動を取ったトラックが、速度を緩めず突っ込んでくる。

 

「さっすがフウカさん。素晴らしいドライビングセンスですわ〜!」

 

「お世辞はいいからあの子を狙って。先生を傷つけたこと、絶対に逃さないんだから……!」

 

 果敢にハンドルを握る少女は三角巾をつけており、胸元には純白のエプロンがはためいていた。

 恐らく美食研究会の四人とは違って、ゲヘナの給食部に所属する生徒なのだろう。

 どうしてテロリストと給食部が手を組んでいるのかは分からないが、黒服の言葉をふと思い出す。今や、このキヴォトス全てが敵であると。美食研究会はともかく、荒事とは縁遠そうな優しい顔の給食部まで出張ってきているあたり、彼の忠告の正しさは早々に証明されてしまったようだ。

 

「フウカさんが珍しく自分からトラックを貸して下さったんですし、いいところを見せませんと……ね!」

 

「くっ……!」

 

 今度はリーダーの少女、ならびに他の二人が銃口を定めて擲弾の代わりとばかりにトリガーを弾いた。

 同時に掃射される数十発の鉛玉となると、流石に運転を続けたままでは捌ききれない。敢えて速度に緩急をつけて、ジグザグに走りながら銃撃を避ける。

 

「あーもうっ、全然当たんないよ!」

 

「アレは単なるカンの良さではありませんね。尋常ならざる動体視力……ミラー越しに私たちの目線を読み取り、どこをどう射撃するつもりなのか読んでいる」

 

「なら、読みきれなくなる程たっぷりと銃弾をご馳走するだけですよ⭐︎」

 

 三発目のグレネードランチャーが今度は少し離れた至近距離で爆発し、私は危うくバランスを崩しかけた。

 流石に戦い慣れしている。二発目の擲弾を斬り飛ばして反撃したことから学習して、私の刀が届かない範囲からの爆風で少しずつ削る戦法に変えてきた。

 ハンドル操作に集中している合間に、今度はライフルの弾丸が危ういところをすり抜けてゆく。うちの一発が鈍く光るマフラーを掠め、不気味な音が響いてきた。

 

「そうそう上手くはいきませんね……! ゲヘナに入って早々、こんな厄介な方々に見つかるだなんて……!」

 

 歯噛みしながら、どこまでも伸びる高速道路の先を睨みつける。

 アリウス自治区を目指す私は、このゲヘナ学園からD.U.を抜け、トリニティ学園にあるという地下墓所(カタコンベ)を目指さねばならない。検問が張られる前に学区境界線を抜けられたまでは順調だったのだが、まさかの強敵に見つかってしまった。

 空崎ヒナを有する風紀委員の追手に最大限の注意を払い、他への警戒を怠ったのが敗因か。とはいえ、今更後悔したところで何の役にも立たない。

 

(美食研究会の四人組はいずれもかなりの実力者。まともに戦えば損耗は避けられません。やはり「逃げるが勝ち」といきたいところですが……)

 

 車体性能だけを比べれば、あちらのトラックよりかはいかにも最新鋭な黒服のバイクが勝っている筈だ。攻撃をいなす過程で減速や余計な動きを余儀なくされ、結果的に引き離せていないだけで。

 となると、純粋な速度勝負に持ち込めれば引き離せるだろう。だが果たして、それをどうやって実現するのか。

 その答えを必死に探しながら、大きな河川に掛かる橋梁へと差し掛かった時だった。

 

「今だ、発破しろ!」

 

 遠くに見える橋梁の終端で大爆発が巻き起こった。

 色鮮やかな爆炎が膨れ上がり、大きな河川を横断する巨大な橋そのものを粉砕して道を物理的に断絶させる。思わず私と給食部のトラックは同時にブレーキをかけて、車体を滑らせるようにして停止させた。

 

「っ……ぐ……!?」

 

 が、重心が安定している四輪駆動車と違ってバイクは勢いを殺しづらい。無免許運転のツケがとうとう出たのか、ブレーキによる急制動に失敗した私はそのまま滑るようにアスファルトの上を転がった。

 バイクは咄嗟に跳んだ私を置いて路面を滑り、中央分離帯に激突して爆発する。

 

「はーっはっはっはっ! いやあ、想定通りのルートを使ってくれたねえ。もう少々目に付きにくいルートを選ぶかと思っていたんだが、もしや逃避行は不慣れかな?」

 

 受け身を取ってなんとか衝撃を殺す私の耳に、特徴的な高笑いが聞こえてくる。

 思わず顔を上げると、そこには白衣の少女が立っていた。

 素足にサンダル、頭には一対の角と焔を思わせるヘイロー。背後には様々な銃火器を携えた生徒たちが壁のようになって陣形を組み、一様にこちらを狙っている。

 突然に現れたその乱入者を見て、私ではなく背後に構える美食研究会のリーダーが呟いた。

 

「温泉開発部のカスミさん……どうしてここに?」

 

「おや、そちらは美食研究会のお歴々かな。なに、君たちと目的は同じさ。先生には少々恩義があるからねえ、たまには風紀委員の真似事をしてみようかと」

 

 その少女は飄々とした態度で答えながら、私に視線を移して口を開いた。

 

「こんにちは、八重垣チハヤくん。私は鬼怒川カスミ。温泉開発部の部長を務めている者だ」

 

「温泉開発部……あの有名な犯罪組織の?」

 

「はっはっはっ。我々のことをご存知のようで嬉しいよ」

 

 温泉開発部といえば、美食研究会に並び立つキヴォトス有数のテロリスト集団だ。

 温泉開発を名目にあらゆる場所を爆破し、インフラや家屋をメチャクチャにしては去っていくという問題児たち。その集団を率いる少女の名が鬼怒川カスミであると、こちらも報道番組で見たことがある。

 期せずして、私はゲヘナでも屈指の凶悪組織に挟み撃ちにされてしまったらしい。

 

「美食研究会に温泉開発部……風紀委員会でもないあなた達が、どうして治安維持の真似事を?」

 

「なぁに。君はそれだけのことをした、というだけさ。あの先生を重体に追い込み、学区から逃亡……私も名の知れたお尋ね者と自負していたが、今の君の話題性(・・・)には負ける」

 

「くっ……」

 

 他ならぬアウトロー中のアウトロー、温泉開発部の部長に罪業の大きさを指摘されて、私は思わず奥歯を噛み締めた。

 とはいえ、ここで冤罪だと訴えても何の解決にもならない。

 私が風紀委員会に連行されて全てを話せば、或いは嫌疑が晴れるかもしれないが、その時には全てが手遅れになっている可能性もある。この旅に決して足を止めている暇はないのだ。

 

「先生は各方面に顔が広いからねぇ。風紀委員から、我々のようなお尋ね者まで……今やあらゆる生徒が君を捕らえんと奔走している。正義も悪も、あらゆる陣営が一時休戦の様相だ。こんな事はゲヘナ学園が創立して以来なんじゃないか? その分、君の身柄を確保すれば使い(みち)は多い。例えば連邦生徒会に突きつければ、D.U.の中心部を丸ごと温泉街に作り変える許可だって降りるかもしれない訳だ」

 

 ピリついた空気の中で、カスミは膝をつく私を見下ろして銃口を向けた。

 

「というわけで……君の身柄は我々が確保することにした。覚悟はいいかな、八重垣チハヤくん?」

 

 飄々とした物言いだが、だからと言って容赦するタイプでもなさそうだ。

 渡るべき橋梁は爆破されてしまい、これ以上は進めない。頼りのバイクはエンジンが爆発してしまったし、もう頼りにすることはできないだろう。極めつけに、私の前後はそれぞれ異なる強者たちによって固められている。

 どこにも逃げ場のないように思える危機的状況を俯瞰して、私はぼそりと呟いた。

 

「……ごめんなさい」

 

「おっと、流石に投降するかね。だが謝罪の言葉は、我々よりも突き出される相手に吐いた方が……」

 

「いえ、これはあなたたちに言ったんです。これから、少々手荒に事を進めなくてはいけませんから」

 

 その瞬間、私は目にも留まらぬ速さで抜刀した。

 抜き放った刃を天高く掲げ、渾身の力で振り下ろす。箱舟での戦いを経て会得した、一太刀であらゆるモノを断つ「彼岸白雪」の斬撃、その本懐。

 円弧を描いて打ち下ろされた刃は、まるでバターを切るようにアスファルトの橋梁へと吸い込まれ、渾身の手応えを持って振り抜かれる。

 瞬間──ずずん、と世界が揺れた。

 

「これは……まさか!? チハヤさん、あなたは……!」

 

「おいおい、まさか橋梁を切断した(・・・・・・・)のか! ははっ……爆薬も無しに、そのカタナの一振りで……!!」

 

 温泉開発部の背後は、先の爆破によって完全に断絶している。そしてたった今、私は自らの足元を真っ二つに切断した。この二点の間に支柱は存在しない。

 支えるモノがなくなったことで、私たちの立つ橋はその役割を放棄した。

 ばきばきばきばきばき!!! と凄まじい轟音が響き渡り、黒々としたアスファルトに蜘蛛の巣状の亀裂が駆け巡る。破壊は私と温泉開発部のみならず、後方に控える給食部のトラックまでもを飲み込んで、容赦なく崩落へと巻き込んでいく。

 待っているのは、重力に導かれた自由落下だ。

 

「ええええっ、また川に落ちるのおおおおおお!?」

 

「う〜ん、どうやらそうみたいですね」

 

「はーっはっはっはっ! 想像以上だ、これではまるで生きた重機! やはり身柄を引き渡すなんて勿体ないな、君の力があればどんな岩山だろうが開発────」

 

 眼下に広がるは、川幅五十メートルはあろうという大河の黒々とした水面。私は大切な「彼岸白雪」をしっかりと抱えて、勢いよく冷たい水へと飛び込んだ。

 

 

 

 

「……ぷはっ!」

 

 果たしてどれくらいの時間、大河の流れに身を委ねただろうか。

 追手を撹乱するために敢えて長い距離を流された私は、冷たい体に鞭打ってようやく岸へと這い上がった。久しぶりの地面に安堵しながら息を整え、ぶるぶると尻尾を振るわせて付着した水滴を払う。

 

「ぜぇ、はぁ……百鬼夜行を出て早々、酷い目に遭いました。これから先もこんな感じなんでしょうか……」

 

 幸いにも身体に大きな怪我はないが、全身ずぶ濡れでびちゃびちゃだ。移動手段であるバイクは失ってしまったし、何より長い間川に浸かっていたせいで低体温症が怖い。実際、冷え切った手足は小刻みに震えて感覚が薄くなってしまっている。

 

「へこたれてる場合ではありませんが、ひとまずずぶ濡れの体をどうにかしないと……ここがどこか分かりませんが、こんな状態ではD.U.への道を探すのもままなりません」

 

 岸辺から小高い堤防を這い上がり、頭だけを出してきょろきょろと周囲を探ってみる。

 川辺に設けられた堤防の奥には住宅街が広がっているようだったが、どうにも様子が変だ。街には一切の人気がなく寂れている。よく見ると割れた窓や落書きされた壁、蜘蛛の巣の張ったシャッターなどが見えた。

 その光景を見て、昔ゲヘナを旅した時に現地の生徒から聞いた話を思い出す。

 ゲヘナの廃墟街。

 かつて起こった大きな抗争で街が徹底的に破壊されて以来、住民に見捨てられ放棄された土地。今では不良生徒や犯罪者の隠れ場所になっているという、キヴォトスでも屈指の治安の悪さを誇る領域だ。

 

「まさか、こんなところまで流されてしまったとは」

 

 だが、逆にこれは好都合かもしれない。この荒れた地区であれば、お尋ね者である私が紛れ込んでも目立ちにくいはずだ。ここからD.U.へと進んだ方が、私を探す生徒たちの目から逃れられるかもしれない。

 温泉開発部のカスミも、私のルート選択はわかりやすいと言っていた。早速当初の計画から外れつつあるが、ここは勇気を出して前に進むべきだ。

 

「くしゅんっ! さ……寒い……とにかく、体を温めないと……!」

 

 私は濡れて身体に張り付いた制服を見下ろして、もう一度身体としっぽを震わせた。

 このまま動けば風邪をひいて余計に体力を消費しかねないし、何より不自然に濡れているのは実に目立つ。私は堤防を駆け降りて、立ち並ぶ廃墟街へと足を踏み入れた。

 思わず無言になってしまい、私はぎゅっと腰の刀を握りしめる。

 一歩踏み入るや否や不良生徒が廃墟の影からぬっと出てきてカツアゲされるくらいの事は想定していたのだが、しかしゲヘナの現実は思いの外優しかった。

 しばらく歩いても誰とも出くわさず、それどころか扉という概念のない放置された廃墟で色々と物資を調達できたのだ。

 僅かに燃料の残ったライターに、よく燃えそうな乾いた木材の破片に、ゴミが溜まったドラム缶。こうした物資を使って、私は落ち着いて身体を温め服を乾かすことができた。ドラム缶に廃材やゴミを入れて燃料にして着火し、簡易的な焚き火を作ったのである。

 そうして一時間ほど身体を休め、そろそろ出発という頃──、

 

(噂には聞いていましたが、あくまで噂は噂ということなんでしょうか? チンピラも不良もいないどころか、この街には人っ子一人いないようです。これだけじっとしていれば、銃声の一つや二つ聞こえてもおかしくないはずですが)

 

 不規則に爆ぜる炎をぼんやりと眺めながら、私は何かひっかかるものを感じて思案を続けていた。だが、答えが出るよりも炎が消える方が早かったようだ。

 最後の燃料を使い切った炎は小さくなってゆき、黒々とした炭の奥へと掻き消える。それを契機に、私はぐっと拳を握って立ち上がった。

 

(まあ、考えても仕方ありません。そもそも人目につくわけにはいかない身分ですし、幸運だったと思って進みましょうか)

 

 念のために滞在したことを悟られないよう後始末を終えて、廃墟から外へと出る。

 澱んだ曇り空の下に広がる廃墟街は、最初に堤防の上から覗いた時と同じくそこはかとない不気味さを保って沈黙していた。

 人がいない事はわかっているのに、やはり何か恐ろしいモノが潜んでいるような気がしてならない。

 

「何がいるにせよ、気をつけて進むしかないですね。D.U.との境界線までは、ここから半日も歩けば着くはず」

 

 どちらかというとオカルト的な不気味さを感じて及び腰になりそうな自分を叱咤して、ゴミの散乱する廃墟街を一人で進む。

 どこまで行っても、やはり人気がないのは同じだった。その割に、人が「いた」という痕跡ばかりが目に入る。慌てて捨てたかのように散らばったスプレー缶と、途中まで描かれたグラフィティ。まるで市場のように道端に広げられたまま放置された、新品の手榴弾や閃光弾。

 

(やはり、これは何かが不自然です。本当に人のいない廃墟には、こんな形跡は残らないはず。となると、ここにいた生徒たちは一人残らずここを去った……それも、道具や武器を置いてまで一目散に逃げた(・・・)?)

 

 そんなことがあるとすれば、それこそ天災が廃墟街を襲った場合くらいしか考えられないようにも思える。例えばハリケーンとか大地震とか、そんな抗いようのない絶対的な脅威が彼らに迫ったとすれば、この状況にも納得がいく。

 

(……いや)

 

 私の心には、本当は一つだけ答えが浮かび上がりつつあった。

 だがどうしてもそれを認めたくなくて、適当に災害だのなんだのと誤魔化している。それを自覚して、私はぴたりと足を止めた。

 

(本当に、心の底から考えたくありませんが……恐れ知らずのゲヘナ生徒にとってそんなことがあり得るとするのなら、それは……)

 

 その瞬間。

 全身が凍りつくかと錯覚するほどの強烈な殺気を感じ取ると同時に、凄まじい数の弾幕が目の前の廃墟から地を舐めるように襲いかかってきた。

 咄嗟に地面を蹴って、私は迫る弾丸を横っ飛びに回避する。私という標的を見失った弾丸は一直線の破壊を刻みながら、すぐ隣を駆け抜けていった。

 

「………………っ!!」

 

 強風が吹き付ける中で、私は弾丸が発射された廃墟の屋上を見やる。

 

 空を埋める曇天を背に、一人の影があった。

 

 膨れ上がった漆黒の翼。透き通るような白髪の合間から捻れ曲がった四本角が覗き、黒く刺々しいヘイローは動くのすら躊躇うほどの重圧感を放っている。

 

「完全に不意をついた筈だけど……今のを避けるのね。警戒心が思ったよりも強いのかしら」

 

 間違いない。その姿を見間違えるはずがない。

 キヴォトスにおいて最強たる存在は誰か。その問いかけに、恐らくは最も多くの人間が名を挙げるであろう人物。私が昔にしたためた「キヴォトス猛者人別帳」にだって、その筆頭に少女の名は記されている。

 どんな無法者でもその名を聞くだけで震え上がる、一騎当千と謳われるゲヘナの王──、

 

「風紀委員長……空崎ヒナ……!!」

 

「八重垣チハヤ。連邦生徒会からの要請に則し、あなたの身柄を確保する。──覚悟して」

 

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